時は数時間前にさかのぼる。
「な、なんだと!?」
カイザーPMCの理事は自らのもとに届いた報告の電話を聞き驚愕していた。
《はい…襲撃部隊は壊滅。作戦は失敗しました…!》
電話の主はカタカタヘルメット団の首領だ。
「戦車を二個小隊に我が社の一戦級のオートマタを与えたのだぞ!?それが壊滅だと!?」
《…戦車はすべて撃破されオートマタも全てスクラップにされたそうです…!》
今回の戦力は正直理事としてもアビドス高校に対してはオーバーキルと思えるほどの戦力だった。
いかに実力者ぞろいでも人海戦術と装甲・大砲の圧力の前に屈するしかないと思っていた。
だが…それが壊滅し敗走したという事実に衝撃を受けるなという方が無理だ。
「バカなッ!?では、あちらに与えた被害はどうなんだ!?せめて一人位…!」
《…あちらの被害は校舎の外壁と窓ガラスだけで…それももう復旧しているそうです…!》
「…は?」
しかも、それほどの大部隊を投入し与えた被害は微小。
それもすでに復旧済みという始末だ。
「た、対策委員は?」
《誰一人…排除できませんでした…!》
そして肝心のアビドス廃校対策委員会は損耗無し。
結果を見ると…惨敗と言っても差し支えないだろう。
「きっ…貴様らなんだその体たらくは!?」
《も、申し訳ありません…!》
「謝って済む問題ではないッ!いくらチンピラとはいえあれだけの主力戦車を与えたというのに大した戦果もなく敗北とは一体どういうことだ!?」
カイザー理事もこれにはヘルメット団に対し怒鳴り散らす。
実は前回の襲撃もカイザーPMCは支援していた。
その失敗を受けての今回の大戦力投入であったのだが…。
「今回の作戦に我々がどれほど援助したと思っている!?それをすべて喪失した!?そんな一言で済むわけがないだろう!?」
《で、ですが…!》
「せめて敗因を説明しろ!それくらいは頭の足らないチンピラの貴様らでも分かるだろう!?」
失敗は失敗としてその原因を知らねば対策のしようがない。
幸いヘルメット団は帰還しているらしい。
そこから何かあったかを聞き出せば今後の対応策も考えられるというものだ。
が、
《そ、それが…誰も話さないんです…!》
「なんだと!?そんなバカなことがあるか!?」
《本当なんです!戦闘の詳細を聞くとみんな急にガタガタ震えだして話にならないんです!》
今回戦闘に参加したヘルメット団の残らず全員が完全に今回の戦闘がトラウマになっていた。
そのせいか、誰に聞いても今回の戦闘の状況を語ることはない。
…なお、実際にはこれはヘルメット団の隠ぺい工作である。
何せ、負けたのはもちろんのこと復旧作業を手伝った上に食事と給金までも貰ってしまったのだ。
こんなことをカイザーに知られればどんな目にあわされるか分からない。
なので、このことは仲間内でとどめておくことにしたのであった。
「えぇい、使えん奴らめ!もういい、詳細が分かり次第報告しろ!こちらからの指令は追って出す!」
カイザー理事もこれ以上ヘルメット団から情報を得ることは出来ないと判断し荒々しく電話を切った。
「くそっ、何がどうなっている…!?先月まで弾薬まで事欠くような連中がなぜこうも息を吹き返している…!?」
カイザー理事はそういい資料をにらみつけるように確認する。
先々月までは幾度となく送られていた連邦生徒会への援助要請。
その要請が最後に受理されたのはもう二か月近く前だ。
ここしばらくはその援助要請がないことも確認済み。
計算では前回の襲撃で得た鹵獲した分を含めても物資は払底寸前だったはずだ。
なのに、今回の戦闘における圧勝だ。
さらに…
「返済額も増えていたことも今思うとおかしい…!なぜ急に返済額が『5倍』に増やせた…!?」
この襲撃前は感心していたカイザーローンへの返済額も今となってはおかしい。
今までは利子の返済のみでせいぜい700万少々が精いっぱいだったはず。
それがどうだ?
