「へぇ、お前、聖杯戦争で生き残ったことがあるのか」
聖堂教会へと向かう道すがら、サーヴァントを含めて、獅子劫、結城3人は談笑をしていた。
「生き残っただけじゃないぞ。こいつは聖杯を手に入れてる」
「聖杯を? 勝者ってことか」
「……そうだよ」
ベラベラと結城の経歴について語る獅子劫にうんざりしながらも、一応は相槌を打つ結城。
今のところ獅子劫相手に隠すべき情報もないと思っているからこそではあるが、それでもこちらの反応を楽しみながら話す獅子劫に良い感情は抱けない。
「聖杯一個で叶えられた願いじゃ足りなかったのか?」
「まあ、……そんなところだよ」
「見かけによらず、随分と欲が深いんだな」
「そこにいるあんたのマスターには負ける」
恨めしそうに獅子劫を睨みつける。
その視線にまるで気づかないふりをしながら、獅子劫は続ける。
「それで、なんでわざわざ赤の陣営に降ろうなんてなったんだ?」
「……高度な戦術的決断だよ」
「戦術、ねぇ」
これ以上詳しいことは言わないと言外に伝えながら答えた結城の言葉を反芻する。
その様子を見て、サーヴァントが口を挟んだ。
「どうせ怖気付いたとかだろ?」
「……」
容赦のないサーヴァントの言葉に黙ってしまう結城。
「つかお前、本当に聖杯戦争生き残ったのか? ツラに覇気がねえにも程があるぞ」
「悪かったな、覇気がなくて」
「悪いことは言わねえ、今回の聖杯大戦から身を引いた方がいいんじゃねえのか?」
「……獅子劫さん! あんたのサーヴァントがいじめてきます! 注意してください!」
「俺はお前の担任の先生かよ」
ツッコミながら獅子劫は自らのサーヴァントに言う。
「こいつが聖杯戦争で生き残り、勝者になったのは事実だ。実際に俺はその顛末を見させてもらったからな」
「何観戦武官ぶってるんだよ、コソ泥が」
「なかなかに愉快な結末だったな。余裕綽々に出陣した魔術師が全員自滅するとか」
「はあ? なんじゃそりゃ……」
理解できないとばかりに声を上げるサーヴァントに獅子劫が答える。
「確かにこいつは臆病者で卑怯者で簡単に怖気付くただのガキだが」
「言い過ぎじゃないかな、獅子劫クン?」
「姑息さだけに関して言えば、はっきり言って異常だ」
「すげえ、かけらも褒められてる気がしねえ」
「褒められてねえぞ、お前……」
呆れながら突っ込むサーヴァント。
だがそこで思い直したかのように、再びサーヴァントは獅子劫に問いかけた。
「だったら尚更今のうちに始末した方がいいんじゃねえのか、こいつ?」
と、もはや歯牙にもかけていないのか、殺気すら出さないサーヴァントに対して、獅子劫は答える。
「いいや、気にしなくてもいい」
「何でだ?」
「こいつはほっとけばいいタイプの地雷だ。馬鹿どもが勝手に踏み抜いていくだろうが、触らなきゃただのオブジェにすぎん」
「……ふーん。だけど、こいつが最後まで生き残って、オレたちの前に立ちはだかる可能性もあるだろ?」
「もう勝った気でいるのかよ。すごい自信だな、赤のサーヴァント……」
「その場合も気にする必要はない。なぜなら……」
一息おいて、獅子劫はまるで友人に語りかけるように尋ねた。
「なあ、結城・ヴァルター・ユグドミレニア。お前とは争いたくないから、お互い最後まで生き残ったら、聖杯を譲ってくれないか?」
対して結城も二つ返事で、
「いいよ」
と答えた。
「こういうこった」
「……こんなやつ生前含めて見たことねえな。だったらお前は何しに聖杯大戦に参加したんだよ」
「ダーニック――ユグドミレニアのカシラからの命令。ここまで嘘もつかずに全部喋ったんだから、あんたならわかるだろ」
「……はぁ。なんか哀れになってきたわ」
そろそろ見え始めた3人の目的地を前に、赤のサーヴァントはため息をつきながら目の前を歩く少年を見た。
他人の命令で聖杯大戦に参加し、あわよくば聖杯も欲しいと思いつつ、他人から求められればあっさり渡すとまで言う。
口では哀れだと言いつつも、サーヴァントには納得できない点が多い少年だ。結局、この少年の軸は何なのか。何を願い、何を達成するためにこの場にいるのか。
