孤独で孤高なアウトロー   作:くちばし

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私たちの道

 目覚めたときは見知った天井だった。

 みんなと共に歩んだかつての古巣。

 何故私がここにいるのか、理解が追いつかない。

 理解が追いつかないながらも、なんとなく察していた。

 

「あ、起きたのね! 目覚めにコーヒーは如何かしら? あったかくて美味しいわよ!」

「社長……いきなりコーヒーはお腹に悪いと思うよ、私がココアを用意するから」

 

 声がうるさい。

 視界が明る過ぎて眩しい。

 何も喋りたくない。

 

 全部思い出してしまった。

 私の成してきた罪。

 私が織った後悔。

 その全てを思い出してしまった。

 

「はい、ココア。熱かったら言ってね」

 

 差し出されたココアの色は明るかった。

 私の未来もこれぐらい明るければ。

 私の過去はこんなにも明るかったのに。

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 

「あれ、飲まないの〜? カヨコちゃんが淹れてくれたココア、とってもおいしーんだよ?」

「そ、そうです! カヨコ課長の淹れたココアは本当に美味しくて……わ、私なんかが飲むには高過ぎる代物で……」

「ちょっと、ただのインスタントだってば。勘違いされるようなことは言わないで」

 

 この眩し過ぎる世界。

 私が愚かなことをしでかさなければ、ずっと続いていたであろう私たちの世界。

 ハルカも、カヨコも、ムツキも。

 全部私のせいで、私がいたから死んでしまった。

 

 だから腹立たしいのよ。

 陸八魔アル、あなたがのうのうとこの世界にいるのが。

 あなたがいずれ壊すこの世界で楽しむ姿が。

 その笑顔も、この暖かい空間も消えてしまう。

 

「その、ベリアル……? 大丈夫かしら……?」

「……アル。私の名前は、陸八魔アルよ」

 

 その名で呼ばれるのは虫唾が走る。

 もう誰にも呼ばれたくない。

 その名前を知る人はもういなくていいの。

 

 何となく察していたかのような表情を、四人とも浮かべる。

 私と同類だった人がいたのかどうかは分からない。

 私のように『恐怖』へと染まった人がいると考えるだけで、背筋が凍りそうになった。

 

「やっぱり……」

「心当たりはあるのかしら、カヨコ」

「……あんたと同じような人を見たことがあるだけ」

 

 カヨコは答えようとしなかった。

 答えて何か不利益が生じるとでも思ったのか、或いは私に情報を教えることで新たな災害が出るとでも思ったのか。

 どちらにせよ良い判断だと思うわ、リスクを考慮して取る行動に悪いことなんてないから。

 

 彼女たちにとって、私は陸八魔アルを名乗る陸八魔アルとは相容れない存在。

 大事な人の身に危険が及ぶなら、きっと全員私のことを攻撃するのでしょうね。

 

「えーっと……あなたは私ってことかしら?」

「冗談に聞こえるだろうけどその通りよ。果たして自分が目の前にいる感覚は心地良いかしら、私は気持ち悪くて仕方ないけどね」

 

 自分とそっくりな人間がいるというだけでも気味が悪いというのに。

 今眼前にいる人間が自分の未来の姿だと知ったら、果たして私はどういう反応をするのだろうか。

 恐らく私は軽蔑すると思う。

 自分の望んでいた姿になれていないから、あれだけ望んでおきながらこんな冷たい顔をしてしまっているから。

 

 冷酷無慈悲のアウトロー。

 果たして私はそんなアウトローになれているのか? 

