―――古くからの諺
さて、お嬢様学校たるトリニティでよもやそんなことが起こっているとは知る由もないアビドスのネイトたち。
あの後、掃除に各種整備を終えた翌日…
「よっしゃあ、ストライクだぜぇ!!!」
「おい、もっと重いボールもってこい!負けてらんねぇぞ!!!」
「かかってこいやぁッ!!!優勝はうちらが頂いたぁっ!」
「始まったばかりなのに勝ったつもりたぁ気が早いぜ!!!」
ボウリング場では元チンピラVS元スケバンのボウリング大会が繰り広げられ、
「…シュッ!ちぃ、銃とまるで勝手が違うな…!」
「どっちかってぇとグレポンみたいな要領で…っと!」
ダーツ盤では普段使う得物との軌道の違いに苦戦しながらもダーツを楽しみ、
「テメッハメワザ使ってんじゃねぇ!」
「動画見て予習した甲斐があったってもんだ!」
ゲームセンターではアーケードの格闘ゲームで白熱した戦いが繰り広げられていた。
さすがはやる気に満ちた学生たち。
あの後、終業時間までには各種整備を終え遊べる状態までこの場所を復旧させていた。
そして約束通り、今日はこの場所を貸し切り遊び倒している。
…え?電気はどうしたのかって?
こちらには常温核融合リアクターをクラフトする将軍がいることをお忘れか?
…まぁ今日一日の稼働なのでジェネレータ -大を数台並列稼働させているのだが。
「フフッやっぱり学生はこうでなくっちゃな。」
そんな生徒たちの様子をベンチに腰掛けながら微笑ましく眺めるネイト。
元気に遊ぶ姿はかつて不良として日々の食事にも苦労していた彼ら彼女らが学生らしい『普通』の生活を送れている。
これもまたアビドス復興の一つの方向性だと感じていると…
「アニキー!兄貴もやらねぇかぁー!」
「…よぉし、オッサンのテクニック見せてやるか。」
生徒に呼ばれたのでボウリング場に向かう。
「ヒュ~ッ決めちゃってくれぇ、アニキぃ!」
「かっけぇとこ見せてくだせぇ、親分!」
拍手とエールで迎えられ、
「ガーターでも笑うなよ~?」
ここに用意されている中で真ん中の重量の16ポンドのボールを選びレーンにつく。
さすがキヴォトス人の遊技場、ボウリング球もネイトが見たことないようなポンド数のものまで用意されている。
「シュ~…。」
狙いを定めるネイト、実に約70年ぶりの本格的なボウリングである。
腕に力を籠め、されど適度に力を抜き…
「ふっ…!」
ピンに向けボールを放ろうとした。
その時、場内に鳴り響くアラーム音。
生徒たちの動きっ声が止み…
「警戒センサーだ!!!武装を整え所定の配置に付け!!!」
『了解っ!!!』
ボールを床に置いたネイトの裂ぱくの声で弾かれた様に武器をとり外に飛び出していく。
まだ粗削りだが最初のころよりも動きがよくなっている。
「全く…無粋な客だな…!」
ネイトもレーザーライフルを取り出し外へ駆けていった。
ほんの2~3分で警戒態勢は整いはた迷惑な来客の到来を待つネイトたち。
そして、それは砂塵を巻き上げ現れた。
「く、クルセイダーだと…!?」
「まさかヘルメット団の連中が…!?」
それはここ最近カタカタヘルメット団が襲撃の際によく伴ってくる戦車クルセイダーだった。
「M72は何本ある?」
《そんなに数は多くねぇが一輌相手なら十分にあるぜ…!》
「引きつけろ。発砲の気配を感じたら撃ち込め。」
ここまで戦車一両でやってきて何もしないはずがない。
一撃で仕留める、全員の想いが一つになっていた。
…が、突如クルセイダーのスピードが落ち始めた。
『え?』
ネイトたちが唖然とする中、さらにエンジンブロックから湯気とオイルが噴出し始める。
「…ひょっとして故障?」
生徒の誰かがそう呟いた。
あり得ることである。
クルセイダー巡航戦車、第二次大戦期の英軍を代表する戦車だが…かなり設計に無理を抱えていた。
