―――チェスプレイヤー『ボビー・フィッシャー』
闇夜の帳が下りたトリニティ。
その暗闇の中を…
タタタ…ッ!
「…チームⅣ、到着。」
夜陰に乗じ走り抜けるいくつ物影。
白い制服の上にタクティカルアーマーと顔にはガスマスクが装着している。
手にはまるで新品同然の高品質な多種多様な銃器。
そして、その動きは…どう見ても一介の不良のそれではない。
彼女達こそ…かつてトリニティの歴史の暗部に葬り去られた派閥の末裔…アリウス分校の生徒達だ。
「特段変わった様子はなし、警戒も予想通り。」
「各隊より報告。チームⅤ、チームⅥ、チームⅦ、そしてスティグマフォース。全部隊準備完了とのことです。」
おそらく彼女たちの指揮官であろう生徒が各隊からの報告を受け…
「よし、ターゲットの位置は確認済みだ。予定通り…作戦を開始する。総員、行動開始。」
その号令ですべてが動き出す。
今まさに…トリニティの依頼を左右する終盤戦の賽が投げられたのだ。
その頃…
ガチャ
「はぁ~…。」
ティーパーティーホスト、桐藤ナギサはトリニティの一角にあるセーフハウスのある秘密の部屋に入っていた。
なにしろこのトリニティを取りまとめているだけではなく一大派閥『フィリウス分派』のリーダーでもあるナギサ。
身の安全を確保するためにトリニティの各所にセーフハウスを複数所有しているのだ。
随分お疲れのようだが…
(まさかあんな大捕り物が…。)
それは無理もない事だ。
昨日のブラダビ分派本部への強制捜査。
派閥員たちが反撃してきたことはもちろんだが
「いよいよ明日…ですね…。」
窓の外の景色を眺めながらナギサは呟いた。
明日だ。
明日になれば…『裏切り者』に関する事柄に全ての決着がつく。
そのために手を尽くした。
「………。」
すべて納得した、納得づくですべてここまでやってきた。
なのに…
「…ッ。」
一瞬、ほんの一瞬だけナギサは沈痛な表情を浮かべた。
「ふぅ…これでようやく…。」
それもすぐに引っ込めデスクにつき、
カチッ
デスクライトを点け書類に目を通し始めた。
その時…
ギシッ…
「え…?」
部屋の中に自分が座っているイスからではない軋む音が聞こえた。
乾燥などではない。
まるで…自分よりも重いものが身じろぎしたかのような…そんな音だ。
「~…ッ!?」
ナギサの顔から血の気が引きそちらを見ると…
「ようやく…なんだ?」
「ッ!!?」
月明かりに照らされ…トレードマークのシルバー・シュラウドの衣装を身に纏ったネイトがそこにいた。
「こんばんは、臆病者のホストさん。」
いつになく鋭い眼差しでナギサを見据えると…
「~ッ!!?」
血相を欠きナギサは左腰に吊り下げたホルスターから愛銃のワルサーPPK『ロイヤルブレンド』を抜こうとする。
だが、
「おっと…。」
チャキッ
「う…ッ!」
そう言いながら立ち上がったネイトの右手にはすでに彼女の愛銃に似た形状の銃『デリバラー』が握られていた。
キヴォトス人とはいえナギサは事務方の生徒である。
そんな自分が生粋の兵士であるネイトにこの状態で彼より早く構えることなど…不可能だというのはすぐに理解できた。
「両手を机の上に。俺に見えるようにな。」
「わ…分かりました…!」
勝てるわけがない、彼の指示にナギサは素直に従い両手をデスクの上に置く。
すると…
「どッどうやって…!?」
彼女の口からそんな疑問がついて出た。
先述した通り、ナギサはトリニティ中にいくつもセーフハウスを保有している。
それらをランダムで渡り歩きいつどこにいるかを覚らせないようにしている。
知る人物は本当に数える程度だ。
だが…ネイトは今ここにいる。
しかも、状況的に自分がつくより早く忍び込んでいたことは明白だ。
普通ならあり得ないことだが…