先月の返済額は…『¥39,781,355ー』
お分かりだろうか?
そう、この返済額…これもカイザーローンの改ざんされた報告を受け取っていたのだ。
前述の通り、アビドス高校を借金漬けにすることはカイザーコーポレーション全体の方針だ。
だというのに今の返済ペースだと完済まで残り9か月になったと報告をしようものなら…おそらく何らかの罰が下る。
それを恐れたカイザーローンは返済額を過少に報告していたのだ。
つまり、今カイザー理事のもとに来ている情報に何一つ『真実』が存在しないのだ。
「一体…アビドス高校で何が起こって…!」
虚構に虚構を重ねられた情報を与えられたカイザー理事。
それでも今回の襲撃失敗という事実は変わらない。
この事態を何とか整理しようとしていた、その時だ。
「クックック…何やらお悩みのようですね…。」
突如自分以外いないはずの部屋に響く声。
「ッ!?…なんだ、貴様か。」
一瞬カイザー理事も驚くも相手はすぐにわかった。
「アビドス高校…どうやら最近うまく作戦が進んでいないようで…。」
その者は影より歩み出る、影よりも暗い全身黒づくめの異形の存在だ。
「フン、風前の灯火が最後に抵抗しているだけのことだ。」
「おや、そうですかな…?返済額もここの所増額したとか…。」
「問題はない。これくらいの返済額ならまだ時間の余裕はある。増えた返済額分を兵隊に回すだけだ。」
「ほぉ、それはそれは…。」
何やら意味深に呟くその者をしり目に、
「そういうお前はどうなんだ?アビドス高校に何か変化があったという情報はないか?」
カイザー理事は彼が何か情報を持っていないかを探るが、
「…いえ、我々もそのような情報はつかんでませんね…。」
その者の返答は芳しくない。
「…まぁいい。何かわかったら私に報告してもらえたら助かる。」
「それはもちろん…。今日はどうやら日取りが悪いようです…。私はここで退散するとしましょう…。」
「そうしてくれ。今貴様の相手まではあまりしたくないからな。」
めぼしい情報がないと分かるとカイザー理事はさっさとそのものを追い出しにかかる。
去り際、
「あぁ…そういえば…。」
「なんだ?何か思い当たる節でも?」
「最近、アビドス高校に『用務員』が一人所属したらしいですがご存じですか…?」
その者は『用務員』についてカイザー理事に明かすが、
「…なんだそれは?随分物好きな奴もいたものだな。」
どうやら既知の情報ではなくとも興味はないようだ。
「………クックック、それもそうですね。ではこれにて失礼。」
その反応を確かめその者は理事の前から姿を消したのであった。
――――――――――――
――――――
―――
「夜分遅く突然の訪問、どうかご容赦を…。」
場面をアビドス高校の技術室まで戻そう。
突如現れた不審な人物。
既に学校の各所はネイトがしっかり施錠している。
侵入者対策の警報も発動していない。
「…いったいどうやって入った、なんて聞くのは無駄なようだな。」
だから、ネイトはすぐに思考を進める。
分からないことをいつまでも考えるのは停滞と同じ。
停滞はすなわち死に直結する。
ならば、目の前の事態を受け入れ次の方策を練る。
「で、一体こんな辺鄙な学校にどういったご用件で?」
「そうですねぇ…。」
ネイトの問いかけにその者は顎に手を当てて考えるようなしぐさを取り、
「名前も知らない貴方に興味を抱いてやってきた…という答えではいけませんかな…?」
今度はその手をネイトに差し向けそう答えるのであった。
「俺に興味を…ねぇ。」
その答えを聞き、ネイトも少し思案し…机の引き出しをおもむろに開け…
「少し付き合え。いける口だろ、アンタ?」