その中でも砂漠が主戦場だった北アフリカ戦線でエンジン系統のトラブルが続出。
この場所もアビドス砂漠のそこそこ奥地だ。
トラブルが起こってもおかしくはない。
「…俺が接近する。援護を頼んだ。」
エンジンがいかれたということは脅威は数段下がったということだ。
気配を殺し物陰から出ていくネイトを誰も止めない。
殊対戦車戦闘においてこの場でネイトの右に出る者はいない。
他の生徒は指示通りにいざというときのために構える。
砲身だけでなく機銃の銃口の死角を突きにじり寄っていくネイト。
その時、クルセイダーの前部にある銃座ハッチが開け放たれ…
「プハァッ!!!」
『ッ!』
車内に充満していた煙と共にガスマスクを装着したアズサが飛び出してきた。
「誰だ!?所属と目的を言え!」
「あっアリ…トリニティ総合学園二年の『白洲アズサ』だ!」
裂帛の声音でネイトが誰何するとアズサもガスマスクをとりつつ周囲に響く声量で答え、
「助けてくれ!エンジンが壊れて車内に煙が!」
ライフルを両手で頭上に掲げ救援を求める。
見たところヘルメット団ではなく不良にしては身なりが整っている。
トリニティの生徒に会ったことはないが肩の校章は確かにトリニティの物だ。
連邦でも同じように助けを求めやってきた人物を仕留めるレイダーはいたが…
(声音と状況からして…嘘はないな。)
ネイトはアズサの状況がひっ迫しているものと判断。
「分かった、何人か来い!ガスマスク着用!」
『了解!』
すぐさま生徒を呼び寄せ自身もアサルトガスマスクを装備し救助作業を開始する。
その後、エンジンの出火などを警戒しつつ救助が進み…
「んぐっんぐっんぐっ…ぷはっ!い、生き返りましたぁ~…!」
「全く…クルセイダーでこの砂漠を突破するだなんて無茶をする…。」
「夜通し走り通しだったんだ。本当にたどり着けて良かった。」
「あ、あと一歩でミイラになっちゃうところだったわ…。」
「うふふ、あんな狭い空間で汗まみれになりながら濃密に絡み合うなんてなかなかできない経験です♪」
現在、四人とも遊戯場内に運び込まれ水分補給や身体の冷却を行っている。
なんせここはアビドス砂漠のど真ん中、気温も結構高い。
ただでさえ冷房のない戦車内で鮨詰めになって走り抜けてきたのだ。
熱中症にならなかったのが奇跡ともいえる。
「それで『阿慈谷ヒフミ』に『白洲アズサ』、『下江コハル』と『浦和ハナコ』。全員トリニティ生でいいんだな?」
「ハイ!よろしくお願いします!」
「で、聞きたいんだが…なぜ四人はここにやってきたんだ?」
早速ネイトが来訪目的を尋ねると…
「わ、私とハナコは違うわよ!?私たちこの二人を止めようとして!」
「…どういうことだ?」
「この二人ったら正義実現委員会が押収した戦車をいきなり盗んでここまで突っ走ってきたんだから!」
真っ先にコハルがそう答え…
「実はモモッターでこの投稿を見つけまして!」
「まだっまだスカルマンたちは無事なのか!?」
ヒフミとアズサが例のモモッターの投稿を見せる。
「あ、それアタシの投稿!」
「やっぱりここだったんですね!」
「……………えぇっとちょっと待て、いったん整理する。」
人生経験豊富なネイトでさえ…この状況を飲み込むのに少々時間を要した。
「………つまり何か?そのモモッターを見てそのグッズを譲ってほしいあまり治安機関の押収品の戦車を強奪してここまで走ってきたのか?」
「そう言うことです!あるんですよね、ここに超ヴィンテージのペロロ様のグッズが!?」
自分でも何を言ってるかと思ったがヒフミが目を輝かせながら肯定しグッズを求めてくる。
アズサも同様に目を輝かせながらこちらを見ているのを見て…
(まさかこっちにも『シエラ』の同類がいたとは…?!)
