―――音楽家『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』
ネイトが考案した防衛計画『O,B,E,R,I,S,C,U』が発案された数日後のこと
「またとんでもない計画を立ち上げたわね、ネイト社長…。」
「ガウスキャノンの統合運用による超長距離からの砲撃システムですか…。」
ミレニアム、
「…キキキッなるほど『O,B,E,R,I,S,C,U』…か。なんとも相応しい計画名ではないか。」
「確かに…奴に対する防衛計画ならこれくらい大掛かりになるのも当然ね。」
ゲヘナ、
「なるほど…な。」
「で?どうするの、監査官?」
「あの大砲なら~アビドス砂漠でも安心~。」
「…分かった、理事会へは私が報告しておく。」
ハイランダー、アビドスへビナーの懸念を申し立てた各校の代表者の元に計画の草案が届けられていた。
キヴォトスでも類を見ない超高性能レーダー。
ミレニアムの戦闘機を軽く凌駕する性能を誇るF-20E。
かつて、カイザーに致命的な破壊を与えビナーを仕留めたガウスキャノン。
どれひとつとっても規格外の設備と兵器、まさにネイトの技術目白押しだ。
それらを統合運用し来る脅威に備える。
確かにビナーに備えてほしいと言ってはいたが…
「これは…かなりインパクトのある防衛策ね…。」
「我がゲヘナの砲兵隊の総力を超える力ではないか…?」
「あの列車砲も…これの前ではおもちゃだな…。」
これを見た各校の上層部は揃って顔を引きつらせていた。
威力も精度も文句なしだが…あまりにも脳筋過ぎる。
それと同時に…非常に効果的でもあった。
ビナー一体相手にゲヘナは大部隊を、アビドスはほぼ全ての戦力を導入しなければならなかった。
その中であってもガウスキャノンは特筆すべき戦火をたたき出している。
さらに、この計画で用いられるすべての技術はすでに実証済みで信頼性がとても高いということだ。
費用も全てアビドス持ち、自分たちが対策を求めた場所もアビドスのお膝元だ。
となれば…
「…私達から意見することはできないわね。」
「ここは承認し運用データを収集する方が得策か…。」
「アビドスへの座標データ提供を理事会に取り付けるか。」
三校共にこの計画を承諾するのであった。
「ネイトさ~ん、三校とも承認の連絡が来たよぉ。」
「分かった。基礎部分の設計が出来上がったらすぐに取り掛かる。」
その報告をネイトは復興施策委員会の部室で聞いていた。
「ん…意外と早かったね。もっと騒ぎになるかと思ってた。」
「あんな凄いのをビナーから身を護るためだからってこんなに設置するのに…。」
シロコたちとしてはどこかしらの学校が何らかの異議申し立てを行う可能性は考慮していた。
何分、前例がないうえかなり強引な部分がある防衛策なのでどこかしらから待ったが掛かるかと思っていたが…
「おそらく…ビナー討伐作戦時に性能を公開していたのが幸いしたんだと思います。」
「未知の物より既知の物の方が怖さも薄れますからねぇ。」
やはり、列車砲として事前に性能が知られていたことがいい影響を与えてくれたようだ。
もし、ビナー戦でガウスキャノンを用いずこの計画を出そうものなら説明に相当な手間がかかっただろう。
「まぁ~何はともあれ、またアビドスの復興に一歩前進ってことでぇ。」
「そうね、ホシノ先輩。航空隊も出来たしビナーが来てももう怖いものなしだわ。」
と、セリカが航空隊の話題を挙げたので…
「そう言えば…アヤネちゃんは戦闘機の操縦には慣れましたかぁ?」
ノノミが現在慣熟訓練中のアヤネに水を向ける。
少し前までは訓練生の大半は一回乗ればグロッキー状態となりアヤネであってもかなりへばっていたが…
「さ、最近は結構激しく操縦しても平気になってきましたよ、ノノミ先輩。」
「ほぉあの化け物機体にここまで早く慣れるとは大したものだ。」
