Fallout archive   作:Rockjaw

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Danger past, god forgotten.
―――意訳『喉元過ぎれば熱さを忘れる』


The Angel Baring Its Fangs

時は…この日の昼間に遡る。

 

「…お待ちしておりました。ご無沙汰しております、先生。」

 

「私も顔を見せる暇が無くてごめんね、ナギサ。」

 

この日、ティーパーティー庁舎のテラスにて先生とティーパーティーのホストであるナギサが顔を合わせていた。

 

「あれからお変わりはありませんか?合宿の方はいかがでしょうか?

 

「うん、お陰様でなんとか。」

 

「先日は…私ども旗下の正義実現委員会の活動にお力添えをしていただけたと耳にしていますよ。」

 

「ほんの少しね。ハスミたちの働きのおかげだよ。」

 

互いに向かい合って円卓に座り紅茶を楽しみながら言葉を交わす二人。

 

何のことはない…ただの『補習授業部』の報告会のようにも見える。

 

だが…

 

「…それで…いかがでしたでしょうか?何か判明したことはありましたか?」

 

「…なにがだい?」

 

ナギサのその言葉を皮切りに柔らかな日差しが差し込むテラスの空気が…まるで鉛のように重たくなり…

 

「もっと直接的に言いましょうか?…『トリニティの裏切り者』はどなただと思いますか?」

 

彼女の口から先生を招聘した真の目的が発せられる。

 

「…その答えは前と同じになるけど…私は私のやり方で対処するよ。」

 

先生も『生徒を信じる』スタンスを崩さず堂々と答える。

 

「…そうでしたね。」

 

そんな彼の返答をナギサは理解していたかのように…

 

「ただ…第二次特別学力試験を今宵に控え改めてそこを確認したかったのです。」

 

淡々とそう返しカップの紅茶を口にする。

 

そして…

 

「そこで…本日もこうしてお越しいただいたわけでして…。」

 

そのカップをソーサーに戻し…

 

「…おそらく…ミカさんとネイト社長が接触してきましたよね?」

 

「…ッ!」

 

「お二人と何をお話になったのか…よろしければお教え願えませんか?」

 

一見すれば花も恥じらう乙女の笑顔だ。

 

だが…その裏には決して異を唱えることを許さない『支配者』としての圧を込めた表情を先生に向ける。

 

並の生徒ならば蛇に睨まれた蛙の如く固まって動けなくなる迫力だが…

 

「ふぅ~…。」

 

先生は出された紅茶を一口飲み…

 

「…私は誰かを疑うことに時間を浪費するつもりはないよ、ナギサ。」

 

「はい?」

 

堂々とした態度を崩すことなく『先生』として変わらない答えを返す。

 

「私はただ…あの子たちの頑張りが報われるように最善を尽くすだけだよ。」

 

「………。」

 

「それに…どうしてネイトさんの名前が?彼とは親しい間柄だけど…今回の件は一切関係ない筈だけど?」

 

飄々としているようでどっしりとした芯を感じさせる先生の言葉。

 

しかし…

 

「…もう一度改めて説明してみましょうか?どうして彼女たちなのか…を。」

 

ナギサも動じることなく…補習授業部の創立の目的を述べ始める。

 

はっきり言うと…補習授業部は各方面への牽制と警戒を兼ねた『牢獄』に等しい部活だ。

 

「まずはコハルさんは…ハスミさんを統制するための存在です。」

 

トリニティが保有する武力で大きなウェイトを占める『正義実現委員会』。

 

その副委員長、羽川ハスミは大のゲヘナ嫌いで通っている。

 

もし、彼女がエデン条約に異を唱えた場合…どんな反応を引き起こすか分からない『時限爆弾』のような存在だ。

 

単純な学力不足もあったが…コハルはそんなハスミを、もとい正義実現委員会を抑えるための人質である。

 

「そしてハナコさんは…本来は誰よりも優秀な才能を持っていたのにもかかわらず今はわざと試験で本気を出していません。何を企んでいるか全く理解できない状態です。」

 

