最も最悪なエンドなので、閲覧注意です。
「……結局、私のことは止めれないのね」
「けほ、ゔっ……くっ……」
決戦を終え、無様に転がる陸八魔を私は見下し続ける。
私の選択を否定するとはなんだったのか。
私よりも弱いのに、どうやって否定できるのか。
最初は少し期待を抱いたけれど、全部意味も無く終わってしまった。
私が乗せた淡い期待。
救われて良いのかもしれない、そう思えた願望。
この仮面を着けなくて良いんじゃないかって思えた、ほんの少しばかりの希望。
でも、全部意味が無かった。
どうして私は期待してしまったんだろう。
この命も何もかも、無価値だって言ってたのに。
「宣言通り、私はキヴォトスを滅ぼすわ。もうあなたたちには私を救えない、救ってはならないのよ」
「……アルちゃん、本当に望んだことなの?」
ムツキが私に問うてくる。
この目的が望んだものなのかと。
どうなのかしら、それすら分からないわ。
当初はきっと、言い聞かせの理由に使ってたと思う。
私の中で黒いものが湧き上がってくる。
どんどん私のことを蝕んで、仮面の下の私が喰らい尽くされていく感覚がする。
私自身を見失いそうで、本当に仮面そのものの人になってしまいそうで……。
本当に、何が何だか分からなくなってしまう。
「分からないわ、でも……心の底から、私は全てを破壊したいと願っている」
「それが私の意志で、存在意義だから」
言い聞かせにも見えた、痩せ我慢にも聞こえた。
ただ、このどうしようもない破壊衝動に呑まれかけているのは事実だった。
私の全てが、呑み込まれていく。
黒い光の中に、私が呑まれてしまう。
私の罪も責任も、何もかもを洗い流して、全て呑まれて逝く。
「……ごめんね、ムツキ」
謝り、目を瞑り。
ムツキの前に空間を入れ替えたかのように移動し、翼を広げる。
驚いて何もできないムツキ、無防備で唖然としているムツキ。
私はそんなムツキの柔らかいお腹を、己の手で刺し貫いた。
「あ、ぇ……?」
「……どうか、私を赦さないで頂戴」
肉も臓器も貫いて、血が噴水のように溢れる。
腕に伝う血と、腕を包む肉と臓器の暖かさ。
それがまやかしでもなんでもない本物であると改めて知り、私の心はもう一度閉ざされる。
私の心が壊れないための自己防衛。
そして、私がキヴォトスを破壊するための仮面。
……いいや、仮面なんかじゃない。
この仮面は、私の本当の顔になりかけている。
本当の顔にして、苦しまないようにしている。
「アル、ちゃ……」
「……」
私の名前を呼んで、ムツキの目から光が消えた。
結局、私はまた親友をこの手で奪ってしまうのね。
何も学んでいない、愚かで怠惰な人間。
それが私と云う醜い人間なんだ。
あぁ、そうだ。
もうずっと前から、取り返しがつかないじゃないの。
私を助けるなんて無理な話なのに。
どうして私を助けようなんて、みんな思ったのかしら。
今更甘い考えは抱かない。
慈悲は捨てなくちゃ。
「え……ムツキ、うそ」
「これが私の味わった絶望よ、陸八魔アル。あなたも味わうのよ、この絶望を吟味して、私のようになるの」
「ハルカ、カヨコ、逃げてッ!!」
陸八魔が叫ぶ前、そのときから私は気づいていた。
後ろから二つの殺気が、私に突き刺さる。
鳥肌が立つ、針を目の前にしたかのような鋭い殺気。
即座に振り向き、一番危険なハルカを適当にあしらって、カヨコの攻撃を防いだ。
「よくも、よくも……ッ!!」
「……らしくない顔をするわね、カヨコ」
鬼気迫る表情を作り、涙を浮かべるカヨコ。
感情に支配されているカヨコを見たことはなくて。
私たちのことを如何に大事に思ってくれているのか、改めて良く理解できた。
だけど、無力なのよ。
今の私に勝てる人はキヴォトスでも一握り。
果たしてあなたたちがその一握りに入れると思うのかしら、残念ながら否よ。
攻撃を終えて無防備になったカヨコの心臓に目がけて、手をナイフのように突き出す。
私が身につけていた殺しの技術。
その技術が私の手を刃物として進化させる。
骨すらも砕いて、カヨコの心臓を貫いた。
「が、は……っ、ふ、ぅぅぅ……ッ!」
「堪えるわね、もう助からないのに」
だけど、カヨコは血反吐を吐きながらも私の手を胸に食い込ませたまま、私の腕を掴む。
力は大してない、力を入れれないんだろう。
でも、どうしてそんな無意味な行動が取れるのか。
それはまだ、守るべき人がいるから。
例え自分が死ぬのがわかっても、守りたいと思っているから。
もう身動きを取れないとでも思ったのだろう、ハルカが後ろから銃を振り下ろさんとしていた。