「共通の知人だ。俺にとっては友人だがな。」
ネイトは端的に種明かしをする。
このような芸当ができる人物でネイトとナギサが知っている人物は…一人しかいない。
「え…?」
ナギサがその答えに唖然としていると…
コンコンコンッ
見計らった様に執務室のドアがノックされた。
「ちょうど来たみたいだな。」
ネイトはナギサから視線を逸らすことなくドアへ近づき、
ガチャ
ドアを開けるとそこにいたのは、
「おやおや…眠れないのですか、ナギサさん?」
「うっ浦和…ハナコ…さん…!?」
いつものような柔和な笑顔を浮かべたハナコと…
「声をあげても無駄だ。警護の生徒達はすでに制圧している。」
「白洲アズサ…さん…!?」
ガスマスクを装着したアズサだった。
そう、ナギサのセーフハウスをピタリと当てて見せたのは…
「それから先ほどの質問の答えですが…それはもちろん、すべてを把握しているからですよ。」
『トリニティの才媛』と称されたハナコなのだ。
「トリニティ領内に点在する合計87か所のセーフハウスにそのローテーションまで…フフッ♡」
「そっそんなバカなことが…!?」
「変則的な運用もおおよそ把握しています。例えば…今のように心から不安な時はこのセーフハウスの秘密の屋根裏部屋に隠れると言うことも♡」
セーフハウスの場所だけでなくその間取り、ナギサがどこで過ごすかを完璧に分析し当てて見せたのだ。
「警護の生徒はネイト教官の潜入に気付いてもいなかった。あとで人員の刷新をお勧めする。」
「まさか…!?」
この状況に…
「う…『裏切り者』は一人ではなく二人で…アビドスも共謀を…!?」
ナギサの中で最悪のシナリオが出来上がった。
彼女はこれまでの間、裏切者は補習授業部のうちの一人という想定で動いていた。
だが、ハナコとアズサというトリニティの中でもそれぞれの分野で抜きんでた能力を持つ生徒が手を組んでいた。
しかも、アビドスのネイトも絡んでいるとなると…最悪に最悪を掛けあわせたよりも悪い状況だ。
すると…
「裏切り者?それは…自己紹介か?」
「え…?」
ネイトはそう言い放ち…
「俺達がトリニティの裏切り者なら…アンタはキヴォトスの裏切り者だな。」
パサッ
ナギサのデスクにとある資料を投げる。
それを見た途端…
「~ッ!!?」
彼女の顔が強張った。
「ど、どうして…!?」
『なぜこれが』、と言いたげに愕然とするナギサに…
「自慢じゃないが…これでも顔は広いんでな。」
誇るでも嘲るでもなく淡々とネイトは答えて見せた。
「私も事情を聞いたときはまさかとは思いましたが…まさかここまでの証拠を揃えられるとは思いませんでしたよぉ。」
「私達だけでは…決してそこまでたどり着けなかっただろう。」
ハナコとアズサも彼女の反応に納得するほどの代物。
それは…
「温泉開発部に『ゲヘナ自治区第15エリア77番街』に温泉があると虚偽の情報提供が行われたのと同時刻に撮影されたその公衆電話の写真。」
少々画質が荒いが電話ボックス内でどこかに通話を行っているローブを纏った人影の写真と…
「そこからさらにリレー捜査で突き止めた犯人の所在と少し前にその建物に入っていく…桐藤ナギサ、アンタの姿が捉えられた写真だ。」
その人物が桐藤ナギサであることを捉えた決定的な写真だった。
「非通知設定と公衆電話周辺に監視カメラが無い事に安心したな?少々ダーティな手は使ったが…その程度じゃとある『美少女』の目から逃れられないぞ。」
そう、ネイトはすでにカスミのスマホからその電話の情報は入手している。
つまり、情報は既に存在している。
後はそれを解析できる人物がいればあとは話が早い。
おあつらえ向きにネイトにはその手の人材に心当たりがあった。
ネイトが『美少女』と言い放つ人物は…一人しかいない。
