空気が熱い。
肌に突き刺さる熱が、あの時の地獄を想起させる。
懐かしい動きだった。
彼女が鳴らすリロードの音も、泣きそうな震えた声も、その何もかもが忘れて久しい。
いいや、忘れるようにしていた。
罪の意識から逃れようと、自分の記憶に蓋をしたから。
「死んでください死んでください、早く死んでくださいッ!!」
「……ハルカ」
私を守ってくれた人の名前を呼ぶ。
彼女に聞こえないように、小さな声で。
彼女の手によって振り回されるショットガンはそこら辺の鈍器よりも遥かに重い。
あまり体では受けないように、体を逸らしながら最小限の動きで躱す。
恐らく今の私の体では、真っ向から殴り合っても力負けしてしまうだけ。
もう所々力が入らない以上、闇雲に近接戦を仕掛けるのは避けたいけど……。
ハルカの性質上、私のことは逃してくれないでしょうね。
先の狙撃手が仮に私なら、私は過去の陸八魔アルを傷つけたことになるから。
無理に距離を取ろうとしても、生まれる結果はジリ貧と言ったところかしら。
えぇ、ならば……。
喜んで立ち向かうまで。
大体の癖は読み切った。
私が近づくならば、近接の徒手で私を思いっきり突き放す。
突き放した直後は中距離になるから、追撃を潰すための横薙ぎ。
それでもし距離が近ければ唐竹割りに入り、遠ければショットガンで追撃を入れる。
怒りに飲まれたら冷静さを失い、癖が丸出しになるだけ。
それがあなたの悪いところよ、ハルカ。
読み通り放ってきたハルカの唐竹割りを躱し。
「顔面がガラ空きよ」
「ぐッ!?」
無防備になった顎に目がけて肘打ちを繰り出す。
かなり腰を入れた肘打ちは直撃し、ハルカの脚がぐらりとよろめいた。
よろめきはする、だけどこの程度で倒れるハルカじゃない。
ハルカのタフネスは、他でもない便利屋68の私たちが知っているから。
案の定、私を振り払うためにショットガンを振り回してきた。
私の顔面に直撃する軌道、本当ならタックルに入って、マウントポジションを取りたいところだけど。
きっといつものメンバーが他にもいるから、それはできないわね。
変にしゃがんで対応が遅れては癪だ、これは腕で受ける。
予めプロテクターを腕と脛に仕込んであるから、少し痺れる程度で済んだ。
そして、あまり感覚のない片腕で、ホルスターに入った拳銃を取り。
それをハルカの首に至近距離で発砲する。
「が、げほッ!!」
「もう一発」
首を押さえ蹲りかけるところで、もう一発肘打ちを捩じ込む。
流石に連続で脳を揺らされたら、幾らハルカと言えど立ってはいられない。
体に力が入らないとは言ったけど、別に力が無くても肘や膝で顔面を殴り蹴られたら、どんな人でも脳を揺らされるでしょう。
ハルカの首の骨が太いなんてハプニングは絶対に有り得ない、大丈夫。
「いっ、たいなぁッ!!!」
「……は?」
完全に力を無くしたと思っていた。
崩れそうになった脚に再び力を入れて、ハルカは踏み留まった。
嘘でしょ、二回も脳を揺らされて、なんでそんな平然としているの?