中から瓶に入ったバーボンとグラス二つを取り出し机の上に置いた。
「!」
と、その者の表情は分からないが驚いている様子は伝わってくる。
「なんだ?銃でも向けられると思ったか?」
その様子を面白く思ったか浅い笑みを浮かべ尋ねるネイト。
「…えぇ、この場所ではその対応が普通なもので…。」
「悪いな、そっちの予想を裏切って。」
「ですが…いったいなぜ…?」
この対応の真意を尋ねると、
「『怪しい』からって俺に興味を持って訪ねに来た丸腰の『客』にいきなり銃を向けはせんさ。」
あくまでも自分を『客』と判断しそれにふさわしい対応をとったと言い切るネイト。
「……クックックッ、あぁ本当になんて愉快な方なんですか…。」
これにはその者はとても愉快そうだ。
茶化すなどの感情も一切なく純粋に楽しんでいるのが伝わってくる。
「で、どうする?飲めないなら別に構わないが…。」
「いえ、せっかくです…。この出会いに感謝してご相伴に与らせてもらいます…。」
「分かった。ロックでいいか?えぇっと…。」
「ご紹介が遅れました…。私のことはどうか…『黒服』とでもお呼びください…。」
「そうか。じゃあ、黒服。好みの飲み方は?」
「では、私もロックでお願いします…。」
こうして謎の存在、『黒服』も酒の席への参加を快諾して数分後、
「大したつまみもなくてすまんな。」
「何を言いますか…。私の方こそ手ぶらで訪問するという無礼を働いたのです…。」
「んじゃ、お相子ってことで。」
ネイトと黒服は向かい合って座り、机の上にはロックアイスの入ったグラスとミックスナッツとチョコレートが用意されていた。
「まぁ、まずは一杯。」
「これはどうも…。フム、よい香りですね…。」
「俺の故郷の酒だ。いつになっても故郷の味はいいものだ。」
そしてそれぞれのグラスにバーボンが注がれ、
「…で、初対面だしまだ互いに知らないことばかりだな。」
「では、各々が身を捧げる物に乾杯ということで…。」
「そうだな、じゃあ…。」
二人ともそれぞれのグラスを持ち…
「アビドスの復興に。」
「キヴォトスの神秘の探求に…。」
『乾杯。』
軽くグラスを持ち上げバーボンを飲む。
「おぉ…甘く香り高い…。それでいてスパイシーな良いお味ですね…。」
「そこまで上等じゃないけどな…。うむ、やっぱり旨い。」
どうやって飲んだかは分からないが黒服もバーボンの味が気に入ってくれたようだ。
「それで?俺のことを知りたいんだったな、黒服?」
「はい…。突如としてアビドスに現れこの学校の状況をわずか一月足らずでひっくり返した貴方のことを…。」
「ふむ。で、その情報はどこから?」
正直な話、ネイトは自身の存在はなるべく隠ぺいしてきたつもりだ。
無論、セイント・ネフティスやカイザーコンストラクションなど一部機関にはすでにばれてはいるがそこからの情報拡散は今のところ聞いていない。
なのに、黒服は真っ先に自分のもとを訪ねてきた。
その情報の出所を知るべく、そう尋ねると…
「ご安心を…。これは私共独自の情報網で捉えたもの…。カイザーコーポレーション上層部は未だ貴方の存在に勘づいてはいませんよ…。」
「ほぉ、カイザーはまだ勘付かないのか。」
「何分、上層部の意向次第で自らの処遇が決まる会社ですので…。」
「…なるほど、上層部に行くころには俺のことなんて報告書からきれいさっぱり、ってことか。」
「ご推察の通りです…。」
どうやら予想通り、カイザーコーポレーション内で自ら隠ぺい工作をしているおかげでネイトの存在は未だにつかめていないらしい。
と、ここでもう一つ新たな疑問が生まれる。