ミレニアムの『超天才清楚系病弱美少女ハッカー』、明星ヒマリだ。
すぐさまネイトは彼女にコンタクトを取り少々の『お願い』と引き換えに調査を依頼。
すぐさま彼女は通話会社にハッキングを仕掛け非通知の番号が公衆電話であることを把握。
後はその時間に公衆電話近辺を通った車で通話者の人相を特定し近辺の監視カメラを伝い追跡し…この人物がナギサという決定的な証拠をつかんだのだった。
「こっ…これは何かの間違い…!」
何とか言葉を発し否定しようとするナギサだが…
「分かっていると思うが…言い逃れはできないぞ。」
彼女の反論を許すネイトではない。
「すでにこの日にこの建物…お前のセーフハウスに桐藤ナギサ以外の人物が出入りしていないことは調査済みだ。」
「なっ…?!」
確かにナギサのセーフハウスにはここのように世話人などがいる。
それでもこの日に自分が何をやったか察されるわけにはいかなかったのか、このセーフハウスではナギサ以外の人の出入りはない。
そして…
「それにだ…俺や先生はヘイローの識別がつく。電話ボックスでの姿をおさめられている時点で…終わってるんだよ。」
「ッ!?」
ネイトにしかできない判別方法によってキヴォトス人の見間違いは起こり得ない。
「いやはや…トリニティのトップがゲヘナきってのテロリストと内通していただけでなく…。」
パサッ
そう言いながら次に彼女の目の前に投げた資料には…
「シャーレの先生もいる建物にまでこんなにダイナマイトを仕掛けさせるとは…な。」
会場の建物にしこたま仕掛けられた温泉開発部のダイナマイトの写真まである。
「キヴォトス人には少々の怪我で済むだろうが…これだけの爆薬に先生が耐えきれるとは思えない。」
「な…なにが言いたいのですか…!?」
やはりキヴォトス人故の感覚のずれ、と言ったところか…
「でははっきり言おう。桐藤ナギサ、お前は…殺人未遂の容疑者だってことだよ。」
「………え…ッ!?」
ナギサはネイトのその言葉に目を見開いて固まる。
「当然だろう?試験内容と場所の変更に温泉開発部との接触…これだけやって『無関係』は通るはずがないだろう。」
「もっとも…温泉開発部の方々は真相を知らないという情状酌量の余地はあったでしょうが…。」
「桐藤ナギサ、お前は温泉開発部が何をするかを知らないはずがない。幸い、教官の働きで大事は避けられたがな。」
そんな彼女に畳みかけるように事実を突き付けていく三人。
「いやはや…これが世間様に明るみに出ればどうなるか…。」
ティーパーティーのホストが連邦生徒会直属のシャーレの先生の『殺人未遂』の首謀者であるという事実。
何せこれまで共同歩調を何とかとってきた連邦生徒会の重要人物の先生をゲヘナのテロリストを使い手に掛けかけたのだ。
そんな事実が明るみに出れば…トリニティは本当の意味で終わる。
「ッ!?…うぐッ!」
そうなった未来を想像し極度のストレスも積み重なったのか…
「ゲボエェェェェェ…ッ!」
ナギサは腹部を抑え傍らのゴミ箱にしゃがみこんでえづき始めた。
しばしナギサが口を利けるまでは三人も様子を見守る。
数分後、
「はぁ…はぁ…!」
胃の中の物を出し終えてもしばらく止まらなかったえづきが何とか収まったようだ。
「さて…ナギサさん、お答えいただきたいことがいくつかあります。」
それを見計らい今度はハナコが声をかける。
「なっなんですか…?!」
「………わざわざここまでやる必要…ありましたか?」
涙目のナギサにハナコはそう短く尋ねる。
「必要…?!」
「補習授業部の事です。今の貴方を見てもその心労はよく分かります。ですが…こうして『シャーレ』まで動員し切り捨てかねないような真似までする必要はなかったのではありませんか?」
