孤独で孤高なアウトロー   作:くちばし

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開かれた記憶 ※

 分かっていた。

 分かっていたはずだ。

 分かり切っていたことだ。

 思い出したらこうなるって。

 思い出してしまえばこうなるって。

 

 だから必死に閉ざしていた。

 心に残った消えない傷を隠すために。

 背中に張り付いた罪悪感を誤魔化すために。

 罪悪感を感じないようにするための防衛反応だった。

 

 ハルカの名前を忘れたくなかった。

 でも忘れなくちゃ、私の心は壊れていた。

 私のせいで死んでしまった人。

 愚かな私を護って私の目の前から消えた人。

 あの瞬間を、私は決して忘れない。

 

 いいや、忘れてなるものか。

 あの肌が焼けそうな感覚を、あの焦燥を。

 

「はぁ、はぁ……っ、ぐ、ゔぇ……」

 

 吐きそうになる。

 心臓が嫌な鼓動を鳴らしている。

 

 思い出したくないものが、どんどん出てくる。

 

 思えば、あの頃が一番幸せだった。

 家賃だとか水道代だとか、いろんなものに追われていたけど、みんなと暮らしているあのひと時は如何なるものにも変えられなかった。

 幼馴染のムツキに焚きつけられて開いた会社ではあったけど、ムツキには本当に感謝しているわ。

 

 開いた後は親しくなったハルカとカヨコが入ってきてくれて、人数は少ないながらも仕事を熟せていた。

 たまにハルカが暴走して爆発を起こしたり、カヨコが無理をして一人で仕事をすることもあったっけ。

 事務所の家賃が払えなくなってみんなでテント暮らしになったり、貴重なカップラーメンを四人で分け合ったり。

 不安定な生活ではあったけど、あの生活を嫌だと思ったことはない。

 当時は心配で仕方がなかったけど、振り返れば懐かしく思える笑い話だった。

 

 ある日、私たちの元に大きな依頼が舞い込んだ。

 今まで受けていた依頼とは比べ物にならない額に、仕事の規模も桁違いだった。

 依頼主の存続が関わるような仕事は何度か受けてきたけど、今回の規模は明らかに不特定多数を巻き込むものだった。

 

 能のない私はすぐその仕事に飛びついたわ。

 だけどそれが地獄の入り口だったなんて、馬鹿な私じゃ分からなかった。

 見返してみれば契約の曖昧さや暈された依頼主って、どう考えてもおかしい依頼書だったから。

 その日は珍しくムツキも焚きつけて来なかったと思う、カヨコも異様に疑っていた。

 その異変に気付いていれば、あんなことにならなかった。

 

 大きな大きな釣り針。

 その周りに撒かれた餌の数々。

 見事に食らいついてしまった愚かな魚は、成す術なく釣り上げられる。

 釣り上げられたのが私だけなら良かったのに、私の社長と云う立場のせいで、みんなを巻き込んでしまった。

 

 依頼主の正体は、私に恨みを抱く人たちだった。

 便利屋と云う稼業をする以上、多少なりとも人の闇にも触れる仕事だ。

 その闇を露呈させるのも、隠し切るのも、処分するのも、私たちの仕事だ。

 恨みを買い過ぎたんだと思う、じゃなきゃあんな軍勢で来るわけがないから。

 

 ただの雑兵程度じゃ私たちの相手にはならないわ。

 ヒナ以外の風紀委員会を蹴散らせる私たちを打倒するなんて、それこそ私たち以上の力を持ってなきゃ無理よ。

 だけど、人が多過ぎた。

 生徒と大人じゃそもそもの母数が違う。

 潤沢な資金を持った数多の企業が結託し、人員と武器にコストを割けば、いくら私たちと言えど物量で潰されるのは明白だった。

 

 何を勘違いしていたのだろう。

 結局、私たちはただの生徒に過ぎなかったのに。

 

 ようやく引っ越せたオフィスが焼き尽くされる。

 みんなとの想い出が燃え盛る。

 火種が弾けて花が咲く。

 

 あぁ、分からない。

 何が起きたか理解できない。

 痛い、痛いよ。

 左目が見えなくて……私の目はどうなってしまったの? 