本当に首の骨が太いなんてことはないわよね、いや絶対に有り得ないわ。
まさか執念だけで……。
困惑して一瞬動きが止まってしまう。
その隙を見逃すほど、ハルカは甘くなかった。
「しまっ」
声が出る前に、顔面に大きな衝撃が走る。
ショットガンをフルスイングした一撃が、私の顔面に直撃していた。
脳が揺れる、視界が揺れる。
首が向いてはいけない方向に向きかけ、次には腹部に銃弾の衝撃が走った。
何発も、何発も何発も何発も。
「死んで、死んで死んで死んで死んでッ!!!!」
馬乗りされ、腹に何発も撃たれる。
あぁ、痛い。
痛いわ、痛くて痛くて仕方ない。
この痛み……本当に、懐かしくて仕方ない。
それに本当なら、あんな力任せの一振りなんて当たらないのに……こんなことで驚いてしまうなんて……。
私も甘くなったわ、こんなんじゃなかったのに。
「っ〜〜〜……本当、久々ねぇ」
腹から込み上げてきた胃液の味が不味い。
だが、それが遠退きかけた私の意識の気付け薬になった。
ハルカがリロードをしている隙にハンドガンを取り出し、鍛えた早撃ちでハルカの顔面を射抜く。
体勢が崩れて馬乗りから少しズレたのを見逃さず、ハルカを跳ね除けて立ち上がった。
痛む腹を撫でる。
殴られた頬を摩る。
久方振りに感じる痛みが、私の思考を冷静にする。
そうだ、私の成すべきことを思い出しなさい。
陸八魔アルはキヴォトスを滅ぼすために存在している。
陸八魔アルの存在意義は、キヴォトスの全てを恐怖で支配し、無価値に還すこと。
無意味よ、無意味で無価値なのよ。
こんな記憶、私の脚を引っ張る鎖でしかないもの。
なんで思い出してしまったのかしら、思い出したらこうなるって分かっていたでしょう。
目を覚ましなさい陸八魔アル、目の前のその人は私のことを知らない。
そして私も、彼女のことを知らない。
お互い面識の無い赤の他人なのよ?
なら、殺しても構わないじゃない。
コートに仕込んだナイフを取り出そうとした刹那。
爆煙が辺りを包み、合わせたかのように頭に衝撃が走る。
(銃撃がしなかった……サプレッサーか)
声が聞こえる。
聞き慣れた声が。
私を守ってくれた人たちの声が。
「あ、アル様は大丈夫ですか……!?」
「えぇ、社長は大丈夫よ。ギリギリ避けれてたみたい」
「うわ〜、こっぴどくやられたねハルカちゃん、まだ動けそう?」
状況があまり宜しくない。
流石に消耗してるし、ここで三人を相手取るのは今の私の力じゃ無理だ。
仕方がない、依頼主は見限るか……。
「動くな」
「……へぇ、逃げることも折り込み済みなのね」
しかし、それは後頭部に突きつけられた銃によって遮られた。
この声と、この用意周到さ。
知っているよ、でも知らない。
知りたくないのよ、もう思い出すのはハルカだけで十分なんだから。
「あんたには聞きたいことが沢山ある。抵抗しないとこっちも助かるな」
「……カヨコ、そういうのは相手が抵抗できない時にするものよ」
名前を呼ばれたのか、明らかに狼狽えた隙を見逃さず、素早く振り向いて銃を叩き落とす。
あなたは判断力が飛び抜けて高い、きっとここからすぐ反撃に出れるでしょうね。
あなたの強さを信頼しているからこそ、私は無闇に攻めに入らず避けることに専念できるのよ。
飛んできた拳を懐に入るように交わし、突き出た腕を巻き込みながら腕固めの姿勢に入った。
だけど落としはしない、あくまでこれは時間稼ぎ。
投げつけるように地面に叩きつけ、すぐに固めを解放して私は逃げ出した。
♢♦︎♢
「っ……頭がいったい……」
「あぁぁ、カヨコ課長……大丈夫、ですか?」
「すっごい音なってたね〜カヨコちゃん。容赦無いなぁ〜」
便利屋68。
四名のゲヘナ学園生によって構成された零細企業であり、部活とは性質が異なる故に違法性の強い依頼を受けるアウトロー集団。