半世紀以上昔に出会ったある人物を思い出した。
『シエラ・ペトロビタ』、ヌカコーラマニアの一般人だ。
もう一度言おう、ただの一般人だ。
彼女はヌカコーラへの異常な愛情だけで遠路はるばる危険犇めくウェイストランド…それもキャピタルウェイストランドを踏破してマサチューセッツ州までやってきた。
さらにマサチューセッツ州の中でも当時はぶっちぎりの危険度を誇るヌカワールドまでやってきてレイダーギャングたちにも臆せず…というか何も考えずにヌカワールドの『秘宝』について聞き取り調査を行っていた。
事実彼女が探していた物は実在し、探すのを手伝った…というより押し付けられたネイトも恩恵にあずかっている。
どこの世界にも…一線を容易く超えるマニアというものはいるものなのだ。
ちなみに後年に出会ったVault101出身の友人も彼女に仕事を押し付けられたと言っていた。
「…あぁ~…まぁ…あるよな、そう言うことも。」
『ねぇよ(ないわよ)ッ!!?』
まさかの納得の言葉が出たネイトに周りの生徒たちやコハルからの鋭いツッコミが決まった。
「それはそれとして…一応聞くが暴れるつもりとかはないんだな?」
「い、いえいえそんな気は全く!」
ヒフミも当初はもしグッズに何かあった場合は…とは考えていたがその気はすっかり失せていた。
何せ相手は数十人にも上る武装集団。
普段は荒事を好まないヒフミでも分かる。
(こ、この人たち『正実』の一般隊員よりも強い…!)
ただの素人ではなく訓練を積んできた精強な者たちだと。
「本当か?君のような偏愛主義者は正直こっちの対応を慎重にならざるを得ないからなぁ。」
と、かなり皮肉交じりに彼女を見るネイトだが…
「え、えへへ…そんなペロロ様にぞっこんだなんてぇ…。」
((((((((褒めてねぇよ!))))))))
どうもモモフレンズ関連では価値観やら倫理観がバグるヒフミ、頭を掻きながら照れたしぐさをする。
「…あの段ボールまだあるか?」
「まだ裏に置いてますが…。」
「自分の分はキープしてるか?」
「えぇ、まぁ。」
「じゃあ持ってきてくれ。ついでに他に同じシリーズの景品があったらそれもだ。」
「うっす!」
何はともあれネイトは生徒に例の段ボールやヒフミがお目当てにしているようなグッズを持ってきてもらうことに。
「見せてくれるんですか!?」
「盗んだ戦車できたのはさておき…商談相手ならきちんと対応しなくちゃな。」
数分後…
「わあああああああ!キーホルダーだけじゃなくてぬいぐるみにミニフィギュアにハンドタオルまで!?」
そこには目を輝かせて持ってきてもらったモモフレンズ…特にペロロのグッズに埋もれて半ばトリップしているヒフミがいた。
「それに状態も最高です!こんなものがまだこの世にあったなんて…!あぁ、こっちのペロロ様も今は手に入らない…!」
「…まぁ落ち着いたら声かけてくれ。」
落ち着くまで結構かかるようなのでネイトは一旦離れることに。
すると…
「す、すまない。これはいくらで譲ってもらえるのだろうかな?」
アズサがおずおずとした態度でいくつかのスカルマンのグッズを持ってやってきた。
「それじゃあ…これくらいでどうだ?」
「分かった。…はい。」
「毎度あり。」
ネイトが提示した値段はおそらくマニアが付けるであろう値段からすると『タダ同然』ともいえるくらいの値段であった。
元より処分するつもりだった代物で原価も0に等しいのだ。
「まだ時間がかかりそうだし中で遊んできてもいいぞ。」
と、まだヒフミが正気に戻るまで時間がかかりそうなのでアズサに他の生徒たちと一緒に遊んでくることを提案すると…
「一つ聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「どうした?」
「あの生徒たち、相当訓練されている動きだった。貴方が訓練したのか?」
アズサが遊びに戻った生徒たちを見つつそんなことを尋ねてきた。
「まぁそうと言われるとそうだな。」
別段隠すようなことでもないので素直に答えると…
「…すまないが少し手合わせを願えないか?」
「…なんだって?」
「一目見てわかった。貴方は…この場にいる誰よりも強い。だから…自分がどこまで通用するか見てみたい。」
先ほどまでとはまた違った目の輝きを灯しつつネイトに模擬戦を申し込むアズサ。
「…トリニティはお嬢様学校だと聞いていたがやはりキヴォトス人が通う場所だな。」
やれやれといった様子でネイトは立ち上がり、
「場所を移そうか。ここじゃ怪我をするぞ。」
「ありがとう。」
アズサの挑戦を受けて立ち河岸を変える。
向かったのは元はキッズエリア。
場所こそ狭いものの床がマットとなっているので怪我の心配も低い。
周囲には…
「さぁ張った張った!」
「アニキ、アンタにジュース一本賭けたんだからな!」
「頑張れよ、トリニティ!」
生徒たちが詰めかけ中には軽い賭けを興じるものまでいる。
「これを使え。ガスでペイント弾を発射するカートリッジだ。」
「分かった。貴方は?」
「なに、このくらいの間合いなら…な。」
愛用のライフルAR-15のクローンであるL119A1、銘を『Et Omnia Vanitas』を持つアズサに対しネイトは徒手。
せいぜい武器に使えそうなのは腰に下がっている道具袋の中の工具ぐらいだが…
(なんだ、このプレッシャーは…?!)