 違う、そんな大層なものじゃない。

 私はただ、機会を伺い続ける卑怯で醜い小物だ。

 

 私の全てを奪い去ったこの世界が恨めしくて。

 この束の間の幸せを楽しんでる目の前の私が醜くて。

 何も守れず、何もかもを奪ってしまった自分が憎い。

 

「へ? いや、えぇ〜っと……カッコいいと思うわよ?」

「……またそんな下らないお世辞を……」

「お世辞でもなんでもないわよ! ほら、アウトローっぽい目つきだったり、その眼帯だったり! 正に冷酷無慈悲のアウトローじゃないの!」

「が、眼帯は本当に……あぁ、でもあんまり見せるものじゃないわね……」

「あ……も、もしかして本当に無かったりするのかしら……えっと、ごめんなさいね……?」

 

 しかし、過去の自分は鬱陶しいぐらい能天気だ。

 どうして自分がそんなアウトローに見えるのだろうか。

 人を見る目がない上に警戒心もゼロ。

 そもそも私はハルカを傷つけたと云うのに……どうしてそこまで受け入れようとするのかしら、理解ができないわ。

 

『そうですよ、アル様。いつか彼女たちもあなたの手で奪ってしまう命じゃないですか、なら今この場で殺してしまいましょう』

 

 声の云う通りよ、陸八魔アル。

 こんな無益な駄弁りは時間の無駄。

 私の存在意義を思い出しなさい。

 全てを無価値に還し、キヴォトスを破滅させるの。

 冷酷無慈悲なアウトローに拘る必要なんてない。

 私は無価値で無様な卑怯者なのよ。

 

「わ、私もそう思います!!」

「……ハルカ、悪いけど私はそんなものじゃ」

「いいえ、そ、そんなはずありません! こんな私のことを助けて下さったアル様が、カッコよくないはずがないんです!!」

「……それはあなたの決めつけじゃないかしら」

「あぅ、それ、は……でも、助けてくれたのは事実です……私はそんな優しいアル様が、大好きなんです……!」

 

 私のことが大好き? なんで? 

 あなたが好きな陸八魔アルとは違うと云うのに。

 そんなに盲信で盲目的なんだから、私なんかを捨てれずに死んでしまったんじゃないの? 

 私を見捨てておけば、あなたは生き延びれたのに。

 私を放っておけば、あなたは苦しまずに済んだのに。

 何故そこまでして、私に拘るの? 

 

『そうだよ社長。あんたを見捨ててたら私たちは苦しまずに済んだ。この苦痛はあんたが受けるべきなんだよ』

 

 そうだ、その通りだ。

 私が与えてしまった苦痛の数々。

 その苦痛は本来私が受けるべきものだ。

 そしてこの苦痛を生み出す陸八魔アルは、絶対にこの世から消し去らなければいけない。

 私の手で、負の連鎖を断ち切らなきゃ。

 

「カッコいいかどうかはともかく……優しいのは確かなんじゃないかな。でも、社長にしては随分とネガティブだし、何より自己評価が低いよね」

「ッ……私のことを知らない癖に、良くもまぁ知ったような口を聞いてくれるわね?」

「そういうのを図星って言うんだよ。そっちの世界で私たちがどんな目に遭ったか知らないけど、どうせ色んなものを自分から背負い込んだんでしょ?」

「そん、な……ことは……」

「ほら、言わんこっちゃない。私たちがついてるって云うのに、背負い込んじゃうなんてらしくないよ。私たちは社長のことが好きでついてきてるんだから、頼って欲しいな」

 

 私のことを知らない癖に、何が分かるって云うのよ。

 私のせいで全員死んでしまったのに、どうして私に対して優しくしてくれるのよ。

 そもそも私はあなたたちの知る陸八魔アルじゃない。

 私は私自身の手で親友を殺した。

 なんの情も無い、ただの非道な人間しかいなかったのよ。

 

『そうだよアルちゃん。アルちゃんは自分の意志で私たちを殺したの。冷酷無慈悲なアウトローなんだから、最初から私たちのことなんてどうとも思っていなかったんだよね』

 

 陸八魔アル、あなたの目的を忘れるな。

 そして絶対に見失うな、私の成すべきことに疑問を持ってはならない。

 私の今までの積み重ねはこのためにあったのよ、目の前の人間たちはそれを否定しているの。

 邪魔をするなら誰であろうと殺す。

 それがあなたと云う狂気に囚われた人間じゃない。

 早くナイフを抜いて、いつも通り仕事を熟すのよ。

 