超法規的権限を持つ捜査官まで動員し敵対校のテロリストまで動員して目的を達しようとするナギサの姿勢。
以前までの彼女を知るハナコからすれば…あまりにも短絡的で捨て身すぎるやり方だ。
「それは…!」
「最初から不審だった私やアズサちゃんは仕方ありませんが…」
ハナコ自身も以前から問題を起こしていた自覚はあるしアズサも問題児として調べられるのは納得できる。
それでも…
「ヒフミちゃんとコハルちゃん、そして紛いなりにも貴方のお願いを聞いてくださっている先生に対しては…あんまりだと思いませんか?」
彼女と親しい間柄のヒフミに成績こそ悪いがそれくらいしか問題のないコハル。
さらには生徒第一の先生。
この三人を巻き込むのはあまりにも度が過ぎている。
「………。」
「特にヒフミちゃんは…ナギサさんと仲がよかったじゃないですか。彼女がどれだけ傷付いてしまうのか…考えなかったのですか?」
続けてのハナコの問いかけに…
「…そう…ですね。ヒフミさんには悪い事をしたかもしれません…。」
ナギサもその言い分を認める。
認めるが…
「ですが…後悔していません…!」
それでも彼女は毅然とした目つきとなり…
「例え彼女との関係が壊れようとも…全ては大義のため…!」
このトリニティを統べるティーパーティのホストとしての威厳を込めて言い放った。
が、
「ハンッ大義…か。」
ネイトはソレを一笑に付す。
「な、何が…!」
「分かるよ?大を護るために小を切り捨てる、人を率いる者にとっては辛くとも確実に下さなければならない決断だ。」
ナギサの鋭い目線を受けても彼はその態度を崩さず規模は違うが同じ立場の物として先ほどの言葉に同意の意思を見せるが…
「だからこそ…その小の想いを背負い、切り捨てるべき小を見誤らない確かな目が俺達には必要だ。」
「み、見誤らない…目…?」
「俺からすればな、桐藤ナギサ。アンタは…切除する箇所もろくに診断ができない様な『やぶ医者』だよ。」
そんな彼女の覚悟をバッサリと切って捨てる言葉をかける。
「や…やぶ…医者…?!」
「健全な臓器を切除しようとしてるんだ、やぶ医者とどう違う?そのくせ肝心な死に至る大きな病変は全く気付いていないときちゃ…もう救いようがないな。」
そう言い終え、ネイトはナギサに歩み寄る。
「ひっひぃ!!?」
恐れをなしたナギサが逃げようとするが腰が抜けて立ち上がることができず藻掻きながら壁際まで後ずさる。
「病変ッ!?うっ裏切り者は彼女達ではないのですか!!?」
「生憎時間が無い。お喋りはもう終わりだ。」
涙を溢れさせながら叫ぶナギサに容赦なくデリバラーを突き付けるネイト。
「ナギサさん、最後にもう一つ。現在の私達の指揮官からナギサさんへのメッセージをお伝えしますね♪」
さらにハナコは心底楽しそうな声音で…
「『アハハ…えっと…それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』…とのことです♡」
「え…!?」
ここにいない…ナギサにとって大切な存在の人の声の真似をしそう言い放った。
呆気にとられるナギサに対し、
「さて、気はすんだな。」
ガチリッ
それが最後通牒のように撃鉄を起こすネイト。
「~ッ!!?いっいやっやめてっやめてください!!!今までの貴方やアビドスへの無礼は全て償いますッ!みっ皆さんにも謝罪しますしとっトリニティの財も権力も全て貴方に差し上げます!!!」
最早、外聞も何もなく助かろうと懇願するナギサ。
しかし、ネイトの歩みは止まらず…
チャキッ
デリバラーの銃口が彼女の眉間を捉えた。
「だから…だからどうか…私と…あの子だけは助けて…!」
「ふん、ようやく本心をさらけ出せたようだが…。」
そう涙を溢れさせながら哀願するナギサにそう声をかけ…
ビシュビシュッ!
