Sweet Chocolate and a Bitter Reality
トリニティでの騒動も一段落し、ナギサとの会談も済ませて関係改善の第一歩を踏み出したアビドス。
そんな様々な影響の発端であり立役者でもあるネイトはというと…
ドドドドドドドッ!!!
「ネイトさん、着陸地点は分かってるの?」
「指定された座標的にはもう少しだな。」
「結構長いフライトでしたね…。」
セリカをキャビン、アヤネを副操縦席に載せベルチバードを駆っていた。
これならば普段でもよくあるアビドスの日常だが…
「わぁ…アビドスじゃ絶対に見れない光景ですね…。」
「去年の冬も初めて見る光景だったけど…これには負けちゃうわ…。」
セリカとアヤネの視線は外の景色に向けられていた。
眼下に広がるのは延々広がる雪で純白に染まった針葉樹林。
アビドスにもオアシス周辺に広がる石英砂の砂漠ができたがそれとも全く違う初めて見る景色に二人も圧倒されているようだ。
そう、ここはアビドスではない。
「レッドウィンター…名前からは想像もできない光景ね…。」
キヴォトスの中でも北の果て…もっとも広大な自治区面積を擁する巨大学校『レッドウィンター連邦学園』が統治する土地である。
「俺からすれば懐かしくもあり…正直言ってあまり長居したくはない場所だな。」
雪景色に圧倒される二人とは対照的にネイトの反応は非常にフラットな物だった。
「あぁ~…ネイトさんって確か前の世界じゃ…。」
「アラスカっていうここと似たような場所で10年も戦ってたんですっけ…。」
「もう60年以上も前の話だが…それでもあそこでの10年は忘れようにも忘れられない。」
雪と針葉樹の森林、これらはネイトが『稼動していた』人生のうちであってもかなりの割合を占める期間見続けた光景だ。
それもある意味…後の60年以上の稼働人生よりもさらに濃密に『死』に近かった10年間だ。
しかも、
「それにレッドウィンターと聞くと…どうしても戦ってた連中が脳裏を過ぎってしまうんだ。」
「ちょっとそれは私達にはわかんないけど…。」
「D.U.じゃかなり面倒を起こされましたもんね…。」
『レッドウィンター』そのものもネイトにとってはその10年間と切っても切り離せないワードとそれに近い政治体制を敷いている。
正直、他の学校のように気安く足を踏み入れるのは憚られる場所だが…
「そんなだったら郵送すればよかったのに。」
セリカの言うように別に来なくても済ませられる手段は確かにある。
普段のネイトならば合理性も考えてそうするはずだ。
しかし、だ。
「そんなことしてみろ、セリカ?確実に『スクラウンジ』されるのがおちだ。」
「す…すくらうんじ…?」
「近い意味だと…『抜き取り』とかそう言う意味だよ、セリカちゃん。」
「あぁ~…。」
それをしない…いや、できない理由もあるのだ。
「レッドウィンターはゲヘナ以上の中央集権の学校でレッドウィンターの外からくる荷物は全て『事務局』関連の機関に集積される。」
「そんな所だったらどんな偽装をしてようと荷物の封を開けられて中身を見られますよね…。」
「聞いたところじゃ…アイツらは結構な問題児のクラス所属らしい。で、問題児のクラスに学区の外から大量の荷物が届くだなんて知れたらどうなると思う、セリカ?」
「…面白く思わないか色々いちゃもん付けて没収して…自分たちのお腹の中に直行よね…。」
これまた共産主義的国家にありがちだが…往々にして中央機関による『検閲』というものが存在している。
