さて、ネイトがミレニアムでゲーム開発部と共に冒険を繰り広げている一方、
《も、もう一度仰ってもらえますか…?!》
「あら?聞き取れませんでしたかぁ?」
アビドス高等学校の復興施策委員会の部室にてある生徒がアビドスではまず聞かないようなお嬢様口調で電話対応を行っていた。
「ではもう一度お伝えしますね。…トリニティには戻るつもりは毛頭ございません、そう言いました。」
《なっなぜでしょうか…?ティーパーティーは先の活躍を考慮し休学中の単位を免除し一等寮を用意すると…!》
どうやらトリニティのティーパーティーから彼女…元七転八倒団の生徒の復学を要請する連絡のようだ。
聞く限り破格の条件だが…
「うふふ、ティーパーティーが…ですか?」
《な、何か…?》
「あの『実力よりも家柄と寄付金の額を重視』するあのティーパーティーですか…へぇ。」
電話に出ている生徒に…青筋が立った。
「私、これでも結構ティーパーティー所属の砲兵隊ではいい成績を出していたんですが家柄だけは立派なへたくそな生徒の派閥からいじめられましてねぇ。」
《そっそのようなことが…。》
「知らないとは言わせませんよ?ティーパーティーに相談していましたから。まぁ当時の上層部は握りつぶしたみたいですが?」
キヴォトスにおける不良という存在はそこまで単純なものではない。
単に暴れる者だけでなく…彼女のようにいじめなどにあい学校から居場所がなくなってしまったような生徒も多くいる。
彼女もその一人だ。
お嬢様学校として名高いトリニティだが…内実は派閥間どころか派閥内部でも陰湿ないじめなどが横行している。
そこから逃げ出したり成績不振な生徒が寄り集まったのが『七転八倒団』である。
「そんなあのお茶会集団が今更この私を取り立てようと?とうとう頭の中まで紅茶が回りましたかぁ?」
そんなかつての所属元が自分に『帰ってきてくれ』と言っている。
最大限の嫌味を言い放つと…
《さっきから聞いていればどういうつもりですか!?落ちこぼれの不良の貴方をナギサ様は寛大なお心で迎え入れようとしているのに!?》
電話口のトリニティ生徒の沸点に達したようだ。
《思い上がらないでください!あんな弱小校へ逃げた貴方など見向きもされないと…!》
「でしたらもう二度と連絡を寄越さないで下さいとナギサ様にお伝えください♪では、ごきげんよう♪」
《ちょッちょっとお待ちな…!》
生徒はあちらの本音を聞けたことに満足したのか一方的に電話を切ってしまった。
「…ふぅすっきりしたぁ~!」
「お疲れ様ぁ。ごめんねぇ、こんなことで呼び出しちゃってぇ。」
口調が普段の物に戻り背伸びする彼女にホシノがねぎらいの言葉をかけると、
「構わねぇっすよ、会長!言いたいことぶっちゃけられて胸がスカッとしたっすから!」
アビドスに来たからこそ不満をぶちまけられたことに快感を覚え疲れなど一切ないようだ。
「それはよかったよぉ。それじゃあとはこっちで対応しとくから業務に戻っていいよぉ。」
「うっす!失礼します!」
生徒が退出すると…
「…はぁ、まったく。やんなっちゃうよぉ~。」
「これで何度目なのよ、トリニティからのこの電話。」
ホシノとセリカは辟易するような声を上げる。
「お疲れ様です、ホシノ先輩。」
「それにしても転校を認めたのに今になってどうして呼び戻そうとしてるんでしょうかぁ?」
アヤネがホシノを労っているとノノミが疑問を呈する。
今の今までトリニティのかかわりと言えば闇銀行襲撃の際のヒフミくらいだった。
だが、最近はトリニティ…それも最高意思決定機関のティーパーティー直々にコンタクトをとって来る機会がかなりある。
その理由というと…
「ん…多分、うちの情報を探ろうとしているその一環だと思う。」
「ネイトさんの防諜体制で他学区のスパイはシャットアウトできてるからねぇ。」
そう、未だにトリニティはアビドスの実態を掴みかねていた。
送り込もうとした諜報部員は悉く返り討ち、アビドス-トリニティ境界の森林地帯を突破すらできていない。
さすがに10代の生徒では超冷戦を生き抜いたネイトの対スパイに関する経験には勝てない。
そこで手を変え好条件を盾にかつての七転八倒団を呼び戻そうとしているのだ。
が、結果は先の通り全くうまくいっていない。