「そんなこと言っても無駄だ。」
容赦なくデリバラーの10㎜弾が叩き込まれた。
ドサッ!
流石にヘッドショットは効いたか、ナギサの意識は刈り取られた。
と、普通ならここで終わりだが…
ビシュビシュビシュ…ッ!
倒れ伏したナギサに向けなおもネイトはデリバラーの弾丸を叩きこみ続ける。
「…よし、こんなものだろう。」
それはスライドがストップする、つまりマガジン一本分丸々叩き込んだところで止まった。
「うむ、これだけ打ち込んでおけば30分以上は目覚めないだろう。」
「精神的ショックも含めれば1時間は固いでしょうねぇ♪」
それを見てがずマスクを外したアズサとハナコお満足気な様子だ。
キヴォトス人の神秘というのは気絶しててもある程度は有効だ。
どれほどかと言えば…気絶させたからライフル弾を最低でも3桁は叩き込まなければ息の根を止められないと言われるほどだ。
10㎜弾16発程度ではキヴォトス人の命には届かない。
カションッジャッコンッ!
「さて…と。Ha.P、彼女を頼む。」
「はい、お任せください♡」
「B.B.E.は予定通り敵の誘導してくれ。」
「了解した、教官。」
デリバラーに新たなマガジンを装填し直しネイトは指示を飛ばす。
「でも…これでまたどこかにいるっていう『本当のトリニティの裏切り者』に嘘の情報が流れるはずなの、教官…?」
そんな風に自信なさげにネイトに尋ねるアズサ。
「あぁ、ソイツにとっても彼女は欠かせない『ピース』だ。確実に襲撃を急ぐだろう。」
気絶したナギサをカーペットで簀巻きにしながら『黒幕』の正体を確信めいて答えるネイトに…
「私も推測で不明な点もいくつもあるんですが…。」
その補助をしながらハナコも少し思案しながらではある…
「私も『本当の裏切り者』については個人的にはほぼ確信があります。」
ネイト同様、ハナコもこの件の裏にいる黒幕に見当がついているようだ。
(よくもまぁ…俺も結構危ない橋を渡ってようやく証拠をつかんだというのに…)
相変わらずの分析能力の高さに舌を巻くしかないネイト。
経験による解析もあるがネイトのそれは俗にいう『足で稼いだ』ものだ。
それをハナコは見聞きした情報を分析し統合してたった一人で辿り着いた。
しかも、外に出ることもできない補習授業部の身であるのに…だ。
「あら、ネイトさん?私の顔に何か♪」
と、そんなネイトの視線に気づいたハナコが微笑みながら声をかけてきた。
「いや、俺も長く生きてきて本もいろいろ読んできたが…これほど優秀な『安楽椅子探偵』は見たことない、と思ってな。」
「まぁお上手です事♡では、さながらネイトさんは名探偵とともに難事件を解決するベテランの刑事さん…と言ったところでしょうかぁ?」
「ハハッ、確かに俺は出向いて調べ上げたりドンパチする方が得意だから配役はぴったりだ。ッとよし、これでいいだろう。」
そうこうしているうちにナギサの梱包も終了。
すると、
「…ところでハナコ。」
「どうかしましたかぁ?」
「…さっきの最後のあのセリフ…必要だった?」
アズサが少し心配そうな表情でハナコにそう尋ねる。
ナギサを昏倒させるのは最初からの目的だったが…ハナコのヒフミを騙ってナギサに告げたあの言葉が引っ掛かったのだろう。
「あぁあれは…。」
それを聞かれて珍しく困った表情を浮かべたハナコは…
「…ヒフミちゃんの頑張りの分の勝手な仕返しと言いますか…ちょっとくらいショックを受けてもらおうかと思って意地悪で…。」
彼女にしてはかなり感情的だったあの発言の真意を打ち明けた。
「まぁ全てが終わればすぐに誤解は解けるでしょう。」
「………教官…。」
どう考えてもそうあっさり解決しないことはアズサでも理解できたのでネイトにも意見を求めるが…
「俺からは何も言わない。それだけのことをされる理由がコイツにあるからな。」
生憎ネイトもネイトでナギサには迷惑を掛けられっぱなしだった身だ。
作戦の範囲内の事なら咎める気はさらさらない。