片手でそれを受け止め、私を殺そうとする人の黒い目を見る。
「絶対に、絶対に殺す……許さない、死んでも殺してやる……ッ!!」
「そうね、殺されても仕方ないことをしたわ」
元よりいつ殺されても仕方ないことをしていたのに、今更何を言ってるんだろうか。
殺すなら殺される覚悟を持って当然なのに。
殺されても仕方ないなんて言葉は、きっと私の無意識の懺悔なのかもしれないわね。
その懺悔も、相手を殺してしまえば今がないけど。
カヨコに突き刺さった腕を引き抜き、銃を掴んだままハルカを引き寄せる。
これほど近くになれば銃も振り回せない。
血塗られた手でもう一度、柔らかいお腹を貫いた。
「は、あ……ッ、アル、様……まもら、なきゃ……」
「……守っても、意味なんてないわよ」
引き抜き、糸が切れたように倒れるハルカの体。
カヨコも出血は止まらないし、動く様子もない。
ただ二人とも、ずっと譫言を言っている。
声が小さ過ぎて、聞こえなかった。
でも、そんな声もすぐに消えた。
残ったのは愚かな私と陸八魔だけ。
声すら出せないその様子は、かつての私と同じ様だった。
「どう? 目の前で仲間を奪われた気分は」
「あなたが無力だからこうなったの。あなたが無能だからこうなったの。その絶望を決して忘れないことね」
言い聞かせる。
過去の私にもそう言い聞かせる。
無能で、無力で、意地っ張りな無価値な人間。
それが陸八魔アルと云う存在だと。
陸八魔の目に光は宿っていない。
かつて私が浮かべていた地獄を味わった者の目。
やっぱりあなたは私なのね、少し安心したわ。
だって、あんなに明るくて眩しかったんだもの。
「この絶望を忘れないため……そして私への憎悪を忘れないため。あなたには烙印を残してあげる」
「ひ、や、やめて……やだ、たすけて……!」
「助けて? もうみんな死んだのよ、もしかしてまだ生きてるって言い聞かせてるの? そんなの無意味で無価値なのよ」
「よく見なさい、あなたの大切な人たちだったものを。あなたが奪ったの、あなたのせいで死んだのよ」
へたり込む陸八魔の顔を持ち、彼女にとって大切な人たちだったものを見させる。
もう動く気配のない静かになった骸。
光もなく、瞳孔の開き切った目。
三人の血が混ざってできた赤い池。
その全てを、陸八魔の目に焼きつける。
「うそ、うそよ……こんな、ことって……」
「目を閉じるな。真実を見つめ、その頭に焼きつけなさい」
「あなたのせいで死んだのよ、全部全部あなたのせい。彼女たちの声が聞こえる? あなたを恨めしく思ってるわよ」
かつて私が聞いた彼女たちの声を復唱する。
陸八魔の耳元で、何度も何度も。
『アル様も私の分まで苦しんでください』
『あんたのために死ぬんじゃなかった』
『アルちゃん、どうして私のことを殺したの?』
言い終えても、何度も復唱し続ける。
鼓膜が破れても、何も聞きたくないと思っても。
骨の髄まで、この声を刻み込む。
「やめて……そんなこと、みんなが言うわけない! そんな酷いこと言うわけないじゃない!!」
「耳を塞ぐな。虚実が嘘だとは限らない」
「あなたは彼女たちに恨まれているの。最初から、ずっと恨まれてここまで来たの。紛れもない事実、その立証者は私なのよ?」
もう陸八魔の心は限界を迎えていた。
抵抗する気力すら無くて、壊れた人形みたいに無表情で力を失っている。
最後の仕上げね、これで不安要素は消える。
私に対する恨みを植え付けるの。
「決してこの烙印を忘れないでね、陸八魔アル」
「あ、やだ、やめ……っ、いた、いだい……ッあ、あぁぁ″ぁ″あ″あ″あ″ッ!! やだ、いだい……いたい、いたいいたいいたいッ!!!」
片角をへし折ったあと、眼球に指を当てる。
私がかつて失った目と同じように、片目を奪う。
決して回復できないように、もう何も見えないように。
眼球を潰して、こねくり回して、破壊し尽くす。
もう原型が無くなった頃には、陸八魔は過呼吸を起こして蹲ることしかできなかった。
「その痛みと烙印を見る度に私を思い出しなさい。宿った憎悪を育み、この崩壊した世界で私を殺しなさい。あなたにとって怨めしい私を殺し、自分のことも憎むの」
「そうして、苦痛と憎悪を連鎖させるのよ」
陸八魔のこれからの行動。
その全てを告げ、私は空へと翔んだ。
天を駆ける。
この黒い翼で、空を走る。
そして私は、このキヴォトスを滅ぼす。
最初はアビドスと先生。
かつて私と撃ち合った者たちの力は強く、希望に満ち溢れていて。
でも、私にとってその全ては無価値だった。
大切なものを目の前で奪い、奪い、奪い。
「言い残すことはないかしら、砂狼シロコ」