先述の通り、トリニティで不良をやっているということはのっぴきならない事情がある生徒ばかり。
自分たちが普通の生徒だった頃にろくに対応してくれなかったというのに手のひらを返してきて受け入れるわけがない。
「そんなにアビドスのこと知りたきゃ堂々と来なさいってのよ…。」
セリカの言うように別にアビドスは鎖国体制を敷いているわけではない。
むしろ来るもの拒まずというオープンな体制だ。
ゲヘナのヒナの観光をホシノ直々に快く行ったことからそれも分かるだろう。
「ホシノ先輩、やっぱり先生か連邦生徒会に相談した方がいいんじゃ…。」
いかに事前に防げていようとトリニティの最近の行動は目に余る。
アヤネの言うように一度通報したほうがいいはずだが…
「うんにゃ~アヤネちゃん。通報するにしても時期を見なきゃいけないんだよねぇ。」
ホシノは期を窺うとして通報は延期すると答える。
「時期っていうと…エデン条約ですかぁ?」
「そう、アビドスとしてはエデン条約は好ましいものだよ?なんたってゲヘナの治安もよくなるはずだからねぇ。」
「でも、それがどういう…。」
「よく考えてみて?要はゲヘナとトリニティが五分の条約を結ぶんだよ?で、うちはゲヘナとは一悶着あったけど何とか関係性は以前まで戻ってる。じゃあトリニティは?」
「ん…ヒフミは知り合いだけどかなり印象は悪い。」
例えるならゲヘナとは『協力的』でトリニティとは『警戒状態』といったところか。
一般人は別だが…やってることがやってることだけにトリニティのアビドスでの評判はかなり悪い。
そして…
「そこでエデン条約締結後にトリニティにこう警告するんだよ。『これ以上ウチにちょっかいかけるなら連邦生徒会に通報して有事の際はゲヘナと軍事同盟を結ぶ』ってね。」
「ちょちょちょ!?そんなこと言って大丈夫なの!?」
わざわざエデン条約締結後というデリケートなタイミングでの告発というホシノの計画にセリカは声を上げて指摘する。
「そこでゲヘナとの関係性がミソだよぉ。ゲヘナの風紀委員長ちゃんや議長のマコっちゃんとはなんだかんだうちとの関係性は重要視しているのは一目瞭然だからねぇ。」
「ん…それにあっちの生徒会長はかなり野心家でエデン条約には消極的だって情報もある。」
ホシノ達の予想の範囲内だが…大まかには当たっている。
万魔殿はアビドスとW.G.T.C.との関係性を『エデン条約』以上の重要案件として取り扱い慎重に調査を進めている。
事実、公的な手段を通じアビドスとW.G.T.C.双方にちょくちょくコンタクトをとってきておりある程度の情報のやり取りを行っている。
「で、そんな状況で小規模とはいえウチがゲヘナ側につくとなるとトリニティは相当嫌がるはずだよ。」
「小規模って…。自分たちでいうのはあれですがアビドスは今やキヴォトス中の注目を浴びている学校ですよ?」
「でも、確かにトリニティの方々は相当脅威に思っちゃうでしょうねぇ…。」
そんな二大校が握手…いや、拮抗状態の腕相撲をとろうとしているところにアビドスとゲヘナとの軍事同盟。
トリニティにとってはいきなり部外者が右フックを叩きこんでくるかの如き衝撃だろう。
「そうなるとトリニティもあっさり引き下がるだろうねぇ。せっかく結んだ平和条約が事実上御破算になるんだからさぁ。」
トリニティが絶対断れないタイミングを狙いこちらの要求を着きつけようとしているホシノを見て…
「…ねぇ、シロコ先輩。ホシノ先輩っていつからこんな狡猾な交渉するようになったのかしら…?」
「ん…容赦がないのは元から。ネイトさんが来てからそこに粘っこさが加わったんだと思う。」
こそこそとそんな会話をするセリカとシロコ。
元よりつかみどころなのないホシノだが…ネイトと共に働いてきたことによりその掴みどころのなさに拍車がかかってきたような感じがする。
が、
「うへ~そりゃないよぉ、二人ともぉ。…そんなこと言うんなら今度近接戦のメニュー増やしちゃおっかなぁ?」
「うげっ!?それは卑怯よ、ホシノ先輩!?」
ホシノのその一言にセリカは震え上がる。
スナイパーでもあるセリカがポイントマンのホシノとの近接訓練などシバキ以外の何物でもない。
「ん…私は構わない。今度こそ勝つ。」
