Fallout archive   作:Rockjaw

195 / 209
遅れてしまい申し訳ありません…
…ファッ●ン確定申告。


The Wanderer's Convalescence
The Wanderer's Convalescence Part1


ネイトが病院に担ぎ込まれてから6日過ぎたミレニアム系列の病院。

 

普段から様々な通院する患者や入院中の家族に見舞いにと多くの来訪者が訪れるD.U.屈指の大病院だ。

 

その周囲は今なおマスコミが待機し渦中の人物であるネイトの登場を今か今かと待ち構えている。

 

そして…

 

「あの~すみません…。」

 

「ん…どうかしたの、おばあちゃん?」

 

「この荷物を上に運びたいんだけど…。」

 

「いいよ、持って行ってあげる。何階まで?」

 

そんな周囲の状況を射も介さず院内を巡回しているアビドス高校の生徒達。

 

ネイトの警護のためにやって来ているのだがシロコのように荷物持ちや、

 

「内科ってどっちに行ったら…。」

 

「それならそこのエレベーターに乗って…。」

 

来客の案内、

 

「はい、直りましたよ。」

 

「わぁいありがと~!」

 

子供たちのぬいぐるみの修繕などただ見回っているだけでなくこうして来客の求めがあれば補助を行い病院のスタッフの負担を減らしてくれたりもしている。

 

そんな中、

 

「………何にも妙な動きが無いわね。」

 

「そっちの方がいいと思うけどな、私は。」

 

病院から優に1㎞以上離れたビルの屋上から様子を窺う二つの影があった。

 

一人はスポッター用の望遠鏡、もう一人は大口径の対物狙撃銃『バレットM82』を構えている。

 

そしてその二人には…ピンと立った狐の耳が生えていた。

 

「全く…これじゃ時間の浪費もいい所じゃない。」

 

「文句言わないの、『クルミ』。久々の任務なんだからさ。」

 

「こんなの任務なんかじゃないわよ、『オトギ』。」

 

そう互いにおしゃべりしあいながらだがその立ち振る舞いには一切隙が無い。

 

一目見ただけで…精鋭と言うことが手に取るようにわかる。

 

「だいたい…たかだか元不良と廃校間近だったアビドスの生徒がたった6人でトリニティの生え抜きの実働部隊50人を倒したっていうの…どうも眉唾よね。」

 

「報告じゃそう出てたでしょ?現場じゃそう言う証拠が出てきてるしおまけに『シャーレ』からの報告も上がってるから信憑性は高い筈だよ。」

 

「それこそシャーレの先生の指揮があったからじゃない?」

 

そう、彼女たちがこうしてやって来ている…アビドスの戦力の調査のためである。

 

確かにアビドス独立戦争時の映像記録などでアビドス生徒の練度の高さはある程度推し量ることはできている。

 

しかし、それはあくまでも『兵器』の優位性に裏打ちされたものが大半だ。

 

それが今回…アビドスはまごうことなき『精鋭部隊』を投入しネイトの指揮なしでトリニティの部隊を圧倒したというではないか。

 

しかも、ネイトの護衛のためにD.U.に未だ残留している。

 

連邦生徒会としては数少ないアビドスの情報を得る機会と判断。

 

そこで白羽の矢が立ったのが…この二人が所属している部隊と言うことである。

 

しかも、動きがあるという根拠もある。

 

「それにしても…よく無線から傍受される『TNT』って一体何のことかな?」

 

「それはやっぱり爆薬のことでしょ?何かの符丁でしょうけど…確実に何かをしているはずだわ。」

 

専用回線を用いてるとはいえやはり完全に傍受を防ぐことは困難。

 

連邦生徒会もアビドス生徒達の無線を傍受、頻繁に聞こえる『TNT』という単語から作戦行動中だと判断している。

 

すると、

 

《こちらFOX1。FOX3及びFOX4、状況を報告せよ。》

 

「こちらFOX3。目標地点に動きはないわ。警備体制も報告に合った通り。ミレニアムの子達はいるようだけど目標『N』の姿は確認できないわ。」

 

「こちらFOX4、警備そのものは厳重だけど特筆すべき事じゃないね。これと言ったアクションもないからあの子たちの練度も分かんないかなぁ。」

 

この部隊の隊長から通信が入り状況を報告する二人。

 

と言っても…あの日のような騒動が早々に起こる訳でもなく分かるのはアビドスの生徒達が病院のスタッフのように活動していると言うことだけ。

 

『TNT』の意味もこれではさっぱりだ。

 

正直言ってこれでは偵察の意味もあまりないというのが現状だ。

 

が、

 

《………FOX1了解。引き続き監視を継続せよ。》

 

それでも任務を止める理由にはならず監視の続行が告げられた。

 

「FOX4了解、引き続き監視を…。」

 

その時、

 

ゾクッ!!!

 

「「ッ!!?」」

 

まるで足下に絡みつく不快な『茨』のような殺気を感じ取った。

 

「なっ何今の…!?」

 

「何処から…!?」

 

ただ事ではないと察知し二人は病院の様子を探る。

 

《どうした、FOX3にFOX4。状況を…。》

 

途中で無線が切れたことにより不審に思った隊長から確認の無線が束されるがそれどころではない。

 

精鋭であるが故に…彼女たちは理解してしまった。

 

このまま放置すれば…やられる。

 

二人が慌ててその正体を探ろうと病院をくまなく見まわすと…

 

「え…?!」

 

「ウソ…ッ!?」

 

その正体を見つけ…戦慄した。

 

何のことはない屋上の一角。

 

見落とすことはない筈なのに…そこに彼女がいた。

 

こちらにピタリと銃口を合わせ狙いを定めている一人の生徒。

 

その足もとにはデジタルのタイマーと弾薬が整然と並べられていた

 

理解しがたいが…タイマーは『10:00』を表示した時、足元の弾薬ケースから再び一発並べられる。

 

「まっまさか…!?」

 

スナイパー故に気付いた。

 

あれは言外に伝えらていた…『お前はこれまでこの弾丸の数だけやられていたぞ』という勝利宣言だ。

 

