―――富士フイルム株式会社代表取締役会長・CEO『古森重隆』
2:10、セイント・ネフティス本社プレスルーム。
「いやはや、こんな夜遅くに集まってもらってすまないね。」
今朝のカイザーの会見と比べ疎らながらも大手メディアの番記者は一通り駆け付けた室内。
そんなマスコミを前にどこか面影のある穏やかな微笑を浮かべたローマンティック・グレーの知名程の男性。
「さて、我々もやるべきことが山積みだから手早く進めようか。」
「『セヘジュ十六夜』ッ!アビドス高校とW.G.T.C.へのレンドリースを行うというのは本当ですか!?』
セヘジュ、古代エジプトにおいて神官職の監督官の異名を称されるこの男性こそ…
「本当だよ。もう第一便がキヴォトス打通部隊の補給に到着したらしいからね。」
キヴォトスにおいてカイザーコーポレーションと長年敵対してきた有数の大企業『セイント・ネフティス』の社長にして『十六夜ノノミ』の父、その人である。
「今回のレンドリースはなぜ行われるのですか!?」
「W.G.T.C.はキヴォトス支配を目指すカルト教団の隠れ蓑というのは御存じなのですか!?」
「現に彼らはキヴォトスの治安を乱しカイザーコーポレーションの部隊を…!」
「もしやアビドス高校に通われているご息女を人質に…!」
今まさにセンセーショナルな話題筆頭の『W.G.T.C.』。
日付が変わった頃に突如として発せられた総指揮官にしてカイザーが言うところのキヴォトスを支配せんとする『カルト教団教祖』であるネイトの攻勢作戦の号令。
深夜だというのにあの全周波数帯通信はマスコミだけでなく耳にした全キヴォトスの住民に衝撃を与えた。
しかも、彼の部隊は現在ゲヘナを通過しD.U.に向かっている。
奇しくも…カイザーが警告した状況になりつつある。
そんなまさに『悪の組織』になぜ与するのか、その説明を求め報道陣はヒートアップ。
だが、
「…『カルト教団』、『キヴォトスの治安を乱す組織』、『娘を人質に取られている』…か…。」
十六夜社長は報道陣が列挙した言葉を呟き…
「…恥を知りたまえ、君たち。」
『ッ!!?』
穏やかだがこの室内の空気が一気に重くなるプレッシャーを放ちながら言い放った。
「せ、セヘジュ…?」
「君たちは情報を仕入れて発信する商売をしているが…なぜ君たちの言うカルト教祖であるネイト氏から聞いた情報は一切報じていないのかな?」
十六夜社長は報道陣に疑問を投げかける。
そう、カイザーの会見から今までメディアが報じていたのはカイザーからの情報ばかり。
どの局もネイトサイドの情報が一切出てこなかったのだ。
「そっそれは彼が一切取材に応じてくれず…。」
「宣戦布告を受けているのだよ?今朝でいうと四半日後にはカイザーが攻めてくるのに報道陣の対応をする暇があるとでも?」
考えてみれば当然だ。
もしそんな状況で『取材をさせてほしい』と言われたら煩わしくてしょうがない。
「それに別に本人やアビドス高校の生徒に聞かなくても避難済みの一般人でも話を聞けるはずでは?それをちゃんと許可をとって取材を行った報道機関があればぜひ話を聞かせてほしいが?」
『………。』
さらに続く十六夜社長の言葉に報道陣は口を閉ざすしかない。
今回、むしろ報道各社は避難民たちの行列を上空からその様子を撮影。
クロノスに至っては避難民を『救いを求める子羊』とネイトの噂に絡めたコメントまで添えていた。
「…どうだい?この中で彼から実際に話を聞き彼の一端でも知る者は誰もいない。なのに誰も彼もネイト氏…いやネイトさんをさもカイザーの人物像が事実の様に報じ果てには評論家まで招き彼を非難している。」
ニュースだけでなくワイドショーもひっきりなしにネイトのことを報道。
中には彼の生活を勝手に推測しコメントする評論家やコメンテイターまでいた。
「…本題からずれたね。結論から言おう。我々、セイント・ネフティス社は7ヵ月以上前…彼がアビドスにやってきた時から彼の存在と活動を把握し支援してきたんだ。」
『ッ!?』
そして、十六夜社長から明かされる報道陣達が知り得なかった事実。