「シロコちゃんは偉いねぇ。これはおじさんもうかうかしてられないよぉ。」
一方、切り込み隊長のシロコは存外にやる気のようだ。
彼女もまたネイトから指導を受けナイフさばきに磨きをかけてきている。
「ちょぉっとシロコ先輩!?そんなこと言ったら私もボロボロにされるんだからねぇ!?」
「うふふ、ホシノ先輩も意地悪しちゃだめですよぉ?」
「分かりました。抗議のタイミングはホシノ先輩に一任します。」
そんな風に今日も賑やかなアビドス復興施策委員会。
と、そこへ…
「失礼します、皆さん。そろそろお時間です。」
「あぁもうそんな時間かぁ。んじゃ、皆行きますかぁ。」
スタッフのロボットがホシノ達を呼びに来た。
居住まいを正しホシノたちは会議室へと向かった。
そう、この日はアビドス高校にある来客がやってくる日なのだ。
その人物とは…
「…うん、この内容で問題ないよ。」
「ありがとうございます、『セヘジュ十六夜』。」
「いやいや、こちらこそ。復興の手助けとなるなら喜んで。」
十六夜社長を筆頭としたセイント・ネフティス社の幹部ご一行だ。
今日はアビドス高等学校とある契約についての合意を行うための会合が設けられている。
双方合意に達し契約書にサインと固い握手を交わすホシノと十六夜社長。
「さて…この後予定は?」
「はい、午後1時に会議が入っていますがそれまでは予定は入っておりません。」
「じゃあ、少しこの子達と話したいことがあるんだ。終わったら連絡するから先に戻っていてもらえないか?」
「承知しました、セヘジュ十六夜。」
傍らの秘書に予定を確認し…
「どうかしたんですか、セヘジュ十六夜?」
「フフッ、ホシノ君。ここでは『ノノミパパ』と呼んで構わないよ。」
「そっそう言うわけには…。」
「もう、お父様。ホシノ先輩をあまり困らせないでください。」
「はっはっはっ、少し砕けすぎたかな?」
会議室に彼だけ残りホシノ達と談笑を始めるのであった。
先ほどの硬い口調から普段の砕けた口調に戻っている。
「ん…じゃあ十六夜さんと呼ばせてもらってもいい?」
「あぁ。」
「じゃあ私もそう呼ばせてもらうねぇ。」
「どうだい?最近のアビドス高等学校は?」
「お陰様で忙しくさせていただいています。他にもガラス用の電気炉などの手配をありがとうございました。」
「あぁ、アクセサリーショップの。生徒が頑張って事業を展開しようとしてるんだ、大したものだよ。」
「できたアクセサリー第一号は必ず十六夜さんに送るって張り切ってたわ。」
「これは楽しみだ。『アビドシアングラス』、この砂漠の砂のガラスで作られたアクセサリーだなんて素敵じゃないか。」
「ノノミはちゃんとやってるかい?最近めっきりうちには帰ってきてなくて…。」
「心配しなくても大丈夫ですよぉ、ノノミちゃんのパパさん。いっつもこの柔らかぁな太ももを枕にさせてもらってますよぉ♪」
「ほぉ…それは何とも羨ましいねぇ、ホシノ君?」
「もうお父様ったら…。そう言われなくてもホシノ先輩やネイトさんの下でいろいろ勉強させてもらってますよぉ~だ。」
「うん、感心感心。彼の元だと本当に色々身になるだろうからね…。本当に…ノノミがこの学校に自分から入ったのは正解だった。私も見る目を養わないとな。」
そんな風に学校のことや娘であるノノミのことなど会話に花が咲いていると…
「そう言えば今日ネイトさんは?」
話題はネイトに関することに切り替わった。
「今日はD.U.に設計図の発注に向かった後ミレニアムに向かってます。調査や諸々の用事で4日は戻らないと聞いています。」
「あぁ、そういえばあの場所もアビドスの復興には欠かせない宝の山だったね。」
「ん…まさかあんなことを想いつくだなんて…。やっぱり着眼点というか思考の方向がネイトさんは違う。」
「確かに。私だって盲点だった。しかし、今回の契約とネイトさんの計画を組み合わせれば…確かにアビドスの復興計画は大きく進むことになるだろう。」
「でも問題は色々あるそうでぇ。その解決策に色々頭を捻ってるみたいですよぉ。」
「我が社にできることがあるなら協力を惜しまないと伝えておいてくれるかい?」
「分かりました、お父様。しっかりと伝えておきますよぉ。」
「でもそのついでに『アレ』用の設備まで自費で発注かけたって言ってましたよ?」