「あ、あんなとこにいてどうして見つけられたかったの…!?」

 

決して物陰に隠れているわけではない。

 

ただ…屋上の質感に合った外套を羽織っているだけだ。

 

隠蔽としては初歩中の初歩だ

 

なのに見つけられなかった。

 

「あ…あり得ない…!?」

 

「じ、冗談じゃ…!?」

 

底知れないあの狙撃手の姿にすくみ上る二人。

 

《おい、二人とも。なにがあった?》

 

「………こちらFOX3、アビドスの部隊に既に発見されていたみたい…!」

 

「FOX4、もう10分間…私達に狙いを定め続けてたみたいだわ…!」

 

《なっ…!?》

 

この報告を受けた隊長も言葉を失う。

 

自分達は精鋭という自負があった。

 

しかし…アビドスのあのスナイパーはそのプライドを完全に打ち砕いたのだ。

 

《…分かった、現在地点を放棄し撤退してくれ。》

 

「FOX3、了解…!撤退するよ…!」

 

既知のスナイパーなど格好の獲物でしかない。

 

これ以上の偵察は危険と判断し二人も装備を片付け素早く撤退していった。

 

そして…

 

「……ホシノ先輩、あの二人帰っていったよ。」

 

《りょうか~い、カレンちゃん。引き続き監視よろしくねぇ。》

 

二人に恐怖を与えた張本人のカレンは普段と一切変わらない朴訥とした様子でホシノに報告。

 

《撃たなくてよかったの、ホシノ先輩?》

 

《どうせ連邦生徒会とかからの回し者でしょ?とっ捕まえたところで面倒だからやり合う気が無いならいいよぉ。》

 

「……病院の人たちにも迷惑かかっちゃうしね。…それに。」

 

《どうかしたか、カレン?》

 

「……弾丸を並べていくの…結構楽しかった。」

 

そんなぽつりとのカレンが述べた答えが…

 

《プフッ!…そ、そりゃ何よりだ…!》

 

《カレン、たまにお前グサッと来ること言うよな…!》

 

隊員たちのツボに入ったようだ。

 

《ハイハイ、みんな集中集中。オペレーション『T.N.T.』は今日までだから気張ってくよ~。》

 

ひとしきり笑ったタイミングでホシノがそうしめ全員が集中力を取り戻す。

 

『T.N.T.』、連邦生徒会が注視していたが彼女たちの予想通り作戦の符丁だ。

 

しかし、名前から感じられるほど物騒なものではない。

 

「うぅ~…!パパに会いたいです…!アリスのMPが枯渇してます…!」

 

「アリス、頑張って!T.N.T.の成功は私達にかかってるんだから!」

 

「今日までの辛抱だから、ね?」

 

「作戦終了まで、もう少しだから、我慢だよ。」

 

ネイトが入院していた個室。

 

そこにはオンライン授業を受けているアリス達ゲーム開発部はいるが…肝心のネイトの姿はどこにもなかった。

 

つまり、この病院を見張る価値ははなから存在しない…空箱だ。

 

オペレーション『T.N.T.』…ホシノ命名の正式名称は『タヌキの宝箱』作戦。

 

見かけだけ豪華な『空箱』をD.U.にいる者たちは中にいる『宝』を想像し一喜一憂しているにすぎないのである。

 

…では肝心のネイトはどこにいるのか?

――――――――――――――――――

 

――――――――――

 

―――

カラァン…カラァン…

 

「んむ…朝…か…。」

 

朝の静謐な空気に染み渡るような鐘の音でネイトは目を覚ました。

 

「ふぁ~…うぅ…ちょっと冷えるな…。」

 

いつも起きる時間よりも少し遅い午前6時。

 

アビドスよりも結構低い気温に少し身を震わせ用意していた上着を羽織り、

 

コポコポ…

 

ドリッパーにコーヒー粉を入れお湯を注ぎ朝一番のコーヒーを入れるネイト。

 

コーヒーを抽出しミルクと砂糖も入れ…

 

「ふぅ~…。」

 

テラスにおいてある安楽椅子に腰かけ景色を楽しみながら温かい朝の一杯を楽しむ。

 

…お気づきかもしれないがここはアビドスではない。

 

重傷を負い完全回復のために療養を余儀なくされたネイト。

 

あのイブキのアイデアを聞いてから3日が経ち…まるで老後の余生を送るかのような穏やかな日々を送れている。

 

あの時、イブキが言った『いい場所』と言うのがここだ。

 

ゲヘナにおいて強大な…というより公式な権限を持つ唯一の組織である万魔殿。

 

そのゲヘナの歴代の支配者たちが保有し不良たちを決して寄せ付けない『魔窟』が存在するとキヴォトスでは噂になっていた。

 

外部から聞けば一体どんな退廃した場所かと思われるだろうが…実際はその逆と言っていいだろう。

 

ネイトが見ている光景は遠くには万年雪の冠を頂く巨峰にしてゲヘナの険『ヴァッツホルン山』が鎮座し 、眼下にはその雪解け水で湛えられた清浄な湖『パンデモニウス湖』が朝もやを立ち昇らせている 。

 

周囲にはまるでドールハウスのような歴史を感じさせるゲヘナの伝統技術で作られたこじんまりとした街があり煙突から煙を上げ人々が今日の活動を始めたようだ。

 

「…E中隊もこんな朝過ごしてたのかな。」

 

そう呟き、目の前に広がる光景にネイトの120年以上前の大先輩たちに思いをはせる。

 

この場所の名前は…『別飛須高原べっぴすこうげん』、ゲヘナ万魔殿直轄領にして所属する高官クラスの議員『専用』の保養地である。

【挿絵表示】

 

元は岩塩採掘と木工工芸で栄えていた片田舎の寒村であったが幾代か前の万魔殿の議長がこの地をいたく気に入り観光業も発展し始めその頃から高官議員たちのリゾート地として直轄領となった歴史を持つ。

 

現在は現役高官議員だけでなく富裕層のゲヘナOG、耳聡いセレブの隠れ家的スポットして影ながら繁栄している。

 