『セイント・ネフティス』、カイザーよりもクリーンなイメージで世間一般的に知られているが実際は関係を結ぶのが非常に困難な会社でもある。
何事も信頼第一、信ずるに足りない場合は一切の容赦なく関係は持たせないシビアな会社でもある。
それゆえに関連企業やハイランダー鉄道学園とはまさに『鉄の結束』といえる。
逆に言えばセイント・ネフティスと取引ができている会社は一定の社会的信頼が担保されていることの証左だ。
そんな会社に…それも社長直々にネイトは認められたというのだ。
「彼が来た目的は一切ブレていない。彼は…アビドスを復興させるため、ただそれだけのために送り届けられたんだ。」
「あ。アビドスを…ですか…!?」
「夢物語に聞こえるだろう?だが、彼は本気だ。そして、すでにそれの前段階を終え取り掛かろうとした矢先だったんだ。」
今度は打って変わって愉快そうに語り始める十六夜社長。
まるでどこか子供の様に、寝物語でも聞かされるのを待つ子供のような笑顔だ。
「だから我々も彼の会社から『売電事業』の卸先や彼の活動を様々にサポートしている。もっとも、彼から何かを求められたのは数回くらいだがね。」
そう言い、十六夜社長は数日前に思いをはせる
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場面はノゾミ・ヒカリ姉妹にケテルを託した直後のことだ。
ケテルを乗せた貨物列車を見送るネイトの元に近づいてくる数台の車両。
車両はネイトのそばに留り、中からまず降りてきたのはスーツを着た屈強な猛獣型の獣人たち。
武器も携え整列する様子は訓練を重ねていることがうかがえる。
そんな彼らが周囲を警戒し、中央の車両から降りネイトの元に歩み寄ったのが、
「…こうして顔を合わせるのは初めてですね、ネイトさん。」
「一度はお伺いすべきだったんですが…今日までお会いできず申し訳ありません、Mr.十六夜。」
たがいに向き合い握手を交わす十六夜社長とネイト。
身長こそ十六夜社長が一回り高いが…
(なるほど…会ってみて初めて分かる…!)
それでも発せられるオーラが段違いだ。
自慢ではないが自分も長く生きて人には言えないような経験を積んできた自負はあるが…
(彼に比べたら…私はまだまだ若造なんだな…!)
ネイトはそれすらも容易く超える気風を醸し出している。
「…しかし、突然あのような発注を受けて少々驚きましたよ。」
と、初めて会話した際の口調で話す十六夜社長。
そう、この貨物列車に積まれた荷物の受注元がセイント・ネフティスである。
何分貨物列車一編成もある大量の荷物だ。
その利用先やら何やらを知りたく、今日この日この場所で秘密の会談が行われている。
と、そんな難い口調の十六夜社長だが
「Mr.十六夜、どうか普段の口調で話してください。」
「…なぜ分かるのですか?」
「こんな見かけですが人を見る目は自信があるので。」
「…フフッ、これは一本取られたなぁ。」
顔を合わせてまだ数分も立たないうちにネイトに自分の本調子を見抜かれ苦笑しながら口調を崩した。
「じゃあネイトさんも普段通りで構わないよ。」
「いえ、俺はこのままで…。」
「でも、あなたの方が私よりもだいぶ年上なんだろう?」
「…それを言われると俺も弱るなぁ。」
こうしてネイトも普段の口調に崩した。
「じゃあ改めて…貴方はあの大量の燃料で一体何をしようというんだい?」
話を本題に戻し十六夜社長は尋ねる。
今目の前を流れて行っている貨物列車には無数の燃料タンクが乗せられている。
〆て90000ガロンのジェット燃料、航空会社でもなければこれほどの量は普通必要ない。
「大変だったよ。一月半前、突然かき集められるだけのジェット燃料を秘密裏に集めてほしいと言われたからね。」
「無理を言って申し訳ない。」
「いやいや、ちゃんと料金と時間を貰えてるんだ。顧客の注文はできる限り答えないとね。」
確かにこれほどの量を外部に漏らさず集積するのは容易ではない。
それでもさすがはキヴォトス有数の大企業。
ネイトの注文通り、この量を最後まで隠し通し集めきって見せたのだ。
「…それで、一体何をしようというんだい?私も見たことないロボットまでアビドスに運び込んで…。」