次にハナコ、言わずもガタトリニティの才媛にして稀代の問題児だ。

 

その才能と行動力がもし自分たちに牙をむいた場合…どんな惨状になるか想像もしたくない。

 

その上…

 

「彼女は以前、ネイト社長と深く関わり我々の追跡を振り切って逃亡した経歴があります。無視するには…あまりにも大きすぎる出来事ではありませんか?」

 

彼女はネイトと深くつながっていることが確認されている。

 

トリニティの才媛と熱砂の猛将…その二人が何か事を起こそうものなら…。

 

「アズサさんはそもそも存在自体が怪しい所ばかりです。そのうえ、他の生徒達と何度も暴力沙汰を起こしている統制不能な存在ですし。」

 

アズサは経歴が不明瞭な箇所が多い。

 

トリニティ以前の経歴は『綺麗すぎる』上にその経歴を無に帰すような問題行動のオンパレードだ。

 

そして、正義実現委員会の部隊を相手に大立ち回りを演じるほどの強さも合わされば脅威はかなりの物だろう。

 

そして…

 

「ヒフミさん…は…。」

 

ナギサは言葉に詰まる。

 

「ナギサ、ヒフミのことを…。」

 

「…はい、そう…ですね。ヒフミさんへの思いは…かなり特別です。彼女のことをとても大切に思っています。私は…彼女のことを梳いている…そのことは間違いありません。」

 

先生もヒフミとナギサの関係は以前から知っていた。

 

アビドスでの件でヒフミがナギサに救援を求めようと提案している。

 

一般の生徒が生徒会…それもティーパーティーのホストと関係を持っていることは非常に異例なこと。

 

それだけで二人の深い関係性がうかがえるが…

 

「ですが…あの子の正体は実は恐ろしい犯罪集団のリーダーである、そんな情報がありました。」

 

「…ッ!」

 

「こういったお話がかえって一番怖いのです。信じていたからこそ…何かが見えなくなっている、盲目な状態になっているのでは…と。」

 

それすらも今のナギサには脅威の芽と思えて仕方なかった。

 

もし親しい友人が真の脅威だった…そんな事態もないとは限らないのだ。

 

「…ナギサ、君は大きく誤解している。ちゃんと事情があって私も同席して説明を―――」

 

彼女たちの事情を知る先生がナギサが抱いている疑念を晴らそうとするが、

 

「どうやって?証明できるのですか?ヒフミさんや皆さんの心を…本心を…本音をどうやって証明するというのですか?」

 

ナギサは先生の言葉を遮り…

 

「そうではない・誤解だ・事情がある。…その言葉に…どれだけの意味が?どれだけの真実性が?」

 

彼が並べた言葉を疑い…

 

「…心の中など…証明できるものではありません。」

 

彼の考えを根本から否定する。

 

「ヒフミさんの優しい心に礼儀正しい所や優しいところ…それらを私は痛いほど知っていても…あの子の本音を知ることはできないのです。」

 

そう言いナギサは再度カップを傾け…

 

「当然です。どうあがいたところで…私達は所詮『他人』ですから。」

 

「………。」

 

諦観したようにそう言葉を漏らすのだった。

 

すると…

 

「…だからかい?」

 

今度は先生がナギサに問いかけ始める。

 

「?なにが…。」

 

真意を尋ねるナギサだが…

 

「だから…何の事情を聞こうともせず…アビドスを公の場で糾弾したのかい、ナギサ?」

 

「~ッ!!?」

 

先生の言葉は彼女の奥底まで突き刺さり目を見開かせた。

 

「…それと今回の件は関係…!」

 

彼の言葉を否定しようとするナギサだが…

 

「いいや、ないとは言わせないよ。現に…今みたいにナギサは得た情報だけで判断し『他人』だからってことで話を聞きもしないでアビドスを…ネイトさんを糾弾した、これは揺るぎようのない事実だ。」

 

「ッ!!?」

 

先生は一歩も引くことなく告げる。

 

