―――法律家『マハトマ・ガンジー』
ホシノを筆頭にシロコとネイトが招かれて開かれたナギサ主催のお茶会。
お茶やお菓子に舌鼓を打っていたのも束の間…
「そして…私の独善によってアビドスの日常を脅かそうとしてしまったことについて…包み隠さずお話しさせてください。」
真剣な面持ちでナギサがこのお茶会の真の目的を語り始める。
すると、
「…ねぇ、ナギサちゃん?」
「なっ…なんでしょう…?」
ホシノが真剣な表情に切り替え…
「この先…何か一つでも嘘があったら…分かってるよね?」
『これが最後のチャンスだ』と念を押すように目線を向ける。
そう、この茶会ですらアビドス側の慈悲でようやく開催できたもの。
もし、ここで不都合だからと言って嘘があろうものなら…
「…ハイ、委細承知しております…。」
ナギサも覚悟を決める。
「ナギサ、大丈夫…?」
「平気です、先生…。これが…私の禊になるならば構いません…。」
心配そうな先生に少し愁いを帯びた微笑を向け…
「アビドス独立戦争の後より…私どもトリニティは幾度となくアビドスへ工作員を派遣しようとしました…。」
ナギサはまず、トリニティとアビドスの関係性を現すのに最もふさわしいスパイの派遣について話し始める。
「うん、今まで何人も水際で防いでるから知ってるよ。」
ホシノも表情を変えずに…アビドス生徒会長としての態度でその話を聞く。
「ん…ネイトさん、一体どれくらいのスパイが来ようとしてたっけ?」
「把握している限りでは…トリニティ方面からは37人を自治領境界線で撃退しているな。」
シロコから振られた話でネイトがその人数を上げると…
「…総数は…52名…それが私共が派遣した工作員の総数でその全てが水際で撃退されています…。」
ナギサも少し間を開け、ネイト達が把握している人数よりも多くの人数を答えた。
「ご…52人…?!」
これには先生も驚きを隠せない。
それほどのスパイを送り込んだトリニティにもだが…その全てを返り討ちにしたアビドスの防諜体制にもだ。
「ま…スパイを送り込もうとしてたのは他にもいたから人数のズレは仕方ないけど…。」
ホシノは腕を組み少し考えをめぐらす。
何せ今まで様々な方位からスパイがやってきていたアビドス。
中には砂漠からやってきて遭難仕掛けていた生徒もいたくらいだ。
それらはドローンやアイボットなどの『超冷戦』仕込みのネイトが構築した監視網ですべて防いできた自負がある。
「…うん、スパイの人数とアビドスには一人もいないってことは…信じるよ。」
「ん…ほかにはなにかある、ナギサ先輩?」
ホシノはナギサの話に納得する姿勢を見せシロコが彼女に先を促す。
「…その…ゲヘナにネイトさん方が万魔殿との会談に赴いた際に…。」
そして、ナギサが先の言葉を発しようとした瞬間…
「温泉開発部を差し向けたんだろ?」
「…ッ!…ハイ…万魔殿に派遣していた諜報員からの情報で…情報部が温泉開発部へ情報を流しました…。」
ネイトが言い放った言葉に目を見開き、それを認めたのだった。
「まぁ、ゲヘナと近づくのはトリニティにとっては何事だって思うよね。」
「ん…その結果、ノノミや便利屋の皆が襲撃を受けて温泉開発部を全滅させたんだね。」
「私の知らないところでそんなことが…?!」
先生も対面こそしたことはないモノの温泉開発部の活動内容とテロリストと呼ばれる所以は把握している。
それをわずか6人で全滅させたという事実も衝撃だった。
「で…仮に俺から情報を奪取できたとしてだ。温泉開発部がすんなり引き渡すとでも思っていたのか?」
「…いえ、当時は情報よりもアビドスとゲヘナが接近するのを阻止したかったんです…。」
「はぁ…結局、ものの数じゃなかったから平気だったが…。」
火炎放射器を浴びせかけたりもしたが正直言ってその程度ネイトからすれば大したことはない。
だが、結果的にトリニティはその対外交策を失敗し…
