いつからこの道を外れてしまったんだろう。
私はただ自由になりたかっただけなのに。
カッコいいアウトローになって、傍若無人に振る舞いたかっただけなのに。
自由になるのはそんなにも罪なのかしら。
何人にも縛られずに生きるのって、みんなにとっては罪なのかしら。
そうよね、罪だからこうなってしまってるのよね。
罪だから、この捻じれて歪んだ結末を迎えてしまった。
ハルカも、カヨコも、ムツキも。
そして先生ですら、私の側から消えてしまった。
私が受けるべき罪を代わりに受けたから。
私が受けなければならなかった罪を、みんなが請け負ってしまったから。
「……こんな世界、私が壊してみせるわ」
私は絶対に赦さない。
この罪を私の大切な人に支払わせたことを。
私が受けるべき罰を転嫁したこの世界を。
陸八魔アルの存在意義はキヴォトスを滅ぼすこと。
陸八魔アルの目的は、全てを恐怖で支配し、凡ゆる価値を無価値に還すこと。
陸八魔アルは自らの意志でキヴォトスを滅ぼす。
私ならできるわ、できるに決まってる。
だって、孤独で孤高なアウトローなんだから。
♢♦︎♢
この世の全ては誰かの犠牲によって成り立つ。
その誰かすら価値など存在しない、だって掃いて捨てるほどに湧き出てくるんだから。
人の命は消耗品だ、そこに優劣は存在しない。
「ま、待ってください……ちゃんと言う通りにしたじゃないですか、何も失敗してないじゃないですか!!」
「えぇ、そうね。あなたは上手く仕事をしてくれたわ」
「じゃあ、じゃあなんで……!」
なんで?
さぁ、なんででしょうね。
答えなんて明白でしょうに、何故そこまでして問いかけるのかしら。
結局はあなたの命も無価値だと云うのに。
問いに答えることは無く、容赦無く引き金を引いた。
待って、と云う言の葉すら遮る。
かつて私を守ってくれた人の銃で。
何回も、何回も、何回も何回も何回も引いた。
……嗅ぎ慣れた焦げ臭い匂いが不愉快だ。
空になっても、私は引き金を引き続けていた。
キヴォトスの人間はこの程度の弾丸じゃ死なないのは分かり切ったこと。
現に殺そうとした相手は、痛みで痙攣を起こしているのに留まっていた。
「どうせ死んでしまうじゃない、私もあなたも。生きていることに何の価値があるのかしら」
捨て、吐き。
懐から取り出したナイフで、容赦無く首を掻っ切った。
また嗅ぎ慣れた匂いが周りに充満する。
咽せ返りそうな鉄の匂いで眩暈がする。
頬を濡らした雫が、生暖かい。
この暖かさが消えたのはいつからだろう。
もう色褪せたあの想い出の中に置いてきてしまって、ずっと暖かいのを求めている。
心が暖まるあの感覚を、空いてしまったところを埋めてくれるあの暖かさを。
私の周りにいてくれた人。
私を助けてくれた人。
私に着いてきてくれた人。
もう彼女たちの顔も名前も思い出せなかった。
彼女たちが在てくれたのを証明してくれるのは、この身体に刻まれた傷の数々と、彼女たちの遺品だけだった。
漆黒に消えた片方の世界。
少し不自由になった片腕。
折れてしまった片角。
気付いたら割れていたヘイローと、腰から生えた黒い天使の翼。
それらの痛みと形は一丁前に主張してくるのに、彼女たちを想い出させるほどの対価は支払ってくれない。
この痛みも、褪せた記憶も、その全てが無価値だ。
『孤高のアウトロー』なんて異名も全て意味がない。
大切だった存在を奪った者たちを恐怖で支配し、ブラックマーケットも何もかもを統べただけに過ぎないのだから。
『裏社会のドン』だなんて、良くもまぁ面白くないことを言えるわよね。
笑いも出ないわ、面白くすらない。
どうせこの人生の未来も無価値に過ぎない。
なら、無価値なりに最大限足掻いてみようと決めたの。
私の大切なものを奪った、この吐き気を催す残酷な世界を恐怖で染め上げ、支配する。
それが私のできる、無価値で無意味な足掻きだったから。
だなんて、思ってたのに。
「……困ったわね、記憶に無い場所に来てしまったわ」
荒廃し切っていたはずの世界が、真新しくなっていた。
私の足掻きを否定するかのような美しさが、私を包み込んでいた。
気付いたら、と云うにはあっさりとし過ぎていた。
ただ街を歩み、雲から差した太陽に照らされたと同時。
私が踏んでいた地面は妙に硬くなり、澱んでいた空気は澄み切って瑞々しかった。
混乱しているはずなのに、妙に梳いている頭で今の状況を飲み込む。
恐怖で支配されたはずの人々が、何故か顔に生気を宿している。
憎かった空気が周りに充満していて、まだこんな日和った空気が存在していたのかと、己の未熟さに反吐が出る。
鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい。
私の前で笑顔を浮かべるな。