 

 頭が割れそうなぐらい痛い。

 角の感覚がおかしい。

 腕も変だ、左腕が全然動かないのよ。

 

 みんなはどうなったんだろう。

 辺りを見渡す。

 今自分が置かれてる状況を、なんとか把握する。

 

 左腕は赤い何かとぐちゃぐちゃになった何かが張りついている。

 いいや、張りついてなんかいない。

 これは私の体の一部なんだ。

 血塗れになって焼け爛れた皮膚。

 自分のものだと自覚し、痛みが私を襲った。

 

 立てない、痛くて立てない。

 悲鳴を上げたいぐらい痛いのに、喉が震えて声が出せない。

 みんなどうなったの、みんなは大丈夫なの? 

 早く、立ち上がらなきゃ。

 

「アル様、ごめんなさい失礼しますっ!!」

 

 ハルカの声が遠くから聞こえる。

 熱かったアスファルトの地面がない。

 誰かに持たれている、体が揺らされている。

 私に着いてきてくれた人の匂いがする。

 

「ハル、カ……?」

「ごめんなさいごめんなさい!! 私が弱いから、アル様が傷ついてしまって……」

「アル様を傷つけた人は絶対に許しません、私が殺しますから、私が殺してみせますからッ!!!!」

 

 ハルカが怒りに飲まれている。

 私を背負って、傷だらけの体で走っている。

 今の私じゃ、彼女の足手まといになってしまう。

 

「だ、め……ハルカだけ、でも……」

「……アル様を置いて、そんなことできません」

「アル様が私を救ってくれたから、アル様がここまで連れてきてくれたから」

「諦めるなんて、アル様らしくありません!!」

 

 だけど、ハルカは私を置いてくれなかった。

 消えそうな意識を留めて必死に行った訴えを、彼女は聴き入れてくれなかった。

 今起きていることがいつもとは毛色が違う異常事態だと、彼女も理解していたから。

 でも、私の押しがもう少し強ければ、私がもう少し頑張っていれば、きっと聴き入れてくれたのに。

 私はハルカに甘えてしまって、意識を閉ざしてしまった。

 

 意識が戻ったとき、私は見知らぬ路地裏で倒れていた。

 冷たい地面に凍え切った風、その全てが熱かった痛みを鎮痛しているかのように感じる。

 私の周りには誰もいなかった。

 人気は全く感じない、此処にいるのは私だけだ。

 側にいてくれたはずのハルカは、何処にもいない。

 

 途切れ途切れに目覚めていた意識が描いてくれた記憶、その全てをかき集めて思い出す。

 思い出さなきゃいけないってそのときは思って、早くみんなと合流しなきゃいけないって思ってたから。

 そして私は後悔する。

 嘘だと信じたかった、夢だと信じたかった。

 だけど、この傷が今でもある、それはこれが現実であることを証明している。

 

 記憶を頼りに道を歩く。

 そんなことないって言い聞かせながら、みんなは無事だって言い聞かせながら、歩き続ける。

 ハルカが私のことをカヨコに引き渡し、カヨコは私をこの路地裏に置いて敵を引きつけていた。

 でも大丈夫よ、彼女たちは私の誇れる仲間なんだから。

 私と違ってこんな大層な怪我もせず、いつも通り笑って私のことを待ってくれている。

 

 いつそんなことが保証されていたのだろうか。

 

 当たり前と思っていたモノが当たり前じゃないって、知っていたはずなのに。

 

「……ハルカ、此処にいたのね」

 

 黒く染まった片方の世界。

 赤く滲んだ愚かな視界。

 

 私を守ってくれた人が、そこにいた。

 

「こんなところで寝てたら風邪引くわよ……ほら、立って」

 

 焼け爛れた片腕を必死に動かし、抱き抱える。

 ハルカの体は鉛のように重くて、冷たかった。

 

「起きて、ここは危ないわ。ハルカもケガだらけだから、一緒に歩きましょう?」

 

 どれだけ呼びかけても、声は帰って来ない。

 いつもはすぐに応じてくれるのに、応じてくれない。

 不安そうなあの顔が、私に笑いかけてくれたあの顔が、ずっと無表情のままだった。

 

「ねぇ、起きて……起きて、起きてってば……お願いだから、起きてよ……」

 

 体を摩っても。

 どれだけ揺すっても。

 顔を近づけても、抱きついても。

 

 もう、私の手では救えなかった。

 

 そこから先のことはよく覚えていない。

 いいや、思い出さないようにしているだけ。

 ハルカを背負ってまた歩き続けて、他のメンバーを見つけようとして。

 満身創痍の体で襲いかかってくる敵を蹴散らして、脚が痛くてもずっと歩き続けた。

 

