ただし、他人を扱う際には、心を用いなさい。
―――世界人権宣言の起草者『エレノア・ルーズベルト』
「どうなっている!?昨日の今日だぞ!?」
「わ、分かりません…!」
場所はカイザーコンストラクション、現在社内はかなりの大荒れ。
それもそのはず、発端は2時間ほど前のこと…
「なぜ昨日の今日であの場所の調査が完遂する!?どう考えても不可能だろ!?」
一昨日、策略に陥れるためにW.G.T.C.に依頼した廃墟区画水没地帯の調査依頼。
道中にすら無数のロボット兵、当地に至ってはかつてのカイザーPMC総力を充てても退かせられた預言者『ケテル』率いるロボット群がいる。
確実にネイトの息の根を止めれるはずだった。
だが…ネイトは生還し調査報告を行うためのアポイントを取り付けてきた。
虚言ではないかと判断されるかもしれないが…彼が廃墟区画に立ち入ったことはすでに確認が取れている。
つまり、ほぼ一日であの広大な水没地帯の調査を終えてきた、と言っているのだ。
信じられないと断じるのも当然だが…相手はあのネイトだ。
どんな事態があっても不思議ではない。
緊急で先日の本社社員も召集しネイトの来訪に備えるカイザーコンストラクション。
そして万全の準備を整えて待つこと数十分後、ネイトとの約束の時間から15分ほど前に…
「来ました!」
カイザーコンストラクションの駐車場に荷物を載せた大型トレーラーが乗り付けてきて運転席から黒スーツ姿のネイト、助手席から一人の生徒が下りてきた。
二人はそのまま社屋の中に入り受付を済ませ、
「お、お早い報告ですね…。」
「いえなに、わが社は仕事が早いことが売りでしてね。」
ネイトはカイザーコンストラクション本社および支所社員と一昨日の時と同じように対面し報告会が開始された。
一昨日と違うのは…
「それで…そちらのお嬢さんは?」
「あぁ、ご心配なく。研修中の者ですので。」
「本日はよろしくお願いします。」
ネイトの傍らにどこか見覚えのある生徒が座っているということだ。
「それで…こちらが御社から依頼された廃墟区画水没地帯の調査データになります。」
「拝見させていただきます。」
話もそこそこにネイトは本社社員に調査結果をまとめたファイルを提出する。
中を改める本社社員、少しでもツッコミどころがあればとことん追求する腹積もりだったが…
「な、なるほど…さすがはW.G.T.C.、仕事の早さもさるものながら正確性も見事な物ですね…!」
水没地帯の地形はもちろん、水中探査による水没廃墟の地形データも詳細に分析されていた。
建築関連を務めるカイザーコンストラクション。
仕事柄測量データを扱うことも多い彼らの目から見ても十二分に納得のできるデータだ。
「しかし、これほど正確なデータをこんな時間でどうやって?」
「そこは我が社極秘の技術と言うことで…。」
その秘密を尋ねるもネイトは極秘と言うことではぐらかす。
「…そうですか。」
本社社員もネイトと守秘義務に関する契約を結んでいないこともありそれ以上追及することもできずそこでいったん話を区切る。
だが、種を明かせば非常に単純なものだ。
地形データは防衛室施設にあったデータから拝借。
測量データはベルチバードによる空中からのデータ収集。
水中データはマサチューセッツのソナーによる音響探査で集めたものだ。
それらをいい感じにまとめたのが今しがた本社社員が見ていた物である。
「…つかぬことをお聞きますがあのトレーラーの荷台にある物は?」
話題を変えるためか、ネイトがトレーラーに乗せてきたものについて尋ねることに。
見るからに非常に大型のものだがそんなものをここに何のために運んできたか、その意図がカイザー側には分からなかった。
「あぁ、実はあれも御社に報告しなければならないものでして。…覆いをはがしに向かってもよろしいですか?」
「え、えぇ構いませんよ。」
社員に断りを入れネイトは一旦退席しトレーラーに向かう。
そして、トレーラーに戻ると物を覆っていた布を引きはがした瞬間、
「なっ…!?」
本社社員どころか目撃していた全てのカイザー社員の表情が固まる。
そこにあったのは…残骸だった。
白を基調とした装甲の巨体。
鋳溶かされたかのように変形した二門のガトリング砲と最早用をなさないことが一目で分かるVLS。
そして何よりそれのど真ん中に…長大な鉄骨が深々と突き刺さっていた。
(ケ、ケテル…!?)