「だから…ゲヘナとの演習の日にUAVを飛ばしたのか?」
「…ハイ、記録に残っているかと思いますが…UAVを用いた航空偵察も行っておりました…。」
ナギサも恐縮した様子でさらに行っていた偵察行為を明かす。
「あぁ、把握している。それがアビドスがジェット機の航空部隊を編成する経緯の一つだ。で…それは本当はいつから始めたんだ?」
ある意味、一つのアビドスの転換点ともなったUAVによる偵察。
その開始時期を尋ねるネイトだが…言外に『知ってるぞ』という彼の内心がありありと伝わってくる。
「それは…。」
「ナギサ、言いにくい部分があったら…。」
発言しようとするナギサに先生が助言するも…
「口出しは無用だ、先生。」
「ッ!」
「彼女の考えを彼女の口で話さなければ…何の意味もない。」
ネイトがそれを止めさせる。
もし、先生の助言を受け彼女が発言を変えればそれはもう彼女の禊にはならない。
「…大丈夫です、先生。」
「ナギサ…。」
「これは…私のなすべき事ですから…。」
ナギサもその意味と覚悟を理解しており、
「…ネイトさんのご質問でしたね。正確な日時はすぐには思い出せませんが…アビドスとゲヘナが実弾演習を行った日、それが我が校が初めてUAVを派遣した日と記憶しております。」
初めてUAVを用いた偵察が行われた日を明かす。
「…フム、それ以前には本当にないのか?」
「信じてはもらえないでしょうが…エデン条約を控えていた我が校としてはあの時点以前では人的偵察の諜報活動は…。」
「ゲヘナを刺激し過ぎる…と?」
「…ハイ、ホシノさん。事実…あの時点でもゲヘナには諜報員が潜伏していましたので…。」
「ん…どう思う、ネイトさん?」
「確かにUAVの偵察が確認されたのはその日が最初だ。有人機らしき所属不明機の侵入はあったが…こちらでも真偽は確かめようがない。」
ナギサの話はアビドスに残っているデータとも幾分か辻褄は合っている。
なんせ自治領境界線上には『ASAM』が空を睨んでいる。
生半可な偵察機でアビドスに踏み込もうものなら待っているのは対空ミサイルの雨だ。
さらに現在は陸上設置型のマサチューセッツのレーダーや中距離対空ミサイルも配備中なので空の監視網はさらに厳重になっている。
だが、ネイトには一つ確かめたいことがあった。
「そのUAVによる偵察は…トリニティ単独で行ったのか?」
この件に他に協力者がいないかどうかだ。
トリニティの財力ならばUAVの1機や2機どころか飛行隊を作っても余りあるだろうが…
「…なぜ、そう思われるのですか…?」
「用いられた機種は旧式の『RQ-1』、トリニティが使うにしては…いやに『お手頃』な機体を使ったと思ってな。」
用いられた機体が簡単に言うと『安すぎる』のである。
当時もイオリが言っていたようにこの機種のUAVは学校はおろか資金力のある不良も保有しているとのこと。
わざわざそんな機体をトリニティが使うか?
そこまでアビドスを脅威に思ってるならばなおのこと新しい機種を使った方が偵察も成功するはずである。
「…言い方を変えれば、だ。トリニティが抱いている脅威の度合いとこのUAVには無視できない『乖離』がある様にしか思えない。」
あそこまで声高にアビドスの脅威を唱えていたナギサにしては安易な選択としか思えなかった。
「そのあたり…どうなんだ?」
静かに問いかけるネイトに…
「………。」
ナギサは少し間を開け…
「確かに…この件は我々単独での行為ではありませんでした…。」
一言一言選ぶように言葉を発し協力者がいることを認めつつ…
「ですが…その…。」
「………。」
「先方との『取り決め』があるので…私の一存では…明かすことができません…。申し訳ありません…。」
深々と頭を下げ明かせない旨を答えた。
ここにきて隠し立てをすることは印象を悪くする行為にしか思えないが…
「…分かったよ、ナギサちゃん。」
