Fallout archive   作:Rockjaw

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絹の手袋をはめてでは革命は出来ない。
―――第2代ソ連共産党総書記『ヨシフ・スターリン』


Each school's speculation and envy

さて、先述の通り三大校ですら先の『アビドス独立戦争』で大きな波紋を呼んでいる。

 

だが、キヴォトスの学校は三大校だけではない。

 

さらに規模の小さい学校はさらなる衝撃を受けていた。

 

場所はキヴォトスの遥か北の辺境。

 

人が住むには過酷過ぎる極寒の大地にその学校はあった。

 

その名も『レッドウィンター連邦学園』、学園領土においてはキヴォトス最大の学校だ。

 

だが学区の大半が万年雪に覆われた僻地ゆえ規模としては中の上といったところか。

 

そんな極寒の学校の中にあって一際豪奢な部屋の中にて…

 

「『トモエ』秘書室長、アビドスと『ラフィアン』の調査は進んでいるか。」

 

小柄な学生が多いキヴォトスにおいて…ホシノよりもさらに小柄でつけ髭を付けた白い長髪の生徒が絵にかいた『独裁者』然とした態度で目の前の生徒に問いかける。

 

「申し訳ありません、『チェリノ』書記長…。現在はレッドウィンターは厳冬期、さらに非常に遠方のため工作員の派遣もままならず…。」

 

そんな彼女に恭しく頭を下げながら任務を果たせていないことを詫びる長い三つ編みをした薄紫の髪の生徒。

 

「フム~…だが任務を果たせていないことに違いはない。諜報員には『粛清』として3日間のトイレ掃除を行うよう伝えておいてくれ。」

 

粛清と言いつつなんとも学生らしい処分を下すこの生徒。

 

『連河チェリノ』、レッドウィンター連邦学園の3年生にしてこの学校の生徒会に当たる『レッドウィンター事務局』のトップである書記長を務めている。

 

それ以外にも環境美化部部長・運動部代表・清掃部部長・風紀委員長・給食部部長…とまぁ多くの役職を兼任している。

 

なお、外見に違わず非常に子供っぽく我がままで何かと権力を振るい周りを振り回しているため支持率は非常に低い模様。

 

「承知しました。」

 

そんな彼女に付き従うのは秘書室長の『佐城トモエ』。

 

チェリノの忠実な右腕だが…わがままな彼女に変わり実務を取り仕切っているので実質彼女がレッドウィンターの裏方トップともいえる。

 

それでもチェリノを信奉しており何かと甘やかしている。

 

…なお、その愛情のベクトルは結構ぶっ飛んでいる模様。

 

そんな極北の学園であるレッドウィンターがなぜアビドスを探ろうとしているかというと…

 

「いいか、トモエ。おいらはなんとしてもラフィアン…いや、奴が纏うあの…えぇっと…なんだ?」

 

「パワーアーマー、ですね?」

 

「そう!そのパワーアーマーの技術を、できればその実物を何としても手に入れたい!」

 

目的はネイトが纏うパワーアーマーだ。

 

「あの弾丸の雨すら物ともしない重装甲!重火器を軽々振り回しトラックをも押し返すパワー!そして何よりあのかっこよさ!アレがあればレッドウィンターは飛躍できるだろう!」

 

なんとも子供らしい理由だが…

 

「はい、確かに豪雪且つ未開拓の森林が続くこの学区の開拓には彼のあのパワーアーマーは大いに役立つでしょう。」

 

トモエもその考えに賛同している。

 

パワーアーマーは『歩兵戦車』と呼ばれているが言葉を変えると人間大で重機ばりの働きができるということだ。

 

万年雪と広大な森林地帯が続くレッドウィンター学区。

 

環境もさることながら鬱蒼とした森林地帯は重機の侵入を阻み開拓の障害となっている。

 

そこに大きいとはいえ人型の範疇に収まるパワーアーマーがあれば開拓は一気に進むだろう。

 

軍事的にもそうだが産業面においても大いに活躍するはずだ。

 

思惑に差はあれど事務局の方針は『パワーアーマーの解析、もしくは奪取』に纏まっている。

 

「しかし、書記長?そのような目的でしたらアビドスとW.G.T.C.に正式に申し出てみればいいのでは?」

 