「…Mr.十六夜、こんな段階になって話す卑怯な俺を許してほしい。」
そう前置きし、ネイトは数日後に始まるカイザーとの戦争について説明する。
「そうか…。」
話を聞き終えると十六夜社長は重々しい表情を浮かべる。
「…それは、アビドスの皆で決めたことなんだね?」
「誰一人欠けることなくアビドスの総意で臨むことになっている。」
「娘も…かい?」
その問いかけにネイトはしっかりと頷き答える。
「Mr.十六夜が望むならすぐにそちらに帰ら…。」
「いや、あの子が自分で決めたことを曲げないのは私が一番知っているからね。」
「…分かった。」
「だが、誓ってはくれないかい?あの子は私の大切な娘なんだ。だから…死んでもあの子を守る、と。」
ノノミとの関係は…年頃ということを抜きにしてもあまり良いとは言えない。
それでも大事な娘のためネイトにそんな誓いを求める十六夜社長だが…
「…その誓いはできかねるな。」
「…何だと?」
ネイトから返ってきた返答は…まさかのNoだった。
瞬間だった。
「貴様…ッ!!!」
十六夜社長の表情は怒りに染まりネイトの胸ぐらをつかむ。
「どういうつもりだ…!?あの子を戦いに巻き込むのに自分の命を懸ける価値はないと…!?」
「………。」
「答えろ、ネイト…!ことと次第によっては…!」
そんな彼の眼をまっすぐに見つめ…
「死んだらもう何も守れないだろ、Mr.十六夜。」
「ッ!?」
「ノノミだけじゃない。ホシノもシロコもセリカもアヤネも…アビドスの住民全員を俺は護らなくちゃならない。」
胸倉をつかむ彼の手にそっと自分の手を添えつつ、
「俺にできる誓いはただ一つ、『必ず護る』。ただそれだけだ。」
静かに重厚な雰囲気を醸し出しネイトは告げた。
その誓いを果たすためなら何でもする、そんな決意がヒシヒシと伝わってくる。
「…すまなかったね、ネイトさん。」
「このくらい構いやしない。よそ様の家族を戦争に引き込もうとする極悪人だからな、俺は。」
「…敵わないな、君には。」
ネイトの答えを聞き、十六夜社長はゆっくりとその手を放し表情を元に戻した。
「俺達はこの戦争に勝つためずっと準備をしてきた。」
「勝てるのかい?」
「勝てる勝てないじゃない、勝たなきゃいけない。そのためにずっと訓練を重ねてきたんだ。」
「…相手はカイザーコーポレーション、生半可な相手じゃないよ?」
「フフッ、レッドチャイニーズとどっちが上か…見ものだな。」
不敵に笑うネイトだが十六夜社長は理解していた。
ネイトは決して油断などしていない。
これは適度に肩の力が抜けた『余裕』であると。
「…だが、Mr.十六夜。こんな自信満々なことを言って置いて何だが…お願いがある。」
「なんだい?」
「これを…受け取ってほしい。」
そう言い、十六夜社長に手渡されたのは…セイント・ネフティス系列の銀行のキャッシュカードだ。
「これは?」
「中にはあと30億少々入っている。これがW.G.T.C.の全資産だ。」
「…どういうつもりだい?」
「負けるつもりはない。だが…万が一、億が一の場合がある。」
必ず勝つよう準備は重ねてきたが…それでも何が起こるか分からないのが戦争だ。
ネイト自身、そのことをよく理解している。
「もし、アビドスが陥落しそうになった時…どうか生徒たちだけでもこの後も普通に暮らせるよう守ってほしい。」
「………。」
「その時は…俺が何をやっても時間を稼いで全員を護り抜く。だから…。」
ネイトが言い切るよりも早く…
「…分かったよ、ネイトさん。その頼み…聞き入れたよ。」
そのカードを受け取り懐にしまう十六夜社長。
「…感謝する。それじゃ俺はこれで。」
ネイトは頭を下げ、そのまま駐機しておいたベルチバードの元へ向かっていった。
(…ネイトさん。)
その背中を見て…十六夜社長は哀憫の表情を浮かべ…
(なぜアビドスやあの子達のことはそこまで思えるのに…貴方自身の…。)
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「…そして、カイザーはアビドスにその魔の手を伸ばした。私が信ずるに値する経営者かつアビドスを救うために奔走する彼を随分悪し様に騙ってね。」
