まだ続きます。
私のしてきたこと。
私の積み重ねてきたこと。
その全てが、たった今否定された。
情け無く、私は大の字で倒れていた。
全身に渡る痛み……そうか、私は負けたのか。
あぁ、疲れたな……本当に疲れた。
だけど、初めてあんなに晴れやかな気持ちになれた。
今まで、私は責任と罪禍に囚われていたから。
きっとこれも、また一つの過程なのだろう。
私の未来を描くための、一つの過程。
「さぁ、これで私たちの勝ちね」
「……えぇ、そうね。あなたたちの勝ちよ」
陸八魔は私を見下ろし、勝利の宣言を下した。
私は何の否定もせず、ただそれを肯定するだけ。
特に言うことはなかった。
言うべきこともなかった。
しかし、云うならばこれは口約束ではないこと。
私が負けても、私が助けられる口約束はない。
私にはまだ、選択の余地があった。
「アルちゃん大丈夫〜っ!? 殴ったときすんごい音したよ!」
「うぅ……本当よ!! これ絶対折れてるわよ〜……」
「社長、酷いケガ……二人とも早く治療しよう」
「あわわ……お、お疲れ様です……すぐ治療箱を持ってきますから!!」
駆け寄ってくる便利屋68のみんな。
ただ、私の側には誰もいなかった。
本来いるはずの、私の大切な仲間。
私が奪ってしまったのだから、当然の末路だろう。
ハルカが私の元に駆け寄り、私の傷に治療を施す。
丁寧に消毒をし、ガーゼを被せ、包帯を巻き。
誰かに治療をされるのは久々だった。
負った傷は全部治さずに、私の罪として残していたから。
「い、痛くないですか……?」
「うん、大丈夫。……ありがとう、ハルカ」
礼を伝えると、ハルカは頬を赤くして照れ臭そうにしていた。
今こうして便利屋のみんなと話せているのが嬉しくて……でも、私にとっては途方も無いぐらい虚しい。
彼女たちは私が心を通わせた三人じゃない。
それが哀しくて、辛くて。
でも、ようやく受け入れれたことだった。
やっと私は、真心を込めて向き合えたんだ。
目を背けていたもの全てに。
立ち上がる。
軋む体に鞭を打ち、翼を広げる。
みんな、私のことを見ている。
「……それで、私たちに助けられるんでしょ?」
「そうそう! ほら、早く手を取っちゃいなよ〜!」
陸八魔……アルとムツキが、私の前に手を差し出す。
アルは誇らしく微笑んで、ムツキは眩し過ぎる笑顔で。
「ほら、この前ココア飲んでないんだから。一緒に帰って早く飲もうよ」
「そ、その……どうか、私たちの手を取ってください! 私たち、絶対に……助け、ますから」
カヨコとハルカが、私の前に手を差し出す。
カヨコは優しく微笑んで、ハルカはぎこちなく笑って。
みんな、私には浮かべれない笑顔を浮かべていた。
……私が守れなかった、みんなの笑顔。
私自身すら守れなかった、優しい笑顔。
『キヴォトスを滅ぼせ、陸八魔アル』
……いいえ、その意志には従わない。
私がやりたいこと。
私が成すべきと思ったこと。
私はその全てを、成し遂げてみせるの。
今度こそ全てを守って、責任を全うする。
この罪を打ち払って、贖罪を成してみせる。
「……ごめんね、みんな」
「今はまだ、助けられるときじゃないの」
みんなの集められた手の上に、私の手を置く。
暖かい人肌だった。
もっと感じていたいと思って、でも。
もう、感じられない感覚。
私はきっと、名も無い死体の山に加わる。
陸八魔アルとしてではなく『ベリアル』として『色彩』の意志に逆らったから、私の体は『色彩』によって崩れていくと思うわ。
だけど、崩れ切る前に。
私にはやらなければいけないことが沢山ある。
「いつか私を、助けにきて」
止めようとする声は聞かず、私は空を飛んだ。
天を駆け、昂る。
私が見ようとしなかった蒼空を見た。
とても澄んでいて、綺麗で……。
私はこの美しい空を見る余裕すらなかった。
何度も私のせいだと自分を追い詰める、愚かで幼稚な自責の日々を過ごしていた。
けれど、ようやくその日々から抜け出せたんだ。
紛れも無い、彼女たちのお陰で。
私はもう、彼女たちと同じ道を歩めない。
この破壊衝動を身に抱く以上、私はもう逃げれない。
でも、これで良いんだ。
もう私は、十分過ぎるぐらい助けられたから。
それからの日々は、悪徳業者や企業を潰して回る日々だった。
勿論殺しには手を染めず、彼らにとってやましい情報や極秘の情報を漏洩させ、ヴァルキューレに引き渡すよう誘導していた。
もうこの殺しの技術は使ってはいけないから。
同じ過ちを繰り返すなんて、愚の骨頂だったから。
先生と顔を合わせる気は無かった。
だって、先生が今の私を見たらきっと失望するだろうし……それに、先生なら無理をしても私を助けようとするし。
先生の負担にはどうしてもなりたくなかったから、それだけは避けていた。
溢れそうな破壊衝動を抑え、私は私の意志に従う。
キヴォトスを滅ぼさんとする者を排して、私のいた古巣を絶対に守り切ると。
けれど、悲しいことに私の体は弱かった。
『色彩』の侵食には抗えず、衰弱していく体。
固形物も満足に通らないし、歩く力もどんどん失って、植物人間のようになっていった。
まるで私の意志をへし折らんと、私の体を破壊し尽くしていて。
もう、私の命は長くなかった。
そろそろ時間なのかしら。
少し早過ぎるかもしれないけれど、仕方がないわね。
ある業者に、私は匿名の依頼を出す。