と、トモエが穏当な手段を提案する。

 

確かにあのパワーアーマーに関する技術をそうホイホイ譲ってくれるとも思えない。

 

しかし、レッドウィンターとアビドスは地政学的理由もあって接点はあまりない。

 

つまり悪い印象もないはずだ。

 

「事実、ミレニアムはW.G.T.C.と相互利益を得られる関係を築いているとのこと。でしたら我々も…。」

 

ならば、話し合いの場を設け対価を支払い技術提供を受けるのが楽だが…

 

「いいや、トモエ。ラフィアンを甘く見てはいかん。奴の交渉力…秘書室長でも敵わないだろう。」

 

チェリノはある懸念をもってその案を却下する。

 

トモエの得意なことは『アジテーション』、『扇動』である。

 

そのほかにも話術に人心掌握、権謀術数にも長け人をいいように操るのが得意である。

 

彼女のおかげでチェリノはギリギリのところで支持基盤の構築ができている。

 

そんな彼女をもってして敵わないと評しているというネイトの交渉力。

 

「奴は短期間でアビドスに確固たる基盤を築きカイザーを撃ち破るためセイント・ネフティス社とも手を結んでいる。生半可な商談を持ち掛ければ…喰われるのはおいらたちになるだろう。」

 

わざわざ相手の土俵に乗って戦う必要はない。

 

「それにおいらはそんなまどろっこしいのは嫌いだ!欲しい物は奪い去るに限る!」

 

ここはキヴォトス、欲しければ実力に訴えるのが一番手っ取り早い。

 

「承知しました、チェリノ書記長。気候が安定次第、再度工作員の派遣を行います。」

 

「うむ、頼んだぞ!」

 

一先ずの方針が決まったので一息つく二人だが…

 

「………ところで、今回のクーデターはいつ鎮圧できる?」

 

「マリナ委員長が総力を挙げてますが戦況は芳しくないようです…。」

 

今まで聞こえないふりをしていたが外から聞こえてくる戦闘音と怒号がいよいよ無視できなくなってきた。

 

このレッドウィンターのもう一つの風物詩がある。

 

それが…

 

『進め、工務部の諸君!!!このキヴォトスにおける悪しきブルジョア『カイザー』が砂漠の同志の手によって打倒された!!!今こそ立ち上がる時だ!!!我々も我々の手でこのレッドウィンターで暴虐と搾取の限りを尽くすチェリノ会長を打倒しさらなる労働者の権利を拡大させようではないか!!!』

 

『Ураааааааааааааааа!!!!』

 

レッドウィンター事務局に対する『クーデター』だ。

 

この学校、他所の学校でも早々起こらないクーデターが週一回発生するというとんでもない校風。

 

今まさにレッドウィンター事務局に向かって多くの生徒が大挙して押し寄せようとしている。

 

「うむ、では一時退散するとしよう!なに、直ぐにまた戻って来れるさ!」

 

「お供しますよ、チェリノ書記長。」

 

そのせいでチェリノは何度も失脚しそのたびに復活するというよく言えば不死鳥。悪く言えば非常にしつこい生徒会長なのだ。

 

ヤバいときはそそくさと退散するのもいつものこと。

 

今日も今日とてレッドウィンターでは雪が舞いシュプレヒコールに銃弾と火炎瓶モロトフカクテルが飛び交うのであった。

 

余談だが、今回のクーデターは予想以上に苛烈でチェリノ史上最も復帰に手間取ったとされた。

――――――――――――――――

 

―――――――

 

―――

「このライブ配信…どう見ますか、『サキ』?」

 

「あぁ…大火力で重装甲の強襲部隊、普通だったらここで勝負ありだが…これは斬首作戦に見せかけた『要人確保作戦スナッチミッション』、なんとも豪勢な陽動部隊だことだ。」

 

「屋上からの突入部隊の動きも非常に洗練されています。突入の手順、援護の動き、個々の戦闘能力…いったいどれほどの訓練を積んで…。」

 

「見てよ、ここのヘリから降りるときの映像。こんなに大柄な機体なのに映像に着地の時の衝撃が感じられないよ。」

 

「つ、つまり着陸していない…ということですか…?」

 