それを問い出してやろうかとも思ったのだが残念ながら監督役のいる教会に到着してしまっていたので、次の機会に取っておくことにした。
†
「こんにちは、約束通りの時間ですね」
不気味なほどに達観した笑顔で、神父は教会に足を踏み入った二人を迎え入れた。
「はじめまして。今回監督役を務めるシロウ・コトミネと申します」
その様子に少したじろぐ獅子劫に対して、いつも通りの適当な表情の結城。
「……獅子劫界離だ。自己紹介は省いてもいいだろうな」
「結城・ヴァルター・ユグドミレニアだ。俺もついでに自己紹介を省かせてもらおう」
と、便乗していく結城だったが、
「獅子劫さんについては魔術協会からある程度聞かせてもらっているので問題ないですが、……失礼ながらあなたは?」
誤魔化しきれなかったようだ。
うまくいかなかったことに対して腹を立て、獅子劫を睨みつける結城だったが、流石にシロウを警戒してか、理不尽なボケには付き合わない獅子劫だった。
相手にされなかったので少し不満そうな顔をしながらも、シロウに向き直る結城。
「ユグドミレニアって名前で察してくれ。“黒”のマスターだ」
言いつつ右手を掲げる。
そこにはすでに一画使用されている黒色の令呪が刻み込まれている。
本来ならば敵陣営のマスターとして警戒を強めるのが自然であるが、シロウは極めて落ち着いた態度で尋ねる。
「では、あなたは宣戦布告の使者でしょうか?」
「いや、違う」
否定して、結城は続ける。
「俺は自ら望んで聖杯戦争に参加したわけじゃない。ユグドミレニアにい続ければいずれ命の危険にさらされることになる」
どこを見ているのかよくわからない眼光で、ぼんやりとシロウを見つめながら続ける。
「聖杯戦争で保護を求めるには聖堂教会から遣わされる監督役に申し出ればいいのだろ?」
「ええ。その通りです」
「だけど今回の聖杯戦争では監督役のあなたもマスターだ」
シロウの手を見る結城。
「なので俺は自らの安全の保障を引き換えに、“赤”の陣営に降りたい」
そしてその言葉の終わりと共に、真っ直ぐシロウを見つめる。
対してシロウはその達観した笑顔を崩さずに答えた。
「事情は理解しました。では、その降伏を認めましょう」
と、かなり重要な事実に対して、淡々とした態度で接した。
その二人の不気味すぎる会話に獅子劫は若干引き攣った顔をしている。
「では、お二人のサーヴァントは?」
という言葉と共にその場に顕現する獅子劫のサーヴァント。
その直感でもって警戒をしたサーヴァントは全身の鎧を起動させたままである。
対して結城は、
「俺の方は無理だな。前に令呪も使用したが、サーヴァントは抵抗した。今頃は俺を抜きにミレニア城塞でよろしくやっているんじゃないかと思う」
「……サーヴァントとマスターの不和、ですか。理解しました。では、こちらも」
獅子劫側と同じく、アサシンを顕現させるシロウ。
耳の長い黒髪の美女がその場に現れ、自身をセミラミスと名乗った。
そのアサシンに対して警戒を強めた獅子劫のサーヴァントは武器を構えかけたが、手で制する獅子劫。
「では結城さんも含めて、情報交換を始めましょう」
†
情報交換は非常にあっさりと終わった。
赤と黒それぞれの陣営のサーヴァントについて、真名などといった重要な情報は何一つ交換されず、ヴラドが召喚されたらしいとのことと、ルーラーというクラスのサーヴァントが召喚されたこと、それくらいのものだった。
重要なことだろうとメモを取り出して色々と書き込もうとした結城が呆れた程度には、何の中身もない会話だったのだが、その後、“赤”の他のマスターとの合流を獅子劫は拒否。単独行動を主張し、それを咎めるセミラミスの叱責を一蹴して教会を去った。
去り際、結城は獅子劫に自らの連絡先を載せたメモを一枚手渡したが、獅子劫は必要ないと言ってその場に捨てて帰った。
「では、こちらに」
対して結城はシロウの指示のまま、マスターたちとの合流に従うことにした。
†
「よかったのか、マスター?」
「ん? 何のことだ?」
教会から離れ、市街地まで出た獅子劫とそのサーヴァントは話し合っていた。
「先ほどの結城ってガキのことだよ。随分と仲良くしてそうだったじゃねえか」
