―――文学者『サミュエル・ジョンソン』
【22:17】
サンクトゥムタワー内にある一室、そこで…
《それで?どういうことか説明してもらえるんですよね?》
《もうそこの主席行政官の待ったは聞かんぞ…!》
《………。》
「ま、まずはこちらの釈明を…!」
《釈明…ですか。まるで私たちの抗議が『誤解』だと言ってるようにも聞こえますが?》
《誤解も何も事実だろう…?!自分がそれをメディアに堂々と自慢していたではないか…?!》
「お二人とも、ここは冷静に…!」
『圧迫面接』などという優しい言葉では到底表しきれないほどの圧に満ち満ちた会合が開かれていた。
出席者はナギサとリンに…
《では改めてお聞きします。なぜ…ナギサさんがあの写真を?》
ユウカは冷酷な目つきで淡々と、
《あの写真を持っているのはこの世で四人だけだ…!それをなぜ部外者の貴様が持っているのだ…?!》
マコトは湧き上がる怒りを何とか堪えつつナギサに尋ねる。
あの会見でナギサが見せたあのネイトの写真。
あの写真を持っているのはわずか四人。
一人は被写体であるネイト。
一人は彼の愛娘のアリス。
一人は二人の共通の友人であるイブキ。
そして、残り一人は…
《何処から『盗んだ』か…さっさと白状してくれない?》
二人に猛禽類を彷彿させる射貫くような視線を向けているネイトが全幅の信頼を置くホシノだけだ。
「ぬ、盗んだなんてそんな…。」
必死の思いで弁明しようとするナギサだが…
《ほぉ、では『正当』な手段で手に入れたと…?!だったら堂々と名を上げればいいだろう…?!》
《アリスちゃんは貴方の連絡先は知らないはずですが…?》
《私もネイトさんも知らないよ…。なんたって初めて顔を合わせてるんだからね…。》
既にそんなことの裏は取れている。
一般的なトリニティ生ならまだしも生徒会長に等しいナギサの連絡先などそう易々と知っているわけがない。
しかも、知っていたとしてもネイトがちゃんと言い聞かせたアリスやイブキが漏らすとは思えない。
「そ、それは…!」
「お三方、ナギサさんは彼女なりにネイト社長の身を案じて…。」
今度はリンも参加しナギサを擁護しようとすると…
《それが…あのふざけた記者会見を許可した理由ですか、七神リンさん?》
「ふ、ふざけ…?!」
《連邦生徒会長代理はあんなことを公開すればどうなるか理解できないほど馬鹿なのか…?!》
「ば…バッ…?!」
《そもそも…なんでアビドスに一報も入れずにすぐ公共の電波で言っちゃったの…?》
「………。」
辛辣な三人の言葉にその語気が衰えていった。
《そもそも疑問にも思わなかったのか…!?安否云々は抜きにして…この三つの学校が一切コンタクトをとってこなかったことが…!?》
「こ、こちらもあの事件の対応で多忙でして…。」
《えぇ、それは理解しています。なんたってサンクトゥムタワーの目と鼻の先で起こった事ですもん。ですが…。》
《何も言ってこないからって…アビドスに何にも情報を伝えてこないのはあまりにも不義理ってやつじゃない…?》
「た、対応に不備が会ったことは謝罪いたします…。」
なおも止まらないマコト・ユウカ・ホシノの指摘にとうとうリンすらも縮み上がってしまった。
《で…ナギサ…!貴様はどうやってネイト社長の写真を手に入れたのだ…?!》
「で、ですからそれは決してやましい思いではなく…。」
リンを沈黙させマコトはナギサへの追及を再開するが依然として彼女は口を割ろうともしない。
それを見て…
《…そうか。ならばもういい。》
マコトは眉間に寄せていたしわを消し…
《もう話してもらうのは終わりだ。》
「え…?」
《おい、連れて来い。》
画面外の者にそう声をかけると…
《う…うぅ…。》
「~ッ!?」
手錠を掛けられ万魔殿の制服を着たボロボロの生徒が一人ホログラム内に現れた。
