―――思想家『フョードル・ドストエフスキー』
カイザーの会見に端を発し、一晩明ける間にキヴォトス中を何度も激震させてきたカイザーとアビドス陣営の戦争。
予想外のワカモとの開戦もあったがその後は平穏に過ごせ…
「…丸一日たったか。」
夜も開け朝日が破壊され…いやほぼ再建された元カイザーPMC本部基地を照らし時計は7:00を差していた。
そんな朝日を正門でヘイローを背負ったネイトと…
「うへ~、アビドス以外で朝を迎えるのは久々だねぇ。」
「ん…本当に昨日は色々あったけど今日も頑張ろう。」
その傍らで完全武装のホシノとシロコが眺めていた。
さすがに頑丈な彼女のこと、第二陣の支援要員の部隊に乗り込んでやってきたのだった。
「それにしても災厄の狐だなんてとんでもない奴と知り合ってたんだねぇ、先生って。」
「赴任早々のサンクトゥムタワー騒動の時に一戦交えたりシャーレの中で接触したらしいな。」
「ネイトさんにヘイローを出させるくらい強いのなら一度戦ってみたかった、残念。」
「機会はあるかもな。あれはもはや『癖』の一種だ。とりあえずこの戦争中は大人しくしとくらしいけど。」
「ん…それは楽しみ。もしアビドスに来た時は相手する。」
「もしもの時はおじさんも手を貸すよ~。」
そんな夜中に来襲したワカモのことについて話していると、
「…ねぇねぇ、ネイトさん。ちょっと屈んでぇ。」
「ん?…こうか?」
そんなことを言われ言われるがままネイトが少し屈むと…
「うへ~ジョリジョリだぁ~♪」
まるで猫をあやすときの様にネイトのあご下を撫でるホシノ。
確かに今のネイトは珍しく無精ひげが生えている。
「あぁ、昨日から剃ってないからな。」
「忙しかったもんね、ネイトさん。」
「というか、俺のゲン担ぎみたいなものさ。」
「髭を剃らないのがぁ?」
「『戦う前の無事な俺のまま』っていう意味でこういう作戦の時は髭を剃らないことにしてたんだ。」
あまり宗教を信仰していないネイトだが現役時代から何となくこのゲン担ぎは続けている。
それがどう効いたか分からないがお陰様で怪我を負っても命に別状はなく五体満足で任務を終え続けることができていた。
が、
「なるほど~軍人さん時代からやってたことなんだねぇ~。」
「………なぁ、ホシノ。楽しいのか、それ?」
先ほどからホシノはネイトの髭をジョリジョリとその感触を楽しむように触り続けている。
「うへへへ~なんかこの感触が新鮮だからねぇ♪」
「そう言うもんか?」
確かにキヴォトスにおいて人の姿をした男性という存在はかなり希少。
ネイトも半年間で十六夜社長以外そう言った人物に出会ったことがない。
そんな彼女たちにとって『人間男性の髭』というものはなかなか味わえない感触だった。
「ん…確かにこの感触は初めて。」
「シロコもか…。」
シロコも参加ししばし髭を触られ続けていると…
「…見張りの交代に来たら何やってんのよ、三人とも。」
「あぁ、セリカ。どうかしたか?」
いつの間にかやってきていたセリカが奇怪な物を見る目で三人を眺めていた。
「うへ~、セリカちゃぁん。なんかこのさわり心地が癖になるんだよぉ~♪」
「ん…セリカも触ってみると良い。新感覚の感触だよ。」
「遠慮しておくわ…。それよりネイトさん、あと少しで到着するって番長たちから連絡が来たわよ。」
「了解した。…予定より少し遅れたが許容範囲だな。」
「それから朝ごはんも早く食べちゃいなさいね。と言ってもレーションとかだけど。」
「そうだな、さすがに昨日の晩から動きっぱなしだから腹がペコペコだ。」
戦争中だというのになんとも穏やかに時間が過ぎていくアビドス陣営。
それは前線のネイトたちだけでなく、
「やっぱりどこもこの戦いのことで持ち切りだね。」
本部のアビドス高校でも比較的穏やかな朝を迎えているのであった。
