私は怨みを買い過ぎた。
関係の無い人を巻き込み、殺し尽くし、傍若無人に振る舞い続けたツケが回ってきた。
私が殺した人にも家族はいるのに。
私にもいたように、大切な友だちもいたのに。
私はその因果すら考えず、鏖殺の限りを尽くした。
私が産んだ無数の絶望。
果たしてその絶望が私の絶望と釣り合うのかと、考えたことが何度もあった。
私のこの罪を正当化するために、最初こそ私の絶望の方が遥かに大きいと信じた。
しかし、思考を重ねるにつれ、その考えは消える。
いきなり奪われた私と同じように、私が産んだ絶望も彼らに突然の喪失を与えてしまったから。
私は思う。
この命が誰かに裁かれればいいと。
目的を失い暴れる私を、どうにか止めて欲しいと。
この息の根を止めて、私も死体の山に加わりたい。
私が惨たらしく殺した命たちと同じように。
自死は選ばなかった。
行き場を失った怒りに囚われて欲しくなかったから。
私のように、絶望を生む怪物を産みたくなかったから。
どうか私の命が、怒りと憎悪に裁かれんことを。
果たしてこの祈りは届くのか。
今まで思い通りにならなかった私の人生に、最後の最後で祈りを通してくれるのか。
どうか私の命が終わることを祈る。
何度も、何度も祈り続ける。
祈り続けるのに。
何故私は、向かってくる刃物を砕くのだろう。
「お前さえ、お前さえ生きていなければ、あの子はぁぁぁッ!!!!」
怨嗟の刃物は心を切り裂く。
私の罪悪を増幅し、耐え難い膿を増やす。
「あんたが、あんたが死ねば良かったのよ……!!」
悲壮の刃物は未来を描いた。
行く末とその末路を描き、私の希死念慮は反復した。
果たして、何故私はこの刃物を避けようとするのだろう。
生きたいと思っているから?
彼女たちの苦痛から逃げてはダメだと思っているから?
強迫観念に駆られ、必死に満たそうとしているから?
答えは分からない。
答えを出してくれる人は側にいない。
何も分からなかった。
何も考えたくなかった。
考えることを放棄して、死を待ち続けた。
一月、また一月と時間は過ぎる。
どれだけ待っても私を殺し得る刺客は来ない。
それもそうだろう、いつの時代も命を奪われるのは弱者だけだ。
私に奪われた命に強者なんて存在しない。
無意味に命を無駄にする刺客に辟易する日々を送った。
乾き切った感情のせいで、誰かを憐れむことも、誰かに怒りを露わにすることも無くなった。
世界はモノクロに見え、無価値に感じる。
それは私の命も例外じゃなかった。
その日もまた刺客がやってきた。
人のいない路地に現れ、殺気を露わにする見知らぬ人。
その人は仮面を被り、顔を見えないようにしていた。
「私を殺しに来たのかしら」
「うん。あなたを終わらせに来たんだよ」
「そう、有り難いわね」
仮面の奥の声は幼かった。
体型も小さくて、恐らく私と歳はそう変わらないか。
しかし、今までの刺客とは雰囲気が違った。
佇まいから銃の構え方……その全てが熟練の域。
それにあの銃は機関銃だ、真正面から撃ち合えば私が負けるのは目に見えていることだ。
「さ、始めよっか」
刺客がそう告げたとき、ポケットから何かを取り出す。
それは、C4の起爆装置だった。
「っ! まさか巻き添えで……っ!!」
反応するにはもう手遅れで。
私は憎悪を持つ者の覚悟を見誤った。
眩しいぐらいの閃光。
耳が割れそうな爆発。
体に渡る焼き切れそうな感覚。
それらが止む頃、爆発によって舞った砂塵が私の視界を覆っていた。
頭に走る激痛、動きが鈍くなった片腕。
他にも脚元が少し痛んでちゃんと踏み込めない。