あれから少し時間がたち彼女も慣れてきているようだ。
「他の皆さんも頑張っていて教官のMr,ガッツィーさん曰くそろそろ戦闘訓練に入れるようになるそうです。」
本来、戦闘機の訓練とはかなり長い期間かけて行われるものだ。
しかし、これもキヴォトス人の特徴というべきか…グロッキーになることは別にしても異様に『覚えが早い』というものがある。
まともに訓練を受けていない不良ですら戦車はおろかヘリを乗り回していることからそのことは伺えるであろう。
アヤネや戦闘機部隊はもちろん、他の航空隊のパイロット訓練性もすでに実際に操縦を行いその練度を着実に上げている。
「どうだ、見どころのある訓練生は誰かいるか?」
「そうですね…。教官曰く私とツートップになれるであろう生徒が一人いらっしゃるそうです。」
「アヤネちゃん並のパイロットですって…!?」
アヤネの操縦士としての腕前はおそらくキヴォトスでも並外れたものがある。
車両はもちろん、ベルチバードを筆頭にヘリすらも自分の手足の様に巧みに操れる。
さらには無線操縦を連結させることにより一人で最大3機を同時に操縦するという離れ業までやってのけるほどだ。
そんな彼女に匹敵する戦闘機パイロットとなるとこの場の全員が注目するのは当然だ。
「それは何とも楽しみだねぇ。アヤネちゃんもうかうかしてらんないよぉ?」
「もちろんです!私だって負けない位あのホワイトシャークを乗りこなして見せます!」
珍しく対抗心…というよりも競い合える相手を得られた喜びからくる強い眼差しをして宣言するアヤネだが…
「…まぁ、私たちが活躍することなんかないのが一番ですけどね。」
すっとその表情が普段の穏やかなものに変わる。
「そだねぇ。『必要』だから創設したけど…やっぱりその時がもう来ないことに越したことはないからねぇ。」
ホシノもそんな彼女に同意する。
アビドスはカイザーとビナーという大きな敵と戦い続けてきた。
そして、未だに情勢的には油断できる状況ではない。
トリニティにレッドウィンター、裏でちょくちょくちょっかいをかけ続けてきている二校。
復興で盛り返しつつあると言えども規模では未だ太刀打ちできない大規模学校だ。
学校だけではない。
連邦生徒会、かつてよりアビドスと因縁のあるあの組織も最近何かときな臭い動きをしている。
最近は色々と落ち目な所はあるがそれでもこのキヴォトスを統治する組織。
中でも『防衛室』が保有する装備はネイトの世界の技術を取り入れた今のアビドスでも油断できる相手ではない。
それ以外でも警察組織でありキヴォトス全土に根を張る『ヴァルキューレ警察学校』も統治者は防衛室、実質的に連邦生徒会の『飼い犬』も同然だ。
噂では更なる『武力』を保有する学校の指揮権も保有しているらしい。
「俺としてもドンパチはごめんなんだけどなぁ。やっぱり平和が一番だ。」
「ん…私も。ロードサイクルやオフロードバイクで砂漠走ってる方が好き。」
「私も皆さんとショッピングやお茶を飲みながらお喋りしている日々がいいですねぇ。」
「私だって。スコープ覗くよりも柴大将とジロウと一緒に接客している方がいいわ。」
「そうですね…。私はできるんだったらF-20Eでアビドス砂漠を遊覧飛行とかやってみたいですね。」
そんな連中の相手などまっぴらごめんこうむる。
別にアビドスはキヴォトス最強の座に戻りたいわけではない。
ただ、少しは以前くらいの賑わいを取り戻すくらい復興して学校を存続させたいだけだ。
それには…『力』も必要だ。
だがそれは決して『暴力』ではなく『武力』、『戈』を止める力でなければならない。
アビドスの生徒は…そのことを理解してくれているようだ。
すると、
「…ねーねー。」
「どうした、ホシノ?」
「おじさんね、ちょ~ち考えてたことあるんだぁ。」
いつものニヘラッとした微笑を浮かべてホシノがある提案をしようとする。
が、
「珍しいわね。ホシノ先輩が何かアイデア出すなんて。」
