―――詩人『オスカー・ワイルド』
闇銀行襲撃を終えアビドス高校に帰校した一同だが…
「な、何よこれ!?一体どういうことなの!?」
回収した書類の内容を確認しているとセリカが激怒。
「あ、アヤネちゃん…!もう一度言ってもらっていい…!?」
「せッセリカちゃん、落ち着いて…。」
「落ち着いてるわよ!」
「ひっ!」
アヤネも彼女を落ち着かせようとするも彼女の怒りは収まらない。
「そうだよ、セリカ…!こういう時は冷静に…!」
「ん…先生、震えてるよ。」
「あ…!」
先生も何とか彼女をなだめようとするがその怒りに気圧される始末だ。
だが、
「…セリカ、ともかく今は話の続きを聞こう。」
ネイトが宥めるでもなく話の先を促すように声をかけると…
「…すぅ~ふぅ~、アヤネちゃん…それ本当なの・・・!?」
深呼吸をしアヤネに話の先を促すくらいには落ち着いてくれた。
そして…
「うん…。手に入った書類を確認したんだけど…カイザーローンはヘルメット団に資金を流してるみたい…!」
アヤネの口から信じたくない事実が語られた。
「そんな…!」
「嘘よ…!そんなの…!」
信じたくなかった。
確かに敵対はしていた。
だが、それでも最近は少しずつ打ち解けてこれるようになった。
ぎこちないながらも敵と味方の垣根を超えれるようになってきた。
だが…
「ヘルメット団は…私たちに銃や大砲を向けてきた連中は…!私たちのお金で武器を調達してたってことでしょ!?」
「これでなぜカタカタヘルメット団があれだけ最新鋭の装備や戦車をそろえられていたか分かったな…。」
「思えば…急に装備の質が向上したのも…。」
「ネイトさんが…借金返済額を大きく吊り上げたころですね…。」
それは自分たちの努力の結晶をヘルメット団は弾丸や砲弾にして返してきていたことに他ならない。
「…書いてあるねぇ、1億4080万円がウチから集金って。」
「端数は切り捨てられているが…間違いないな。」
ホシノとネイトが言うように書類には『アビドス高等学校への貸付金の集金』と言う欄とその金額がしっかりと記載されていた。
「ん…これって…。」
「えぇ、そうだと思います。」
「あ、あの何か心当たりがあるんですか?この1億4080万円って…。」
状況がいまいち飲み込めないヒフミがその文字の意味を尋ねる。
「これは私たちが返済したお金です…。」
「い、1億4000万円ってこんなに借金があったんですか…!?」
「これは一部。最初はもっとあったけど来月には完済できるめどが立った。」
「それはさておいて…この書類はアビドス高校に集金に来たあのトラックで間違いないですねぇ…。」
「だが、その後に『カタカタ』と『カクカク』という二つのヘルメット団に『任務補助金』として『カタカタ』には50万円と『カクカク』には6000万が提供されている…。」
確かに、そのすぐ下には二つの行を使って二つのヘルメット団に対し資金提供を行った記録が記されていた。
「任務…『カタカタヘルメット団』はかなり少額だけど『カクカクヘルメット団』には多額の援助をして仕事の資金に充てさせた…。」
「し、仕事と言うのは…!?」
「…私たちを始末しろっていうことだと思います。」
「そ、それって…!?」
「私達の本当の敵は…カイザーローンだったってことよ…!」
現に先日対空砲まで持ち出されて『カクカクヘルメット団』に襲われたセリカは歯を食いしばりながらそう呟く。
確かにこれほどの大金が提供されれば対空砲の一門や二門取りそろえることも訳ないだろう。
だが…
「…いや、セリカ。それは少し性急な考えだな。」
「ネイトさん…?」
共に戦ったネイトが異議を唱えた。
「カイザーローンとしてはここ最近のうちは上客だ。金にがめついあの連中がそんな上客をわざわざ潰すとは俺は思えない。」
「そ、それは…。」
確かにここ半年てアビドス高校は凄まじい勢いで借金を返済している。
いわば金の卵を産む鶏だ。
カイザーローンにとっても債務回収できることに越したことはないうえ、そろそろ完済とはいえ毎月1億越えの収益は逃したくないはず。
と言うことは…
