紅葉や楓といった木々が秋の風を運び、柿や栗といった木々が秋の味覚を届けてくれるようになったころ、さくらどらごんは何時ものように、番台に座り、口を動かしていた。隠して食べていると本人は思っているそれは、さつまいもだ。
「おいひい」
ほっくり。桜色の炎で焼かれたそれは、とても甘く、香り高い。それはこの時代の人々では再現できないほどの味で、それを味わったものは、二度と、普通のさつまいもは食べることが出来ないと言われるほどだ。
「お、旨そうなもの食ってんじゃねぇか」
「んぐ」
油断していた。本来ならば人の気配には人一番敏感な湯守であるはずなのだが、全く気がつかずに、驚きの顔をマック・ザ・アッパーに向けていた。言葉を発しようとしたのだが、おいもがまだ口の中に残り、上手く話せない。
「んぐっ…んんっ」
「落ち着けって、ドラゴン殿。とりあえず今日は風呂だけだ」
「ん…んふっ!?んふっ!?んふっ!?」
ほっくりおいもが湯守の気管に入った。彼女はドラゴンであるのだけれど、人の形をしているときには、しっかりと人としての機能も持ち合わせている。おかげさまで、こんな「むせる」ということもお茶の子さいさいだ。
「……まぁ、なんだ。急に声をかけて悪かった。とりあえず、1600だ」
「んふっ、んふっ!?」
相当深いところに、おいもが入ったのだろう。なかなか止まらないどころか、湯守の顔が徐々に赤みを帯びてしまっている。
ただ、湯守としてのプライドはあるようで、そのさなかでも、しっかりと体洗い用の布と、体拭い用の大きい布を、マックに手渡していた。
「ありがとさん。じゃ、また後でなー」
「んぐっ。んふっ……」
手だけを振りながら、いまだ止まらぬ湯守の咽せを背中に受けつつ、マックはやれやれと風呂へと足を向けていた。
■
湯上りのマックと、おいもを抱えた湯守は、赤が美しい山々が望める外の椅子で、のんびりとくつろいでいる。湯上りのマックの手元にもさつまいもが握られていて、どうやら、湯守の共犯になれということらしい。
「むせすぎて、星が見えた」
「そりゃあ、ドラゴン殿としては貴重な体験だな」
「うん。はじめて」
湯守は思う。さつまいもを食べるときは、気を付けようと。そして、必ず飲み物は準備しようと。
「そういえば、今日、おうさまは?」
気を取り直して、さつまいもを食らう。そして、そういえばと思ったことを、マックに問いかけていた。普段であれば、マックと王様はいつも2人でこちらに通うはずなのだ。春の時から、それは変わりがない。
「今頃城で気絶している」
「気絶」
どういうことだろうか、と、湯守の頭の上にはてなマークが飛び出る。なぜ王様が気絶していて、このマックが温泉に来ているのだろうか?