なぜネイトと明らかに無縁な場所が療養先に選ばれたかと言えば…

 

(いやはや…あれで11歳とは末恐ろしいものだな、あの子は…。)

 

丹花イブキ、彼女はマコトや万魔殿の議員たちの寵愛を受けているただのアイドルではない。

 

彼女も万魔殿の一議員として日々自分にできる業務を一生懸命に行っておりマコトからの贔屓はあろうが十分に『高官議員』と呼ぶに相応しい待遇を得ている。

 

当然、イブキ自身もこの別飛須高原にやって来れる権利を持っていてそんな彼女だからこそ…ネイトを療養のためにここに連れてくるという選択肢がとれたのだ。

 

が、イブキも突飛な思い付きで姿を隠したいネイトに別飛須高原を療養先に提案したわけではない。

 

先ほど述べた通りこの場所は万魔殿の直轄領、住民や逗留客は全員が徹底した調査の後にID登録されるのでスパイが入り込む余地がない。

 

そもそもこの場所にネイトが来ると言うことをどこの諜報機関も察知することはできないだろう。

 

あの日、すぐにイブキはマコトにこのことを提案し即座にマコトは陥落したのでネイトの別飛須高原での2週間の療養が決まった。

 

あまりの手際の良さにネイト含めあの場の全員があんぐりしていたのは言うまでもない。

 

翌日、マコトが万魔殿の音楽隊を率いて来院。

 

ネイトを受け入れてくれたお礼にとチャリティーコンサートを行ったが…実はこれはカモフラージュ。

 

その際に持ち込んだ楽器ケースにネイトをしまい込み人知れず『退院』させてしまっていたのだ。

 

ネイトが入った楽器ケースはそのままヘリに乗せられ別飛須高原にあるヘリポート付きの市街地の少しはずれにあるこの山荘に到着。

 

イブキがこの高原一番のホテルを用意しようとしていたが防諜の観点からマコトがここを選んでくれたようだ。

 

(まぁ…スパイ映画みたいで新鮮ではあったなぁ…。)

 

300年生きてきて中々味わえない変わった体験だったとほほ笑むネイト。

 

そのまましばし朝焼けに照らし出される別飛須高原をコーヒーを飲みつつ眺め…

 

「…よし、行くか。」

 

飲み終えると安楽椅子から立ち上がり室内に戻っていった。

 

寝室に戻り、タンクトップの上に防寒用のウィンドブレーカーと短パンに着替え玄関に向かっていると…

 

「お…おはようございます、ネイト兄様…!」

 

同じような格好に着替え得物をいつもの『ブローアウェイ』ではなく『中国軍グレネードランチャー』の『スマッシュアップ』を背負ったハルカが待ってくれていた。

【挿絵表示】

 

「おはよう、ハルカ。よく眠れたか?」

 

「はっはい…!こ、こんな素晴らしい所でこんなゴミみたいな私がアリス様を差し置いて兄様と過ごせるなんて…!」

 

と、この場所で過ごすことに持ち前のネガティブさから不安を覚えているようだが…

 

ポスッ

 

「ヒャッ!?に、兄様…!?」

 

「そう言うな、ハルカ。今はお前たちが頼りなんだ。」

 

ネイトは彼女の頭を撫でながら彼女の価値を肯定し、

 

「アウゥゥ…!」

 

「ハルカたちは俺が戦えない間の俺の『銃』、だから自信を持ってくれ。」

 

ハルカが与えられたここでの役目を再確認させると…

 

「…分かりました…!」

 

彼女の目に力強い光が宿った。

 

それを確認しネイトも頷き、

 

「それじゃ朝の運動の護衛、しっかり頼むぞ?」

 

「はっはい!襲撃者が来ようと吹っ飛ばします!」

 

ドアを開けてハルカと共に朝のトレイルランニングへと向かう。

 

「ふっふっふっ…!」

 

「にっ兄様、腕はあまり振らないでくださいね…!」

 

「あぁ、そうだったな…!」

 

朝の冷えた清浄な空気が立ち込める森の中を少し遅めのペースで走り抜けていくネイトとハルカ。

 

ハルカもネイトにペースを合わせ彼の体調を気遣いながらしっかりとついてくる。

 

「どうだ、ハルカ…!ここの空気にはもう慣れたか…?!」

 

「す、少しまだいつもよりッ苦しいですけどっ平気です…!兄様は…!?」

 

「そうだなぁ…!米中戦争を思い出すよ、この空気は…!」

 

互いに言葉を交わしながらではあるが普段よりは少し息が上がっているような様子のネイトとハルカ。

 

これもまた、今のネイトには必要な『治療』の一環である。

 

この別飛須高原は市街地の平均標高が約700mはある名前の通りの高地で空気も非常に澄んでいる。

 

今ネイトが滞在している山荘のあたりはもう少し標高が高くおよそ1000m近い。

 

プロのマラソン選手が行う本格的なものではないがネイトのような怪我人が行う『高地トレーニング』としてはふさわしい標高だ。

 

こうしてトレイルランニングすることにより心肺機能を強化し少なくなった血液でも効率よく体内に酸素を循環させることに繋がる。

 

(本当ならコンバットアーマーとライフルを抱えて行軍したいんだが…!)