「…カイザーローンよりももっと上、カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない。」
「…はい、そう見るのが妥当ですね。」
もっと上、つまりこのヘルメット団への資金提供はもっと大きな力が働いているとしか思えない。
確かにこの書類は自分たちの敵を明らかにするには有効だった。
だが、その敵の『目的』を解き明かすまでには至らない。
その後もあれこれ推測を話し合ったが結局答えが出ず夕方となった。
「皆さん、今日はいろいろとありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ変なことに付き合ってもらってありがとうございました。」
いい時間となったのでトリニティのヒフミはそろそろ帰ることに。
「今度何か見つけた時はタダで譲るからそれで勘弁してくれ。」
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ、根こそぎ渡しても構わない。」
「わぁ!ありがとうございます、ネイトさん!」
「ホントにペロロが好きなのね、ヒフミさん。」
ネイトからそんな約束をして喜ぶ彼女だがその表情を引き締め…
「まだ詳しいことは明らかになっていませんが…これはカイザーコーポレーションが犯罪者や反社会勢力との何かしらの関連があるという事実上の証拠になります。」
彼女はこのまま見過ごすことができなかった。
たった一日とはいえ共に修羅場を潜り抜けたアビドス高校の面々。
そして、自らの趣味に理解を示し貴重なグッズの収集に協力してくれるネイト。
そんな彼らを…ヒフミはどうにかして手助けしたかった。
「戻ったら、この事実をティーパーティーに…!」
自分にはその力がある。
そう確信していたが…
「まぁ…ティーパーティーはもう知ってると思うけどねぇ。アレだけの規模の学園のトップが毎日茶をしばいてるだけなわけないしさ。」
「えッ!?」
「むしろ、伝えたところで『今更?』って鼻で笑われそうだな。どうも俺の苦手なブリティッシュの雰囲気のする連中だし。」
ホシノとネイトはそんなヒフミの提案を冷ややかな態度で受け止めていた。
「いや、トリニティだけじゃない。ゲヘナもミレニアムもとっくに把握しているだろうな。」
「そ、そんな…!?じゃあ何で知っててアビドスのことを…!?」
訳が分からなかった。
困っているなら手を貸すべき、誰でもそのような良心を持っているはず。
ヒフミはその善性を疑うことを知らなかった。
「ヒフミちゃんはいい子だねぇ。…でもね、これはもう『政治』の段階の話。そんなに甘い話じゃないからさ。気を抜いたら…うちはガブッといかれちゃうだろうねぇ。」
「…。」
「P,P、気持ちはありがたく受け取っておく。だが、現状で他学の介入は逆にアビドスの混乱につながってしまう。」
「そ、そうなんですか…?」
「ご覧の通り、かなり持ち直したとはいえアビドス高校はまだまだ小さな学校だ。『今』、アビドスにはトリニティクラスのマンモス校の干渉をコントロールできる余裕はない。」
ヒフミはぴんと来ないが…ネイトは嫌と言うほど同じ事象を見てきた。
大国が小国に介入、力に物を言わせ言うことを聞かせる。
植民地時代の列強がそうだった。
かつてのアメリカとフィリピンがそうだった。
かつてのソ連とキューバがそうだった。
かつての中国とアフリカ諸国がそうだった。
そして…アメリカはメキシコとカナダにも同じことをした。
「…サポートする名目で悪さをされてもそれを阻止できない、ってことですね。」
「そゆこと。まぁ、できないことはないんだろうけど今はうちも強引な手段しか今は取れないからさ。」
「そうですよね…。その可能性もなくはありません。あうう…政治って難しいですね…。」
「政治に興味を持つのは悪くないことだが…これは本来大人の仕事だ。難しくて当然だから気にするな、P,P。」
「ちょ、ちょっとホシノ先輩にネイトさんも悲観的に考えすぎなのでは?」
「そうよ、本当に助けてくれるかもしれないし…。」
「私もそう思います。」
そんな二人にやんわりと苦言を呈するノノミ達だが…