報酬金は無いし、怪し過ぎる依頼だけれど。
果たして彼女たちは来てくれるのかしらね。
指定された場所で、私は車椅子に座って待ち続ける。
あの決戦の日に吹いていた風みたいに、私の頬と髪を撫でた風は優しかった。
蒼空は澄んでいて、一切の濁りはない。
悔いは無かった。
決して罪を償い切れたわけじゃない。
責任も果たし切れたわけじゃない。
でも、やれることはできたもの。
「……遅過ぎるのよ」
聴き慣れた私の声が、後ろから聞こえた。
私がよく知っていて、強く逞しい人。
彼女の声は、どこか哀しみを帯びていた。
「そういう後出し、ズルいと思うな〜」
続けて親友の声が聞こえてきた。
私を救おうとしてくれた、優しく親愛な人。
彼女の声も、少しだけ哀しみが宿っていた。
「そんなこと言いながら来てくれたのね、嬉しいわ」
振り向き、彼女たちと向き合う。
今にも消えてしまいそうな意識を繋げて、声を振り絞って、向き合う。
「……一緒に、ココアを飲むって言ったじゃない」
「……ごめんね、約束を守れそうにないわ」
ぼやけたカヨコがどんな表情を浮かべているか、今の私じゃ分からない。
でも、きっと哀しそうな顔をしているんだと思う。
彼女らしくない、細過ぎる声をしているから。
「なんで、また背負い込んだんですか……私たちがいるって、カヨコ課長も言ってくれたじゃないですか!!」
「いいえ、背負っていないわ。でもごめんね、こんなに遅くなってしまって……紛れも無く、これは私のせいよ」
ハルカの震えて潤った声には、らしくもなく狂気のない怒気が宿っていた。
そんな風に怒ることもあるなんて、初めて知ったかも。
……ごめんね、怒らせちゃって。
「みんな、最後に聞いてくれるかしら」
私の呼びかけに、みんなは私の元に歩んでくる。
そして目の前まで来て。
みんな、私の言葉を待っていた。
「きっとこれから、どうしようもなく理不尽なことや、避けようがない壁にぶつかることがあると思うわ」
「でも、みんなは強いの。なんたって、あなたたちは便利屋68。最高に孤高なアウトローなんだから」
もう何も聞こえなくなってきた。
どんどん目の前も真っ暗になって。
声も、もう出せないかもしれない。
まだ。
まだ伝えたいことがある。
「どうか、自分を責めないで頂戴。苦しいとき、辛いとき、自分のせいだって追い込まないで頂戴」
「私の……未来の陸八魔アルからのお願いよ」
最後に伝えたことを、伝え切った。
そして、私の感覚は全て消えた。
もう何もない。
何も感じない。
何も残されてない。
私を包むのは虚無だ。
この暗闇しか、もう存在しないのかな。
当然の罰だろう。
何もかも奪ってきた私には相応しい末路だ。
「アル様!!」
「……え? ハル、カ?」
けれど、私の名を呼ぶ声が側にいた。
もう何もないと思っていたのに。
もういないはずのハルカが、私に抱きついた。
「アル様、アル様ぁ……! よかった、う、うぅ……もう、なんでそんなに背負い込もうとするんですかぁ!!」
「ご、ごめんね? その……あまり周りが見えてなくて、心配かけさせたわ……」
「本当だよ社長。色々とやらかしてくれたよね、見ていてこっちもヒヤヒヤした」
いつの間にか見えていた視界に、溜め息を吐きながら呆れてそうな顔をしているカヨコがいた。
苦言に関しては……何も言い返せない。
「カヨコ……」
「ごめんなんて言わないでよ。私たちがやりたくてやったことなんだから」
「そうそう! あとね、カヨコちゃんこんなに冷たくしてるけど〜、すっごく不安そうにしていたんだから!」
カヨコの後ろからひょっこりと顔を出したムツキは、カヨコを揶揄いながらそう言った。
ムツキに焚きつけられ少し声を荒げそうなカヨコと、それを見て笑うムツキ。
だけど、私は……。
「ムツキ……私、私はっ」
「あーもう気にしなくて良いの! 流石に痛かったけど〜、アルちゃんが無事ならそれでいーじゃん!」
「でも、でも……」
「まーた曇った顔してる。ほら、こうやって笑顔にならなきゃ、アルちゃんらしくないよ〜?」
ムツキは私に気負わせないようにしている。
その気遣いが痛くて、辛くて……。
でも、ムツキの笑顔を久々に見れて、そんな苦痛が全てどうでも良くなってしまいそうだった。
「本当に、本当に……お疲れ様、アルちゃん」
「……もう無理しなくていいからね、社長」
そう労ってくれた二人は、ハルカの上から私に抱きついてきた。
三人の体温が暖かくて、少し暑苦しく感じて……けれど、嬉しくて堪らなくて。
泣くのを必死に堪えて、私も抱きしめるので、もう精一杯だった。
「……アル。お疲れ様」
そして、最後の労り。
先生の声が、私を優しく包んでくれる。
先生の姿はどこにもなくて、寂しいけれど。
三人が、私の側にいてくれている。
「もう絶対に離しません、アル様!」
「あ〜! ハルカちゃ〜ん、独り占めは良くないなぁ〜。じゃあ私も絶対に離さないもん!」
「ちょ、ちょっと……! じゃあ私も……絶対に離してやらないから」
「く、苦しいわよ……もうっ……」
そんな風にちょっと悪態は突く。
だけど、嬉しさは隠し切れていない。
こんな末路で良いなら。
神様が、私にこんな末路を恵んでくれたなら。
どうか、この結末が私の醜い思い込みじゃないことを、ひたすらに祈り続けるわ。
「……助けてくれてありがとう、みんな」
私たちの熱が、廻り続けた。