ゲヘナ風紀委員会、参戦
柴関ラーメンの奥のカウンター席でメニューを選ぶ。最近の楽しみの一つだ。通常のメニューはもうすぐコンプリートする。
「嬢ちゃんは今日は1人なのかい?」
お冷を運びながら大将が話しかけてくる。
「いえ、もうすぐ部下がきます」
そう返事をすると、ちょうどその部下が入ってきた。
「お疲れ様です。室長」
「お疲れ様です。お昼は……まだのようですね」
私の疑問に答えるように部下のお腹が空腹を可愛らしく訴える。
「……はい」
「好きなものを頼んでください。積もる話は食後にしましょう」
2人でラーメンを食べ終わったあと餃子を突きながら話を始める。
「まず、アビドスの対策委員会の調査の結果、あなたの報告書の裏が取れつつあります」
「では!」
「落ち着きなさい。まだ不確定情報も多いですが確実にカイザーコーポレーションは黒です。ただ、裏にまだ何かいます」
「どういうことですか?」
「あなたの報告書によるとこの計画は何十年も前から始まっている巨大プロジェクトです。カイザーコーポレーションはこの土地に投入した資本が回収できる何かしらの価値を見出していると考えて良い。これがあなたの見立てですね?」
「はい」
「今までカイザーコーポレーションは表面上合法的な活動しかしてきませんでした。しかし、今になって、ヘルメット団による襲撃や誘拐など動きが派手になっている」
これは大企業とその企業に借金を背負った自治体の我慢くらべなのだ。その上自治体にめぼしい産業はなく気候的にも逆風となると勝敗は始まる前から決まっている。慌てる理由がない。
「何十年も待てた企業が今になって慌て始めた理由、それは期限が設定されたからでしょう」
「カイザーコーポレーションの上層部でしょうか?」
「いいえ、上層部もある程度は圧力をかけているとは思いますが、アビドスの広大な土地から何かを探そうと言うのです。時間がかかるのは想定済みでしょう」
「では、第三勢力の介入ですか?」
「話が早いですね、その勢力からアビドスに圧をかけるよう指示があったとしか思えないほど不自然です。そしてその勢力の狙いは土地ではない」
「……まさか、生徒?」
「はい、アビドス高校の生徒でしょうね。まあ、誰が標的かの見当はついているのですが」
黒見セリカのように直接誘拐できるような生徒ではない、それならばこんな回りくどい方法は取らない。
「小鳥遊ホシノですか?」
少しせっかちなのは玉に瑕だが、やはりこの子は頭が回る。
「恐らく」
「ど、どうしましょう。どうすれば……先生に相談してみるというのは?」
「先生がその勢力側の人間だった場合詰みです。そうではない確証を得るまではやめておいた方が賢明でしょう」
だからカイザー関連のことは先生には伝えないようにしていた。先生に第三勢力について探っていることを悟られれば何が起こるか現状未知数だ。危険な賭けには出れない。
「安心してください、第三勢力に関しては私が調べています。あなたはこれまで通りカイザーコーポレーションの動向を私に直接報告してください」
正直、アビドスの存続など知ったことではない。学校がなくなったところで生徒が死ぬわけではないからだ。しかし、私の知らない勢力によって生徒やキヴォトスに危害が与えられようとしているなら話は別だ。
「了解しました」
ひと段落ついたところで、この部下には聞いておきたいことがあった。
「どうしてあなたはアビドスのためにここまでしようとするのですか?」
すると部下は少し困ったような顔をする。
「お恥ずかしながらこれは罪滅ぼしなんです」
そして部下はポツポツと話し始めた。元々アビドスで生まれ育ったこと、砂にまみれたこの土地に絶望し去ったこと、D.U.でヴァルキューレに入ったこと、連邦生徒会の役員の不正を暴いたことでアビドスに左遷されたこと、そこで希望を失わずに学校生活を楽しむ対策委員会を見てしまったこと。
「自分の意思で勝手に捨てたのに、裏切られたような気持ちになってしまって」
今にも部下は泣きそうな顔をしている。
「けれど、だから、この場所を今度こそ見捨てずにいようって頑張ったんです。でも、今の私ではこれが限界で……」
私はこの独白を聞いて、かけるべき言葉も何をすればいいかもわからなかった。だから先生の真似をすることにした。
「あなたは立派です。アビドスの皆のために一生懸命頑張って、私が来ましたからもう大丈夫です」
そのあとは泣き出してしまった部下を大将と一緒に慰めながら落ち着くのを待つことになった。
「申し訳ありません、大変お見苦しいところをお見せしました」
「いえ、問題ありません」
すると部下の端末に通信が入る。ゲヘナ担当のヴァルキューレから風紀委員会の大部隊がアビドスに向かっているとのことだった。
部下は「すみません、今日はありがとうございました」と言うと出ていった。
それにしてもゲヘナがわざわざアビドスに大部隊を進軍させるとは嫌な予感しかしない。
その目的を考えていると満面の笑みの大将が近づいてきた。
「さっきの嬢ちゃん格好良かったぜ」
「いえ、あれは先生の真似をしただけですよ」
「そうか……真似か。先生のこと信用しているんだな」
「まさか……ただ、ああ言うときは頼りになりますから」
大将は「そうか、そうか」と言いながら餃子を一皿渡してくる。
「頼んでませんよ?」
「いいんだ、これはサービスだ」