「何、俺が本気でぶん殴っただけのことさ」
「ぶん殴った」
王様を、ぶん殴った。湯守は人の世にはある程度詳しい。王様をぶん殴るというのは、それは、下手をすれば処刑とか、そういう類のものなのではと、マックの顔を覗き込みながら、当然の疑問を口にした。
「どうして?」
「ちょっと王が判断ミスったからな。正義を成してない時は、王をぶん殴れと、王から命じられているんだ」
「そうなんだ」
それは初耳だと思いながらも、納得する。確かに、マックを追いかけてくるような、そんな追手の気配は居ない。先の巫女と騎士については軍隊が来ていたのに、随分と差があるものだなぁと湯守は思いながら、さつまいもをもう一口ほうばった。
「珍しい。あの王様、悪い人じゃない」
いつもからからと笑い、大雑把に金をぶん投げてくるあの王にしては、なかなか想像が出来ないことだと湯守は思う。
「あー、まぁ、ドラゴン殿にならいいだろう。実は謀反の気が城の内部にあったんだ」
「謀反」
「ああ、まぁ、それは良くある話だ。権力争いってやつだな。ただなぁ……あのバカ野郎はよ?」
「うん」
「貴族にそそのかされて、旨い事言いくるめられて、我が国の国教の巫女とその護衛騎士について、謀反を起こした張本人だと、断定して、軍まで差し向けたのさ」
ふむ、と湯守は小さく頷きながら、さつまいもを頬張った。なるほど。あの巫女と騎士はそういう感じだったのかと理解する。そして、あれだけの規模の軍隊を、こんな辺境の地に集めるのは、どうにも不思議な感じだなぁと思っていたのだが、なるほど。王の命ならそれは可能だと納得する。
そこまで湯守が考えた時、耳元にマックのため息の音が届く。なるほと、なかなか苦労しているようだ。それならばと、湯守はお芋に視線を落とした。
「マック、おつかれさま。もひとつおいもあげる」
「ん?おお!?ドラゴン殿から労われるとは。ありがてぇ。感謝しますよ」
頭を下げたマックに、湯守は頷きながら、さつまいもを手渡していた。
「悪いな。ついつい旨くてよ」
「うん。さくらのほのおの、焼き芋。お気に入り」
ぽふ、と空に炎を吐いた湯守。少し心に引っ掛かっていた、巫女と騎士のことが解決を見たわけなので、彼女の機嫌はとても良くなっている。
「ちなみに、その巫女と騎士は、どうなったの?」
「手配は取り消し、名誉は回復、王族、貴族が全員で謝罪と金の補填で手を打ったさ」
「手厚いね」
湯守がそういうと、なぜかマックは、じろりと眉間にしわを寄せながら湯守を睨んでいた。
「それがよぉ?なーんでかあの2人。ドラゴンになれるみたいでなぁ?その姿のまま兵を蹴散らしながら王都、王城まで攻め込んできて、無実を訴えてきたんだわ」
「ドラゴン」
「そう、ドラゴンの姿でなぁ?なぁ、ドラゴン殿。俺ぁ、おとぎ話しか知らんのですが……」
じろり。マックの目から感じ取れる圧力が強くなり、思わず、湯守は目をそらしていた。
「ドラゴンってぇのは、貴女様しか、おらん、はず、です、よね?」
「うん」
「話によりゃあ…この温泉に来た巫女と騎士が、傷を癒した挙げ句に、うちの軍をドラゴンの力で撃退したとかいう報告もねぇ……?なぁにか、ご存知、ありませんかね?」
湯守、さくらどらごんの全身から冷や汗が出た。完全にばれてる。どうしたものか。どうしたものか。考える事5秒。彼女の聡明な頭は、シンプルで、しかし、即効性の高い手段を選択していた。
「ごめんなさい」
頭を深く下げての謝罪である。
「は、いやまぁ、別に謝ってもらう必要はありませんや。言い方があれでしたが……」
マックは頭をかきながら、渋い顔を浮かべていた。
「感謝はしとるんです。無実の奴らを冤罪で処刑すること無く、なんとか、ことを収めることが出来ましたからね」
そんな話を聞きながら、湯守は再びおいもを齧る。
「それに、軍も負傷者は多かったですが、あの2人の手心で死者はおらんのですわ。今回は、結果だけ見ればまぁ、王の暴走、被害は無し。そのうえで、謀反をしようとした貴族の力も削げたもんで、こっちとしちゃ万々歳ってとこですわ」
両手を上げて、軽くガッツポーズなどをしてみるマックの姿を見ながら、湯守は頷く。