先生がそう呟きつつ眺めるのはキヴォトスで発行されてる新聞各社の朝刊だ。
どこもかしこも昨日からのカイザーとアビドスの戦争について特集が組まれている。
スマホで見てみるとネットニュースもこの話題で持ち切りだ。
中には…
「ネイトさん本人の写真が出回ったのは初じゃないかな?」
「これはピューリッツァー賞モノでしょうな。」
昨日のホシノを担いで運んでいるネイトの姿の写真が添付されたネットニュースまである。
アサルトライフルを脇に提げタンカラーの軍服を纏い砂漠迷彩のヘビーコンバットアーマーとヘルメットにサングラスをかけたネイトの姿は正直かなり画になっているが…
「これを一般人がスマホで獲れるようになってSNSで発信できるようになったのは凄い時代というか怖くなったというか…。」
問題はこの写真はカメラを喪失した報道陣に変わり避難民が撮影しモモッターで発信されていたものなのだ。
現在、そのモモッターの投稿はいうなれば滅茶苦茶『バズっている』状態である。
昨日の報道陣の取材体制からしてもしやの事態を想像していた先生だが…
「先生、投稿者の確認ができました。許可を出したのはこのニュースサイトだけのようです。」
「ふぅよかった…。分かったよ、じゃあ取り立てて問題にするようなことでもないね。」
許可の有無も確認でき胸をなでおろす。
一応過去のニュース記事も確認したが小規模かつかなり中立的なネットニュースなので今回もカイザーの主張はほぼ乗せずに戦闘の経過のみが乗せられている。
さらに…
「この写真なら…『カルト教祖』だって植え付けられたネイトさんのイメージも払しょくできるかもしれないしね。」
「カイザーが語っていた姿とは似ても似つかない姿ですからな。」
「投稿に寄せられたコメントではすでにかなりの数のカイザーに対する不信感を抱いているコメントも見受けられます。」
自ら戦場に出撃し生徒を救ってきたその姿はとても私腹を肥やしているようには見えない。
カイザーが大々的に広めたせいもあって今もなおモモッター上では熱い議論が繰り広げられている。
「何はともあれまだまだ作戦は継続中だから気は抜かないで行かないと。」
「先生には終戦後も大仕事が控えてますしね。」
「アハハ…今からちょっと気が重いなぁ…。」
副官を務めるガッツィーとそんな会話を繰り広げていると…
「おはようっす、先生!朝飯持って来やした!」
生徒の一人がトレイに乗った料理をもって野戦本部に入ってきた。
「ありがとう。皆も食べてるかい?」
「ハイッノノミ姐のご実家から来たキッチンカーから炊き出しを頂きました!」
「避難民の方たちは?」
「もうグルメフェスかっていうくらいキッチンカーが軒を連ねてるっす!」
「…いやはや、話には聞いていたけどセイント・ネフティス社ってすごいんだね…。」
生徒の言うように夜明け前に支援物資を満載にしたセイントネフティスのコンボイが到着。
今は避難民向けに外食関連のグループ社のキッチンカーが避難民たちに料理を提供している。
最初こそ、アビドス高校でアビドスのスーパーから食材を買い占めて炊き出しをやる予定だったが一気に状況が好転。
味もバリエーションもはるかに向上したセイント・ネフティス社提供の料理に避難民や防衛のため残留している生徒たちは腹を満たせている。
「D.U.に向かったネイトさん達には悪いけど腹が減ってはなんとやらだね。しっかりといただくとしようか。」
今日も忙しくなる、先生は手を合わせて朝食を頂くのであった。
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―――――――
―――
時間は流れ8:20。
「それで昨晩からの状況の変化は分かりましたか…?!」
「はっはい!」
場所は連邦生徒会防衛室。