「そんなに仲良さそうだったか?」
「ああ、親族だと言われても疑わねえぞ」
「まあ、なんだかんだ長い付き合いだからなぁ……」
感慨深そうに答える獅子劫。
「サーヴァントとまともに意思疎通もできないつってたし、あのままだとセミラミスってアサシンに何をされるか分からねえぞ」
そう告げるサーヴァントに対して、
「まああいつのことだから何とかなるだろ」
そう適当に返した。
†
「令呪でもって我がサーヴァントに命ずる。張遼、大ピンチだ。至急助けてくれ」
という命令を受けたのが数分前、
「う、うぅ……」
結城は張遼と共にうめき声をあげるドレッドヘアーの魔術師をベッドで介抱していた。
トゥリファスから少し離れた丘にある平屋。結城が所有する小さな家で、今し方救出したマスターと思われる男を見ながら、張遼と結城は話し合っていた。
「まさか、マスターが数人幽閉されてるとはな……」
「セミラミスって時点で毒を盛られるのは覚悟してたけど、毒を盛られた奴がすし詰めになってるとは思わなかったよ」
「飛んだ間抜けどもが聖杯戦争に参加したものだ」
聖堂教会でマスターの集いに参加したことを思い出しながら結城は口を開く。
「全く、踏切のど真ん中に立ってるくらいに脳裏から警戒音がガンガン鳴り響いたのを我慢して誘いに乗っただけの収穫はあったよ」
「……一歩間違えれば、こいつみたいな間抜けどもの一員になってたぞ」
「毒物ならなんとかなるからね」
「毒物じゃなければ、どうなってた?」
「それは……」
少し苛立っているような張遼の声に気圧されて、口篭ってしまう。
「マスターたる自覚を持てとは言わんが、少しは自分の身くらいは考えて動け」
「……了解」
「反省しているならばいい」
声の険を少し和らげた張遼は、その長い髪を揺らしながら尋ねる。
「それで、お前の指示通りこのマスターらしき男を拉致したはいいが、これをどうするつもりだ?」
「……俺たちの行動の指針は覚えているか?」
「ああ。情報収集だろう」
「そうだ。ユグドミレニアのサーヴァントたちの詳細は、君の真名を騙って集めてもらうことができた」
ミレニア城塞で戦闘狂のように模擬戦を繰り広げた張遼による情報で、各サーヴァントの真名とおおよその戦闘能力は把握した。
張遼にはそのような好戦的な伝説は一つ除いて、たくさん残されてはいないが、関羽に関して言えば軍神と称されるほどにはたくさんあるので、疑いの目で見られることは避けられた。
「改めて感謝するよ」
「当然のことをしたまでだ。……だが感謝されるのは気分がいい」
「だったら後で肩叩き券でも出すよ」
「ほう、それは聞き捨てならないな。その約束、絶対に忘れるなよ?」
「……冗談のつもりだったけど、……まあいいや」
上機嫌に頷く張遼の姿を見て、今更ながら子供の真似事をしないといけないのかと少し億劫になりながらも、結城は話を続けた。
「俺たちに足りていないのは、赤の陣営の詳細」
「だな。セミラミスという名を知っただけでも大きいとは思うが」
「それじゃ不十分だね。彼を知り己を知れば百戦危うからず、俺たちが戦うのは十分に情報を手に入れてからだ」
「まず勝ちてしかる後に戦いを求めよというわけか。……我が主君に是非とも知って欲しかった言葉だ」
感慨深く語る張遼だが、残念ながらその嘆きは叶えられないだろう。なにせ、彼らが今引用した二句は孫子兵法と呼ばれる書籍に書かれているもので、その原典は孫武にあれども、その内容は曹操によって編纂されたもの。張遼の主君たる呂布はまさにその曹操によって討ち滅ぼされたのだ。
「だけどその問題も一応の解決が望めそうだ」
「? どういうことだ?」
「……シロウ・コトミネ、あの教会のドンはマスターたちを一箇所に集めて生かし続けていた。おそらくはそのマスターたちのサーヴァントを使役するためだと思われる」
「ふむ。確か赤陣営のマスターは魔術協会とやらが派遣した一流の魔術師たちで構成されているのだったか。魔力タンクとしてはさぞ優秀だろう」
「つまり、赤のサーヴァントを一体獲れば、その全容を確かめられる」
「……この男から奪うのか?」
「それは最終手段。可能であれば、何かしらの形で協力を求めるのが一番いい」