そう、かつてカイザーPMCの大戦力をもってしても破壊できなかった巨大ロボット兵器『ケテル』そのものではないか。
損傷具合から極々最近破壊されたことは分かる。
つまり…
(け、ケテルを仕留めてきたというのか…!?)
あの水没地帯をケテル諸共『制圧』して調査してきたということに他ならない。
すなわち…
(あの若造…!あいつ一人で我が社のPMC数個大隊に匹敵する戦力だとでもいうのか…!?)
ネイト単身でケテルどころかロボット兵の大群を上回る戦力を有するということに他ならない。
一方ネイトはと言うと覆いを畳み荷台に固定して社屋内に戻ってきて…
「どうですか?同地の調査中に襲撃してきたロボットのサンプルをお持ちしましたが…。」
「そうですか…!あのような危険なロボットがいたとは我々も把握できていませんでした…!」
口では平静を装っている本社社員だがオートマタでなければきっと冷や汗が止まらなくなっていただろう。
機械の体であることを今以上に幸運に思ったことはない。
なにせ、目の前の男を葬ろうとした手段を撃ち破って帰ってきたのだから。
すると…
「へぇ、把握していなかった…ですか。」
「…何だと?」
ネイトの傍らに控えていた生徒がそう意味深な言葉を発した。
「それはおかしい話ですね。」
「おかしいとはどういう意味だね、君?」
研修中の身でありながらかなり踏み込んだ発言をするその生徒を睨みつつ真意を尋ねると…
「いえ…私の代よりもずっと前の話ですが…あのロボットの存在は御社には既知のことだったのでは?」
「なッ!?」
少なくともW.G.T.C.には知るはずのない情報を口走るその研修中の人物。
「な、何を言っている!?出任せを…!?」
出過ぎた真似だと声を荒げてその発言を否定するも…
「あぁ、そういえば言い忘れてました。こちらの生徒は…。」
「『早瀬ユウカ』と申します。ミレニアムサイエンススクールのセミナーで会計を務めています。どうかお見知りおきを。」
胸元からミレニアムとセミナー所属を示す認識票を取り出すユウカに、
「み、ミレニアムのセミナー!?」
先ほどまでの強い口調はどこへやら驚愕一色に染まって狼狽える本社社員。
隣にいる支所社員も顔を青くしている。
(お、思い出した!ミレニアム支所で噂になっていたやり手のセミナー会計!)
ここにきて点と点がつながりユウカの正体を思い出した。
ミレニアム学区におけるカイザーの活動に対しその敏腕を振るい経費を極限まで下げることで知られ恐れられている存在だ。
(いったい何をした!?どうしてアビドスの企業がミレニアムの上層部とかかわりを持ったんだ!?)
いかにカイザーから莫大な利益を簒奪しているW.G.T.C.と言えども所詮は寂れたアビドスの小規模な企業だ。
他学区での知名度などは皆無にすぎないはずだ。
そんな企業が三大校の一角『ミレニアムサイエンススクール』のトップ層と関わりを持ちこの場に連れ立ってくるなど想像もできるわけがない。
「それで?御社はあのロボットの存在を知らなかった、そうおっしゃいましたね?」
「そ、それは…!」
「おかしいですね。こちらの資料では…あのロボットのせいで廃墟区画での作業が滞ったと報告されているのですが?」
そういい、私物のタブレットの画面を社員に見せるユウカ。
そこには数十年前のカイザーから提出された報告書が表示されていた。
「ここには御社グループのPMC八個大隊が『ケテル』と呼称される巨大ロボットと戦闘、敗退した影響で作業に滞りが出るとされていますが?」
ケテルの存在を把握していたという決定的な証拠を示された本社社員はと言うと…
「そ、そのようなこともあったような…。」
記憶の片隅にあったかのように白を切るしかない。
だが…
「ふ~ん…では今回W.G.T.C.への現地調査依頼時にそのことを通達しなかった理由は?」
そんなことで逃すユウカではない。
さらに踏み込んで追及すると…
「な、何分数十年前のことでしょう?社内でも把握している人物も少ないので…。」
資料そのものの古さを挙げなおもかわそうとするが…
「それはまたおかしい話ですね。」
今度はネイトが懐からボイスレコーダーを取り出し再生する。
そこから流れるのは…一昨日の依頼時の内容だ。
さらにそこには…『廃墟解体事業』はミレニアムから委託契約を受けていたという音声もあった。
「ろ、録音していたのですか…!?」
「認識の齟齬は契約時に大きな狂いを生みますからね、当然のこと。…で、貴方はミレニアムとの契約内容を把握していた。」
「つまり、報告書の内容も把握していなければおかしいはず。把握できていなければそれは御社側の業務怠慢では?」
