―――劇作家『ウィリアム・シェイクスピア』
【14:30】
あの会見から数時間後、
「………んむ…?」
連邦生徒会議場に立て籠もって行われたキヴォトス中の学校に向けたネイトの演説。
迎えに来てくれたアリスの声を聴いた瞬間、緊張の糸が切れたように眠りについてしまったが…
(あれ…俺はどうやって…。)
麻酔が抜け切っておらず記憶が混濁していたネイトの思考は靄がとれたようにすっきりしていた。
「ツゥ…あぁ…寝たきりになって以来…こうなったの何時ぶりだ…?」
従軍時代と連邦での活動して幾度も深手を負ったが今回のは間違いなくトップクラスにヤバい事態だった。
だが…生き残ることが出来た。
そして…
「………よし、『治った』。」
撃ち抜かれ血管が裂かれたはずの右肩。
まだ少々違和感はあるが…もうあの『鈍痛』もない。
賭けに…勝ったが…
「…あぁ…貧血はまだ…か…。」
明らかに脳内に血が廻っていないのを感じる。
死ぬ一歩手前まで出血したのだ、無理もない。
「…とりあえず起きるか…。」
状況の確認のため上半身を起こすと…
「あ…。」
傍らにいてくれた存在に気付いた。
「スゥ~…スゥ~…。」
ベッドの縁に身を預け静かに寝息をたてている愛娘、アリスだった。
「あぁ…そうか…。」
思い出した。
あの時、何とか帰ろうとしたときにアリスが駆けつけてくれた。
娘の声を聴いた途端、安堵で体が軽くなったような感覚がした。
「…そっか、アリスが来てくれたから…。」
彼女との約束を果たすため…自分は必死に帰ろうとしていた。
それなのに…アリスに迎えに来させてしまった。
きっとずっと起きて自分の身を案じてくれていたのだろう。
安らかに眠っている愛娘の髪を梳くように左手で優しくなでるネイト。
すると…
「んっむぅ…?」
その感触が気持ちいのかアリスは身をよじり…
「ん~ふぁあ…寝てしまって…。」
可愛い欠伸を掻き目を開け…
「…え?」
「…おはよう、アリス。」
体を起こし微笑みながら自分を撫でてくれている父の姿を見て固まった。
「パ…パパ…?」
「あぁ…パパだよ。」
「ゆ…夢じゃ…ありませんよね…?」
「うん、夢じゃない。ちゃんと…現実だ。」
アリスの目に浮かぶ涙を左手の親指で拭い…
「ただいま、アリス。…病院じゃなくてミレニアムで言いたかったけどな。」
やっと…言いたかったことを言えた。
…もう限界だった。
「~ッ!!!パパ~ッ!!!」
アリスは跳び上がってネイトの腰に抱き着いた。
「オッとぉ!!?」
右腕を庇いながらアリスを受け止めると、
「アリス、心配したんっですよ!!!パパがッパパが撃たれてッ沢山血をっ血を流してッ!!!もうッもう会えないッんじゃないかッて!!!」
「………。」
「アリスッユウッカにっお願いしって飛んできっきました!!!パパがっあっアリスの目の前で倒れって本当に怖かったッんです!!!」
しゃくりあげながらネイトを力強く抱きしめ自分がどれほど心配していたか、怖かったかを明かす。
「もッもうッ本当にッよかったッです!!!パパっが起きてっくれって本ッ当によかったです!!!ウエエエエエエン!!!」
「…すまなかったな、アリス。」
まだ右腕は満足に動かせないがそれでもネイトは左腕でアリスを抱きしめ返す。
「俺も…よかった…。アリスの所にまた…帰って来れて…。」
あぁ…これが自分が守りたいものなんだ。
そうアリスの体温と涙を感じネイトもやっと生き残ったという実感を得ることが出来た。
…が、そうは問屋が卸さない。
二人しかいない個室…
バァンッ!!!
「「ッ!!?」」
そのドアが病院なんか知ったこっちゃないと言わんばかりの勢いで叩き開けられ…
『………。』
そこにはホシノ達アビドス主要メンバーを始めゲーム開発部にネルやアカネとヒマリにユウカ、果てにはやアルにアコとマコトやイブキに先生がこちらを『射殺す』かのような目線を向けてきていた。
「え…えぇっと…!」
『あ、まずい』、ネイト程生きていなくてもだれでも分かる嫌な予感がした。
逃げようにも…
ギュ~…!