そのためにも起きるまで待つしかない。
そう伝えると結城は椅子から立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
「夕飯作ってくる。張遼はその男の面倒を見てくれないか?」
「……承知した」
少しためて返事をする張遼を確認すると、結城は部屋から出ていった。
ドアが閉まったのち、その場に残った張遼はまだ目を覚まさぬ魔術師を片目で見ながら、思案に耽ることにした。
「結城、……お前はなぜ…………」
とそんな言葉も溢れる。
だが自らの口から出た言葉に、少し驚く。
何を悩んでいるのだ、私は。
そんなもの、夕食時にでも聞けば済む話だろう。
今更遠慮などをするような間柄でもなかろうに。
張遼は目を瞑り小さく息を吐いた。
敵として出会い、友人として過ごし、今は自らの主君となった。
マスターと過ごした時間の長さも濃さも、どのサーヴァントにも負けない自負がある。
そんな二人に、敗因などないだろう。
そう思いながら結城によって運ばれてきた料理を、二人顔を突き合わせながら平らげる。
結局、張遼は問いただすことはできなかった。
自らの疑念を。主君の信念を。
それは気付かぬうちにできてしまった、マスターとの溝なのか。
はたまたうますぎる味噌汁のせいで問うことを忘れてしまっただけなのか。
聖杯大戦の初めての戦闘が行われた夜は過ぎてゆく。
嵐の前の最後の静けさは、穏やかに終わりを告げたのだった。
†
一陣目の嵐。
それはすぐにやってきた。
「……」
引き裂かれた後に、斃れてぴくりとも動かなくなった死体。
「ふん」
その死体を睨み下ろす深緑の長い髪と獅子の耳を持ったサーヴァント、アーチャー。
対して偃月刀を握り締め鎧を身に纏い、最大級の警戒ををする張遼と、彼女に守られるようにして後ろに立つ結城。
つい今し方自らのマスターを殺害したアーチャーが、次の一手として自らのマスターに対して危害を加える可能性が高いと思うのは無理のないことだ。
さらに言えば、目の前にいるのは“赤”のアーチャーだ。“黒”の陣営はすなわちそのまま敵を意味する。
ゆっくりとアーチャーはこちらを向き、口を開く。
「黒のマスター、我がマスターの件世話になった」
「え、……ああ」
屍となったマスターの何が世話になったか理解できず、吃る結城。
「いかに惰弱かつ邪悪であろうとも、自らを召喚したのが何者かすら分からずして戦うところであった。……とはいえ、私の戦いはここで終わることも確か。陣営は違えど、汝らの勝利を祈ろう」
そう宣言するアーチャーは、すでにマスターを失っているために、顕現の限界であった。
存在が消えかかるアーチャーは空前の灯火ながらも、彼女にいまだ警戒を解かない張遼の肩に手を当て、結城が前に出る。
「アーチャー。あんたにも聖杯に託すべき願いがあるはずだ。それを棄てるのか」
「託す願いがあるからこそ召喚に応じた。だが、敗者は消える。それが自然の摂理だ」
「ならば――」
いつにもなく尊大に手を大きく振り上げながら、声を荒げた結城は、姿勢を正した後に両膝を地面につき、両手を60度に合わせ、大きく頭を下げ、
「俺のサーヴァントになってもらえませんか、なんでもしますから」
渾身の土下座を披露した。
フライング気味ですが、アタランテさんに登場いただきました。彼女のマスターがコロコロされちゃった理由は次話で。(お察しの通りではありますけどね)
結城くんのために難易度を選んであげてください!
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イージー(闇堕ちしなければ生存)
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ノーマル(生存は勝者だけの特権)
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ハードコア(Zero仕様)
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ナイトメア(未知の領域)