 

初日は懐かしき米中戦争の戦場を思い出し思わずフル装備で行おうとしたら…

 

〈こんなのがあるからネイト兄様が無茶をするなら私が壊します!!!お詫びも込めて私もろとも消し飛びます!!!〉

 

(ハルカがカミカゼみたいな真似して止めたからなぁ…。)

 

爆薬と一緒に装備を抱えて鬼気迫る表情で止められたのでまだ当分お預けのようだ。

 

ともかくハルカに余計な心配をさせないようほどほどのペースを守り日が昇り空が青くなり始める時間まで走り続け…

 

「ただいま~。」

 

「もっ戻りました!異常はありませんでした!」

 

汗に濡れ湯気を立ち昇らせたネイトとハルカは帰ってきた。

 

そんな朝のさわやかな運動を終えた二人を…

 

「あっお帰りなさい、兄さんにハルカ!」

 

「おはよう、ネイト兄。毎日精が出るね。」

 

「ご飯できてるよ~♪早くシャワー浴びてくればぁ?」

 

エプロンを付けたアルにカヨコとムツキが出迎えてくれた。

 

「わ、分かりました!兄様、お先にどうぞ!」

 

「すまんな。すぐに上がるから。」

 

そう言い、着替えを持ち手早くシャワールームに向かうネイト。

 

ハルカがいる時点でお分かりかもしれないが現在、この山荘にはネイトと便利屋68が戦闘できないネイトの護衛として滞在している。

 

これもまた万魔殿の計らいである。

 

風紀委員会は確かに強力な戦力だがいかんせん動かせる人員が少ない。

 

万魔殿がこの地に風紀委員会を連れてくるわけがないというのが大きいが…それは置いておこう。

 

そして、何より問題は…目立つのだ。

 

これは極秘の療養、目立つことは避けたい。

 

では万魔殿の部隊を…となるが現状そうもいかない。

 

ネイトを襲った襲撃部隊、あの部隊や巡航ミサイルがいつどこに現れるやもしれないので警戒態勢中で容易くは動かせない。

 

かといってアビドスの精鋭やミレニアムのC&Cが動くと目立つうえ政治的にも問題がある。

 

そこで白羽の矢が立ったのが…便利屋68だ。

 

金を払えば何でもやる何でも屋、その戦力はヒナがいなければ風紀委員会を容易に翻弄できるほど。

 

一員のカヨコとマコトは旧知の仲でコンタクトも取りやすくゲヘナの生徒なので学区内で動かしやすい。

 

何より…全員がネイトの義兄妹、裏切るリスクも最低限だ。

 

現状、これ以上相応しい手段はなくホシノも了承。

 

と言うことで万魔殿から宿泊費の免除と…指名手配の解除を条件に便利屋68がここに滞在中のネイトの護衛の依頼を受けたと言うことである。

 

『生徒会のトップから極秘の護衛の仕事を受けるなんてなんてアウトローなのかしら!?』とアルはノリノリで受け入れた。

 

と言ってもやはり万魔殿の直轄領、ゲヘナとは思えないほど平穏でネイトの身の回りの世話くらいしかやることが無く普段の生活にネイトが加わったような感覚だ。

 

「フゥ~さっぱりした…。ハルカ、待たせてすまなかったな。」

 

「いっいえ!私なんかのために兄様に早く上がらせるなんて…!」

 

「いいから。さ、早くシャワー浴びて朝食にしよう。」

 

素早く汗を流しハルカとシャワーを変わり…

 

「フゥ~…。」

 

ネイトは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しのどを潤す

 

アビドスで飲むそれとは違う強炭酸で高い硬度を感じさせるものだ。

 

「ほら、ネイト兄も席について。」

 

「いや。配膳くらい…。」

 

お盆を持つカヨコに促されつつもネイトも手伝おうとするも…

 

「それはもうちょっと良くなってからね~♪」

 

ムツキに背中を押されテーブルに座らされた。

 

「…すまないなぁ。」

 

「そう言う事は言いっこなしよ、兄さん。私達だって好きでやってるんだから。」

 

「そうだよ。兄妹なんだからそんな気遣いは無用だよ、ネイト兄。」

 

「それよりどう?今日の朝ごはんも美味しそうでしょ?」

 

そう言われネイトの前に並べられた朝食のメニューは確かに美味しそうだ。

 

刻まれた白ソーセージと野菜が入っているオムレツにプレッツェル、ヨーグルトに浸されたミューズリー…栄養とカロリーのバランスに優れたメニューだ。

 

「おっお待たせしました、皆さん!」

 

「慌てなくてよかったのに、ハルカ…。」

 

「さ、早く席に付きなよ~。」

 

「ネイト兄も新聞しまって。」

 

「分かった。それじゃあ…。」

 

そして、シャワーを浴び終えたハルカが席に着き…

 

『いただきます!』

 

便利屋68とネイトの一日が始まった。

 

さて、療養と言ってもただ山荘でじっとしていればいいわけではない。

 

食事後、ネイト達は身支度を整え荷物を持ち山荘から装備を整えて出発。

 

車も当然あるがリハビリも兼ねて徒歩でその場所へと向かう。

 

アル達はそれぞれ銃を持っているが…

 

「………本当の意味で『丸腰』で出歩くのはいつぶりだ?」

 

ネイトはホルスターにはおろかPip-Boy内にも銃を持たせてもらっていない。

 

一応、最低限の装備は持ち込んであるが寝室のトランクの中だ。

 

なんだか重さが足らないようでふわふわした足取りのネイトだが、

 

「あら?ハルカに言ったんでしょう?今の兄さんの銃は私達よ?」

 

「はっはい!誰も兄様を傷付けさせはしません!」

 

「くふふ~おしゃれなこと言っちゃって~♪」

 

「まぁ安心して。これでも私たち強いからさ。」

 

「…そうだったな。じゃあよろしく頼むぞ。」

 

頼もしい義妹たちの言葉に頬を綻ばせその役目を任せる。

 

「しかし…きて三日になるが本当にゲヘナとは思えないなぁ…。」

 

「私も噂は聞いてたけどこんな穏やかなところだとは思わなかったわ。」

 

その道中、余りにも穏やかな別飛須高原を眺めつつしみじみと語るネイトとアル。

 

再三言うがここは本来不良の巣窟であるゲヘナ。

 

中心部の街中でもけんかや銃声、爆発音が絶えない治安最悪の学校の領域である。

 

が、この別飛須高原に来てから聞く銃声というのは精々周辺の森林で猟師が行う狩猟による物ばかりでその回数も散発。

 

爆発音など聞いたためしがない。

 

「たぶん、ゲヘナどころかキヴォトスの中でもここまで穏やかな場所は中々ないんじゃないかな?」

 

「ねぇこんなとこ独り占めしてるなんてマコトちゃん達も欲張りなんだから♪」

 