『金を貰えば何でもする』をモットーに掲げている彼女たちは、今回も依頼を受けて護送車を襲撃していた。
普段ならば類稀なる実力を持った彼女たちにとって、今回の仕事は簡潔に終わるはずだった。
しかし、護送車を守る者は事前の調べと全く違っていたのもあり、苦戦を強いられてしまった。
結果的には仕事は成功だが、あまり負うことのない傷を負った彼女たちにとって、今回の結果は不服そのものだったろう。
「……ムツキ、あいつの持ってた銃……」
「うん、やっぱりそーだよねー。……アイツ、私たちの銃を持っていた」
いいや、不服と云うよりは疑いか。
自分たちと似た銃ならばまだしも、自分たちの持つ銃と違わないデザインをした銃を使用していた。
伝え聞いて想像を浮かべるなら自分の都合に良い解釈を浮かべるが、実際に目の当たりにした時の印象は遥かに違う。
独特の気味悪さを、彼女たちは感じていた。
「私たちの名前も知っていた。事前に把握されていたならそれまでだけど、依頼主が好き好んで敵に情報を明け渡す訳がない」
「それに態々銃を似せるなんて悪趣味なこともしないもんねー、ちょっと面倒なことになりそう」
カヨコとムツキの目つきが一層鋭くなる。
名前も知られているとなると、もうあの相手を容易く逃すことは許されない。
情報とは金に換え難い貴重な物品。
その全てを相手に知られているとなると、自分たちの生活が脅かされているようなモノなのだ。
緊張感が、三人の間に走った。
「みんな! 無事かしら、怪我はない!?」
「あ、社長」
「アル様ぁ……」
「アルちゃんこそ無事だったーっ!? すっごい爆発だったよ!」
しかし、その緊張を破ったのは陸八魔アル。
顔を曇らせた三人とは違い、いつも通りの表情を浮かべて三人に接した。
怪我がないと言えば嘘になる。
特にハルカは前線で相手をしていた以上ケガの数は多いし、アルも初撃で直撃こそは免れたものの、壁に叩きつけられて意識を失っていた。
だが、まだ仕事は終わっていない。
体が痛くても、節々が軋んでいても。
仕事を途中で放棄しないのが、ハードボイルドなアウトローの流儀だから。
「大きな怪我は無さそうね、良かった……さて、護送車のブツを処分しましょう」
もう全員逃げてしまって無防備になった護送車に向かい、四人が歩む。
彼女たちが受けた依頼は『護送車に積まれたブツの処分』だ。
それを完遂するまでは報酬は受け取れないし、受け取らない。
任務を完遂させてこそが、陸八魔アルが持つ主義だから。
そして、彼女たちはブツの処理に取りかかった。
取りかかった、が。
「な、何よこれ……」
「ペロロ同人誌って……」
アルが唖然とし、カヨコが溜め息を漏らす。
それはもう便利屋の様式美であり、いつものこと。
こんなブツの処分のためにあんな強敵と戦ったのだから、彼女たちにとっては堪ったものじゃない。
しかも報酬に見合う相手ではない、本来ならば上積みにされてもいい。
しかし、彼女たちが唖然としたのはそこじゃなかった。
「もしかして……襲撃する護送車を間違えた……?」
そう、間違えていた。
依頼主から知らされていたブツは『自社の電子製品を違法にコピーした他社製品の処分』であり、こんな『ペロロの同人誌』などと言うちっぽけなブツじゃない。
偶々時刻通りになり、偶々通りかかった護送車が特徴を捉え、故に襲撃した。
そんな偶然が重なり過ぎた末がこの結末だ。
「そ、そんなぁ〜〜〜……これじゃ家賃が払えないじゃないのよ〜〜〜っ!!」
いつも通り、アルは悲鳴を上げ。
拡大解釈を重ねたハルカにより、ペロロの同人誌は爆発によって焼き尽くされた。
しかし、彼女たちはまだ知らない。
そしてあの陸八魔アルも知らない。
偶然とは言ったが、きっとこの出会いは必然だったのだと思う。
言うならば、これは運命の出会いであり、始まりだった。