「でも、万が一ってこともあるし。それをスルーしたから…ネイトさんが来る前のアビドスはあんなふうになっちゃってたんだよぉ?」
『ッ!』
「それに…もし助けてもらえたとして『その後』はどうなる?タダで助けてくれるほど…どの学校も生易しくはないぞ。」
「万が一に…救援の対価…。」
どこまでもシビアな二人の意見。
だが、シビアであるからこそこの場の全員に『アビドスを守る』という二人の意志が伝わってきた。
この場に重い空気が立ち込める中…
「…大丈夫!きっと方法はある!」
そんな空気を破るように先生がそう元気に声を挙げた。
…が、
「…たぶん、あると…思う。あるんじゃ…ないかなぁ…。」
その勢いは尻切れトンボとなって声もどんどん小さくなっていった。
「…そういうことはな。最後まで胸張ってビシッと決めるもんだぞ、先生。」
「はい…もっと精進します…。」
「アハハハ…でも、今日は本当にいろんなことがありましたね。」
「ん…そうだね、すごく楽しかった。」
「楽しかったのはシロコ先輩だけじゃない?」
「そうか?俺はストレス発散できたぞ?」
「あ、アハハハ…私も楽しかったですよ。」
「いやぁ、ファウストちゃんにもお世話になったねえ。」
「その呼びかたは止めてください!」
「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」
「それはもっとやめてください!!!」
「み、皆さん…ヒフミさんが困ってるじゃないですか。」
「まぁまぁ、今度学校関係抜きで遊びに行くからそん時はよろしくぅ♪」
「ヒフミ、頑張ってね。」
「三人にもよろしくな、P,P。」
「皆さんも…大変だと思いますが頑張ってください!」
『うん!』
「それではまた~!」
こうして、トリニティにいては到底味わえないような波乱万丈の一日を送ったヒフミは彼女の母校へと帰っていった。
「…大丈夫かな、これから。」
ヒフミを見送り、セリカはようやく不安な心中を吐露するも、
「まぁまぁ、今日はもう考えるのやめとこ?おじさんはもぉ疲れたよぉ。」
確かに今日は色々ありすぎて全員疲労の色が濃い。
このまま話し合ってもいい案は出ないだろう。
「では、また明日に改めて集まりましょう。」
「皆、今日は帰ってゆっくり休みなよ。」
「そうですね!今日はしっかり休んで明日に備えましょう!」
「ん…賛成、今日の作戦でインスピレーションも得られた。」
「そんなの得ないでよ…。もう二度とやらないからね…。」
「徹夜はお肌の敵ってねぇー。」
こうしてアビドス組も今日は解散と言うことに相成ったが…
「あ、ホシノ。明日の約束忘れないでくれよ?」
「おぉ、そういえばそだったねぇ。」
「ん…約束って?」
「パワーアーマーの『新装備』のテストを頼んでるんだ。それに『アレ』の修理も終わったしその試験もある。」
「まっかせてぇ。しっかり相手になったげるから!」
何やらネイトが新しいものを開発したようだ。
「でしたら、会議は午後にしましょう。」
「すまないな、アヤネ。」
改めて、アビドス高校の一日は幕を閉じるのであった。
――――――――――――――――
―――――――――
―――
一夜が明け、場面は便利屋68事務所。
普段は騒がしくも賑やかな場所なのだが…
『………。』
今日はアルどころか普段から場を引っ掻き回すムツキでさえ沈痛な面持ちを浮かべていた。
無理もない。
昨日、カイザーPMCから依頼を打診された…『ネイト殺害』。
達成時の報酬は莫大だ。
それこそ、今後しばらく…どころかこの場の全員が卒業するまで食うに困らないだけの金額を提示された。
だが、それでも…
「…社長、どうするの?」
「ど、どうするって…?」
「その…カイザーからの依頼…受けるの?」
カヨコが彼女らしくない哀しさを湛えた表情でアルに尋ねる。
「確かに…一筋縄じゃ行かない人だもんねぇ、ネイトのおじ様…。」
普段の元気もなく暗い面影で語るムツキ。
そう、ターゲットはあの『ネイト』なのだ。
確かに普通のキヴォトス人と違い弾丸一発でケリがつく。
しかし…どうやって戦う?