アズサは気圧されていた。
長年愛用し頼りにしてきた銃を持っているはずなのに…ひどく心細く思えた。
「好きに構えてみろ。それに俺が対応する。」
そう言いつつ、ネイトが動きやすいように上着を脱ぎタンクトップ姿となった。
その時だった。
「あ、アナタッ!?」
『!?』
「そ、そんな格好してその子とナニするつもりよ!?エッチなのはダメ、死刑ぇ!!!」
ギャラリーの中にいたコハルが指の隙間でネイトを見ながらそんなことを叫んだ。
「………番長、ちょっと。」
「なんだ、親分?」
一気に場が凍り付いた中、ネイトは番長を呼び耳打ちで尋ねる。
「エッチってどういう意味だ?」
「…え?」
「アルファベットのHってことでいいんだろ?彼女一体どういう意味で使ってるんだ?」
一瞬『何を言ってるんだ?』と思う番長だが…
「…あぁそうか。親分、ここと言葉が違う国出身だったな。」
すぐに納得がいった。
今でこそぺらぺらと自分たちと同じ言葉を喋れているがネイトはアメリカ人。
Hが指す言葉などアルファベットの8番目の文字である以外思いつかない。
「えぇっとそのだな…。親分に分かりやすく言うと『スケベ』ってのが一番近いか?」
番長がすぐにコハルのエッチが意味するところをネイトに教えると…
「………俺の恰好、そんなに破廉恥か?」
「いやぁ…そうとは思わねぇが…。」
二人して首を傾げた。
正直、同性だしネイトのタンクトップ姿は見慣れているので別に普通という感想しか思い浮かばない。
女子である生徒たちも特に反応を示さないのでこの価値観は間違ってないが…
「…お~い、コハル…いや『HExecutioner』、少し外してもらえるか?」
「へ、ヘクスキューショナー…?!」
「たぶん『エッチ処刑人』って言うことだと思いますよぉ~。」
「な、何よそれ!?」
ハナコの補足を聞き…
「結構カッコいいあだ名じゃない!ありがとう!」
((((いいんだ…。))))
存外気に入った様子のコハル。
「じゃあ、コハルちゃんは私とあっちで遊びましょうねぇ~♪」
「ちょっと変なことする気じゃないでしょうね!?」
「大丈夫ですよぉ。激しく動く遊具がありましたからそれに乗りましょう♪」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「ロデオマシンのことですよ~?」
「―ッ!!!」
といった感じのやり取りをしつつハナコがコハルを連れて行ってくれた。
「…さて、気を取り直して…何時でもいいぞ。」
場が再び整ったのでアズサと向かい合うネイト。
「うん、分かった。」
アズサも気合を入れ直し…
「ーッ!」
ネイトに向け『Et Omnia Vanitas』を構えようとした。
素人ではない、訓練された者の特有の素早いモーションだ。
だが、ネイトは瞬く間にアズサとの間合いを潰し左手で銃のハンドガードを抑え動きを止め、
「こんな狭い間合いで…銃をそんな風に構えちゃダメだな。」
「~ッ!?」
右逆手で抜き放ったレンチをアズサの首にそっと押し当てた。
(は、速い…!?)
間合いは3mほどあったはずだが一瞬のうちにワンステップで詰められた。
銃というアドバンテージがあったはずなのに…
(こ、こんなの初めて…!)
