Fallout archive   作:Rockjaw

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チェスは臆病者には向かない。
―――チェスプレーヤー『ヴィルヘルム・シュタイニッツ』


A Game for the Future

「…はぁ~…全く…。」

 

正義実現委員会とヴァルキューレによるブラダビ分派本部の一斉検挙より1日経った日の夜。

 

ネイトは根城としている納屋の中で深く息をついていた。

 

日付的には今日でシスターフッドと取り決めを行った調査最終日である。

 

既に作成した警備のコンサルティングの資料はシスターフッドに提出済みだ。

 

明日にはここを引き払いネイト達はアビドスへと帰還する。

 

ようやく我が家に帰れ二週間会えなかったアリスとも会うことができる。

 

だが…

 

「目的の情報は揃ったが…。」

 

ネイトの表情は一向に晴れない。

 

(このままアビドスに帰るのは簡単だ。だが、時間をおけば確実に取り返しがつかなくなる。)

 

内心でぼやく彼の目の前にあったのは…一つの封筒と一台のノートPCだ。

 

端的に言おう。

 

この二つのうちどちらかでも取り扱いを誤れば…その被害は計り知れない。

 

しかも、その威力は時間をおけば置くほど指数関数的に威力が上がっていく厄介な物。

 

(今は何とか情報を分断して発覚を遅らせているが…それも長くは続かない…。)

 

シャーレのような超法規的権限を持っていない自分ですら人脈と自力でここまで調べ上げられたのだ。

 

放置すれば…嗅ぎ付ける者もでるだろう。

 

(…幸い、データの方はアイツが証拠隠滅を図ったとニュースで言っていた。表沙汰になるのはしばらくかかるだろう…。)

 

背もたれに体重をかけ前足を浮かして物思いにふけるネイト。

 

PCのデータの方は必ず自分の手で決着をつけるつもりだが…

 

(問題はこの資料の方…。)

 

手に取ったのは封筒に収まった資料の方だ。

 

(これが連邦のレイダーなら容赦なくぶっ潰せるんだが…。)

 

彼は確かに敵には容赦はしない性格だ。

 

だが、だからと言って無暗矢鱈に暴れまわる気性でもない。

 

実力行使にはそれ相応の理由があってのことだ。

 

そして、この場合は…

 

(焼け野原にしたところで…残るのは七面倒な事後処理とjunkも取れない廃墟じゃなぁ…。)

 

その後のことを考えれば正直メリットはないと言っていい。

 

PCの証拠とこれが合わさればそれこそ被害は計り知れない、それこそ跡形もなく粉砕するほどだ。

 

それはネイトも望んではいない。

 

(炸裂させるのは容易いが…問題はその場所だ。)

 

状況はまるで発破解体だ。

 

爆薬の設置場所、種類、炸裂させるタイミング…それらすべてが完璧でなければ無用な被害を生む。

 

しばし頭の中で損得勘定の算盤を弾き…

 

(………よし、こっちの方は…。)

 

封筒の資料の方の活用法を決める。

 

その時、

 

Prrr…Prrr…

 

「ん?」

 

ネイトのスマホに着信がはいった。

 

画面を見て…

 

「…ハイ、もしもし?」

 

静かに電話に出るのだった。

 

数十分後、

 

「………。」

 

ネイトはトリニティの姿は拠点から少し離れた場所にある寂れた町の一角にあった。

 

(さて、この辺りだが…。)

 

Sneakによって気配を極限まで殺し指定されたポイントに到着。

 

すると…

 

「………。」

 

(B.B.E…。)

 

自分がいる場所から少し離れた路地を抜けていくアズサを発見。

 

その表情は彼女らしくない…焦燥感に駆られたものだった。

 

(いったい何が…)

 

何が起こったか、少し思案していると…

 

チカチカッ

 

「!」

 

アズサがやってきた方向からかすかな光が数度点灯。

 

チカチカチカッ

 

それにネイトもPip-Boyのライトを素早く3回点灯する。

 

すると…

 

サッ

 

夜の帳を破り今度ハナコが現れた。

 

ネイトは辺りを確認し気配を殺したまま彼女に接近する。

 

「夜分遅くにすみません、ネイトさん…。」

 

「構わないが…何があった…?B.B.E.は一体…。」

 

声を殺し言葉を交わす二人。

 

先ほどのネイトへの着信の主はハナコからであった。

 

電話口では…

 

《アズサちゃんが思いつめた表情で合宿所を抜け出しました。何かあるかもしれないので力を貸していただけますか?》

 

と言う物だった。

 

「分かりませんが…今は追いかけましょう。」

 

「…だな。」

 

どうやらハナコにも未だにアズサの目的が分かっていないようで一先ず追跡を再開することに。

 