「うへぇッ!?それはひどいんじゃないかなぁ!?」
「ん…昼行燈な普段の行いが悪いよ。」
「アハハハ…。」
愛する後輩たちからのなんとも鋭いツッコミと指摘が突き刺さる。
「うぇぇぇぇんッノノミちゃんにネイトさぁん…!後輩たちがいじめるよぉぉぉ…!」
ホシノはショックを受けたふりをして近くにいたノノミとネイトに抱き着いた。
「よしよ~し、ホシノ先輩が頑張ってるってしっかり分かってますからねぇ♪」
「うんうん、生徒会長として毎日しっかりやってる。偉いぞ、ホシノ。」
まぁこの甘え癖もいつものことなので二人は彼女をあやす。
「…うへへへへ~♪」
「ハイハイ、分かったからホシノ先輩のアイデアを聞かせてよ。」
「おぉっとそうだったね。それは…。」
調子を取り戻しホシノが取り出したのは…
「じゃ~ん!」
「…アビドス大オアシスの地図か?」
「そうそう。」
最近、測量が終わったアビドス大オアシス周辺の地図だ。
「これがどうしたんですか?」
「せっかくアビドス大オアシスが蘇ったんだよぉ?しかも周りは真っ白な砂漠だなんてとっても風光明媚じゃ~ん。」
「確かにあの場所はめちゃくちゃ様変わりしたもんね。」
「それを活かさないなんてもったいないじゃん。」
そう言い、今度はオアシスの周囲に線を引き区切っていく。
「そこで私が考えたのはぁ…他校へのアビドス大オアシス周辺の土地の分譲賃貸だよぉ。」
「分譲賃貸ですか?」
「そう。ちょぉっと考えたんだけど…ここをウチだけで開発するって無理じゃない?」
アビドス大オアシスの周囲は軽く数百㎞はある。
確かにこの場所をアビドスだけで開発するのはかなり厳しい。
一部だけなら何とかなるが…それではあまりにも寂しすぎる。
しかし、このまま放置するにはあまりにも勿体ない。
そこで…
「アビドス大オアシスをアビドスの観光名所として売り出す手段だね。土地の賃料は貰うしこっちが定めた環境基準は守ってもらうけどそこで行う商売に関しては好きにやっていいよぉってこと。」
「なるほど…経済特区の観光地バージョンと言ったところか。」
「白い砂漠の中の青いオアシス…これはリゾートとしてウケるよぉ。」
他校にも開発に参加してもらい盛り上げに一役買ってもらおうというのがホシノの提案だ。
これならばアビドス大オアシス周辺の開発も進めることが出来き…
「ウチだけでやるより効率よく観光地にできると思うんだぁ。」
「他校からもアビドスに人を呼び込もうってことですね。」
「ん…しかもバリエーション豊かなら飽きも来ないから長く楽しめそう。」
文化の異なる他校の観光地ができるということはより多くの観光客を集めることが出来るだろう。
「まだ構想の段階だけどねぇ。でも…こうすればいつか…。」
「いつか?」
「…いつかまた『アビドス砂祭り』が開催できるんじゃないかなぁ…って。」
ホシノはそう言うとどこか物憂げな表情を浮かべる。
『アビドス砂祭り』、かつてアビドスが全盛の折大オアシスを舞台に開催されていた一大イベントだ。
砂嵐の影響で学区の荒廃が始まりオアシスも涸れ数十年前には開催されなくなって久しい。
そして…かつてユメが最期にホシノへこのイベントの復活を『夢』として語っていた。
「…そっか。」
その表情を見てネイトは…
ワシャワシャ
「わっ…!」
「大丈夫さ、ホシノ。昔よりももっと盛大なのを開いて『アイツ』の度肝を抜いてやろう。」
いつもよりも雑にホシノの頭を撫でる。
「ネイトさん…。…うん、そうだね!昔なんかよりももっともっとすごいの開催しちゃお!」
それでも、ホシノの表情から憂いが消えいつものニヘラッとした笑顔を浮かべ元気を取り戻した。
「じゃあ、ホシノ。この計画のもっと詰めたところを説明してもらえるか?」
「そうね。はじめるのは先でも予算関連の試算もやっておきたいし。」
「ゲヘナやミレニアムの方々にも提案するならいろいろと精査していきましょう。」
