孤独で孤高なアウトロー   作:くちばし

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邪悪

 邪悪とは何か。

 巨悪とは何か。

 個々人の価値観によって、その基準は大きく変わるものだと思う。

 

 コンビニでちょっとした万引き? 

 空き巣による強盗? 

 それとも見栄を張って銀行強盗でもする? 

 

 いいや、違う。

 そんなの邪悪でも巨悪でもない。

 じゃあ邪悪と巨悪ってなんなのかしら。

 

 人を悦楽的に殺す? 

 違うわ、それは生まれ持った素質に過ぎない。

 麻薬の売買に溺れる? 

 いいえ、それは金と云う麻薬に溺れた者が成すことよ。

 目指すは国家の転覆? 

 哀れね、そんな大層な夢を抱いて『目指す』程度の意志じゃ、必ずこけて失敗するだけよ。

 

 邪悪とは、巨悪とは。

 

 悪事を無意識下に行うことが重要よ。

 悪事を悪事とも思わない、生まれながらに持ち合わせた天性の、或いは環境によって芽生えた後天性の素質。

 生憎私にはその素質が無いから、邪悪でもなんでもないのだけど。

 

 ただ何故か、人は私のことを邪悪と罵る。

 血の流れていない悪魔だって、人の心が凍った怪物だって。

 そうやってレッテルを貼って侮辱するあなたたちの方が、邪悪じゃないのかしら。

 

 でも、そんなことは別に重要じゃないの。

 問題は、邪悪と巨悪の大半は人々によって創られる存在であること。

 

 彼らは日の目を浴びずに何処かで生き絶えているだけ、しかしごく稀にその逆境から生き延びる者がいる。

 人から嘲られ、嗤われ、存在すら否定されながら育ってきた者は、誰にも制御できない『悪』を育んでしまう。

 

 本来ならば淘汰され、排斥されていたはずの存在が人並みの力をつければ、何人であろうと揺るがし有る脅威の力を持つのよ。

 邪悪なんて言葉じゃ収まらない、邪悪すら蹂躙する真の悪、それこそが巨悪だと思っているわ。

 

 皮肉よね。

 邪悪が巨悪を生み出し、巨悪が邪悪を生み出す負の連鎖を私たちは絶え間無く繰り返すんだから。

 悪を否定した果てに悪が生まれるだなんて、笑える冗談だと思うわ。

 けれど、その負の連鎖を繰り返していながらキヴォトスは崩壊していない。

 何故ならば、各自治区に存在する治安維持組織の存在が大き過ぎるからよ。

 

 ゲヘナの風紀委員会を始め、トリニティの正義実現委員会や、シスターフッドと救護騎士団。

 ミレニアムならC&Cに、百鬼夜行ならば陰陽部と百花繚乱。

 それぞれの自治区の治安を維持する以上、やはり組織としての力は強大だわ。

 いくら私が強いとはいえ、これらの組織を相手するのは一人だと骨が折れる。

 

 ならばどうやって転覆させるのか。

 答えはシンプルよ、仲間を作るだけだわ。

 いいえ、作るのではなく『支配する』のが正しいわね。

 

 自分の組織を拡大するのは勿論、敵対組織にも内通者を作らせる。

 例え人材が掃いて捨てるほどいても、一々集めるのも手間だわ。

 

 何事も無駄を省いて効率的に進めなくちゃダメなの、だって時間は有限で貴重な物なんだから。

 人員も効率的に使い潰さなくちゃ、組織の発展は著しく低下してしまうもの。

 

 そして人員を集めたその次は戦い方ね。

 全面戦争は良い手だと思うわ、相手が格下なら簡単に勝てる手法ではある。

 諜報戦も良いわね、情報はお金じゃ換え切れない高価なモノだし、何よりこの手法は相手が格上でも勝てる可能性が芽生える。

 戦い方なんて様々だから、勿論その場に応じて変えるだけだけれど……やっぱり、相手から人員を搾取するのが、最も効率的だわ。

 

「さて、今日も資金集めと参りましょうか」

 

 だけど今は資金が足りな過ぎる。

 ここで急いで崩れたら元も子もないから、こればっかりは地道に積み重ねなきゃいけないわね。

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 某所、暗がりの裏路地で、私は依頼主と打ち合わせをしていた。

 

「では、此度の護送をよろしくお願いいたします」

「任せて頂戴。傷一つ付けずに護ってあげるから」

 

 今回の依頼は郵送車の護衛。

 ブツは特に教えてもらっていないけれど、やましい物なのは確かでしょうね。

 けれど、ブツがどれほど違法な物でも私には関係の無いこと。

 あくまで私は仕事を熟し、それに見合う報酬を得るだけよ。

 

 そして仕事をする上で重要なことが一つ。

 それは決して顔を知られてはいけないこと。

 目元を知られる程度ならば整形すれば済む話だけど、素顔となるとそうはいかない。

 無論、身体的特徴も該当するけれど、体を変形させるなんてそんな怪物みたいなことはできない。

 

 私の体は細身だから、なるべく大きく見られるように身の丈に合わないコートを着る。

 そうすれば多少細身なのは隠れるし、コートにも武器を仕込めるから無問題だわ。

 

