Fallout archive   作:Rockjaw

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やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ
―――大日本帝国海軍 連合艦隊司令長官『山本五十六』


New Resolutions, New Starts

万魔殿:風紀委員会のアビドスにおける無断武力行使に付随する事件の取り調べ記録

 

・銀鏡イオリ

 

「わ、私はただ校則違反者を拘束をしに行っただけだ!なのにアビドスの連中が…!」

 

「民間人への誤射は…あとで損害を補填と風紀の皆で謝罪とかをすればいいと思っていた!それより任務が優先だと…!」

 

「なぜ、委員長に無断で…!?そ、それは委員長がいつも疲れているから私達だけでも任務遂行ができるってところを見せたくて…!」

 

「なんでアイツがお咎めないんだ!?アイツのせいで皆が…!委員長も…!」

 

処分内容『停学50日及び一年間の地域清掃活動の参加義務化』。

 

・火宮チナツ

 

「ハイ、アコ行政官の命令で便利屋68の確保へ…。他学区だというのは分かってました…。ですが、アコ行政官は『大丈夫』だと…。」

 

「イオリの先制攻撃は…もちろん注意しました。ですが…意図して民間人を傷つける意図はなかったんです…。」

 

「ハイ…アビドス高校の方々や便利屋68と対峙していた時に…アコ行政官が先生の確保の命令を…。」

 

「…その後でした…。彼が…彼がみんなやイオリまで…!」

 

「全て悪いのは私達だというのは理解しています…!ですが…あ、あの人は『悪魔』です…!」

 

処分内容『停学10日及び反省文2000枚』

 

・天雨アコ

 

「私はエデン条約の無事の締結やヒナ委員長の負担を減らすために先生をゲヘナに招こうとしていただけです!」

 

「た、確かに委員長の裁可も得ず部隊は動かしました!ですがこれはすべて委員長のためを思って…!」

 

「便利屋68捕縛も当然目的です!それを邪魔しようとする者はすべて捕縛するつもりでした!そうすればヒナ委員長の名声も…!」

 

「が、学区外での行動はもちろん違法だと…!ですが、反抗してきたアビドスの生徒たちにも問題が…!」

 

「で、ですが…か、彼が一個中隊を全員…!彼女たちだけじゃありません、ヒナ委員長も…!」

 

処分内容『無期停学及び外出制限と監視員の同行』

 

―――――――――――――――――

 

――――――――――

 

―――

場所はゲヘナにある『救護医学部』の個室。

 

「…キキキッ、風紀委員長?随分と愛されているなぁ?」

 

「………。」

 

先日の騒動の主要人物の取り調べの様子を愉快そうに眺めるマコトとベッドに横たわり焦点の合わない目でボォッとそれを眺めるヒナ。

 

その姿は痛々しく、全身包帯が巻かれていない場所はなく特に左腕は骨の再生のため石膏で固められている。

 

…これでもあと3日もすれば骨もつながり傷も完治するのでやはり彼女は規格外の存在だ。

 

あの後、現場にいた風紀委員会のメンバーは直ちに救護医学部の病院に担ぎ込まれた。

 

よくて四肢のいずれかの骨折、悪くて空き缶のように潰されているという惨状だった。

 

直ちに救命活動が行われ元より頑丈なキヴォトス人故に死者は幸いいなかった。

 

が…

 

「担ぎ込まれた風紀委員の大半がPTSDを発症。今では腕章の『赤』を見るだけでパニックを起こすありさまとはなぁ。」

 

あの戦闘で受けた心の傷はそう簡単に癒えることはない。

 

たとえ傷が治ったとしても…復帰は絶望的な者たちは少なくない。

 

「言っておくが…人員補充の話は聞かんぞ?これはすべて風紀委員会の独断専行、一歩間違えばゲヘナはお取り潰しになっていたかもしれないことをやらかしたのだからな。」

 

「そう…。」

 

「それから今回の賠償だが一部は負担してやるが風紀委員会の今後の予算から捻出する。これでしばらく、貴様らの予算は0だな。」

 

「えぇ…。」

 

正直言って、マコトからしてみてもこれで済んだことが幸いだった。

 

幾ら三大校の一角とはいえこのような蛮行が許されるはずがない。

 

確実に他学、特にトリニティから猛烈な非難を浴びることは必至。

 

その先は連邦生徒会まで話が上がり…ゲヘナ学園そのものに処分が下る可能性すらあった。

 

それを何とかアビドスのトップとその連携機関の社長と直接交渉することによって双方の落としどころを見つけ被害を最小限に収めることができたのだ。

 

賠償の額は決して安くはないが…金で解決できるのならそれに越したことはない。

 

「…だが、そんなことはどうでもいい。問題は主犯二人が全く反省をしていないことだ。」

 

「…ごめんなさい、マコト…。」

 

「ハンッ!貴様がそんなに素直に謝るとはな。だが、これはこれまでの貴様の風紀委員長としての『働き』が原因なのではないか?」

 

「………。」

 

「これはもはや『依存』と言ってもいいぞ?貴様に依存し続けた結果…こいつらは増長したのだ。」

 

先ほどまでのニヤついた表情が真剣になりヒナを問い詰める。

 

「貴様に頼ればなんとかなる、貴様が動けば問題はどうにかなる…それが積もりに積もって『自分たちは他学区で暴れても平気だ』などと言う愚考に至ったのではないか?貴様のため、と言う大義名分でも何でもない御旗を立ててな。」

 

「………。」

 

「それがこのザマだ。アビドスだったから返り討ちで済んだんだぞ?これがトリニティなら?ミレニアムなら?他のまだ余力のある学校だったらどうなっていたか?それを銀鏡イオリと天雨アコは理解していないのだぞ?」

 

「………。」

 

「それもこれも貴様が『自分で動いた方が速い』と言って何でもかんでもお前がこなすせいではないのか?そのせいで『風紀委員長がいれば何とかなる』などと言う身勝手な思想が生まれたのではないか?」

 

「………。」

 