「え…?」
「ん…決まりなら仕方ないね。」
意外にもすんなりとホシノとシロコはそれで納得してくれた。
「ど、どうして…。」
てっきり根掘り葉掘り追及されるものと思っていたのか、呆けたような声を上げるナギサだったが…
「だって…今こうして私達が話しているのは『アビドス』と『トリニティ』としてでしょ?」
「それ以外の学校の話が勝手にできないなら…そこを問い詰めるのは時間の無駄だから。」
この話し合いの肝は『ナギサの謝罪』だ。
そこにトリニティとどこかの組織が取り決めで話すことができない『余所者』の話は時間の無駄でしかない。
だが、
「ま、だからと言って無視といううわけにはいかない。」
ネイトはそう言い、
「あれはトリニティが撃墜するように仕向けた。…残骸の調査報告書はあるんだろ?」
「はっはい…。」
「その資料を譲ってもらえるなら…これ以上トリニティには詮索はしない。」
トリニティに対し…手打ちとしての条件を提示した。
「………。」
ナギサは一瞬考え、アビドスと…『あそこ』とを天秤にかけ…
「…分かりました。後日、資料をお送りします。」
「ありがとう。」
少しでも関係改善を求めその条件を飲むのであった。
「フゥ~…。」
何とか話が進み安堵するナギサだが…
「んじゃ、次は安保理のことだけど…。」
「…ッ。」
ホシノが切り出したトリニティにとアビドスの関係性の大きな転換点ともいえる『キヴォトス安保理』の話題。
当然指摘されるべき問題だが事が事なので表情をこわばらせるナギサ。
が、
「まぁこれはもういいよね、ネイトさん?」
「ん…『済んだ』ことだからこれ以上は謝らなくていい。」
「あぁ、それに…問題の本質はそこじゃないからな。」
「…え?」
意外にも三人はナギサの言葉を待たずに説明はいらないと言ってのけた。
「な…なぜ…?」
疑問を呈するナギサに、
「言ったろ、問題の本質は『安保理』そのものじゃないし…。」
「『安保理』に関してはもう賠償は済んでるからねぇ。」
「それをひっくり返すのはこっちが道義に反する。」
三人はある意味淡白に思えるほどそう言い切った。
そう、過程はどうであれあの時点での『トリニティ』としての償いはしてもらっている。
そこを蒸し返し、互いに納得し済ませたことを蒸し返すのは今度はアビドスが不義理を働いてしまうことになる。
「で…だ。一応トリニティとアビドスの外交問題はざっとこんなものだが…。」
「まぁそんなとこだねぇ。例のお誘いの件もネイトさんが対処しちゃったし。」
「ん…アビドスとしてはもうこれ以外の事は問題視してないしね。」
そして、三人は意見のすり合わせを何とも軽く済ませ…
「それらを踏まえて…ナギサちゃん?」
「はっはい…!」
「貴方はどうしてこんな事しちゃったわけ?」
真剣さを保ったままホシノがナギサに問いかけた。
正直言ってトリニティと衰退したアビドスは現在は何のかかわりもない学校同士だった。
それこそ…トリニティはこちらを路傍の石とも思っていただろう。
確かにアビドスは鮮烈な力を見せつけキヴォトスにその力を見せつけ立ち上がった。
だとしても…だ。
カイザーとの戦いの後には明確に内政に力を入れている現状でこのトリニティの反応はいささか…いや、過剰すぎるとしか言えない。
「それは…トリニティはエデン条約前にゲヘナと外交的に…。」
ホシノの質問にナギサは言葉を選びながら答えようとする。
だが、
「あぁ~そう言うのじゃなくて。」
「え…?」
ホシノは彼女の言葉を遮り…
「『トリニティが』じゃなくて…『ナギサちゃんが』、どうしてこんな事しちゃったの?」
「…ッ!」
トリニティという『組織』ではなくナギサという『個人』の動機を改めて尋ねる。
「わ…私…の…。」
真意が分からず聞き返すナギサに…
「うん。安保理の事や今までの話を聞いてね…全部ナギサちゃんが発端だったじゃん?だから、トリニティの代表としてではない…一人の生徒としてのナギサちゃんの言葉を聞きたいな。」