この録音によって『知らぬ存ぜぬ』が通用しなくなり『ケテルの存在を隠した』と言う事実を言い逃れできなくなった本社社員。
「も、申し訳ありません…!我々の確認不足で告知義務を怠りました…!」
真の目的を明かすわけにはいかないがそれでも自分たちの非を認めネイトとユウカに頭を下げる本社社員。
その様子を見たユウカが…
「なるほど…。これは御社とのこの契約を見直す必要がありそうですね。」
カイザーとの契約に関してそんなことを口走ったものだから、
「ッ!?ま、待ってください!?なぜですか!?」
さすがの本社社員も大慌てでそれに待ったをかけるが、
「ですが…御社が数十年放置していた事業上の障害をW.G.T.C.はこの短期間で排除し大きく進めたんですよ?」
「うぐッ…!?」
ネイトがやり遂げた水没地帯の調査報告書を指さしながらその事実を突きつけ、
「それに…事業停滞中も御社には毎月契約金の一部を支払い続けているんですよ?数十年ともなればその額は莫大なものになりますが?」
「そ、それは…!」
廃墟区画の解体事業はカイザーコンストラクションとの事業契約を交わして行われるはずの事業だ。
当然、事業が止まっても契約時に交わした代金の支払いは少額ながらも支払いが続いている。
いかにマンモス校のミレニアムでも…進まない契約事業に代金を支払い続けるような無駄なことはしたくはない。
「でしたら、御社との契約を打ち切り改めてW.G.T.C.と同様の契約を交わしたほうが非常に利にかなっていると思いますがどうでしょう?」
いかに小規模な企業と言えどしっかりと仕事を果たすW.G.T.C.と契約を結び直すという結論に達するのは自明の理だ。
「ま、待ってください!どうか、どうか我が社に挽回のチャンスを与えてはもらえませんか!?」
正直、W.G.T.C.とミレニアムが契約を交わすのはカイザーとしてはどうでもいい。
問題は…『ミレニアムから契約を切られた』と言う事実による企業の信頼低下だ。
相手はキヴォトスにおける上澄みの学校だ。
その学校に契約を切られたということが広まれば確実に多方でも計り知れない悪影響が生まれる。
それこそ、ここ半年でW.G.T.C.から受けた経済的ダメージなどかすむ程の大打撃だろう。
泡食ってユウカにそんな提案をするも…
「ですが、今回の調査依頼はW.G.T.C.への委託を目的としたものでは?」
「あっ…!」
この調査依頼そのものがミレニアムから任された仕事を投げ出したとみられても仕方ない内容なのだ。
そんなことをするような企業に今の契約をそのまま継続するものか?
否、カイザーコンストラクションであってもそんな舐めた真似をされたのであれば即契約打ち切りだろう。
「でしたら何も問題ありませんよね。後日、改めて契約内容を精査しその内容を…。」
無情にも逃げ道はすべて潰されている。
このままミレニアムからの契約を打ち切られるのを待つしかカイザーコンストラクションにできることはない。
「ま、待ってください…!どうか…どうか…!」
それでも何とか食い下がる本社社員。
すると…意外なところから助け舟が出された。
「まぁまぁ、ユウカ。そう邪険するもんじゃない。」
「ネ、ネイト社長…?」
なんとカイザーからかなりの不義理を働かれたのにも関わらずネイトがユウカの言動を諫め始めた。
「…申し訳ありません、ネイト社長。研修中の身でありながら出すぎた真似でした。」
ユウカもネイトの言葉を受け一歩下がったような態度になる。
「申し訳ありません。何分まだ研修中の身なものでどうかご容赦を。」
「い、いえ…まだお若い方ですのでこちらも気にしては…。」
なんとか危機を脱し胸をなでおろす本社社員。
だが…
「ですがまぁ、今のままではセミナーの会計である彼女も納得しないでしょう。」
「た、確かにそうですね…!」
ミレニアムの事情にも納得するような意見を述べると再び顔が曇る。
その変化を見逃すネイトではない。
「どうです?ここは一つ、三方が納得できる案があるのですが提案してもよろしいでしょうか?」
ここに来るまでに考案したある『案』を提案し勝負を仕掛ける。
「私は構いませんよ、ネイト社長。」
ユウカは余裕を持った様子で、
「ぜ、ぜひその案をお聞かせ願えますか?」
本社社員は藁にも縋る思いでネイトの提案を聞くことを了承した。
「では僭越ながら…。」
両者の了承を受けネイトの提案は始まった。
まず第一にミレニアムとカイザーは契約を継続する。
この際、ミレニアムの契約金の支払いはそれまで通り工事停止中の額の定額制。