《こいつは我が万魔殿に所属する運転手だがな…どうやらコイツがイブキのスマホを覗き見ていたらしい。》
「そ…そうなんですね…。」
ナギサがその生徒を見てなんとか平静を保とうと努める。
《ぎ、議長…!それは誤解…!》
と、弁明しようとする生徒だが…
《黙れ…!我々の車に仕込んである隠しカメラが貴様が把握している物だけだとでも思っていたのか…!?》
再度鬼のような形相を浮かべて彼女を睨みつけるマコト。
《ネタはもう挙がっている…!貴様がイブキの指でスマホを解除しその中身を覗いてそれをどこかに送っていたこともな…!》
《そ、そんな…!》
《その後にそこに居る羽付きの会見だ…!どう考えても…お前が情報を盗んだとしか思えん…!》
情報管理・諜報に関してはマコトもかなりの能力がある。
殊イブキに関してはそれこそ『過保護』という言葉では足りないほど。
普段は周りから白い眼で見られるような彼女のイブキへの過剰な愛情が…この運転手の悪行を見抜いたのだ。
《で…どこに送ったんだ…!?》
《………!》
マコトに睨まれ恐怖に顔がゆがむ運転手の生徒。
歯をガチガチと鳴るがそれでも情報の流出先を話そうとしない。
《いいだろう…!だったら話したくなるようにするだけだ…!おいっこいつを連れていけっ!!!》
怒り狂うマコトは部下に命じ彼女をどこかへと連れて行ってしまう。
なにせ、今回はイブキも巻き込まれている。
護送の生徒達の表情も怒りに満ち満ちていた。
《い、イヤだッ!!!アソコだけは嫌だッ!!!ごめんなさいッ許して…!》
画面から消えた彼女の哀願の悲鳴に…
「…っ!」
ナギサの表情はこわばった。
《………さてナギサ、これでお前との関係も知られるのは時間の問題だな…!》
「マ、マコトさん…!あまりにも強引な取り調べは…?!」
《ゲヘナの問題はゲヘナで対処する…!お前の指図など何の意味もないぞ、連邦生徒会長代理…!》
リンの勧告などマコトは無視し…
《本題に戻そう…!実のところ、我々三校は爆撃事件当初よりネイト社長の生存と未知のミサイルを把握していた…!》
「え…?!」
「知っていたんですか!?」
二人に対し、今回の爆撃事件に根幹にかかわる情報を把握していたと明かす。
「知っていたのならばなぜこちらと情報共有をして下さらなかったのですか!?」
「それならば我々も彼の保護にいち早く…!」
ナギサとリンは三人の情報の隠匿を非難するような声を上げるが、
《知った結果がどうだ…!?それが先ほどそこの羽根付きの記者会見だろう…!?今、D.U.中の不良が血眼になって社長を探しているとこちらにも情報が入っているぞ…!?》
《ネイト社長は自分の安否不明こそこれ以上の混乱を避けるための手段だと言っていました。だから、私達もそれに同意し情報収集に努めていました。》
《その隙にテレビでミサイルの情報を公開、広く情報収集するつもりだったけど…そんなネイトさんの努力もどこかのおバカさんたちのせいで全く意味をなさなくなっちゃったけどね…。》
目的と現状の事態を挙げられ…
「し、しかしっ事実彼の所在は判明しました…!」
「これで彼を保護できれば混乱も収まると…!」
気圧されつつも生存情報の公開に関するメリットを挙げる。
確かにネイトの所在に関する有力な情報の入手には成功できた。
あとは彼の安全を確保すれば状況はよくなるはず。
しかし…
「失礼します…!」
会議中の部屋にカヤがやって来て…
「報告を…!ヴァ、ヴァルキューレの生徒が情報提供のあったモーテルに到着…!」
「ネ、ネイト社長は…!?」
「…ネイト社長を襲撃した者たちがいたようでモーテルの一角が消失…!救急への通報で彼の生存は確認されていますが行方不明です…!」
「し、襲撃…!?」
「その襲撃者も到着時には逃走…!現在、到着したヴァルキューレの公安局が調査中…。詳細は未だに…。」