「急上昇してからの屋上からほんの数十㎝の高さでホバリング…いやはやこんな凄腕のパイロットがアビドスにいたなんてね…。」

 

ある暗い一室にて四人の少女がある映像を何度も見返しながら意見を述べ合っていた。

 

ネイトが設立した動画チャンネル。

 

ライブ配信のためだけに作ったものだが終戦後にある映像が多数投稿された。

 

それはアビドス生徒が装着していたボディカムが記録したこの戦争の一部始終である。

 

元は戦争犯罪などが起こっていないことを示すための記録映像だが記録をとった後は無用の長物に。

 

ならばと、一部の生徒がネイトに許可をとりドキュメンタリー映画風に簡単な図解と編集を行い動画を投稿。

 

ライブ配信では見られなかった緒戦の詳細な状況を知ることができキヴォトス人の間では新鮮な娯楽として多く視聴されている。

 

そして、この動画の数々は今までキヴォトスでは見られない高度に洗練化された戦闘の貴重な記録でもある。

 

その映像は彼女たちにとって…

 

「くそっ…どうしてアビドスにこれができて私達にはその機会すら与えられない…!」

 

ある生徒は洗練された動きで瞬く間に敵を制圧していくアビドス生を見て悔しそうに顔を歪ませ、

 

「重武装どころか爆装までできて機首にはレーザー砲…!くひひっ、いいなぁ~…!これがあったらどんだけ派手なことができるかなぁ…!」

 

ある生徒は危ない光が点った羨望の眼差しで映像の中のベルチバードを眺め、

 

「み、見かけは普通のお洋服なのに、あんなに頑丈だなんて…。ど、どこを撃てば、通じるかな…。」

 

ある生徒はノノミとムツキが纏う防弾装束の性能に驚愕しつつその対処法を考え、

 

「『隊長』として…そして『指揮官』として…いったいどれほどの練度を積めばここまで…!」

 

ある生徒は部隊を…いやアビドスのすべてを率い己も戦場に身を投じ戦功をあげるネイトを畏敬と嫉妬が混じった目で見つめる。

 

何より信じられなかったのは…

 

(この割れた仮面…間違いないです…!)

 

ライブ配信で頭に括りつけられていた狐の面だ。

 

忘れるわけがない。

 

その仮面の元の持ち主は…自分たち等及びもつかない『最強の先輩たち』が死力を尽くして捉えたあの『狐』の物ではないか。

 

「貴方は一体…どれだけ私達から奪えば気が済むんですか…?!」

 

つまり…あの栄光すら人知れず彼は手に入れているということだ。

 

始まりはカイザーの記者会見からだった。

 

その時はこうも思った。

 

『自分達なら一時間程度であの男を捉えることができる。』と。

 

慢心ではない、事実それが実現できるほどの厳しい訓練で日々研鑽を続けてきた自負があった。

 

一声かけられればすぐにでもヘリに乗り込んで成し遂げる気概であった。

 

だが、結果は全く違った。

 

カイザーは正面から迎え撃たれた。

 

未知の兵器もあったが…特筆すべきは映像にはなっていない砂漠での戦闘だ。

 

情報では…一個分隊で旅団規模の拠点が壊滅したというではないか。

 

有り得ない、できっこない、いくら何でも自分達でも無理だ。

 

そう思いたかった。

 

だが…現実は非常だった。

 

その晩…たった一人によって師団規模の拠点が制圧された。

 

しかもそれが…自分たちが容易くとらえられると嘲笑っていた男が成し遂げたというではないか。

 

信じられなかった、信じたくなかった。

 

そして、自分たちが一時間もあればできるといった首謀者の確保。

 

それをあの男が率いる部隊は迎え撃つ敵部隊を叩き潰し30分足らずで完遂した。

 

そして、こう思った。

 

『自分たちは一体何のために訓練を重ねてきたのか』、と。

 

アビドス高等学校、彼女たちはあまり聞いたこともない学校だ。

 

そんな学校が…よもや自分たちを上回る練度を誇る部隊を保有していることなど誰が予想できようか。

 

しかも…その部隊を半年で育て上げた指揮官までいるというではないか。

 

そして…その力を戦場で思う存分振るえているではないか。

 

羨ましかった、妬ましかった。

 

それは自分たちが可能なはずの作戦だ。

 

