―――小説家『ハワード・フィリップス・ラヴクラフト』
「さぁさぁ白熱の誘拐犯の追撃戦ですが~…?」
『和楽姫』のイベントも中盤に差しかかりニヤの定期アナウンスが入る。
第二関門『眠り姫』はいわば参加者をふるいにかける意味もあって第一関門より難易度を意図的に上昇させてある。
「現在最も頭角を現しているのは一体参加者たちでしょうか~?」
故に…ニヤは少々希望的観測をしていた。
ひょっとしたら…ここで終わってくれるのではないか、と。
「では、ドローンからの中継映像を見てみましょ~!」
そう言い、ドローンが検出したトップランナーの一団をモニターに映し出す。
…が、
「むぐッ…!?」
思わずニヤは言葉に詰まった。
それもそのはず、第二関門を突破した…というより現状唯一の突破集団が…
《一体どこまで逃げたの!?全然姿見えないんだけど!?》
《第二関門で少し悠長にし過ぎたか…?》
《で、でもまだ、園内からは、逃げてないようです…!》
《でしたら、まだ全然間に合いますね!》
《つ、次は少し休める関門がいいなぁ…!》
《終わった後絶対に万魔殿の仕事サボってやります…!》
「わ、私の予想通り『忍術研究部』!どのチームよりも早く眠り姫の試練を通過しました!これが噂の『忍者』の実力なのでしょうか~?!」
ミチル率いる忍術研究部率いる6人チームだ。
「もッもちろんあの『シャーレ』の先生と大人の『忍び装束』の方が手助けしてるのでその辺は込々で考えた方がいいかもしれませんが♬」
と、外部協力者の存在を示唆しつつも…
「まぁ皆が楽しんでこそのお祭りですからねぇ。これくらいのルール違反は目を瞑るとしましょうか♬」
『寛大な心』を見せてニヤは先生とその人物の助力を容認。
《でっでは引き続き張り切っていきましょ~!》
「…なにからなにまでお見通しのようですね、ネイトさん。」
「言わせておけ、先生。確かに手助けこそしたが突破したのはミチルたちの力があってこそだ。」
「ともかくまだバレてなさそうなのは幸いですが…。」
相変わらず若干震えているニヤのアナウンスをBGMに映画村内を走るネイトたち。
『眠り姫』での周囲の様子や万魔殿の生徒達の動向から一応事の詳細はまだ公にはなってないようだ。
当然、百鬼夜行がうまく隠蔽しているという部分も大きいだろうが…
「アリスちゃんとイブキちゃんが、ノリノリな様子で、よかったですね…!」
「えぇ、全く…二人は本当に予定通りの行動だと思ってくれてるようで…。」
最たる要因は度々映し出されるアリスとイブキだ。
映し出されるたびにカメラドローンに向け満面の笑顔で手を振っている。
誰がどう見ても…本当に攫われているようには見えない。
「………。」
それでも沈痛な表情を浮かべるネイトに…
「棟梁殿、大丈夫です!」
「そっそうだよ!皆で一緒に救い出そう、ネイト殿!」
「…そうだな。」
イズナとミチルが声をかけ気を取り直させる。
すると…
「『眠り姫』の所を最速通過したっていうのあの六人かな?」
周囲にいる百鬼夜行生達の声が聞こえてきた。
やはりあの第二関門の最速突破は中々のインパクトのようだが…
「眠り姫って…あの修行部の部長でしょ?確かに凄いけど…そもそも『忍術研究部』ってあんまり聞いたことないような…。」
「そんな部活あったっけ?」
「どうだろう…。それにしても変わった名前だね。」
『忍術研究部』自体の知名度の少なさ故かその実力を疑問視されているようだ。
「ムッ『変わった名前』…!?」
この評価には部長のミチルもさすがにムッとする。
確かに知名度こそないが…確かに自分たちは関門を突破してきたのだ。
それまで疑問視されているのは…正直気分が良いものではない。
「まぁ聞きなれてないからってだけだと思うけど…。」
「うーん、そうかもだけどぉ…。」
「こんなに噂を、されると…プレッシャー、感じますね…。」
と、慣れないこの空気感にどこか居心地の悪さを覚えるミチルとツクヨ。
そんな二人に対し、
「気にするな、ミチル。言いたい奴には言わせておけ。」
「ネイト殿…。」
「『忍術研究部』の実力は俺が保証する。三人はもう一端の忍者も同然さ。」
先程、自分達とは圧倒的な実力差を見せ自分たちの技術を向上させてくれたネイトからの褒め言葉、
「それに!ここまで注目されていると言うことはかえって『忍者』の魅力を伝えるチャンスです!」
前向きなイズナの嬉しそうな言葉を聞き、
「ネッ部長!」
「ネイト殿にイズナ…。」
ミチルは少し顔を上げる。
だが…
(でも…もし結果を残せなくてまた変な目で見られたら…!もし、イブキとアリスをネイト殿の元に無事に返してあげられなかったら…!)