望遠鏡を使ってやっと見える距離から肉眼で補足された。
対峙してもあの早撃ちが待っている。
しかも、未だその強さに底が見えない未知数の塊だ。
そして何より…ネイトを敵に回すということはアビドス高校を敵に回すということだ。
あのネイトが『鍛え上げた』という精強な生徒たちばかりの学校だ。
「…一応、資金にできるお金はある。これを使えば傭兵だって丸ごと雇えるはず。」
「それに私達の装備だってもっとすっごいのをそろえられるよ。それこそ…おじさまを…。」
昨日、忘れられていったバッグはそのまま持ち帰ってきている。
現金も手付かずのままだ。
あくまでカヨコとムツキはアルがこの依頼を『受諾』すること前提で話を進めているが…
「………。」
「…アル、聞いてる?」
「え、えぇ!聞いてるわよ!」
どうにも心ここにあらずのアル。
「…分かるよ、アル。『殺し』の依頼なんて…初めてだもんね。」
「そ、それは…!」
今まで様々な依頼をやってきた。
それこそ金さえもらえば何でもやってきた。
迷い猫探しから反社勢力の襲撃などもやってきた。
だが…『殺し』の依頼は打診されたことすらなかった。
銃撃戦や略奪が日常のキヴォトス。
そんな中であっても…『殺人』は最も忌避すべき行為だというのはキヴォトス人の共通認識だ。
「…アルちゃん、無理して…。」
そんな重圧がアルの両肩にかかっていることを心配してムツキが声をかけるも…
「む、無理なんかしてないわ!私が目指すのは『法律』と『規律』に縛られないハードボイルドなアウトローなのよ!」
椅子から立ち上がり声を荒げてそれを否定するアル。
「それにネイト社長の話に出てきた伝説のアウトローだって何人も殺してきたのよ!?彼らにだってできることすらできなくて『真のアウトロー』になんかなれないわ!」
そして、あの日胸をときめかせて聞いたネイトが語るアウトローたちを挙げ…
「こ、これは試練なのよ!私がっ!真のっ!アウトローに…!なるっ…為の…!」
これを成し遂げようと威勢を張るも…その声はどんどん小さく震えていってしまう。
何度心に決めても…覚悟を決めても…消えてくれないのだ。
あの人の真っすぐな眼差しが。
あの人の覚悟の決まった表情が。
あの人の戦う雄姿が。
あの人の気高い魂が。
あの人の大きな背中が。
そして…あの人の温かさが。
「…分かんない、もう私には分かんないのよ…!」
「アル…。」
「どうすればいいのか…なにが正解なのか…もう分かんないの…!」
「アルちゃん…。」
「助けて…助けてよ、皆…!私、どうすれば…!」
両手で顔を抑えそう嘆くアル。
夢と現実の狭間でもがき苦しむ彼女に…二人は声をかけることができなかった。
その時だ。
「あ、あの皆さん!」
これまで一切発言しなかったハルカが突如大きな声を挙げ、
「ご、ご飯食べに行きましょう!皆さん、昨日の晩から何も食べてないですし!」
三人に食事の提案をする。
呆然と眺めるアル達だが…
「ほらっアル様!行きましょう!私お腹ペコペコなんです!」
「え、ちょちょっとハルカ!?」
普段の彼女とは思えないような積極性で有無を言わさずアルを外に引っ張っていくハルカ。
残されたムツキとカヨコも顔を見合わせた後その後に続く。
一行が向かったのは…
「あいよぉ、柴関ラーメン四丁お待ちぃ!」
「す、すみません…。開店して早々に押し掛けてしまって…。」
「なぁに、気にするこたぁないよ!のんびりしてってくれ!」
ネイトと初めて食事した店『柴関ラーメン』だった。
四人の前には名物の柴関ラーメンが並んでいる。
「さ、さぁ皆さん!の、伸びないうちに食べちゃいましょ!い、いただきます!」
「「「…いただきます。」」」