一応、お題目は思想統制やスパイ防止のためなどだが…
「これまた前世の話だが…そういう国に『こういうの』を持って行って売りさばいたら軽く現地の同じ種類の商品の10倍くらいの値が付いたらしいぞ。」
「じ、10倍!?高級品だけど普通にお金出せば買えるような物なのに!?」
「ブラックマーケットもびっくりの急騰っぷりですね…。」
現場はそんなことは関係なく高級な荷物ならば奪って自分で使ったり闇市場に売り捌いたりなどやりたい放題だ。
レッドウィンターがまんまネイトの想像通りの共産主義体制ではないことは理解はしている。
しかし、あれだけのチェリノの傲慢な政治体制を見せられては当然の警戒と言えるだろう。
「物が物だ。せっかくキヴォトスは基本全域フリーパスで通れるんだから直接届けた方が確実だろ?」
「ただの荷物じゃなくてお礼の品ですもんね。楽しみにされているのならなおさらです。」
そうなってはたまったものではないのでこうしてベルチバードに乗って直接届けに行っているというわけだ。
多少関係性は悪いとはいえ別にレッドウィンターとは戦争中というわけではない上持ち込む品物も合法品である。
この際、ネイトの昔の思い出は些末なことである。
「…でも、ネイトさん。」
「なんだ?」
「ここまで徹底的にやる必要あったの?」
そう言い、ミラー越しにキャビンにいるセリカを見ると…
「せっかく綺麗な包装してあったのにこんな樽なんかに詰めて…。」
そこにはセリカと一緒に床に固定してある樽が数個置かれてあった。
それぞれ『オイル』や『乾パン』に『醤油』などとてもお礼の品とは思えない名前が書かれてあった。
「それも偽装だよ、偽装。もしアイツらが保管してるときに馬鹿正直に荷物の名前書いてたら見られたら没収されるだろ?」
「まぁ確かにいっぺんに食べれるような量じゃなかったけど…。」
「アハハ…ネイトさんって変なところも凝り性ですよね。」
「そう言うアヤネだって結構ノリノリだったくせに。」
これもまた対レッドウィンター用の工作である。
これらの物品はレッドウィンターでもありふれたものだ。
わざわざこれに保管してあるものをわざわざ盗もうとは思わないだろう。
「さて…そろそろレッドウィンターの中心地が見えてくる頃だぞ。」
地図と座標をにらめっこしあのチェリノが統べるレッドウィンター連邦学園の本校が近づいていることを知らせると…
「ねぇ、少し街の様子見てから行きましょうよ。」
「あっ私もちょっとレッドウィンターの街並みに興味があります。」
ほんの少し物見遊山がしたくなったセリカとアヤネは寄り道を提案。
「いいぞ。ベルチバードなら一足の距離だから少し遊覧飛行でもするか。」
別段、急ぐ用事でもなく時間にも余裕があるのでそれを了承するネイトは操縦桿を傾け進路を少々変更する。
そこから少し飛んでいくと…
「あっ見えてきましたよ!」
「あそこがレッドウィンターの中心地ね…!」
延々と続くかに思われた雪原の先に街並みが拡がっていた。
無数に立ち並ぶ集合住宅地にゴシックとバロックが融合した重厚な高層ビル群。
その先には中心部と思われるカラフルな外観の建物が並んでいた。
「わぁ…中心部の街は今のアビドスよりも栄えていそうですね…!」
「なんだかんだ言って…今のキヴォトスで一番大きい学校ってのも納得…!」
アヤネとセリカはD.U.やトリニティとも違う重厚さを感じるレッドウィンターの町並みに圧倒されている一方、