「あ、アリス…!は、放し…!」
「いやですッ!放しません!!!」
アリスが腰に抱き着き『愛の錠』となっているので動きも封じられている。
そうこうしているうちに全員が病室内に入り切り…
『ネイトさん(社長)。』
「はっはい…!」
『ちょっとお時間いただきますね(くね(くぞ。』
全員の声が揃った。
その後…
「馬鹿ですかッ!!?馬鹿なんですねッ、貴方は!!?貴方死にかけてたんですよッ!!?比喩抜きであと一歩遅れてたらこうしてアリスちゃんとも会えなかったんですよ!!?なのに何勝手にほっつき歩いてるんですか!!?命が惜しくないんですか!!?」
「ん…今回ばかりは私も本当に怒るよ…!ネイトさんは自分を軽く見過ぎだし変に頑丈だと思ってる…!あんなのキヴォトス人だってやらないやれっこない…!もっと自分のことを大切にして…!」
「私やアヤネちゃんは昨日から生きた気がしなかったんですよぉ?もしネイトさんに何かあったらと思うと胸が張り裂けそうで…♠なのに、もぉっと私達を心配させたいんですかぁ♠あなたはそんなに鬼畜なんですかぁ♠」
「ほんっと信じらんないッ!!!何考えてんの、ネイトさん!!?バッカじゃない、無理はしても無茶はするなっていつも言ってるのネイトさんでしょ!!?アレが無茶以外のなんだっていうの!!?どうにか言ってみなさいよ、ねぇッ!!?」
「ネイトさん…!昨晩から今朝までのことを言うつもりはありません…!でも…そんな傷だらけで動き回ってサンクトゥムタワーの議場に立て籠もるって何ですか!!?クラフトのし過ぎでなんか大事なのも解体しちゃったんですか!!?」
アビドス復興施策委員会、
「本当にこっちの心臓が止まりそうだったんだからね!!?ここは現実でゲームじゃないんだよ!!?コンティニューなんかできないんだよ!!?あんなの普通バッドエンドルート確定なんだからね!!?」
「昨日から本当に…本当に…ッネイトさんが帰ってこなかったらと思って…ッみんな心配してたんですよ…ッ!なのに…ネイトさんは私たちのッ…気持ちも知らないで…あんな無茶をして…!」
「また、『あの時』みたいなこと、したら…絶交です…!ホントのホントに、謝っても許してあげません…!だって、目の前で、突然いなくなっちゃう方が、もっともっと、辛いんですから…!」
ゲーム開発部、
「貴方はもっとご自身の『価値』を理解してください、ネイト社長!!!経済的な意味だけでなく貴方がどれだけの生徒達の支えになっているかわざわざお教えしなければならないほど貴方の知性は低くはない筈ですよ!!?」
引率でやって来ていたユウカ、
「ダンナテメェ、あんなツマらねぇ幕引きなんかあたしはごめんだかんな!!?まだあたしと決着もつけてねぇってのに勝手にくたばりやがったらあの世まで追っかけてってやるから覚悟しやがれ!!!」
「旦那様、私達はメイドでご奉仕するのが任務ですが…お掃除も得意なんですよ?また無断でお外にお出かけになられないよう対人トラップをそこら中にお仕掛け致しましょうか?」
C&Cのネルとアカネ、
「この深窓の可憐なる珠のような病弱天才美少女をどれほど心配させるんですか!!?ログを見ましたよ!!!心電図をハッキングしましたね!!?貴方のその聡明な頭脳はいつから命を軽んじるような行いをするようになったのですか!!?」
特異現象捜査部のヒマリ、
「何やってるのよ、兄さん!!!あんなの私が憧れたアウトローなんかじゃないわ!!!ただのやけっぱちじゃない!!!私、兄さんに何かあったらと思うとずっと怖かったんだからね!!!どうしてこんなに心配かけるのよ!!!」
便利屋68社長にしてネイトの義妹のアル、
「貴様が血塗れになろうが倒れようがどこぞで勝手に演説しようが知った事ではない、ネイト社長!!!だがな貴様っ、よりによって一番心配していた私の可愛い可愛いイブキを泣かすとは一体どういう了見だ!!?」
「バカバカバカバカバカァッネイトさんのバカぁッ!!!イブキ、ネイトさんのことずっと心配してたのに何でそんなことするの!!?イブキが嫌いなの、ねぇッ!!?やだよ、イブキネイトさんに嫌われたくないよぉ!!!」
ゲヘナ万魔殿からマコトとイブキ、
「ほッんとうにおバカですか、貴方は!!?肩を撃たれる!!?襲撃者を一人で撃退する!!?挙句は正義実現委員会の委員長と殴り合う!!?一体いつから貴方はそんな『死にたがり』になったんですか!!?」
風紀委員会のアコ。
『病院ではお静かに』という謳い文句などどこへ行ったかの怒鳴るわ泣くわのネイトへの怒りの大合唱だ。
「………。」
その渦中ど真ん中のネイトはアリスを腰に抱き着かせたままダブルサイズのベッドの上で慣れない正座をしているしかできなかった。
一応、そこは怪我人として配慮してもらえたようである。
………え?もっと別に配慮すべきことがあるって?