「ところでアズサちゃん。アリウスの兵力はどのくらいか分かりますか?正確に言うと…アズサちゃんとネイトさん達でどれくらい持つかを把握したいのですが…。」
話は変わり今後の動きについての打ち合わせに入る三人。
既にアリウスの兵力はトリニティ中に展開済みのはず。
話に聞く限り人数も一人一人の練度も決して油断できるものではないが…
「詳細は分からない。けど、備えはもうずいぶん前からしてきているし教官たちがいるならどれほどの相手だったとしてもかなり時間は稼げるはず。」
それであってもアズサは自信をもってそう答える。
「このために…毎晩ずっと学園周辺にトラップやら塹壕やらを作っておいたからそこに誘導しつつゲリラ戦で時間を稼ぐ。」
少数で多数を相手にする先述の代表でもあるゲリラ戦。
単身で正義実現委員会相手に数時間粘ったアズサはもちろん、
「いいねぇ…。その言葉は現役時代を思い出すよ。」
「ネイト教官はゲリラ戦の経験は?」
「それはもう…やったりやり返したりのたたき上げだ。」
ネイトも米中戦争から『連邦』『アパラチア』『キャピタル・ウェイストランド』で経験してきた本格派だ。
しかも準備がしてあるというのであればさらに頑強に抵抗できる。
「それで…教官、あの子は?」
「すでに風の声が聞こえる場所に向っている。作戦行動範囲内ならどこででもアズサを援護できる。」
「準備は万端なようですね♪」
「じゃあいったんここで別れよう。後でまた…合流地点で。」
「俺はここで来客の対応をする。全員、必ず一緒に乗り越えるぞ。」
「はい、また後程!」
こうして三人は簡単な打ち合わせを済ませ行動に移った。
―――――――――――――
――――――――
―――
それから数分後、
ドガァンッ!!!
「こちらチームⅣ、セーフハウスを発見!」
「クソッターゲットはどこだ!?」
ナギサのセーフハウスに押し入ったアリウスの部隊。
しかしそこはすでにもぬけの殻。
「…先客があったか。『あの情報』が本当だったとはな…。」
それもまるで予想通りと言わんばかりに指揮官の隊員は静かに分析する。
「見てください…!ゴミ箱の中に…!」
「なにがあった?」
隊員からの報告を受けてゴミ箱を覗くと…
「…血が混じっているな。随分、追い込まれているらしい。」
そこにあったナギサの痕跡で彼女の状態を分析、
「まだ新しい…!周辺を探せ…!出来るだけ静かにな…!」
まだ近くにいることも分析し即座に捜索に移ろうとした。
その時、
チリンチリィン…
『ッ!!?』
彼女たちの耳に澄んだ金属音が届いた。
「警戒しろ…!」
即座に銃を構え廊下に出て確認するアリウスの生徒達。
チリンチリィン…
音は暗闇の廊下の奥から聞こえてきている。
「誰だッ!!?両手を見せて出て来い!!!」
指揮官が声をあげて誰何すると…
チリンチリィン…
「私が見ていると…北の方から激しい風が大いなる雲を巻き起こし火を発し…。」
窓から差し込む月明かりがローブを目深にかぶった者を照らし出した。
その手には細微な装飾が施された小さなハンドベルが握られてあり老婆のようなしわがれた声で何かを唱えている。
「………。」
指揮官は目くばせしアリウスの隊員たちが武器を構えながらゆっくりと近づく。
「おい、お前…桐藤ナギサはどこへ行った…!?」
正体はつかめないがこのセーフハウスにいるのだ。
指揮官がターゲットであるナギサの所在を問いただす。
が、
チリンチリィン…
「周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか…。」
その者は一切答えることなく先ほどの言葉の続きを囁いている。
「…痛い目にあいたくないなら早く話せ…!我々は気は長くはない…!」
チリンチリィン…
「その中…つまりその火の中には琥珀金の輝きのようなものがあった…。」
指揮官は苛立ち語気を強めて要求するが無視するように囁き続ける。
ジャキッ!