「わ、私も見たことない雑草が見られて楽しいです…!」

 

「ともあれ平和なことは何よりだ。」

 

キヴォトスでは希少な平和をかみしめつつネイト達は山道を降りていき辿り着いたのは…

 

「いらっしゃい、お客人。いつもの場所開いてますよ。」

 

「やぁ今日も世話になるよ。」

 

岸壁に穿たれた巨大な洞窟だ。

 

その入り口にいる獣人のキヴォトス人に通され奥まった静かな空間に通され…

 

「フゥ~…。」

 

「静かでひんやりしてていいわねぇ…。」

 

「す、少し湿気があって私も落ち着きます…。」

 

「ねぇねぇ、ここの壁舐めたらやっぱりしょっぱいのかな?」

 

「やめときなって、ムツキ。そうだろうけどお腹こわすよ。」

 

何もせずそこに用意されたロッキングチェアに横になった。

 

『ソルトセラピー』、岩塩採掘が今なお盛んにおこなわれている別飛須高原の名物の一つでもある。

 

ここは現役の岩塩採掘場でかつての採掘跡をこのように開放しレジャー施設にしている。

 

さらにこのように静かな空間を設けそこでくつろぎリラクゼーションや健康増進として利用されている。

 

これが結構馬鹿にできず、今なお滞留する微細な塩の粒子を吸入することにより呼吸器や肌のケアと血流の浄化やデトックスなどの効果がか確認されている。

 

「ねぇねぇアルちゃん、マスターにお土産でここの岩塩買ってってあげようよぉ~。」

 

「それいいわね。マスターの料理も華やかになるってものだわ。」

 

「え、笑顔で送り出してくれましたからお礼をちゃんとしたいと…!」

 

そんな風にリラックスしながら話しているアル達の一方、

 

「はい、ネイト兄。最新の外部情報だよ。」

 

「助かる。」

 

ナッツとブルーベリー*1をつまみながらネイトはカヨコから封筒を受け取っていた。

 

ここは周囲を分厚い堆積層の岩盤に覆われた密室だ。

 

例えヴェリタスやヒマリであったとしてもこの室内に盗聴器でも忍ばせない限り諜報活動はできない。

 

そこでカヨコがこれまた極秘ルートでアビドスやゲヘナにミレニアムから届けられた外部の情報をネイトに伝えるのがここでの日課になりつつある。

 

「…なるほど、やはりそんな感じだったか。」

 

「意外と驚かないんだね?」

 

内容を検めたネイトは驚きよりも納得の声を上げる。

 

そこには…

 

「あの状況でハイランダー首脳部があの情報をトリニティに漏らすメリットはない。やるとするなら…派閥単位だと察しはついてた。」

 

ネイトがここにいる元凶ともいえる安全保障理事会の元凶ともいえる『O,B,E,R,I,S,C,U』の情報漏洩に関してだ。

 

「大方、かなり盛り立ててきたウチの利権を独占しているCCCのことが気に喰わなかったんだろう。」

 

首謀者はトリニティに根を下ろす『ハイランダー監理室』の上級役員、『O,B,E,R,I,S,C,U』のことが伝えられた幹部会議にも出席できるほどの幹部だ。

 

CCCと監理室の確執はネイトの知るところ。

 

「『O,B,E,R,I,S,C,U』自体、アビドスに根を張るCCCの利権をさらに大きくするようなものだ。それが気に入らなくて…」

 

「情報をティーパーティーに売り渡した…ってとこだね。」

 

「理事会は大慌てだったろうな。直属の組織が自分でいうのもなんだが結構な大口を裏切ってたんだからな。」

 

首謀者たちとしては単なる派閥間闘争に纏わる嫌がらせのつもりだったのだろう。

 

想定外だったのはティーパーティーの過剰反応とネイトが漏洩した後を見越した仕掛けを用意してしまっていたことだ。

 

結果、すぐさまこの件に関わった幹部とその派閥員たちが判明、

 

「幹部はともかく部下の子は災難だね。ハイランダーのトリニティ路線って花形もいいとこなのに…。」

 

「レッドウィンターの軌道・保線工事の実務部門への左遷…こりゃ堪えるだろうな。」

 

キヴォトスで最も乗客の態度がいいトリニティからおそらくキヴォトスで最も過酷な部署へ丸ごと飛ばされることとなったようだ。

 

これにはネイトも同情…

 

「まぁいいさ。俺も近々レッドウィンターに手を広げるから存分に働いてもらおう。」

 

「…悪い顔してるよ、ネイト兄。」

 

肩に風穴を開ける原因になった者たちにするほどネイトはおセンチではなかったようだ。

 

「しかもその補償で慰謝料やウチの荷物運搬に路線工事の費用割引も提示してくれた。これで勘弁しよう。」

 

ハイランダーとは今後も深いお付き合いをしていく学校だ。

 

自浄作用も働き埋め合わせもしてくれるのならこれ以上ごねる気はネイトにはなかった。

 

「全く…おおらかなんだか容赦ないんだか…。」

 

療養中だろうと相変わらずな義兄に苦笑を浮かべるカヨコに、

 

「どっちもだ、カヨコ。悪さしたなら叱るが反省して償いをするならそこで止めるのが筋だろ?」

 

喉の奥で笑いながらナッツを頬張るネイトなのであった。

 

その後たっぷりとソルトセラピーを満喫。

 

「また明日来るよ。」

 

「えぇ、いつでもお待ちしておりますよ。」

 

昼を少し過ぎたあたりで岩塩窟を後にし…

 

「ちょうどいいから街に食材調達がてらランチにでも行くか。」

 

「さんせ~い!もちろんお兄ちゃんの奢りだよね?!」

 

「ちょ、ちょっとムツキ…。」

 

「構わんさ、アル。それじゃ行くとしよう。」

 

五人は別飛須高原の市街地へと向かう。

 

「…やっぱり同じゲヘナとは思えないなぁ。」

【挿絵表示】

 

万魔殿直轄領とはいえかなり辺境にある町だ。

 