次に、改めてカイザーとW.G.T.C.が事業委託の契約を締結。
W.G.T.C.への成果報酬を従来通り完全歩合制とする。
そして、W.G.T.C.はミレニアムに成果報酬の5%を支払う。
対価としてミレニアムはW.G.T.C.に通行権と廃墟区画全域での活動を容認する。
「…どうですか?これならば御社はミレニアムと契約を継続、弊社は事業委託の契約を結べミレニアムも損をしない。三方が利益を得られる案だと思うんですが如何でしょう?」
カイザーコンストラクションはミレニアムと契約継続で信用に傷はつかない。
W.G.T.C.はカイザーコンストラクションと契約を結べミレニアムから廃墟区画での活動の自由を得られる。
ミレニアムはW.G.T.C.からの見返りで損失をある程度回収することができる。
「そッそれは魅力的な提案ですね、ネイト社長。」
このネイトの提案にはユウカも若干目を見開きながら即座に了承する。
話を聞くだけならどこも損をしていない様にしか聞こえない。
だが…
(ふ、ふざけるな!?何が三方が利益を得られるだ!?)
本社社員はこの提案のからくりを即座に見抜いた。
確かに提案通りならカイザーコンストラクションは信用も傷もつかず成果報酬さえ支払えば今後もミレニアムと関係を保つことができる。
問題は…委託先がW.G.T.C.だということだ。
ネイトはこういった、『完全歩合制』と。
一般の会社なら問題はない。
なにせ、廃墟区画の建築物は高層物がほとんどだ。
一棟解体するのに一月はかかるだろう。
だが…もう一度言おう、委託先はW.G.T.C.なのだ。
家どころかビルを日に数十棟解体しうる技術を持つ会社なのだ。
そんな会社が廃墟区画の解体作業を行おうものなら?
答えは簡単、一日で数十棟の高層ビルが資材に化けその解体費用を支払わなければならない。
しかも、事業委託となれば…アビドスのように割引されることもなく正規の費用を支払わなければならない。
高層ビル解体など一棟で数千万~億単位の費用が掛かる。
そんなことになればミレニアムから受け取る契約金など一瞬で吹っ飛ぶだろう。
(この若造…!我々から暴利を貪りミレニアムに恩を売るつもりか…!?)
結果として一番得をするのはW.G.T.C.だ。
ミレニアムはそのおこぼれ…おこぼれと言うにはあまりにも豪勢な物だが…に与るに過ぎない。
全ての損害はカイザーコンストラクションに押し付けてこの二者だけが得をする。
到底受け入れられるような内容ではない。
だが…
「カイザーコンストラクションさんはいかがでしょう?」
「そ、そうですね…!大変魅力的な提案だと思います…!」
哀しいかな、カイザーコンストラクションに拒否権はない。
拒否すればミレニアムは確実に契約を打ち切り直接W.G.T.C.と契約を結ぶだろう。
そうなってしまえばカイザーコンストラクションだけでなくグループ全体の損失だ。
そんなことを…カイザーコーポレーション上層部が許しておくはずがない。
飲むも地獄、飲まぬも地獄。
ならば…まだ誤魔化しがきくネイトの案を飲むのが爪の先位マシだ。
「そうですか!では気が変わらないうちに契約書にサインを!」
どこまでもお見通しとでも言いたいのか、ネイトは即座に先の内容が記された契約書を取り出し本社社員に差し出す。
記入欄にはご丁寧にネイトの名前がすでに記入済みだ。
震える手で本社社員も記入欄に記入し、
「ほら、ユウカもここに記入を頼む。」
「は、はい!」
ユウカも喜び勇んで記入欄に記入していく。
「では契約書の写しをどうぞ。これで契約締結と言うことで今後とも良きお付き合いをしていきましょう。」
「は、はい…よろしくお願いしますね…。」
満面の笑みを浮かべたネイトと固まった表情の本社社員は固い握手を交わし…
「では、我々はこれで。解体作業については後日から開始しますので。ではいこうか、ユウカ。」
「ハイ、ネイト社長。では、今後ともミレニアムをよろしくお願いしますね。」
こちらも満面の笑みを浮かべたユウカを連れ立ってカイザーコンストラクション社屋を後にしていった。
そして残された本社社員は…
「く…くそったれがあああああああああああ!!!!!!!」
テーブルを蹴り上げ溜まりに溜まった鬱憤を大爆発させるのであった。
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「いやぁ、上手くいったなぁ。」
帰りのトレーラー内、ネイトは運転しながらそんなことを呟いていた。
「でも、あんな契約をするなら最初から言ってくださいよ、ネイト社長!?合わせる私の身にもなってください!!!」