ネイトに襲い掛かった襲撃者の存在と彼の行方が再び分からなくなったことが告げられた。
状況が呑み込めず目を見開くナギサとリンに対し、
《あれだけのことをできる組織です。そのくらいの備えはしていて当然でしょう。》
《爆破テロだろうがな。そんな可能性すら考えきれぬほど貴様らは考えが廻らんのか?》
《これで結局振り出し…。ネイトさんの所在まで分からなくなった…。》
三人は『そら見たことか』と言わんばかりの表情を浮かべている。
《で、どうするの?》
「ど、どうする…とは…?」
《はっきり言って貴方たち程度にネイト社長の保護どころか発見ができるとも思えません。》
「そんなッ!?ヴァルキューレどころか一般市民の目もあるのに…!?」
《忘れたか、奴はカイザーPMCの本部基地に潜り込み内側から奇襲を仕掛けた兵士だぞ?広いD.U.は奴にとっても身を隠せる絶好の場所だ。》
「で、でしたら我々に協力を…!」
《通報の情報が漏れて襲撃されたのに?こっちの情報まで知らせたらどんなことになるか分かったもんじゃないよ。》
生存情報は暴露する、褒賞金をかける、情報は傍受される…。
こんな状況でホシノ達がナギサたちに協力する訳がない。
すると…
Prrr…Prrr…
ホシノのスマホに着信が入り、
《もしもし?》
断りなくそれに彼女が出ると…
《もしもし、ホシノか?》
「「「ッ!?」」」
スピーカー設定にしているのかネイトの声が聞こえてきた。
《うん、そっちはどんな感じ?》
《俺は無傷だがモーテルに潜んでたら所属不明の連中に襲撃を受けた。奴ら、中々に訓練されているようだ。》
《そっか、無事でよかったよ。今はどうしてるの?》
《なんとか姿をくらませられた。また腰を落ち着けたらそっちに…。》
と、簡単な状況報告を行っていると…
「ネッネイト社長、ご無事でしたか!」
ナギサが声を張り上げてネイトに呼び掛ける。
《…なぁ、今トリニティの生徒会長の声が聞こえたんだが?》
《ちょうど今、マコっちゃんとユウカちゃんであの会見のことを問いただしてねぇ。》
《いったん切ろうか?》
状況を確かめネイトが仕切り為そうとすると…
「ネイト社長、七神リンです!今どこですか!?すぐにヴァルキューレの者を…!」
リンが珍しく声を大にしてネイトの所在を尋ねてきた。
これはまさに千載一遇のチャンスだ。
ネイトの所在さえ自分たちで掴めば後はなんとか彼を保護できる。
しかし…
《いや、言うわけないだろ。信用できない連邦生徒会とトリニティがいる前で。》
「…え?」
ネイトから返ってきたのは明確な拒絶の言葉だった。
《俺の生存をバラしておまけに首に賞金まで賭けてくれたおかげで俺が今こうして逃げ回ってるんだ。また厄介な状況になる未来しか見えない。》
「そ、そのようなことはありません!私たちトリニティも貴方の無事を祈って…!」
《そう思うのならさっさと褒賞金はありませんってまた会見で行ってくれよ。それが今、そちらにできる最善の手だ。》
ナギサの言葉もネイトにはなしの礫だ。
しかも、ネイトの提案はナギサにとっては実質不可能に等しい。
もしそのようなことを再び発信しようものなら今度こそトリニティのキヴォトス中からの信頼は地に落ちる。
すると…
「な…なぜですか…?!」
《何がだ、桐藤ナギサ?》
「どうして…貴方は…私達を信じて下さらないのですか…!?」
泣きそうな表情でネイトに尋ねるナギサ。
時ここに至って彼は依然として自分たちに排他的な行動ばかりをとっている。
まるで…自分たちなど『いない』と言わんばかりにだ。
だが…
《お前たちが俺のこと信じていないのに何を言ってるんだ、お前は。》
「え…?」
ネイトの返事はあまりにも素っ気なくまるでこちらを小馬鹿にでもしているようにも聞こえた。
《『他人は自分を映す鏡である』という言葉を知ってるか?》