「アレかぁ…。私も是非一度生で見てみたいものだよ。」
今まさにネイトがミレニアムに向かっている『本来』の目的もアビドス復興に関する大きなプロジェクトの一つだ。
そのためD.U.からミレニアムと東奔西走しているのだが…
「でも、少しは休んでもいいんじゃないかなぁとも思っています。」
「というと?」
「ん…働き過ぎというわけじゃないけど…ネイトさん、アビドスにいても居なくても何か動き続けてる。」
「W.G.T.C.は完全週休二日制ですが…ネイトさんは必ず1日はミレニアムの廃墟街に解体作業に向かってます。」
「もちろん安全に配慮はしていますが…本当の意味での休みは1日、それも問題が起これば真っ先に飛び出すのでそれも潰れる日があるんです。」
ホシノ達は少し心配そうな表情を浮かべる。
戦争が終わった後もネイトは『止まらない』のだ。
確かに現場に出る頻度は減った。
だが、それ以外で動き続けている。
特にD.U.やミレニアムと言った長距離移動も何度も行っている。
無論残業嫌いな彼のこと、定時にはきっちり仕事は切り上げるし休息も十分とっているのは分かるのだが…。
「睡眠もきっちりとってるし運動もちゃんとしているので健康は問題ないそうだけど…。」
自分ができること…特にアビドス復興に関する仕事には常に全力投球の姿勢は傍から見ると少し心配に思う部分もある。
そんなホシノたちの話を聞き…
「フム…。」
少々考え込むような仕草をとる十六夜社長。
「十六夜さん?」
「………君達には…話しておいた方がいいか。」
「何を…ですか?」
そして、彼は語り始めた。
戦争開始前、ネイトと交わした会話。
あの時、ネイトはこう言っていた。
『もし、アビドスが陥落しそうになった時…どうか生徒たちだけでもこの後も普通に暮らせるよう守ってほしい。その時は…俺が何をやっても時間を稼いで全員を護り抜く。』
と。
ネイトらしい…というには…
「なっなんですか、それ…!?」
「そんな…自分を全く省みていないことを…!?」
あまりにも先を考えていない発言にホシノたちは驚愕する。
確かにネイトの作戦は向こう見ずだと思う部分も多い。
それでも戦術的に優位性を説明でき納得できるものばかりだ。
その最たるものがカイザーPMC本部基地へのネイト単騎による奇襲作戦だ。
計画段階よりホシノたちの反対の声はあったもののネイトのプランによって最終的に全員納得した。
だが…この発言は違う。
勝算も何もない、ただの延命処置でネイトはカイザーと刺し違える覚悟をとうの昔に決めていたことに他ならない。
「ん…どうして、ネイトさんはそんなことを言えたの…?」
余りにも彼らしくない。
…いや、ちがう。
「まさか…それがネイトさんの本当の…!?」
こちらこそ、ネイトの『本性』とも言っていいだろう。
自分の命に執着がないわけではない。
だが、有事の際は容易く自分の命をベッドする…してしまう。
「彼にとっては…自分の命は…作戦遂行のための『駒』にしか過ぎないのだろう。」
「そっそんなことあり得…!」
ノノミはそんな父のネイトに対する評価に異を唱えるが…
「ノノミ、確かに私は彼よりも若輩者だ。だが、これでも君達よりも長く生きている。」
「…ッ!」
父である十六夜社長は静かにそう言い放ちノノミを言い止めさせた。
大企業セイント・ネフティス社を率いる男だ。
人を見る目はこの場の誰よりも確かなはずだ。
「で、でもそれがどうしたっていうの…!?もうカイザーとの戦争だって終わってそんな危ないことをする必要も…!」
セリカの言うようにもう戦争は終わった。
キヴォトスにいる以上騒動に巻き込まれはするだろうが自らの命を投げ出さなくてはならないという状況はそうそうないはずだ。
「セリカ君の言う通りだ。確かにそういう事態はなかなか起こらないはずだ。」
十六夜社長もそれには同意するが…
「少し視点を変えようか。君達は…アビドスが復興するまでどのくらいの年月がかかると思うかな?」
ネイトがここに来た理由、アビドス復興にかかる期間を質問する。
「そ、それは…かなりかかるんじゃないんですか?」
「ん…少なくともアビドスが荒廃した期間はかかるはず。」
少なくとも数十年、長い期間がかかるとアヤネやシロコを始めに復興施策委員会の面々はそう予想するが…