「Ha.P、そっちでは何か変わったことは…?」

 

「いえ、三人とも明日の試験に向けて頑張っていました…。アズサちゃんも特にこれと言って…。」

 

「フム…。」

 

少々世間知らずな部分はあるがこのような行動をとることはアズサにしては珍しい。

 

しかも、しきりに後ろを気にして場所はどんどん人気が無くなり廃墟が増えてきている。

 

夜にちょっと買い物…と言うわけでは絶対ない。

 

むしろ…何かを隠そうとしているようにしか見えない。

 

そのまま追跡劇は続き…

 

「………。」

 

アズサはある廃墟ビルの中に入っていった。

 

「あそこに何か…。」

 

「どう考えてもこの前みたいな目的じゃないな…。」

 

スチャ…

 

そう言い、ネイトは懐からデリバラーを取り出しチャンバーチェックを行う。

 

「Ha.P、P7を。」

 

「あら…!こんな人気のない夜道で大胆な…!」

 

「そう言うお誘いならもっとムードのあるところでやるさ。」

 

「あぁん…素っ気ないですねぇ…。」

 

少々からかいながらもハナコはレッグホルスターの『ヒドゥンロンギング』をネイトに差し出す。

 

「即興で作ってきたが…。」

 

カチャカチャ…

 

それを受け取るや否や素早く『ヒドゥンロンギング』を簡易分解し

 

キリキリキリ…

 

「よし、これでいい。」

 

「まぁサプレッサーですか…?!」

 

バレルを変更しサプレッサーを装着した。

 

「行くぞ…。」

 

「はい…!」

 

装備の消音化も済ませ二人はいよいよ廃墟ビルに足を踏み入れた。

 

足下のガラス片やがれきなどに注意を払いつつ歩を進めていくと…

 

パッ

 

ネイトが手を上げハナコの動きを止めさせる。

 

物影から身をさらさないように意識を集中させると…

 

「…アズサ、日程が変わった。」

 

姿は見えないが微かに聞こえてくるアズサの物ではない冷淡で鋭い声。

 

「明日の午前中だ。約束の場所で指示を待て。」

 

「まっ待って、サオリ…!明日は…!」

 

アズサが『サオリ』と呼ぶ相手に彼女は待ったをかける。

 

「何か問題が?」

 

「ま…まだ準備ができていない…!計画よりも日程を早めるのはリスクが…!」

 

さらにリスクを指摘するが…

 

「…『補給基地』が制圧された。こうなっては奇襲による計画発動しかない。」

 

「ほッ補給基地…?」

 

「知らなくていい。所詮は予備プラン、無くても計画遂行に支障はない。」

 

どうやらサオリ某側も切羽詰まっておりアズサの提案を受け入れるつもりはないようだ。

 

(補給基地…なるほど…。)

 

その言葉を聞き、ネイトの中で線が繋がっていく。

 

すると…

 

「そして…あの方の身柄を抑えるチャンスもそこしかない。ある意味、これはこの計画のもう一つの柱と言っていいだろう。」

 

「あの方…?そんなの私は聞いてない。」

 

「無理もない。お前がトリニティに潜り込んでからできたことだ。任務には『スティグマフォース』が当たるから気にしなくていい。」

 

(『スティグマフォース』…?)

 

(あの方とは一体…?)

 

アズサも知らない目標の追加があったようでそれが可能なタイムリミットも近いらしい。

 

「ともかく明日結構だ。これは決定事項、しっかり準備をしておけ。」

 

「明日になれば…すべてが変わる。私たちの『アリウス』にも…この『トリニティ』にも…不可逆の大きな変化が訪れることになる。」

 

(『アリウス』…?)

 

聞きなじみのない言葉にネイトは反応。

 

それが意味するところは分からないが…

 

「…!」

 

(…どうやらただ事ではないようだな。)

 

傍らにいるハナコが目を見開いたことによりとんでもない事実であることを察する。

 

そして…

 

「トリニティの現ティーパーティーホスト…桐藤ナギサのヘイローを破壊する。…そのためにお前はここにいるんだ。」

 

「「ッ!!?」」

 

続くサオリ某の言葉に二人の表情は驚愕に染まる。

 

『ヘイローを破壊』、それはつまりキヴォトス人にとって『死』を意味する。

 

殊『死』を忌避するキヴォトス人の口から冷静にその言葉が飛び出す場面はネイトですら聞いたことはない。

 

さらに…

 

「お前の実力は信頼している。上手くやれ、『百合園セイア』の時のように。」

 

「…分かった。準備しておく。」

 

「ぇ…?!」

 

続けて出てきた人名とアズサの反応を聞いた途端、ハナコは唖然とする。

 