「う〜ん…やっぱり昔雑誌とかで見たのに近い街並みだな…。」
ここまで来ればむしろ郷愁すら感じるネイト。
が、
「………あれ?」
「どうかしたか、セリカ?」
「右の方見て、二人とも。」
後部キャビンのセリカが何かに気づきそちらに目線を向けると…
ゴォォォ…
「な、何かあってるんですかね…?!」
「火事…にしては何か様子が変ね…。」
何やら豪華な建物が見える辺りからもうもうと煙が立ち昇っているのが見えた。
「確かあそこにあるのは…。」
地図を取り出して大まかな位置を探ると…
「………レッドウィンター事務局があるあたりだな。」
『………。』
なんとレッドウィンターの中枢も中枢、『レッドウィンター事務局』の庁舎がある位置にぴったり当てはまった。
「どうやら…お取り込み中のようだな。」
「お取り込み中で済まないわよ、アレ…?!」
「まさかこんなタイミングでクーデターですか…?!」
この状況にレッドウィンター初来訪の3人も察する。
レッドウィンターである意味名物ともいえる出来事、『クーデター』が今まさに起こっているのだろう。
なんせ、多くて週に2〜3回で月でみると確実にそれくらいは起こるある意味ホットな学校だ。
それが今日、ネイト達が来訪したタイミングで起こった…と言うことなのだろう。
「…悪いが二人とも、進路をもとに戻すぞ。」
「了解しました。万が一に備えて火器管制もオンにしておきます。」
「あぁもう…クーデター関連の騒動はしばらくいらないって言うのに…!」
「同感だ。変に絡まれる前にずらかるぞ。」
なにかにつけて騒動に縁があるアビドス、もといネイトの旅路。
目に見えている騒動には近づかないに限る。
市内の遊覧飛行はキャンセルし早急に進路を変更し目的地へ直行するのであった。
その後、ベルチバードは先ほどのような延々と続く白く染まった針葉樹林の上空を飛行。
「さて、そろそろ指定された座標だが…」
目を凝らしてそれと思わしき場所を探すネイト。
その時、
「あっ、あそこじゃないですか?」
一緒に周囲を見回していたアヤネが何かを見つけたようだ。
「どこ、アヤネちゃん?」
「あそこだよ。ほら、開けた場所に緑のスモークが焚かれてるよ。」
「どれどれ?…うん、確かにアレは座標を示すスモークグレネードの煙だな。」
ネイトも視線を向けて確認すると…純白の針葉樹林の中から緑の煙が立ち昇っている場所を発見。
さらに少し離れた場所には何やら古びた校舎のような建物も見えている。
「よし、一先ずあそこに行ってみるか。」
他にそれらしき場所も見当たらないのでネイトもその場所の上空に向かため操縦官を傾ける。
数分後、
「アヤネ、着陸態勢に主翼変形。」
「了解、着陸態勢に入ります。」
ベルチバードはそのポイントの上空に到着し主翼を垂直に立て着陸態勢をとり高度を下げ始め…
ズゥン!
雪の積もった地面に着陸した。
「さて、降りるぞ。ちゃんと着込まないと風邪ひくからな。」
「箪笥の奥からちゃんと引っ張り出してきたわよ。」
「アビドスで暮らしてたら早々袖を通す機会はないですが買っておいてよかったです。」
ベルチバード機内は与圧なども兼ねて空調は効いているが外は確実に氷点下だ。
二人はアビドスではそうそう着る機会のない防寒着、ネイトも愛用の『シルバー・シュラウドの衣装』ではなく『大佐の服』という名称の厚手のコートを纏い『ロシア帽』を被る。
各々できる防寒を行い、ハッチを開けると…
ビュオオオ…!