頬杖を突きながらホシノは質問の意図を答える。
情報の伝達場所は様々だろう。
しかし、全ての行動はナギサの独断に近い決定で始まっている。
一学校の長にしてはあまりにも軽率だ。
だから、ホシノは視点を変えたのだ。
ティーパーティーのホストとしてではない、『桐藤ナギサ』として何を思い行動したのか…を。
「そ…それは…。」
ナギサはその言葉を何度も思い返し…
「それ…は…!」
その声は徐々に震えだし、
「こ…怖かったんです…!」
俯きながらスカートに涙の跡を付けながら語り始めた。
「セイアさんが死んだと報告を受けた時…衝撃と恐怖が私を襲い…同時にこう思いました…!『きっと次は私だ』…と…!」
『死』というものが禁忌であり身近ではないキヴォトス人にとって『セイアの死』がどれほどナギサにとってショックだったかは筆舌に尽くしがたい。
トリニティトップの権力者の次は…その『ホスト』に座ることになる自分と思うのも何ら不思議ではないだろう。
「私が殺され…ミカさんが一人になってしまう前に…犯人を見つけ出そうと思いました…!」
そして、もし自分に一大事があった後に同僚で幼馴染であるミカを護ろうと決意した。
「一体誰が…?ゲヘナ?連邦生徒会?ミレニアムの『ビッグシスター』が?レッドウィンターの『独裁者』が?山海経のあの『黒い君主』が?」
並大抵の勢力ではセイアの暗殺などできない。
おのずとその選択肢は狭くなる、そう思っていた。
だが…
「そんな時…アビドスとカイザーの戦争が起こりました…!」
『アビドス独立戦争』がその想定を全てぶち壊した。
今まで一切警戒せず滅びゆく学校と思っていたアビドス高等学校。
そして…
「それだけではありません…!今まで聞いたこともない…ネイトさんという大人が…たった一人で…カイザーPMCの本部基地を…!」
ただの人間でありながらキヴォトス最高峰の戦力を見せつけたネイトの登場。
今の今までアビドスなどナギサの警戒リストに載っておらずネイトという大人の存在も全く知らなかった。
それがどうだ?
アビドスとネイトは圧倒的な兵力を誇るカイザーPMCの軍勢を完膚なきまでに破壊しプレジデントの確保を鮮やかに成功して見せてしまった。
突如とて蘇りキヴォトスでも規格外の強さを見せつけたアビドス高等学校とネイトは…
「まさか…アビドスが…!?今まで見向きもしなかった…あの学校が…?!」
それはあまりにも…そんな精神状態のナギサにとっては劇物過ぎた。
「そう思うと…怖くて仕方なかったんです…!」
自分達の学校の隣にそのような脅威の出現。
しかも、その練度はセイアを容易に暗殺しうるであろうものと分かればナギサの心は平静でいられなかった。
「外交も情報もない…!なのに…誰にもその内を知られようとしない…!」
そして、アビドスは決して復活した根幹を他校には見せないある種の『秘密主義』の姿勢をとった。
一体何をして、どういった方針で行動し、何をしようというのか…トリニティには全く分からなかった。
「ん…でも、他所の学校と戦う気はないのはずっと言ってたよ?」
「ですが…それを文面通り信じることは…できませんでした…!」
無論、様々な媒体で『復興』という方針を掲げ無暗に対外戦争や工作などは行わない平和主義を貫いていることは知っている。
だが…日々派閥間の暗闘に身を置き自身も言葉の裏を探るのが常のナギサ。
幾らアビドスが声高にそのことを発信しようと…頭から信じることはできなかった。
「…だから、スパイやUAVを?」
「ハイ…!さらに…ゲヘナとも…友誼を結ばれていましたので…!」
しかも、長年の仇敵であるゲヘナと勢力差を飛び越えた同等の外交関係まで結ぶというトリニティにとっては相当な外交的リスクまではらむ様になった。
そんな学校に正面切って乗り込んで交渉を?