コツコツ…

 

どうやら話し合いが終わったのか、アズサの物と思しき足音が動き始めたが…

 

「アズサ。忘れてないだろうな?」

 

サオリ某から呼び止められ…

 

「『vanitas vanitatum』。」

 

「…すべては虚しいもの。」

 

投げかけられた言葉にアズサはまるで何度も聞かされてきたかのように答え…

 

「どんな努力も…成功も…失敗も…すべては最終的に無意味なだけ。一度だって…忘れたことはない。」

 

コツコツ…

 

さらに流れるように言葉を続けて歩みを再開した。

 

………コツコツ…

 

しばし間を開けて、サオリと思しき足音が聞こえ始め遠ざかっていった。

 

「………行ったか。」

 

それからしばらく息を殺し気配が完全に消えたタイミングでネイトも息を吐きデリバラーのセイフティを掛ける。

 

「………。」

 

「…Ha.P、平気か?」

 

「…ハイ、大丈夫です。」

 

一方、ハナコは普段の彼女では見せない真剣な表情を浮かべていた。

 

こうしている内でも…ネイトをして生涯一の切れ者と称したその頭脳をフル回転していることだろう。

 

そして…

 

「………ネイトさん。」

 

「ん?」

 

意を決した表情をネイトに向けるのであった。

―――――――――――――

 

――――――――

 

―――

それから少しし…

 

「いよいよ明日…か…。」

 

合宿所の一室で先生は一人そう呟いていた。

 

明日、第3次特別学力試験…補習授業部にとって最後の追試が行われる。

 

もし、不合格ならば…ナギサは容赦なく退学処分を下すだろう。

 

(大丈夫…この一週間の模試でみんな確かに実力をつけてきた。)

 

それでもそんなプレッシャーに負けないように補習授業部の面々は頑張ってきた。

 

最後の模試ではアズサも合格ラインを突破しヒフミとコハルも合格まであと一歩というところまで来ている。

 

後は信じるのみ、彼にできるのはそれだけだ。

 

と、そこへ…

 

コンコンコン…

 

「こっこんばんは、先生…。」

 

「ヒフミ?どうぞ。」

 

彼の部屋をヒフミが訪ねてきたので招き入れる先生。

 

「失礼します…。まだ起きていらっしゃいましたか…。」

 

「アハハ…ヒフミも眠れない感じかい?」

 

「は、はい…。」

 

寝間着代わりのトリニティ指定のジャージの裾を握りながら不安そうに答えるヒフミ。

 

明日は文字通り彼女の進退が決する日だ。

 

不安で眠れなくても無理もない。

 

さらに…

 

コンコンコン…

 

ドアが再びノックされ…

 

ガチャ

 

「私も来ちゃいました♡」

 

「ハナコちゃん…。」

 

先生の返答を待たずにハナコも入室、

 

ガチャ

 

「皆、何してるのよ…?」

 

「コハルちゃんまで…。」

 

「明日は最終試験なのに何してるのよ?休むことも大事だっていったのはハナコやヒフミでしょ?」

 

後に続くようにコハルも入室し夜更かしをしている二人に小言を漏らす。

 

「まぁそうなのですが…。」

 

「それになんかアズサもどっか行っちゃったみたいだし…。まっ…まぁ?緊張する気持ちはすごく分かるけど…。」

 

相変わらず生真面目だが優しさも感じられるコハルの言葉に場の空気も和らぐ。

 

だが…

 

「…実は先ほど…シスターフッドの方々に少し会ってきたんです。少々調べたいことがあって…。」

 

「調べたいこと?何か気になる事でもあったのかい、ハナコ?」

 

ハナコの表情に真剣さが宿り空気が引き締まった。

 

「はい、先生。明日、私達が試験を受ける予定の第19分館についてなのですが…。」

 

彼女が語るのは…またしても妨害工作としか思えない試験会場の現状だ。

 

「まっまさかまた場所が変わって…!?」

 

「またT.A.G.と追いかけっこになっちゃうの…?」

 

先週の大騒動を思い出し顔が蒼くなるヒフミとコハル。

 

「いえ、そうではありません。」

 

そんな二人に場所の変更はないと明かすが…

 

「ただ…その第19分館と第18分館にはかなりの数の正義実現委員が派遣され建物全体を隔離するとのことです。」

 

「ッ!!?」

 

状況は以前よりも悪いと言っていいだろう。

 

「た、建物全体を…?!」

 

「『エデン条約に必要な書類の保護』と『重大事件の物品調査』という名目でティーパーティーからの要請があり…建物全体を正義実現委員会として守る厳戒態勢に入ったとか。」

 