未知の感覚だった。
こんな事ができる者は…あの場所にもいなかった。
自らが慕うあの生徒ですら…銃を使っていたというのに。
「さて、まだやるかい?」
レンチを工具袋に戻しつつネイトが尋ねると…
「あぁッよろしくお願いする!」
「よしきた。」
先ほどよりもさらに目を輝かせ再戦を申し込む。
その後も、
「うわッ!?」
「動くな。」
「わ、私の銃が…!」
銃を掴まれ小手返しの要領で投げ飛ばされ自らの銃を突き付けられたり、
「シィッ!」
「大振りはっ。」
「わッ!」
「厳禁ッ。」
「ぐぬっ!?」
銃口をよけつつ間合いを潰しアズサを右腕で抱え上げマットに叩きつけたり、
「いいか、そのまま来い。」
「分かった。…フッ!」
「よっと。」
「え…!?」
「スリングはちゃんと装着するんだ。そうすればこう言った事態も防げる。」
今度は銃を突き付けて接近したはずなのにバレルとストックに手を滑り込まされいつの間にかネイトの手に銃が移っていたりと…銃対徒手という近接戦を考慮してもアズサをネイトは何度も制圧。
無論、ただただ組手するだけではない。
「手をこう掴んで…。」
「手をひきこみつつお辞儀をする要領だ。」
「こうっ!」
「ッと…!よし、やっぱり筋がいいな。」
ネイトが使った一部の技の指導をアズサ自身が実演したりという実技指導も入る。
「すげぇ…アニキの指導にあそこまで食らいつける根性がある奴がトリニティにいたなんて…。」
「しかも飲み込みがめちゃくちゃはえぇ…。」
何時しか周りに集まっていた生徒たちはその訓練の様子に見入っていた。
しばらくアズサとネイトのマンツーマンの指導は続き…
「はぁ…はぁ…!」
僅かに肩で息をしながらも一向に光の衰えないアズサ。
(楽しい…!あそこの訓練と違って…とても楽しい…!)
彼女の心中はネイトとの手合わせが楽しくてしょうがなかった。
確かに投げられたり軽く打たれたりと決して生易しくはない。
だが、そんな中であっても…あの場所では一切感じられなかった『情熱』と『愛情』を確かに感じられた。
「フフッ会った時から思っていたが…いい眼をしているな、アズサ。」
「良い眼…?」
そんな目を輝かせる彼女を見て…
「そのすべてを見抜こうとする貪欲な鋭い眼、君の髪も相まってまるで白頭鷲だな。」
ネイトは様々なシンボルに用いられたアメリカの国鳥を例に挙げ彼女を称える。
「フフッ…貴方にそう言ってもらえるなんて光栄だ…。」
「よし、次で最後だ。俺の奥の手を特別に見せてやる。」
いよいよ最後の組手となった。
今までで最も大きな間合いを取り、
「遠慮はいらん、いつでも来い。」
「ハイ…『教官』…ッ!」
ネイトも構えをとりアズサもいつでも動けるよう脱力する。
次の瞬間、
「ッ!」
アズサが今日一番のキレで『Et Omnia Vanitas』を構える…が、
「え…ッ!!?」
「白頭鷲は白頭鷲だが…まだ幼鳥だな。」
今までのステップなどでは説明がつかない速度でネイトがアズサの懐に踏み込みレンチを喉元に突き付けた。
「い、今のは…!?」
「企業秘密、例外中の例外だから気にするな。」
「むぅ…ずるい、教官…!」
最後の最後でとんでもない隠し玉を見せてきたネイトにムッとしᓀ‸ᓂ←な表情になるアズサであった。
「はっはっはっそう言うもんさ。お疲れさん、今後も鍛錬に励むように、『B.B.E』。」
「び、B.B.E…?」
「白頭鷲の幼鳥でB.B.Eだ。いずれ、立派な翼を広げることを楽しみにしている。」
「…分かった、ネイト教官。精進する。今日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
最後に互いをたたえ合いネイトとアズサの訓練は終わった。
「………フゥ~。」
その後、ネイトは備えてあったベンチに腰を下ろす。
「このボールを使ってあのピンをすべて倒せばいいんだな?」
「そうそう…て何とりだしてんだ!?」
「む?クレイモアを使えばとても早く打ち出せると思って…。」
「あ、アズサちゃん駄目ですよ!?投げてあのピンを狙うんですよ!」
訓練を終えたアズサとやっと戻ってきたヒフミや…
「ふ、フンヌウウウウウウ…!」
「重すぎるんだって、無茶すんな!」
「な、何言ってんのよ…!私は…正実のエリートよ…!このくらいいいいい…!」