「独自の情報網といったな?カイザーコーポレーションすらつかめていない俺の情報をどうやってつかんだんだ?」
そんな黒服の情報網についてだ。
巨大企業相手でさえ自分は『本性』をくらませている。
そんなネイトの『本性』にたどり着いた理由を知る必要がある。
「それは私が所属する組織『ゲマトリア』がここ最近のアビドスにおける変化を観測したことが発端ですね…。」
「『ゲマトリア』?聞いたこともないな。」
そこそこキヴォトスに来て大企業、裏社会を通じ様々な組織の情報を仕入れれるようになったネイトですらその名前は初耳だった。
「何分、キヴォトスの『外』に存在する秘密的機関のようなもので…。」
「なるほど。で、観測した変化っていうのは?」
「『暁のホルス』、この言葉に心当たりは…?」
「ホルス?」
言葉そのものの意味はネイトもざっくりと分かる。
エジプト神話に登場するハヤブサの頭をした神の名前だ。
「…いや、黒服の言うそれと俺の想像するものが同じとは限らないな。」
だから、いくらか含みを持たせてネイトは答える。
「そうですか…。では、呼び名を変えましょう…。『小鳥遊ホシノ』さん、彼女のことです…。」
「…なるほど、ホシノの『異名』か。なかなか格好いいじゃないか。」
「クックックッ…彼女をそう呼ぶのはお勧めしませんよ…。どんな結果になっても私には責任は持てませんから…。」
「おぉ、怖い怖い。さすがに二度も撃たれるのは勘弁だ。」
胡散臭いが妙な説得力のある黒服の忠告。
これは聞いておいた方が得だと思いネイトも胸に刻むのであった。
「そんな彼女の神秘、それがここ一月余りで急激に高まり洗練されてきたのです…。」
「へぇ、神秘って鍛えられるのか。」
「我々『ゲマトリア』は神秘の探求を行っているのです…。そんな我々にとって彼女の変化は非常に興味を惹かれるモノでした…。」
「ほぉ、まぁ俺もエンジニアのはしくれだ。興味を惹かれることを調べたいというのは分からんではない。」
分野は違うが共に道を突き進む者同士、ネイトもシンパシーを感じた。
「だが、キヴォトス人は神秘持ってるんだろ?別に珍しい事象じゃ…。」
「それがそうではないのです…。」
「というと?」
「小鳥遊ホシノさん…。彼女は『最も強い神秘を宿す生徒』なのですよ…。」
「…なるほど、それは納得できる評価だな。」
神秘云々は分からないがホシノの実力はネイトをして間違いなく『強者』のそれだ。
そんなホシノの神秘が強まり洗練された。
行き着いた者のさらなる進化、確かに黒服が興味を惹かれるのも理解できる。
「だが、それは彼女の努力によるものじゃ…。」
と、黒服が次に何を言うかうすうす気付いているがあえてそうとぼけるように発言するネイト。
「クックックッ…貴方も人が悪い…。」
そんなネイトの考えを察してか黒服は愉快そうに笑い…
「調査の結果、その変化が現れたのは…ちょうど貴方が突如として現れた頃なのですよ…。」
「…まぁそうだろうな。」
手をネイトに差し出しその原因が自分であると断言した。
ネイトとしても心当たりがありすぎる。
「っと、貴方のことを知ろうと訪ねてきたというのに…。私としたことがいつの間にか貴方にペースを奪われていましたね…。」
ここで立場がいつの間にか入れ替わっていたことにハタと気が付く黒服。
「クゥ、気付かれずにもっと情報を引き出せると思っていたが。」
わざとらしく悔しそうな表情を浮かべナッツを口に放り込みバーボンを呷るネイト。
「クックックッ…本当に愉快な方だ…。では、今度は攻守交代ということで私から質問をよろしいですか…。」
「いいぞ。酒の席で一方的に語らせるのは不作法だからな。」