「~ッ!?寒ぁむ…ッ!?耳が凍っちゃいそう…!」
「うぅ~…ッ!夜の砂漠より堪えますね…!」
機内をあっという間に極寒の空気が支配し暖かさをあっという間に奪い去りセリカとアヤネが寒さで身を震わせる。
「流石のキヴォトス人も未体験の寒さには弱いか。」
「なんでネイトさんはケロッとしてるのよ…!?」
「言ったろ、こういうとこに10年いたんだ。いやでもなれるさ。」
そう言いながら樽を一つ抱えてハッチから降りレッドウィンターの地に一番乗りするネイト。
「行くぞ、二人とも。残り二つの樽は任せる。」
「は、早くその人たちの所行って温まらせてもらいましょ…!」
「そ、そうだね…!もっと厚着をして来ればよかったよぉ~…!」
促されて二人もそれぞれ樽を抱えて地面に降りた。
ここはどうやら製材所のようで見ると大型の鋸や雪が積もった丸太なども置かれてある。
「それで…ネイトさんが言ってた迎えの生徒ってどこなの?」
「ベルチバードの音は聞こえているはずだからすぐに来るはず…。」
周囲を警戒しながら待っていると…
「おぉ~い。」
遠くの方からこちらに呼びかける声が聞こえてきた。
「どうやら迎えのようだ。」
そちらに視線を向けるとこちらに近づいてくる人影が二つ見える。
「なんだか…話に聞いてたよりちゃんとしてる人たちね、ネイトさん。」
「侮るなよ?おそらくだが…うちでサシで戦えるのはセタス部隊隊員位だからな。」
「ということはあの二人が…レッドウィンター『最強』の姉妹…!」
行きがけにあの二人のことを聞いてたセリカとアヤネは少し緊張の面持ちを受かベるが…
「心配するな、二人とも。」
「心配するなって何がよ?」
「二人ともセタス部隊だろ?セリカとアヤネなら勝てる確証があるって事さ。」
二人を鍛え上げたネイトが不敵に笑いながらそう言ってのける。
「…フンッそこまで言うんだったら負けちゃいられないわね。」
「フフッもしそうなったときはサポートは任せてください。」
そんなネイトの言葉を聞き、二人の片から自然と力が抜けいつもの調子に戻った。
「ならないのが一番だがな。その時は頼む。」
頼もしい二人の言葉を聞きネイトも適度に脱力して待っていると、
「よぉ、дядя。こんな僻地にまでご足労だね。」
「へへっいつ来るかって楽しみにしてたんだからな!」
三人の前にようやくあの二人がやってきた。
「しばらくだな、柊姉妹。紹介しよう。アビドス高等学校1年生で生徒会の会計と書記をやっている『黒見セリカ』と『奥空アヤネ』だ。」
「初めまして、柊カイアさんに柊サイナさん。」
「話はかねがねネイトさんに聞いてるわ。」
「よろしく。レッドウィンター連邦学園3年『227号特別クラス』学級委員長の『柊カイア』だ。」
「アタシは妹で1年生の『柊サイナ』!今日はいいもん持ってきてくれてありがとよ!」
以前、D.U.での騒動で行き違いがありつつもX-02を纏ったネイトとミネと渡り合ったレッドウィンター連邦学園の最強姉妹『柊サイナ』と『柊カイア』だ。
今は以前のような重装備は着ていないが二人からは荒々しいオーラが立ち上っているように見える。
「随分手ひどくやられたって聞いていたが随分元気そうだな。」
ネイトは元気そうな二人を見てそう尋ねる。
あの日の騒動でカイアはネイトと、そしてサイナはミネと一騎打ちを行い双方そこそこの負傷を負っていた。
しかも、その後にネイトを逃がすために囮を買って出てあの聖園ミカとも戦いボロボロになっていた。
しかし、そんなことを感じさせないほど今はぴんぴんしている。
「レッドウィンター生を舐めるなよ?体の頑丈さはいつも鍛えられてる。」
「あんくらいの怪我なら少し寝てりゃあっという間に治っちまうよ!」
その理由をまさかの持ち前のタフネスと事も無げに言ってのけた柊姉妹。
「仮にもパワーアーマー着たネイトさんを殴り飛ばした奴って聞いてるんだけど…。」
「その前に確かネイトさんとミネさんとの戦いで負傷してたんじゃ…。」
「アビドス以上に過酷な環境だ。そう言うこともあるだろう。」
あまり納得しがたいが事実なので認めるしかない三人であった。
「んじゃ、そろそろアタシらの棲み処に案内するとしようか。」
「ついてきな!ボロいけど棲めばなかなかなもんだぞ!」
自己紹介も終えカイアとサイナはさっそく自分たちの拠点である227号特別クラスに三人を案内しようとする。
が、
「あぁっと…ちょっといいか、カイア。」
「ん?どうかしたかい、дядя?」
「俺達の後方…ざっと200mってとこか?」
「敵意はないけど…二人、覗き込んでるでしょ?」
「察するに…狙撃手と観測手ですかね?」
背を向けたカイアにそう問いかけるネイトたち。
「…へぇ…こりゃ驚きだ。」
「姉ちゃんたちの潜伏を見抜いちまうとはな…!」
それを聞くなり愉快そうな表情を浮かべ、
ピュウイッ!