小柄なのに無理してここにある中で最も重いボウリング玉を選んで四苦八苦するコハルと様々だが三人もボウリングに参加し楽しんでいる。
「…まぁ、一時はどうなるかと思ったがなじんだようで安心した。」
トリニティという初めて接触した他校の生徒ながらもアビドスの生徒と溶け込めているのを見て胸をなでおろすネイト。
学校=国家とされているキヴォトスだがやはり内実は子供同士。
遊びを通じて仲良くなれる可能性は大いにある。
油断するつもりはないが生徒間だったら交流もするべきか、と新たな知見を得ることができた。
すると…
「うふふ、お疲れさまでした♪タオルとドリンクですよ♪」
「あぁ、すまんな。」
ネイトを労うためか、ハナコが差し入れを持ってきてくれた。
「君は遊ばなくていいのか?」
それらを受け取りながらハナコに尋ねるネイトだが…
「私は見てても楽しめますので♪」
彼女はそう答えネイトの隣に腰を下ろし…
「まぁそう言うのもあるな。」
「そ・れ・と・も…私と『イケない』遊びがお望みですかぁ♪」
何時ものように二言目には思わせぶりで…
「ココがアツくてとっても濡れちゃってるんです…。どうにかしてくれませんかぁ?」
ボディタッチも交えつつネイトを見つめるハナコ。
だが…
「くっふっふっふっ…そう毛を逆立てるな、『ミス・ハンニバル』。」
「え…。」
「安心しろ、俺に君やあの三人をどうこうするつもりは毛頭ない。」
ネイトは含み笑いをしつつハナコを宥める。
一瞬、ハナコは固まるが…
「…ハンニバルってどういうことですかぁ?」
すぐに普段の柔らかい雰囲気に戻る。
だが…
「とぼけちゃって…一目見た時からわかってるぞ。」
「何がですかぁ?」
「君はあの四人の中…いや、俺の人生で出会った人物の中でも一番頭が切れる。それをどういうわけか仮面をつけて隠しているのもな。」
「ッ!?」
とうとうそのネイトの言葉で目を見開いて固まった。
ハナコにとっては初めての衝撃だった。
今まで…初対面でこの仮面を看破されたことはない
上手く隠せているつもりだった。
事実、同校の生徒は自分のこの仮面をかぶってから誰も寄り付かなくなった。
「ハンニバルっていうのは大昔の将軍だ。彼が構築した戦術は俺の時代の軍の教科書に載って研究されていた。俺の尊敬する偉人の一人だ。」
だが、この大人はあってわずか数時間…いや口ぶりから一目見て気付いていた。
ならば…
「…何が目的ですか?」
ハナコの雰囲気が豹変した。
朗らかだったそれは一変しまるで抜身の刃物のような鋭さを帯びた。
「おぉ、いいねぇ。さっきの可愛らしいのもいいがその雰囲気も素敵だ。」
「とぼけないでください。私に一体何を…。」
そんなハナコの変化をネイトは愉快そうに見てハナコは一層鋭い目線を向ける。
先ほどと状況が逆転している中、ハナコがネイトに再度どういうつもりか尋ねると…
「ん?なにもさせるつもりはないぞ?」
「…はい?」
「年寄りの好奇心だ。気に障ったのなら謝る。」
ただの好奇心、その一言で片付けられ今日何度目かの面食らったような表情を浮かべた。
「………どうして気が付いたんですか?」
そんなネイトに気が抜かれたか、鋭さがおさまり出会った時の柔らかさが若干混じったハナコ。
「長生きすると色んな奴と出会うのさ。…君みたいにいつもファイティングポーズで身構えているようなやつともな。」
「…良ければ聞かせてもらえませんか、その人のお話。」
「あぁ、そいつの名前は…『ケイト』。俺と一緒に旅したファイターの『リトルバード』さ。」
昔を思い出すようにドリンクを一口含んでネイトは語り始めた。
『ケイト』、闘技場『コンバットゾーン』で100戦以上不敗だった花形ファイターだ。
ある縁でネイトとともに旅をするようになったが…
「最初のころはいつも俺に噛みついてな、事あるごとに喧嘩も売られたもんさ。」
決して順調なものではなかった。
元来ファイターの彼女、戦いのたびに突っ込んで手を焼かされたものだ。
それでも次第にネイトにも心を開く様になってくれたが…
「彼女はな、18歳の時に両親に奴隷商人に売られたんだ。」
「え…ッ!?」
「そこからの生活から抜け出すためになんとか自分を買い直して…ケイトは何をしたと思う?」
「………まさか…ッ!?」
聡明なハナコにはその先の出来事がすぐに分かった。
両親に売り飛ばされ自由を手に入れた人物が取るであろう行為は…決まっている。