喧嘩もなく少し成長しているヘイローを持ったキヴォトス人や獣人たちが穏やかに過ごしている光景は改めてここがゲヘナであることを忘れさせる穏やかさである。*2

 

土産屋や宿屋、食料品店にレストランなどが歴史を感じさせる建物の中で平和に息づいていた。

 

そんな穏やかな田舎町を絵にかいたような場所で…

 

「お待ちどうさまぁ。カワマスのアクアパッツァにガーリックトーストです。ディッシュは食後にお持ちしますねぇ。」

 

老人の獣人が営むテラス付きのレストランでランチを楽しむネイト一行。

 

「う~ん…いいカワマスの味だ…。」

 

「これで健康にいいんだからほんと一石二鳥だね。」

 

「パッパンもとっても美味しいですぅ…!」

 

「全部ここで作られてるんだからすごいねぇ♪」

 

「美食研究会が聞いたら悔しがるんじゃないかしら?」

 

ここ別飛須高原は『パンデモニウス湖』でとれるマスが名物でこうして様々なところで食べることが出来る。

 

一見、ただ名物を食べているだけのようにも思えるが…

 

「こういう病院食ならずっと食っててたいよ…。」

 

「ホント…今の兄さんには理想の療養先ね、ここって。」

 

これもまたネイトの療養を大いに助ける食材である。

 

マス類などの魚にはEPAやDHAといったオメガ3脂肪酸が豊富に含まれている。

 

これは血液をサラサラにしたり血管の再構築や柔軟化を促進する働きがある。

 

それを新鮮なうちにこのように余すことなく摂取できるこの別飛須高原という場所は食事療法としても今のネイトにとっては最高の環境なのである。

 

また、狩猟も盛んでシカ肉やイノシシ肉の入手も容易でこれらも高たんぱく低カロリーで高鉄分や豊富なビタミンBといったネイトに必要な栄養を効率よく摂取できる。

 

「ホント…イブキには感謝だな。」

 

レモン水を飲みながらそう呟くネイトだが…

 

「………あぁ、これを肴にキリッとした白ワインかハイボールの一杯でも味わえたら…。」

 

『それはダメ。』

 

「クゥ~…!」

 

滲みだす大人の欲望をぴしゃりと却下されてしまう。

 

そう、ここはいわば『大人』の元万魔殿議員たちも訪れる場所。

 

生徒の身分であるアル達は無理だがネイトならば割と種類の入手の難易度は低い。

 

ゲヘナ産の黒ビールやピルスナーにワイン、ウィスキーなど大変魅力的なラインナップが揃っている。

 

が、なにぶん療養中だ。

 

この状況では飲酒はご法度なので口惜しい思いがしてならない。

 

「絶対治って問題片付けてからまた来てやる…!」

 

「そうそう、そう言うモチベーションにするんなら構わないわよ。」

 

「もぉ~たまに私達より子供っぽくなるんだからなぁ、お兄ちゃんって。」

 

そんなネイトの最近のお供が…

 

「…マダム、『アプフェルショーレ』をジョッキで。思いっきり気を濃くしたのがあればそれで。」

 

「かしこまりましたぁ。」

 

『アプフェルショーレ』、ゲヘナ名産のリンゴフレーバーのサイダーだ。

 

甘すぎずきりっとしたリンゴの酸味が口寂しいネイトに合いここに来てからの支えになっている。

 

「ンクッンクッ…はぁ…。」

 

ジョッキで出された『アプフェルショーレ』をのどを鳴らし飲むが…やはりどこか空虚な表情のネイト。

 

「フフフッ…流石アビドス解放の英雄。飲んでるのがリンゴサイダーでも絵になるね。」

 

「な、なんだかとってもかっこいいです、ネイト兄様…!」

 

「クフフっそうそう我慢できて偉いね~、お兄ちゃん♪」

 

「これもまたハードボイルド…!亭主、私も彼と同じものをいいかしら!?」

 

「やめてくれ、兄妹たち…。楽しみ奪われた大人の細やかな抵抗なんだぞ…。」

 

そんな様子をからかわれたり褒められたりしながら賑やかに食事は進むのであった。

 

その後、夕食の食材の入手を済ませしばらく街中を散策後に山荘に戻り…

 

パチッパチチッ

 

「さぁ出来たぞ。」

 

「あっありがとうございます、兄様!」

 

「…うん美味しいよ、ネイト兄。」

 

空に星々が瞬き始めた頃、ネイト達は山荘の傍らにあるスペースで焚火を囲い夕食をとっていた。

 

今日購入した野菜類と『イノシシのソーセージ』を刻んで鍋に放り込み煮込んだ『アイントプフ』と特産の岩塩の効いた『プレッツェル』というメニューだ。

 

「外でこうやって焚火囲んで晩御飯ってのも中々乙ね。」

 

火を囲み仲間ととる夕食を楽しんでいるアルだが…

 

「野宿してた頃はガスコンロだから風情も何もなかったけどねぇ~♪」

 

「うぐッ…昔を思い出さないでよ、ムツキ…!」

 

ネイトと出会う前の生活をムツキに言われ言葉に詰まる。

 

すると、

 

「俺だって連邦じゃこういう夜を何度も超えてきたものさ。」

 

昔を懐かしむようにネイトも語りは始める。

 

「へぇ~今の私達みたいな?」

 

カヨコが興味深そうに問うと、

 

「いいや。元は何の建物かもしれない廃墟の中でな…。」

 

ネイトは椅子に深く座り直し目をここではないどこか遠い所を見るようなものにし…

 

「相棒の『ドッグミート』と戦友と火を囲んで…廃墟で手に入れた食料を温めて酒を少し飲み交わし…互いに寝ずの番をしながら休む…そう言う夜だった。」

 

「それは…私達にも想像できないわね、兄さん…。」

 

かつて極貧な生活をしていたアル達も経験したことないような過酷なものだった。

 

寝ずの番を立てると言うことは…いつどこで狙われてもおかしくないと言うことだ。

 

キヴォトスにいる自分達でもそう言うことは経験が少ない。

 