そこの室長の不知火カヤは昨晩からここに缶詰めとなり情報収集に追われていた。
日付が変わった同時に発せられたネイトからの攻勢作戦の発令。
その影響で防衛室だけでなく連邦生徒会全体がひっきりなしに押し寄せる問い合わせの処理に追われている。
カヤ自身、眠気覚ましのコーヒーを何杯空けたかもわからない。
なにせ、カイザーが喧伝し連邦生徒会が認めた『カルト教団』が攻め込んでくると大々的に宣言してきたのだ。
連邦生徒会すら情報を規制する暇を与えない電波ジャックしたうえでのキヴォトス全域への全周波数帯通信というあまりにも強引すぎる方法で。
「まっまずW.G.T.C.勢力は…!」
その対応が何とか落ち着き…いや、いまだ問い合わせは鳴りやまないが出勤してきた職員に引き継ぎカヤは次長からの報告を聞く。
いかに責任を丸投げしているとはいえ連邦生徒会も戦況の変化についての情報収集は行っている。
「…い、以上です…!」
「…分かりました。情報収集は継続してください。」
「では、私はこれで…。」
目の下にたっぷりクマを作った次長が退室したのを確認し…
「…何なんですかっ、あのW.G.T.C.…いや、ネイトという滅茶苦茶な大人は…ッ!?」
苛つきのあまりその糸目を歪ませながらネイトへの恨み言を呟くカヤ。
正直言って…何もかも冗談であってほしい。
投入されたカイザー戦力は残らず全滅、前もって仕込まれていたアビドス砂漠の部隊ももはや跡形もない。
開戦のカイザーの影響で手薄になったアビドス自治区をアビドス高校勢力が占拠し実質的に奪還。
カイザーPMC本部基地は奪取され例の放送を轟かせられる。
一時間足らずでカイザーの軍団を殲滅した部隊がゲヘナ風紀委員会の承認を受けカイザーに協力していたカクカクヘルメット団を叩き潰しながらゲヘナを通過、昼前にはその基地に到着する。
カイザーと並び称される大企業がアビドス勢力に協力、そのトップと既に深い仲であることが当人から明かされた。
どれひとつとってもカヤには嘘であってほしかった。
だが現実は無常だ。
どれもこれも事実な上に僅か一日で起こった事ばかりだ。
「おかげで防衛室はパンク寸前…!黙ってカイザーにやられていればいい物を…!」
予定では今頃にはカイザーがアビドス高校を占拠し勝利宣言をキヴォトス全土に発しているはずだった。
だが…
「なんですか、これは…!?まるで立場が逆転しているじゃないですか…!?」
現実はその逆、カイザーは完全な劣勢に立たされている。
大部隊は壊滅し本部基地は物資ごとW.G.T.C.に奪取された。
しかも、三大校の一角であるゲヘナはあの会見を聞いてなおW.G.T.C.には協力的。
メディアに関してはセイント・ネフティス社の会見から一気に日和って昨日のような苛烈な報道合戦は鎮火している。
悪いニュースはまだ続く。
「シャーレの『先生』…!まさかこんな大規模戦闘であっても指揮を行えるとはなんという指揮統制能力…!」
この戦いには連邦生徒会長肝いりで創立された連邦捜査部『シャーレ』の先生も関わっている。
無線を傍受した結果、西部戦線の指揮は彼が行ったもの。
兵器の質もさることながらカイザーPMC部隊を一切寄せ付けない戦闘指揮は目を見張るものがある。
そんな彼がアビドス側に立っていることも最悪一歩手前の事態だが…
「それ以上に恐ろしいのがネイト・・・彼自身の『戦争』に関する能力の高さ…!」
先生以上の脅威となって立ち塞がるのがネイトだ。
ゲヘナ戦線の戦いの傍らで繰り広げられたアビドス砂漠での掃討作戦。
僅か一個小隊にも満たない少数の部隊にカイザーの旅団は壊滅。
その後取って返して…総指揮官の単騎作戦によるカイザーPMC本部基地の奪取という前代未聞の作戦を敢行し成功。