「そうなんだ」
「ええ。それに不思議なことに、こっちに来ていた軍の大半が、謀反勢力の軍勢でね。いい感じに彼らの軍は機能不全です」
「……そう」
なるほどなと、湯守は納得の表情を見せていた。これは、表を見れば、確かに王が暴走したせいで、聖女らが嵌められ、それをマックが止めた形に見える。
だが、その実を少し紐解けば、王やそのシンパに被害はほとんどなく、王の謀反を考えていた奴らの力を削いだ形になる。
この一見するとまったく王の介入を感じさせない、そんな手腕はなるほどなぁ、王らしいことだと湯守は思っている。ただ、巫女と騎士についてはかわいそう過ぎる気もするのだが。
「それにですぜ?あの巫女は王の親族なんですわ。その親族を切り捨てるってのも、俺にとっては我慢ならねぇことなんです」
「親族?」
「ええ。結構近いところで、確か、姉だか妹だかの子だという話ですわ」
湯守の脳裏に、がははと笑う王の顔が思い出された。もしかして、もしかして、これ、私も王の策略の一つに手を貸している気がする。いや、気じゃない。加担させられているやつでは?と、彼女の聡明な脳裏が答えっぽい何かにたどり着いた。
「それは、たいへんだね」
ただ、口には出さない。まぁ、そのうち、あのムロン・ドーという巫女はこの温泉を訪れることだろう。その時に、答えを聞けばよいからだ。
「そういえばドラゴン殿、話は変わるが」
「ん?なあに?」
「芋焼いているところ、見せてもらってもいいか?家でも作ってみたいんだが」
「いいよ」
すると、湯守はどこからともなく、生の芋を取り出していた。
「芋?どこから……」
マックがそう言いかけた瞬間、湯守は少し大きく息を吸う。そして。
「ふっ」
ぽふん。と、どこか気の抜けた音と共に、その焼き芋を自らの炎で包むこと数秒。手の中には、ほくほく出来立ての焼き芋が握られていた。
「そうかぁ。あんたの炎のおかげか。ってことは、他じゃ再現できねぇな」
「ん」
「いやぁ……すんげぇ旨いからさ。いやー、そうか。ドラゴン殿の力か。そりゃあ旨いわけだわな」
がっくりと肩を落とし、地面に向かって大きく息を吐いたマック。その顔には、誰が見ても残念といったような無表情が浮かんでいる。
「…そんな顔しない」
この湯守、忘れがちであるが、人が好きである。目の前の人間が残念そうにしていることには、なかなか耐えられない。
先の巫女もそうだったし、先の軍隊も件もそうだ。傷があれば癒したいし、困っていたら助けたいというのが彼女の一番の行動理念。
ということは、マックに対しては、当然こうなった。
「ん」
接吻である。下を向いているマックの頭をむんずと掴み。そのまま自らの唇へとマックの唇をぶち当てる。そして、自らの炎を軽く吹き込んだ。
「…………はっ!?ドラゴン殿ぉ!?」
離れたマックはもちろんの、驚きの顔で固まっていた。だが、湯守は実に涼しそうな顔で、こう告げる。
「これで、私の力、使えるよ」
頷いて、マックの顔を見つめていた。つまりは、これで、焼き芋焼けるでしょう?という彼女なりの親切だ。
「…ええ?」
「私の力、分けた。だから、おいも焼ける」
「ええ?なんて???」
マックの顔には困惑が浮かび、頭の上にははてなマークが見えるようだ。それからしばらく、状況が読めずに困惑するマックと、満足げな湯守は静かに時を過ごしていた。
■
少し落ち着いたマックと、数個お芋を焼いて腹に収めた湯守は、再びぽつぽつと会話を始めていた。
「いやしかし、いきなり接吻とは大胆だな」
マックはほんの少し、彼女の唇を思い出す。というか、ドラゴンからすれば、人間の男女の違いなんて、あってないようなものなのだろうと、どこか納得もしていた。
「慣れてる。これでも色々と経験ある」
「まじかよ」
じろりとマックは、湯守を観察するように視線をやった。湯守はと言えば、首を傾げるだけだ。
「…子供は居ないよ?」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ。容姿に似合わねぇなって思っただけだ」