一瞬だけナイーブな考えが頭をよぎる。
もしこのままここで終わったしまえば以前のように奇異な目で…
「…ッ!悩んでる場合じゃないね、ネイト殿にイズナ!とにかく今は魑魅一座を見つけて…!」
そんな考えを振り払い今すべきことに集中していると…
サッ
「むむッ!?」
一行の前に立ちはだかる人影…
「なるほど、皆さんでしたか。」
巫女服とセーラー服を組み合わせたかのようなデザインの制服の上にマントを羽織ったを纏い桜色の艶やかな長い髪をサイドでお団子にまとめている楚々とした生徒…
「ここは『第三関門』です。『読心術師』ことこの私…『修行部』副部長『水羽ミモリ』が皆さんのお相手をします!」
「つ、ツバキの次はミモリ…!?」
『水羽ミモリ』が現れた。
「読心術師?…サイコメトラーか?」
「聞いたことがあります!ただでさえ不思議な人の多い修行部には『相手の心を読むことが出来る』方がいると!」
「え、ミモリってそんな能力持ってるの…!?」
「なんで顔見知りであろう先生が知らないんですか…。」
とネイトすらも彼女の自称に警戒度を高める中…
「あ、えっとそれはその…そう言う役柄で採用されたと言いますか…なんといいますか…!///」
ミモリは少し頬を赤くし説明に困る。
「とっともかく!第三関門はこれまでの中でも最難関!この私、読心術師のミモリがお相手を…!」
そう、改めて宣言するが…
「すみません、この場は乗っていただけると嬉しいです…。///」
小声で困った表情を浮かべてそう頼むのであった。
「あっあぁなるほど…。」
「ごめん、了解したよ…。」
これに大人二人は納得し了承し、
「なるほど、さすがは観光業が主産業の百鬼夜行。そう言う演技も観光の一環…と。」
「うぅ…。///」
「そう言うのは言わないのが花ってやつだぞ、イロハ…。」
身も蓋もないイロハの一言もネイトが少し諫めるのであった。
「あッえっと…とっとりあえずお覚悟を!皆さんの心の内、読み取って見せます!」
気を取り直しミモリは自身に任された『読心術師』としての役を果たすため集中し始める。
「………!」
しばしの沈黙ののち、ミモリの目は開かれ…
「まずはイズナちゃん…!」
「なっなんでしょうか!?」
「イズナちゃんは…この先に進むために私のことを倒したいんですよね?」
イズナの今の願望を言い当てて見せる。
「ど、どうしてそれを…!?」
驚くイズナだが…
「………先生、そりゃそうだろうってツッコミは…。」
「まぁまぁ…もうちょっと…!」
読心も何でもないのではというネイトの言葉を先生は何とか抑える
「フフッ…そしてツクヨちゃんは…頑張ってお友達の役に立ちたい…そう思ってますね?」
「凄い…当たりです…!」
「あの…先生、ずっとこの調子なんですか…。」
続けてミモリはツクヨの心の声を言い当て…
「そして、ミチルちゃんは…。」
「んへ?」
「………沢山お悩みのようですね。複雑な心境…その中でどう進むべきかについても悩んでいらっしゃる…。」
「うっ…!」
「おぉ…これは当たってるようだ…。」
ミチルの何やら色々抱えている心中を言い当てて見せた。
「ふふふっいかがでしょう?皆さんの心が読める私を…果たして皆さんは倒せるでしょうか?!」
あながち嘘ではないことを一同に見せつけ…
「よし!じゃあ次は私だよ、ミモリ!」
「せっ先生殿…!?」
「…自分がやりたいだけじゃないのですか?」
今度は先生が立候補し一歩前に出てミモリに心を読んでもらうことに。
「え、あ…かっ構いません!それでは先生の心も読んで見せます!」
一瞬言葉に詰まるもミモリは意を決し彼の心を読み取り始める。
「むむむむぅ~…ッ!」
何やら気合を入れるミモリだが…