「おぉ~い!お前らもこっち来て挨拶しな~!」
口笛を鳴らしカイア誰かをが呼び寄せる。
すると、
モゾッ
ちょうどネイト達の後方のあたりの斜面で動く人影が二つ現れこちらに接近してきた。
「あの二人もか?」
「あぁ、ウチきっての『ウォッチャー』と『ポーカーフェイス』だ。」
「дядяだけじゃなくてアンタ達もよく見つけられたな。」
「さっきちらっと見たら足跡消したみたいな筋が見えたからね。」
「もう少し降雪があったらきっと分かりませんでしたよ。」
こちらにやって来る二人を見つつそんな会話をしていると…
「フゥ~どうしてわかったんですか~?!」
望遠鏡やテディベアを担いだモコモコした防寒具に身を包んだ末端を三つ編みに編んだ長い金髪の生徒と、
「しっかり…隠れてたのに…すごい。」
ファーのついたフードを被りタクティカルな装備を纏いまるで猛禽類のような目を少し見開いた生徒がやってきた。
「紹介する。ウチの2年生で望遠鏡担いでる方が『天見ノドカ』だ。」
「初めまして、アビドスの皆さん!遠路はるばるようこそ!」
「で、目つきの悪い方がウチのスナイパー『須藤ルマ』。そっちも2年だ。」
「目ぇ恐いし無口だけど人見知りなだけだから気にすんな、三人とも!」
「サイナ…余計なこと…言わなくていい。どうも…須藤ルマ…です。」
「どうも、ノドカにルマ。ネイトだ。」
「黒見セリカよ。腕利きのようね。」
「奥空アヤネです。短い間ですがお世話になります。」
新たに現れた227号特別クラスの生徒『天見ノドカ』と『須藤ルマ』とも挨拶を済ませるネイトたち。
「ササッお荷物お持ちしますから早く行きましょ!」
「おっと、いいのか?」
「ちょっと…ノドカ…現金すぎ。」
「まーまーいいじゃんか、ルマ姉!皆楽しみにしてたんだし!」
「アンタも持ちな、サイナ。アンタが一番馬鹿力なんだからさ。」
「オウよ、姉ちゃん!よいしょっと!」
「いいの、サイナ?」
「いいっていいって!дядя達は客なんだからさ!」
「ではお言葉に甘えさせてもらいますね。」
軽い自己紹介も済ませ、ノドカとサイナがネイト達が持ってきた樽を抱えて一行は227号特別クラスが根城としている場所に向かうのであった。
「そう言えばカイア。一つ聞きたいんだが。」
「ん?どうかしたか?」
「レッドウィンターって今何かあってたりするか?」
その道中、カイアに先ほど見たレッドウィンターの様子をそれとなく尋ねる。
幾ら年がら年中クーデターが起こっているとはいえ何か理由位あるだろうと思っていたが…
「あぁ~確か…『イワン・クパーラ』がもうすぐ始まる時期だな。」
カイアは少し考え思い当たったイベントの名を口に出した。
「『イワン・クパーラ』?」
「なんですか、それ?」
「ウチの学校寒いからよ。ほんの少し雪が解けて暖かくなる『夏至』になった時に祭りを開くんだ。」
「へぇ~…アビドスじゃ聞かないイベントね…。」
「他所じゃ…確かに…やらなさそう。」
「そんなイベントが近い時に私達がお邪魔して大丈夫でしたか?」
「いえいえ!そんなイベントの時だからこそばっちりなタイミングですよ!」
「うち等にゃ縁遠いしお祝いも何もないのにこれが来てくれたんだ!今年のイワン・クパーラは最高だぜ!」
「…とまぁそう言うことだ。дядя達は最高のタイミングで来てくれたんだから気にすんな、アヤネちゃんよ。」
「そう言ってもらえるんなら来たかいがあったってものだな。」
思っていたのとは違うがレッドウィンター特有の文化も知れて話に花が咲く面々。
「それに俺の国でも似たようなイベントがあるしなんだか懐かしく思ってる。」