「新しいアビドスの名所ができるのならお父様にも声をかけてみましょうよ♪」
「ん…だからもっと私達にこの計画について教えて、ホシノ生徒会長。」
そして、ネイトだけではなく後輩たちも笑顔を浮かべホシノにこの計画の詳細を尋ね…
「もちろん!まずはぁ…!」
彼女も満面の笑みを浮かべて自ら考案したこの計画について詳細に語り始めるのであった。
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―――
そんな復興へと邁進するアビドス。
だが…
「な…何ですか、この計画は…!?」
その『綻び』が想定外の場所で発生していた。
「た、確か…なのですか…!?」
「はい、『提供者』の証言では『第一ソース確認後にその場で撮影した』と…!」
ある資料を目の当たりにしたトリニティ『ティーパーティー』の現ホストであるナギサは血の気が引いていた。。
そこに記されてあるのは…容易にキヴォトスの均衡を崩しうる兵器の数々のデータと…その運用計画だ。
「こんな…こんな計画が完遂されれば…!?」
おそらく…いや『確実』にこの計画は成し遂げられる。
なぜなら…そんな離れ業をあの学校は何度も成し遂げてきたからだ。
「ふ~ん…よくわかんないけどすっごい壮大な計画だね。」
そんな計画書をお茶菓子片手に斜め読みするミカ。
「ミカさん…!もっと真剣に…!」
「でも~これってご褒美欲しさにもってこられた情報でしょ?信頼性はあるの?」
態度こそ悪いがミカが言うことももっともだ。
この手の情報は報酬目当てのデマの場合も多い。
なにせこちらはお嬢様校、情報提供の報酬は他校よりも割高な傾向がある。
それ以外にも生徒をおびき出し誘拐…なんて言うことも。
しかし…
「いえ…その可能性は低いと思われます…!」
ナギサは核心を抱いていた。
「どうして~?」
「この計画発案に至った情報は…他のソースで手に入れていますから…!」
「おぉ~久々にスパイの皆頑張ったんだね。」
トリニティ諜報部の総力を挙げた結果、しっかりとこの計画の信頼性は確保済み。
内容こそ今日が初見だったが…その中身は想像以上だった。
「それでぇ…どうするの、ナギちゃん?」
ミカはナギサに今後の対応を尋ねる。
確かにこの計画は非常に脅威的な存在となるだろう。
しかし、これはあくまでも他学区での出来事だ。
トリニティでもおいそれと手を出すことはできない。
それでも…
「静観はできませんわ、ミカさん…!至急、対策を講じなければ…!」
ナギサは険しい表情のまま席を立ち…
「これから緊急の会合を開いてきます…!ミカさんは待機を…!」
そう言い残し、彼女はバルコニーから立ち去って行った。
そして…
「…私もまた『お願い』しとこうかなぁ。」
ミカも誰に聞かせるでもなくそう独り言ちるのであった。
それから数日後、
「…それじゃユウカ。これが例の物だ。」
ネイトの姿はミレニアムのセミナー執務室にあった。
ユウカと対面しPip-Boyからある物を取り出しユウカに差し出した。
「これが…!」
彼女の目の前に置かれたのは一見するとただの金属のインゴットだ。
「確かめてみるといい。」
「では、そうさせてもらいます…!」
ユウカがそう言うとそのインゴットの上に手近にあったマグネットを置こうとした。
だが、そのマグネットは落下することなく空中にそのまま留まった。
「まさか本当に『高温常圧超伝導体』なんてものが…!?」
彼女が驚くのも無理はない。
『超伝導体』、電気抵抗が皆無の物体の総称でミレニアムでも研究が進んでいる。
その他の特徴としては磁場を一切侵入させない『マイスナー効果』というものもありこれによって磁石は反発しあい宙に浮くというものがある。
通常は非常に冷却しなければ実現しない物質だ。
そう、『冷却』が必須なのだ。
だが…目の前の物体はどうだ?