「…え?」
しばし間を置き、
「せっ先生…。」
「なに?!私の心ってどうだったの!?」
どうやら読み取れたようだが…
「そっ…そんなことをお考えに…!///」
「…え?」
目を見開き頬を桜色に染め…
「それはその…えっと…いっ今はいけません!///」
「ちょっと待って!?一体何を読んだの、ミモリ!?」
まるでいたずらっ子を叱るように声を大にした。
「先生…一体何考えてるんですか…?」
「なんか色々誤解されてる気配!!!」
これには思わずイロハも一歩身を引き、
「まさか…こうやって内部分裂を引き起こすことが狙い…!?」
「読心術師ミモリ殿、強敵ですね…!」
「せ、先生を動揺させる、なんて、ミモリさん凄い…!」
「やめて、三人とも!!!そんな風に真剣に捉えないで!!?」
ミチルたちも真に受けてしまい…
「…若いのは結構だが…時と場合をだな…。」
「師匠ー!!?」
同性で大人のネイトからも生暖かい眼を向けられてしまった。
すると…
「師匠?」
ミモリがネイトのことを見つめ…
「ひょっとして…先日D.U.で…。」
「ん?」
「つかぬことをお聞きしますが…ネイトさん…でいらっしゃいますか?」
まだな乗っていない彼の名前を言い当てて見せた。
「確かに…俺はネイトだが…。」
「そうですか…!お体はもう平気なので…!?」
「あぁ、今日ようやく療養を終えて復帰した…みたいな感じさ。」
「それはそれは…ご快復おめでとうございます。」
と、何やらネイトの事情を知っているようだが…
「実はその直前に先生の調査に同行してまして…。」
「イズナもその時いましたよ!」
「…あぁ、なるほど。あの時に一緒に来ていたのか…。」
二人はあの時のネイトの姿を目の当たりにしていたようだ。
「心配をかけたみたいだな。怪我はもうばっちり治ってるから安心してくれ。」
「はい、それが聞けてほっとしました。」
回復したことを示すように大きく右肩を回すネイトを見てミモリも自分のことのように安堵したような表情を浮かべる。
「そうですか…。貴方が先生のお師匠様…。」
「…そうだよ、ミモリ。ネイトさんから私もとっても学ばせてもらってるんだ。」
「ふふふっ、でしたら…ネイトさんの心も読んでみましょうか?」
と。関門を任された『読心術師』としてネイトの心も読み解こうとするミモリ。
「それが君の役目ならどうぞ。」
先を急がなければならない状況だがルールにのっとって行動しなければならないのでネイトもこれを了承。
「では、少しだけ貴方の『お心』に触れさせていただきます。…失礼、いたしますね。」
こうして、ミモリはネイトの心を覗き見ようとする。
実のところ、ミモリのそれは超能力的な『読心術』というよりも優れた洞察力・観察力に基づく技能…超高度な『メンタリスト』の技能に近い。
それでも彼女はその人物が意識していない欲求すら読み取ってしまうほどの高い感受性を持っている。
…しかし、ミモリは『見誤った』。
目の前にいるネイトが見かけ通り先生とそう歳の変わらない存在であることを。
そして…その心と精神は…
「………え…ッ。」
キヴォトス人にとって『劇薬』以外の何物でもないことを。
不幸にも彼女の持つ神秘が…ネイトの『心象風景』を読み取ってしまった。
「っ!?あ、あ…あぁ…!」
突如として彼女は震える手で崩れそうになる自分の口元を必死に覆う。
「み、ミモリ…!?」
「どうしたのですか…!?」
今までにない反応を見せるミモリを心配するように先生やイズナが声をかけるが…
「も…申し訳…ございません…。私、少し…目眩が…。…いえ、大丈夫です…。大丈夫、ですから…お気になさらず…!」