「ケイトは…両親に復讐した。それで決着をつけたつもりだったが…ケイトの中では強いトラウマになってしまっていた。そのせいで薬物中毒になっててな、並の医者じゃ手が付けられないくらい酷い有様だった。」
「そんな…。」
「それで…ケイトは怖かったんだろう。また俺から見捨てられるんじゃないのか、おもちゃにされるんじゃないのかってな。」
ネイトとの旅の途中でも度々軍用ドラッグである『サイコ』を打っていた。
彼女のトラウマから…ネイトを信じることをできない不安から逃れるために。
「だが、彼女はなんとか立ち直ろうと俺に救いを求めてきた。それに俺は手を貸して彼女は薬物中毒から脱却できた。」
「…良かったです。」
「ハナコ、君を見てると出会った頃のケイトを思い出したよ。あいつに比べたらまだだいぶ可愛げがあるがな。」
そんな連邦で共に過ごした相棒の一人と同じ気配をネイトはハナコから感じ取っていた。
周りが信じられず自らを守るために周囲を引き離そうとしていると、一目見てすぐに分かった。
「これが俺の経験則から判断した理由だ。納得できたか?」
「…はい、十二分に。やっぱり…人生経験豊富な方にはかないませんね。」
ここまでお見通しとはハナコもお手上げであった。
二人の間にしばし沈黙が流れると…
「…私の話、聞いてくれますか?」
「あぁ、構わないぞ。」
今度はハナコが自身の話を聞かせてくれた。
浦和ハナコ…彼女の実態は『才媛』と呼ばれたトリニティの傑物である。
1年生時点で3学年全ての試験を受験、全科目満点をたたき出した。
それだけでなく頭脳戦や駆け引きにも長じており類まれな戦略家としても知られていた。
そんな彼女をトリニティの各勢力が取り入れようとしたが…
「私…派閥の勧誘に疲れてしまって…もうどうでもよくなっちゃったんですよね。」
トリニティの自身を引き込むための工作に飽き飽きしたハナコ。
そんな彼女がそんな工作を諦めさせるために取った方策が…
「だったら今までできなかったことをやっちゃおうと思ってあのような態度や思わせぶりな言葉を…。」
「………。」
「ネイトさん、先ほどまでの無礼な行為…申し訳ありませんでした。」
そう言い、彼女はネイトに謝罪するが…
「…良いんじゃないか、別に。周りを振り回すようなことやっても。」
「え…?」
「学生の身空だ。何でもかんでもやれることは特権だぞ?」
そんな彼女をネイトは肯定した。
「自分の才能とやりたいことと周りが求めることが違うことなんてよくあることさ。社会人ならまだしもハナコは学生だ。自分のやりたいようにやればいいさ。」
「私のやりたいこと…。」
「なんかないのか?そう言うこと?」
ネイトに尋ねられ改めて考えてみると…
(…わ、私って何がやりたいんでしたっけ?)
才媛たる彼女をもってして何がやりたいか分からなかった。
普段の猥談やセクハラまがいの行為はいわば自己防衛の一環だ。
それを抜きにしてやりたいことをと言われると…
「う…う~ん…。」
珍しく頭を捻っていると…
「そんなに悩むのなら一先ずあそこの三人とつるんでみるのはどうだ?」
「え?」
ネイトが指さす方を見ると…
「やった!やったぞ、ヒフミ!ストライクだ!」
「やりましたね、アズサちゃん!」
「わ、私だってとって見せるんだから!」
アズサとヒフミにコハルが楽しくボウリングをプレイしている。
「そ、その…皆さん殆ど初対面のようなもので…。」
「だったらなおさらいいじゃないか。」
「え?」
「初対面で戦車かっぱらってこんな長旅を一緒に経験できるなんて早々できない『仲間』だぞ?」
「ッ!」
「こんなに強くつながった縁、逃すには勿体なさすぎると思うがな?」
そうだ。
もう三人とは他人とは呼べない間柄だ。
思えば…ここまで『悪い事』をやった事も初めてかもしれない。
こんなこと…トリニティで椅子に座っているだけでは絶対に経験できない。
どうして…こんなことにすぐに気付けなかったのか。
「…うふふ、イケない関係だなんてワクワクしますね♪」
目の前の靄が…一気に晴れたような気がした。
ハナコの雰囲気が元の柔和なものに戻っていた。
「やっぱりそっちの顔の方がいいな、ハナコは。」
「ありがとうございます、ネイトさん♪…あ、そうです。私にも渾名を考えてくださいよぉ♪」
「渾名?」
「だって、コハルちゃんやアズサちゃんにはつけて私にはないなんて不公平じゃないですかぁ~。」