ダメージはそこそこと言ったところか、だけど動けない程ではないし、負けるぐらいのハンデでもない。
それにこのハンデを背負ったのは、相手も同じ。
「あまり傷は負ってないみたいだね、やっぱり頑丈だなぁ」
「そういうあなたこそ、嫌なぐらい頑丈じゃないの」
普通C4を間近で食らえばただでは済まない。
あんな軽口を叩けれる人間はキヴォトスでもごく少数……久々に骨が折れる相手が来たわね。
ナイフを抜いて、使い古したハンドガンを片手に構える。
この狭い路地じゃ私の銃は活用できない。
私が臨戦態勢に入ったのを見て、刺客はすぐに機関銃を放ってくる。
距離が少し離れてる分、射撃の範囲も広い。
動ける範囲も狭い以上、動きは限られてくる。
「フゥゥゥ……」
息を鋭く吐き、脚に力を込める。
そして壁に向かって大きく跳び上がり、壁面に脚がついては素早く蹴って、また壁面に飛び移るのを繰り返す。
自然と刺客の銃口は上へと登り、私を捉えようとするが、機関銃でそれは愚策だ。
この好機を逃さず、刺客の横に点で移動するかのように動き、懐を取った。
「貰った」
逆手に持ったナイフを首に振る。
確実に肉は掻っ切れる軌道、骨が折れると思ったけれど、そう大した相手じゃないわと。
そう思い、安心し切ったときだった。
首を掻っ切る感覚では無く、肉を貫く感覚。
「なっ……!?」
「言ったでしょ、終わらせに来たって」
首を切るはずだったナイフは、刺客の腕を貫いていた。
嘘でしょ、いくら防ぐためとは云え、避ける気なんて毛頭もなかったって云うの!?
そんなの自殺行為じゃない、自分の命を優先せずに効率を優先するなんて……!
不味い、こいつは狂っている……!!
刺したのにも関わらず、刺された腕で私の腕を巻き込んでくる。
そしてそのまま後襟を掴み、逃げれないように固定してきた。
機関銃の銃口が私の腹に密着し、ぐっと肉に食い込むように押し込まれる。
鮮烈な光が、火を吹いた。
腹に走る凄まじい激痛。
目の前が真っ暗になって、飛びそうになる意識。
「ゔ、ぁぁぁあああっ!!!」
叫びで闇に呑まれかけた意識を引き戻し、ハンドガンの銃撃を刺客の頭に向けて放つ。
しかし、直撃してもそれまでだ。
頭が大きく仰け反っても、気にも留めず機関銃の射撃を止めてはくれない。
遂に、私の意識は飛んでしまった。
「が、あ……っ」
「ダメだよ、起きなきゃ」
でも、私を徹底的に苦しめたいのだろう。
あまりにも鋭過ぎる膝蹴りが、鳩尾に突き刺さった。
「あ″っ、っ〜〜〜……ッ!!!」
息が出来ないぐらいの激痛。
内臓が揺れ、膜が刺激される痛み。
肋骨から響く嫌な音。
その痛みたちが、私の遠のいた意識を戻す。
「もう一踏ん張り起きよっか」
だけど、痛みは止まらない。
巻き込まれていた腕から嫌な音が響く。
途端に走る激痛と、目の前に生まれる眩暈。
平衡感覚を失いそうになる気持ち悪さで、揺らめいていた意識が完全に戻った。
腕は巻き込まれたまま。
後襟も握られたままで、この状況は不味い。
しかし、もう動けるような力が無い。
酩酊感が加わったこの感覚に加え、平衡感覚も失い始めている。
現に足払いにすら反応できず、気づいたときにはマウントポジションを取られてしまった。
首を包む強烈な圧迫感。
息を吸おうとしても吸えない気持ち悪さ。
(くび、が……)
私の首を全体重で押し潰すように締められていた。
片腕で必死に足掻こうとしても、意味もなく脚を暴れさせても、全て醜い踠きでしかない。
怨む者の覚悟を計り間違えた時点で、私は負けていた。
本当に、本当に意味のない人生。
結局はみんなを巻き込んで、怨みをばら撒いただけ。
私ってなんだったの?