如何にティーパーティーからの要請とはいえこのような正義実現委員会の運用はハナコたちも聞いたことはない。

 

さらに…

 

「それから…どうやらトリニティ校舎本館の方にも戒厳令が出ているようです。」

 

「だから昨日から妙に生徒の声が少なかったんだね…。」

 

「か、戒厳令…?!そんなの聞いたの初めてです…!」

 

「おそらく…誰一人試験会場であるあの建物への出入りは許されません。エデン条約が締結されるまで…ずっと。」

 

事実上の学園閉鎖処置まで取られているというではないか。

 

「ちょッちょっと待って!そしたら私達の試験はどうなるの!?」

 

コハルの指摘ももっともだ。

 

明日、第三次特別学力試験が実施されるのはその第19分館だ。

 

そこは戒厳令が敷かれ正義実現委員会が守護している。

 

「…つまり、こういうことです。試験を受けたいのであれば…。」

 

「正義実現委員会の警備を突破…いや、敵に回せ…ってことだね?」

 

それは…暗にトリニティの全てを敵に回せと言っているも同然だ。

 

「そっそんな…!わ、私がハスミ先輩に事情を説明して…!」

 

正義実現委員会でもあるコハルがそう提案するも…

 

「難しいと思います、コハルちゃん。ハスミさんには裏側の理由は知らされていないでしょうし…。」

 

ハナコはハスミですら真相を知らない可能性と…

 

「もし、ハスミさんが私たちを助けたら…それはティーパーティーに対する明確な離反と同義。ハスミさんも…下手をしたら正義実現委員会空追放されてしまうかもしれません…。」

 

「うっうぅ~…!」

 

彼女の立場すら人質に取られている状況の説明に言葉をなくす。

 

「全く…どうやらナギサさんは本気で私達を退学にさせようとしているようですね…。」

 

「どうして…そこまで…。」

 

以前よりもさらに強引すぎるやり口にヒフミも俯き言葉を喪う。

 

…その時、

 

ガチャ

 

ノックもなく扉が開き…

 

「………ごめん、皆…。」

 

「あ、アズサちゃん…?」

 

「…私のせいだ。」

 

そこに佇んでいたアズサが沈痛な面持ちで謝罪の言葉を発する。

 

「ど、どこに行ってたんですか…?!」

 

「皆、聞いて。話したいことがある。」

 

心配するヒフミを部屋の中に歩を進め余所に何かを告白しようとしているようなアズサ。

 

すると、

 

「ちょっと待ってください、アズサチャン。」

 

「ハナコ?いったいどうしたんだ?」

 

「…後お一人、ここにやって来る方がいらっしゃいますから。」

 

ハナコが彼女の話を少々制止する。

 

そして、まるで見計らったように…

 

「こんばんは。」

 

「キャッ!!?」

 

「ねッネイトさん!?」

 

まるで暗闇がそのまま形になったかのようにネイトが現れた。

 

「し、師匠…!?どうしてここに…!?」

 

「ちょいとHa.Pに付き合っててな。夜も遅いし送ってきてみれば…だ。」

 

驚く先生を余所にそそくさとネイトも入室する。

 

「…アズサちゃん、お話の邪魔をしてごめんなさい。」

 

「…ううん、教官にも…聞いてほしいから構わない。」

 

突然の登場だがアズサもネイトを受け入れて…

 

「…実は皆に…ずっと隠していたことがあったんだ…。」

 

少し体を震わせながら彼女の告白が始まった。

 

「隠していたこと…ですか?」

 

「どッどうしたの…?具合でも悪いの…?」

 

「…もう…ここまで来たら隠しておけない…。」

 

心配するヒフミとコハルの声に意を決し…

 

「…ティーパーティーのナギサが探している『トリニティの裏切り者』は…私だ。」

 

アズサは静かに言い放った。

 

「………はい?」

 

「…え?き、急に何の話…?」

 

その意味が分からず状況が呑み込めない二人と…

 

「………。」

 

「アズサ…。」

 

ハナコと先生は表情を暗くする。

 

「…私はもともと『アリウス分校』の出身。今は…書類上の身分を偽ってここに潜入している…。」

 

「あ、アリウス…?侵入…?」

 

「えっと…なにそれ?アリウス…?どういうこと…?」

 

「俺も少し説明をしてもらえるか?」

 

二人とネイトが置き去りになりそうな状況を察してか…

 

「アリウス分校、かつて…トリニティの連合のためにネイトさんが調査を行っていた『通功の古聖堂』行われた『第一回公会議』で異を唱えた分派の学園です。」

 

ハナコが補足してくれた。

 

「その反発のせいでトラブルとなり…その後はキヴォトスの表舞台から姿を消しどこかで身を潜めていると聞きましたが…。」

 