先ほどから妙なテンションのハルカの合唱でラーメンをすすり始める四人。
「…美味しいね、やっぱり。」
「うん、あの日の味と何も変わらないね…。」
「…そうね、本当に美味しいわ…。」
啜っていくうちにムツキとカヨコにあの日のことが思い返される。
調査任務だというのに調査対象にご馳走になるという不思議な出来事。
ほんのわずかな間に調査対象から何もかも見抜かれるという不思議な出来事。
決して彼女の夢を笑わず例を挙げ彼女の行く末を問うという不思議な出来事。
あれよあれよという間に調査対象の会社で働くことが決まった不思議な出来事。
いまになってもなにがどうしてあぁなったか分からない。
それでも…あの夜の出来事はかけがえのない思い出だった。
すると…
「…アル様、私…あの依頼…やりたくないです…。」
「ハルカ…?」
「わ、私…アル様の命令なら何でもやってきましたが…あれだけは絶対に…やりたくありません…!」
いままでアルに意見したことなどないハルカが…あの依頼に対してきっぱり拒否してきた。
「わ、私はいつも失敗して…皆さんに迷惑をかけてばっかりの…どうしようもない奴です…。」
「そ、そんなことは…。」
「で、でもあの人は…ネイト様は…そんな私も受け入れてくれて…私の技術を何度も褒めてくれました…!」
ハルカにとって…W.G.T.C.で働いた一週間はとても新鮮だった。
『爆破』しか能がない自分に合った仕事を任せてくれてそれをちゃんと評価し称賛してくれた。
ネイトだけではなく周りの生徒たちも自分の技術に大盛り上がりだった。
ミスしたことがないわけではない。
そんなときもネイトや皆は嫌な顔一つせずフォローしてくれた。
「アル様以外で…あんなに安心できる人に会ったことがなかったんです…。まるで…お日様に包まれてるみたいに…暖かかったんです…。」
引っ込み思案で根暗な自分でも…少し変われたような気がした。
そんなきっかっけをくれたのは…。
「だ、だから…!そ、そんな暖かさを…もう…感じられなくなるのは…いやなんです…!そんなの…耐えきれないんです…!」
いつしか、ハルカの目から大粒の涙があふれていた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい…わがままなこと言ってごめんなさい…!」
「ハルカ…。」
「謝らないで、ハルカちゃん。」
そんな彼女の背中を優しく摩るムツキ。
「…アルちゃん、私も…カイザーPMCの依頼は…受けたくないかなぁ。」
「ムツキ…。」
「私もね…あの一週間が楽しかったんだぁ。」
ハルカに続いてムツキもあの依頼を拒否した。
「そりゃあ…いつもみたいな依頼にど派手なことはなかったよ?でも…そんななのに…今までのどんな依頼よりも充実してたんだぁ。」
ムツキもW.G.T.C.での一週間はとても充実したものだった。
周りに一緒に働く仲間がいて切磋琢磨しながらみんな働いていた。
自分のできることが存分に生かされるそんな場所がとても楽しかった。
みんな一緒に働いてみんな一緒に笑ってみんな一緒にご飯を食べて…。
その中心にはいつもネイトがいた。
「皆がおじ様を慕ってたんだ。私もそんなおじさまがとっても気に入っちゃったの。…アビドスって元不良の人が多いでしょ?そんな人達をおじさまは『力』じゃなくて『心』でまとめてたんだ。」
不良上がりの生徒も、七転八倒団も、カタカタヘルメット団も…皆ネイトを慕っていた。
暴力が蔓延るキヴォトスで…そんな人は見たことなかった。
「…だから、私…おじさまの『心』が無くなっちゃうの嫌なんだ。あのどこまでも深くて優しい…おじさまの『愛情』はなくしちゃダメなんだと思う。」