辛辣としか言えないマコトの意見をヒナは無言で聞いているだけだ。

 

イヤ…おそらく馬の耳に念仏状態だろう。

 

「…ふん、一回負けた程度で腑抜けおって。今の貴様に何か言っても無駄なようだな。…貴様の処分は軽くしておく。傷が癒え次第、扱き使ってやるから覚悟しておけ。」

 

そんなヒナに興味が無くなったかマコトは席を立ち病室を後にしようとするが、

 

「…それから今日は貴様に来客がある。決して粗相はするなよ。」

 

とヒナに来客がある旨だけ伝え病室を後にしていった。

 

「来客…誰かしら…。」

 

心ここにあらずと言った様子で呟くヒナ。

 

数分後、病室の扉をノックする音が。

 

「どうぞ…。」

 

ボォッとしながら返事を返すと…

 

「失礼するよ。」

 

「え…?」

 

扉を開けて現れたのは…先生だった。

 

「こんにちは、ヒナ。」

 

開口一番、ヒナの容態を心配してくれる先生だが…

 

「ど、どうして…?」

 

数日前、アコの独断とはいえ攫われかけた彼がここゲヘナにやって来るとは思ってなかったヒナは固まっている。

 

「いや、ね。さすがにあれだけのことがあったから何もしないわけにはいかないと思って話を聞ける子に様子を聞いて回ってるんだ。」

 

あの日、自分はネイトたちに護られる立場だった。

 

戦う力のない守られることしかできない故・・・あの日のネイトたちの行動に意見することも止めることができなかった。

 

無論、ネイトもホシノも自分やアビドスを守るために大暴れしたことは分かっている。

 

だが…それでもボロボロになった生徒たちの姿を見て放置しておけるほど彼は薄情ではなかった。

 

「まぁ…マコトに今私がここにいることも察知されるのはまずいからヒナとしか話せないんだけどね。」

 

あの騒動はすでにマコトやホシノにネイトたちの間で決着がついている。

 

この状況でシャーレの先生がゲヘナを訪問するのは痛い腹を探られる可能性があるのでマコトも避けたかったがあいにくシャーレの訪問を止める権限はゲヘナにはない。

 

なので、ヒナ一人だけの面談ならと特別に許可が出たのだ。

 

「で、でも…一人で大丈夫なの…?」

 

ヒナが心配するのも無理はない。

 

何せここはゲヘナ、どんな騒動が起こるか分からない上に万魔殿も油断ならない場所だ。

 

そんなところを先生一人で来るのははっきり言って無謀であるが…

 

「あぁ、それは大丈夫。なにせ『海の王者』が見張ってくれているからね。」

 

「?」

 

そう答える先生だがヒナにはその意味が分からない。

 

読者ならお分かりかもしれないが…ゲヘナのはるか彼方…廃墟区画水没地帯にて…

 

「火器管制、一発も外すなよ…!」

 

「幾ら遠距離でも移動不可目標なら外す方が難しいですよ…!」

 

戦艦マサチューセッツがその主砲を上げ有事の際はゲヘナに砲撃を加えられるよう態勢を整えていた。

 

「さて、前置きもそこそこにちょっと話を聞かせてもらえるかな?」

 

こうして、取り調べ…と言うよりも世間話の一環と言った様子で先生はヒナから当日の様子を聞いていく。

 

それ自体も取り調べ資料が先生にも貸与されているのですぐに終わり、

 

「傷の具合はどう?」

 

「えぇ…あと三日もすれば復帰できるわ…。」

 

「…キヴォトス人て本当に頑丈なんだなぁ。」

 

今はヒナとお喋りしている先生。

 

すると、

 

「…あの。」

 

「なんだい?」

 

「…あの日、あんな騒動を起こして先生を攫おうとして…ごめんなさい。」

 

満足に動かない体を何とか先生に向かせ謝罪し頭を下げようとするヒナ。

 

だが、

 

「…。」

 

「せ、先生…?」

 

「どうか…頭を下げないでほしい、ヒナ。」

 

右肩にそっと手を当てその動きを制する先生。

 

「その話はもう決着がついてるんだ。ヒナが謝ることはないよ。」

 

「で、でも私がもっと皆を統制できていたら…!」

 

「そうかもね。でも、たらればを言ってたら切りがない。この話はもう終わりだからヒナはゆっくり傷を治すことに専念するんだ。いいね?」

 

すでに賠償や公式の謝罪はマコトが行っている。

 

だからヒナが頭を下げる必要はないと伝えるが…

 

「それでも…もっと…もっと私がしっかりしていれば…!」

 

「う~ん…ヒナは真面目だね…。」

 

ヒナはあの日…傷つき今も苦しんでいる部下たちのことを思い出し涙を流す。

 

「…ヒナ、君は普段どんな感じで風紀委員会で働いているんだい?」

 

「…委員会やマコトから押し付けられた書類を私が処理して…騒動があれば私が出て行って校則違反者を制圧して…その報告書をかいて…そんな感じよ。」

 

と、こともなげに語るヒナだが…明らかに異常な業務量だ。

 

「…まさかと思うけど…風紀委員会のほとんどのことを…。」

 

「えぇ…私がこなしているわ…。」

 

「あぁ。なるほど…。」

 

それを一人でこなしていると聞き、先生は頭を抱えたくなった。

 

これは…かなりの重症だ。

 

「…ヒナ、私はね…君みたいな人を知っている。」

 

「え…?」

 

「その人は一人で何でもできるんだ。それこそ戦いみたいな荒事や仕事関係の人員配置、あの手この手の交渉…その人が一人さえいれば周りはあまりいらないんじゃないかって思われても仕方ない人がね。」

 

「そ、その人って…。」

 

先生が言う『その人』にヒナは心当たりがあった。

 

「正直、私なんかよりもずっと優秀なんだ。…だけど、その人の周りにはいつも笑顔の生徒たちが周りを囲んでいるんだよ。」

 

先生もヒナが思い至ったことは分かったがあえて答えず話を進める。

 