「そう…。私はここに来るまで…ずっとアリウスの自治区にいた。そして…アリウスとしての任務を受けて今はこうしてトリニティに潜入している…。」

 

彼女が語るアリウスの歴史にアズサも頷き自身の来歴を語る。

 

「フム…それでB.B.E。その任務とは一体何なんだ?」

 

「ちょ、師匠…!」

 

と、ネイトのドストレートな問いに先生は苦言を呈するも…

 

「いいんだ、先生…。」

 

アズサはそれを気にしていない旨を伝え、

 

「その任務というのは…ティーパーティーの桐藤ナギサ、彼女のヘイローを…『破壊』すること。」

 

「…ッ!?」

 

「嘘でしょ!?そっそれってつまり…!」

 

彼女の任務の最終目的を明かした。

 

ヘイローの破壊、それはつまり…

 

「ティーパーティーホストの暗殺、随分おっかない事を考える分派だな。」

 

『………ッ!』

 

キヴォトスでは最も忌避される『殺人』、ネイトのその言葉でこの場の全員が嫌でも思い知らされる。

 

「…アリウスはティーパーティーを消すためなら何でもしようという覚悟でいる。」

 

アズサはさらにつらそうな表情を浮かべるが話を続ける。

 

「アリウスはまずティーパーティーの聖園ミカを騙して私をこの学園に入れたんだ。」

 

「消そうとしているティーパーティーまで利用するとは…。」

 

「詳しくは知らないけれど…きっとトリニティと和解したいとか…そう言う嘘をついたんだろう。」

 

「なるほど、ミカさんを…。確かに彼女は政治には向いていないと言われていましたが…。」

 

「いいとこ終わった後にスケープゴートにでもしようとしてるんだろう。そうすれば…結果的にティーパーティーは全滅だ。」

 

その話を聞き、ハナコとネイトはアリウスの狙いを分析する。

 

抜け目のない…いや、その一言で済ませるには…

 

「アリウスがトリニティを憎んでいることは知っていましたが…なるほど…。」

 

「故郷を追われたものの怨嗟は計り知れない。何世代経とうがその炎は弱まるどころか一層燃え上がる。」

 

あまりにも容赦がなく恨みの念が強い。

 

「まっ待って…!話について行けないんだけど…!?」

 

この急展開にコハルは頭を抑えながら必死に考える。

 

「いや、アズサの話が嘘だとは思わないんだけど…別に今の私達とは関係ないじゃん…?」

 

確かにコハルの言葉も一理ある。

 

「アリウス…ってのはよく分からないけど…それが補習授業部とどう関係があるわけ…?アズサは何で急にそんな話をしてるの…?」

 

そう、あくまでアズサが帯びている任務と自分たちの追試験とは全く別問題だ。

 

ぶっちゃけたことを言えば…ナギサのヘイローが破壊されようとこちらの結果に影響が出るとは思えない。

 

明日の合否が今の自分たちには全てなのだ。

 

…問題は、

 

「…明日の朝、アリウス分校の生徒達がナギサと誰かの身柄を狙ってトリニティに潜入する。」

 

「え…?!」

 

「あ、明日…!?」

 

その任務の発動が最悪のタイミングだと言うことだ。

 

もし、このタイミングでナギサのヘイローが破壊された場合…それは最早退学云々の段階で済む話ではない。

 

そして…

 

「…私はナギサを守らなきゃいけない。」

 

「ほぉ…?」

 

アズサは自身に帯びた任務を放棄してでも計画を阻止しようというのだ。

 

「どうにかアリウスの計画を阻止しないと…。」

 

「…本館には戒厳令が出ている状態、最後の試験でのナギサさんの無茶もあってティーパーティーの盾である正義実現委員会も本館にいないタイミング…。」

 

「襲撃にはもってこいのタイミングだな。引きこもっていた割になかなかどうして戦術眼は確かなようだ。」

 

「はっハナコちゃんにネイトさん…。」

 

ハナコやネイトですらアリウスの襲撃計画の周到さに感心する中、

 

「よッよく分かんないけどアズサはティーパーティーをやっつけに来たんでしょ?なのに護るってどういうこと?話が合わないじゃん…!」

 

そんなアズサの任務とやろうとしていることの矛盾を指摘するコハル。

 

今の今まで素性を隠しトリニティに潜入してきたのだ。

 

この任務にかける思いや仲間の期待は並々ならぬもののはず。

 

それを全て投げ出してナギサを護ろうというアズサの言動は確かに不自然極まりない。

 

「それは…。」

 

その問いの返答にアズサが言葉を詰まらせていると…

 

「…アズサちゃん自身は…最初からそのつもりでトリニティに来た、そう言うことですね?」

 