ネイトは淡々と答える。
《俺もキヴォトスにきていろいろ経験した。…ある時は出合い頭にショットシェルをフルパックで撃ち込まれた。》*1
《………。》
続く彼の言葉にそっぽを向いたり
《ある時は初対面なのにいきなり俺の技術を公開しろと要求された。》*2
《うぐッ…!》
苦い表情を浮かべたり
《ある時は何の前置きもなしに起こったデカいドンパチに対処したこともあった。》*3
《オッホン…!》
咳払いしたりと三者三葉の反応を示す。
《無論、それに対し俺も相応の対応をした。当然さ、やられっぱなしでいるほど俺もお人よしじゃない。》
先の言葉通り、ネイトもそれにそれぞれの答えを示し…
《そして、全員がそれぞれの行いを『省み』て『償い』をしてくれた。だから、俺はそのことを水に流して互いに『理解』し今日まで歩んできた。》
その者たちとは良好な関係を結べていると明かす。
《それで?そちらはどうだ、トリニティに連邦生徒会?》
「「「………。」」」
そして、ネイトの問いかけにナギサにリンにカヤは言葉を発せなかった。
《俺は来る者は拒まずだ。門はいつでも開けている。交渉に来た?いいだろう、話を聞かせてくれ。喧嘩しに来た?いいだろう、相手になるぞ。おしゃべりに来た?ぜひ、さぁ座ってくれ。…そういうスタイルだ。》
そして…
《だがな…何の断りもなく塀を乗り越えて入ってくるような『無礼者共』に払う礼儀なんか持ち合わせちゃいない。そんな奴等、叩きだすのが道理だろう?》
強くなった語気で警告するように言い放つ。
ナギサやリンはその言葉に一切反論できない。
全て事実でそれが露見していないのはただアビドスが沈黙しているからに他ならないからだ。
《なんで信じない?そりゃそうだ、『信じる』に値する行為どころか『普段』から不信感しか募らない様な事ばっかりしかしていないだろう?》
「…っ!」
《そして、このザマだ。心底呆れているよ。これが三大校の一角かと、これがこのキヴォトスの統治組織なのかと…な。》
今度は呆れかえったかのような声をネイトは発し…
《俺はな『子供』は好きだ。桐藤ナギサ、お前らトリニティが毛嫌いしているマコトだって俺からしてみれば微笑ましい女子高生さ。》
《オッオイッネイト社長!?》
まさかの言葉にマコトは動揺するがそれを無視するように…
《だが…そんな俺でも『ガキ』は大っ嫌いだ。特に…お前等みたいに自分のことを一切省みずこちらにばかり対応を求めるようなやつはな、桐藤ナギサに七神リン。》
「が…ガキ…!?」
「大…嫌い…!」
初めて飛び出た明確な『拒絶』の言葉に目を見開くナギサとリン。
《それが俺がお前たちを信じない理由だ。なにが『信じてくれないの?』だ。俺らが何も言わないからって好き勝手やってきやがって…。》
そして…
《最後に一言だけ言っておく。…あまり『大人』を舐めるなよ、クソガキ共…!》》
そう言い残し、ネイトは通話を打ち切った。
《…ということだよ。はっきり言うと…アビドスも連邦生徒会とトリニティには同じ印象を抱いているからね。》
スマホを懐にしまい、ついでと言わんばかりに自分の心情を述べるホシノ。
《こ、子供って…?!ネイト社長め…!》
《まぁ…ネイトさんですし…。》
先のネイトの言葉に引っかかっているマコトを宥めるユウカ。
彼の実年齢を知っていれば…まぁ仕方ないだろう。
閑話休題。
《それで?アビドスの部隊派遣の通達はそっちに行っているよね?》
ホシノはこの会談のついでに通達していたアビドスの部隊派遣についてリンに尋ねる。
「まっ待ってください、ホシノさん…!今アビドスの部隊がD.U.にやってくれば更なる混乱が…!」
リンが何とか思いとどまるように求める。
ただでさえD.U.は爆撃テロにネイト捜索とひっくり返ったような大騒動だ。
アビドスの部隊の来訪は…あまりにも強力過ぎるカンフル剤である。