「その人は…たとえ一人でやった方が楽でもその子達が育つことに労力を惜しまない。その子を信じ、やらせて見せて、困ったときには手を貸す、上手くいったらちゃんと褒める。そうやって彼は何人も生徒を育ててきたんだ。」

 

「………。」

 

「そして、その人も一緒に成長している。いろんなことを一緒にやって乗り越えて解決して…だからこそ、あの人はずっと歩み続けることができるんだ。」

 

「一緒に…成長…。」

 

「…ヒナ、右手を出して?」

 

「え…?」

 

突然のことに困惑しながらもヒナは先生に右手を差し出し…

 

「これはね、その人が私に送ってくれた言葉の一つだよ。」

 

その手にマジックである文字を書く先生。

 

「『共育』…。」

 

「そう、教え育てるんじゃなくて共に育つんだ。あの人は未熟な私にそう言ってくれたんだ。だから、今度は私がヒナにこの言葉を贈るね。」

 

マジックのキャップを絞めつつ、先生は今一度ヒナの目をまっすぐに見つめ、

 

「ヒナのやり方も間違っているとは思わない。だけど…もっとほかの風紀委員の子を『頼って』『任せて』もいいんじゃないかな?そうすれば…今後もっと大きな苦難があってもきっとみんなで乗り越えられるよ。」

 

他の皆を頼ること、信じて任せることの大切さを彼女に伝える。

 

先生のその優しいまなざし、そして右手に書かれたその文字に視線を落とすと…

 

「…………。」

 

自然とその目から涙が零れ右手に滴り始めた。

 

あの日…止まり木を見つけられたホシノが羨ましかった。

 

同じ孤高の存在だと思っていたホシノが…自分にはないものを得ていてとても眩しかった。

 

だが…それは違う。

 

ホシノが見つけられたのではない。

 

『自分』が止まり木を探そうともしなかったのだ。

 

自分の力は強大だ。

 

そんな自分が誰かに頼れば…きっとその人を潰してしまう。

 

そう心のどこかで思い込み…今までずっと飛び続けてきた。

 

だが…それはある種の諦めだった。

 

だって…その止まり木である彼すら誰かを頼っているのだ。

 

それもホシノのような強者ではなく…元不良の生徒たちをだ。

 

なのに、誰も潰れてなどいない。

 

彼が頼るように、生徒たちも彼を頼っているからだ。

 

きっとホシノもそうなのだろう。

 

支えあい、共に進み…共にあそこまでの強さに至れた。

 

「わ、私は…面倒だからって…そんなことまで…!」

 

自分にも慕って付いて来てくれる人たちはいる。

 

だが…自分はその人たちを頼ろうともしなかった。

 

そのせいでいつの間にか…風紀委員会は歪なものに変わってしまっていたのかもしれない。

 

『面倒くさいから』の一言で済ませて結果や効率を重視しすぎ…過程を何時も疎かにしてしまっていた。

 

しかし、彼は効率を捨ててでも過程と結果を重視し人を育て自らも育ってきた。

 

そして…自分すら圧倒する強さをホシノとともに得ることができた。

 

「先生…。」

 

「なんだい、ヒナ?」

 

「私…もっと風紀委員会の皆を…頼ってもいいの…?」

 

「もちろん、きっとみんなヒナに頼られることが嬉しいと思うよ。それに…辛いときに辛いって言って誰かを頼ることもまた強さだと私は思う。」

 

「もっと…皆に…任せてもいいの…?」

 

「それでヒナの負担が減るなら皆も快く引き受けてくれるさ。」

 

そう先生は笑顔でヒナの疑問に答えてくれた。

 

『自分にも止まり木は見つけられる』、そう答えてくれた。

 

「うぅぅぅ…!」

 

それが…嬉しかった。

 

先生の前だというのに涙があふれて止まらなかった。

 

右腕で拭っても次から次にあふれて止まらなかった。

 

「…。」

 

先生はそんなヒナを落ち着くまで優しく見守っていた。

 

しばらくし…

 

「…ごめんなさい、先生。見苦しい所を…。」

 

「うぅん、気にしないで。」

 

ヒナは泣き止んだ。

 

その表情はどこか憑き物が落ちたような感じだった。

 

「私…怪我が治ったら…今いる風紀委員の皆と話してみるわ。」

 

「うん、頑張ってね。」

 

正直、今後の風紀委員会は苦難が続くだろう。

 

自分がもたらしてしまった歪さを解消するのにも時間がかかることは確実だ。

 

だが…

 

「私…もう面倒くさがらない。時間がかかっても…皆と一緒に成長して見せるわ…。」

 

「そっか。大丈夫、ヒナならできるよ。」

 

それも自分一人ではなく皆で頑張っていこうと心に誓った。

 

「あ、そうだ。ヒナにネイトさんから一つ伝言を与ってるんだ。」

 

「え?」

 

「『傷が癒えて時間ができたら会いたい。風紀委員長としてではなく空崎ヒナとして。』…だって。」

 

「で、でもきっと彼…。」

 

正直…この前のことをまだ怒っていると思い気が進まないヒナだが…

 

「大丈夫、ネイトさんはもう済んだことだって言ってるから。元気になって…心の準備ができたら…会ってみたらいいんじゃないかな?」

 

想像以上にネイトはからっとした性格のようだ。

 

「…分かったわ。今すぐと言うわけにはいかないけど…。」

 

「そう伝えておくよ。…さて、少し長く話しすぎたね。」

 

そう言い、先生は席を立った。

 

「もう…帰るの?」

 

「マコトとの約束の時間がそろそろだし皆も心配するからね。」

 

「…じゃあ、先生。少し耳を貸して。」

 

「?こうかい?」

 

ヒナの頼みを聞き先生はヒナに顔を近づけた。

 

そして…

 

「―――――――――。」

 

「え…ッ?!」

 

彼女から聞かされたことに愕然とした表情を浮かべるも、

 

「待って…。この事は万魔殿も知らないはず。だから…察せられない様に平静を装って。」

 

「…分かったよ。」

 

ヒナからのアドバイスを受け表情を戻すことに。

 

「…じゃあね、先生。今日は話せてよかったわ。」

 

「…うん。またね、ヒナ。」

 

こうして二人はそのまま分かれた。

 

その後、マコトとの挨拶もそこそこに先生はアビドスに帰還。

 

(早く…このことをみんなに…!)