私は何のために存在していたの?
もう良い。
もう考えたくない。
このまま、早く醒めない夢を見たい。
「みん……な……た……すけ……」
最期に宿った空虚な願い。
その願いを口に零し、意識は消えると思った。
ふっと、首の圧迫感が消える。
不足した酸素を取り込み、揺らぐ意識が鮮明になる。
何故か刺客は唖然としたかのように、時が止まったかのように、動きを止めてしまったのだ。
今しかない。
今ここでひっくり返さなきゃ負ける。
もう今の私の体じゃやれることは限られ過ぎてる。
死に繋がる負け筋だっていくらでもある、ならここで終わらせるしかない。
ナイフを取り出す。
そして、力を込めて、刺客の腹に突き立てた。
乗しかかる力が弱まり、その隙は見逃さない。
突き刺さったナイフを引き抜くと、すぐに刺客を跳ね除けて、遠くへ弾き飛ばした。
急いで立ち上がり、痛む体に鞭を打つ。
ナイフを構え、決して警戒は緩めない。
刺客はもう動く気配がなかった。
いや、動く気がないとも取れた。
漲るような生気がある、だけど面倒臭そうにしているような、動くことを拒否しているように見えた。
「久々にここまで追い詰められたわ。きっと私を殺しかけたのは、あなたが最初で最後でしょうね」
「……」
「顔は覚えてあげる。あなたに敬意を表するわ」
何故か、捨てたはずの尊厳がここで出しゃばってきた。
果たして相手の顔を覚えるのは善意なのか。
きっとこの状況じゃ、嫌がらせにしかならないのに。
私はその仮面の下を見て、息を止めた。
「は、ぁ……?」
唖然とした声しか零せない。
枯れたはずの感情が蘇る。
いいや、狂い咲いた。
「う、そ……そんな、うそ、うそよ……」
私の積み上げてきた死体の山。
私が研ぎ澄ました殺しの技術。
その全てが、私に牙を剥いた。
仮面の下の顔を忘れたことはない。
忘れようと努めていた想い出の断片。
「ムツ、キ……?」
確かに、私の大切な人がそこにいた。
力無く座り込む。
過呼吸は今までにない域へ迫る。
目の前が真っ暗になりそうだった。
これは何かの悪い夢だと言い聞かせた。
あれほど求めていた親友をこの手で殺すなんて。
悪趣味な夢だと、何度も言い聞かせた。
私は殺し過ぎた。
殺し過ぎて、何も見えなくなっていた。
私のせいで、私のせいで。
私のせいで、親友を手にかけてしまうなんて。
「もう、アルちゃんったら……曇った顔しないの」
傷を治療せずに、ムツキは私に抱きついてきた。
まるで今まで求めていたかのように。
渇望し切っていたかのように、私を抱き締める。
懐かしい暖かさだった。
ムツキから流れる血が暖かった。
この暖かさを、安寧をずっと求めていたのに。
その全てが、罪へと反転してしまう。
「ムツキ、わたしは、わたしは……っ!!」
「ううん、アルちゃんのせいじゃないよ。これは私のせいなの。アルちゃんが辛いとき、側にいてあげられなかった私のせい」
だけど、ムツキは私の受けるべき罪を請け負った。
「早くアルちゃんを止めてあげればって何度も後悔した。アルちゃんがこうなったのは私のせいなの」
「ちがう、ちがう!! ムツキのせいじゃない、あれは私が望んでやったことなのっ!!!」
「本当にそうなの? あんなに苦しそうな顔をしてたのに」
ムツキは私の罪を否定した。
その罪の全ては自分自身の物だと。
そんな訳ないのに、直接手を下したのは私なのに。
「許されないことをした……私は、裁かれるべきなの……もう怨みを買いすぎてしまったのよ……」
「もう生きれる自信がないの、みんなから否定されて、ハルカとカヨコからも否定されて……こんな世界じゃ、もう自分らしく生きられる気がしないのよ……っ!!」