「なるほど、確かにそう思うだろう。でもね…それはきっとそう遠い未来じゃないはずだ。」
「…それはどれくらいなんですか?」
「…掛かって20年、試算としては…10年以下。」
「…え?」
「10年以下で…彼はアビドスを復興し終えるだろう。」
十六夜社長の予想はそれらよりもはるかに短かった。
「たった10年…!?十六夜さんはどうしてそんな短い期間で…!?」
あり得ない、ホシノは目を見開き驚愕する。
砂漠化が侵攻して数十年、アビドス高校は全く手を打たなかったわけではない。
自らもかつてユメと奔走し対策を考えていたが果てしないものだと思い知らされた。
それをネイトは10年以下で成し遂げるという十六夜社長の予想は信じられないのも無理はないが…
「…シロコ君、君はロードサイクルが趣味だったね。」
「ん…そうだよ。」
「質問だ。君は補助輪をとってちゃんと乗れるようになるまでどのくらいかかったかな?」
「…1か月はかからなかったと思う。」
「うん、じゃあ次の質問だよ。普通の自転車からロードサイクル用の自転車に乗れるようになるまではどのくらいかかったかな?」
「…1週間、それくらいあれば十分乗れるようになった。」
「そうだ。ホシノ君、つまりはそう言うことだよ。」
シロコの答えを聞き十六夜社長はそれをホシノへの回答とした。
シロコたちは首をかしげるが…
「…ッ!連邦…!」
ホシノは答えにたどり着いた。
「そう、彼は連邦…アビドスなんか比じゃ無い過酷な土地を60年近くで蘇らせた人物だ。」
「ッ!まさかネイトさんにとってアビドスの復興は…!」
「容易い事業とは呼べないまでも…彼にとっては余裕をもって行えることだろうね。」
ホシノ達も聞いている。
『連邦でもやった。ここでも必ずできる』と。
「しかも、今の彼には連邦ではなかった資金も機材も揃っている。彼の技術とそれらを勘案し試算すると…。」
「10年以下でアビドスは蘇らせれる…と…!?」
「で、でもそれがネイトさんのその…本性に何の関係が…!?」
アビドスの復興が早いのはいいことだが…十六夜社長が懸念しているところというのは理解ができない。
だが…
「君たちも言っていた。『ネイトさんはアビドスの復興に全力投球』だと。そんな…自分の命を容易く駒にするネイトさんがアビドス復興を成し遂げた後…彼は何をすると思う?」
「え…?」
「それは…。」
その十六夜社長の言葉に五人は答えられなかった。
日々アビドス復興に働いているネイト。
そんなネイトがアビドス復興を成し遂げた後に何をして過ごすのか…まったくイメージできなかった。
「…彼はこう言っていた。『自分はユメにアビドスの復興をするために呼ばれた』と。彼にとって…おそらくそこが『終着点』だと思っているだろう。」
さらに…それをネイト自身がいつも言っている。
そこに一切、アビドスを蘇らせた世界に自分がいるビジョンを一切考えていない。
「そ、それはつまり…。」
「彼に…『余生』などという考えは一切ないということだ。下手をしたら…アビドス復興を見届けたら…自身の生涯に決着をつけかねないだろう。」
『~ッ!!?』
信じられなかった、信じたくなかった。
一笑にも伏せない、笑えないジョークだと思いたかった。
「彼は…一度死んだ身だ。そんな彼が何の因果かユメ君の頼みで『生かされた』。ユメ君は決してそれだけではない。アビドスを復興させた後でも生きてほしい、そう願っているだろう。だが、ネイトさんの中では…。」
「『二度目の人生』…それだけでもう十分だと思っている…ということ…!?」
「おそらくは…。」
だが…話を聞くほど十六夜社長の話に信ぴょう性を感じた。
ホシノ自身もネイトから聞いている。
『向こうで死んで地獄行きの順番待ちしているときにここにいるホシノの先輩の『梔子ユメ』にアビドス復興を頼まれた。だから、俺はここにいる。』
『だから俺はアビドスの皆と一緒に育ち育てられている。ユメからもらった『第二の人生』という恩を…今を生きる生徒たちに繋ぐ為にな。』
あの時は何とも思わなかったが…今では分かる。
ネイトにとってこのキヴォトスでの生涯は…ユメの願いをかなえることが終着点だと。
そこにユメや救われた自分たちからの見返りなど一切ない。