当時のナギサにはそれがどれほど恐ろしかったかはその後の対応を見ればだろう。
そこからはまさにドツボだ。
スパイが防がれ、警戒され、UAVを使えば捕捉され、安保理ではハイランダーとの癒着に等しい関係を明らかにされた。
だが、それだけの警戒をアビドスに向けていたせいで…
「それで結局…本当にナギサちゃんが恐れていた脅威はトリニティの中どころか…隣にいたってことだね?」
「………はい。」
ナギサは完全に足元を掬われた。
他ならぬ、護ろうとしていた同僚にして幼馴染の『聖園ミカ』によって。
「…その様子だと俺が渡した証拠には目を通したようだな。」
「…T.A.G.の基地に脱した際…シホさんから渡されました…。」
そして、何の因果か。
それを突き付けたのは…ネイトだった。
「ブラダビ分派とのミカさんとの取引と…金銭のやり取りの証拠を見たときは…足元が崩れたような感覚になりました…!」
以前、ブラダビ分派の拠点に潜入し執務室のPCで内部告発メールを送信したネイトだったが…それだけために見つかるリスクを冒したわけではない。
派閥トップのPCとは情報の宝庫だ。
サーモバリック爆薬の入手経路やそれにつながる情報もあるはずと睨んでいたが…
「あの『由田リエル』ってやつは中々の食わせ物だ。しっかりと映像データややり取りの証拠を残していたよ。」
「えぇ…クーデター成功の暁には…ティーパーティーに向えると記された契約書も…ありました…。」
「ま、想定外の『内部告発』があったって義理立てかなんかか全部自分で壊したみたいだったがな。」
そこにはミカがブラダビ分派と手を組みゲヘナを打ち倒す同盟を結んだ記録や…
「そして…アリウスへの支援のため…ブラダビ分派を隠れ蓑にミカさんが…。」
「諜報機関がよくやる手さ。第三者を経由すれば…大本へたどり着くのを難しくする。」
アリウスへ最新装備を支援するために…ブラダビ分派を利用しその輸送車両を襲わせるという計画書まで残されていた。
リエルとしてはもし約束が果たされなかった際に告発するために残していただろうが…それが完全に裏目になった。
そして…それが巡り巡ってネイトの命を脅かす策謀にもつながる。
「…取り調べでD.U.での騒動もアリウスが関与し…ミカさんが私に盗聴器を仕掛け情報を流していたことが判明しました…!」
「なるほどねぇ…。どうりでネイトさんが襲われるのが早すぎたわけだよ…。」
アビドスへの警戒に注意を裂きすぎたナギサにそのような細工を施すのは容易かっただろう。
結果、ナギサ自身を獅子身中の虫の片棒を担がせブラダビ分派を通じて装備を支援したアリウスを用いてネイトの抹殺をミカは遂行した。
計画そのものは失敗したが…おそらく以前のナギサならその仕掛けにも気づけたやも知れない。
それができなかったのは…
「ただ…私が怖がり…貴方方を信じないばかりに…これほどまでにご迷惑をおかけし…本当に…申し訳ありませんでした…!」
ナギサが恐怖に駆られ疑心暗鬼に陥り視野狭窄に陥ってしまっていた部分も多分に影響しているだろう。
席を立ち、声を震わせながらナギサは三人に頭を下げる。
『………。』
「ナギサ…。」
ホシノ達は彼女を無言で見つめ、先生は心配して彼女の肩に手を置き声をかける。
「…。」
「………ねぇ、ナギサちゃん?」
「はい…!」
「今は…どうなの?」
そんなナギサにホシノは問いかける。
「ど…どう…とは…?」
「うん、今も…私達『アビドス』は怖い?」
「!」
何ともシンプルな質問だった。
「いろいろあってこうして初めてしっかりとお話してみて…どう?」
そんなホシノの質問に…
「お…お叱りを受けるやもという…怯えは…確かにあります…!」
ナギサは内心にある気持ちを吐露しつつ…
「ですが…皆さんが私のように…自分の学校を愛している方々というのも…やっと理解できました…!」
ようやく『脅威』という色眼鏡も外してホシノ達を見ることができるようになったと打ち明け…
「皆さんは…こんなに温かいのに…私だけが遠ざけていたことを…恥じています…!」
これほどまで不手際を行った自分の話を真剣に耳を傾けてくれたことで…
「もう…以前ほどのアビドスへの『猜疑心』は…ございません…!」
彼女の中で溜まり続けていた『澱』は…非常に薄まったようだ。