それも使用者の命すら奪いかねない程の。
だが…
《あなた達があまりにも不甲斐ないからもう私達でネイトさんを救出しようってことなんだけど?》
「そ、それは…!」
ホシノに現在の状況を挙げられて沈黙するしかない。
《私達がネイトさんの保護、そっちは爆撃事件の捜査…それが効率的でしょう?》
「効率の問題ではありません…!これはD.U.の問題、私達に解決する義務が…!」
《トリニティとレッドウィンターがよくて私達がダメな理由はなんなのさ?》
「か、彼女たちはあくまで『補助』の立場でして…!」
ホシノの詰問ともいえる交渉はしばらく続くのであった。
【22:40】
「で、部隊の派遣は…。」
《何とか纏まりましたけど…面倒なことにこっちが動けるのは『夜明け』ってことになりました…。》
会談を終えたタイミングを見計らい再びホシノにコンタクトをとったネイトは報告を受けていた。
やはり相手は連邦生徒会、今のアビドス相手でもその強権は健在だ。
部隊派遣の了承は取りつけることに成功したものの条件付きという結果になった。
《その代わり部隊派遣で発生した諸々の費用とその際の被害は全部あっち持ちにしてやりましたよ。》
「相変わらずちゃっかりしている…。分かった、俺はとにかく逃げ続ければいいってわけだ。」
《申し訳ないけど…そうなりますね…。》
時間にして…あと6時間ほどネイトは独力で対処しなければならない。
この厳戒態勢が敷かれたキヴォトス最大の人口を誇るD.U.で…だ。
「なぁにかくれんぼは得意だ。ともかくホシノはすぐに動けるように準備を頼む。」
しかし、ネイトは余裕を見せて返す。
現役時代はさらに大人数相手で長時間の潜伏などざらだった。
逃げ切るだけならば…どうにでもできる。
《了解しました。…出し抜いてやりますよ。》
電話の声だけでホシノがしたり顔をしていることが伝わって来る。
「あぁ、存分にやってくれ。…ノノミ達はどうしていた?」
《…動けるのは私達と同時刻、それまでは連邦生徒会が保護すると。》
「分かった。今動くと余計な連中も出てきそうだからな…。」
ネイトの言うように、脅威はD.U.の住民だけではない。
ネイトに襲撃を仕掛けてきた所属不明の武装集団。
未だにその全容はつかめず勢力も不明だ。
この状況でノノミ達を外に出せば…奴らは彼女たちに襲い掛かるだろう。
《ユウカちゃんやマコっちゃんにも調査協力を要請してますが…あまり芳しくはないようです。》
「だろうな。こんな大それたことを人知れずに遂行できる連中だ。尻尾はそうそう掴めないだろう。とりあえず、俺はD.U.から脱出する手段を探ってみる。」
《分かりましたけど派手な動きは自重しててくださいね?》
「善処はするさ。それじゃ。」
情報共有も終え、いったんここで通話を終え…
「さて…。」
ネイトは双眼鏡でD.U.市街地の様子を確かめる。
現在地はD.U.から少し離れた場所にある小高い山の展望台だ。
依然としてホテルニューオトワは炎上中だがそれ以外にも…
(ラジオで厳戒態勢が敷かれたと言っていたせいか市街地各地では検問、都市高速も封鎖されて車一台通ってないな…。)
眠らない街であるはずのD.U.が普段とは全く違う姿を見せていた。
通行人の姿もほとんどなくした道の所々では検問待ちの渋滞が発生。
それに対し、キヴォトス最長の総延長距離を誇る交通と輸送の大動脈『D.U.都市高速*4』は車が一台も通っていないという異様な姿を呈していた。
(脱出するにしてもホシノたちの支援を存分に受けるにしても…ほぼ反対側に向ってなければいけないわけか…。)
問題は現在地からD.U.を突破し逆サイドへ向かう必要があるということだ。
足は女主人が提供してくれた車両があるが…武装も装甲もない。
馬鹿正直に突破するのは無理がある。
ならばどうするか?