助手席に座っているユウカは口ではプリプリ怒っているが…
「だったらその笑顔引っ込めたほうが恰好付くぞ、ユウカ。」
「え、嘘!?」
その顔は抑えきれないほど笑顔が浮かんでいた。
「嬉しいのなら素直に嬉しがれ。そっちの方が可愛げがあるぞ。」
「…はい、正直言って想定外の大きな利益に嬉しさが止まりません…!」
W.G.T.C.の高収益の秘密はすでにネイトから聞かされている。
実際にその辺の廃屋を解体したときにはユウカもあんぐりしていた。
マネしようがない技術なのでそれはいいとして…
「えぇッと…一日30棟解体できたとして解体費用の中央値を6000万円として…一日18億…ですって…!?」
非常にざっくりした計算ではあるが現在のW.G.T.C.の日収の優に100倍近い金額を稼げる試算が出ている。
しかも、上記の計算でいうとその5%の9000万円がミレニアムの懐に入ってくることになる。
これが笑顔にならずにいられようか。
そんな笑いが止まらないユウカだが、
「交渉のやり方は及第点だが踏み込みすぎる癖はどうにかしたほうがいいな。」
「うッ…!」
先の交渉における反省会が始まり表情が固まる。
「いいか。どんな交渉でも『誘導路』はちゃんと残しておけ。」
「誘導路…ですか?」
「さっきのでいうと俺の契約内容がそれだ。」
「あのえげつないのがですか…!?」
正直、冷静になってみるとあの契約内容は非常にえげつない。
あんな契約を飲まざるを得ない状況になったカイザーコンストラクションには同情しさえしている。
「だが、ユウカよ。もし俺が待ったをかけずあのままミレニアムとの契約打ち切りの話になってたらどうなってたと思う?」
「どうって…どうなるんですか?」
「一番恐ろしいのは『失うものがない連中』だ。下手をしたら奴ら、ミレニアムのインフラぶっ壊して出ていく可能性だってあったぞ。」
「そ、そんな大げさな…って言えないのも怖いですね…。」
ネイトの予想だがユウカもその可能性に行き当たった。
カイザーコンストラクションは言わずもがなキヴォトスでは一大勢力を誇る建設企業だ。
当然、インフラ建設にも携わっている。
もし、そんな会社が破れかぶれの行動を起こせば?
ここはキヴォトス、企業も当然荒事には慣れたところばかり。
「そういうのを防ぐための『誘導路』だ。いいか、決して『逃げ道』ではないぞ。あくまで本命につなぐための手段に過ぎない。」
そこでネイトの言う誘導路が生きる。
たとえその先が地獄でも飛び込まざるを得ない状況を生み出し相手を誘い込む。
「下ごしらえも重要だ。相手から冷静さを奪って、こちらには些末だが相手にも利益を与え、誘い込んだところを仕留める。」
「それが後ろのロボットの残骸ですか…。」
「アレにカイザーPMCが敗退したことを知ってな。持ってくればいい交渉材料になると思ったが当たりだったな。」
わざわざベルチバードを三機も新造しケテルの残骸を持ち帰ったのもカイザーとの交渉を優位に進めるためだ。
『こちらは単騎でお前らの戦力に匹敵するぞ』という証明と脅しにもなる。
「本来だったらもう少し譲歩した契約になる見込みだったがユウカのおかげでほぼ完勝に近い契約内容が勝ち取れてよかった。」
さらに公的にも存在を知られたセミナー会計のユウカを巻き込めたのも大きい。
彼女のおかげでさらにあちらは混乱、交渉を想像以上に優位に進めることができた。
「いや、私たちミレニアムも助かりました…。知らなかったら無駄な出費がかさんでましたから。」
今回の交渉は契約もそうだがミレニアムとしても財務上の出費を知るいい機会だった。
何分、数十年前からの契約だ。
現役生ではその内容を調べるものも少なく惰性で今まで契約金を支払い続けていた。
だが今回、ネイトの『頼み』のおかげで余計な支出の存在を知ることができた。
「これからはもっと古い契約書も精査していきたいと思います。」
「そりゃいい心がけだ。そしていいか、これが『ギブ&テイク』だ。ミレニアムは報酬を得て俺達は廃墟区画での活動の自由を手に入れた。互いに得をする関係こそ健全なものだ。」
「…そういえばあれよあれよという間にW.G.T.C.の通行権を認めさせられちゃってましたね…。」
浮かれていた部分もあるが…ネイトはユウカ相手にも交渉を行っていた。
つまり、自分もネイトの交渉術の術中に知らず知らずのうちに嵌められていたということに他ならない。
たった一人で同時に二勢力との交渉を成功させたその手腕…
(これがネイト社長の実力…!先生が及びもつかないと言っていたのも分かるわね…!)