容姿。湯守は自分の体を見下ろして、ふむ、と頷きをマックに返していた。
「……確かに子供っぽい。昔からの悩み。大きくならない、なんでだろう?」
「俺からはなんにも言えねぇよ」
手をしっしとやりながら、マックは溜息を再び吐いた。湯守はと言えば、別に気にすること無いのにと逆に困り顔だ。長い年月を生きている彼女からすれば、この程度の会話は下世話の類にも入らない。
そして、また無言でお芋を食う2人。木々がざあざあと風で揺れて、近くの川からはさらさらと水の流れる音が耳に届いてくる。心地よさげに目を細める2人であったが、そういえばと、マックが疑問を口にした。
「そういや、ドラゴン殿」
「なに?マック」
お芋を口から離した湯守が、コテンを首を傾げながら、視線をマックに向ける。
「ドラゴン殿と呼ぶばかりで、俺はあんたの名前しらねぇなぁと。あんた、名前はあんのか?」
「あるよ」
「まじかよ。なんて言うんだ?」
「色々ある。あー……時代によって変わってる。最近だとおんせんどらごん。あとは…ブルム、とか。ファフニ……とか。どこか別の国とかだと、りゅー、とか、きりん、とか言われてた、らしい?」
湯守は記憶の片隅から、己が呼ばれていた名前を引っ張り出していく。ただ、その記憶は完全ではないようで、なかなか言葉に詰まりながらだ。
「いろいろあんのか。すげぇな。流石ドラゴン殿だ」
感心するマックは、再び芋を口に含む。その横で、湯守はちょっと納得のいかない顔だ。
「……ただ、記憶が朧気だからどれも正しくない。どれも、みんなが私を呼んだ名前。私がちゃんと覚えているのは、唯一。一番古い名前かな。それを、教える」
「お、教えていただけるとは有り難い。なんていうんだ?」
湯守がマックの顔を見る。そして、その唇から、その名が紡がれる。
「アールヴ」
ほう、とマックの顔が関心に緩む。目の前の少女のようなドラゴンの名前にしては、なかなか仰々しい名前だな、と思いながら。
「アールヴ、様ねぇ……。どっかで聞いたような」
マックは記憶の奥で引っ掛かりがあった。たしかそれは、王の書斎で呼んだ国の歴史の中にあった名前であったはず。まぁ、確かに、長生きの種族なのだから、王やその周辺しか見ることの出来ない本に名前が載っていても当然か、とマックは思う。
「気に入らない?」
「気に入るもないも、ドラゴン殿の名前を聞けただけで感動もんですわ。ただ」
「ただ?」
マックがなにがしか納得のいっていない顔で、言葉を紡ぐ。
「今のお姿とは合ってねぇなぁと」
少女のような可憐な姿に、歴史書で見るような名前がどうも合わないなと、マックは思っている。ただ、湯守のほうはピンと来ていないようで、頭には疑問が浮かんでいる。
「…今の?」
「そうです。どこからどう見ても可憐な少女。アールヴってのは堅苦しく感じるぜ?」
「堅苦しい…」
そうかな、と自分の体を見下ろしてみる。……言われてみれば?こういうような事を言われるのはなかなか無いからと、湯守はうんと、頷いた。
「じゃあ、マックなら、私をどう呼ぶ?」
せっかくだ。湯守にこんなことを言う人間はいないので、それならば巻き込んでしまおうと、湯守は心に決めて言葉を紡いだ。
どうせ短い付き合いなのだ、この人間が生きている間、この人間がつけてくれた名前を名乗るのも、面白いだろう。そう心に決めて。
「そうだなぁ……。さっきの炎と言い、あんたの髪の色と言い……異国で見た『さくら』っつー春に咲く花によく似てんだよ」
「春に咲く、さくら」
さくら。見たことは無いが、マックの表情からするに、美しい花なのだろうか。
「だから、そうだな。安直だが、『さくらドラゴン』なんてどうだ?」
安直だが、とマックは言った。だが、その響きはどことなく、湯守の心に染み渡り。
「……それ、いいね」
頷きと共に、肯定の言葉を発していた。
「わたしは、さくらどらごん」
「いいのかよ」
「うん。さくらどらごん。これからはそう名乗る」
マジか、と少し頭を抱えるマックとは対照的に、湯守は微笑みを浮かべて、お芋を口に含んだ。さくらの炎で焼かれたそれはとても甘く、しっとりとしていて、口に、胃に優しいものだ。