まるでうわ言のようにミモリは周囲を心配させまいと気丈に振る舞いが…
「う…うぐッ…ッ!?」
そのせいで…より鮮明な映像が叩き込まれ思わず口と鼻を覆うように手を当てる。
まるで…その場の空気を少しでも取り込みたくないかのような行動だ。
だが、無理もない。
一吸いでもすれば正気を失う、ミモリは確信していた。
そう…彼女が見ていたのは…『地獄』という言葉では到底足りない『この世の果て』だった。
「…来ないで…ください…!お願いですから…今は…っ!」
「お、おいミモリ…!?」
「…なんてこと…?!貴方のその…穏やかな顔の裏側に…どうして…これほどの…救いのない…!?」
目の前にいるネイトの声すら…今のミモリには届かない。
いや、もうネイトの姿すら見えていない。
「憎しみでも…怒りでもない…!?ただ正しく…あまりにも正しく…ッ積み上げられた…骸の山…!?っう…!?」
「み、ミモリさん、一体何を…!?」
「ちょちょッと本当に大丈夫なの!?」
今、彼女は…無数の骸が埋め尽くす大地にそびえる延々と続く薄い道の上に立たされている。
「そんな…これが…こんなのが『正しい』訳が…!?いや、いやです…ッ!こんな…こんな殺伐とした場所が…人の心であるはずがない…っ!」
ただ立っているだけで膝がおれそうだ。
なのに…その道だけが明るく照らされている。
「ここを…ここを歩いてきたのですか…!?こんな…こんな細く…今にも崩れそうな場所を…!?なぜ…なにが貴方をここまで…!?」
つまり…これこそがネイトの『正道』なのだ。
そこには確かに足跡が道の果てまで刻まれている。
しかも…地獄の大地とその道は完璧なまでに…整合性が取れてしまっている。
「おかしい…ッおかしいです…!論理が…通っている…!?狂っているのに…正気だなんて…!貴方自身の正気が…この狂気を…支えているというのですか…ッ!?」
無理だ、自分には到底一歩も歩けない。
そのあまりにも狂った正常を理解した瞬間…
ジジッ…ジジジッ…
彼女の桜色のヘイローに…ノイズが走り始めた。
そして、ミモリは見てしまった。
「あそこに…ッ立っているのは…何ですか…?! あんなに高い…天を…天を突き刺すような…巨峰…?」
そのはるか先には…悍ましい空すら突き抜ける巨峰が聳えている。
次の瞬間…再び景色が変わり…
「ヒュっ…ヒュー…!?」
温かい日差しが消え失せ彼女を味わったことのないような苦しさと寒さが襲う。
「寒い…ッ!いッ…息も出来ない…!誰も…誰もいない…?!貴方は…この…この絶望的な巨峰の頂で…一人…だったのですか…?!」
それは…ネイトが味わってきた『孤独』の象徴だった。
「なぜ…なぜ生きて…いられるのですか…?! なぜ…これほどの…これほどの孤独の中にいて…壊れないのですか…!?」
理解ができなかった。
こんな場所にいて…どうして彼はこうも平然としていられる?
「だめ…です…!そんな場所に…居てはいけません…!そこは人が…人の心が…呼吸できる場所では…ありません…!」
苦しい、恐い、寒い、逃げ出したい…初々しい少女が抱くのはあまりにも当然の感情だった。
それでも…それでもミモリは見捨てることが出来なかった。
彼女の抱く『夢』と献身的な優しさが…
「私が…お連れしなくては…!温かいお茶を…静かな午後の…木漏れ日の下へ…!」
ネイトをその地獄と孤独から救い出そうと震える手を伸ばす。
「そんな…そんな恐ろしいところに…貴方お一人で…行かせ…ない…!」
あと少しでネイトに届く。
だが…
「あ…。」
その質量にミモリは耐えきれず意識が途絶えかけ膝から崩れる。
『ミモリ(殿)ッ!!!』
周囲が声を上げ駆け寄るよりも早く…
「ッ!!!」
パシッ!