止まったはずの涙が流れる。
目がぼやけてしまうほどに。
怒りと憎悪しかなかった私に、確かに悲哀が溢れていた。
自己嫌悪は逃避でもあった。
自分に仮面をつけて、冷酷に振る舞うための逃避。
本当の私を守るための逃避。
だけど、もう生きられる気がしない。
私は醜くなり過ぎたから。
「本当にハルカちゃんとカヨコちゃんが、アルちゃんのことを否定すると思う?」
「二人はアルちゃんのために命を投げた。私のためにも投げてくれた。そんな人たちが、アルちゃんのことを否定するはずがないよ」
ムツキは、そんな自己嫌悪を否定した。
二人はそんな人じゃないって。
私のことを肯定してくれた。
暴走はしたけれど、そこには優しさがあったと。
「ごめんね、アルちゃん。きっとこれは、アルちゃんにとって酷なお願いだと思うの。でも聞いて欲しい」
「どうか生きて。私たちが生きれなかった分まで、末永く生きて欲しい」
そして、私に無理なお願いを下した。
そんなお願い、無理に決まっているのに。
「でも、私は殺し過ぎたのよ……そんな極悪人が、生きながらえるなんてあってはならないのよ……?」
「うん、アルちゃんは確かに殺し過ぎた。だったらその分、誰かのために仕事をして。そして仕事以外でも、誰かのために動くの」
「だって、アルちゃんは優しいアウトローなんだもん」
ムツキは、仮面をつけた私を否定した。
そして、本当の私を見てくれた。
贖罪の道を創り、方向を決めてくれた。
全部、私がやらなきゃいけないことなのに。
「無理心中をしようだなんてバカな話だよね〜。アルちゃんもそう思うでしょ?」
「……分からない、分からないわよ……なんでムツキが死ぬ必要があるの? 全部、全部私のせいなのに……」
もう嫌だ。
もう現実を見たくない。
私の手で奪ってしまった親友を見たくない。
全部、早く全部忘れてしまいたい。
「……アルちゃん。きっとこの先も苦しいことだらけだと思う。罪悪感に苛まれて、辛い思いもすると思う」
「えぇ、そうよ……だから、生きる自信なんて」
「その苦痛も罪も、全部私が持っていく」
『だから、生きて』
その言葉を皮切りに、ムツキの鼓動は止まった。
その日は慟哭を上げ続けた。
冷たくなりそうなムツキの体を暖めながら。
唯一残った、ムツキを奪った罪に苦しみながら。
ムツキが残してくれた烙印は呪いでもあった。
同時に私にとっての救いでもあった。
ムツキが示してくれたこの道を歩まんとした。
きっと、苦しいことだらけだろうけど。
私は、彼女たちのために生きなければならない。
私は道を歩み。
「───遂に『色彩』が、破壊の天使に触れた」
「この箱庭を崩し、遂に『名もなき神々』は終焉を迎えるだろう」
「そして此処に新たな『崇高』を迎え、始めよう」
黒い光によって、道を踏み外した。
私の背に黒い翼が生える。
髪は白くなり、ヘイローは漆黒へと染まる。
今まで負ってきた傷も治ろうとして。
けれど、私はそれを望まない。
私の烙印は、決して消させたくなかった。
蘇ったはずの感情は、黒い光によって滅する。
怒りと憎悪を呑み込む破壊衝動。
初めからそうであった存在意義。
そして私は、本当の私として天臨する。
「全てを『無価値』へと還す破壊の天使───」
「───『ベリアル』を」
そして私は、キヴォトスを滅ぼした。
全てを無価値に還し、この世から安息を消した。
先生をこの手で殺し、希望も絶ってみせた。
無数の絶望と創られた終焉。
私も終焉に絶望した、一人に過ぎなかった。