私の前で生き生きとするな。
その全てが無価値だ、無意味ですぐに無くなってしまうものだ。
苛つきが頭を駆け巡る。
駆け巡って、廻って、殺意が宿る。
「……はぁ、疲れたわ」
でも、そうやって足掻くことにも最近疲れていた。
私の手で奪う行為こそ、私が生きていると実感できるもの。
けれど、その行為すら鬱屈に感じてしまっていた。
生きている意味は何なのだろう。
そもそも、どうしてここまでして何かを奪うことに執着してしまうのだろう。
もう全てを忘れてしまいたい。
ぐちゃぐちゃになった糸が頭の中でずっと暴れていて、鬱陶しくて仕方がないから。
「……さっさと始末してもらいましょう」
この光景すらもう目障りだわ。
さっさと潰してしまおうと、スマホで手下たちに連絡を入れようとしたときだった。
「は……? 連絡先が、無い……?」
今まで手下たちの連絡先しか入れてなかったスマホから、全ての連絡先が消えてしまっていた。
何かのバグか、バグにしては余りにも致命的過ぎる……そもそも、この見知らぬ場所に来た時から何かがおかしいのよ。
私の記憶が正しければ、キヴォトスの全域は私の手によって支配されたはず。
裏社会の力を存分に使い、公共のインフラや機関を全て破壊して、機能不全に陥らせたはずよ。
見た限り、そのインフラも機関も何がともなく復旧している、いや、復旧なんて言葉では表せれないぐらい万全に回復し切っている。
全部私の都合が良いように作り変えた、それなのになんで……。
「まさか……いや、そんなまさかね……」
脳裏に過った『あり得ない最悪』を、ほんの一瞬だけ連想する。
だけどそんな訳ないもの、そんな非現実あってたまるもんですか。
そう信じたくないのに、スマホに映された時間を恐る恐る見た。
「……嘘、でしょ……?」
私がいた世界、いいや、別時間軸と表すのが正しいのかもしれない。
だって、この傷も翼も残っているのだから。
私のありのままを残したままの巻き戻り、それはつまり。
私はニ年前のキヴォトス、それも恐らく別時間軸の世界に転移していた。
♢♦︎♢
この時間軸に転移してから数日ほど経った。
最初こそこの明る過ぎる空気のせいで何度も発狂しそうになったけど、幸いにも慣れることができた。
いいえ、慣れるなんてものじゃないかもしれない、目を逸らしているのだと思う。
慣れても嫌なものは嫌と云う言葉があるけど、私の中ではそもそも慣れた感覚が無いんだもの。
そう、きっとこれは背けているだけ。
この身に刻まれた苦痛から逃れようとした時と同じように、私は目を背けているだけに過ぎない。
文句を言っても時間は過ぎる。
ここに来てまず実行に移したのは、資金を稼ぐことだった。
ブラックマーケットに行けば、好き嫌いをしなければ仕事なんて腐るほどある。
どんなに汚れていて腐っている仕事でも、稼げればそれで良いのよ。
ただ意外なことに、この世界では殺しの仕事が少なかった。
いいや、この世界だなんて言い方は語弊はある、だって此処は過去のキヴォトスなんだから。
つまり、殺しの仕事なんて元々は無かったのでしょうね。
そうね、思えば私が治安を揺るがし始めてから、殺しの依頼や汚い仕事が蔓延っていた気がするわ。
それは大変嬉しいことではあるし、復讐を果たすためにやったことだから別に良いのだけど。
……復讐?
復讐って、誰の復讐なのかしら。
全部無価値で、復讐なんて意味がない行為なのにね。
私は私自身のためにキヴォトスを滅ぼしたのよ。
そこまでは何か意味を持っていたとしても、その意味すら私のためなのよ。
誰かのためなんかじゃない、他でもない私自身のために。
陸八魔アルは、自らの意志でキヴォトスを滅ぼした。
たったそれだけのことじゃない、それ以降のことなんて全て無価値なのよ。
えぇ、そうだわ。
私はキヴォトスを滅ぼすために存在しているの。
もう思い出すことのできない、私の大切なものを奪った全てを滅ぼすために。
私が恐怖で支配するの、私が絶対悪になるのよ、そして全てを無価値に還す。
それが陸八魔アルの存在意義であり、私が私らしく在れる証明なの。
アウトロー?
ハードボイルド?
本当に下らないわ、そんなものに拘って悪事を成すなんて、正しく愚の骨頂よ。
笑えない冗談はもう抱かないって決めたんだから。
私はもう一度キヴォトスを滅ぼす。
滅ぼし尽くして、あなたたちの価値を無にしてあげる。
私が全て奪って、何もかも壊してあげる。
「……もう一度宜しくね、みんな」
私が助けた人。
私の友だちだった人。
私に着いてきてくれた人。
もう顔も名前も忘れた彼女たちの遺品を、もう一度手に取った。
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