あのシャーレの先生が『敵わない』といった意味がようやくユウカにも分かった。
しかし、
(でも、学べる部分も多いわ…。もっとこの人を見て技術の吸収を…!)
貪欲にその技術を追求しようとするあたりさすがはセミナーの会計を務める傑物だ。
と、ここで…
「…あ、そういえばネイト社長。」
「なんだ?」
「『頼み』は今のだというのは分かりますが…『テスト』と言うのは一体…?」
ネイトがユウカに課した『テスト』を思い出しその内容を尋ねる。
すると、
「『テスト』は簡単だ。コイツの完全な複製を頼みたい。」
「うわわッ!?」
ネイトは『ある物』を出現させユウカに指ではじいて渡した。
慌てて受け取ったそれを見たユウカの第一声は…
「これは…何かの繊維ですか?」
糸巻にまかれた何かの繊維だった。
「『耐衝撃ファイバー』と言うもので平たく言えば防弾繊維の一種だな。」
「これの複製をミレニアムに…?」
「そいつは貴重な物資でな、あいにく俺の技術じゃ生産が上手くいかない。もし、成功した暁にはそちらの提示価格で丸々買い上げる。」
「ほ、本気ですか…!?」
正直、ミレニアムの科学力をもってすればこれの成分解析や分子構造の解明は容易だろう。
無論、大量生産も可能かもしれない上買い上げも確約してくれるということなので食いっぱぐれもない。
しかし、それだけがネイトの『テスト』ではない。
「だが、条件がある。開発と製造に携わった者以外、その繊維の存在は決して外部に漏らすな。1bのデータも一欠けらの実物もだ。」
「…ミレニアムの技術とセキュリティのテスト、と言うことですね。」
言われてみれば納得する。
ネイトの技術はおそらくミレニアムのそれを凌駕しているものばかりだ。
もしそれをミレニアムに提供するとして…もし外部流出したらどうなるか?
「もし、情報の外部流出が確認されたらテストは失格、技術提供は悪いが無しだ。どうだ、テストとしては十分な内容だろ?」
「…分かりました。そのテスト、必ず完遂して見せます。」
望むところだと言わんばかりに力強いまなざしで答えるユウカ。
「良い心意気だ。頼んだぞ、ユウカ。」
その気合を感じ、ネイトもユウカに耐衝撃ファイバーの複製を託すのであった。
そうこうしているうちにトレーラーはアビドス高校に到着。
「おかえり~、どだった?」
「お疲れ様、ユウカ。ネイトさんもお疲れ様です。」
停車場所にはホシノ達と先生が二人の帰りを待っていた。
「ただいま、皆。ふふ~ん、カイザーの鼻を明かして大型契約分捕ってきたぞ。」
「ん…どれくらい大きな契約なの?」
「廃墟区画丸々の解体事業の委託契約だ。日収が概算で今の100倍近くになるぞ。時給を今の倍以上にしても問題ない位だ。」
「ひ、百倍ですって…!?またとんでもない額の契約を…!?」
「ネイトさんの能力前提とはいえよくそんな契約を結べましたね…!?」
「ここにいる『冷酷な算術使い』のおかげだな。」
「ちょ、ちょっとネイト社長…!その呼ばれ方はあまり…。」
モモイのあだ名を再び呼ばれ少し眉をひそめるユウカ。
正直、余りその呼ばれ方は皆に怖がられているようで彼女は好きではない。
が、
「何を言っている?それを言うと…我が社の会計士は血も涙もないぞ…?」
ネイトが表情を曇らせながらそんなことを言い放つ。
「そ、それは…ネイト社長も大変なん…。」
その様子を見てやはり苦労があるのかと心配になるユウカだがよくよく思い返すと…
「………って、キャシーさんとクランシーさんはロボットだから最初から血も涙もないじゃないですか!」
W.G.T.C.の会計士はロボットだと思い出し盛大にツッコむのであった。
『…プっ、アハハハハハハ!』
ネイトのアメリカンジョークとユウカの鋭いツッコミにしばし間を開けドッと笑いが起こる一行。
ユウカも口元を抑え笑っている。
「いや~ユウカもどこか柔軟になったようでよかったよ。」