 

――――――――――――――

 

――――――――

 

―――

《…何だと?》

 

「あら?聞き取れなかったかしら?」

 

ところ変わって便利屋68事務所。

 

この日、アルはカイザー理事に先日の依頼の件を連絡していた。

 

「ならもう一度言ってあげるわ。先日の依頼は…お断りさせてもらうわ。」

 

凛とした声でアルは…カイザー理事からの『ネイト殺害依頼』の拒否を伝える。

 

《…分かっているのか?これを断れば先日の依頼の報酬も…。》

 

「構わないわよ。そのくらい、またほかの依頼でも稼いで見せるわ。」

 

《…そうか、分かったぞ。報酬の増額交渉だな?いいだろう、いくらで引き受け…?》

 

電話の向こうのカイザー理事は報酬が低くてごねているものと思い報酬の増額をちらつかせ依頼を承諾させようとするも…

 

「あら?あれくらいの報酬を払うのにごねてたそちらにそれができるだけの余裕があるのかしら?」

 

《なっ…!?》

 

先日、報酬の支払いでカイザー理事がごねたことを持ち出し痛烈な皮肉をかますアル。

 

「だから、もう御社の依頼は受けないことにしたわ。この依頼を達成したとしてもその報酬が…。」

 

その時、

 

《調子に乗るなよ、悪党ども!金さえ積めば何でもやるんだろ、貴様らは!?》

 

カイザー理事が激怒し怒鳴り散らす。

 

《いいか、奴はカイザーにとってとてつもない脅威だ!それを排除すれば望みのままの報酬を与えると…!》

 

「…りないのよ。」

 

《なんだと!?》

 

アルが呟いた言葉を聞き取れず聞き直すと…

 

「カイザー理事…貴方の依頼には…『美学』が足りないのよ。」

 

堂々と、カイザー理事に突き付けるようにアルは力強く答えた。

 

《『美学』だと!?そんなもの、ビジネスの何の役に…!?》

 

そう言っても食らいつくカイザー理事にいよいよ…

 

「うるっさいわねぇ!!!だから、アウトローたる私からしたらアンタのあんな卑怯な依頼なんか受けたくないって言ってんのよ!!!」

 

我慢の限界か取り繕っていた冷静さをかなぐり捨てて怒鳴り返すアル。

 

《貴様、誰に向かって!?》

 

「あんな報酬払うのごねるケチでしみったれの自分で汚れ仕事もできない引き籠りのオンボロオートマタのアンタによ!!!」

 

《なっなぁッ!?》

 

「良いこと!?私たちは『真のアウトロー』を目指す便利屋68よ!!!!美学も欠片もないアンタの依頼なんか天までお金積まれても受けるもんですか!!!」

 

もう自分でも訳が分からない勢いでカイザーを罵倒しまくる。

 

《き、貴様ぁぁぁ!!!覚悟しろ、ここまでコケにしてタダで済むと…!》

 

「上等よ!かかってらっしゃい!!!スクラップにしてあげるわ!!!」

 

最後にそれだけ言い、アルは受話器を電話に叩きつけた。

 

「はぁー…はぁー…!」

 

「おぉ~!アルちゃんいい啖呵じゃん!」

 

「さすがです、アル様!天下のカイザーPMCの理事に一歩も退かないなんて!!!」

 

肩で息するアルを湛えるムツキとハルカだが…

 

「…社長?依頼断るっていうだけじゃなかったの?」

 

カヨコだけは呆れた様子でアルにそう尋ねる。

 

そして、アルも…

 

(やややや、やッ、やっちゃったあああああああああ!!?)

 

内心白目を剥いて大慌てだった。

 

そう、本当は最初みたいな冷静さで淡々と依頼を断るだけのつもりだった。

 

それが未練がましいカイザーの言葉を聞き…思わずヒートアップ。

 

最終的に最早喧嘩を売ってるようにしか思えない暴言を吐き電話を切ってしまった。

 

「まぁまぁカヨコちゃん、それを見越してお引っ越しの準備してるんだからさぁ。」

 

「は、はい。きっとカイザーもあんな依頼を打診したことを知られたくは…。」

 

そう、ムツキの言うように現在便利屋68は引っ越しの準備中だ。

 

カイザーの件もそうだが先日の一件で風紀委員会にもおそらく事務所の所在はバレかけている。

 

さすがにその二つを相手にするのはしんどいのでさっさと引越しをして行方をくらまそうとしているのだ。

 

幸い、そのためのトラックなどは借りれている。

 

お金も拾った一億円を使えばもっと大きなところに引っ越しできるのだが…

 

「…よかったの、アル?」

 

「よかったって何がぁ~…?」

 

「あのお金、柴関ラーメンの大将にあげちゃって。」

 

そう、あのお金は柴関ラーメンの大将に届くように今朝店の瓦礫の前に置いてきてしまったのでもうない。

 

よって…ほぼ素寒貧で出ていかなくてはならない。

 

「…いいのよ、もともと私たちのお金じゃないし。それに…。」

 

「それに?」

 

「…風紀委員の不始末とはいえ私たちが原因なのよ。だから…大将を巻き込んでしまったその償いよ。」

 

それでもアルは自分たちよりも柴大将に必要だと思いあのお金を躊躇なく手放したのであった。

 

「…フフッそっか。」

 

その答えにカヨコも微笑む。

 

「そ、それに自分の不始末は自分で決着をつける!これぞアウトローの生きざまよ!」

 

「「おぉ~…。」」

 

「ハイハイ、分かったから。アルも引っ越し準備手伝ってよ。」

 