ネイトは素早くミモリの手を掴み…
ギュッ…!
崩れ落ちそうな彼女の背に手を回し自らの胸の中で抱き留め支える。
彼女の細い体躯をネイトが力強く…しかし羽毛のように優しく抱きとめたその瞬間…
「っあ…!?…あ…あ…ぁ…っ!」
「大丈夫か、ミモリ…。」
握られた手から伝わるのは…脈打つような圧倒的な『肯定』の波動。
その低く優しい声が…あの狂気と孤独の光景を塗りつぶし…
「…っ…あ…ぁ…。」
彼女の目の前の光景が塗りつぶされた。
そこは…底の見えない海の中。
どこまでも光に満たされ…息苦しさもなく溺れることもない…心地よい暖かさで満たされた場所だった。
(な…に、これ…。どうしてっ…あんなに…ッあんなに…恐ろしい孤独の果てに…どうして…こんなに…透き通った光が…っ!)
理解が追い付かない、追いつかないが…
「安心してくれ。今ここに…ミモリはちゃんとここにいる。どこにも行ってないよ。」
彼女をさらに安心させようと背中を摩りながらネイトが優しく語り掛けると…
「私は…ここに…い…ますか…?! 消えて…しまわずに…ミモリとして…まだ…っ!」
まるで迷子の幼子のように震えながらネイトの胸の中でそう尋ねる。
「あぁ、ちゃんとここにいる…。俺のことをとても心配してくれたとても優しいミモリだ…。なにも…なにも変わってないよ…。」
ネイトも彼女の問いをしっかりと受け止め答えると…
「っふ…ぅ…うわぁぁ…っ!!!」
ミモリの澄んだ蒼い瞳から堰を切ったように涙が溢れ出し、
キュウ~…!
震える指の先でネイトの忍び装束を白くなるほど握りしめた。
それは『恐怖』ではなく…『安堵』の涙と叫びだった。
(あぁ…ここは…彼の『愛』なんですね…!あんな地獄の奥に…あんな孤独の底に…どうして…こんな…こんな綺麗な光が…!)
ネイトの言葉とその心象風景を感じミモリは理解する。
今、自分を満たしているのはネイトの底なしの『愛情』なのだと。
あの地獄と孤独を背負いなお…ネイトはそれすらも呑み込む『愛』を忘れいていないのだと。
それを今、初めて会い恐れてしまった自分に無償で注いでくれている。
いつの間にか…彼女のヘイローのノイズも消え元の綺麗な桜色のヘイローに戻っていた。
「こわかった…ッ!こわかったです…っ!あんなッ…あんな誰もいないッ…死に絶えた大地と…寂しい山の上にッ…貴方が…たった一人で立っているのがッ…見えてっ…私っ…息ができなくて…っ!」
ネイトに縋りついたまま大粒の涙をこぼし肩を震わせながら自分の思いを吐露するミモリ。
「そうか…。そんな怖い物を見たのに…俺の心配をしてくれたんだな。」
ネイトにはミモリに何が見えたかは分からない。
分からないが…それほど怖い物を見てなお自分を救おうと手を伸ばしてくれていた。
「優しいな、ミモリは…。その気持ちだけで…俺は嬉しいよ…。」
そんな彼女を頭を撫でながら抱き締め彼女を労う。
(あぁ…そう…なんですね…。この方は…この『愛』を守るために…あの孤独を…あの地獄を…一人で背負っていたんですね…!なんて…なんて…哀しくて…美しい…っ!)