「!」

 

「最初からナギサさんを護るために…ナギサさんを襲撃する任務に参加した…いわば、二重スパイ。」

 

静かにハナコが彼女の中の答えを言い当てて見せる。

 

「アリウス側には連絡係として常に問題ないと嘘の報告をしながら…本当は裏切るための準備をしていた。」

 

「………。」

 

さらにハナコはアズサの深い部分にある目的を言い放ち、ネイトも真剣な目線を向ける。

 

「それは…。」

 

「どうしてナギサさんを護ろうとするんdねすか?それは…一体誰の命令で?」

 

ハナコの追撃に…

 

「…これは誰かに命令されたわけじゃない。私自身の判断だ。」

 

観念したかのようにアズサも打ち明ける。

 

「桐藤ナギサがいなければ…エデン条約は取り消しになってしまう。だいぶ変わってしまったとはいえ…あの平和条約が無ければこの先のキヴォトスの混乱はさらに深まるだろう。」

 

エデン条約を締結させキヴォトスにこれ以上の混沌を生まないように。

 

そして…

 

「その時また…アリウスや以前のアビドスのような学園が生まれないとは思えない…。」

 

「つまり…平和のため…と言うことですか?」

 

「うん…私達のような生徒を…私達のせいで生み出したくない…。」

 

そんなアズサの答えを聞き…

 

「…とっても甘くて…夢のような話ですね。この条約の名前と同じくらい…虚しい響きです。」

 

「………!」

 

「はっハナコ…!」

 

「ハナコちゃん…!」

 

ハナコは唾棄するかのように言い放つ。

 

「アズサちゃんは嘘つきで裏切り者だった…。」

 

「………ッ。」

 

「トリニティでも本当の姿を隠し…アリウスでも本音を隠していた。アズサちゃんの周辺にはアズサちゃんに騙された人たちしかいなかった。」

 

「………ッ!」

 

「ずっと周りの全てをだましていた…そう言うことで合っていますか?」

 

まるでナイフのようなハナコの言葉だが…

 

「…違う…!」

 

「はい?」

 

「一人だけ…違う…!」

 

アズサは静かにそう言い…

 

「教官…ネイト教官には…私はいつも本当の姿を見せていた…!」

 

『…ッ!』

 

「………。」

 

顔を上げ今にも泣きだしそうな表情でネイトを見つめる。

 

「初めてだった…!訓練であんなに楽しかったこと…!」

 

出会った時、砂の中に沈んだアミューズメント施設でネイトと初めて手合わせしたとき、

 

「ずっと…ずっと人殺しの訓練を受けてきた私が…初めて『楽しい』って思えた…!」

 

彼女の中には未知の感覚が渦巻いていた。

 

「私が全力を出してもそれに本気で向き合ってくれる…!あんな事…今までなかったんだ…!それで…気付いた…!」

 

それも今ではわかる。

 

「『温かい』、私の心は満たされたんだ…!私に全力で応えて受け止めてくれるネイト教官に…私は初めて『安心』したんだ…!」

 

「アズサ…。」

 

「私のトラップの評価や…ちょっとしたお喋り…ううん、教官と一緒に過ごすだけでも…あそこにいた頃には信じられないほど夢みたいな時間だったんだ…!」

 

「アズサちゃん…。」

 

ネイトと出会ってから確実にアズサは変わった。

 

「ハナコ、確かに私は皆をだましてきて本当の姿を隠してきた…!」

 

「………。」

 

「でも…ッ信じてもらえないだろうけど…ッそれだけは本当なんだ…!」

 

その熱意をハナコに伝え目元を拭い…

 

「…桐藤ナギサが探している『トリニティの裏切り者』は私…。私のせいで補習授業部はこんな危機に陥っている。」

 

表情を引き締め直し…

 

「本当にごめん。私のことは恨んで欲しい。今この状況は全て…私がもたらしたことだから…。」

 

この罪を全て背負うような言葉を発しようとした。

 

だが、

 

「…それは違うよ、アズサ。」

 

「先生…?」

 

先生が言い切る前にそれを否定し、

 

「なぁに勝手に全部背負い込もうとしている、B.B.E.?そんなんだからお前はまだ幼鳥Babyなんだよ。」

 

「きょ、教官…?」

 

浅く笑いながらネイトもからかいを交えて制した。

 

「元々の原因はね、きっと…『信じられなかったこと』の方だよ。」

 

「信じられなかったこと…?」

 

「うん、ナギサがもっとヒフミを、ハナコを、アズサを、ハスミとコハルに…。」

 

先生は一瞬ネイトの方を見てから…

 

「皆のことを信じていたら…。ミカがもっと…ナギサのことを信じていたら…。」

 