場面は冒頭に戻り、報道陣を前にした十六夜社長は語る。
「我々もすぐにでも支援をしたかったが何分幹部を説得するのに時間がかかってしまったんだ。」
「で、ですがこれではまるでカイザーとネフティスの…!」
記者の一人が言い切る前に…
「おっと、『代理戦争』だなんて滅多なことを言うものじゃないよ。我が社だってあんな凄い戦車やヘリは製造していないのだからね。」
機先を制する十六夜社長。
「それに我が社が行うのは物資支援、燃料や食料に医薬品の支援のみで兵器など武器支援や援軍を送るつもりはないよ。」
さらにこの戦争はあくまでカイザーコーポレーションとW.G.T.C.の戦争と強調し、
「我が社も失敗し多大な迷惑をかけてしまったとはいえかつてはアビドスを救おうと躍起になっていた。いわば、彼は我が社と志を共にする同志も同然、そんな彼や生徒たちがアビドスのために必死で戦っているのを見過ごせなくてね。」
W.G.T.C.を同志と称し、さも当然といった態度でレンドリースを行ったことを報道陣に告げる。
その時、十六夜社長の傍らに置かれていたスマホに着信が入った。
「ん?…おっと、噂をすればだね。」
その相手を見て十六夜社長は微笑みながら会見中だというのにスマホをスピーカーにして出る。
「もしもし?」
《Mr.十六夜!?一体どうなってるんだ!?》
『~ッ!?』
その通話相手に取材陣は驚愕する。
聞き間違えようがない。
この声は先ほどキヴォトス中に響き渡ったのだから。
「はッはッはッ、ネイトさん。初めてあなたを驚かせることが出来たようだね。」
珍しく慌てているネイトをしてやったりといった表情で笑う十六夜社長。
《いやそうじゃなくなぜあんな…!》
一方のネイトは驚愕と困惑を足したような声で問いかけるが…
「…水臭いじゃないか。君やあの子たちが戦っているのに…アビドスを愛する私たちが何もしないなんて。」
微笑は絶えないがしたり顔ではなく今度は慈しみを含んだ表情になり、
「だから、私たちは私たちのやり方であなた達の力になろう。君達にひもじい思いはさせたくないからね。」
《………はぁ、そんなところはホント親子そっくりなんだな…。》
穏やかだがどこか断れない圧力を発する彼にネイトもため息とともに諦観に近い言葉を発し、
《…やるなら事前に声をかけてくれ。危うく戦車隊がぶっ放す一歩手前だったんだからな。》
お返しと言わんばかりに少々恨み言をぶつける。
「………あぁ~それはまずかったね。すまなかったね、サプライズみたいにやりたくて…。」
今度は十六夜社長が困ったような表情を浮かべネイトに謝罪する
《…そういういたずらっぽいところまで本当に似た者同士だよ、Mr.十六夜。…だが、レンドリースに関してはW.G.T.C.総指揮官として感謝する。》
「なに、差し出されたのを返すのは商売人としての名折れだからね。」
《ッ…そうか。じゃあ…勝つしかなくなったな。》
「あぁ、勝ってもらわないと困るね。」
二人にしか分からない会話に報道陣は首を傾げるもネイトと十六夜社長は互いに浅く笑いながら言葉をかわし続ける。
《だが一つ頼みがある。》
「心配しないで。避難民向けにハイランダーに要請して貨物列車満載の食料や医薬品に生活用品やグループ企業のキッチンカーがアビドスに向かっているから。」
《…何から何までお見通しか。重ね重ね感謝する。》
「アビドスの市民のことは大丈夫。だから君たちは君たちの務めに集中するんだ、いいね?」
《Aye, Aye, Sir。任せてくれ、『セヘジュ十六夜』。》
十六夜社長のエールにしっかり答えネイトは通話を切った。
「…さて、待たせてしまって申し訳ない。何か私に聞きたいことはあるかな、記者諸君?」
会見中に電話に出たことを詫びつつ十六夜社長が正面に向き直ると…
『…………。』
「おや、どうしたんだい?そんなに顔を青くして?」
一切の例外なく顔面蒼白になっていた。
今の会話はまさに気心が知れた間柄でなければ無理なやり取りだ。
『あの』セイント・ネフティス社の十六夜社長とだ。
十六夜社長がネイトに洗脳されている?