流石の剣幕に駆け付けた看護師たちも割って入れず見つめるしかなく、
「………。」
先生も何やら様々な感情が入り混じった表情でその様子を眺めている。
十数分後、
『はぁー…はぁー…はぁー…ッ!』
流石に限界が来たか、全員が荒い息遣いでやっとネイト史上で最強の制圧射撃と言ってもいいマシンガントークは止んだ。
「…落ち着いたかい?」
ここでようやく先生が割って入り、
「さて…次は師匠、貴方の番だ。何か申し開きはありますか?」
ネイトに手番を回してくれた。
が…
「………アンタも怒ってるんだろ、先生?」
「え、怒ってますよ?やっぱり分かります?」
さわやかなその顔にはしっかりと蒼筋が立っていた。
「………あぁ~分かった。変な言い訳はしない。」
こうなっては腹をくくるしかない。
「…皆、昨日から心配をかけてすまなかった。」
満足に動かせる左手をベッドにつき深々と頭を下げ…
「確かに起き抜けで麻酔もあったからあんな突飛な行動をしてしまった、そう言う部分はある。」
目覚めてからの行動についてもある程度説明し…
「…だが、それを差っ引いたとしても…俺はあれをやっていた、これは確実に言える。」
『ッ!!?』
自分が議場を占拠したも同然のあの『宣言』は覆しようのない決定事項だったとも明かす。
「ここにいるメンバーなら…俺がどんなとこからきてどう生きてきたか知ってるはずだ。」
奇しくも、イブキにいたるまで全員生きてきたあらましは把握できている。
「俺は…比喩抜きで『亡霊』だった。ただ…自分の役目を果たすという『未練』で生き続けてきたんだ…。」
ショーンと交わした両手の指でも足りる文字数の約束。
それだけでネイトは本当にそれをやり遂げた。
…それ以外を一切排し生き続けてきた亡霊も同然だった。
「そんな俺が…アビドスにやって来てアビドスの復興を始めた…。」
色々あった。
ユメに頼まれ、アビドスで第二の人生を送り…
「そして…アリスに出会えて家族ができた。こんな亡霊が…やっと『暖かさ』を思い出すことが出来たんだ。」
「んむぅ…。」
アリスの頭を撫でながら…
「だから…少しでも…この『暖かさ』を…キヴォトスに広められたらいいな…そう思えたんだ。」
亡霊が…『人』に戻れ、やっと『願い』を手に入れられた。
「我儘ですまない。何様だとも追われるかもしれない。でも…あそこで話した言葉に嘘は1㎜もない。」
こんな大人が『願い』など嗤われてしまうかもしれない。
それでも…
「俺は…アビドスを『子供が子供のまま自由に未来を見て挑戦できる場所』にしたいんだ。」
210年の冷凍期間を含め300年の旅の末やっとできた『不完全な人間』としての細やかな願いだった。
「…心配かけてすまなかった。今後もこんなことがあるかもしれない。迷惑もきっともっとかけるに決まっている。」
キヴォトス人ではない自分は簡単に死んでしまう。
それでも…
「この俺の願いだけは…キヴォトスに知っていてもらいたかったんだ…。遅れてしまったが…ただの『放浪者』を受け入れてくれたこの世界への『挨拶』として。」
この透き通った世界に生きる『不純物』としての義理を果たしたかったのだ。
「…これが俺が無茶をやった理由だ。これ以上は…なにもない。」
そう言い、ネイトは姿勢を正した。
あとはどうとでもすればいい、この場の全員の沙汰を待つ。
「………本気…なんだね?」
しばしの沈黙ののち、ホシノが声をかけた。
このキヴォトスで『子供が子供らしく』生きる…それがどれほど難しい事かは自分たちが嫌と言うほど知っている。
それを…まだキヴォトスに来て1年と経っていない『ただの人間』がキヴォトス中に宣言…いや、
「ネイトさん、分かってる?あなたは…キヴォトスそのものに『宣戦布告』したも同然なんだよ?」
この世界そのものに喧嘩を売ったも同然なのだ。
だが、
「フフッ、進路を塞ぐんなら石ころとして踏み砕く…そう言ったはずだが?」
目の前の大人は不敵に笑う。
「俺の人生70年…戦い通しだった。国や故郷背負うより…『子供の思い』を背負って戦う方が俺にはしょうがあってるようだ。」