いつになく真剣にアルをまっすぐに見つめそう訴えるムツキ。
「ムツキ…。」
「社長…ごめん、私も…ホントは嫌なんだ…。もし…社長が受けるっていうなら…私はアルを止めさせてもらうよ。」
「カヨコ…。」
ムツキに続きカヨコも決意の籠った眼差しでアルに自分の気持ちを吐露した。
「二人と同じように私もあの一週間はすごく大変だったんだけどそれ以上に幸せだったんだ。」
一週間、ずっと作業をしている生徒たちに昼食を作り続けてきたカヨコ。
正直、自分は愛想はよくないという自覚はある。
でも、そんな自分が作った料理をみんな『おいしい』と言って笑顔で食べてくれた。
そして、いつも自分に『感謝』してくれた。
「初めての感覚だったの。私でも…沢山の誰かを笑顔にできるっていうことが。中でもね、ネイト社長はいっつもいっつもまるで子供みたいな笑顔で『旨い』なんて言っちゃってさ…。」
社長としても兵士としても熟達しているネイトが満面の笑みを浮かべ食事している光景がたまらなく愛おしかった。
皆が騒がしく食卓を囲む光景を思い出すだけで自然と笑みが浮かぶほどに。
「…だからさ、あの空間を…あの思い出を壊したくないんだ。これだけは…なにがあっても壊させるもんか…。」
「カヨコ…。」
「もし、それでもアルが私からこの思い出を奪うなら…私容赦しないよ。」
そう、目に力を漲らせアルを見据えるカヨコ。
すると…
「なんだいなんだい?なんかあったのかい?」
柴大将が様子をうかがいにやってきた。
「…柴大将、ネイト社長って…どんな人?」
アルは柴大将にぽつりとそう尋ねた。
「ネイトさん?なんとも漠然とした質問だねぇ。」
そんな質問に柴大将はあごに手を当てて考える。
「…『歩みを止めない人』ってのが一番近いかな?」
「歩みを…止めない?」
「あぁ、あそこまで真っすぐに我が道を進み続ける人は見たことないねぇ。」
柴大将から見て…ネイトと言う人物の評は単純な物だった。
「どんな難題と言う大きな山があっても怯まず一歩一歩確実に歩いていくんだ。」
その歩みは止まることはない。
「そして不思議なことに…そんな姿を見てるとその後ろを付いて行きたくなっちゃうんだよ。」
その歩みは人を引き付ける。
「そうしているうちに付いてった皆が変わっちまうんだ。もちろん、いい方向でだよ。」
その歩みで変わった人物は数知れない。
「前にな、一緒に飲む機会があって聞いてみたんだ。『どうしてそんな風に生きれるのか?』って。」
「そしたら?」
「ネイトさんには絶対に忘れない教訓があってな。『人は過ちを繰り返す。それでも歩みを止めないから人なのだ。』ってね。」
「過ちを…繰り返す…。」
「その言葉の意味は詳しく話しちゃくれなかったんだけどな、それでもこの人はずっと諦めず進むことができる人なんだって分かったような気がしたよ。」
「…そう、なの。」
「すまねぇなぁ。正直ネイトさんを知るには俺はまだ若すぎるみたいだ。」
柴大将はそう頭を掻きながらアルにそう謝るも…
「…いいえ、大将。教えてくれてありがとう…。」
彼女はそう大将に礼を述べた。
「そうかい?あんまりそんな暗くなっちゃだめだよ?」
そう言い残し大将は厨房へ戻っていった。
「………ムツキ、カヨコ、ハルカ。」
「なに、アルちゃん?」
「私もね、あの一週間…とても楽しかったわ。」
そして…アルも己の心中を吐露し始める。
「仮にもカイザーに通じてるのにあんな開けっ広げにされて最初は訳が分からなかったわ。…でも、それはネイト社長が私たちのことを信じてくれてるってことに気付いたの。」
アルはあの時、ネイトのポジションを任された
一度は銃を突き付けあい撃ち合い寸前まで至ったというのに。