「…そっか。」
それを聞き、ホシノは短く答え…
「じゃあ、おじさんもひとつ秘密を教えてあげるよ。」
心中をようやく吐露してくれたナギサへの礼としてこれまで隠していたことを打ち明ける。
「アビドス、ゲヘナ、ハイランダー、そしてミレニアム。これらの学校は今はまだ非公式だけど『アゲハ同盟』っていう共同体になっているんだ。」
「ッ!!?」
まさか既にゲヘナとそこまで進んだ関係に至っているとは予測できておらず目を見開くナギサ。
だが…
「でもね、もし戦いになったとしても…トリニティがゲヘナに戦いを吹っ掛けない限り、私達は二つの学校の闘争には関与しないよ。」
「え…?!」
「あくまで『皆で足りない部分を補って困ったときは助け合おう』っていう同盟だからね。他所に迷惑かけるんだったら自分たちで何とかしてねって感じ。」
あくまで『共助』を目的とした同盟であることを強調し、
「だから…私達がトリニティに何か『害を与える状況』ってのはそう言うこと。それ以外は仲良くしたいなぁ~、っておじさん個人は思ってるよぉ~?」
改めて、こちらから対立を深めることをする気はなくむしろ友好関係を求めていることを述べた。
「ほ、本当ですか…?!」
「まぁ今までのことがあるからすぐに『仲良しこよし』って訳にはいかないよ?私達にかけた迷惑やネイトさんの命を狙った事実は消えないからね。それはおじさんがじゃなくて…アビドスの皆がきっと許さない。」
「ッ…!…今までのことを考えれば…自然の事です…!」
「でも、トリニティの色んな部活…シスターフッドや図書委員会の皆にお世話になっているのもアビドスの皆は分かってるからね。」
関係の改善はすぐには無理なこととそれでも糸口はちゃんと存在していることを明かし、
「だから…あとはナギサちゃんの頑張り次第だよ。」
スッ
ホシノはナギサに向け手を差し出し、
「一先ず…仲直りの第一歩ということで握手でもしよっか?」
微笑みながら握手を求めてきた。
今までのナギサならばこのホシノの言葉でも何か裏があるかと勘繰ってしまっていただろう。
それでも…厳しい道筋を示しつつも希望があることを言ってのけたホシノの言葉は…
「はいッ…!ありがとう…ございます…!ありがとうございます…!」
ギュッ!
ナギサの心を溶かし…差し伸べられた手を掴めるまでになったのだった。
「うん、これから大変だろうけど…頑張ってね?ナギサちゃんならきっとできるからさ。」
「頑張ります…!皆さんから信頼を得られるよう…必ず努めていきます…!」
「楽しみにしてるよ。」
それぞれ学校を率いる者同士、そう言葉を交わし合い…
「…シロコちゃん、ネイトさん。良いよね?」
ホシノはシロコとネイトに目配せをし…
「ん…ホシノ先輩がそう言うのなら私は構わない。」
「トップの決断だ。俺は従って今後のトリニティの対応を見るさ。」
二人も彼女の決定を受け入れるのだった。
「シロコさんも…ネイトさんも…ありがとうございます…!」
「ま、俺もこっちにいた時に色々と君の邪魔をしてたしな。礼を言われるほどじゃないさ。」
「そ…その節も…本当にご迷惑を…。」
涙をぬぐい再び頭を下げるナギサだが…
「いや?二回目の特別試験で合格者が出たのに伏せさせるような提案には負けるさ。」
「………え?」
軽い調子で語られた彼女の知らない真実に呆けたような声をあげてしまった。
「なんだ、先生?まだ種明かしをしてなかったのか?」
「いや~…なんと言うか話すタイミングがなくて…。」
「せ…先生…?いったいどういう…?!」
「その…ね?ちょっと保険というか…。」
そう言い、先生は困った表情で事の次第を語り始める。
ゲヘナで行われた『第二次特別学力試験』、ナギサの策謀で実施できなかったと思われていたが…
「実はね…試験はちゃんと実施できたんだよ。」
「そ、それでも映像は…!」
「それは俺が電波をジャミングしていたからだ。仕掛けそのものはちゃんと解除してたさ。」
「でッですが結果は補習授業部の皆さんは…!」
ナギサが腑に落ちないのはそこだ。
あの日、温泉開発部の計画がとん挫したの初耳だが…それにしては試験内容がおかしい。
合格ラインに到達できなければそう記載されるが…あの日報告された内容は『試験用紙紛失』というものだった。
なぜそのようなことを?