無責任だ、余りにも。
祖国や故郷でもないから…身軽に戦えるとのたまって見せた。
「これが俺だ。どうしようもない…不完全なただの人間だ。それでも…ついて来てくれるか?」
そんな一人の大人の困ったような笑顔を見て…
「………はぁ~もう。」
ホシノはそう言い、
ギィッ
ネイトのいるベッドに乗ってきたかと思うと…
「これ、見て。」
ネイトにある資料を見せた。
それは…今回の安保理に関する決議の内容が書かれたものでそこには…
『否決多数により、今件は棄却する』
事務的に短くそう書かれてあった。
「ネイトさんが寝てる間にね…オンラインで決議があったの。」
「ふん、無論ゲヘナも反対票を入れたぞ。」
「ミレニアムも同じく。」
「…分かる?あのネイトさんの言葉が…キヴォトス中に広まった成果だよ。」
最初から負けるつもりはなかったが…ネイトのあの宣言が完全にとどめとなったのだ。
キヴォトス中の学校が…ネイトの思いを認めてくれたのだ。
「…そうか。」
「だから…ね?」
ホシノはそう言葉を区切ると…
ギュ~
「…いいよ、その喧嘩…おじさんも付き合うからさ。」
ネイトに抱き着きいつもの『おじさん』の雰囲気を纏い答えてくれた。
「…ありがとう、ホシノ。」
「…うへ~♪今はこうやって一人の『娘』を撫でることがネイトさんの仕事だよ~。」
それに答えるようにホシノのを撫でるネイト。
すると、
「ん…ホシノ先輩ばかりずるい。私もその喧嘩買うから撫でて。」
「あらぁ…私を誘わないだなんて水臭いですよぉ♪」
「あぁもう上等よ!!!私だってやったろうじゃないの!!!」
「ま、また無茶するんだったら必ず止めますからね!」
シロコを皮切りにノノミ達も駆け寄り、
「流石私の兄さんだわ!!!任せなさい、便利屋68が総出で援護するわよ!」
「ほぉ、万魔殿議長の前で『自由』とは面白いではないか!!!」
「喧嘩を止めるのが私の仕事だというのに…滾るような誘い文句ですね。」
「わぁー!イブキもッ!イブキもネイトさんのお手伝いするぅー!」
ゲヘナ、
「へぇッ面白そうじゃねぇか!キヴォトスを巻き込んだその大喧嘩ッ!アタシだって一枚かませなよ、ダンナ!!!」
「フフッアスナ先輩も喜んで参戦しそうですね、リーダー。お掃除はお任せを。」
「えぇ~なになに?!キヴォトスで無双ゲーやるつもりなの、ネイトさん!?そのシナリオ教えて!」
「…分かりました、私だって協力しますしその喧嘩…しっかり描きますね、ネイトさん。」
「あ、あわわわ…わ、私にできること、何かあるかな…?!」
「パパっ!パパが戦うのだったら今度はアリスも一緒にです!パパはもう一人じゃありませんからね!」
「キヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーをお忘れで?そんな面白そうな催しにエスコートしてくださらないんですか?」
「…良いでしょう、『投資』と言う意味で…私も協力いたしましょう、ネイト社長。」
ミレニアムの面々も表情を崩しネイトのベッドを囲んだりよじ登ってネイトにくっついてくる。
「ちょちょちょ待て待て待て、まだ肩がってイテテテて!!!?」
いきなりのことにネイトも肩を庇いながらではあるが…その表情に憂いのかけらもなかった。
(…まったく、敵わないなぁ…。)
そんな光景を…先生は神妙な面持ちで一歩後ろから眺めていた。
自分は先生として生徒に寄り添い生徒の隣に立ち、同じ目線で悩み、彼女たちが自ら選択し歩んでいく…いわば『伴走者』のような物だ。
それが『大人のあり方』であり『大人の責任』であるとも思っていた。
だが…
(師匠、貴方は、彼女たちが自力で乗り越えるべき試練さえ、その身を挺して『緩和』させてしまう。『教育者』としては危ういかもしれない。)
ネイトは自分とはまるで違う『大人のあり方』として『先生』としてではなく、
(でも…一人の『親』としてはあまりにも『純粋』で…あまりにも重い決断だ…。)
もう一人の子供に近い大人…『親』としての『先駆者』としてのふるまいだ。
自分にはできるだろうか?