これによりアビドスの継戦能力は一気に高まったうえ前哨拠点まで手に入れカイザーの喉元にナイフを突きつけることもできた。
さらに軍人然としたメディアを介さない『アビドスの復活』を大々的に宣言。
これによりアビドスとしてのこの戦争の正当性をキヴォトス中に知らしめる事ができた。
そのうえ、アビドスの一般市民ですらカイザーやカヤにとって悩みの種となりつつある。
「大衆もあれだけ非難していたくせに本人の写真が出た途端に掌返し…!」
一般人が投稿した一つのモモッターの投稿。
これがカイザーが作ったネイトのイメージを打ち砕きつつある。
カイザーが公開した写真とは似ても似つかないネイト本来の姿は一般大衆を一気に惹き付けた。
キヴォトスでは珍しい大人の男性な上シャーレの先生にはない醸し出される『歴戦』の風格。
他の避難民からもネイト支持の投稿やアビドス高校の普段の活動も広められカイザーの証拠の基礎が揺るぎ始めている。
今はまだアンチアビドスの意見が優勢だがこれ以上W.G.T.C.が動きを起こせばそれもいつまで続くか分からない。
「カイザーも何を対処に手をこまねいているんですか…!?この『超人』が直々に手を貸したというのに…!」
こんな状況になっていまだアクションを起こさないカイザーに愚痴るが…無理もない。
何せカイザーPMCの大半が一日の内に消滅。
今なお部隊編成すら間に合っていないのが現状だ。
「…ひとまず落ち着きましょう。そう、私は『超人』…あんな嘘で塗り固められた大人がどんなことをしようと冷静に対処すれば…。」
言い聞かせるようにつぶやき、カヤは先ほど淹れたまだ湯気の立っているコーヒーを飲もうとした。
が、
「しっ室長、大変ですッ!」
「ゴホッ!?」
先ほど退出した防衛室次長がノックもなしに部屋に飛び込んできた。
「なっなんですか、一体!?」
「てっテレビを!テレビをつけてください!!!」
「は、はぁ?」
コーヒーを咽かえしながらも次長の言う通りテレビをつけると…
《ではここで、今朝W.G.T.C.社長のネイト氏からテレビ局各社に送られてきた声明映像を公開いたします。》
「…はい?」
今まさに映し出された報道番組のキャスターが深刻な表情を浮かべながら原稿を読み上げ映像が切り替わった。
そして画面に映し出されたのは…
《どうも、キヴォトスにお住いの皆さん。自分はW.G.T.C.社長兼全部隊総代および総指揮官を務めるネイトだ。》
おそらく今いる基地の一室で撮影されたであろう、長机が置かれ丸椅子に腰かけたネイトが映し出された。
傍らには割れた狐の面がかけられたX-02が置かれ衝立が背後に異様に近く置かれている。
《まずは昨日からカイザーと我が社の交戦によってキヴォトスに在住の方々には多大な迷惑をかけている。そのことを謝罪させていただきたい。》
まずはこの戦争についての謝罪を述べ、
《さて、本題に入るが現在も我が社とアビドス高校はカイザーコーポレーションと戦争状態にある。この映像を見ている視聴者は大まかな戦況は把握していると思う。》
次に今回の戦闘に関する話題となり…
《そして、宣戦布告後に繰り広げられた防衛戦終了後にカイザーと講和交渉を行った。》
「なっ…!?」
カヤですら把握してなかった講和交渉の実施がネイトから明かされる。
無論、ネイトが嘘を言っている可能性があるが事実として防衛戦はアビドス陣営の圧勝。
講和交渉を行うのはタイミング的には何らおかしくはない。
《だが、結果として戦闘が続いていることからも分かる通り講和交渉は御破算。…よって、我々はさらなる打撃をカイザーコーポレーションに与えることを決定した。》
そう言うと画面が切り替わりキヴォトス全域の地図が映し出される。
《ご存じの通り、キヴォトス各地にはカイザーPMCの拠点が建造されている。これはカイザーPMCのサーバーに入って入手した本部基地を除いた各地に点在する基地の詳細な座標だ。》
