孤独で孤高なアウトロー   作:くちばし

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私の罪禍

 私が犯してきた間違いだった。

 

 私が選んだ選択と過程。

 その因果によって招かれた必然の結果。

 何が正しかった選択だったのか、私には分からない。

 

 結局、分かりきったこの結果に辿り着いて、後悔することしかできなかった。

 

 ……先生が一度、止めてくれたことがあった。

 何も見えなくなって殺戮の限りを尽くす私の前に現れて、先生は私を止めようとした。

 

『これだけ命を奪えば、何が何だか分からなくなるよ』

 

 あぁ、先生の言う通りだった。

 もう何もかも分からなかった。

 分かることを諦めていた。

 

 この捻じれて歪んだ終着点を生んだのは私だ。

 積み上げた砂塵と死体の上で、何度後悔したのだろう。

 

 きっと私は碌な死に方をしない。

 私がしでかしたことを思えば当然のことだ。

 無数の死体の山に私が加わるのも妥当だ。

 

「さぁ、来てあげたわよ! 今日、あなたの選択を否定して助けてあげるわ!」

「……助ける、ね。えぇ、やってみなさい」

 

 髪が靡く。

 後ろから明るい声が聞こえてくる。

 見る気は起きなかった、誰か分かり切っていたから。

 やっぱり、みんな来ているのね。

 

 ……私は救われるべき人間なのか。

 この一週間いろんなことを自問自答し続けたが、結局答えは出てこなかった。

 でも、出なくて良いのかもしれない。

 答えが出てしまったら、私は本当にとんでもない過ちを犯してしまう気がするから。

 

「あなたは私の選択を否定するために戦い、私は私自身のために戦う。それ以外のことは考えなくて良いわ」

「そうね……少し勘違いをしているようだから言っておくわ。私は今更、違う考えなんて抱かないから」

「……そう、じゃあ始めましょう」

 

 私には後悔しかなかった。

 そして怒りと憎悪にこの身を支配されてきた。

 私の愚かな感情は自己嫌悪の裏返しで、泣き虫な私の素顔を隠す仮面だった。

 それは今も変わらず、私の仮面となっている。

 

 私が子どものように泣いていたときも、この仮面は私の素顔を隠し続けてくれた。

 感謝はしない、けれど恨みもしない。

 もう決して消えることのない仮面は、二度と私の肉から離れてはくれない。

 

 仮面は私の新たな居場所だった。

 あの心地良い空間には到底及ばないけれど、少なからずも私の心を守ってくれたから。

 私の仮面は、きっと第二の巣になってくれていた。

 

 でも、私は決して忘れない。

 あの暖かい日々を。

 あの友愛で繋がった日々を。

 

 そして私は知っている。

 私が死に絶える日にも。

 仮面は私の顔を覆い、死に顔を隠すことを。

 

 この背に背負った罪禍が私自身に裁かれんことを。

 

 私は望み続ける。

 

「っ!? はや……っ!」

「いいえ、何も速くないわ。私ができるなら、あなたにもできて当然よ」

 

 点で移動するように、私は陸八魔の懐を取る。

 私たちが扱う銃は狙撃銃、ならばその得意分野を潰して徒手で攻めるのがこの戦いを早く終わらせるための得手。

 

 狙撃銃を叩き落とそうと、持ち手に鉄槌を下そうとしたその瞬間。

 顔面に強い衝撃が走り、焦って距離を取った。

 

「ッ……、カヨコの、銃……?」

「ふふ、ごめんなさいね? あなたの選択を否定するのは何も私だけの意志じゃないのよ」

 

 陸八魔の手に握られていたのは、カヨコの愛銃だった。

 そう、そうなのね。

 あなたのみならず、他のみんなまで私を救う気なのね。

 本当に能天気でお人好しで……だから、許せない。

 

 そんな人たちを奪ってしまった私の愚かさが。

 もう何度も何度も言った、こんなこと。

 いい加減断ち切らないとダメなのよ。

 