ましてやネイトは人間、より油断できない日々を送ってきたことは容易に想像できる。

 

と、

 

「…そう言えば世界が滅んだおかげって言ったら変だが…。」

 

「どうかしたの、ネイトお兄ちゃん?」

 

「…連邦の空も星々がとても輝いていた。旅の最中や復興中の合間は…それを細やかな心の癒しにしていたものさ。」

 

ネイトは空を見上げてそう思い出すように語る。

 

かつてのネイトにとって誰も周りにおらず空の星を見上げる一時。

 

その時だけは…ショーンとの誓いを果たす亡霊であることを忘れることが出来ていた。

 

「………すまんな、年を取るとどうも湿っぽくなってしまっていかんな。」

 

まだ若いアル達に聞かせるような話ではないので謝るネイトだが、

 

「ううん、いいのよ。また一つ兄さんの知らないとこを知れたんだから嬉しい位だわ。」

 

「義兄妹なんだからそんなこと気にしなくてもいいのに~…。もっと昔話聞かせてよ~。」

 

「でも、ここだと違うよ。私達やアビドスにいろんなとこの子が一緒だからね、ネイト兄。」

 

「わっ私も兄様のことが知れて…嬉しいですし…私なんかでよければ…寄り添いたいと思ってます…!」

 

アル達、キヴォトスでできた四人の義妹たちは温かく見つめてくれた。

 

「…そうか。」

 

それをネイトも微笑みながら受け入れ…

 

「ちょっと待っててくれ。」

 

皿を置き山荘の中に戻っていった。

 

何事かと思ってアル達が待っていると…

 

「お待たせ。」

 

「あ、それ…。」

 

「掃除のときに見つけてな。」

 

戻ってきた彼の手にはくたびれたアコースティックギターが握られていた。

 

おそらくかつてのこの山荘の所有者だった議員が置いていったものだろう。

 

ベンッベーンッ

 

ネイトは手慣れた調子で弦をチューニングし…

 

「詫びと暖かな義妹たちへの感謝として一曲弾かせてくれ。指のトレーニングにもなる。」

 

「え、ネイト兄ってギター弾けるの?」

 

「軍じゃ余興の一つも出来ないとな。」

 

「おぉそれは楽しみだねぇ♪」

 

「そ、そんな貴重な場面に立ち会えるなんて…!」

 

リハビリがてらの一曲を披露することとなった。

 

「あら、じゃあとびっきり『アウトロー』らしい曲をリクエストしようかしら?」

 

と上機嫌になったアルがそう告げると…

 

「いいぞ。ぴったりなのがある。」

 

ネイトはソレを受け入れギターを構え…

 

「それじゃ…これは荒野を行くお尋ね者とそれを追うレンジャーの歌だ。」

 

一回咳ばらいをしのどの調子を整え…

 

「聞いてくれ。Marty Robbinsで…『Big Iron』だ。」

 

焚火の音しか聞こえない仲でアコースティックギターの旋律が奏でられ始めた。

 

To the town of Agua Fria rode a stranger one fine dayある晴れた日、アグア・フリアの街に一人のよそ者がやって来た。

 

ネイトの歌声とその歌詞はどこか荒涼としていて…

 

Hardly spoke to folks around him didn't have too much to say口数の少ない奴でほとんど何も話さない奴だった

 

どこか刹那的で…

 

No one dared to ask his business, no one dared to make a slip奴が何しに来たか誰も聞かなかったのさ。テメェから口を滑らせようとはだれも思わなかった

 

それでいて生きる力と…

 

For the stranger there among them had a big iron on his hip.Big iron on his hipそいつは腰にデケェ銃をぶら下げていたからな。デケェ銃をさ。

 

キヴォトスにも通じるような歌だった。

 

「!」

 

アルはハッとしたように自分の腰を見る。

 

『Big Iron』、大きな鉄と聞いてわからなかったが…自分も持ってるではないか。

 

(銃…のことだったのね…。)

【挿絵表示】

 

そこにあったのはネイトが自分に託してくれた10㎜ピストル『グラスシルバー・ヴィジランス』。

 

It was early in the morning when he rode into the town奴がやってきたのは確か朝早くだったな。

 

銃と自分たちは切っても切れない関係だ。

 

He came riding from the south side slowly lookin' all around奴は南からやって来て辺りを見回してたんだ

 

生活の糧でありアイデンティティの証明でもある。

 

He's an outlaw loose and running came the whisper from each lip『アイツは負け犬の無法者だ』って誰かが言ってた

 

だが…ネイトのいた世界でのそれは自分達とは隔絶した意味になる。

 

And he's here to do some business with the big iron on his hip.Big iron on his hip『あのデケェ銃で何かしでかす気じゃねぇか?』ってな。あのデカい銃でな。

 

それは…力の証明であり命を賭ける武器という意味だ。

 

「…デカい銃…かぁ。」

 

カヨコも自らの腰に差したデモンズロアを撫でる。

 

自分に…この歌詞の人物のような心構えは持っているか?

 

ネイトのような…覚悟を持って銃を持っているか?

 

In this town there lived an outlaw by the name of Texas Redこの街では、テキサス・レッドという名の無法者が住んでいたんだ。

 

ネイトの世界の銃という意味、それは昔から変わらない。

 

Many men had tried to take him, and that many men were dead誰もが奴を仕留めようとして、皆やられちまった。

 

いや、むしろ昔の方がより強い意味合いを持っていたかもしれない。

 

He was vicious and a killer though a youth of twenty four歳は24なのに随分と残虐な奴でな

 

撃たねばやられる、そんな当たり前なことであっても…

 

And the notches on his pistol numbered one and nineteen more.One and nineteen more.アイツの銃にはこれまで仕留めた人数が刻まれてる、1+19だ。1+19だぞ。

 

その意味はどこか儀式めいていた。

 

「アハッすっごい大悪党だね…!」

 

ムツキはテキサスレッドという登場人物が自分たちとは正反対の存在であり…4人ともこの歌は自分達に通じるであろう人物の存在を察した。

 

Now the stranger started talking made it plain to folks aroundついによそ者が口を開いた、周りの町の奴らは興味津々だったさ。