その地図に数か所に光点が現れ大まかな規模が表示される。
そして…
《数にして10か所にも上る数だが…我々は今日の朝8:30にこの全ての基地に砲撃などを用いた『一斉攻撃』を仕掛ける。》
「…はいいいいいいいいッ!!!?」
あまりにもぶっ飛んだ作戦を明かしたのでカヤは声を荒げた。
光点の場所はD.U.の北部郊外から様々な学区にわたって点在している。
どう考えても同時攻撃などアビドスには不可能なはずだ。
そして何より…
《…さて、この映像はテレビ局各社に8:00に届くように手配し8:27に報道するように要請している。指示を守っていることを前提としているが…そろそろだな。》
「えっ!?」
時計を見ると…ちょうど8:30を差していたのでカヤは慌てて外を眺める。
高層建造物である連邦生徒会の建物、しかもカヤがいる部屋からなら方角的に何かが起こったのであれば見えるはずだが…
「…何ですか、やっぱり出任せ…。」
なにも起こっていないことに胸をなでおろすカヤ。
…その次の瞬間だった。
昼間だというのに青空よりも蒼い3本の流星が宙を走ったかと思うとキノコ雲が立ち上った。
「えっ…!?」
「そっそんな…!?」
あまりにも衝撃的な光景に言葉を失うカヤと次長。
少し遅れて腹の底に響く重低音が届き窓を揺らす。
おそらくこの映像と光景を見ている者すべてが言葉を失っている中、
《…目撃した者も多くいることだろう。はっきり言おう、W.G.T.C.は…キヴォトス全土を射程に捉えピンポイント攻撃可能な兵器を保有している。》
淡々とこの事象は偶然ではなく自分たちが行ったものだと明かすネイト。
「な、なんですって…!?」
信じられない、信じたくない。
だが、カヤが先ほど目の当たりにした光景。
流星があの様に同じ場所に降り注ぐわけがない。
それはつまり…。
「ほ、本当にW.G.T.C.が…ッ!?」
「ハイ…はいっ、分かりました…!室長…D.U.近傍のカイザーPMCの基地が…消滅したと確認が取れました…!」
「そんな…そんなことが…ッ!?」
次長からもカイザーPMC基地の消滅が知らされさらに顔から血の気が引いていくカヤ。
《…とまぁ、以上がW.G.T.C.の持ちうる力のお披露目だ。映像はここで終わるが下記URLでこの後ライブ配信を行い、我々がどういった行動をとるか改めて説明しよう。》
画面のネイトはそんなこちらの反応などお構いなしに今後の予定を伝え画面に某動画サイトのURLが表示される。
「え、えぇっとえぇっとメモを…!」
「し、室長ッ写真撮ったほうが速いです!」
「そっそうですね!」
カヤたちは慌ててスマホでそのURLをスマホで撮影する。
画面のネイトもそれを見越してしばし無言で待ち…
《では、次はライブ配信でお会いしよう。ネイト、アウト。》
軽くこちらに手を振りながら映像は終わった。
「ど、動画サイトへ…!」
元のニュース番組に戻ったテレビ画面など見向きもせずカヤはすぐにPCを立ち上げブラウザを起動し先ほどのURLを打ち込みその動画サイトへ飛ぶ。
そこには…
《………。》
先ほどと全く同じ…いや、何を思ったか割れた狐の面を被り肘をついてボケッとしているネイトが映し出された。
《…ネイトさん、もう配信始まってますよ…ッ!》
《え、あっ嘘っもうか?!》
画面外からそんな声を掛けられ仮面を傍らに置き慌てて姿勢を正し、
《あぁ、だらしないところを見せてすまない。テレビの映像は観てくれたかな?》
既に多くの視聴者が集まる中、ネイトは先ほどテレビに移されていた時と同じ調子で話し始め、
《では、端的に今後のことを答えよう。3時間後に次はカイザーコーポレーションのグループ会社、カイザーインダストリーの保有する軍需工場に先ほどと同じように一斉攻撃を仕掛ける。》