この部屋は防寒着など必要ない常温常圧の環境だというのに…目の前の磁石は落下することなく宙にとどまっている。
少しでも科学をかじってる人間からすればとんでもない物質なのだが…
「実験ではアビドス砂漠の炎天下に曝した状態でも効果は失われなかった。それくらいの効果があれば十分か?」
「十二分すぎます…!それほどまでの高温であっての超電導を維持できるのであれば応用の幅は果てしないですよ…!」
この物質はミレニアムの技術をもってしても遥か先を行く夢の物質なのだ。
これがあれば電気回路のスマート化だけではない。
酷暑でも効果が失われないのであればリニアモーターの建造コストの削減など様々な科学技術が飛躍的に発達すること間違いなしだ。
そんな夢のような物質…なのだが、
「まぁ、俺としてはさして珍しくもない技術なんだが…本当にそれでよかったのか?」
ネイトはケロッとした表情でそう言い放つ。
ガクッ
「ほ…本当に連邦とキヴォトスの技術水準てまるで違ってるんですね…。」
思わずずっこけるユウカだが無理もない。
「だってそれ…ごくごく普通の物体だからなぁ…。」
そう、ネイトの言うように『高温常圧超伝導体』…別に機密物資だったとかそういうわけではない。
現にネイトの持つエナジーウェポンにはこの物質はふんだんに使われている。
超強力な磁力を用いるガウス系の武器も言わずもがなだ。
そして何より…
「高級とはいえ『玩具』にだって普通に使われていたんだ。価格自体も貴金属とかと比べ物にならないほど安価だったんだぞ?」
「お、玩具…?!」
民間にも広く普及していた物質でもある。
『ギディアップ・バターカップ』、戦前に大ヒットしていた女児向けの機械仕掛けの木馬人形だ。
只の木馬と侮るなかれ、電池を入れると本当の馬さながらに走り出すなんともハイテクな玩具だ。
そのハイテクさからかなりインフレが進んだ戦前でも金持ちな親はこぞって我が子に買い与えていた。
そして、ネイトは戦後の連邦でなんとあの最終戦争を生き残りグールに変異していたこの『ギディアップ・バターカップ』の生みの親である『アーレン・グラス』と出会っている。
そんな彼から『ギディアップ・バターカップ』のおもちゃの部品の改修を頼まれたのだがその中に…『超伝導メッシュワイアリング』という部品もあった。
つまりそれくらい一般に普及していた物質なのである。
ネイトとしてはレーザーウェポンやプラズマウェポンにガウスウェポンなどそう言ったものを要求されるかと思っていたが…
「ま、価値観の話は今更だ。ミレニアムがそれでいいというなら俺はそれを引き渡すまでさ。」
キヴォトスと連邦の様々な差は埋めるには時間がかかりすぎる。
あれやこれやいうよりもネイトは約束を果たすことを優先したのだ。
「ありがとうございます、ネイト社長。これでミレニアムはさらに発展するでしょう。」
「それはよかった。じゃあ、この受領書にサインを…。」
と、取引成立の証明として受領書にサインを求めようとしたその時…
「失礼します、ユウカちゃん…!」
「ノア?」
いきなりノアが慌てた様子で入室してきた。
「あ、ネイト社長…!」
「お邪魔してるよ、ノア。…仕事の話のようだから俺は一旦席を外そう。」
どうやらセミナー関連の用事なようで自分がいては不都合だろうと思い離席しようとするネイトだが…
「いえ、そのままで…!むしろ、ネイト社長もいらっしゃってちょうどよかったです…!」
「…どういうことだ?」
ノアはネイトを引き留める。
「ちょっとノア、一体何があったの?それにネイト社長も関係があるって…。」
どこか焦っているらしくないノアの様子にユウカは事態の深刻さを察する。
ネイトも席に着き直し、彼女の報告を聞くことにする。
「先ほど、連邦生徒会からキヴォトス全土の学校へ一斉送信のメッセージが届きました…!」
「連邦生徒会から…?」
「全土の学校っていうのは珍しいな。」
連邦生徒会はキヴォトス全体の行政を担う組織だが基本は各校の自主的な統治に任せている。
要請などなければあちらから何かやってくれるという方が非常に少ない。
以前のサンクトゥムタワーの騒動の時のことからそれはキヴォトス中の学校の共通の認識だ。
そんな連邦生徒会がキヴォトス全土にメッセージを通達するということは非常に稀なのである。
「それでそのメッセージの内容はなんだったの?」
「…『連邦安全保障理事会』の開催の通達でした…!」
「連邦安全保障理事会?」
ノアが言い放った聞きなれない言葉にネイトは首を傾げる。
「無理もありません、ネイト社長…!開催されるのは記録上数十年近く前の事ですから…!」
『連邦安全保障理事会』、連邦生徒会が主催する議会の一つでありキヴォトスの安全と平和の維持のために行われる最も大きな権限を持つ。
ここで可決されたことには強い法的拘束力を有し事実上の最高意思決定権を有する議会である。
が、前述の通り学園自治が基本のキヴォトスでは開催自体が稀な議会でもあり…
「その数十年前の開催もゲヘナとトリニティの全面衝突回避のためという非常に重い議題でした…。」
「それは…何十年も開催されないのも分かるわね…。」
そんな議会がなぜ今このタイミングで開催されるのか?