 だって、ハルカが私を守ってくれるから。

 ハルカのお陰で敵に勝てたのよ、ハルカは死んでなんかいない、私の背で共に戦ってくれているのよ。

 そうよ、みんな生きている。

 みんな生きているに決まっている。

 私たちは便利屋68なのよ、今までどんな逆境だって乗り越えてきた、孤高のアウトローなのよ。

 

「そう、よね……ハルカ」

 

 そんな言い聞かせは無意味だ。

 

 現実を直視した以上、前向きな言い聞かせは意味を成さない。

 今背負っている骸の重みがある以上、私が犯した罪の数々は消えない。

 

『あなたのせいでみんな死んだんです』

『あなたが私たちのことを振り回したから』

『あなたが無能で意地っ張りだから』

 

 骸が背中の上で語りかけているように感じた。

 釘を私の背に打ちつけ、消えない罪悪感をくくりつける。

 杭を私の腹に捻じ込み、もう治ることのない傷をつける。

 釘の鋭さは事実で、杭の重さは罪で。

 身勝手の自責でも何でもない、裁かれるべき私の罪禍を証明する、大きな大きな釘と杭だった。

 

 私の無能さが招いた問題。

 自分に甘えた悪辣な意地っ張り。

 そのせいで奪われた命。

 私が身勝手に奪ってしまった命。

 その第一の証明となってしまったのは、他でもないハルカ自身だった。

 彼女に罪なんて何もなかったのに、私の身勝手さが彼女を巻き込んでしまった。

 

『私たちの代わりにこれから苦しんでください』

 

 あなたたちが苦しんだ分、私も苦しまなければいけない。

 この苦痛と罪を背負って、私は歩まなければならない。

 

『そして、私たちのように死んでください』

 

 その果てにあるものは、絶望以外の何物でもない。

 

『愚かに、惨たらしく死んでください』

 

 この人生の末路に、価値なんて存在しない。

 

「……見護っています、───……」

 

 咲いたオダマキの花が、俯いていた。

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

「はぁ、はぁ……本当、最悪……」

 

 何時間吐き続けたんだろう。

 もう吐くものが何も残っていない。

 だから思い出さないようにしていたはずでしょう。

 陸八魔アル、あなたは無能で意地っ張りで、その癖して弱いんだから、少しでも仮面を被らないと。

 

 もう一度あなたの記憶に仮面をつけなさい。

 あなたの素顔に巨悪の仮面をつけなさい。

 あなたはキヴォトスを恐怖で支配し、全てを無価値に還す、それだけに専念すればいいのよ。

 シンプルでストレートな答えじゃない、あなたなら出来ないことはないわ、陸八魔アル。

 

 もう一度繰り返すのよ。

 陸八魔アルの存在意義はキヴォトスを滅ぼすこと。

 陸八魔アルの目的は、全てを恐怖で支配し、凡ゆる価値を無価値に還すこと。

 陸八魔アルは自らの意志でキヴォトスを滅ぼした。

 

「陸八魔アルの存在意義はキヴォトスを滅ぼすこと」

「陸八魔アルの目的は、全てを恐怖で支配し、凡ゆる価値を無価値に還すこと」

「陸八魔アルは自らの意志でキヴォトスを滅ぼした」

 

 繰り返しなさい。

 もう一度繰り返しなさい。

 何度も何度も繰り返しなさい。

 それしか考えられなくなるぐらい、何度も繰り返しなさい。

 

 朝起きたときにも。

 歯を磨いてるときも。

 食事をしているときも。

 依頼を受けたときも。

 仕事をしているときも。

 寝る前も、寝ているときも。

 

 そうやって、私の記憶に蓋を閉じなさい。

 

 さぁ、もう一度繰り返すのよ。

 

「陸八魔アルの存在意義はキヴォトスを滅ぼすこと」

「陸八魔アルの目的は、全てを恐怖で支配し、凡ゆる価値を無価値に還すこと」

「陸八魔アルは自らの意志でキヴォトスを滅ぼした」

 

 そうよ、それが私の存在意義。

 それ以外は何も知らなくていい。

 何も思い出さなくていい。

 

 惨虐で在れ。

 仁義など重んじるな。

 余計なことを考えるな。

 己の主義を持ち込むな。

 

 私を誑かす愚かな記憶を思い出すな。

 

 私は私のために歩めばいい。

 それが、孤独で孤高なアウトローの流儀なのだから。

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