「結果…どうなったんだい?アビドスやネイトさんは一切法律上も道義上もおかしなことをしていなかった。しかも、その影響で…ネイトさんや色んな方面の生徒達が被害にあいトリニティも大きな代償を支払った。」

 

「それは…!」

 

今度は先生が淡々と公的な事実を告げていきナギサは返す言葉に詰まる。

 

そして…

 

「ちゃんと話を聞けば、ちゃんと向き合えば、ちゃんと信頼すれば…すべて避けられたはずだ。」

 

それらはナギサが切り捨てた考えを持ってさえいれば起こり得なかったと断言し…

 

「『他人』だから…その一言ではあの事態を引き起こしていい理由にはならないよ。」

 

「~ッ!!?」

 

『他人』といって諦めたその言葉の重さを突き付ける。

 

「そのうえで…ナギサはまだ彼にも…ネイトさんにも疑念の目を向けている。さっきの言葉で…ナギサの気持ちが分かったかもしれない。」

 

先生はそう言い切って目の前のカップの紅茶を飲み干し…

 

「ナギサ。今の君はきっと…疑心暗鬼の闇の中だ。」

 

「ぎ…疑心暗鬼の…闇…ッ!?」

 

「見たい者だけを見て、聞きたいことだけ聞き…信じたいことだけを信じているんだと思う。」

 

真っすぐにナギサを見つめそう言い放った。

 

そして…

 

「ナギサ。私は…君をそこから連れ出して見せる。そして…絶対に補習授業部の皆を合格させる。」

 

席を立ち決意を込めて宣誓するのだった。

 

「…それじゃ、私は失礼するね。最後まで…皆を見てないといけないから。」

 

そのまま彼女に背を向け立ち去ろうとする先生に…

 

「………ふっ…フフッ…!」

 

ナギサは引きつったような笑いをこぼし…

 

「…理解しました、先生…!まぁつまり…お話がシンプルになった、と言うことですね…!」

 

「………。」

 

「承知しました…!どうかお気になってください、先生…!私は…私なりに頑張りますので…!」

 

彼の言葉に答えるように彼女も宣誓する。

 

そのオーラは…間違いなく三大校の一角たる『トリニティ総合学園』を統べる者のそれだった。

 

「………。」

 

先生は言葉を返すことなく無言のままテラスを立ち去っていくのだった。

 

そして、一人残されたナギサは…

 

「………じゃあ、私は一体どうすれば良かったんですか…?!」

 

肩を抱えて声を震わせながら帰ってこない問いを呟くのであった。

―――――――――――――

 

――――――――

 

―――

時は進み、その夜…

 

「明日はついに第二次特別学力試験です!」

 

合宿場では一同が介し決起集会のような様相を呈していた。

 

「この一週間の合宿で私達はしっかり合格できるだけの実力を身につけられたはずです!」

 

「うん。」

 

「はい♡」

 

「そうねっ!」

 

「みんな本当に頑張ったもんね。」

 

ヒフミの言葉にアズサたちも自信満々に頷く。

 

「あとはしっかり試験に合格し…堂々と補習授業部を卒業するだけです。」

 

ここまでいろいろあったがみんなで努力してきたことは決して裏切ることはないだろう。

 

「そして、またみんなでいろんな場所に遊びに行きましょう!」

 

「そうだな、ヒフミ。私も久しぶりにアビドスに行きたい。」

 

「オアシスが蘇ったようですから皆で泳ぎに行きましょ~♡」

 

「ハナコ、アンタ絶対変な格好するつもりでしょ!?」

 

と、追試を終えた後のことに話を咲かせていると…

 

パンパン

 

「さぁ、皆。今日は明日に備えて早めに休むようにね。」

 

先生が軽く手を叩きはしゃぎ過ぎないように軽く窘める。

 

「そう言えば…明日の試験会場って前の時と同じとこなの?」

 

コハルが首を傾げそう尋ねてきた。

 

確かに追試があるとはいえ一般生徒は普通に学校生活を送っている。

 

都合が合わずに会場の教室が変わることもあり得るだろう。

 

「あっそう言えば告知をまだ見ていませんでした。」

 