いや、だったら最初からセイント・ネフティス社がW.G.T.C.側にたって参戦を表明していたはず。
それすらも演技だった?
いや、開口一番のネイトの声は間違いなく聞かされてなかったものの反応だ。
長年、取材を通じ人を見てきたのだ。
そのような咄嗟の感情くらいは読み取ることはできる。
つまり…
「…どうやら質問はもうないようだね。では、会見はここでお開きにしようか。」
黙りこくってしまう報道陣を見て席を立つ十六夜社長。
最後に…
「そうそう、クロノス生徒も含めて君たちは立派な報道陣で責任ある立場だ。自分の発言については…しっかり責任を負うことを願っているよ。」
そう言い残し、会見場を後にするのであった。
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「…はぁ、まったく。ノノミよりも食えない人だ、あの人は…。」
ところ変わってカイザーPMC本部基地の管制室。
そう苦笑しながらも…
「…そうだな。俺も…どこかで弱気になってしまってたんだな。」
十六夜社長からのエールを聞き決意を新たにするネイト。
まだ戦いは始まったばかりだ。
アビドスで孤軍奮闘するしかないと思っていたこの戦争。
だが…自分たちのためにいくつもの組織が力を貸してくれた。
セイント・ネフティス社もレンドリースで足場をがっちり固めてくれた。
ミレニアムも…陰ながら自分たちのために持てる力を注いでくれている。
そして、ゲヘナ風紀委員会も打算はあろうが『贖罪』も兼ねて協力してくれている。
「…勝たなきゃな。勝って…ちゃんとその思いに報いなきゃな。」
誰に聞かせるでもない。
ネイトはそう夜空を見上げ…独り言ちる。
だが…
「…何か来るな。」
その時、ネイトの第六感が何かを感じ取った。
虫の知らせと言ってもいいだろう。
時々、こんな感覚に襲われることがある。
そして…こんな時にはよからぬことが起きていた。
ある時は…中国軍の戦車部隊に襲撃を受けた。
またある時は…ステルススーツを纏った特殊部隊『クリムゾンドラグーン』や『ブラックゴースト』に襲われた。
戦後世界では…レイダーを蹴散らした直後にデスクローに襲われた。
またある時は…至る所からフェラルグールの大群が湧き出してきた。
「…カイザーめ、何か差し向けたな?」
そう思い、ネイトは再びX-02を装備し正面ゲートに向かった。
時刻は2:20。
ネイトは知る由もないが…この時間帯はこう呼ばれることがある。
『丑三つ時』と。
そして、待ち構えるネイトの前に…
「来たか。」
彼女は現れた。
時は少し前、カイザーコーポレーション本社会議室。
プレジデントは極秘回線で…ある人物とコンタクトをとっていた。
《…なるほど、そこで私の力が借りたいと。》
「あぁそうだ…!貴様なら奴をどうにかできる手札を持っているだろう…!?」
苦々しい口調で電話の相手に語るプレジデント。
ネイトのカイザーPMC本部基地襲撃より二時間近く経つがいまだ部隊の再編はうまくいっていない。
脱出した隊員は大半が行方知れず。
合流した者も小銃どころか拳銃すら持っていない、まさに着の身着のままの這這の体でなんとか逃げ延びた者たちばかり。
これでは部隊が再編できたとしても相当時間がかかることは確実だ。
その間にアビドスの増援が来ることもまた確実。
ならば…
「金は用意しよう…!だから、直ちに奴を仕留めきれそうな人材を本部基地に差し向けるんだ…!」
《なぜそうも急ぐので?》
「奴は今一人だ…!奴を仕留めればアビドスは総崩れを起こす…!」
確かにネイトは手強い。
だが、現在はカイザーPMC本部基地奇襲成功と引き換えに孤立状態にある。
まさに千載一遇の逆転のチャンスと言ってもいいだろう。
「大軍団でも駄目なら…こちらも一騎当千の強者をぶつけるほかない…!それを可能にする人材は確保しているんだろ、『ニヤニヤ教授』…!」
《ほむ、さすがはプレジデント。耳が早いですね。》
電話の相手、『ニヤニヤ教授』と呼ばれた少女は何やら考え込んでいるような間を開け…
《…良いでしょう。但し、相手はあの『ネイト』であるなら前金で10倍は頂かないと…。》