人の善意を受け取らないのは失礼に当たる。正直長々話したので小腹も空いていた。ありがたくいただこう。
すると便利屋68の面々が入って来た、私に気づかずにテーブル席に座る。確か先日の襲撃では日雇傭兵の定時まで粘り撤退させたと聞いている。やはりかなりの長丁場になっていたようだ。
会話を聞く限り、前回の失敗の後、覆面水着団改め対策委員会から譲られてしまった一億をどうするかの相談をしている。襲撃する相手とは意気投合してしまった上、軍資金ももらう形になってしまい相当参っているようだ。
大将が「アビドスさんとこのお友達だろう」などと言っているが、流石に横から「昨日は敵でしたよ」などと口出しするのは憚られる。
突然アルが叫び始める
「友達なんかじゃないわよぉーーー!」
そのまま彼女は「問題はこの店よ」だの、「ハードボイルドに!!アウトローっぽく!!」だのと続け、
「このお店は!お腹いっぱい食べられるし!!あったかくて親切で!話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの雰囲気!ここにいると、みんな仲良しになっちゃう気がするのよ!!」
なぜか柴関ラーメンを褒め始めた。単なる良質クレーマーのようだ。そこで興味を失い第三勢力とどう接触するか考えながら最後の餃子を口に放り込むと、
「それって……こんなお店はぶっ壊してしまおうってことですよね、アル様?」
とんでもない爆弾発言が耳に飛び込んできた。だが、壊すと言ってもあらかじめ爆弾を仕掛けておくか、またはとんでもない膂力の人物でもない限りキヴォトスでも無理だ。その場で暴れるようなら制圧が間に合う。私はそんな勘違いをしてしまった。
それを自覚したのは、起爆装置を押し込む音が聞こえた瞬間だった。
咄嗟に大将を庇い覆い被さる。直後、轟音とともに柴関ラーメンは倒壊した。
背中が重い、ふかふかな暖かい物体を感じる。ゆっくりと目を開ける。光も瓦礫の隙間から差しているし、呼吸もできている。瓦礫に挟まれてはいるものの私の腕力で支えられる重さだ。幸い押しつぶされて窒息するのは避けられたようだ。
腕に力を込め少しずつ瓦礫を持ち上げスペースを確保する。瓦礫の上がどのような状態かはわからないので最低限だ。
「大将、無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。お嬢ちゃんこそ怪我してないか?」
「五体満足ですよ。四肢の感覚に問題ありませんか?」
「うーん、違和感はないと思う」
良かった、どこかが挟まれているということはなさそうだ
「わかりました。すぐに救助が来ますから安心してください」
アビドスの面々はすでに登校しているはずだ。ここまで来るのに時間はかからないだろう。
「お嬢ちゃんは自分の心配をしな」
「そういうわけにはいけません。私は防衛室長なので」
勤めて冷静な声を出す。だが、正直腑が煮えくり返っていた。
大将がいったい何をしたというのだ。美味しいラーメンを作っていただけではないか。
どうして守れないのだ。もう少し真面目に会話を聞いていたら、起爆装置を奪えたかもしれないのに。
そもそも爆発物の流通を規制できていれば……
頭では理解している。今ある手札で可能な最善の状態が今だ。だがそれは同時に現実と擦り合わせた妥協の産物でしかない。だから手が届いていない。それがどうしようもなく……
「お嬢ちゃん……」
「なんですか?」
「あんまり自分を責めないでくれ……」
「……わかりました」
大将の心からの言葉に、私はそう返事をするしかなかった。
予想通り数分で救助が来て瓦礫が取り除かれ、アヤネが大将をシェルターへと連れて行ってくれる。それを見送り現場に戻る。
爆破からはそれなりに時間は経過していたので怒りは収まっていた。
それはそれとして便利屋68にキツめの一発をお見舞いしようと現場に向かうと、
「あんたたち……!!よくもこんなひどいことを!!」
すでにセリカがとんでもない剣幕で怒鳴り散らしているのを見て完全に冷静になってしまった。
それにアルの様子もおかしい、自分を奮い立たせているように見える。だが、セリカの言葉を受けてシロコたちはやる気になってしまっている。
「さあ、かかってきなさい!」
部下に発破をかけられアルは覚悟を決めたようだ。啖呵を切る。
便利屋とアビドスが一触即発となる。刹那、特徴的な落下音が耳に入った。
「っ!砲撃!」
次の瞬間砲弾が便利屋68に目掛けて降り注ぐ。避難が出来ていない住民が逃げ惑い、アルが至近弾に吹き飛ばされた。近頃のギャグアニメでも見ない飛び方だった。
砲撃が収まると爆煙の向こうから綺麗に揃った軍靴の音が迫ってくる。砲弾の威力と精度、攻撃方法、間違いない。
「このタイミングでご登場ですか……ゲヘナ風紀委員会」
アビドス在住のヴァルキューレモブのバックボーンでした。こういう子は割といると思うんですよね。弱小の学校を捨てて強豪校に行った結果馴染めなかった生徒。
こちらの世界でも柴関ラーメンには爆発してもらいます。申し訳ない。
カヤはカイザーとは癒着して意外と色々やり取りしていますが、ゲマトリアを知りません。
そのため先生が結託している可能性を捨てきれていません。
秘密裏にカイザーと取り引きできる相手ですからね。警戒はある意味当然です。