「では、私の探究の時間とまいりましょうか…。」
そういうと黒服は舌を湿らせるようにバーボンを含みチョコレートを口にする。
「では、貴方がどうやってここアビドスにやってきたかですが…。」
「あんたと同じ外から…なんて言っても答えにならないよな。」
以前調べたがキヴォトスに外部から入るのはそう簡単なことではないらしい。
ネイト自身もこんなことでごまかせるはずがないと思っているが一応聞いてみるも、
「それは無理がある答えですな…。」
無論だがそんな答えで満足する黒服ではない。
「…ちなみに俺の発言を外部に漏らしたりするか?」
なので、一応保険の意味も込めてそう尋ねると、
「それこそ無粋な質問ですよ…。探究し知り得たことをそう易々と漏らすなど探究者の風上にも置けません…。」
そこは黒服、口外するつもりはないようだ。
「…んじゃあ、話そうか。俺は外の…というよりも世界の壁を飛び越えてここにやってきたんだ。」
なので、ネイトも話すことにした。
自分の前世、異世界の『連邦』のことを。
こんな話、素面どころか酒の席であろうと与太話で笑われるのがおちだが黒服はネイトの話が終わるまで静かに聞いてくれた。
共にバーボンを飲みチョコやナッツをつまみながら静かに話は進んでいき、
「…とまぁ、こんなところだな。」
「なるほど、それは何とも探求心をそそられる世界ですねぇ…。」
一通り、ネイトの前世は語り終えた。
黒服も連邦に対し非常に興味を抱いたようだ。
「しかし、貴方の交渉における老獪さ…。300歳という年齢を聞けば納得です…。」
「210年は氷漬けだったがな。無駄に重ねた年の功ってやつさ。」
ネイトはそんなことを言うも、そんな世界で老衰で息絶えるまで生き抜くことの困難さは黒服にもひしひしと伝わってくる。
「ですが、そんな貴方がなぜこのキヴォトスの世界へ…?」
と続いて、ネイトがなぜキヴォトスにやってこれたか尋ねる黒服。
「キヴォトスを観測しているのならこの名前は知っているだろう?…『梔子ユメ』、彼女が俺をここに導いた。」
ネイトがユメの名を出した途端、
「ッ!なんと…『天真のオシリス』が貴方を…!」
「『天真のオシリス』?それはユメの異名か?」
また聞きなれない言葉でユメのことを表す黒服。
そして、
「そうですか…!彼女の神秘はそのようなものだったのですか…!これは何とも興味深い…!」
何やらぶつぶつとつぶやきこの事象を分析し始めた。
「…おーい、探究とやらはあとにしてくれないか?」
「!これは失礼、少々興奮してしまいました…。」
ネイトが声をかけると我に返り、
「…それで、彼女は貴方にアビドスの復興を…?」
「そんなところだな。」
「可能なのですか…?このアビドスの復興など夢物語では…。」
どうやら黒服の組織をもってしてもアビドスの復興など構想すら浮かんでいないようだ。
だが、そんな黒服の問いに…
「楽じゃないさ。…だが、これは『二度目』だ。だったらできるさ。」
浅い笑みを浮かべつつも確固たる自信を感じる声でネイトは答えるのであった。
「…クックックッ、『天真のオシリス』はどうやら最高の人材を見つけ出したようですね…。」
黒服はさらに愉快そうに笑い声をあげ、ユメの人選に納得するしかなかった。
「…さて、貴方との会話はとても楽しい…。ですが、私はそろそろお暇させていただきましょうか…。」
「帰るのか?」
「えぇ、大変おいしいお酒と楽しい会話をありがとうございました…。」
宴もたけなわだが黒服はここで帰宅するようだ。
「見送りは?」
「そんな滅相もない…。ここまでもてなしていただいたというのにこれ以上は私が恐縮してしまいます…。」