 

そう、自分たちに近しいのは…

 

Was an Arizona ranger wouldn't be too long in town曰く『俺はアリゾナのレンジャーでこの町に長居するつもりはない』

 

19と1人を仕留めたテキサスレッドではなく…

 

He came here to take an outlaw back alive or maybe dead『生死を問わずあるものをとっ捕まえに来たんだ』

 

アウトローを仕留めに来た…このレンジャーだと。

 

And he said it didn't matter he was after Texas Red.After Texas Red『とにかく俺はテキサスレッドってやつを追ってるんだ』といった。『テキサスレッドを追ってるんだ』ってな。

 

残虐な殺し屋に正義の鉄鎚を下す…レンジャーこそ自分たちが目指すべき存在なのだと。

 

「殺し屋には…私達は絶対ならないって約束しましたもんね…。」

 

ハルカは思い出す。

 

あの日…ネイトがゲヘナ風紀委員会とたたかったあの日に自分たちは誓った。

 

決して…自分たちの矜持は何が何でも守り抜こうと。

 

Wasn't long before the story was relayed to Texas Redこの話はすぐにテキサス・レッドの耳にも入った

 

アウトローとそれを仕留めるレンジャー、

 

But the outlaw didn't worry,men that tried before were deadだが、奴はまったく気にしない。何度挑んでも相手が死ぬだけってな。

 

アウトローを標榜する自分達にはなじみのある対立だ。

 

Twenty men had tried to take him,twenty men had made a slip20人の男が奴を仕留めようとしたが全員あの世行きになった。

 

自分達も一角の無法者、

 

Twenty one would be the ranger with the big iron on his hip.Big iron on his hip21人目は腰にデカい銃を下げたあのレンジャーさ。デケェ銃を持ったな。

 

正義を背負う者たちとの抗争は日常茶飯事だ。

 

「「「「………。」」」」

 

いつしか、アル達はこの歌に聞き入っていた。

 

自分達ではそうそう体感することのできない…『命のやりとり』に…。

 

The morning passed so quickly,it was time for them to meetあっという間に朝が過ぎて二人は顔を突き合わせた。

 

いよいよ始まる決闘に息をのむアル達。

 

It was twenty past eleven when they walked out in the street二人が通りに現れたのは11時20分のことだった

 

荒涼としたネイトの歌声は変わらないのに…

 

Folks were watching from the windows,every-body held their breathどいつも息を殺して窓から二人を見てた。

 

いや、そんなネイトの歌声だからこそ…

 

They knew this handsome ranger was about to meet his death.About to meet his death皆知ってたさ、あのイカしたレンジャーはやられちまうってな。もう死んじまったようなもんだってな。

 

四人が見たこともないような荒野の決闘の場面がありありと想起出来た。

 

ただの歌のはずなのに息をのむアル。

 

カヨコも身を乗り出し聞き入り、ムツキも笑顔を消し集中し、ハルカはどこか祈るように聞いている。

 

There was forty feet between them when they stopped to make their play撃ち合う前の二人の距離は40フィート

 

この勝負は今まで自分たちがやってきた撃ち合いとはわけが違う。

 

And the swiftness of the ranger is still talked about todayあのレンジャーの早業は今でも語り草さ。

 

勝負は一発、勝敗は…一瞬で着く。

 

Texas Red had not cleared leather fore a bullet fairly rippedテキサスレッドが抜くよりも早く奴が撃ち抜いたのさ

 

生きるか死ぬかの一発勝負、

 

And the ranger's aim was deadly with the big iron on his hip.Big iron on his hipレンジャーの弾が真っすぐ奴を仕留めちまったのさ。あのデケェ銃のな。

 

それを…自分たちは目の当たりにしたことがある。

 

ネイトと初めて出会ったあの日だ。

 

ネイトは6人に囲まれていた。

 

撃たれても簡単には死なないキヴォトス人と撃たれたら下手をすれば一発で死んでしまうネイト。

 

そんな両者には…覚悟の隔絶とした差があった。

 

It was over in a moment and the folks had gathered round一瞬の出来事に町の奴らは群がった

 

その覚悟の差が…勝敗を分けた。

 

There before them lay the body of the outlaw on the groundアイツらの前には無法者の奴の屍が転がってたさ

 

一瞬のうちに…ネイトは6人を撃ち抜いた。

 

Oh he might have went on living but he made one fatal slipあぁ…こいつはまだ生きれたかもしれねぇのに取り返しのつかないミスってやつをやっちまったのさ

 

あの6人も油断してなかったら十分勝機はあったのに…

 

When he tried to match the ranger with the big iron on his hip.Big iron on his hipデケェ銃を提げたレンジャーを敵に回したことさ。デケェ銃を持ったな。

 

腰に銃を提げたネイトの前に立ち…敵に回してしまった。

 

だから敗れた。

 

ネイトとあの六人では…積み上げてきたものも覚悟も全く違うのに。

 

Big iron Big ironデケェ銃さ。あぁ、全くもってデケェ銃さ

 

あの六人は立ってしまったのだ。

 

When he tried to match the ranger with the big iron on his hip.Big iron on his hipデケェ銃を提げたレンジャーを敵にまわしちまったんだ。デケェ銃を提げた…な。

 

Big Ironデケェ銃』を提げたネイトの前に。

 

「………ご清聴どうもありがとう。」

 

メロディーを奏で終えネイトはアル達に頭を下げた。

 

そして…

 

「…ねぇ、兄さん。」

 

「ん?どうした?」

 

「…私もなって見せるわ。その歌のレンジャーのような…自分の正義を貫けるアウトローに。」

 

一見すれば矛盾している夢を掲げるアルに…

 

「…フフッあぁきっとなれるさ。アルなら。」

 

義兄としてその夢を応援するネイトなのであった。

*1
血管の再構築を速める効果がある

*2
なお、キヴォトスであることは変わりなく住民の大概は武装している




「命も張れば、意地も張る。それが男というものさ」
―――『続・さすらいの一匹狼』より
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。