「ハイ、ネイトさんと一緒に交渉の場に携わって私も大いに勉強になりました。」
「粗削りだが見どころはある。改めて言うが踏み込みすぎる癖をどうにかすれば化けるぞ。」
「うぐッ…今後とも精進します、社長…。」
「うん、生徒が成長できたようで私も嬉しいよ。」
わずか数時間の間に確実に変化したユウカに先生も頷きながら微笑ましそうに彼女を見つめる。
と、そこへ、
「あ、ユウカにネイトさん!帰ってきたの?!」
「おかえりなさぁい、お二人ともぉ~♪」
学校探検を終えたモモイ達とノノミも合流。
「ただいま、ノノミ。探検はどうだった、三人とも?」
「もう最ッ高!SF顔負けの設備とか初めて見るロボットとか見れてとても楽しかったよ!」
「発電設備や防衛設備もいいゲーム作りの資料になりました。撮影許可も出してくれてありがとうございます、ネイトさん。」
「ミレニアムでも見たことないのに、どこかレトロな雰囲気もあって、とても心躍りました。」
「三人ったら雷雲号によじ登ったりしてとても興奮してましたよぉ♪」
「そうかそうか。楽しんでもらえたようで何よりだ。」
どうやら校内探検は想像以上にモモイ達にとっていい刺激になったようだ。
すると、
「…って、モ~モ~イ~!アンタ、ネイト社長に余計なこと吹き込んだわね~!」
思い出したようにユウカはモモイを叱りつけるように声を上げる。
「ヒエッ!?な、何のこと…!?」
「『冷酷な算術遣い』なんてアンタしか呼ばないでしょ!?」
「ちょお、ネイトさん!?ユウカにそれ言っちゃったの!?」
「やっぱり!今日と言う今日は勘弁しないわよ!」
と、モモイをとっちめようとユウカが動き出そうとした瞬間、
「うわ~ん!助けて、ネイトさん!」
「おっと。」
素早くネイトの背中に回り込むモモイ。
「ネイト社長、そこどいてください!モモイ捕まえられない!」
「どうどう、落ち着けってユウカ。モモイ、言った俺が言うのもなんだがあんまり人に『冷酷』だなんていうもんじゃないぞ?どっちかと言うと、ユウカは情に篤い方だと俺は思うからな。」
「うぅ…ごめんなさぁい…。」
「謝るのは俺にじゃなくてユウカにだ。」
「ごっごめんね、ユウカ…。」
ヒートアップするユウカを落ち着かせつつ背後に隠れるモモイを諫めるネイト。
モモイもネイトに隠れながらではあるがしっかりとユウカに謝罪する。
「も、モモイ…?あんたいつになく素直じゃない…!?」
普段の『悪ガキ』と言った様子のモモイしか知らないユウカは素直に謝罪する彼女の姿を見て…
「…はぁ~、もういいわ。もうそんな呼びかたは止めてよね。」
「うッうん、わかったよ…。」
毒気を抜かれたのか落ち着きを取り戻した。
「す、すごい…!ユウカ先輩とお姉ちゃんを同時に落ち着かせちゃった…!?」
いつもであるならユウカにとっ捕まって〆られるモモイと言う光景なのだがネイトが間に入ると非常に穏便にことが済んだことに驚くミドリ。
「や、やっぱり、ネイトさんって、不思議な人…。」
「ん…なんだかとても大きくて安心できる雰囲気があるのがネイトさん。」
「ホント…人と人の間を取り持つのが上手い人よね。」
「それがネイトさんの特技であり魅力でもありますから。」
「今までいろんなことを解決してきましたからねぇ~♪」
「人誑しここに極まれり、ってやつだねぇ。私たちも誑し込まれちゃってるんだけど。」
「アハハ…やっぱりすごいや、ネイトさんは。」
ユズやホシノ達もそんな三人の様子を微笑ましく眺めるのであった。
「さて、もう結構遅い時間だな。モモイ、ミドリ、ユズ、ユウカ。駅まで送っていこう。」
「え?あ、もうこんな時間…。」
「さすがに3日間も学校を留守にするのはまずいわね…。」
そろそろ日が暮れてくる時刻だ。
言い方は悪いがアビドスと違いまともな学校のミレニアム学生の四人はさすがに出席日数が少なくなると色々拙い。
「んじゃ、おじさんも付いてこうかな。一応、モモイちゃん達にはお世話になったんだし代表してお見送りしなくちゃ。」