「……」
「何も守れなかったわね」
そして、アビドスは滅んだ。
指示を出していた無防備な先生にも致命傷を負わせた。
しばらくの間は息をしていたらしいけど、今となっては植物状態になり死んだも同然の人間になってしまった。
その次はミレニアムだった。
私の存在が周知し切る前に、技術力が高い都市は叩くべきだと思ったから。
けれど技術が高いだけ、生徒単体は大したことない。
要となるセミナーとC&Cを不意打ちで壊滅させた後、ミレニアムを破壊し尽くすのは簡単な作業だった。
その後は大して統率の取れていないゲヘナと、身内争いを醜く続けるトリニティ。
先生がいないゲヘナなんて、風紀委員会だけなのも同然。
その風紀委員会の主力もヒナだけだから、大したことはない。
「お疲れ様、ヒナ。本当にあなたは骨が折れるわ」
「……ごめん、先生……何も、できなくて……」
「ゆっくり休みなさい」
ヒナを討ち取った後、風紀委員会は空中分解。
治安が悪化したゲヘナの手綱を万魔殿が握り切れるわけもなく、ゲヘナの自治区は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
トリニティはティーパーティーを不意打ちで討ち取った後、シスターフッド、正義実現委員会、救護騎士団との全面戦争となった。
特に剣先ツルギと蒼森ミネをまとめて相手するのは、ヒナ以上に骨が折れた。
私もタダでは済まず、重傷を負いながらもその三組織を壊滅させ、トリニティは崩壊した。
その後は流れ作業だった。
学園でもトップのゲヘナとトリニティが壊れれば、それ以下の学園なんて赤子の手を捻るぐらいには弱かったから。
各学園の自治も行き届かず、トップも機能不全となり、連邦生徒会も形骸化していった。
そうしてキヴォトスは滅んだ。
「……」
壊れた屋根の上で空を見る。
治し切れてない傷のせいで体の感覚は消え始め、少しずつではあるが衰弱の一途を辿っていた。
もう今は見れない青空。
紅く染まり、もう澄んでいない空。
そんな空を飛ぶ理由は、もうなかった。
「ここにいたのね、ベリアル」
「……来たのね」
私の名を呼ぶ者。
その人の片目は無く。
友だちの武器を担いで、光のない目で私を見つめる。
かつての私の生き写しだった。
「聞いたわよ、私を殺すためにいろんな人を殺したって」
「そうね、殺し過ぎた。私はもう赦される人間じゃない」
彼女もまた、無関係な人を殺した。
己が望んだ技術の糧とするために。
私を殺す技術を研鑽するために。
そのとめどない憎悪は、かつての私と同じだった。
「今ならあなたの気持ちが分かるわ。徐々に何をすべきか分からなくなる感覚に、刻み込まれた罪に苛まれる苦痛。あなたも辛かったんでしょうね」
「そうね、私はあなたと同じだから。あなたの今の苦しみが理解できるし、その声の辛さも理解できる」
だって、私もこの身を以って体験してきたから。
耳を塞いで鼓膜を破いても聞こえる声。
その苦しみと辛さに、何回心が壊れかけたんだろう。
「さぁ、私を終わらせてくれるんでしょう?」
「えぇ、殺してあげる。だからもう二度と喋らないで」
そして私は、陸八魔に凄惨な攻撃を受けた。
だけど抵抗はしない、私の罪だから。
この痛みもこの人生も、全部無価値だから。
死に対する恐怖すら、感じなかった。
壊れた屋根の上に、二人の人がいる。
片方は血塗れになり、片方はその返り血を浴びている。
骸となり、もう動かなくなった者の肉塊。
返り血の暖かさに懐かしさを覚える絶望した人。
骸には、その人と同じ罪の形が浮かんでいた。
親友だった人、守ってくれた人たちの銃創。
仮面の下に隠れた、原型を留めなくなった顔面。
それは、その人の罪と憎悪の烙印だった。
「……終わったわよ、みんな」
復讐を終わらせ抜け殻になった人は、空を見上げる。
紅い、紅い、絶望の空。
その上空で、黒い光が今一度煌めく。
『色彩』を目にした彼女は、反転していく。
私が残した烙印、その全てが消え。
そして彼女の背に黒い翼が生えた。
ヘイローが割れ、髪が白くなる。
私と同じ、無価値に囚われた者の姿。
そしてその人は、復唱した。
「陸八魔アルの存在意義はキヴォトスを滅ぼすこと」
「陸八魔アルの目的は、全てを恐怖で支配し、凡ゆる価値を無価値に還すこと」
「陸八魔アルは自らの意志でキヴォトスを滅ぼした」
『色彩』と共に、その人はこの世界から消える。
苦痛と憎悪の連鎖を繰り返すために。
もう一度、別のキヴォトスを滅ぼしに行く。
もう生きている人がいない、寂しい世界。
今度こそ、このキヴォトスは終焉を迎えた。