「へぇ、どんなイベントなんだい?」
「『ファスナハト』って言ってな、変な仮面を被って街を練り歩いてご馳走を食べて冬を追い払って春を迎えようっていうお祭りさ。」
「おぉなんだかおもしろそうなイベントですね!」
「まぁ…俺が参加したのはだいぶ毛色が変わっていたやつだけどな…。」
「…なんだかヤバそうな感じがするから聞かないでおいてあげるわ。」
そんな遥か昔のアパラチア遠征の思い出話などもしつつ一行は歩みを進めていき、
「よっしゃついたぞ!ここがアタシらの拠点『レッドウィンター旧校舎』だ!」
227号特別クラスが拠点としている古びた建物である旧校舎に到着した。
「…前のうちの校舎よりボロボロだけど大丈夫なの?」
「まぁ隙間風は吹くし熊は出るし結構大変だけどなんとか暮らせてるぞ?」
「くっ熊っ!?熊が出るんですかここ!?」
「大丈夫ですよ!そういう時はサイナちゃんかルマちゃんが仕留めてくれますから!」
「いい食料…毛皮も温かい…助かる。」
「なんとも頼もしい事で…。」
「まぁ入ってくれ。簡単な暖炉くらいはある。」
そんなとんでもない事情を聞きつつネイト達も旧校舎に入ることに。
確かに中の廊下には所々雪が積もっていたり室内なのに外と気温が変わらなかったりとかなり老朽化が進んでいることがうかがえる。
中に入ると…
「うっすカイア委員長!」
「お帰りなさい!」
「オウただいま。アンタ達も挨拶しな。」
『ようこそ、アビドスの皆さん!』
これまた室内なのに防寒着を着込んだ何人かの227号特別クラス所属の生徒達が出迎えてくれた。
「へぇ問題児ばかり集めたクラスって聞いてたがそこまで荒れてる感じじゃないな。」
「元がボロボロですからこれ以上あれようがないってのもありますけどね。」
「それはそれでどうなの、ノドカ先輩…?」
「今に始まった事じゃねぇから気にすんな、セリカ!」
「こっち…談話室に…案内する。」
「お邪魔しますね。」
一行は中を進み旧校舎の談話室に到着。
…のだが、
「Zzz…Zzz…。」
「あぁっと…お邪魔だったか?」
古びた暖炉の前に置かれたこれまた古びたソファには寝息を立てている先客がいる。
ノドカのものより手っとしたグレーの防寒着ときており蒼白色の髪と柊姉妹のそれよりも毛並みがよくサイズが一回り小さいイタチ風の耳と尻尾を持っている。
「あの子…こんなとこで寝て平気なの?」
「アイツ、また飲んでるな。」
そんな彼女を見てカイアは少々呆れたような表情を浮かべ…
「おい、シグレ。」
「んむぅ…?あぁカイア先輩…?」
「客が来るって言ってたろ?少しはシャンとしな。」
「はぁ~い…。」
彼女の肩を揺すり目覚めさせた。
トロンとした目でこちらに視線を向け…
「いらっしゃ~い。貴方がカイア先輩を倒したっていうネイトさん~?」
「あぁそうだ。君は?」
「初めましてぇ~。227号特別クラスの2年生の『間宵シグレ』だよぉ~。」
彼女、間宵シグレがユラユラと揺れながら自己紹介する。
「ねぇ…あの子大丈夫なの…?」
「ちょっと…酔ってるだけ…気にしないで。」
「…え?酔ってるん…ですか…?!」
「まぁまぁそこはまた後にでも!ササッ座ってください!」
「シグレ姉、アタシの分のカンポットも残ってる?」
「あるよぉ~。」
ノドカに促され一先ずネイト達もソファに座り、
「さてさて…さっそく見せてもらおうか、дядя?」
「それじゃ勿体ぶるのもあれだし…。」
一同が目を輝かせる中談話室のど真ん中に置かれた樽に手をかけるネイト。
そして…
キュッキュッ…!