ヒフミもその考えに至ったか、すぐにスマホを取り出し…

 

「えぇっと…トリニティの掲示板っと…。」

 

そう言う情報が記載されているサイトにアクセスした。

 

画面をスクロースさせ内容を確かめると…

 

「…え?…えぇッ!?」

 

「ヒフミちゃん?」

 

「どうかしたのか?」

 

最初は困惑したような反応を見せまるで信じられないかのように画面を食い入るように何度も確認し、

 

「えぇッ嘘ッ!!?嘘ですよね!!?」

 

彼女の愕然とした叫び声が教室内にこだました。

 

これはただ事ではないすぐに理解した面々は各々スマホを立ち上げが内容を確かめる。

 

そこには…

 

「えぇっと…『補習授業部の[第二次特別学力試験]に関する変更のお知らせ』…?…『試験範囲を既存の範囲から約三倍に拡大』…?!」

 

「はぁッ!?何よ、それ!?」

 

「『また、合格ラインを60点から90点に引き上げとする』…?!」

 

「わっ私でもまだ…90点なんて超えたことないのに…?!」

 

まるで自分たちの努力をあざ笑うかのような理不尽としか言えない試験内容の変更の数々が書かれてあった。

 

「どッどういうことなのよ、これって!?」

 

「昨日、急にアップされたみたいです…!試験直前になって…こんな…!」

 

「これは…!」

 

それを見て、先生も目を見開く。

 

こんな無茶苦茶な変更を容易くできる人物は一人しかいない。

 

「…なるほど。私たちの試験結果を…ナギサさんは何かしらの手段で把握したみたいですね…。」

 

聡いハナコもその結論に達し…

 

「見えすいたなやり方ですねぇ…!どうしても…私達を退学にしたい、と…!」

 

思わずその声に力がこもってしまう。

 

「…退学?」

 

「ちょ、ハナコ!?それってどういうことなのよ!?」

 

ハナコの口からこぼれたその言葉にアズサとコハルは食いつく。

 

二人にとってはあくまでこれは補習。

 

合格できなくても単位に響くだけ…そう思っていた。

 

それが『退学』まで話が進んでいるなど予想できるわけがない。

 

(…どちらにせよ、そろそろ共有しておいた方がいいかもしれない。)

 

本来なら最後まで先生はこのことは伏せておくつもりだった。

 

しかし、もうそう悠長に構えられる状況ではない。

 

「そのこともお伝えしようと思っていましたが…他にも変更された部分がありますね。」

 

ハナコも一旦落ち着き掲示板の中身を再確認する。

 

「あ、試験会場と時間も変更されています…!試験会場は…。」

 

ヒフミもその内容を確認するが…

 

「げっ『ゲヘナ自治区第15エリア77番街の廃墟一階』!?ゲヘナで試験を受けるんですかぁ!!?」」

 

「なっなんでよ!?何でトリニティの試験をゲヘナで受けるわけ!!?」

 

試験会場はトリニティ不倶戴天の敵対校ゲヘナ学園の領地であった。

 

トリニティ生ならば何かの間違いとして無視しかねない文言だが…

 

「もし行かなければ…未受験扱いで不合格ですよね…!」

 

これまでの無茶苦茶な変更を見るに…本気であろう。

 

「そっそれもそうだけど、ハナコ!さっきの退学ってどういうこと!?初耳なんだけど!?」

 

「…ハナコ、私にも説明してほしい。」

 

「…分かったよ、二人とも。一から説明するね。」

 

意を決し、まだ何も知らないコハルとアズサに先生や事情を知るヒフミとハナコはこの補習授業部の裏の設立目的を説明する。

 

最初からナギサはここにいる面々に『エデン条約』を妨害する疑惑を掛けていると言うことを。

 

そして、追試を三回失敗すれば退学処分が下ることも最初から決まっていたことを。

 

しかも、それにシャーレの超法規的権限を流用し複雑な手続きをすっ飛ばして実行しようとしていることを。

 

先生やヒフミに…『トリニティの裏切り者』の捜索を頼んでいたと言うことを。

 