「最後のチャンスだ…!どこに隠したか言え…!」
とうとう指揮官が銃口を眼前に突き付けると…
チリンチリィン…
「かつて与えられた務めと誓いにより…ここに宣誓する…。」
その者は歩みを止め…
「我等『Arctic Angels』…。」
しわがれた声が突如低い男性の物に代わり…
「極光より舞い降り異賊を滅する守護者なり…。」
頭を上げローブに隠された顔を露にする。
月明かりで浮かび上がったそれを見た途端、
『~ッ!!?』
アリウスの隊員たちの喉が引き絞られた。
そこにいたのは老婆なのではない。
自分達にとって忘れ得ない仇敵にして…あの方の希望…
「ねっネイッ!!?」
指揮官が言葉を発し終えるよりも早く…
「シィッ!!!」
ドグォッ!!!
「ぐえッ!!?」
ネイトは手に持っていたハンドベルを素早く持ち替えその喉に柄を突き立てた。
「1人目…。」
「きっ貴さ…ッ!」
周囲のアリウスの隊員が身構えるよりも…
シュバォッ!!!
ネイトは腕を素早く振るい、
ジャキキンッ!!!
ローブの袖に仕込んでいた『ディサイプルズ・カトラス』と『クレンヴの歯』を飛び出させ両手に構え…
ドキャッ!!!
「ギギャっ?!」
「2人目…。」
その隊員の頭上からクレンヴの歯を振り下ろし意識を刈り取る。
元より威力倍加や出血に毒の効果もある『犠牲の刃』という特殊モジュール。
そこにさらに母体のマチェットに付与されてあるレジェンダリー効果『扇動』も合わさりその威力は計り知れない。
その隊員が倒れるよりも早く、
「シィッ!」
ザシュ!!!
「かひゅ…っ?!」
「3人目…。」
今度はディサイプルズ・カトラスを逆サイドにいたアリウスの隊員の喉を切り裂くように振るう。
ドサドサドサッ!!!
突然のネイトの登場とまたたく間に倒された3人の同胞。
「うっ撃て…!」
それでも残された隊員の誰かが発砲命令を下すが…
「遅い。」
ダオッ!!!
倒れた三人を踏み越えネイトは走り出す。
「4人目。」
「ひっ!?」
またたく間に間合いを殺されたアリウス生は銃を構えることすらできず、
ズバシヤァッ!!!
「あギィや?!」
クレンヴの歯を逆袈裟懸けにボディアーマーごと斬り裂き、
グルッ!
その反動でネイトは背後に向き直りつつ、
バサッ!
身にまとっていたローブを放り投げ奥にいる者たちへの目隠しにする。
ローブが宙に舞っているうちに、
ダォッ!!!
「こ、この…?!」
背後にいたアリウス生に疾駆、銃を構え終えるよりも早く…
ドガァッ!!!
「カッ…?!」
壁に叩きつける勢いで彼女の胸部に前蹴りを叩き込む。
メキメキメキィッ!
ネイトの体重が全てかかり壁と挟み込まれたからか、彼女の胸から生木を折るような音が伝わるが、
ドスッ!!!