「…それで議題は?」
ネイトは内容を尋ねるが…どこか確信めいたものを感じていた。
そして、その核心は…
「…アビドスの急速な『軍拡』に関する議題…と…!」
「なっなんですって…!?」
「はぁ~…嫌なことばかり当たるようになるな、この歳になると…。」
アビドスに関することだった。
しかもこのタイミングということは…
「確実に…『O,B,E,R,I,S,C,U』に関することだろうな。」
連邦生徒会が目を引きそうなアビドスの話題というのはこれしかない。
つまり…
「まさか…情報漏洩…!?」
「考えられるとするなら…!」
どこかからこの計画が漏れそれが連邦生徒会まで届いてしまったのだ。
「ノアッ!すぐに詳細な調査を…!」
鬼気迫る表情でノアに漏洩の可能性が無いかの調査を行うように指示を飛ばすユウカだが…
「まて、ユウカ。」
ネイトが彼女に待ったをかける。
「ネイト社長、ですが…!」
万が一ミレニアムが漏洩もとだった場合、今までアビドスとW.G.T.G.と築いてきた物がすべて崩れ去ってしまう。
血の気が引いたユウカが泣きそうな表情でネイトを見るが…
「今騒いだとしてももう手遅れだ。それに完成すればどうせ露見する。遅いか早いかだけのこと。」
彼はそんなユウカを落ち着かせるように穏やかな表情で宥める。
「だから焦っても仕方ない。そこは時間をかけても構わないから確実にやってくれ。」
「…分かりました…!」
「ノア、議会の開催はいつだ?」
「開催は三日後、D.U.が会場です…!」
「了解。」
ちょうどその時、ネイトのスマホにも着信が入る。
画面の通知を見ると…
「アビドスの方でも確認できた。」
「随分仕事が早いですね、連邦生徒会なのに…!」
アヤネからのモモッターで今ノアが話した内容とほぼ同一の報告だった。
さらに…
「…おぉっと。」
「どうかされましたか?」
「W.G.T.G.にもお呼び出しだ。…重要参考人として俺に出頭命令が下ったようだ。」
W.G.T.G.には直接ネイトに安保理への出頭の要請が入ってきた。
「ちなみにこれ…ドタキャンするとどうなる?」
一縷の望みをかけて二人にそんな質問を投げかけるが…
「ヴァルキューレが令状をもってなにがなんでも議場に叩きだすでしょうね…!」
「出頭しなければ営業処分を下される可能性も…!」
「オーライ、これは素直に出頭した方が面倒が少ないな。」
どうやら逃げ場はないらしい。
ネイトとしても抵抗できるかどうかはさておいてヴァルキューレと事を構えるのは面倒極まりない。
「すまないが俺はこのままアビドスに戻る。」
「分かりました…!こちらでも何か分かりましたらすぐに報告します…!」
「ネイト社長…どうかお気を付けて…!」
早急に対策を練るためにネイトは足早にセミナーの一室を後にする。
すぐに乗ってきたベルチバードに飛び乗りアビドスへトンボ帰りする。
その機内で…
「もしもし、ホシノか?…あぁ、状況は把握している。…待て待て、今は荒事は無しだ。…そう、そう言うことだ。それじゃ選出は任せるから足の方は俺が用意する。…あぁ、じゃあ帰った後で細かい所を詰めよう。それじゃ。」
ネイトはホシノに連絡を取り簡単な打ち合わせを済ませ…
「…フフッ、なるほど。前世もそうだったが随分と恨みを買ってしまったものだな。」
自嘲気味に笑いながら独り言ちた。
先日の夢の中での少女の預言とこの狙いすましたかのような連邦安全保障理事会の開催。
つまりこの後、自分は…
「…さぁ、お嬢ちゃん。未来を変えて見せようじゃないか。」
だが、ネイトに怯えの感情は一切なかった。
いや…その目にはむしろ決意の光が宿っている。
必ず生き残る、この事態を乗り越えて見せるという決意の光だった。
運命なんて、努力次第で変えられるんですよ。
―――小説家『遠藤周作』