「なぁ」
という気の抜けた男の声に応えて、
「なんだ」
というそれ以上に気の抜けた女の声がした。
「お前……、なんでいるんだよ」
「知るか」
呆れた声に、吐き捨てるような声。
半壊して吹き曝しとなった教会で、瓦礫を背に床に座り込む男と土簿これに塗れたまま床に倒れ込んでいる女二人。
「じゃあ知ってることを教えてくれ」
「……はあ? 知ってるも何も、お前も当事者だろうが」
「そりゃそうだ」
適当に返す男。
立ちあがろうと体に力を入れるが、全身が軋む痛みに耐えきれず諦める。そもそも疲労困憊のために立ち上がる体力すら怪しいものだった。
「だったら確認だ。今から質問するから、答えてくれ」
「……私が答えてやる義理があると?」
「第一の質問だ」
力なく難癖をつけてくる声を無視して男は続けた。
「ここは南京郊外にある聖堂教会の息がかかったカトリック系の教会だな」
「……そんなことすら確かめないといけないとは、ついに耄碌したか?」
「第二の質問。数分前まで、この場では聖杯戦争の決戦が行われていたな」
「そうだ。五騎のサーヴァントがぶつかり合った」
「その結果、すべてのサーヴァントが消滅した」
「ああ。お前を除いたマスター諸共、全員戦死した」
「……そして、俺は聖杯を手に入れた」
男は何もない虚空を握るようにして手を天へと突き出した。
指の間から溢れる月光を見つめ、しかし男は首を傾げた。
「手に入れたよな?」
「私に確認してどうする? 私もつい先までその戦死者の一員だったぞ」
「……じゃあ何で俺の手元に聖杯はないんだ?」
「おおかたどこかに置き忘れでもしただろ」
「いやいや、流石にそんな大事なものを忘れねえって」
「そう思うからこそなくすんだ。思い出してみろ、聖杯を手に入れてから移動した場所を全部。トイレとか」
「そのトイレとか、お前らが全部ぶっ壊したけどな」
元々何の建物だったのか、もはや判断がつかなくなるほどに破壊された教会にあるトイレはもちろん瓦礫の下である。
それほどに先までの戦いは激しかったのだった。
「俺、それなりに頑張って聖杯戦争生き残ったんだがなぁ」
「ふん、流石に決戦日までサーヴァントそっちのけで観光を楽しんだやつの言うことは違うな」
「そんなやつに負けてるお前らもお前らだぞ」
ぐちぐちと嫌味を言い合う。
それもそうだ。
なぜなら、
「……そうだな。主人を選べないとはいえ、私のマスターがお前だったら、と思ったことはあった」
「俺も喋るたびに腹の探り合いをしないといけないサーヴァントは疲れた」
亜種聖杯戦争でおいて、彼らは主従の関係になかった。
見えることは数度、それも敵同士として。
信頼関係も何もあったものではない。
「はぁ……」
「いちいちため息をつくな。こっちまで辛気臭くさくなる」
「聖杯がちゃんとあればなぁ」
投げやりに呟く男マスターに対して、女サーヴァントは少しだけ躊躇いがちに答えた。
「……すでに願いを叶え終えたから消えたのだろ?」
「……だよなぁ。それくらいしか考えられんよな」
「…………、ズケズケと聞くことではないかもしれないが、それでも気になるから聞かせてくれ。お前は何を願ったんだ?」
眼前に起きている奇跡。
それはもはや考えるまでもないものだったが、女の理性はその理解を拒絶した。
死したはずのサーヴァントが受肉して復活した。
結果は確かにある。
だが、それを目の前の敵だった男が願うはずもないのだから。
「第三の質問」
「私の質問は無視か?」
「お前の真名は?」
「……、聖杯戦争が終わった今、ことさら隠す必要もないか。というか、薄々察しはついてるんじゃないか?」
「うーん、候補は三つほど」
「聞かせてみろ」
「貂蝉」
「……かの伝説の美女に間違えられるとは光栄だが、違うな」
「そうか。貂蝉なら、ライダーが裏切ることもなかったか。じゃあ、高順」
「それも違うな。かの猛将ほど、私は清廉でもなければ、忠誠ではなかった」
「……張遼――いや、あざな張文遠で読んだ方がいいのか?」
「正解だ。呼び方は好きにしろ。古臭いしきたりにわざわざ従う必要もなかろう」
古代中華では、本名はかなり親しき仲でしか使われなかったという。他人があざなで呼ばないことは失礼にあたるのだが、張遼の様子を見る限り彼女に対してはそうでもないらしい。
「じゃあ、りょーくん」
「もう一度心臓をこの偃月刀で貫かれたければそれでいい」
「悪かたって、冗談だろ? 本気にすんなよ」
焦る男に、呆れる張遼。
こんな適当そうな態度をとるとはいえ、此度の聖杯戦争の唯一の勝者にして生存者なのだ。
「俺、こんな魔境の聖杯戦争でよく生き残れたな……」
「悪運はいいのだろう。私の真名は開示した。お前も叶えたその願いを私に教えるのが筋じゃないか?」
「そうだな……」
なおも少し躊躇うような男の態度に、そのアメジスト色の瞳を光らせて少し苛立つ張遼。
その様子を知ってか知らずか、困ったように男は続けた。
「実は、俺もわからん」
「わからんと? どういう意味だ?」
「約束があってな……。サーヴァントの願いを叶えたんだよ」
「……まさか、お前」