「まだまだ行くわよ!」

 

 次に飛んできたのは無数の手榴弾。

 回り込めないように散らし、下がらざるを得ない状況に持ち込む……こればっかりは強引に突っ込めないわ。

 陸八魔の目論見通り、私は大きく一歩下がった。

 

 直後、轟音を上げて爆ぜる手榴弾。

 眩い光と耳を劈く爆発音に、頭が揺らめく。

 ここからの追撃は恐らく機関銃の乱射、爆炎で見えない以上狙撃銃は使ってこないはず。

 なるべく射線から外れて横から攻める。

 

「……ッ!」

「ふふ、そう来ると思った」

 

 だが、私の読みは大きく外れていた。

 私が射線から外れて横から攻めるのを、陸八魔は読んでいたんだ。

 爆炎の隙間から見える煌めいたスコープ。

 その下で耀く銃口は、確かに私を捉えていた。

 

(不味い、回避を……ッ!!)

 

 狙っている箇所に嫌気が差す。

 私の体の中心、これほど近距離でしかも狙撃銃となると、ダメージは計り知れない。

 回避は絶対に間に合わない。

 なら止まって胴体に当たらないように防御を……。

 

「残念、そこじゃないわよ」

 

 しかし、私が防御するのも読んでいたのか、銃口の狙いが私の胴体から頭部へと変わった。

 咄嗟に変えるほどの反応速度も無く、飛んできた弾丸を額で受けることしかできない。

 

 脳が振動し、頭を跳ね除けられる感覚。

 首が行ってはいけない方向に行きかけ、骨がひしゃげそうになる痛覚。

 視界が僅かに揺らぎ、動きが止まる。

 

 そして私が気づいたときには、私の腹に散弾銃が突きつけられていた。

 

「しまっ……」

「存分に食らいなさい!」

 

 腹に凄じい衝撃が走る。

 一発、大きく吹っ飛びながら体勢を整える。

 痛みに堪えながらも、なんとか迎撃体勢を取ろうとし。

 失った視界の方から間髪入れず迫り来る横薙ぎに反応できず、もう一度大きく吹っ飛ばされた。

 

 元々揺らいでた脳が更に揺れる。

 頭が痛い、意識が朦朧とする。

 もう倒れそうなぐらい体中が痛い。

 ずっと治療してこなかった傷が痛い。

 眠い、声のせいで全然寝れてないのよ。

 

 ……でも。

 もう、歩みは止めないと決めた。

 

 例えこの身が崩れようと。

 私はもう、歩くのをやめない。

 

 例え、私の大切なものをかなぐり捨てても。

 

「───ぁぁぁあ″あ″あ″あ″ッッ!!!!」

 

 飛んでしまいそうな意識を。

 体中を蝕む痛みを。

 叫んで、叫び続けて、消し飛ばす。

 

 体が変な音を上げていた。

 翼がどんどん大きくなって、ヘイローが割れていって。

 彼女たちの存在を消していく。

 私の罪の烙印が消えていく。

 暗くなっていた片方の世界が、明るくなっていく。

 消えちゃダメなのに、消えて欲しくないのに。

『色彩』が、どんどん私を染め上げていく。

 

 私が私じゃなくなる感覚がする。

 

 制御できない破壊衝動に飲まれそうだ。

 決して私を崩さぬように『色彩』に侵させなかった大切な部分が、消えていくのが分かる。

 でも、私は絶対に私自身を忘れない。

 私の背負った罪を、絶対に忘れない。

 

「……さぁ、私を裁いて頂戴」

 

 手を広げ、翼を広げる。

 痛くなくて、眠たくない体が心地良かった。

 

「……あなたを絶対に救うわ、ベリアル!!」

 

 陸八魔アルは叫んだ。

 他人でしかない、私自身のために。

 

 空を翔ぶ。

 私の未熟な翼では翔べなかった空を舞う。

 何度この翼で逃げ出したいと願ったことか。

 でも、もう逃げ出さない。

 そして誰にも救いを乞わない。

 