ただ、自分の人生はユメの願いを叶えるためだけの物だと。
「で、でもそんなそぶりは一度も…!」
「おそらく…彼も自覚はしていないのだろう。」
「自覚してない…ってどういうことですか…!?」
「彼は理解するまでもなく…自分は幸せになる権利などない、そう無自覚の内に結論を出しているんだ。」
しかも質が悪いのが…ネイト自身が全く意識しているものではないということ。
始めから決まっていてそれが当然だと思い込んでいること。
ともすれば…自分の命を終わらせるのに躊躇などない。
眠るために電気のスイッチを切る感覚で…自分の頭を銃で撃ち抜きかねない。
「どっどうしてネイトさんは自分にそんな執着がないんですか、お父様…!?」
普段のネイトからは考えられない思考に…ノノミは実の父に尋ねる。
しかし…
「…分からない。」
「分からないん…ですか…?」
「そこだけは何度考えても…分からないんだ。」
十六夜社長も何がネイトをこうさせているか分からなかった。
「君たちは何か心当たりはないかい?」
「ん…私たちも…分からない…。」
「今まで言われるまでそんなこと思いも付きませんでしたから…。」
「そうか…。」
半年間、共に働いてきたシロコたちも分からない。
すると…
「ひょっとして…ネイトさんの過去に関係が…?」
ホシノがその可能性に思い至った。
「過去って…連邦の?」
「そう、私たちは聞いているようで…ネイトさんの過去を今まで聞いたことがなかった…。」
確かに出会った当初、ネイトは異世界人だというのは聞かされている。
そして連邦がどんな場所だったかも。
だが…誰もネイトの口から彼自身の過去を聞いたものがいない。
あるとするなら…そこしかない。
「ひょっとしたらそこを解消すれば…!」
「ネイトさんも未来を生きる意欲を手に入れられる…!」
希望が出てきたことに沸き立つノノミとアヤネだが…
「…でも、覚悟した方がいいよ。」
「え…?」
「ホシノ君の言う通りだ。彼ほどの人物がそうまで至った出来事を聞いて…君たちは耐えきれるかい?」
十六夜社長をして敵わないと評するネイト。
そんなネイトがこうまでなった出来事など並大抵のことではないのは明らかだ。
それでも…
「ん…だとしても…私はネイトさんに生きていてもらいたい。」
「シロコ君…。」
「アビドスの復興も大事だけど…ネイトさんがいないアビドスなんて私は嫌だ。」
シロコも…
「そうね。私達の学校生活をこれだけ変えておいて終わったらハイサヨナラなんて許せないわ…!」
「セリカ君…。」
「絶対にネイトさんにも…ネイトさんの人生を歩ませて見せるわ…!」
セリカも…
「そうですね。ネイトさんにも末永く楽しく生きていってもらいたいですもんね。」
「アヤネ君…。」
「簡単に解決できるようなことでもないでしょうけど…皆ならきっと…!」
アヤネも…
「私達だけじゃありません。セイント・ネフティス社にもネイトさんは恩人ですからねぇ。」
「ノノミ…。」
「お父様、きっと…きっとネイトさんがそんなことをしない様に…彼を変えて見せます。」
ノノミも…
「ユメ先輩がそうして欲しくないのは私にも分かります。それに…私だって…ネイトさんに救われたんですから。」
「ホシノ君…。」
「今度は…私たちがネイトさんを救う番です。彼が…きちんとまえを向いて歩めるように…。」
ホシノも、この場の全員がネイトを『変える』と決心する。
いまだ予想の範疇だが…それでもアビドスを救った彼を救いたい。
その思いに一切のブレはなかった。
「…分かった。私も彼に恩を受けてばかりだ。少しでも報いなくてはね。」
そして十六夜社長も…ネイトのために名乗りを上げた。
「なにか分かったら伝えてほしい。君達には話しにくくても私なら話してくれるやもしれないからね。」
「分かりました、十六夜さん。」
「では、私はそろそろ行くよ。今日は色々と話を聞いてくれてありがとう。」
こうして、6人の意志が統一されたところでこの会合はお開きとなった。
だが…ホシノたちはまだ知らなかった。
ネイトの心の傷は…自分達では埋めることはできないということを。
だが…奇しくもそのヒントは…ネイト自身が見つけ出していたことを。
心の苦しみは身体の苦痛より悪し。
―――作家『プブリリウス・シルス 』