その場所は自分たちがいるべき戦場だ。

 

その人は…自分たちにこそ必要な指揮官だ。

 

自分たちが欲してやまないそのすべてを…アビドスは手に入れていた。

 

「どうして…!私たちは見ているしかできない…!」

 

「サキ…。」

 

「なぁ…答えてくれ、『ミヤコ』…ッ!私たちは…一体何のためにいるんだ…!?」

 

同じ部隊のその生徒の問いかけに…

 

「………。」

 

隊長である彼女は答えられる言葉を持ち合わせていなかった。

 

自分たちは…必殺の『刃』として鍛えられた。

 

あらゆる敵を切り裂き、どんな戦場でも駆け抜けられる『あの人』の懐刀として訓練に励んできた。

 

だが…刃はどこまで行っても刃だ。

 

自分で動くことはできない。

 

『使用者』がいなければその切れ味も活かされることはなくそこらの棒きれと何が違う?

 

その時、カーテンが揺れ日が差し込みそれが照らし出された。

 

横を向いた雄山羊が象徴的な校章。

 

そこにはこう記されてあった。

 

SPECIAL RESPONSE TEAM特別対応チーム

 

通称、『SRT特殊学園』。

 

キヴォトスにおける法執行機関の最高学府にして…精鋭ばかり集めた特殊部隊を育てるための学校であった。

 

さらに照らし出された彼女たちの部隊章には『RABBIT』と記されてあった。

 

その名も『RABBIT小隊』、SRTの未来を担うはずの特殊部隊員の卵たちであった。

 

―――――――――――――――――

 

―――――――――

 

―――

他の学校もアビドスには様々な対応を迫られた。

 

「ふむ、では紛争調停委員会作戦参謀の君としては…アビドスは今のところ手を出すべきじゃあないんだね?」

 

「そうだね、ニヤ先輩。あそこは…下手を打つと容易く私達を飲み込むよ。」

 

「にゃはは、随分高く評価するね。」

 

「軍師として断言できる。あそこの将は…イカれている。」

 

「でも、『正気にては大業ならず』ともいうよ?」

 

「じゃあ返答はこれかな。『狂気にては成就ならず』。」

 

「その心は?」

 

「アビドスの将…ネイトっていうやつは『正気』で『狂ってる』。戦いの上で…これ以上ないほど敵にとっては最悪の手合いだよ。」

 

「…分かった、私達『百鬼夜行連合学院』は…この件については静観することにするよ。」

 

ある学校は静観を、

 

「ほぉ…妾が臥せっている間にそのようなことが…。」

 

「いかがいたしますか、『門主様』。」

 

「フム…このネイトという男は…なかなかの明主のようじゃの。」

 

「情報では『玄武商会』はすでに接触に向け動き始めているとも…。」

 

「そうかえ…。それを黙って見ているわけにはいかぬ…か。」

 

「もしアビドスやW.G.T.C.と玄武商会が手を組めば…『山海経高級中学校』の勢力図は大きく書き換えられることは必至です。」

 

「…なるべく穏便に対処してたもれ。あの大虎、一度激昂すればことじゃ。」

 

「はっ!」

 

ある学校は手を組もうとする組織の妨害を。

 

学校の主要組織だけではない。

 

「見てください、ここ!この場面、一瞬で遠くの敵のとこに移ってますよ!」

 

「す、すごい…!は、走ってるとかじゃなくて…ホントに消えて現れているみたい…!」

 

「グヌヌヌ~…!チャンネル登録者数も負けてまさか『忍術』も出来るなんてぇ…!」

 

ある部活ではネイトのV.A.T.S.で戦う姿を羨望の眼差しで眺め・・・

 

「『シュン』姉さん、見てください!またW.G.T.C.から寄付の手紙が届きましたよ!」

 

「まぁ…戦争が終わって間もないのに…。少なくない額を毎月欠かさず…。」

 

「あのカイザーの会見、やっぱり嘘ばっかりだったんですね!こんなに優しい人があんなことするわけないのに!」

 

「こ~ら、子供たちの前でそんなこと言っちゃいけませんよ?」

 

「シュン姉さんだってあの会見の時、すっごく怒ってたじゃないですか!」

 