その答えは…
「あの日の第二次特別学力試験なんだけど…ハナコだけは満点で突破していたんだ。」
「は…ハナコさんが…!?」
「そして、ハードルが高いままであろうじかいの追試に備え…彼女がもう一人の講師として全員に指導に当たっていたんだ。」
『浦和ハナコ』という強力なカードを手のうちに収めておくためだ。
試験に合格すればハナコは解放されるが…同時に補習授業部は彼女という『ブレイン』を失ってしまう。
それを防ぎ全員が合格できるようにするため…ネイト、そしてハナコは試験結果の隠匿することにしたのだ。
「結果、先生とハナコという二人体制で指導が進み…。」
「ヒフミたちも問題なく第3回の特別学力試験を突破できたってこと。」
「そ、そんなことが…!?」
まさか、ナギサの策謀すらも利用し突破口を作っていたとは夢にも思わずナギサも絶句し…
「相変わらず掌で転がすのが得意だねぇ、ネイトさんは…。」
「ん…そのハナコって子もとても賢い。」
ネイトとハナコの深謀遠慮っぷりにホシノとシロコも舌を巻くしかなかった。
すると、
「ッと、そうだった。」
カシャン
ネイトはPip-Boyからある封筒を取り出した。
「~ッ!?」
「ネイトさん、それは…?」
見覚えのあるその封筒にナギサは目を見開き先生は首を傾げる。
それは…
「第二回特別学力試験の裏の真相の資料だ。」
あの日、ネイトがナギサに突きつけた…彼女の罪の証拠だ。
これが表に出れば…ナギサも終わるだろう。
ナギサは表情をこわばらせ俯く。
このタイミングでなぜネイトがそんなものを取り出したのか?
「…ほら、先生。」
「え…私に?」
「どうするかは…お前に任せる。」
ネイトはその封筒を先生に渡す。
「えぇっと…。」
先生は周りを見る。
ホシノとシロコは何事かと様子を眺めているが…
「………ッ!」
ナギサだけ表情が先ほどのように戻ってしまっている。
「………そっか。」
それだけで先生はその内容を理解するのに十分だった。
そして…
「…ナギサ?」
「は…ハイ…!」
「なにか底の深い…缶みたいなものを用意してくれるかな?」
「え…?」
先生が求めた物にナギサは思わず目を丸くしてしまった。
数分後、
「こ、こちらで…。」
「うん、ありがとう。」
ナギサはイヅルに頼み空いた紅茶の缶を持ってきてもらった。
「そ、そのような物で何を…?」
意図が分からず困惑しきりなナギサだが…
「…師匠、ライター…持ってますか?」
「え…?」
「ほらよ。」
先生の頼みでネイトは愛用のオイルライターを投げ渡す。
そして、先生は封筒を缶の中に押し込み…
「それじゃ…。」
シュボッ
テラスの片隅でその封筒にライターで火をつけてしまった。
「せ…先…生…?!」
「…よかったの?何かの証拠だったんでしょ?」
突然の行動にナギサは絶句しホシノもその行動の真意を問う。
受け取ったなにかの証拠を中身も見ず燃やす。
『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』の顧問としてはあまりにも不用意な行動だが…
「うん…いいんだよ、ホシノ。」
彼はそう言い、
「私が知らなくていいって思ったんだ。それでこれ以上…悲しむ生徒が出ないのなら『先生』冥利に尽きるよ。」
『先生』としてどこかの生徒を護るための行動だと言ってのけたのだった。
「全く…結構大枚はたいて仕入れた証拠だってのに。」
燃えていく封筒を見て呆れたような声を漏らすネイトだったが…
「すみません、師匠…。お気遣いを無碍にしてしまって…。」
「気にするな、馬鹿弟子。十中八九そうするとは思ってたさ。」
その表情は浅い笑みを浮かべているのだった。
「…ライター、お返ししますね。」
「あぁ。」
そして、先生からライターを返してもらい…
「さて…そろそろこの後の予定も押している。この辺りでお暇させてもらうとしようか。」
「だねぇ、まだチョコも買わないとだし…。」
「ん…今は私達はいない方がいいかも。」
そう言ってネイト達は席を立ち…
「それじゃあ、ナギサちゃん。今度はアビドスにでも遊びに来てよ。」