自分はあんな風に…世界の『理不尽』そのものを『石ころ』と断じて踏み砕けるだろうか?
自分はあんな風に…自らの命を削ってまで子供たちの歩く道を『少し楽に』しようと足掻けるだろうか?
先生自身の『寄り添う大人』という在り方が…ネイトの『盾となる大人』という在り方に静かに共鳴し、そして圧倒されていた。
(…私に彼ほどまでの『覚悟』と『責任』を背負えるだろうか…?私の責任は…いったいどれほどの重さなんだ…?)
そして、自分が追う『先生』としての責任の重さを再確認するような…少し苦しさが混じった表情に変わった。
その時、
「…先生、何を湿っぽい顔している?」
「えッ…?」
ネイトが先生の方に視線を向け…
「お前もだぞ。」
「も…と言うのは…?」
「俺は『先生』じゃない。先生は…前だけを見て、生徒たちの魂の輝きを一番近くで守ってくれ。先生は…あの子たちの『今』を照らす太陽だろ?」
「ッ!」
自分にはできない『先生』としてできることを告げ…
「足元の泥落としや邪魔な小石の始末くらい、この死に損ないの老いぼれに任せればいいんだ。」
彼の行く先の障害すらも請け負う覚悟を見せ…
「お前もだからな。前だけ見て…あとはこの年寄りに任せとけ、My Son。」
「~ッ!!!」
自分にですら…生徒達と同じように『先駆者』であり続けると誓ってくれた。
「息子」――その言葉に…先生の胸の奥が熱く震えた。
文字通りの意味ではない…親愛の意味を込めた言葉だとは分かっている。
だが…それが先生には何よりも救われる言葉だった。
キヴォトスにおいて…常に『全責任を負う唯一の大人』として生徒たちのために強くいなければならなかった先生。
誰にも甘えることができず…ただ一人で『奇跡』を代行し続けていかなければならない孤独な存在だ。
その先生に…今、ネイトという規格外の存在によって初めて『守られるべき子供』として認められ…肩の荷を半分預けることを許されたのだ。
「…ネイトさん。ずるいですよ、そんなの…!」
「知ってるか?大人ってのは…ずるいもんなんだぞ?」
「ハハハッ…ちょっとコンタクトが…!」
先生はそう言い、コンタクトなんてしてない目を拭うふりをして…浮かんできた『潤い』を誤魔化した。
だが、その口元には憑き物が落ちたような…柔らかい微笑みが浮かんでいた。
その時、
コンコンコンッ
「よろしいですかな?」
『ッ!!?』
「お目覚めになられたようですね、ネイトさん。」
頃合いを見計らっていたかカルテを持った主治医がやってきた。
「あぁ…貴方が…。迷惑をかけてすまなかった…。」
「いえいえ、麻酔が醒めた直後の突飛な行動はある程度見慣れてますので。…さすがにハッキングされた患者さんは初めてですが。」
「…本当に迷惑かけてすまなかった…。」
朦朧としていたとはいえ改めてとんでもない事をしたのだと実感するネイト。
「どッドクター…ネイトさんは…!」
身を起こし、ホシノが主治医に尋ねる。
あれだけの重傷を負いあんな無茶をしたのだ。
何があっても不思議じゃないが…
「…えぇ…その~…治ってます。」
『…はい?』
「傷が塞がってるどころか…損傷個所が硬質化し開く可能性もほぼ0に…。」
その内容にネイト以外の全員があんぐりとした。
「そのほか、横紋筋融解症や遅発性血胸の症状もなく…ほぼ完治と言っても…。」
「…マジで?あんな重傷だったのに…?」
「キヴォトス人でもあんなけがそんなに早く治んねぇよな…?」
「超天才清楚系病弱美少女ハッカーの常識が音を立てて崩れて行ってます…。」
「凄いです!やっぱり『宿屋』に泊まるとHPが完全回復するのですね!」
「アリス、これゲームじゃなくて現実だからぁ!」
キヴォトス人でもなかなか見られない回復劇を見て信じられないものを見る目でネイトを見つめる一同。
「…あぁ~外歩いたのがよかったんだろう。」