そんなこんなでカイザーの追っ手がかからないうちに荷物をまとめていき…

 

「こ、これで全部積み終わりました。」

 

「よし、じゃあどこへ行こうかね?」

 

トラックに積み込みも完了、あとは出発するだけとなった。

 

「まぁ特にあてもなさそうだし、またゲヘナに戻る?風紀委員会だって今おじさまが叩きのめして私たち追ってる暇ないと思うよ、アルちゃん?」

 

「うぅ~事務所…せっかく決めた事務所…。」

 

「…なんだかんだ言って未練たらたらじゃん、社長。」

 

「だっ大丈夫ですよ、アル様!私はちょっと前みたいに野宿でも構いません!」

 

「それはいいねぇ。初心に戻ってもっかい公園のテントからスタートする?」

 

「はッ!も、戻ってない戻ってない!これは前進、真のアウトローになる為の前身なのよ!」

 

すると…

 

「そういえばアルちゃん。この前言ってたカイザーの依頼断る前にやりたいってことできたの?」

 

「え?」

 

「そういえばそんなことも言ってたね。結局何がやりたかったのさ?」

 

迫撃砲を受ける直前に行っていたアルのやりたいことを思い出し尋ねるムツキとカヨコ。

 

「それは…。」

 

もう別に隠すことでもないので言おうとしたその時、目の前にロードサイクルが止まり…

 

「ん…どこか引っ越し?」

 

「あ、シロコちゃんじゃん。」

 

シロコが便利屋の前に姿を現した。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「ん…少しお使い頼まれてこの辺りまで。」

 

「そう、じゃあタイミング悪かったね。御もてなしはできないよ。」

 

「構わない。…それからあのバッグ、ちゃんと大将に届く様にしておいたよ。」

 

「なッ何のことかしら!?お金の入ったバッグのことなんか知らないけど!?見たことも聞いたこともないけど!?」

 

シロコはただバッグとしか言ってないので最早語るに落ちているが…

 

「ん…そういうことにしておく。」

 

彼女もそこにツッコむ程野暮な性格ではない。

 

「まぁ、大将に届くようにしてくれてありがとね。」

 

「ん…。これからどこ行くの?」

 

「あぁ~…。」

 

行く当てもないとカヨコが言おうとしたその時、

 

「フッフッフッ…便利屋68を求める依頼人たちの下へよ!」

 

決めた表情で答えたアル。

 

「ん…じゃあちょうどいい。」

 

「え?」

 

「私のお使いもあなた達にこれを届けること。」

 

そう言うと、シロコはアルにいちまいのメモ用紙を差し出す。

 

「これは?」

 

「ネイトさんが会いたいって。このメモのところで待ってるから行ってみてほしい。」

 

『!』

 

「じゃ、私はもう行くから。元気でね。」

 

お遣いも果たせたのでシロコは颯爽と走り去っていった。

 

「ど、どうしましょう…。」

 

「どうするって…。」

 

「きっきっと大丈夫ですよ!」

 

「行く当てもないし行ってみようよ、アルちゃん。」

 

と、そんなムツキの言葉も相まって一行は指定された場所のあるアビドス郊外へと向かう。

 

近くにトラックを止め歩いて向かった路地裏に…そこはあった。

 

「…ここね、『Cafe Franklin』。」

 

「へぇ~アビドスにこんな雰囲気あるお店が…。」

 

路地裏と言うことも相まって非常に雰囲気のあるビルの一階にひっそりと居を構えた純喫茶風のカフェだ。

 

「とりあえず入る?」

 

「そ、そうね!」

 

そう意気込みアル達は店のドアを開ける。

 

「いらっしゃいませ。」

 

店内には落ち着いた音楽が流れカウンターにはタキシードを着た少し古い型のオートマタがいてグラスを拭いていた。

 

「あ、あの待ち合わせを…あっ。」

 

アルが店内を窺うと…カウンターの奥に見慣れた後姿を見つけた。

 

「あぁ、貴方方が。ネイトさん、お待ちのお客様がいらっしゃいましたよ。」

 

「アル、来たか。まぁかけてくれ。」

 

コーヒーを堪能していたネイトがアルに気付き自分の隣の席を叩きつつ彼女を呼ぶ。

 

「おじさま、私たちは?」

 

「アルにちょっと話があるんだ。好きなもの頼んでいいからテーブルでちょっと待っててくれ。」

 

「分かったよ、ネイト社長。それじゃごゆっくり、アル。」

 

「あッありがとうございます、ネイト様!ご馳走になります!」

 

「相変わらず太っ腹ぁ~♪じゃあね、アルちゃん♪」

 

他の三人は御馳走を条件にいったん分かれることに。

 

取り残されたアルもとりあえずネイトの隣のカウンター席に腰かけた。

 

「急に呼び立ててすまなかったな、アル。」

 

「い、いいえ構わないわ。」

 

「朝飯は?」

 

「そ、それは…まだなの…。」

 

「そうか。マスター、彼女にモーニングを。」

 

「畏まりました。御飲み物は?」

 

「じ、じゃあ私もコーヒーで。」

 

そんな会話をしつつアルにモーニングが届くまでの間、

 

「柴大将の件、助かったよ。」

 

「その、大将の容態は?」

 

「アルのおかげでちょっとひどいかすり傷程度らしい。一応爆発に巻き込まれたんで精密検査のために入院してる。」

 

「そう…そんなひどいけがじゃなくてよかったわ…。」

 

アルも心配していた柴大将の話題に。

 

「時間ができたら顔見せに行ってくれ。大将も喜ぶから。」

 

「で、でも私たちのせいでお店が…。」

 

「そこは大将もしっかり分かってる。だから顔見せて安心させてやれ。」

 

「…分かったわ。落ち着いたら行ってみるわね。」

 

「そうしてやってくれ。アル、君の怪我はどうだ?」

 

「フフッ私はキヴォトス人よ?もうすっかり治ったわ。」

 

「それはよかった。」

 