そう言葉を繋ぎ少し自嘲気味な表情を浮かべ、

 

「もっとお互いがお互いを深く信じられていたら…こんなことにはならなかった。」

 

本当に単純なことさえできていたら…と静かに呟いた。

 

「………そうですね。そうかもしれません。」

 

ハナコも先生の言葉に同調し、

 

「今のナギサさんのように…誰も信じられなくなってしまった人を変えることは難しいです。誰かを信じると言うことは…もともと難しいですし。」

 

彼女もまた少し自嘲気味な…困ったような表情を浮かべ、

 

「ですが、アズサちゃんはこうして私達に本心を語ってくれました。黙り続けることもできたはずなのに…謝ってくれました。」

 

アズサが見せた誠意と勇気を称賛し、

 

「…ごめんなさい、先ほどは言い過ぎました。」

 

「ハナコ…。」

 

「私だって…ネイトさんに心を解きほぐしてもらったのにそのことを忘れてしまっていました…。」

 

先ほど投げかけたきつい言葉を謝罪した。

 

「私も…アズサちゃんにヒフミちゃんにコハルちゃんと一緒に戦車でアビドスに向った日。…あの日から変われた、そう思っているんです…。」

 

「ハナコも…なの?」

 

「えぇ、ネイトさんに出会えて…皆さんと関わるようになって…本当に学校が楽しくなったんです。」

 

それまでハナコから見た他人は自身の才能だけを見て賞賛し、持て囃し、取り入ろうとする者たちばかり。

 

彼女はそんな状況に嫌気がさし問題児という仮面を被り人を遠ざけていた。

 

しかし…一目見ただけでネイトはハナコの本質とその仮面を見破った。

 

見破ったうえで…素のハナコを受け入れ自然体で接してくれた。

 

自分のきわどいからかいも大人の余裕を持って受け止めてくれる。

 

そんな…本当の意味での『対等な』存在としていつもいてくれた。

 

それはヒフミもコハルも…アズサもそうだ。

 

自分を一人の生徒としておしゃべりをしたり出かけたり買い物したり…。

 

ハナコにとって…初めて意識せずに呼吸できる大切な時間だった。

 

「本来ならアズサちゃんのような『スパイ』は…ネイトさんや私のような注目される人物と長くいてはいけないはずです。」

 

だからこそ…分かる。

 

「誰にも気づかれないように消える、そんなしゅだにゃタイミングは今までいくらでもあったはず。」

 

アズサがどうしてこの告白をしたかを…。 

 

「でも…アズサちゃんはそうしませんでした。」

 

それは決してエデン条約締結のためやキヴォトスの平和を守るため…などという大それたことではない。

 

「その理由を私は知っています。」

 

むしろそれはもっと小さく身近で…

 

「皆で過ごす時間があまりにも楽しかったから。そうではありませんか?」

 

「ッ!!!」

 

もっと純粋な…年頃の少女が普通に持つような事なのだ。

 

「皆で一緒に勉強したりご飯を食べたり遊んだり…あっ、ここだとお洗濯にお掃除もしましたね。」

 

ハナコは四人で築いてきた思い出や…

 

「そして…ネイトさんや先生とも出会い色んな事を教えてもらって…。」

 

ここにいる二人の大人との出会いを語り…

 

「何をしても楽しい事ばかりだった、だから…この楽しい場所を壊したくなかった…。目標に向かってみんなで努力したりたまにそれを忘れて思い切り遊んだり…皆で知らなかったことを学んでいくことが楽しかったから…。」

 

まるですべてがお見通しのような微笑を浮かべ…

 

「違いますか、アズサちゃん?」

 

そうアズサに問いかけた。

 

そして…

 

「…うん、そうだと思…ううん、そうだ。」

 

アズサも微笑を浮かべしっかりと答えた。

 

「何かを学ぶと言うこと、皆で何かをすると言うこと…。そして…自分の身に着けたことを実践すること…。」

 

彼女もまた…この場にいる皆と出会ってからの日々を思い出し…

 

「その楽しい時間を…私は手放せなかった…。」

 

自身の正体を明かした本当の理由に至った。

 

「まだまだ知りたいことがたくさんあるんだ…!海とかお祭りとか遊園地とか…!行きたいところも知りたいこともまだまだたくさんあって…!」

 

それは本当にごくごく普通の少女の願いだ。

 

アズサはそれを…目を輝かせながら語り…

 

「あっそれから…教官にも勝ちたい…!」

 

「ほッほぉこれは大きく出たな。」

 

そんな目標を聞きネイトも愉快そうな表情を浮かべる。

 

そして…

 

「…そうだ。それでいいんだ、B.B.E.。」

 