再びあのような攻撃を今度は軍需工場目掛け放つと宣言。
《勘違いしないでもらいたいがW.G.T.C.が狙うのは工場施設そのものの破壊だ。一般の従業員をどうこうしようというつもりはない。だから3時間という猶予を設けた。》
加速していくコメントに見向きもせずこの攻撃の目的と時間的猶予を設けた理由を告げるが…
《だが、3時間経過したのちは攻撃は確実に実行する。その際、もし敷地内に従業員が残っていても関係なしにだ。これは脅しではなくただの予告だ。》
攻撃をやめるつもりなくそれでも工場に残るなら容赦しないと宣言する。
《そして、我々も徒に無関係なキヴォトスの市民の生活を脅かすのは本意ではない。民生品を製造する工場に関しては攻撃を行わないことを確約するが…もし軍需品を製造し始めたらその限りではないことを覚えておいてほしい。》
さらに念を押すように攻撃するのは『軍事関連施設』と説明し、
《この攻撃を終えた後、それでもカイザーが『こちら』が納得する条件で講和しない場合には我々の作戦は最終段階…つまり、カイザーコーポレーションを占拠するためW.G.T.C.の部隊がD.U.に突入作戦を決行する。》
「なっなんですって!?」
とどめと言わんばかりにD.U.で軍事作戦を展開する可能性があることにも言及。
《…以上がW.G.T.C.からの説明だ。アーカイブは残しておくからもしライブに間に合わなかった者は見返してくれ。》
既にすさまじい数となっているコメントに見向きもせず言いたいことを言い終えたのか配信を切ろうとするネイト。
すると…
《あ、そうそう。最後に…観ているかもしれない連邦生徒会防衛室に言いたいことがある。》
『~ッ!!?』
《ここまで大々的な作戦が行えたのは偏に連邦生徒会防衛室がこの戦争の『正当性』を認めてくれたからだ。そのことに関しては感謝しているよ。以上、配信を終える。》
最後の最後にまさかの防衛室を名指しして皮肉たっぷりに謝辞を述べて配信は終わった。
「まさか…そんな…ッ!!?」
カヤは頭を抱えて苦悶の表情を浮かべる。
カイザーとの裏取引ででっち上げた『宣戦布告の正当性』。
まさかそれをアビドス側に利用され…自分たちが追い詰められた。
もしカイザーとW.G.T.C.の企業間抗争に留めておけば…今なおもうもうと立ち昇るキノコ雲は生まれなかっただろう。
もしカイザーと与しなければ…キヴォトス全土を混乱の渦に巻き込まれることもなかっただろう。
そして、もし自分の権限で戦争の正当性を認めなければ…キヴォトスの首都であるD.U.が『本当の意味』での戦場と化す危機は訪れなかっただろう。。
「そんな…超人たる私が…!」
僅か一日と少々で…崖っぷちまで追い込まれてしまった。
誰とも知らないたった一人のヘイローもない人間に。
ぶつぶつと呟くカヤだが…状況は待ってくれない。
「失礼します!!!室長、カイザーの基地があった学区の学校からの問い合わせが!!!」
「七神主席行政官から直ちに出頭を求める通達が来ました!!!」
「報道各社からも先ほどの配信に関する会見の有無の確認の連絡が!!!」
続々と室長室になだれ込んでくる防衛室の職員たち。
カヤはその対応に文字通り『忙殺』されるのであった。
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―――――――――
―――
「…どうだった、アヤネ?」
「ハイ、確認しましたが写り込んでませんよ。」
「…はぁー、この姿勢かなりきついんだよなぁ。」
配信を終えネイトが立ち上がると…衝立からヘイローが浮かび上がった。
「別に見せつけてもよかったんじゃないの、兄さん?」
カメラの向こうで配信の様子を眺めていたアルがそんな疑問を投げかけるが、