(そんなに混乱が嫌なら…もっと大混乱を起こしてやろう。)
その時、
ズチャッ
ネイトの背後で重量感のある足音が聞こえてきた。
【23:20】
「うへぇ…こりゃ随分と…。」
場所は変わり、ネイトが滞在していたダウンタウンのモーテルでは実況見分が行われていた。
その陣頭指揮を執っているのはヴァルキューレの制服を着崩しアロハシャツを着ている生徒だ。
「ドアの裏には指向性爆薬…室内にはベアトラップ…。完全に待ち構えていたようっすね…。」
現場はかなり焼失していたがそれでも戦いの痕跡は色濃く残っていた。
それだけではない。
「壊れたテレビに大量の血痕…こりゃ相当思い切りダンクシュート決めたようで…。」
穴が開いた隣の部屋からは画面が砕け散り血塗れのテレビが転がり床も血痕で汚れていた。
「で…帳簿で確認された部屋があっちで部屋を挟んでドンパチしたって訳っすね。」
彼女は壁に残った大きさの違う弾痕を確認し、
「つまり…。」
彼女は何かを察して窓の外に身を乗り出し壁をライトで照らすと…
「ビンゴ。お~い、こっちの壁に足跡あるんで記録しておいて~。」
「分かりました!」
壁に残った部屋を渡った後を見つけ部下に記録を頼む。
「ふぅ~…一体どんな奴らと戦ってたんすか、ネイトさん…?」
そう、ここにはいないネイトに尋ねるようにつぶやいていると…
Prrr…Prrr…
彼女のスマホに着信が入り…
「もしもし、カンナの姉御っすか?」
相手は彼女の上司であるカンナだった。
《あぁ。状況はどうだ、コノカ?》
彼女の名前は『コノカ』、カンナの右腕でもありヴァルキューレ公安局副局長を務めている。
口調や服装からも分かる通りカンナとは正反対の緩い性格だ。
しかし、いざというときは前線でも戦えるスパルタな面を持つ。
「いやぁ凄いもんっすよ。主人の話では相手は10人、それも中々の手練れのようっすね。」
《それを…ネイト氏は一人で?》
「そのようっす。まるで『職人』のような見事な立ち回りがありありと伝わってきますよ。熱砂の猛将の面目躍如ってやつっすか?」
ネイトの戦いぶりに感心するような言葉を発するコノカだが、
《馬鹿なことを言うんじゃない…!警護対象に逃げられた上に襲撃までされてるんだぞ…!》
カンナは語気を強めてそれを諫める。
彼女の言うようにこの状況はヴァルキューレの失態以外の何物でもないからだ。
「冗談っすよ、姉御。」
お説教は喰らいたくないのでコノカもすぐに言葉を訂正するが、
「…それとは別に面白いことが分かったっす。」
《なんだ?》
「燃えた部屋の中には壊されたビデオカメラがあったっすけどそれを解析してみたら…。」
手元のヴァルキューレ専用の端末を操作しカンナにデータを送ると…
《………これは…!?》
「テレDで放送された動画と全く一緒の物っす。つまり…。」
それは火の玉…巡航ミサイルがホテルニューオトワに突っ込み爆発炎上するまでの一部始終を収めた映像だった。
《あの動画もネイト社長が流した…ということか…!》
「でしょうね。そりゃ長電話にもなるってもんすよ。」
《…彼なりに事態を収めようとしてくれていたということだな…。》
「まっそれもトリニティのお嬢様がおじゃんにしちゃったようっすけどね…。」
《…分かった。他に報告は?》
と、コノカとカンナが情報共有を行っていたのと同時刻、
「クッソ、ついてねぇな…!」
「賞金には逃げられるし…!」
「ヴァルキューレには取っ捕まるしよぉ…!」
実に数十人の不良たちが拘束され一か所に集められていた。