プンスコと聞こえてきそうなわざとらしい怒り顔でネイトを見るハナコに…
「…じゃあ、『Ha,P』なんてどうだ?」
「ハーピー?その心は?」
「『ピンクのハンニバル』でHa,Pだ。」
正直、女の子のあだ名に猛将の名はどうかと思うだろうが…
「…うふふ、可愛くて強そうなあだ名をありがとうございますね♪」
ハナコは嬉しかった。
自分を看破したその人が…自分が尊敬している偉人の名前を自分に付けてくれたのだから。
「…またこうやってお話を聞いてくれますか、ネイトさん?」
「こんなおじさんでよければ話くらいは聞くさ。」
「またまた、まだお若いじゃないですかぁ♪」
そう謙遜するネイトをたしなめて、
「それじゃあ、私も『玉』と『ピン』で遊んできますねぇ♪」
ハナコもボウリング場へ向かっていくのであった。
「………なんだかんだ言ってあれが素じゃないのか?」
そんなネイトの言葉は生徒たちの賑わいの中に溶け込んでいった。
楽しい時間が過ぎるのはアッというまで…
「今日はありがとうございました!」
「楽しかった、また皆で遊びたい。」
「今度は負けないんだからね!」
「みなさぁ~ん、次はもっと激しくぶつけ合いましょうねぇ~♪」
アビドスの砂漠を夕日が照らし始めた。
「じゃあな、四人とも。今度はアポ取ってきてくれよ。」
「また古いモモフレンズグッズを見つけたら知らせてくださいね、絶対買い上げますから!」
「分かったよ、P.P。皆に周知させとく。」
「ぴ、P.P?」
「ペロロ偏愛主義者で、P.Pだ。」
「ま、またまたぁそんなペロロ様にぞっこんだなんて褒めないでくださいよぉ~♪」
(((((ほめてないんだよなぁ…。)))))
どうやらヒフミのこの思考は今後も変わりそうにないようだ。
「戦車まで直してくれて感謝する、ネイト教官。」
「燃料も入れといた。ガソリンスタンドにつく位は持つさ。」
彼女たちが乗ってきていたクルセイダーも修理を終えている。
そこら辺のジャンクから部品をクラフトし付け替えただけだが十二分にトリニティまで帰れるだろう。
車体にはヒフミが買い上げたモモフレンズグッズが満載されている。
「皆さん、今日はありがとうございました~!」
「また必ず遊びに来るぞ~!」
「ネイトさんもお元気で~!」
こうして、ヒフミたちは戦車に乗り込みトリニティへの帰路に着くのであった。
ネイト達も彼女たちの姿が見えなくなるまで手を振って見送った。
こうして、初めての他校生徒との触れ合いができた新鮮な一日を終えた。
…唯一、
「………どうしよう、絶対に怒られるぅぅぅぅ…!」
コハルだけが帰った後のことを恐れるのであった。
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「ハイ…ハイ…ではそのようにお願いしますね。」
「ナギサ、副委員長はなんと?」
「かなり腑に落ちない様子でしたけど…今回の一件は不問に付すことに納得してくださいましたわ、『セイア』さん。」
「それはよかったよ。君のお気に入りの生徒もこれで安心だ。言った様に…彼女たちが向かった先のことを尋ねるタイミングは私に任せてくれ。」
「セイアさんがそう言うのでしたらそのようにしましょう。」
「なぁんで戦車盗んだ子達を『処分しない様に』って命令したのぉ?」
「フム、極上の紅茶を味わうため…といったところかな?」
「極上の紅茶、ですか?」
「紅茶には様々な淹れ方がある。だが、この紅茶の淹れ方はとても難しいんだ。少しでも判断を間違うと一気に飲めたものではなくなってしまうんだよ。」
「えぇ~…だったらその淹れ方を早く教えてよぉ~。」
「せっかちなのはいけないぞ、ミカ。タイミングというものがある。今はまだ…あちらの問題が片付いていないからね。」
「問題とは?」
「それは言えないね。ただ一つ言えるのはこの紅茶をカップに注いだ時…トリニティは飛躍するだろう。」
この日の夜、ティーパーティーでこのような会話が交わされていた。
そんな未来があるのかとナギサは胸が躍り、ミカは…
「ふ~ん…。」
どこか冷めた様子で聞いていた。
………この数日後、ティーパーティーの一角でありサンクトゥス分派のリーダーでもある『百合園セイア』が急病のため入院したとトリニティでニュースになった。
苦しみをともにするのではなく、喜びをともにすることが友人をつくる。
―――文献学者『フリードリヒ・ニーチェ』