「えっ蓋を開けるんじゃないんですか!?」
「蓋はあくまでフェイク。タガの所で螺子切って隠せるようにしてあるんだ。」
「へぇ~…今度その隠し方やってみよっと。」
一番上のタガの部分から上を捻り徐々に外していき…
カッポン!
「よし。」
綺麗に上が外れぽっかりと開いた空間にネイトが手を突っ込み、
「ほら、カイアにサイナ。約束の品だ。」
「へぇ…これはまた豪勢なのを…!」
「ウォーっすげぇー!!!」
綺麗なラッピングが施された細長い箱を取り出し柊姉妹に差し出した。
「あッ!カイア先輩にサイナちゃん!ラッピングは破らないでくださいね!あとでコレクションしますから!」
「わぁってるって!」
「はいよ、物々交換にだって使えるかもしれないしな。」
二人は笑みを浮かべてそれを受け取り小型ナイフを取り出しラッピングを丁寧に開けていき…
カパッ
蓋を開けるとそこにあったのは…
「フォォォ…!これがトリニティの高級チョコ…!」
「すげぇや…!チェリョンカなんかじゃねぇ香りだ…!」
色とりどりの様々な形の小粒のチョコが所狭しと並んでいた。
そう、ネイト達がここまで厳重な偽装工作をして運び込んだものはトリニティで買いこんだ様々な名店の高級チョコレートだ。
カイアとサイナが囮を買って出た際にネイトからの報酬として要求した代物だ。
「なぁなぁдядя…!これ食べてもいいのか…!?」
「それはもお前たちのものなんだぞ?俺の許可はいらない。」
「それもそっか!んじゃ、いただきまぁ~す!」
「いただかせてもらう、дядя…!」
感謝の言葉もそこそこに早速一粒摘まんでカイアとサイナはチョコを口に放り込んだ。
次の瞬間、
「~ッ!な、なんじゃこりゃあ…!」
「これが…チョコ…!?んじゃ…チェリョンカって何なんだ…!?」
味わったことのない複雑なコクのある甘さとバランスの取れた苦さが彼女たちの舌を支配する。
レッドウィンター特産のミルクチョコ『チェリョンカ』も227号特別クラスでは貴重だ。
それと比較するのも烏滸がましい味わいだった。
「それはよかった。ほら、ノドカとシグレの分もあるぞ。」
「本当ですか!?」
「おぉ~太っ腹だねぇ。」
「ここの生徒全員が満腹になるくらいって言われたからな。」
「こっちの樽には別のお店のチョコが入ってますよ。」
「全員分ちゃんとあるからしっかり並びなさい。横取りはなしよ。」
『うっす!!!』
持参した全ての樽の偽装した蓋を開けネイト達は227号特別クラスの生徒達に様々なチョコを配り始めた。
「ハハッ!こりゃホントに最高のイワン・クパーラだぜ!」
「体張った甲斐があったなぁ…!」
「わぁ…食べるのがもったいなくなるくらい綺麗なチョコですねぇ…!」
「ん~…程よい苦さ、カンポットにもよく合うなぁ~。」
「わぁ…ジャム入り…これ気に入った…!」
柊姉妹だけでなくノドカにシグレにルマや他の227号特別クラスの生徒達も食べ始めそのチョコの旨さに目を見開いて驚いている。
「喜んでもらえたのなら何よりだ。」
「私達もお土産で食べましたけど本当に美味しいですよね、このチョコ。」
「トリニティのスイーツ専門家の推薦だからやっぱり違うのね。」
その様子を微笑みながら見つめるネイト達。
決して安くない買い物だったがここまで喜んでくれたのなら密輸じみた運び方をした甲斐があったというものだ。
しばしの間、チョコを楽しむ227号特別クラスの面々だったが…
「フゥ~…こりゃ一気に全部食うのはもったいないな…!」
「こんなにたくさんあるんならじっくり楽しまなきゃ損だな、姉ちゃん…!」