 私はキヴォトスを滅ぼす。

 

 陸八魔アルとしてではなく、ベリアルとして。

 

 愛銃を構え、天から陸八魔を射抜かんと引き金を引く。

 だが、流石は私だ。

 数多の銃撃戦を乗り越えて来たから、この程度の高所からじゃ攻撃はそう当たらない。

 

 代わりに返ってきた反撃は機関銃の雨あられ。

 翼を何度も翻して急降下を繰り返し、時には大きく羽ばたいて高度を上げ、銃弾を回避する。

 多少なりとも肌を掠めたりはしたが、その程度。

 

 機関銃の弾丸が底をついて、嵐が止んだ。

 

 その隙を見逃すほど私は甘くない。

 一気に速度を上げて急降下し、離れた距離を即座に詰める。

 陸八魔は手榴弾で爆発の壁を作ろうとしている、だが少しリスクを取って突っ込まなきゃ、この戦いには勝てない。

 

 眼前に爆発が広がる。

 あんなにも煩かった耀きと轟音が、今となってはどうとも思わなかった。

 肌が焼けるような熱さ。

 その炎の中から手を伸ばし、陸八魔の胸倉を掴んだ。

 

「一緒に空へ翔びましょう、陸八魔アル」

「っ……!! まさか、正気なの!?」

「始めから正気よ、アウトローなら覚悟を決めなさい」

 

 狼狽える陸八魔を他所に、私は空を翔ぶ。

 何度も、何度も羽ばたいて、天へと昂る。

 

「……綺麗ね。私がまた、この世界を汚してしまうのね」

 

 翼に込めていた力が抜け、無気力に堕ちていく。

 罪を生み出す人は二人もいらない。

 私のせいで苦しむ人はもういらない。

 だから、あなたはここで殺さないとダメなの。

 

 私の腕の中で踠き続ける人がいる。

 その人は私にない希望を宿していて、私が持っている絶望を微塵も燻らせていない。

 どうしてこの状況で抵抗できるの? 

 私なら諦めてしまうのに。

 

「いいえ、汚させないわ!! 陸八魔アル、あなたに二度と世界を滅ぼさせはしない!!」

 

 ……分からないわ。

 どうして、私のために命を懸けられるの? 

 分からない、分からないよ。

 

 徐々に地上が迫る。

 もう一緒に死ぬのよ、もう抵抗も無意味なのよ。

 そう反省もせずに言い聞かせ、私はまたミスをした。

 

 陸八魔が懐から取り出した地雷を地上に投げ、それを銃で射抜いたのだ。

 

「……本当に、往生際が悪い……ッ!!」

 

 地雷の爆発がクッションとなり、地面への激突を防ぐ。

 それでもお互い地面に叩きつけられ、肉も服も抉られながら爆発の余波で激しく転がった。

 背中から落ち、呼吸がままならなくなる。

 臓物が全て振動する強烈な痛み。

 もう治り切った真新しい体に、血が流れた。

 

「がほ、ごほっ……はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をし、呼吸を整える。

 それは陸八魔も同じだった。

 だけど、まだ目が死んでいない。

 目が死ぬ気配がしない。

 

 まだ私を救おうと、その目がギラギラと燃えている。

 

 ……なんで、なんでなのよッ!! 

 なんで私のために、そこまで傷つけるのよ!! 

 どうせ偽善で、ただの利己的な心でしかないのに!! 

 なんでこんな人殺しのために、痛い思いができるの!? 