ようやく…ミモリは理解できた。
あの地獄は…ネイトが望んだものではない。
この孤独は…ネイトが選んだものでさえない。
壊れてしまえば…楽になれたはずなのに…。
憎しみに身を任せれば…これほど傷つかずに済んだはずなのに。
ネイトはその『痛み』を『正気』のまま全て抱きしめて…その果てにこんなにも透き通った温かい光をまだその心に灯し続けている。
ただただ…誰よりも傷つきながら…それでも『人間』であることを辞めなかった…不完全な存在なのだと。
「うわぁぁぁん…っ!違う、違うんです…!ごめんなさい、ごめんなさい…っ! 私…怖くて…っ貴方が…怖くて…っ!でも、でも…っ! 優しい…ッ、貴方は…とっても…優しい…のに…っ!」
そんなネイトを…自分はまるで『怪物』のように恐れてしまった。
これほどまでに傷だらけになってもなお…人を愛することを…光であることを諦めなかった不器用で誰よりも人間らしいというのに…。
そんな自分が情けなく…許せなかった。
それでも…
「大丈夫、何も気にしてない。怖い物を見たんだ、当然のことさ。落ち着くまで…こうしていたらいい。」
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁん…っ!ありがとう、ありがとう…ございます…っ!」
そんな自分を気遣うネイトの言葉にさらに声をあげて嗚咽するミモリ。
「よしよし…大丈夫、もう怖い物なんかないからな…。」
ネイトはあやしながらしばしの間胸を貸すのであった。
「み、ミモリ殿…!?」
「まるで、幻術を受けた、みたいな…?!」
「まさかそんな…!?」
「先生、彼女は一体何を見たんですか…!?」
この状況が呑み込めない忍術研究部やイロハたち。
ネイトと向き合ったと思ったら顔から血の気が引き青ざめ息遣いが細くなりヘイローすら乱れたミモリ。
かと思えば…ネイトに抱きしめられたら全ての異状が収まり彼の胸の中で泣きじゃくり始める。
普段から誰にでも優しくふるまう修行部副部長の彼女を知る人物が見たら到底信じられないだろう。
一方、
(まさか…!?)
(迂闊だったな…。)
先生とネイトは彼女の状態に心当たりがあった。
ネイトはかつて神すら転化を起こす『色彩』に相見え…それを『子守歌』とせせら笑い撥ね退けこう語っていた。
『これ以上ないほど狂っている自分をどう狂わせられるのか?』と。
そんな彼の心を…をミモリは覗いてしまったのだ。
10代の少女が受け止めるには…ネイトの心の質量は重すぎるに決まっている。
現にヘイローにも異常をきたしていたのだ。
何が起こっても不思議ではない。
ここ最近は表層化してる様子もなかったが…
(アリスとイブキが攫われてしまったことで…!)
(俺としたことが…連邦のころの精神状態に近くなっていたか…。)
今のこの状況…ネイトのトラウマが刺激されてしまったために精神が荒んでしまっていたのだろう。
寄りにもよってそんなネイトの心をミモリは感じ取ってしまった。
下手をしたら…色彩を浴びた時よりも悪い事態が起こったやも知れないが…
(でも…ネイトさんのおかげでそれも防げた…。)
ネイトが抱きしめた瞬間、それが収まった。
ネイトの心と思いがミモリを救ったのだ。
数分後…
「…ヒグッ…グス…。」
「落ち着いたか、ミモリ?」
「…ハイ、もう…怖くありません…。」
一頻り泣き終えようやくミモリが落ち着きを取り戻したようだ。
「よし、じゃあ…。」
いかに心配していたとはいえ彼女を抱きしめ続けるのは悪いと思い身を離そうとするネイトだったが…
キュウ~…!