「ホントですよ!出来るなら食べずにずっと取っておきたいくらいですもん!」
「それやったらネイトさん達に失礼だよぉ、ノドカ~。ちゃんと美味しく頂かなきゃ~。」
「寒いから…長くもつから…長く楽しめる…!」
今まで食べたこともない代物故かまだ1箱も食べ切らないうちに食べるのをストップするのだった。
「大満足なようで何よりだ。」
「こういう時ばかりはこの隙間風だらけのこの校舎が有難いぜ。」
「それって大丈夫なの、カイア先輩…?」
「電気もしょっちゅう停電するからな、ここ。」
「まぁ何とか生きてけてますから平気ですよ!」
「あの…それって学校のクラスとして成り立ってるんですか…?」
「事務局も私達のこと忘れてるとこあるからねぇ。」
「大変だけど…みんな一緒で…乗り越えられてる。」
そんな極寒の大地にも負けないワイルドな227号特別クラスの逞しさに…
「…フフッなんだか前のアビドスみたいだね、セリカちゃん。」
「ホント…気温も場所も何もかも違うのになんだか懐かしいわ。」
アヤネとセリカはネイトがくる以前の5人だけで切り盛りしていたアビドス高校を、
「そうだな…。俺もいろいろ思い出されてくるよ。」
ネイトは連邦時代から続く生きる者の姿を思い出していた。
そして…
「…カイア、ここに工具や材木とかはあるか?」
「ん?あぁ、製材所の跡地も近いしモノは一通り揃ってるぞ?」
カイアにここの状況を尋ね…
「よし、何かの縁だ。最低限だが校舎を修繕しよう。」
「私も手伝いますよ、ネイトさん。」
ネイトとアヤネがこの旧校舎の修繕を提案する。
「えぇッ!?本当かよ、дядяにセリカちゃん!?」
「任せろ。俺もセリカも校舎一つ整備してきた腕はあるぞ。」
「ネイトさんには及びませんが頑張ります。」
「おぉ~それはすごそうだねぇ~。」
何を隠そう、ネイトもだがアヤネも校舎の整備や修繕などもやってきた経験がある。
本格的な工事は資材の関連で無理だが隙間風をなくすくらいの修繕はできるだろう。
「そんな?!チョコまで届けてくれたのにそんなことまで?!」
「いいのよ、ノドカ先輩。こういったら聞かない二人なんだから。」
「おぉそりゃ頼もしいな!よっしゃあたしも手伝ってやるぜ!」
「張り切りすぎて…壊さないでよ…サイナ。」
「そんじゃ学級委員長としても見てるだけ入れないな。おい、チョコの礼だ。アンタ達も手ぇ貸しな。」
『了解しましたっ!』
さらにネイトとアヤネに協力すべくカイアの号令で227号特別クラスの生徒達も立ち上がる。
「よし、じゃあまずは工具のある場所を見せてくれ。」
「じゃあついてきな。ぼろいけど使えるのがあるかもしれない。」
「なぁに多少壊れてても修理して使うさ。」
そして、さっそく作業に入ろうとカイアの案内で倉庫に向おうとするネイトたち。
…話は変わるが…ネイトは決して自ら騒動に関わる趣味はない。
どちらかというと首を突っ込むより騒動側から衝突事故を起こしてくる場合が大多数だ。
それは連邦時代に始まりキヴォトスに来てからも変わらない。
どうしてこんな話をしたか?
「ひっ!?なっなんでお前がここにいる!?」
「あらまぁ…これは想定外ですね…?!」
『え?』
旧校舎を出るなり一同はある一行と対峙する。
1人は白い制服に身を包み赤いランドセルを背負った非常に小柄で長い白髪に白いちょび髭を付けている生徒。
もう一人は薄紫の三つ編みツインテールをした生徒。
そして…
「え…師匠…!?何でここに…!?」
小柄な生徒を背負い息も絶え絶えな…『シャーレ』の先生。
「………なぁ、帰っていいか?」
誰に聞かせるでもなく、ネイトの言葉が寒空の下に響くのであった。