「5人目。」
ネイトは容赦せずディサイプルズ・カトラスを彼女の顎下から突き立てて完全に意識を刈り取る。
再び、ネイトは疾走。
「こっこいつ…っ!」
残るアリウス生は5人、相手は銃を持っていて油断ならない相手だがネイトは一切怯まず、
ズサァッ!
彼女たちの只中に飛び込んだ。
「馬鹿め、囲まれに来やがった!」
好機とみて得物であるM1014を構えるアリウス生だが…
カキィンッ!!!
「ッ?!」
ネイトが振るったクレンヴの歯によって容易に銃口が逸らされ…
ズダォン!!!
ズドォッ!!!
「がはッ…!?」
反対サイドに陣取っていたアリウス生にOOバック弾が撃ち込まれてしまった。
「なっ…!?」
同胞を撃たされたことに動揺するアリウス生だが、
「シィッ!」
ザキィッ!!!
「ギュイッ?!」
素早く翻し右側のアリウス生の側頭部に逆手持ちにしたディサイプルズ・カトラスを突き立てる。
(ちっ違う!!!)
(撃てないッ!?)
これを見た残りのアリウス生達は理解する。
「6、7…。」
ネイトは自分達に囲まれたわけではない。
自分達がネイトに囲まされたのだ。
ここは狭い廊下、長物を装備する自分達には銃の運用が制限される。
しかも人数が多いと言うことは『仲間』という遮蔽物も多くなると言うことだ。
それによりネイトはアリウス生達の連携を阻害。
複数対1を1×複数対1に持ち込んだのだ。
ドォッ!!!
「ひっヒィッ!」
残るアリウス生は3人。
まるでネコ科の猛獣のような敏捷さで迫るネイトに慄きながらAR-15系統の銃口を向けるが、
ガキンッ!!!
ズパパパパパァンッ!!!
ディサイプルズ・カトラスで銃を跳ね上げ銃弾が天井を砕き、
バギャンッ!!!
「か…!?」
勢いそのままにクレンヴの歯を袈裟懸けで振り下ろし撃破。
「8人目…。」
「うっうわああああ!!!」
冷酷にカウントを進めるネイトに恐れ戦きながら銃口を向ける。
ズドッ!!!
ドガァッ!!!
「きゃあ!?」
それに対し、ネイトは目の前のアリウス生を放り投げて叩きつけ動きを阻害。
ダォッ!!!
1人を封じた後、ネイトは最後の一人に向け飛び掛かる。
「クックッソオオオ!!!」
アリウス生も必死の声を上げ銃を構えるが、
カァンッ!!!
その銃を撥ね退け…
ヒュパッ!!!
素早く彼女の背後に回り込み、
ズパッ!!!
「か…カフ…!?」
ディサイプルズ・カトラスで喉を真一文字に引き裂き…
ジィッ
PiPiPiPiPi!
V.A.T.S.を起動し最後のアリウス生に照準。
シュンッ!
「え…?!」
一瞬のうちに最後の一人の前に姿を現し…
ズバズバズバズバァッ!!!
ディサイプルズ・カトラスとクレンヴの歯で縦横無尽に振るい斬り裂いた。
ドサッ
最後のアリウス生も倒れ伏し…
ブンッ!
ビシャッ
「クリーニングは桐藤ナギサに任せるか。」
両手の得物を振るい血糊を振り落としホルダーに収めるネイト。
そして…
「………。」
地面に倒れたアリウス生を静かに観察し始める。
装備に練度、そしてこの姿…
「…なるほど…な。」
確信めいた表情を浮かべ…
「奴め…『最悪の駆除対象』になり下がったな…。」
冷酷な目つきとなり唾棄するように言い放ち、
「…さて、この三文芝居の舞台に遅れないように俺も移動するか。」
アリウス生達の拘束と武装解除を行い打ち合わせの場所へと移動を開始するのであった。
チェスは意思の試験。
―――チェスプレイヤー『パウリ・ケレス』