「…ミモリ?」
「…すみません。あと少しだけ…こうさせてください…。貴方の…その光の中に…いさせてください…。」
握る手に力を込めもうしばしネイトの胸の中に納まることを求めてきた。
「…分かった。でも、本当に大丈夫になったら…いつもの君に戻るんだぞ?」
「はい…!ありがとうございます…!」
そんな彼女の頼みを受け入れもう少しだけ彼女を抱きしめるネイト。
時間にして…数十秒後、
「…ありがとうございました…。もう…怖くはありません…。」
「そうか。」
ようやくミモリは顔を上げネイトから離れた。
泣いていたからかその目元は赤らみ…頬も少々赤く染まっていたが、
「申し訳ありませんでした、ネイトさん…。修行部の副部長としてお見苦しい所を…。」
乱れた衣服と髪を整え背をしゃんと伸ばしネイトをまっすぐ見つめるミモリ。
関門のためとはいえ…人の心を読み恐怖してしまった。
こんな優しさを持っている彼を…怪物のように見てしまった。
「『大和撫子』を目指しているのに…貴方の心をその奥まで見せてくださるまで理解できませんでした…。私の未熟さを…どうかお許しください…。」
ミモリは深々と頭を下げネイトに先ほどの態度を謝罪するが…
「そんなことはない、ミモリ。君はまだ子供なんだ。怖い物を見て泣くのは当然のことだ。」
ネイトはそんな自分を『子供』として見てくれ深い『親愛』で包んでくれる。
「…本当に…お優しい方なんですね…。」
顔を挙げたミモリの顔はまるで桜の花のように朗らかな笑顔を浮かべていた。
「ネイトさん、一つ…お教え願えますか?」
「何だい、ミモリ?」
「貴方が…今一番求めていることはなんですか?」
しっとりと落ち着いた声でミモリが尋ねる。
そう言う関門だったとネイトも思い出し…
「…この先に娘たちがいるんだ。あの子たちを力いっぱい抱きしめてあげたい、それが俺の願いだ。」
ミモリの目をまっすぐに見つめしっかりと答える。
「フフッ…素敵な願いですね。」
細やかながらどんな願いよりも強いネイトの願い。
彼の答えを聞き…
「どうぞ皆さん、お進みください。」
進路を開けお辞儀をしながら手で進行を促した。
「えッ…いいの…!?」
「この勝負、私の負けも同然。先生のお師匠様に関門として立ち塞がるどころか…その…ネイトさんの懐に…あのような…幼子のように縋り付いて…あぅ。///」
先程のことを思い出し耳まで真っ赤になるミモリ…
「うぅ~…穴があったら入りたいとは…まさにこのことです…。///」
「アハハハ…大丈夫、ミモリ。ちゃんとここだけの話にしておくから。」
「はい!忍者は秘密を守るものです!」
「誰の目から見ても異常事態でした。仕方ない事ですよ、ミモリさん。」
先生たちは微笑ましく思いつつもこの件を胸に秘めることを約束するのであった。
「ありがとうございます、皆さん。///…今後も修行部副部長として精進いたします。ですのでどうか…この先の御武運を。ネイトさん、あなたの願いが無事叶うことをお祈りいたします。」
「ありがとう、ミモリ。必ずクリアして見せるさ。」
そう言い、一行は次の関門へ向かおうと駆け出そうとする。
すると、
「あっミチルちゃん。少しよろしいですか?」
「…え、私?なにかな?」
「出会ったばかりの私が言うのもどうかとは思うのですが…。」
ミモリがミチルを呼び止め…
「一応お伝えしておきます。一つの意見だと思ってください。」
「意見?」
「ミチルちゃんの優しさは素敵ですが…貴方が思ってるよりも二人は強いと思いますよ。」
「…え?それは…どういう…。」
「フフッ…その答えはすでにミチルちゃんは知っていると思います。」
彼女の意味深な言葉に疑問符を浮かべて立ち止まっていると…
「ほら、早く行きますよ。」
「次が最終関門だ。アリスとイブキの場所に急がないとな…。」
「あ、うん。」
イロハとネイトに急かされ会話は打ち切られた。
「では皆さん、頑張ってください。…ネイトさん、機会がありましたら…お茶とお茶菓子でも用意してお話ししましょうね。」
「君のとこの部長のツバキがアビドスに『修行』に来ることを考えてるみたいだ。その時にでも楽しみにしてるよ。」
近い再会を約束し一行は走り去っていった。
取り残されたミモリは…
「私もいずれ…あのような頂にでも咲ける花のような『大和撫子』にならなければいけませんね…。」
恐ろしくもあり…また得難い経験を得れて改めて自分の夢へ思いを新たにするのであった。
愛の中にはつねにいくぶんかの狂気がある。しかし狂気の中にはつねにまたいくぶんかの理性がある。
―――哲学者『フリードリヒ・ニーチェ』
この章の後の予定
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エデン条約2章
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デカグラマトン編
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閑話:オリ生徒のエピソード