 顔に関してだと、片眼は潰れて眼帯をしているから、義眼なりして多少の小細工は出来る。

 特に目は重要だから、視界を覆うマスクはあまり好んで付けたくないわ、見えづらくて仕方ないもの。

 

 そして仕事をする上で、私が先に倒れてしまってはそもそもの内容が破綻して、私の信頼も失う。

 中には毒ガスを使ったりする輩もいるから、最低限そこの対策をするために口元を覆うだけのガスマスクを付けているわ。

 そうすれば素顔が見える部分も限られるし、後は適当にフードを被れば誤魔化しにもなる。

 

「それじゃあ、仕事を始めるわよ」

 

 護送ルートは事前に把握済み。

 今回は大きい仕事で、狙撃しやすいポイントにもマークを付けておいたから、対策しづらい狙撃手も対策済みよ。

 

 問題はどのぐらいのレベルの敵が襲ってくるか。

 大きめの仕事ならそれ相応のレベルに合った兵士が来るものだけど……。

 数で押し潰してくるなら別に良いのだけれど、少数精鋭となると今の私の体じゃ少し厳しい。

 

 最近は片腕の感覚も無くなり始めているから、あまり強い人は来て欲しくない。

 勝てないことはないけど、疲れるのよね。

 

 この思いが杞憂に終わることを願いながら、車の護送を始めて数十分ほど経った。

 嵐の前の静かさと云うものなのか、音沙汰は全くない。

 経験上、このぐらい音沙汰がないと間違いなく来るものだけれど。

 そう思い、ふと外を見た瞬間だった。

 

 後ろの護送車が、何者かによって爆発した。

 

「て、敵襲だぁっ!!」

 

 車の無線から分かり切った無線が飛ばされる。

 車は止まることなく、走行を続けるだけだ。

 

「あなたたちは手を出さないで、足手纏いだから」

 

 ここからは護送者である私の出番だ。

 弱い人間は要らない、私にとってはただの足手纏いでしかないから。

 車の窓から飛び出し、ボンネットの上に立つ。

 先ずは攻撃された場所の把握からだ。

 

 狙撃手であるならば前方の建物から。

 後続の護送車を狙うってことは、戦力の削ぎ方を分かっている相手だわ。

 馬鹿な兵士は直ぐにメインを射抜こうとして失敗する。

 この仕事の大きさの都合上、堅実な兵士ならば確実に成功させるために周りを削ぎ落とすでしょうね。

 

「やっぱり手練れが来たか、厄介ね」

 

 あまり思いたくなかったことを口に溢し、愛銃を取り出す。

 所々の塗装が剥がれ落ち、ぼろぼろになったそれ。

 見た目こそ不細工だけれど、メンテナンスはしているから不調はない。

 

 辺りを見渡す。

 人の気配を感じ、異変がないか肌で感じ取る。

 仕掛けるなら間違いなく前方からだ、決して油断はしない。

 

 そうして意識が研ぎ澄まされた刹那の間。

 その刹那が、私には永遠のように感じる。

 スローになった世界、ゆっくりと当たる向かい風。

 

 スコープの輝きが、見えた。

 

「そこね」

 

 何の躊躇いも無く、片手で照準を合わせて射抜く。

 私の銃はキヴォトスの人間でも一撃食らえばタダじゃ済まないようにチューニングしてある。

 それに装填してある炸裂弾の火薬の量も増量してあるオーダー品よ。

 直撃しなくても、爆発だけで多少の時間稼ぎにはなるわ。

 

 さて、これで狙撃手は一人潰した。

 他は誰が来るか、もう一度辺りを見渡し。

 前方にある物に、息が詰まった。

 

「っ! まずいっ!!」

 

 それは護送車ぐらいなら容易く転覆させれるであろう地雷の数々。

 躊躇い無く、私の身を守るために車から飛び降りた。

 直後、護送車が地雷の爆発に巻き込まれる。

 少しでも判断が遅れていれば受けていたかもしれない爆発が、目の前で燃え盛った。

 

「そこまでやるのね……はぁ、ちゃんと止めるよう指示しておけば良かった」

 

 こればっかりは私の采配ミスだわ。

 ブツを回収するのかと思ったけど、この爆発量は明らかに処分するためでしょうね。

 報酬もきっと半分以上削がれるし、下手したらチャラの可能性もある。

 だけど仕事を放り投げる理由にはならない、最後まで仕事は遂行しないと。

 

 そう思い、一度体勢を立て直そうとした。

 

「よくも……よくもアル様を……」

「……はぁ?」

 

 私の名を呼んだ者に、殺意を向ける。

 誰かに名前を呼ばれるだなんて虫唾が走る、私の名前を呼ぶのは私の大切な存在だけの特権よ。

 近接戦に切り替えるために愛銃をしまい、ショットガンを取り出す。

 目眩しの拳銃もいつでも取り出せるように、ホルスターのロックを外した。

 そして、私の名を呼んだ者と向き合い。

 

 私の胸が、張り裂けそうになった。

 

「あなただけは、絶対に許さないっ!!」

「……え、なん、で」

 

 いることは分かっていたのに。

 目の前にして、私は動揺してしまった。

 私はその人を知っている、いいや、知っているなんて言葉じゃ収まらない。

 私を助けてくれて、それで、私のせいで。

 閉じていた記憶の鍵が、開かれ始める。

 

 私が忘れようとしてた、大切な人の手によって。

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