「くふふ、もう……本当にアルちゃんらしくない顔。アルちゃんはこの世の終わりみたいな顔なんてしないよ〜?」

「あなたに、何が……分かった気になって……」

「え〜? アルちゃんはアルちゃんでしょ? なら全部分かっちゃうんだもん。何かあったなら私たちに話してよ〜」

「……何も、何もないわよ」

「ほら〜、またそんなこと言う〜! アルちゃんったら、曇った顔しないの! アルちゃんはいっつも笑顔でいるんだから、ほら!」

 

 私のことを知るはずがないムツキは、私の顔に手を当てる。

 久方振りに感じる肌の体温。

 そんな感傷に浸りそうな私のことを無視して、ムツキは私の口角に指を当て、吊り上げた。

 

 かつて浮かべていた表情。

 もう今は浮かべなくなってしまった表情。

 私の笑顔は、きっと不細工だった。

 

「あははっ! やっぱりアルちゃんはこうでなくちゃ〜! 今のアルちゃん、さいっこうに可愛いよ〜?」

 

 目障りなぐらいな能天気なヤツら。

 私のせいでこんな雰囲気にしてしまった。

 結局私のせいでみんな死ぬ羽目になった。

 私なんかのせいで……。

 私たちを奪ったクズ共のせいで……。

 このクソみたいな、理不尽な世界のせいでッ!! 

 

 全部憎い……全部全部全部ッ!!! 

 

「触るなッ!!!」

「きゃっ!?」

 

 私の顔を触っていたムツキを跳ね除け、忘れようと努めていた感情が爆発する。

 もうこんな感情抱かないって決めてたのに。

 どうして抱いてしまったんだろう。

 

「あんたたちに何が分かるってのよ!! 私のことなんも知らない癖に、どうしてそんなに都合良く解釈できるの!?」

「私はね、全部全部壊し尽くしたのよ!! 私の手であんたたちも殺してやったわ!! さぞ驚きでしょうね、慕っていた人に殺されたんだもの、きっと私のことを怨んでいるに決まっているわ!!」

 

 今まで秘密にしてきた私の罪。

 誰にも告白しなかった溜め込んだ罪過。

 見てくれの器に注いだありったけの怒り。

 

 その全てを、私は曝け出した。

 

「あんたたちに私が立派なアウトローに見えるかしら!? 私はそうは思わないわ、汚いことも狡いこともプライドを捨ててやってきたんだから!!」

「どう!? これがあんたたちが慕う陸八魔アルの末路よ!! 醜く生に縋る汚い人間、それが私なのよ!!」

 

 叫んだ、感情の赴くままに叫んだ。

 閉じ込めていた感情は、私が思う以上に膨れ上がり、腫れてしまって、爆発してしまった。

 これが私の本音。

 私に対する評価。

 私と云う醜い人間の本当の姿。

 

 嗤えば良い。

 無価値な私を嗤って、軽蔑すれば良い。

 私はそうされても文句を言えない、汚い人間なんだから。

 

「……ねぇ、アルちゃん。それって本当に思ってること? アルちゃんは自分のやってきたことに、本当に何とも思ってないの?」

「何を言うかと思えば……ムツキ、あんたは盲目なのよ。これが私の本音よ? 私のやってきたことは今のためにあるのよ、その全てを否定するあんたたちが憎くて仕方な……」

「じゃあさ」

 

 私の言葉を、ムツキは遮る。

 冷たい声で、でも、何処か哀しそうな声で。

 その声は、彼女が最期に向けてくれた声色と同じで。

 あのときの情景が、頭の中で何度も繰り返される。

 

 もうそんなこと、気に留めてない。

 全部過去なのよ、過去は全て切り捨てた。

 陸八魔アルは大切な人の死を何とも思わない、非道で冷酷な人間なのよ。

 