彼女たちは先ほどコノカが率いるヴァルキューレとカーチェイスを繰り広げていた不良集団だ。
あの後、奮戦虚しく全員が拘束され移送の時を待っていた。
せっかくのネイトもとっくに逃げられていたため意気消沈しているのも無理はない。
すると…
Prrr…Prrr…
「あん?」
ある一人の不良のスマホに着信が入ったのを皮切りに多くのスマホが一斉になり始めた。
「なっなんだなんだ…!?」
「おい、あたしの後ろのポッケにあるからちょっととってくんねぇか?」
今は手を結束バンドで拘束されているため後ろにいる者に頼んでスマホをとってもらい、
「はい、もしもし?」
通話に出てしばらく聞いていると…
「…え?」
呆然としたような声を上げたかと思うと…
ツゥ…
その頬を涙が伝った。
「どッどうしたんだよ…!?」
あまりの急変っぷりに驚愕していると…
「"真実"…!?"伝説"が…!?」
「え…!?」
そんなつぶやきが聞こえ…
「"幻想"じゃねぇよな…!?」
「還って来てくれた…!ウチ等の"頂点"が帰ってきてくれた!!!」
他のスマホに出ている生徒たちも涙ながらに語り出す。
そして…
『すぐ"合流"するッ!!!』
全員が一斉にそう答えるのであった。
《それで襲撃者と思われる者たちは?》
「あたし等が現着する前にそっちも逃げてるみたいっす。でも、おそらく相当重傷を負ってるようなんで…。」
《分かった。付近の医療施設に手配情報を…》
コノカとカンナがさらに情報共有を行っていた…その時、
『ワアアアアアアアアッ!!!』
「なっなんすか!?」
突如として辺りに割れんばかりの叫び声が響き渡った。
慌ててコノカが外に飛び出し様子を確かめると…
「おらぁッ!!!」
「こっこの、大人しくッ!」
「押し切れッ頭数はこっちが上なんだ!!!」
先ほどまで拘束していた不良たちが手錠が掛けられたまま周囲にいたヴァルキューレ生に襲い掛かっているではないか。
「なっ何やってんすか!?総員、抑え込むっす!!!」
「はっはい、副局長!!!」
まさかの行動に度肝を抜かれながらもコノカ達は不良たちを抑え込もうとするも…
「パトカーでも何でもいいからとにかく乗り込めーッ!!!」
「行くぞ、テメェら!!!出発だああああああッ!!!」
取り押さえられるよりも早く不良たちは手近な車両やバイク、果てにはヴァルキューレのパトカーまで強奪しどこかへと走り去っていってしまった。
「あ、アイツらパトカーまで!?」
《コノカ、何があった!?》
「さっきとっ捕まえた不良たちが逃亡!パトカーまで奪っていったっす!」
《なんだと!?すぐに手配を…!》
カンナも急いで逃亡した生徒を捕まえようと緊急手配を敷こうとする。
だが…
《きっ緊急ッ緊急!!!たった今、D都高低棟木ICより大規模な暴走発生!!!》
さらなる凶報がヴァルキューレを…いや、
《も、目撃情報では多数の不良生徒が運転する車両数十台の車列を組み封鎖中の料金所を突破!その前方で銃撃を受けながら逃走する一台のセダン車を確認!》
D.U.全体を…
《せ、セダンの運転手はッ保護の要請が出ている『ナサニエル・マーティン』氏!!!さ、さらに追跡中の不良集団の先頭には…!》
その『大動脈』ともいえる『D.U.都市高速』を舞台に、
《し、七囚人『伝説のスケバン』ッ栗浜アケミが確認されていますっ!!!》
『なぁッ!!?』
キヴォトスの全スケバンから崇められし不良界の"神性"によってこの狂乱の夜は更なる混乱の坩堝に叩きこまれるのであった。
女と車の運転は似ている。いずれは衝突する。
―――俳優『バート・レイノルズ』