話しているうちにいつもの調子を取り戻してきたアル。

 

「お待たせしました、モーニングセットでございます。」

 

と、ちょうど注文していたアルのモーニングが届いた。

 

メニューはトーストにサラダ、ウィンナーとスクランブルエッグにコーヒーと言うシンプルなものだ。

 

ドリンクのコーヒーもいい香りが立ち上っている。

 

「ありがとう、マスター。」

 

「ごゆっくりお楽しみください。」

 

「いただくわね、ネイト社…。」

 

と、ネイトに礼を言おうとしたアルの言葉が詰まった。

 

「…?どうかしたか、アル?」

 

「…その…実はあなたに言わなきゃいけないことがあって…。」

 

ともじもじしながら何やら言いよどんでいると…

 

「カイザーに俺の首獲って来いって言われた依頼の話か?」

 

「ッ!…知ってたのね。」

 

先に言い当てられたことに少々驚きはするが…それだけだ。

 

「誰から聞いたの?」

 

「アル以外の便利屋メンバーからあの騒動の後連絡貰った。」

 

「あの娘たちったら…。」

 

「気にするな。命狙われるのなんか一度や二度じゃ効かないから。俺。」

 

「ホントにどんな人生送ってきたの、あなた…!?」

 

「年を取るとな、物事に執着しなくなるし視野が広くなるものさ。」

 

こともなげに語るがキヴォトスでも考えられないほどの波乱万丈な人生をサラッと語るネイト。

 

「でも、断ったんだろ?結構報酬もよかったらしいが。」

 

「えぇ、今朝断りの電話を入れたわ。あっちが引き留めようとしたから怒鳴りあいの喧嘩になっちゃったけどね。」

 

「はっはっはっ、威勢がいいじゃないか。」

 

「そ、それで貴方に…。」

 

「ちょい待ち、話すのもいいが先に食べてしまえ。冷めたら勿体ない。」

 

「そっそうね!いただきます!熱っ!」

 

「おいおい、そんなに慌ててコーヒー飲むな。」

 

と、長話もあれなのでいったん話を切り上げアルはモーニングを食べ進めていく。

 

シンプルなメニューだが空腹のアルには身に染みるような優しい味だった。

 

「ごちそうさまでした。」

 

「さて、腹も満たされただろうしさっきの続きと行こうか。」

 

「…そうね。」

 

腹も満たされ落ち着きを取り戻したかアルは話の続きを話す。

 

「悩んでいた時…貴方の話してくれた『ハンコック』さんを思い出したの。」

 

「ハンコックをか?」

 

「彼は弱くても迷っても…自分の道を見つけ出してその道を歩み続けた…。そんな生き様にとても憧れたの…。」

 

「さすがハンコック。話だけで人を惹きつけ…。」

 

連邦にいる義兄弟の生きざまをここまで憧れる少女が出たことにネイトはハンコックに称賛を送るが…

 

「でも…私がこの依頼を断った理由はね…。貴方に…憧れたからなの。」

 

「…俺にか?」

 

本当にこの依頼を断った理由は…ネイトに憧れたからだとアルは告げた。

 

「えぇ…。笑ってもらってもいいわ。調査対象だった貴方に…憧れちゃうなんてね…。」

 

「…笑うもんか。」

 

「ありがとう…。それで…貴方もそうなんだと分かったの。どんなに苦難があっても自分の道を歩み続けることができるって…。」

 

「大層な物じゃないさ。先生にも前言ったが俺は『永遠の未熟者』だ。憧れるような生き方をしてるつもりは…。」

 

「でも…貴方は皆を惹き付けるのは本当よ?現に便利屋68は貴方との一週間があったからあの依頼を断ったのよ…?」

 

「…そうか。」

 

そう言い、ネイトはコーヒーを口に含んだその時、

 

「そ、それに…わ、私だって…貴方と『義兄弟』になりたい…って思ったんだから。」

 

「ぐフッ!?」

 

アルのその一言に思わずコーヒーを吹き出しかけるネイト。

 

「…アル、あんまり大人をからかうのは…。」

 

あのラーメン屋での仕返しか?と思いアルを見ると…

 

「…………。」

 

その目は真剣そのものだった。

 

決して思い付きだとか冗談とかではない。

 

「…自分が言ってる意味、分かってるのか?」

 

ならば、ネイトも真剣に彼女に向き合う。

 

「えぇ…それがどれだけ重い事かも。」

 

「良いか、これは決して違えられない誓いなんだぞ?どんなことがあっても破ることが許されない鉄の誓いだ。」

 

「もちろん、アウトローたるもの…誓いは絶対に破らないわ。」

 

「…俺の真似でアウトローになるつもりか?」

 

「いいえ、憧れはしたけど…私は私の山を見つける。私なりのやり方で…私の夢をかなえて見せるわ。」

 

短くも重い内容の会話を交わすネイトとアル。

 

アルの目はずっと真剣なままネイトの目を見ていた。

 

(…こりゃ本気だな。)

 

ネイトも彼女の覚悟を思い知った。

 

ならば…

 

「…マスター、マグでミルク二つ。」

 

「え…?」

 

「畏まりました。」

 

ネイトはマスターにミルクを注文。

 

すぐにマグカップに入った牛乳が運ばれてきた。

 

「本来なら互いの血を交換するってのが俺のとこのやり方だが…。」

 

「じ、じゃあそのやり方で。」

 

「バカ、アルが病気になったらどうする。それにスナイパーにとって腕は商売道具だろうが。」

 

「そ、そっか。」

 

「だから『トルコ式』で行く。アルが酒は飲めないからミルクで代用だがな。」

 

そう言い、ネイトは片方のマグカップを手に取る。

 

「良いか、今からアルと俺でマグを持った腕を組んでからこれを飲む。」

 

「…それで終わり?」

 

「行為は軽いが…忘れるな。これをやったらもう元には戻れないぞ?」

 

最後の確認として鋭いまなざしで問いかけるネイトだが…

 