一方、ネイトには思い当たるPerkがある。
Endurance系統Perkの最高峰、『Solar Powered』。
読んで字のごとく太陽が関係するPerkで…ネイトは朝6:00から夕方の6:00までの間に屋外にいればStrengthとEnduranceの向上や体内被曝の解消、そして猛烈な自己回復力を手に入れることが出来る。
朦朧としながら外に出た数十分にも満たない間に日光を浴びたネイト。
その際に感じていた傷口の鈍痛は…猛烈な勢いで治るいわば『副作用』のようなもの。
「あぁ~…と言うことは…退院…?」
ならばそう言う結論になるが…
『それはダメッ!』
「精密検査などがありますので三日ほどは許可は出せません。それに療養期間も設けなければ第一線には戻れませんよ?」
連邦ならいざ知らずここはキヴォトス、そうは問屋が卸さない。
「…分かった。医者の言うことは聞いとかないと後が怖いからな。」
流石のネイトも左手を上げて入院を誓う。
何せ…
「………。」
「あぁ~…シホにミネ?」
「入院を拒む様でいたら逃げられないようにベッドに耐衝撃ファイバーで縫い付けようと思ってたのでよかったです…。」
「私も拒むようでしたらお休みのために『救護』をお見舞いしようと思っていましたがその必要はなさそうですね…。」
入り口でそれぞれ裁縫セットと盾を持って見つめるシホとミネがいたからだ。
((((((それ入院じゃなくて監禁…。))))))
室内の誰もがそう思ったが誰も口にすることが出来なかった。
「…シホ、すまないが入院の間にコートの修繕を頼めるか?」
なので、ネイトはシホに愛用の『シルバーシュラウドの衣装』の修繕を頼むことに。
「~ッ!ハイッ前よりもきれいに直して見せますね!」
それに一気に表情が華やぎシホはネイトから任された仕事に向かう。
「ミネ、昨晩からいろいろと世話になった。今度トリニティに改めてお礼に向かわせてもらうよ。」
「でッ…ではお大事に、ネイトさん。」
ミネもネイトからの感謝の言葉を受け立ち去っていった。
「…随分手馴れてますね、ネイト社長。」
「言ったろ、長生きの賜物さ。」
そんな会話をしていると…
コンコンコンッ
「随分来客が多いな…って。」
再びドアがノックされそちらに視線を向けると…
「失礼します。」
「…お邪魔します。」
『~ッ!!?』
ハスミとまだ傷が治りきっていないツルギがそこにいた。
一気に部屋の中にいる者たちが臨戦態勢をとろうとする中…
「総員、待て。」
「でッでもネイトさん…!」
「彼女は来客だ。攻撃は俺が許さん。」
「…ッちぃもしもん時は止まんねぇからな…!」
ネイトが全員を制し一歩下がらせ、
「…どうぞ、生憎俺がこんなんだからもてなしはできないが。」
「あ…ありがとうございます。」
ツルギとハスミを室内に招き入れた。
「それで?第2ラウンドのお誘いなら今はお断りしたいんだが?」
「いえ、この子がどうしてもと…。」
どうやら用事があるのはツルギのようで…
「………。」
件の彼女は黙ってネイトを見ている。
目立った怪我は治ったネイトだが…こまごまとしたダメージは未だ残っている。
正直言って…互いにボロボロだ。
すると…
「…お邪魔しました。」
ツルギはそう言い、部屋を後にしようとする。
周囲が不審に思う中、
「もういいのか?」
ネイトの問いかけに…
「貴方の…顔を見ておきたかったんです。」
そうツルギは答え…
「決闘の最後の方の記憶が全然なくて…。」
自身の今の状況を語り…
「『アビドス解放の英雄』と呼ばれる貴方と…どこまで戦えたか…確かめておきたかったんです。」
改めて…ここにやってきた真の目的を明かすと…
「…フフッいやぁ…ご覧の通り。」
ネイトは素肌に残る痣などをツルギに見せ…
「こんなにひどいやられようは…こっちに来て以来だ。」