「豪華な歓迎はできないけど…心を込めてもてなすから。」
「あぁっと、スパイを忍び込ませるために同行させるのは無しで頼むぞ。」
三人はそれぞれ再会を約束するような言葉をかけてテラスを後にしていくのだった。
「…私は三人を見送って来るね、ナギサ。ゆっくりしててね。」
先生もネイト達の後を追ってテラスを退出。
一人残されたナギサ。
「ヒグゥッ…エッグ…!」
溢れる涙を袖で拭いながら泣きじゃくり…
「ごめんなさい…!ごめんなさい…ッ!ありがとう…ございます…!」
謝罪と感謝の言葉を何度もつぶやいているのであった。
涙が溢れて止まらないが…彼女の心は何時ぶりかの温かさに満ちているのであった。
「…あぁ、これが…!」
キヴォトスのどことも知れぬ…古めかしい建物の廃墟で埋め尽くされた場所。
その一角、崩れかけの大聖堂の中で…異形の存在は歓喜に打ち震えていた。
「なんと精微で…なんと精巧で…なんて悍ましいのでしょう…!」
目の前の台座には布で包まれた何かが横たわっている。
そこへ…
「マダム、報告に来た。」
「あぁ…そうですか…!」
ある生徒がその異形の背後に控え報告を行い始める。
「兵力の損失は1個大隊。『アリウス』の総兵力の約半数がトリニティに拘束された。」
平坦な声で報告を行うが…はっきり言って大損害どころの話ではない。
兵力の半分が消滅、軍事の常識ならば…『壊滅』というほかない状況だ。
これでは同じような作戦行動も行えないはずだが…
「あぁ…そうですか…!」
その異形の視線と意識は台座に釘付けとなり特に気にしてもいないようだ。
「…スティグマフォースも全員捕縛された。」
「ふふっ…あのような『役立たず』達ですか?ちょうどいい処分方法でしたね…。」
「………。」
その異形自らが名付けた部隊『スティグマフォース』の全滅すら意にも介さない。
すると…
「みっ皆…どこ…どこ行っちゃったの…?」
「おや…聞こえてしまいましたか…?」
聖堂の片隅から弱弱しい声が聞こえてきた。
そちらを見るとそこには…
「見えないよ…。怖いよ…。誰か…誰か助けて…。」
頑丈な椅子に拘束され何やら装置に繋がれた…両目を包帯で覆った一人の少女がいた。
「あぁ…怖がらないでくださいね…。」
「マ…マダム…。」
「大丈夫…大丈夫ですよ…。」
その異形はその少女に近づき優しく声をかける。
だが…
「貴方には…まだまだ役に立ってもらいますから…。」
「ひっ…!」
「貴方だけですよ…?あの役立たずの中で…こんなに利用価値があるのは…。」
それは心配からくるものではなくどこまでも利己的な物だった。
「さぁ、まだまだ見せてください…!あの方とあの世界の力を…!」
「いや…!」
「そうすれば…!私とあの方は遥か高み…『崇高』のその先に辿り着けるのです…!」
「いや…ッ!」
「あぁ…残渣だけでもこれだけのものを造り出せるなんて…!あの方ならいったいどれほどの…!」
拒否する少女を無視するように異形は興奮しながら言葉を発し…
「さぁッ!私に全てを差し出しなさいッ!!!それが貴方が虚しさの中に見出した唯一の価値なのですから!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「あ~はっはっはっはっはっ!!!」
少女の悲鳴と異形の笑い声が聖堂内にこだまするのであった。
それを見て…
「…アズサ。どれだけ足掻こうとお前は抜け出すことができない。」
報告に来た生徒はそう達観したような口調で…
「いかに太陽の下で磨かれようと…お前の体は憶えている。すぐに思い出すはずだ、真実を…。」
どこか確信めいた様子で…
「曰く…」
何度も何度も唱えてきたその言葉を唱える。
「全ては虚しい。どこまで行っても、全てはただ虚しいものだ」
そして…そんな二つの声で待機が揺れたためか…
カシャン…
台座の上に置かれた物から…何かが垂れ下がった。
それは…新たな災いの調べだった。
「しかし、ただ死し、往け」と、ああ、すべてが往き、往かねばならぬところ、わが世に生まれ、悩み生きた前のわが在りし虚無に帰りいくこと。
―――詩人『ジョージ・ゴードン・バイロン』