「では、私も。」
「分かった。バンだったら乗れるだろう。」
同乗者にホシノと先生が名乗りを上げ一行はアビドス駅へと向かう。
その後、問題なくネイトたちは駅に到着。
「バイバ~イ、ネイトさん!今度うちの部室に遊びに来てね!」
「この二日間、いろいろ経験させていただきありがとうございました。」
「ゲームの新作できたら、一番最初に、お知らせしますね。」
「ネイト社長、テストの件はまた追って報告します。本日は貴重な経験と大きな契約を締結していただきありがとうございました。」
「じゃあな、今度は俺がミレニアムを訪問させてもらう。いい知らせを楽しみにしてるぞ、ユウカ。」
「またね~、モモイちゃん達。会計ちゃんもいろいろ頑張ってねぇ~。」
「またね、ユウカ。モモイ達も気を付けて帰るんだよ。」
ミレニアム行きの切符を買い与え四人を電車に乗るまで見送るのであった。
すると、
「…あれ?先生はD.U.に戻んなくていいの?」
ホシノがここに残った先生に尋ねる。
そろそろD.U.方面に向かう電車も来るが切符を買った様子はない。
その理由を…
「あぁ、なんか俺の下で少し『弟子入り』していろいろ学びたいんだと。」
こともなげにホシノに伝えるネイト。
「…えぇ?おじさん、初耳なんだけど…。」
「帰りがけのベルチバード内でネイトさんに相談しちゃって…。言うタイミングがなかったのはごめんね、ホシノ。」
「学校の雑用や問題の解決をいろいろ手伝ってくれるっていうことだから俺は了承したんだがホシノに話を通してなかったのはすまなかった。」
そう、ベルチバード内で先生がネイトへのお願いがこの『弟子入り』の件だ。
何分、色々と経験不足が露呈した今回の廃墟区画への遠征。
今後、このようなことが起こらないとは限らない。
そして何より…そんな事態が起こったときにネイトのサポートがあるとは限らない。
いや、ないものとして考えた方が自然だろう。
ならば、少しでもネイトの下で『指揮官』としての技術を学ぼうとするのは自然のことだ。
「俺としては人手も増えるからいいと思うがどうだろう?」
「うへ~、そういうことは早めに相談してほしかったけど…まぁ、ネイトさんが認めているなら私は文句はないよぉ。」
正直、先生を心からはまだ信用してはいないがネイトの人を見る目は確かなことはよく知っているホシノ。
そのネイトが認めた、と言うのであれば拒否する理由はあまりなかった。
「しばらくの間よろしくね、ホシノ。」
「はいは~い、ビシバシ働いてもらうから覚悟してよぉ?」
「アハハ…お手柔らかに頼むよ。」
「んじゃ、アビドス高校に戻るか。しばらくウチにいるんなら色々と準備しないとならないしな。」
と、一時的ながらアビドス高校に新たな仲間を受け入れることが決まり学校へ戻ろうとする一行。
その時だった。
「ん?すまない、先に車に行っててもらえるか?」
ネイトの携帯に着信が入り電話に出るためにその場を少し離れスマホの画面を見ると…
「…。」
一瞬固まりながらも電話に出て、
「もしもし?そっちが連絡入れるなんて珍しいな?…え、今日か?…まぁ、俺は構わないが…。…分かった、準備しておくからいつもの時間にな。…あぁ、じゃあな。」
何かの要件を了承し通話を終えるのであった。
通話も終わったのでホシノと先生の後を追うと、
「あれ、待っててくれたのか?」
「そんなに急ぎじゃないしねぇ~。」
ホームを降りる階段のあたりでホシノと先生が待ってくれていた。
「電話はもういいんですか?」
「あぁ、ちょっとした知り合いだ。さ、帰ろうか。」
そんなこんなで三人は駅を後にし平穏にアビドス高校への帰路に就くのであった。
「………。」
唯一、ホシノがネイトの背中に鋭さを帯びた視線を向けているのを除いて。
人付き合いがうまいというのは、人を許せるということだ。
―――詩人『ロバート・フロスト』