目を細めながらネイトも語る。

 

「第一、俺はお前から裏切られたってなんか1㎜も思っちゃいない。」

 

「教官…?」

 

「俺はトリニティでもないしアリウスなんてことは今日初めて聞いた。」

 

なんともあっけらかんに言い放ち…

 

「俺が知っているのはな、ちょっと世間知らずで物騒でスカルマンが好きで…。」

 

出会ってから知ったアズサという少女を挙げて…

 

「…いつだって全力で頑張る俺の大切な『教え子』の一人さ。」

 

「…ッ!」

 

「だから…アズサ、少しは荷物をこっちに渡せ。キヴォトス人みたいに力は強くないし若くもないが…俺だってそれくらい背負ってやる。」

 

温かい眼差しを向け共に彼女の重荷を背負う覚悟を伝えた。

 

「ネイト教官…ッ!」

 

ダキッ!

 

「おっと…!」

 

「ありがとう…!ありがとう、ネイト教官…!」

 

それに感極まったか、ネイトの胸に飛び込み感謝を伝えるアズサ。

 

「…あぁ、やろう。」

 

「ですね。」

 

「はい。」

 

ネイト・先生・ハナコ、三人の表情に覚悟が宿る。

 

「桐藤ナギサさん、彼女を…アリウスの襲撃から守りましょう。」

 

彼女の未来のため、

 

「そして…私達は無事に試験を受け合格するのです。」

 

自分たちの未来のため、

 

「あとからどんな文句も言えないように…掛けておいた罠はそのままに…。それでも試験会場に辿り着きみんなで90点以上をとって堂々と合格するんです。」

 

こんなふざけた野望を打ち砕くために、

 

「それが…今の私達にとっての救いとなる、唯一の答えではありませんか?」

 

最初で最後の大勝負に打って出ようというのだ。

 

「…でも、そんなことは物理的に不可能なはず…。試験は9時から、アリウスの作戦開始時刻もまた同じ時間に予定されているはず。」

 

それは簡単ではない。

 

ナギサの護衛と試験合格、この二つを『同時』に達成はそもそもできない。

 

だが、

 

「おい、Ha.P。今ならおすすめの商品があるぞ?」

 

「まぁ、それは一体何ですかぁ♡」

 

「いざというときのための保険に使うつもりだったが…どうやら今が使い時のようだな。」

 

ネイトは懐から一封の封筒を取り出した。

 

「そっそれって何ですか、師匠…?!」

 

「それは見てのお楽しみだ、先生。だが…使ったらびっくり仰天間違いなしさ。」

 

「なんだか怖いんだけど、ネイトさん…!?」

 

「一体その封筒の中に何が…!?」

 

「ウフフッそれはとても楽しみですねぇ♪」

 

底知れないオーラを発するネイトに少々話はずれるが…

 

「…これまで様々な嘘や策略に妨害の中で弄ばれてきましたが…今度はこちらから仕掛ける番です。」

 

ハナコは再び表情を引き締め…

 

「何せ今ここには…正義実現委員会のメンバーナイト

と…。」

 

「まっ任せなさい!」

 

ゲリラ戦の達人ルークと、」

 

「うん、頑張る。」

 

「ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人ビショップと、」

 

「えぇッ!?」

 

「トリニティのほぼすべてに精通したクイーンに…。」

 

補習授業部の面々を見回し、

 

「その上、ちょっとしたマスターキーのような『シャーレ』の先生に…」

 

「アハハ…期待に副えるように頑張るよ。」

 

「トリニティを骨の髄まで震え上がらせた『猛将』という二人の大人二つのキングまでいるんですよ?」

 

「骨の髄?まだ足りないな?」

 

先生とネイトも見て…

 

「この組み合わせであればきっと…トリニティくらい半日で…。」

 

と、そこまで言いかけたが…

 

「いえ、四半日で転覆させられますよ♡」

 

「はっはいぃ!?」

 

「えッどういうこと!?なにをする気!?」

 

まさかの時間が縮まった答えに驚愕するヒフミとコハル。

 

「何をするも何も…試験を受けて皆さんが合格するだけです♡…作戦内容は一旦、私にお任せください。」

 

「分かった。…ハンニバルの名が伊達じゃないってところを見せてもらおう、ハナコ。」

 

「あんまり危険なことは無しでお願いね?」

 

「うふふ…お任せを♬」

 

ネイトと先生からの全幅の信頼を受け取り…

 

「さぁ今こそ力を合わせるときです!行きましょう!」

 

この狂った盤面をひっくり返す終盤戦エンドゲームが幕を開けたのだった。




チェスは小さな人生だ。チェスは闘いであり、戦いだ。
―――政治家『ガルリ・カスパロフ』
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