 

「あんたの目が、気に食わないのよッ!!」

「ぐぅっ!!」

 

 握り拳を作って、陸八魔の顔面を殴る。

 だけど、陸八魔は私の目をハッキリと見て、抵抗する素振りを見せなかった。

 

「どうしてみんな、私のために痛い思いができるのよ!! 私は私のためにあんたたちを傷つけているのに!!」

「大切な人が傷つけられて、どうしてそんな平然としていられるの!? 私を殺したいぐらい憎く見えるんじゃないの!?」

 

 何発も、何発も殴る。

 でも、後ろにいるみんなは、手を出そうとしなかった。

 陸八魔を信じているから、陸八魔も彼女たちを信じているから。

 その信頼関係が、私のせいで崩れてしまったのに。

 

 がむしゃらに殴るだけだった。

 子どもみたいに、殴ることしかできなかった。

 

「どうして、どう、して……」

 

 殴る力は、どんどん消えていった。

 もう、誰も傷つけたくなかったから。

 それが例え、憎いぐらい嫌いな私自身であっても。

 

『ベリアル』と云う仮面で、冷酷に振る舞いたいのに。

 私には、もう演技をする気力も残ってない。

 仮面が張り付いてくれるぐらい肉も残ってない。

 

 答えが分からないのよ、どうすれば良かったの……? 

 

「殴って満足かしら、気が晴れたかしら」

「こんなので……晴れるわけ、ない」

「えぇ、そうよね。あなたが抱えてるものは、きっと私たちじゃ到底計り知れない大きなものだわ」

 

 自ずから抱えん込んでしまった私の罪禍。

 それに押し潰されて、ここまで来てしまった。

 考えないようにして、仮面を着け続けた。

 

 何も聞きたくない。

 何も見たくない。

 何も喋りたくない。

 

「……って、思ってるんでしょ?」

「っ!!」

 

 陸八魔アルは、そんな私の逃避を当ててみせた。

 

「あなたが自ずから背負った責任、それはあなたの優しさがあったからこそ背負えたものだわ」

「だけど、今となっては責任に押し潰されて、何も分からなくなって、何をすべきかも分からない」

「きっと私との戦いで勝っても、あなたは苦しみ続けてまた泣き続けるのでしょうね」

 

 諭すように、陸八魔が云い。

 次の瞬間、怒りが爆ぜた。

 

「だからどうしたのよっ!!! あなたが背負った罪は泣いて放り投げれるぐらいちっぽけなモノだったって云うの!?」

「な、そんな、ものじゃ……っ!!」

「そうよね、そうだと思ってるからこうなってるんでしょうね!! その責任から逃げてあなたは納得できるの!? 全部なあなあにして放り投げて、それで満足できるの!?」

 

 陸八魔の云うことは、全て正論だった。

 私が言い聞かせようとして言い聞かされなかった荊の正論、その全てを彼女は言ってのけた。

 ……満足、できるわけないじゃない。

 

「言ってみなさいよ、頼れる人がいるなら『助けて』って言いなさいよ!! それが出来ない腑抜けた性根だって云うなら……」

「私が思いっきりぶん殴って、叩き直してやるわっ!!!」

 

 そう宣言した瞬間、私の顔に衝撃が走った。

 視界が一気に揺れ、脳も揺れ、体全体が痺れる。

 私には放たれない、魂の籠った拳。

 

 その拳が、私の心を叩き壊した。

 

 吹っ飛ばされ、転がる。

 何度も何度も転がる。

 転がる中で私の脳に過った数多の記憶。

 私の責任と、私の罪禍。

 

 その全てが、今はどうでもいい。

 

 晴れ晴れとした気分だった。

 私のしがらみを全部砕かれたような、そんな気分。

 今だけ、今この瞬間だけ。

 

 私は、全てから解き放たれている。

 

 決別するときだ。

 

 過去か、或いは今に。

 

「構えなさい」

「……終わらせましょう、陸八魔アル」

 

 互いに愛銃を片手で構え、銃口を向ける。

 銃口には覚悟を、引き金には決意を。

 各々違う形で、込める。

 

 何を合図にしたかは分からない。

 しかし、私たちの中で確かに水面が揺らぐ瞬間が訪れていた。

 

 引き金を引く。

 光が奔る。

 互いの弾丸が掠め、そして。

 私の弾丸が当たることはなく。

 

 彼女の覚悟が、私を貫き、爆ぜた。




次回、次々回で最終回です。
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