「…分かったわ、やりましょう。」

 

一瞬の迷いもなく、アルはマグカップを手に取った。

 

「…俺が言うのもなんだがホントに物好きだな、アル。」

 

「フフッ、そういう貴方こそ。」

 

「確かに。じゃあ、行こうか。」

 

「えぇ、いつでも。」

 

最後の会話を交わし…

 

『………。』

 

二人は無言で互いの目を見ながら腕を組み合いマグカップのミルクを飲んでいく。

 

一切眼をそらさず一息も付かずに飲んでいく。

 

マスターもムツキもカヨコもハルカも…その光景に見入っていた。

 

永遠にも続くかと思われていたそんな光景だが…

 

「「プハァ。」」

 

二人はほぼ同時に飲み干し腕を解いてカウンターに空のマグカップを音を立てておく。

 

「…これで俺とアルは『義兄弟の契り』を交わした。そして誓おう、俺はアルを絶対に裏切らない。」

 

そしてネイトはアルを真剣に見つめアルに誓う。

 

「私も誓うわ。ネイトさ…いえ、『ネイト兄さん』を絶対に裏切らないわ。」

 

アルもそれに答え、ネイトをまっすぐに見て誓いを述べた。

 

「…なんかむず痒いな。」

 

それを聞いたネイトはなぜか頬をかく。

 

「ちょ、ちょっと何よ!」

 

「いや、兄弟って呼ばれたことはあっても『兄さん』って呼ばれたことなくてな。」

 

「だ、だってネイト兄さんは年上でしょ!だったらそう呼ぶのは当然でしょ!」

 

「義兄弟ってのはそういうんじゃないんだが…まぁいいか、好きに呼ぶといい。」

 

まぁこういう形もあるかと納得していると…

 

「えぇなになに~?アルちゃんはそう呼ぶことに決めたのぉ?」

 

面白いものを見つけた、と言う表情でムツキが近づいてきた。

 

「そ、そうよ。それがどうかしたの、ムツキ?」

 

「えぇじゃあ…私もおじさまから『お兄ちゃん』って変えちゃおうかなぁ?」

 

「…え?!」

 

思わぬムツキの発言に固まるアル。

 

「だって、アルちゃんのお兄さんになったんでしょ?だったら私にとっても『お兄ちゃん』ってことでいいよね?!」

 

「ちょ、ちょっとそれは違うんじゃ…!?」

 

「えぇ~だめぇ~?ねぇいいでしょ~、ネイトお兄ちゃん?」

 

断るアルだがムツキがネイトにおねだりするように頼むと…

 

「…呼びかたくらい好きにすればいいさ。絶対あきらめないだろ、ムツキ。」

 

「えぇッ!?」

 

「ぃやったあぁ~!」

 

半ば諦めの境地のネイトが仕方なく了承してしまった。

 

と、こんな前例を認めてしまうと…

 

「じゃあ、私は『ネイト兄』とでも呼ぼうかな?」

 

「カヨコ!?」

 

「で、では私も『ネイト兄様』と呼びますね!」

 

「ハルカまで!?」

 

カヨコとハルカまでその手の呼びかたでネイトを呼ぶことにしたようだ。

 

「あぁもう好きにしろ。まとめて面倒見てやる。」

 

そんなやいやい言い合ってる便利屋68を見て珍しくやけっぱちなことを言うネイトだが…その目はとても穏やかだった。

 

しばらく後、

 

「で、これからどうするんだ?引っ越し中なんだろ、当てはあるのか?」

 

シロコからの連絡で今の便利屋の状況は把握しているネイト。

 

「そうね…。このままだったら事務所が見つかるまで公園で野宿ね…。」

 

「見つかるまでうちで働くか?」

 

「あぁ、それいいかもね。ネイト兄のとこなら資金も稼げるし寝泊りできるところあるし…。」

 

「ネイトお兄ちゃんのとこなら風紀委員会だっておいそれと手は出せないだろうし、それいいかもね。」

 

「でっでしたら私、もっと発破を頑張ります、ネイト兄様!」

 

「で、でもネイト兄さんに頼ってばかりもいられないわ!」

 

とやいのやいの今後のことを話していると…

 

「お嬢さん方、事務所をお探しなので?」

 

珍しくマスターがこちらの話に加わってきた。

 

「え?えぇ…今まで入ってたとこはちょっと事情があって今朝引き払っちゃって…。」

 

「でしたらここの二階と三階をお使いなさい。」

 

『…え?』

 

突然の申し出に固まる便利屋68。

 

「以前に二階を事務所、三階を居住スペースとして使っていた夫婦がいたのですがだいぶ前に引き払いましてね。ここの所ずっと空き物件なのですよ。」

 

「え、でもそれってどこの不動産が…。」

 

「このビルの所有者は私なのですよ。ずっと空きのままではもったいないですしお嬢さんがたがよければ…。」

 

「あぁ、そういえば前にそんなこと言ってたっけ。」

 

まさかの事実に顔を見合わせ固まったかと思うと…

 

「あ、あの内検ってできるかしら?」

 

「えぇもちろん、鍵を持ってきますのでご自由に。」

 

その後、マスターから鍵を受け取りに内検に向かう便利屋の面々。

 

「こ、こんなに広い事務所なの!?」

 

「わぁ!見て見て、三階にお風呂もあるよ!」

 

「うん…郊外だけど交通の便も悪くない…!」

 

「し、収納もたっぷりですね!」

 

今まで見たことないほどの広さと設備に感激しっぱなしだ。

 

「いかがでしたか?」

 

「えぇ!とても素晴らしかったわ!…でも、お家賃払えるかしら…。」

 

条件はばっちりだが問題はそこだ。

 

これだけ立派だとさぞお高く…

 

「では…ネイトさんのご兄弟さんと言うこともありまして…これくらいで如何でしょう?」

 

とマスターが書いたメモを覗くと…

 

「…本当なの、マスター…!?」

 

「今朝居たとこよりも安い…!?」

 