「さぁ、何のことかしら?さて、じゃあ子供たちと一緒にまたお礼のお手紙を書きましょうか。」

 

ある部活では変わらないネイトの対応に感謝を述べたり。

 

大小関わらず、アビドスの戦争は大きな波紋を広げているのであった。

 

………そして、

 

「フン…あの『男』が気に入っていて見どころはありましたが…とんだ『軟弱者』のようですね…。」

 

ある学園の奥地、誰からも忘れ去られたその地で…その異形は唾棄するように断じていた。

 

「『愛』で子供が強くなる?…何を世迷言を。」

 

その手にある端末で見ているのは先生の会見の映像。

 

「馬鹿々々しい。子供は所詮…私達『大人』に搾取されるべき存在。そんな存在に『愛』を注ぐなど時間と労力の無駄ではないですか。」

 

映像を見ながらその異形は先生に対し見下したように言葉をつなげる。

 

「アビドスが強くなったのは…カイザーへの『憎悪』、そんなことも分からないようでは…貴方は私にふさわしくありませんね…。」

 

対して…

 

「ねぇ…貴方はそんな軟弱者ではありませんよね…?」

 

異形は画面をスライドさせ…今度はネイトの写真を映し出させた。

 

「あぁ…貴方はきっと私の考えに共感してくれるはず…。貴方のその力と知性…なんとしても私の傍に迎え入れたいものですわ…。」

 

先ほどとは打って変わり…まるで想い人のように愛おしそうに呟く。

 

「たった半年で…私の手駒程までただの不良を兵士に育て上げた手腕、是非ともこの地でも振るってほしいです…。」

 

来ると確信してやまない未来に思いをはせ…

 

「うふふっ…貴方とならきっとさらなる『崇高』へと至れるはず…。必ず…必ず我が物にして見せますわ…。」

 

その異形は…まるで恋人のようにネイトの写真を抱きしめるのであった。

 

ちょうどその頃…

 

「………。」

 

「ねぇ、姫。さっきからずっと新聞読んでどうしたの?」

 

「そ、それに同じページばかりじゃないですか…。」

 

同じ領域の別の場所にある廃墟の一室でフルフェイス型のガスマスクをつけた少女がボロボロになった新聞を眺めていた。

 

そこには先生の記者会見の内容が事細かに描かれてあった。

 

「………。」

 

「なに?『この前の戦争が勝った理由はこの人が皆を愛していたから』って?」

 

そのガスマスクの少女がした手話を傍らの生徒が解読するとこくりと頷く。

 

「あ、愛って何ですか?た、たまに配給される砂糖みたいなものですか…?」

 

「………。」

 

「え?物じゃない?目には見えない…暖かいもの…?」

 

「…私達には一生かけても手に入れられない物って覚えとけばいいよ。」

 

「そ、そんなぁ~…。」

 

そんな会話をしていると、

 

「おい、三人とも。そろそろ出るぞ。」

 

口元を覆うタイプのガスマスクをつけた少女が三人を呼びに来た。

 

「了解、姉さん。ほら二人とも、行くよ。」

 

マスクをつけた少女はさっさと立ち上がり部屋を後にする。

 

「あ、待ってくださぃ~!」

 

おどおどとした少女がその身の丈には不釣り合いな大荷物を担ぎ立ち上がろうとする。

 

「………。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

立ち上がるのを手伝ってもらい二人は並んで部屋を出ていこうとする。

 

「あ、あの姫ちゃん。あ、愛ってもので強くなるって…どんな感じなんですかね…?」

 

先に行った二人に聞こえない様に小声で尋ねるも…

 

「………。」

 

「わ、分からないんですか…?あぁ、こんな事なら知らなければよかったですねぇ…。辛いですよねぇ…。」

 

手話で返されたその答えにがっかりしてしまった。

 

だが、ガスマスクの少女はこう続けた。

 

「………。」

 

「え…?『でも、それはきっと幸福なことなんだろう』、ですか?」

 

ガスマスクで表情は伺えないがその少女は諦観が含まれた微笑を浮かべているのが伝わってきたのであった。




愛と憎しみはまったく同じものである。ただ、前者が積極的であり、後者が消極的であるにすぎない。
―――科学的犯罪捜査の先駆者『ハンス・グロース』
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