ツルギに対し…最大限の敬意をこめてそう答えた。
すると…
「………きひひひッ!」
ツルギは短く笑い、
「どんなもんですか。」
凶暴な笑顔ではないまるで周りに宝物を貰ったことを自慢するような…朗らかな笑顔を浮かべた。
「…へぇ、戦いの最中じゃなくてもそう笑えるんだな。」
「ムッ少し失礼では?」
「おっとこれは失礼。」
そう互いに言葉を交わし…
「…なぁ、ツルギ。」
「はい。」
「殴り合い…楽しかったな。」
「えぇ、それだけは憶えてますし…一生忘れられません。では。」
「ではお大事に、ネイトさん。皆さんもお騒がせしました。」
互いに今朝の健闘をたたえ合いツルギはハスミを連れ立って退出していった。
「………なぁんかおじさん、今の面白くないなぁ。」
「チィッなんだかむかっ腹が立ちやがる…!」
そんな二人の雰囲気に最強の二人はやきもきするのであった。
それからしばらくし、
「イブキ、そのわからずやの社長の監視を任せる!」
「は~い!」
「いいこと、病院だから大人しくしてなさいよ。」
「分かってるってユウカ!」
一同はネイトの病室内にゲーム開発部とイブキを残し一旦退出することに。
あの五人ならばネイトでも誤魔化して無断外出することはないという判断である。
そして…
「…んじゃユウカちゃんにマコっちゃん。私達も行こっか。」
「うむ、そろそろ時間だしな。」
「ですね。あちらもそろっているでしょうし。」
ホシノ・マコト・ユウカの三人はその場を後にする。
(ネイトさん、あなたの願いはちゃんと皆に届いたよ。…でもね。)
(キヴォトス人として…その務めを放棄するわけにはいかんのだ…)
(ここからは私たちの仕事、貴方はゆっくりと休んでいてください。)
その表情は険しく…その目には覚悟が宿っているのであった。
――――――――――――――――――
――――――――――
―――
(そんな…!)
以前、ネイトを茶会に誘った少女は愕然としていた。
彼の運命は…あのホテルの爆撃で途絶えているはずだった。
だが…現実はどうだ?
彼はホテルから脱出し、生き延びた。
襲撃者を排除し、不良から逃げ延び…レッドウィンターとトリニティの二つの学校の軍勢に勝利した。
未来は不変、それが彼女の常識だった。
それが…ただの人間に覆されたのだ。
まるで『修正力』でも働いたかのような修羅場の連続を彼は突破し未来を掴み取った。
そして、『O,B,E,R,I,S,C,U』の計画すら護り切った。
あり得るはずのない…未来の両取りをやってのけたのだ。
「…うぅ…!」
その事実に彼女は打ちのめされ…
「私も…!私も諦めなければ…!」
誰の物でもない、自身の悔恨を呟くのであった。
――――――――――――――
――――――――
―――
トントンカラリ…トントンカラリ…
その空間で小気味のいい機織り機の音が響いていた。
そこはキヴォトスの中であって外でもあるような場所。
今であって過去でも未来でもあるような場所。
空には銀河のような更紗が舞い、大地は静謐な海が広がっていた。
至る所にキヴォトスの場所や生徒たちが映し出され…
トントンカラリ…トントンカラリ…
機織り機の音が鳴り響き銀河の更紗が紡がれていった。
その度に…新たな神秘が生まれる。
まるで怒涛のような、それでいて細波のような。
まるで暴風のような、それでいてそよ風のような。
明らかに…超常の空間だった。
そんな中であって…
トントンカラリ…トントンカラリ…
機織り機で糸を紡ぐ存在が…その場面を見つめる。
その視線の先には…ゲーム開発部とイブキに囲まれ互いに抱きしめ合うネイトとアリスがいた。
「………。」
その存在はしばしその空間を見つめ…
「………お話…したかったなぁ…。」
静かにそう呟き…その長い銀河を内包したような長い黒髪を揺らし…あの子の面影のある顔に一筋の涙が伝った。