「嬉しかったわ。こんなことばかりしてる私を…とことん信じて任せてくれたことが。まるでそれが当然みたいに…私をまっすぐに見てくれるの。」
今までいろんな大人に出会ってきたが…初めての経験だった。
自分の夢を笑わずむしろ応援してくれた。
どんなに虚勢を張ろうと…『陸八魔アル』と言う一人の夢を追う少女としてみてくれた。
自分のことを信じ背中を預けてくれた。
そして…自分のなすべき道を己の背中をもって示してくれた。
「あの一週間と昨日のことで…私、分かったの。私がなりたいのは…ネイト社長のような人だって…。」
いつの間にか…ネイトを追うようになっていた。
「強きを挫き弱きを助ける…。そんな気高い彼の心が…とても眩しかったの。」
漠然として暗かった道をネイトが照らしてくれた。
…アルの心は決まった。
「…そう…ね。お金なんかじゃない…。恩も礼も義も忘れちゃ…もうそれは『アウトロー』ですらない…人でなしね…。」
そうぽつりとつぶやき、
「…ねぇ、私…これからも沢山色々間違えるわ。でも…絶対にあきらめないって誓うから…一緒に付いて来てくれる?」
自信なさげだがそれでも笑顔で三人に問うた。
「何をいまさら、私たちは便利屋68だよ?どこまでも付いてくよ、アルちゃん。」
「大丈夫、いつもみたいにフォローするからさ。社長の行く道を一緒に歩いていくよ。」
「は、はい!アル様がどんな障害にぶつかっても一緒に乗り越えます!ダメな時は私が壊します!」
三人は表情を明るくし笑顔でそう答えるのであった。
「…ありがとう、皆。…そうと決まればさっさと腹ごしらえしちゃいましょう!」
ようやく、アルにいつもの元気が戻ってきてくれた。
その後、アル達はラーメンをあっという間に平らげ、
「大将、ありがとう。おかげで悩みが解決したわ。」
「そうかい?いやぁ、そう言ってもらえるとなんだか嬉しいもんだねぇ!」
「ラーメン、ご馳走さま。また来させてもらうわね。」
柴大将に礼を述べ柴関ラーメンの外に出た。
「さて…これからどうするの?」
「カイザーにさっさと連絡しちゃう?」
「もし邪魔するなら今度こそフッ飛ばしちゃいましょう!」
既に次の行動を考えているムツキ達だが、
「…その前にやっておきたいことがあるの。」
何やらアルは恥ずかしそうにモジモジとし始める。
「お、なになに?」
「その…断られるかもしれないけど…。」
「だから何がやりたいのさ、社長?」
「うぅ~…言っても皆笑ったりしない?」
「そ、そんなことするわけないじゃないですか!」
「じ、じゃあいうわね?」
三人に急かされ今やりたいことを言おうとした…その時だった。
彼女たちの耳に…頭上から鳴り響く風切り音が届いた。
『~ッ!!?』
彼女たちの顔から血の気が引く。
すぐにでも逃げなければならない。
だが…
「た、大将!今すぐ伏せ…!」
「アルちゃん!?」
アルだけは一目散に店の扉を開け柴大将に警告…した瞬間、柴関ラーメンが爆炎に飲み込まれた。
そこから数㎞離れた場所で…大部隊が集結していた。
黒い制服に身を包んだ多数の隊員。
その中に、
「あれ、少しずれちゃいましたかね?」
赤いタイツと手袋と眼鏡をかけた生徒と
「まぁいい。奴らを捕縛しやすくなったのは変わらない。」
耳が高く銀髪で褐色の肌に『尻尾』が生えた生徒が佇んでいた。
『風紀』の腕章をつけその首に提げる認識票は…『ゲヘナ学園』の校章が記されている。
…『悪魔』の嵐がにわかにアビドスに吹き始めた。
『地獄は名誉・義務・正義、その他の怖ろしい徳の故郷なのだ。地上の悪事はすべて、こういう名のもとに犯される。』
―――脚本家『ジョージ・バーナード・ショー』