この規模の事務所と居住区画込の値段では破格と言っていい値段が書かれていた。

 

「随分気前がいいな、マスター?」

 

「いえなに、ずっと空き家では寂しいですのでこんな賑やかなお嬢さんがたが入ってもらえると助かるんですよ。」

 

「で、でもこんなに安くしちゃ悪いわよ!?」

 

と、やはりこの値段は安すぎると判断しアルは相場を引き上げるように求める。

 

「ではこうしましょう。貴方方をこの店の用心棒として雇うというのはいかがでしょう?」

 

「よ、用心棒ですか?」

 

「何分、他所よりは平和とはいえキヴォトス故にもめごとも多少起こりますから、その対処を便利屋68の方々にお願いしたいのです。お仕事が暇なときはここの手伝いもしてくだされば賄いとお給金も付けますよ。」

 

『………。』

 

マスターのこの提案を聞き改めてアル達は顔を見合わせ…

 

「その提案、乗ったわ!住まいの主を守る用心棒、なんていい響きなのかしら!」

 

アルはその提案を受け入れた…が、

 

「…でもぉ、ここアビドスだよ?便利屋が事務所借りて仕事するにはアビドス高校の許可が…。」

 

「うぐッ!?」

 

ムツキのその心配に固まってしまう。

 

しかし…

 

「あぁ、さっきホシノに確認をとった。『OK、よろしくぅ~!』だってさ。」

 

すでにネイトが実質的なアビドスのトップであるホシノに許可を取り付けていた。

 

「…じゃあアルちゃん、もうここに決めちゃわない?」

 

「そ、それにここはアビドスですから風紀委員会もこれません!」

 

「うん。たぶんここ以上に好条件な物件ないよ、アル。」

 

「あぁ、家電ならうちに言ってくれ。修理品を安く卸すよ。」

 

障害は何もかもなくなった。

 

「…よし!じゃあよろしくおねがいするわ、マスター!」

 

「契約成立ですね、アルさん。」

 

ここに便利屋68アビドス事務所が誕生することとなった。

 

マスターとアルが固い握手を交わしていると…表に数台の車両が停車。

 

「あれって…傭兵だよね?」

 

こんな路地裏に珍しいと思い視線を向けると車両からピンクの繋ぎを着たヘイローのあるものたち、小規模なPMC所属の傭兵が下りてきて…

 

「ちょ、ちょっとあれって!?」

 

「み、ミニガン積んでますよ!?」

 

一台のピックアップトラックの荷台の覆いがはがされミニガンが現れた。

 

そして傭兵たちやミニガンはこちらに銃口を構え…

 

「み、皆伏せ…!」

 

アルが伏せるように言った瞬間一斉に発砲…したが、

 

「…あ、あれ?」

 

予想したような音も衝撃もないので顔を上げる便利屋。

 

ネイトもカウンターに腰かけてコーヒーをすすっている。

 

と言うのも…

 

「ぼ、防弾ガラス…!?」

 

無数のライフルとミニガンと言う大火力を投射されているというのにショーウィンドウは外の表面に亀裂が入るだけで一向に壊れる気配がない。

 

「へぇ。やっぱ分厚いな、マスター。」

 

「14.5㎜の直撃までなら大丈夫ですよ。」

 

平然と会話しているネイトとマスターだが…ただのカフェには過剰な設備だ。

 

「な、なんであんなのがこのカフェに…!?」

 

「何分、先々代のマスターが『鉄拳政治のシェマタ』の混乱時代にオープンしてから続く店ですからねぇ。有事の際の備えは万全ですよ。」

 

「ま、マスター?いったい何歳なの…?」

 

「それは今は置いとこうか、カヨコ。さぁ、便利屋68…早速初仕事だ。」

 

――――――――――――――――

「くそっなんて頑丈なガラスだ!」

 

「止めだ、止め!突入して一気に決めるぞ!」

 

あれからしばらく発砲するも一向に破れる気配のない防弾ガラスに業を煮やしたか数人の傭兵が入り口に向かいドアを蹴り開け中に突入。

 

だが…

 

「ギャン!?」

 

「入店マナーがなってないお客ね!」

 

ドア正面に陣取っていたアルの射撃で先頭の傭兵を排除、

 

「こ、この!?」

 

「テメェが便利屋…!」

 

後続の傭兵がアルに射撃を加えようとすると…

 

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

 

「こちら当店からのサービスだ。」

 

『あがっ!』

 

入り口の脇に隠れていたネイトとカヨコが侵入してきた傭兵の側頭部に銃口を突き付け発砲。

 

さらに、

 

「あ、これご注文の品でぇす!」

 

その二人にムツキが爆薬ベストを着させ…

 

「おッお帰り下さいませ、お客様ぁッ!」

 

ハルカが思い切りその傭兵たちを店外に殴り飛ばし起爆。

 

これで一気に人数が片付いた。

 

「ほッほっほっ、なんとも派手な引っ越し祝いですなぁ!」

 

こんなカオスな状況を楽しんでるあたり…マスターもかなりの肝の座りようだ。

 

「さてあらかた片付いたが…まだやれるか?」

 

ネイトはデリバラーをホルスターに収め先日訓練で使用したM4を取り出しアル達に尋ねる。

 

「まだ元気一杯よ、ネイト兄さん!」

 

「ネイトお兄ちゃん、一気にやっちゃお!」

 

「ネイト兄、援護なら任せて。」

 

「わっ私も頑張ります、ネイト兄様!」

 

気合十分でそれに答える便利屋68。

 

(…ハンコックよ。こっちでも俺に…兄弟ができたよ。)

 

そんな光景に心の中でハンコックに嬉しそうに報告し…

 

「…行くぞ、『兄弟』!!!」

 

その掛け声で一気に外に躍り出ていくのであった。

 

 

 

 

便利屋68を旅の仲間として帯同できるようになりました。

 

 




『俺たちは川の分かれ目にいたが…これからは一緒だ』
―――映画『アヴェ・マリアのガンマン』(1969)より
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