「そうか。気を付けて帰れよ。」
「お気遣い感謝します…。では私はこのあたりで…。」
そう言い立ち上がって黒服は技術室を後にしようとする。
その時、
「…黒服。」
ネイトが黒服の背中に声をかける
「はい、なんでしょう…?」
あえて振り返らずに応じる黒服に、
「…俺と敵対するなら俺に気取られないようにやれよ。」
そう忠告するように語るネイト。
だが、『敵対するな』とは言わず『気取られるな』というのは変な話だ。
「…理由をお聞きしても…?」
その言葉の意味を黒服が尋ねると…
「…胡散臭さが服着て歩いているような奴でもこの世界でできた初めての飲み仲間を始末するのは気が引ける。だから、ばれるな。俺が気付かなければ…また飲みに来い。」
そう、浅い笑みを浮かべたままネイトは答えるのであった。
「………クックックッ…アッハッハッハッハッ…!本当に愉快な方だ、貴方は…!」
その答えに黒服も今日一番の笑い声をあげ、
「分かりました…!貴方にばれないよううまく暗躍しましょう…!次の酒宴の際は私が一品をお持ちしますのでどうかお楽しみに…。」
暗躍と次の酒の席の約束を交わすのであった。
「オウ、楽しみにしている。」
望むところだ、と言わんばかりにネイトも不敵な笑みで答える。
「と、そうでした…。楽しさのあまり一番重要なことをお聞きするのを忘れていました。」
「なんだ?」
愉快な話題ついでに黒服は最後に尋ねる。
「貴方のお名前をお聞かせ願えますか…?」
「…そういえば俺の名乗りがまだだったな。」
別に隠し立てすることでもない。
むしろ、黒服の組織が今まで自分の名前すら把握できていなかったことの方が意外だが…
「…俺の名前はネイトだ。」
そんな重要な物じゃない。
元の世界では割とありふれた名前だ。
だが、その答えを聞いた途端…
「!!?!?」
今日一番、表情など分からないはずなのに黒服に衝撃と驚愕の感情が浮かんだのがネイトにも伝わった。
「…どうかしたか?」
「…クックックッ、いえ。貴方に『相応しい』お名前をお持ちだと思ったまでです…。」
だが、すぐにその驚愕は引っ込み、
「では、ネイトさん。今宵は非常に有意義な席を設けていただき感謝いたします…。おやすみなさい…。」
そのまま黒服は引き戸を開け作業室を後にしていった。
不思議なことに途中まで聞こえてきていた足音は突然消失。
「…全く変わった奴に目をつけられたものだな。」
一人残されたネイトはグラス片手に月見酒に興じるのであった。
Side 黒服
クックックッ…そうですか。
そういうことですか、『天真のオシリス』…!
貴女がなぜ彼をこのアビドスに…。
それも…『暁のホルス』のもとに送り届けたのかようやくわかりましたよ…!
彼は…ネイトさんは未だにその身に宿る『神秘』に気付いていない…!
いや…『目覚めていない』、と言ったほうが正しいでしょうね…!
「クックックッ、ネイトさん…貴方はどこまで私共を愉快にさせてくれるんですか…!」
『暁のホルス』を私は『最高の神秘』と評しました…!
だが、ネイトさんを当てはめるなら…『原初の神秘』と評してもなんら遜色はない…!
彼を目覚めさせることができるのなら…『預言者』を贄にささげるのも構わない…!
「ネイトさん、貴方がキヴォトス中にその名を知らしめるその日を楽しみにしていますよ…!」
だが、今はまだ時期ではない。
それに…個人的にも彼は好ましい友人。
「さて、次に彼とともに飲むにふさわしい逸品を吟味しなければなりませんね…。」
また相まみえる日を楽しみにしていますよ、ネイトさん…。
Side out
答えが分かった方はその答えは胸の内に秘めてお待ちください