「試験に三回落ちたら…退学…!?」

 

「…なるほど。」

 

「コハルちゃんにアズサちゃん、隠しててごめんなさい…!まさか…こんなことになるなんて…!」

 

ヒフミは罪悪感に悲しい表情を浮かべながら二人に頭を下げ謝罪する。

 

二人に隠していなのは余計な心労を与え試験に悪影響を出さないという配慮のつもりだったのだ。

 

「どッどうすればいいの…!?退学になんてなっちゃったら…正義実現委員会に復帰できない…!」

 

その思いはコハルにも伝わり起こりこそしないが…やはり退学という言葉に動揺していると…

 

「…状況は理解した。とにかく出発しよう。」

 

「えッえぇッ!?」

 

「試験時間は『深夜の3時』と書いてある。今は8:00、すぐに出発しないと間に合わない。」

 

「あっ確かに…!」

 

アズサは冷静に現状を精査しすぐに動こうとする。

 

何しろ場所はゲヘナ、直線距離だけでも数百㎞は離れている。

 

これが道路で考えればさらに長くなり時間は伸びるだろう。

 

しかも…トリニティとゲヘナ間で公共交通機関は繋がっておらず徒歩移動込と言うことを考えると決して余裕がある時間ではない。

 

「驚くにせよ、怒るにせよ、絶望するにせよ…それは試験を受けてからでも遅くはない。」

 

こんな異常事態だというのにアズサは動じず…

 

「障害の多さに文句を言ったところで状況が変わる訳じゃない。大切なのは…それでも最後まで足掻くこと。」

 

力強い眼差しを見せ…

 

「教官だってあの日、どんなことがあっても決して諦めず足掻くことを止めなかった。だから…私も諦めたくはない。」

 

かつてのネイトがそうだったように、自分もそうありたいと決意を語る。

 

「アズサ…!」

 

「アズサちゃん…!」

 

「…そうだね。アズサの言う通りだよ。」

 

その決意はコハルやヒフミ、先生にも伝播していく。

 

そして…

 

「………あぁ!」

 

「わッ!?ちょっとハナコ、どうしたのよ!?」

 

「すっ少しお待ちを!」

 

珍しく大きな弧を挙げたかと思うとハナコは急いで教室を飛び出していった。

 

何事かと残された四人は顔を見合わせて首を傾げていると…

 

「…お待たせしましたぁ♡」

 

少しして先程の慌てようが嘘のようにいつもの雰囲気を纏ったかハナコが戻ってきた。

 

「ハナコ?あんなに慌てて一体どうしたんだい?」

 

「何か思い出したことでもあったんですか、ハナコちゃん?」

 

「うふふ…ナギサさんがそこまでして妨害したいのなら…♡」

 

真相を確かめようとする先生とヒフミに対し思わせぶりな態度を崩すことなく…

 

「一つだけ…間に合う方法がありますよぉ♪」

 

ニュッ

 

彼女の襟元から何かを飛び出させた。

 

「バッバカ!なんてところにそんなの仕舞ってるのよ!!?///」

 

「あら、コハルちゃんは一体何を…とジョークはここまでにしておきましょうかぁ。」

 

いつもならコハルの反応をからかうところであろうが…そそくさとそれを抜き取りハナコの表情は真面目なものに変わり…

 

「こんなことにあの人を巻き込むのはお門違いでしょうけど…。」

 

取り出したソレ…まるで非常用の発煙筒のような棒状の物体を優し気な眼差しで見つめつつ…

 

「でも…皆さんを護る為です。私、今だけとっても悪い子になっちゃいますねぇ♡」

 

思わせぶりな物ではない、彼女本来の笑顔を浮かべ宣言した。

 

この状況でハナコが頼る『あの人』。

 

そして、この状況を打破しうる人物。

 

「まさか…?!」

 

「それが…?!」

 

「ハナコ…!」

 

ヒフミたちの脳裏に同じ人物の面影が浮かぶ。

 

そして…

 

「…大丈夫だよ、ハナコ。」

 

「先生?」

 