「アル、こういうとっておきは隠しておくから意味があるんだ。」
「そっそうなの?」
「そだよ、アルちゃん。誰もお兄ちゃんがこんなおっきなヘイロー持ってるなんて思いも付かないよぉ?」
意表を突くのは戦術の基本。
確かに、基地に来た時のアル達も今のネイトの姿を見て度肝を抜いていた。
ヘイローもそうだがキヴォトスで見ても常識外れのあの能力をおいそれと明かすわけにはいかない。
だから、ネイトは『ヘイローは障害物を超える』特性を生かし衝立を背中に置くことで隠しきったのだ。
「ネイトさんったら最後の最後にブチかましたねぇ。」
「いろいろ好き勝手言われたんだ。意趣返しの一つもしたくなるさ。」
ニヘラッと笑うホシノに『ざまぁみろ』と言わんばかりの表情で返すネイト。
割り切ってはいようが…相当フラストレーションがたまっていたのだろう。
だが、
「でっでもなんであんな連邦生徒会を煽るようなことを?」
ハルカがそんな疑問を投げかけた。
この戦争の相手はあくまでカイザーコーポレーションだ。
確かにありもしないでっち上げを認め宣戦布告の正当性を認めた防衛室にはむかっ腹が経つのは分かるが…。
その答えの代わりに、
「じゃあクイズと行こうか。民主国家が戦争を始めることを決める役職は何だ?」
ネイトはここにいる面々にクイズを出す。
「はぁい♪」
「じゃあノノミ。」
「私達でいうところの生徒会長、つまり『政治家』さんですかぁ?」
「正解だ。じゃあ、戦争で戦うのは?」
「今回は私達だけど…軍人さんだよね、ネイト兄?」
「カヨコ正解。じゃあ戦争を終わらせるのは?」
「ん…それも政治家が終わらせるんでしょ?」
「そうだ、シロコ。では最後の問題…戦争を『始めさせたり』『止めさせる』のは誰だと思う?」
続々と答えられていくネイトのクイズだが…ここで回答が停まる。
「えぇっと…軍人さんじゃないんですか?」
「軍人間だと戦闘は止まっても戦争は止まらないぞ、アヤネ。勝手に始めたらそれはテロだ。」
「ハイッ政治家さんが『始めろ』とか『やめろ』っていえばいいんでしょ?」
「ムツキ、それは戦争を『始め』たり『終わらせる』のであって『始めさせる』や『止めさせる』とはまた違うな。」
アヤネとムツキという賢い面々が次々と間違いと言われるのを聞いて…
「…つまり、その過程に誰が持っていくのが誰かってこと?」
「お、セリカ。なかなか鋭い着眼点だぞ。」
核心を突く考えに至ったセリカだが…肝心の答えがなかなか出てこない。
しばし沈黙が続き…
「…じゃあ、答えを言おう。答えは…『世論』、つまり『一般人』だ。」
頃合いを見計らってネイトが答え合わせを行った。
「い、一般の人がですか…?」
にわかには信じられないといった様子のハルカだが…
「結局、国の在り方を国民が決めれるからこその『民主国家』だ。国民が大勢声を上げて『戦争しよう』と言えば始まって『戦争反対』と唱えたら国家も戦争から手を引かざるを得なくなるのさ。」
過去の経験を多大に感じさせる声音でネイトは答える。
それもそのはず。
アメリカは…そうやって何度も戦争を『始めさせられ』何度も『勝ちきれなかった』のだから。
「あ、ひょっとして市民を使って戦争の早期終結を…!」
と、ネイトの話を聞きアルが分かったと言わんばかりに声を上げるが…
「…俺がそんなお優しい奴と思うか、兄妹?」
「へ?」
「アレはむしろその逆。もう少しだけ戦争を長続きさせるための…仕込みさ。」
ネイトは意味深にそう答え…
「さぁ…『6カウント』、黙ってたら大変なことになるぞ?」
ある人物がこの後立たされるであろう苦境を予測しくつくつと笑うのであった。
軍を動かすのは軍を包む複雑怪奇な人の心。
世界は人の心で点火する。
―――『ヨルムンガンド』より武器商人『ココ・ヘクマティアル』