「…分かった、直ぐに振り込む。」
彼女の提示した金額をすぐに振り込むプレジデント。
かなり高額だが…ネイトを仕留めるなら安い出費だ。
《…振り込みを確認しました。》
「本当に奴を仕留めきれる奴を向かわせてくれるんだろうな…!?」
《それは確約できかねますが…飛びっきりの人物を派遣しますよ。》
「…頼りにしているぞ。」
胡散臭くはあるが…今は彼女を頼るよりほかがないのも事実。
そうまるで祈るようにニヤニヤ教授に告げるプレジデントだが…
《というより、もう勝手に向かってますけどね。》
「…は?」
《何分、彼女ですら感じたことのない『破壊』と『略奪』の気配がD.U.内にまで届いてますから。たまらず飛び出していってますよ。》
なんと、すでにニヤニヤ教授の手駒が暴走しネイトの元に無断出撃しているらしいではないか。
「だっ騙したのか、教授!?」
《騙してはいません。『事実の省略』というものですよ、プレジデント。》
「えぇいッ!!!で、その向っている奴は使えるのか!?」
《ほむ、そこは御心配なく。彼女は私の手札の中でも特上の一人…。》
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「…来たか。」
丑三つ時、それは夜の闇が最も深く…霊界の門が開き妖が跳梁跋扈する時間だ。
ネイトの前に現れた彼女も…まさにその類として恐れられている。
「うふふふっ…今宵はよい月夜ですね…。」
彼女は丈の短い花柄が刺繍された黒い着物を纏っていた。
「こんな月夜に…あぁ、こんな濃厚な破壊の香り…♡」
烏の濡れ羽色と鮮血のような赤い髪を持ち頭部からは狐のような耳が生えていた。
「私…体が疼いていてもたってもおられず…馳せ参じましたわ…♡」
そして、頭上に輝くヘイローは赤く縁どられた漆黒の桜花紋。
「こんな素晴らしい夜に…あぁ…なんて素敵な香りを纏う殿方まで居られるとは…♡」
顔は狐の面で覆われているので表情は伺えないが…声だけで分かる。
まるで睦言のような甘い口調とは裏腹に…猛獣のような笑顔を浮かべているということに。
「ぜひ、貴方様のお名前をお聞かせ願いたいものですわ…♡」
「生憎、口説きながら殺気を飛ばしてくる娘に語る名はないが…俺は君のことを知っているぞ。」
「あら、それは光栄ですわ…♡」
「あの大騒動で脱獄した『Seven Prisoners』の一人…。」
ネイトも普段のんびり暮らしているわけではない。
つねにキヴォトスにおける情報はアップデートし広く知られる危険人物については把握している。
彼女は…そんなネイトの警戒度リストの中でも『Aクラス』の超危険人物。
「『The Fox of Calamity』、狐坂ワカモ…だな。」
「ウフフッ♡」
ネイトに名前を当てられ彼女、『狐坂ワカモ』は仮面の下の獰猛な笑みをさらに深める。
「あぁ…綺麗な月夜に濃厚な破壊の香り…そして、鬼神の如き益荒男の殿方まで…♡」
そう言い、ワカモはそれを構える。
九九式短小銃に三〇年式銃剣を取り付けた彼女の得物、銘は『真紅の災厄』。
「さぁ…ワカモと共に熱いひと時を過ごしましょう…♡」
そう語った彼女の背後に現れるのは多数の戦闘ロボット。
昼間に見た戦闘用ドローンのほかに…どこから奪ってきたか四足歩行の大型ロボットまでいる。
「熱いお誘いだが…暴れられても困る。対処させてもらうぞ。」
対するネイトも得物を取り出す。
一つはミニガン、そして背中のホルダーには愛用のロケットハンマーと…一見すると『AK』シリーズのようなライフルが据えられる。
さらに…
「全機、集合しました。侵入者を排除します。」
「脅威分析:赤。敵と交戦します。」
基地中の廃材やオートマタの残骸を分解し建造したアサルトロンにセントリーボットのロボットソルジャー部隊も集結。
「あぁ…簡単に壊れないでくださいね、貴方様♡」
次の瞬間、地面を蹴り飛び掛かるワカモ。
丑三つ時も終わりに差し掛かった今宵、『災厄の狐』と『Sole Survivor』が激突した。
狂気は往々にして、カリスマ性と表裏をなす。
―――物理学者『安斎育郎』