「実は…この前出かけたときにね…相談してるんだ。もしもの時は…ってね。」

 

そんな彼女の決意を感じその重荷を軽くしようと先生も微笑む。

 

「…ウフフッ安心しました♡それじゃあ…!」

 

彼の言葉に表情が明るくなりハナコがその物体の先端にあるつまみを回した。

 

次の瞬間、

 

PiッPiッPiッ…

 

「…え?」

 

何やら不穏な電子音が鳴り始め…徐々にその間隔が短くなっていく。

 

「はっハナコちゃん!?それ一体何なんですか!?」

 

「一体何を貰ったの!?それどうなるんだい!?」

 

「なんだかとってもやばそうなんだけど!?」

 

「ハナコ、あそこ!グラウンドの方に投げるんだ!!」

 

想定外の事態にこの場にいる全員が動転し…

 

「はっはいぃッ!!?」

 

ハナコも珍しく慌てて窓辺に駆け寄り…

 

「エイッ!!!」

 

ブン!

 

勢いよくそれをグラウンドめがけ投擲。

 

全員が窓により何が起こるか食い入るように見つめていると…

 

ブシュウウウ…!

 

その物体が落ちたであろうか所から赤い煙が立ち上り始める。

 

「ちょっとハナコ!!!何なのよ、あれ!!?」

 

「わっ私も使うのは初めてで…!」

 

「見たところ何かの発煙筒のような物のようだが…!」

 

「ここで煙が出なくてよかったですね…!」

 

「たぶん、最初から屋外で使うこと前提の物なんだろうけど…!」

 

窓から立ち上る赤い煙を見つめる補習授業部と先生。

 

「それで…ハナコ、説明してくれるかい?」

 

少し落ち着き、先生がハナコにあの物体についての説明を求める。

 

「ハイ、実は以前ネイトさんがビナー討伐の前段階で私の助力を求めてきた際にそのお礼として…。」

 

ハナコもあの日を思い出すように微笑みながら答え、

 

「ビナーの前ってことは…あぁッあのデートの時ね!」

 

「でッデート…。まぁ言葉の綾なんだろうけど…。」

 

「まさか。とぉっても楽しかったですよぉ?」

 

「そのネイトさんがくれたのが…。」

 

「あの発煙筒みたいなものだったのか…。」

 

出歯亀していたヒフミたちもあの日のことは鮮明に覚えており納得するが…

 

「…それでなんで発煙筒をアンタにくれたのよ?」

 

そのお礼があの発煙筒のような物体と言うことには首を傾げるしかない。

 

「いえ、あれは発煙筒ではなく…。」

 

「…ともかく見守っていよう。教官がお礼にいたずらをするとは思えない。」

 

「そうですね、アズサちゃん。」

 

アズサの言葉で一先ず動向を窺うことにする一同。

 

それから…

 

「…もう10分は経つわよ…!?」

 

「ネイトさんからの連絡もないですね…。」

 

「そんな…。」

 

時計が進むも一向に変化が見られない。

 

「…私達も出発の準備をしよう。これ以上は…。」

 

この状況にアズサも自力での解決に移ろうとする。

 

その時…

 

カタカタ…

 

「え…?」

 

「ね…ねぇ窓揺れてない…?」

 

教室の窓ガラスが…微かに振動を始めた。

 

それも一枚や二枚ではなく教室中…いや、この合宿所全ての窓が震えているようだ。

 

その揺れは…

 

カタカタッ

 

「オッ大きくなって来てませんか…!?」

 

「じ、地震…!?」

 

「いいえ、それならあまりにも長すぎます…!」

 

徐々に大きさを増して行っているようで…

 

ガタガタ…ッ!

 

「ほッ本当に何がどうなってるってのよぉ!?」

 

「わわッ今にも窓が割れちゃいそうですよ!!?」

 

窓ガラスどころか建物そのものが震え始めた。

 

そして…

 

ゴォウッ!!!

 

ドドドドドドドッ!!!