戦慄する張遼。
いくら亜種聖杯戦争とはいえ、その儀式の果てに得られる魔力は凄まじいものであり、とくに此度の聖杯戦争はその規模からして、魔法に迫るものでもなければ、大抵の願いならば叶えられそうなものだ。
それを彼の使役したサーヴァントの願いのために使ったというのであれば……。
「この世に地獄を生み出すつもりか」
「地獄……?」
「惚けるな! お前のサーヴァントであるキャスターの真名は趙高だろ? あやつが持つ願いなど、想像に難くないぞ」
一国の主となり、暴虐の限りを尽くす、というのが想像できる一番マシな願いである。
時代を超越してその悪名を轟かせる大宦官、そんな存在が抱く願いなど……、と思い、慄く張遼だったが、
「あー、何か勘違いしてるぞ」
「勘違いなどするものか。魔術師らしくはない男だと思っていたが、まさか」
「いや、勘違いしてるってば」
「ならば私の勘違いを説明してみろ」
「俺が願いを叶えさせたサーヴァントは、ライダーだよ」
「……」
己の勘違いをようやく気づいた張遼だが、少し黙り込んでしまった。
だがすぐに思い直して口を開く。
「いやいや、ライダーだからといって事態は変わらんだろ」
「……一応あんたの上司だっただろ」
「だからこそわかる。我が主君の願いは、……趙高とそう変わらぬはずだ」
「酒池肉林を作るとか言ってたな」
「あの人は……」
「それくらいだったらいいだろと思って、裏切ってもらった恩を返そうと思ったんだよ」
だがその結果。
酒池肉林どころか、ライダーは受肉すらしておらず、この場にいるのはランサーである――であった張遼のみ。
あの大男が何をどう考えて、その結果何を叶えたのか。もはやそれを知る術はないだろうが……。
「けど、俺も裏切られたわけだ」
「ならばライダーの願いは……」
「知らん」
そう吐き捨てると、男は立ち上がった。
もはや教会に用はない。この戦場だった場所にいつまでもいるよりも、すぐにでもホテルに戻ってシャワーを浴びたかった。
だが流石に激しい戦闘による怪我はひどく、
「――っとと」
よろけそうになりながらも歩き出す。
そして数歩進んで、瓦礫に足をもつれさせ、転けそうになると、
「……っ、何のつもりだよ」
横から支えてくれた張遼に対して悪態をついてしまい、言い終えるとともにバツが悪そうに顔を伏せる男。
「元敵とはいえ、怪我人を放置するほど腐ってはいない。どこかに行くのだろ、そこまで手伝ってやる」
「……格好つかねえなぁ」
「そうだな。お前は今、自分よりも小柄な小娘に介抱されていることを自覚するんだな」
「……そうだな」
少し意味深に答える男。
どこか後悔の念が含まれるような声音だった。
廃墟と化した境界から、男の腕を取りながら離れていく二つの影。
少し経って、男は振り返って遠い目で教会を見つめた。
その黄昏れに対して張遼は尋ねた。
「感傷に浸るのはいささか早いんじゃないか?」
「……かもな」
「お前はただ巻き込まれただけのだろ? 生き残った喜び以外何を感じるというんだ?」
「……そうだな」
絞り出すようにして、男は続けた。
「趙高もさ、あんたとそう変わらない小さい女の子だったよ」
「外見ではそうだっただろうな」
「そんな娘に美人局の離間の計を実行させ、挙げ句の果てに犠牲にまでしたってのに、俺は今のうのうと生き残ってる」
「それが心苦しいか?」
「……せめて、キャスターの願いを聞いてあげれればな」
「……そうか」
此度の亜種聖杯戦争はわずか数日にて終わりを告げた。
マスターとサーヴァントの主従の関係性を深めるにはあまりにも短すぎたのだった。
結果、巻き込まれただけの男は、ついぞ自身のサーヴァントの願いすら聞き遂げられず、凶刃によって両断されるまで彼女のために何もしてあげることはできなかった。
恩を受けて返せなかったことがどうしても男の心に引っかかったのだ。
「名前」
「え?」
「お前の名前を教えてくれ」
再び歩き出した男に張遼は尋ねた。
「マスターから聞いてなかったのか?」
「ユグドミレニアってところの一員だとしか私のマスターは掴めなかったそうだ」
「……隠してもなかったんだがなぁ」
あまりにも情報収集能力が低かった張遼のマスターに呆れつつ、男は続けた。
「結城・ヴァルター・ユグドミレニアだ。結城って呼んでくれ」
黒髪に少年は、そう名乗った。
知名度補正うんぬん考えても、よく結城くん生き残れたな
結城くんのために難易度を選んであげてください!
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イージー(闇堕ちしなければ生存)
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ノーマル(生存は勝者だけの特権)
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ハードコア(Zero仕様)
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ナイトメア(未知の領域)