「……どうして、そんなに苦しそうな顔をしてるの?」

 

 かつて言われた同じ言葉で指摘され。

 私が縫った嘘の皮が、剥がされる。

 気づいたときにはぼやけていた視界。

 もう流さないと決めていた涙が流れていて。

 己の愚かさに、反吐が出そうだった。

 

「私みたいな人間はきっと救われないけど……アルちゃんはね、絶対に救われて良い人間だと私は思ってるよ」

「どうしようもなく悪に染まり切れない中途半端な人で、ちょっと抜けてるところもある」

「でも、アルちゃんは誰よりも優しい人。私はそんなアルちゃんが大好きなんだ」

 

 やめて。

 もうやめて。

 私は裁かれなきゃいけない人間なの。

 もう全部手遅れなのよ、私は殺し過ぎたから。

 そんな人間が救われちゃダメなのよ。

 

「私も同感。流される形でここに来たけど、社長のお陰で私はここが一番好きよ。社長の散財癖は……まぁ、それも愛嬌かな」

「え、っと……恥ずかしいですけれど、私もアル様のことが、だ、大好きです……あなたからも、アル様の優しさが感じ取れて……とても、とても暖かいんです」

 

 もう何も聞きたくない。

 何も喋りたくない。

 もう話しかけないでよ。

 裁かれるべき私を、救おうとしないで。

 

「アルちゃん、言わなきゃ分からないよ?」

「ほらほら〜、見栄を張らずに言っちゃいなよ!」

「『助けて』ってさ!」

 

 私の心は、何もかも見透かされていた。

 本当に、私は本当に救われてもいいの? 

 あんなことをしでかした私は、救われていいの? 

 なら、なら私は……。

 私は、助けて欲しい、みんなに助けて───。

 

『君は救われるべき人間じゃない、陸八魔アル』

『君の存在意義を忘れるな、自ずから背負った罪と責任から逃げては駄目だよ』

『さぁ。陸八魔アル、全てを壊しなさい』

 

 ───ごめんなさい。

 

 助けてって言えなくて、ごめんなさい。

 でも、これは私が成すべきことだから。

 私が決めた、私自身の裁きだから。

 あなたたちに、この罪と責任は背負わせない。

 

「……いいえ、そんなこと言わないわ。絶対に、絶対に言ってはダメなの」

「私はあなたたちを滅ぼす。もうこれ以上苦しまないように……私の手で引導を渡す」

「あなたたちの罪も、責任も……私が背負うべきだから」

 

 私が自ずと選んだ道。

 私が踏み外してまで選んだ道。

 私はその道を、驀進しなくちゃいけない。

 私が奪った、罪のない命のために。

 

「そう、そうなのね。それがあなたが決めた、私の大切な社員の申し出を断って出した、選択の結果なのね」

「えぇ、そうよ。それが私の存在する意味だから。無価値な私には、誰かの罪と責任を背負うことしかできないの」

 

 もう私は振り返らない。

 この命が朽ち果てるまで、私は突き進む。

 私の体が、果てしない罪禍で焼き尽くされるまで。

 

「じゃあ、私はあなたの選択を力尽くで否定させてもらおうかしら。あなたのやることは、アウトローの風上にもおけないんだもの」

「……私よりも弱いあなたに止められるの?」

「決めつけてもらっては困るわね! なんたって、私たちは孤高のアウトローなんだから! あなたを止めるなんて朝飯前よ、寧ろ私一人で十分かしら!」

「焚きつけてくれるわね。……一週間後、私の指定した場所に来なさい。そこで決着をつけましょう」

 

 もう私は止まらない。

 この偽りの意志で、私は歩む。

 私が歩もうとした道は、あなたたちが歩んでしまっているから。

 残念なことに、その道はもう歩めそうにないわね。

 

 ───どうか私を、裁いて頂戴。

 

 決着の刻を、待った。

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