 

「あっあれって!!?」

 

「ベルチバード!!?」

 

合宿所の上空をフライバイしアビドスの象徴となっている双発ティルトウィングVTOL『ベルチバード』が現れた。

 

そのままベルチバードは発煙筒が投げ込まれたグラウンド上空に滞空し着陸態勢に入った。

 

「行きましょう、皆さん!」

 

「ハナコちゃん!?」

 

ハナコはすぐさま必要な道具が収まったバッグを抱え教室を飛び出していった。

 

「私達も行こう!」

 

「そっそうね!」

 

「わわっ凄いことになっちゃいましたね!」

 

「全く…本当にあの人は…!」

 

それに続きヒフミたちもバッグを抱え教室を飛び出す。

 

夜のとばりが下りた合宿所のグラウンドに一同が到着したころ、

 

ドドドドドドドッ!!!

 

ズゥン!

 

砂埃を巻き上げながらベルチバードが着陸し…

 

シュタッ

 

「何かあったか、Ha.P。」

 

ローターを止め開け放たれたハッチから降りる。

 

「ネイトさん、来てくれたんですね…!」

 

ハナコがネイトに声を若干震わせながら声をかけると…

 

「約束したろ、出来るだけ早く駆け付けるってな。」

 

そんな彼女を安心させるように浅い笑みを浮かべながら答えるネイト。

 

「…フフッ本当に貴方という人は…!」

 

「ネイトさん!あれは一体…!」

 

「『シグナルグレネード』だ、先生。Ha.Pがつまみを捻った瞬間に俺のPip-Boyに信号が届いて着陸地点を指示する発煙筒にもなる代物さ。」

 

ハナコが起死回生として使用したものはネイトが渡した『シグナルグレネード』。

 

かつての連邦で『B.O.S.』に所属していた際、遠隔地からベルチバードの支援を要請する際にも使用されたものでそれをネイトが独自改良を加え再現。

 

「すまんな。宿舎からベルチバードの駐機場に向かうのに少し時間がかかった。」

 

それでも到着まで10分かかったことを詫びるネイトだが…

 

「何を言いますか…!普段以上に頼もしいですよ、ネイトさん…!

 

「ううん…!教官が来てくれてとても心強い…!」

 

「そっそうね!こんな凄いので来てくれたんなら仕方ないわね!」

 

「はい!これで希望が出てきましたね!」

 

「…それで一体何があった?」

 

まるで自分が最後の希望だとでも言わんばかりのハナコたちの反応を見て事の次第を尋ねる。

 

「実は…!」

 

そこで先生が事のあらましを説明、

 

「…なるほど、ティーパーティーが本格的に潰しにかかってきた…と言うことか。」

 

事前に彼からさわりを聞いていたネイトは自分が呼ばれた理由に納得する。

 

「確かに…その距離ならベルチバードで一飛びだろう。向こうで予習できる時間的猶予も確保できる。」

 

「じゃあ…!」

 

「…P.P、その掲示板のスクショを俺にも送ってくれ。」

 

「はい!」

 

「先生、これでも結構危ない橋を渡るんだ。シャーレとしての権限を使わせてもらうぞ。」

 

「もちろん…!ここまでしてくださってるんですから協力しますよ。師匠…!」

 

「よし、それじゃ少し時間をくれ。」

 

ネイトは二人からの了承を取りスマホでどこかへコンタクトをとる。

 

「あぁ、俺だ。夜分遅くすまないな…。」

 

少し離れた場所で話しているので会話の全容は聞き取れないが…

 

「…そう。だから…。…を作るいい機会だと思う…。」

 

話し合いはどうやら円滑に進んでいるようで…

 

「…あぁ、感謝する。それじゃ。」

 

そう礼を述べて通話を終了し、

 

「話がついた!全員乗り込め、ゲヘナへ飛ぶぞ!」

 

声を張り上げハナコたちに搭乗を命じる。

 

『はい(うん)(わかった)!』

 

それに元気に答えて先生やハナコたちはベルチバードに乗り込む。

 

「ハッチを閉めてシートベルトをしっかり付けていろよ。」

 

ネイトもコックピットに乗り込みエンジンを始動。

 

ドドドドドドドッ!!!

 

重低音のエンジン音を轟かせベルチバードは浮かび上がり…夜のトリニティの空を翔けていく。

 

「まさかこんなふうに問題が解決するなんて…。」

 

「これなら余裕で間に合うわね…!」

 

「フゥ~…一時はどうなるかと思いましたが…。」

 

「あとは試験に合格するだけだ。」

 

ハナコたちは試験前だが眼下で流れていくトリニティの街並みを眺めつつ和気あいあいとしている。

 

一方、

 

「ネイトさん、到着予定時刻は?」

 

「今は少し飛ばしてるから1時間もかからないで到着はするが…。」

 

先生はネイトの隣に座りフライトに関する情報を確認している。

 

一通り確認を済ませると…

 

「…で、お前は一体何をした?」

 

ネイトは流し目で先生を見つつヘッドセットの個別チャンネルでこのような事態に至った原因を尋ねる。

 

ティーパーティーが潰しにかかるとするなら第一回からこんな手段をとっているはずだが話を聞く限りそんなことはしていない。

 

それなのに第二回になってこんな理不尽な試験会場と合格ラインを設定してきた。

 

となれば…その間に何かあった、と考えるのが自然である。

 

「…実は昼間…。」

 

ここまで巻き込んでおいて隠し立ては不義理と先生も昼間のナギサとの会合の一件を説明する。

 

その話を聞き終えると…

 

「…あっはっはっはっ!そりゃ随分思い切った事やったな!」

 

ネイトは破顔大笑を絵にかいたような大笑いを挙げた。

 

「いやぁ…ちょっとムキになっちゃいました…。」

 

らしくないことをやってしまったと苦笑し反省する先生だが…

 

「気にするな、先生!あんまり溜め込むと破裂する、大人だからって子供に我慢し続けることはないさ!」

 

そんな彼の背中を軽く叩きつつ励ますネイト。

 

「…いいか?いくら子供でも間違いを繰り返すようなら強引にでも軌道修正してやるのも大人としての務めさ。」

 

「軌道修正…。」

 

「D.U.での一件で痛い目見たのに奴はこの期に及んで対話を拒否している。相当苦い薬だったが効き目がないなら…あとは外科的手段に出るしかない。」

 

「………。」

 

「だから、俺は先生の言ったことは間違っていないと思う。問題は奴が手術を嫌がって暴れ始めたって事だろう。」

 

確かにD.U.の騒動でナギサは大きな代償を支払った。

 

なのに…この補習授業部の対応から分かるように根本がまるで変っていない。

 

生徒がこの始末なら…注意するのも『先生』の仕事だろう。

 

だから、ネイトも先生の行いを咎めはしない。

 

「お前はよくやってるよ。頭から信じるばかりじゃない、ちゃんと『先生』らしくなってきているじゃないか。」

 

「…ありがとうございます、師匠。」

 

そんなネイトの言葉に先生も少し肩の荷が下りたようだ。

 

だが…

 

「…あぁっと来たな。」

 

「え?」

 

「早速出番だ。『先生』のお仕事を果たしてもらうぞ、馬鹿弟子。」

 

ネイトの目線が鋭くなりコックピットのスイッチをいくつか弄り…

 

パッ

 

「キャッ!?なになに、どうかしたの!?」

 

機内や航空灯の明りを消し、計器の明りのみがかすかに灯るのみになった。

 

「何かあったの、教官?」

 

「皆、ヘッドセットを付けて捕まってろ。『稲妻』が追いかけてきやがった。」

 

アズサの問いかけに短くそう答えた…次の瞬間、

 

《所属不明機に告ぐ。こちら『ティーパーティー航空近衛隊』、貴機は現在トリニティ領空をゲヘナ方面へ無断離脱しようとしている。》

 

『ッ!!?』

 

無機質ながら…どこか高圧的な無線が飛んできたのであった。




Utrinque Paratus
『何事にも備えよ』
―――イギリス陸軍第16空中強襲旅団戦闘団のモットー
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