シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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しばしの休息

 柴関ラーメンが爆破された翌日、私はアヤネ達と一緒に大将のお見舞いのため病院を訪れていた。

 

 大将は私が庇ったおかげか目立った外傷はなかったのだが、頭を打ったらしいので精密検査のため入院しているのだ。

 

「大将、体調の方はいかがですか」

 

「元気元気!特に問題なかったら明日には退院できるんだとさ」

 

 大将は笑いながら答える。

 

「でも……大将のお店が……」

 

 セリカは言葉を詰まらせる。

 

「ああ、バイトできなくなっちゃってごめんな、セリカちゃん」

 

「そういう問題じゃないわよ……」

 

「そもそも、もうすぐお店を畳む予定だったからな。予定がちょっと早くなっただけだ」

 

「え?お店を……」

 

「ああ、ちょっと前から退去通知を受け取っていてね」

 

 理事は郊外の市街地も本格的に調査するつもりのようだ。お宝探しには本当に苦戦しているのだろう。

 

「た、退去通知って、なんの話ですか?アビドス自治区の建物の所有者は、アビドス高校で……」

 

 アヤネの発言に違和感を感じる。まるで土地の売却を知らないような……

 

「そうか、君たちは知らなかったんだな」

 

「…何…年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移ったんだ」

 

 大将の発言に皆が驚愕する。ここに来てようやく私は自分の思い違いを自覚する。

 

「その相手というのは?」

 

「確かカイザー何とかって名前だったと思う。悪いな良く覚えてねえや」

 

「一度詳しく調べてみる必要がありそうですね。私は先に失礼します」

 

 アヤネはそう言って出ていく。おおかた地籍図の発行手続きをするのだろう。彼女のすることは堅実だ。

 

「なんだか、わりぃね、変なことになっちまって…」

 

「いいの、だって私たちみんなの問題だから。それより大将!まだ引退なんて考えないでよ!」

 

 セリカは随分と無茶を言う。それだけ思いが強いのだろう。

 

「そういや、ちょっくらベッドの下にあるものを引っ張り出しちゃくれねえか」

 

 すると大将が突然そんなことを言い出した。そして見覚えのある鞄が出てくる。大将曰く焼けた店の前に置いてあったのをシロコが持ってきたらしい。中身は大金だったそうだ。

 

「なんか知っているかい?」

 

 その場にいた全員がなんとか誤魔化そうとする。私も鞄の中身を見せてもらうと見事に新札だけだ。札束を手に取り番号を見る。やはり追跡用の特別な番号が混じっている。

 

「やっぱ、いわくつきの代物かい?」

 

 大将の疑念はもっともだ。

 

「いえ、大丈夫だと思います」

 

 しかし、経緯が経緯だ。ヴァルキューレに届けられても時間の無駄になるだけだ。私の方から追跡解除の手続きをしておこう。

 

「そ、そうですよ。きっと善意の第三者からです。柴関ラーメンを再開するのに使っていいと思います」

 

 ノノミが挙動不審になりながら提案し、

 

「うん、このお金をくれた人たちはきっと柴関ラーメンの味に感動したんだと思う」

 

 セリカも苦し紛れに理由を作るが、お金を渡した人物が複数人と言っているが墓穴ではないだろうか?

 

「そうか、ラーメン屋冥利に尽きるってもんだ」

 

 幸い大将はそれに気づかず、感動したのか泣き出してしまった。

 

「お店が再開したらまたアルバイトとして雇ってよ。大将」

 

「おうよ任せとけ!再開したら真っ先にたらふく食べさせてやらあ!」

 

 そう宣言する大将に「うん、楽しみにしてる」とセリカはとびきりの笑顔を見せた。イイハナシダナー。

 

 

 しかし、その日の対策委員会の会議は暗礁にのりあげてしまった。

 

 理由は単純明快、情報不足だ。私の持っている情報を渡すことも考えたが、先生と第三勢力の関係がわからない以上危険だと思いとどまる。そんな状態で具体的な方針が決まるはずもなく良くない空気だけが溜まっていく。

 

 この雰囲気は好きではない。連邦生徒会の定例会議でもよくなる。あの人はこんなふうに会議が行き詰まった時にはどうしていただろうか?

 

「んー、おっ、ねぇ見て見てー、あの雲、クジラっぽくなーい」

 

 突然ホシノの場違いな言葉が耳の飛び込んできた。

 

 皆は困惑するが、ホシノに引っ張られる形で徐々に雲の形の談義が始まる。すると先ほどの行き詰まった雰囲気はどこへやら和気藹々とした会話になった。先生はその様子を見て何だか嬉しそうだ。

 

「ねぇ、せっかくだからさ水族館に行かない?」

 

 ホシノが笑顔でそう提案する。

 

「今は何もわからない状況なんでしょ」

 

「暗い顔して待ってても結果は変わらないでしょう。だからさ、せめて私は笑顔で待っていたいな」

 

 彼女は今までこうやって対策委員会を支えてきたのだろう。

 

 そこからはとんとん拍子に話が進み先生が引率する社会科見学という形で行くことになった。

 

“不知火さんも来る?”

 

「特に用事もありませんし、私も同行しますよ」

 

“よし、みんなで行こうか”

 

 

 翌朝、早くから電車に揺られ、トリニティの水族館に到着した。

 

 セリカは特に待ちきれなかったのかアヤネの手を取り階段を駆け上がって行く。あの姿を見て彼女らが膨大な借金と戦っていると誰が思うだろうか。

 

 水族館に入ると様々な生き物が出迎えてくれた。セリカやシロコは興味津々だ。彼女達の疑問にはホシノが次々答えてゆく。随分と饒舌だ。本当に好きなのだろう。

 

 私も1人でゆっくり見て回ろうとしたがそうは問屋が下さなかった。まず、熱帯魚のコーナーでクマノミを眺めているとシロコが近づいてきた。

 

「不知火さん、水槽のあの魚は美味しそう?それともかわいい?」

 

 そう言ってカクレクマノミを指差す。

 

「……シロコさんあなた誰かに野蛮だと言われたことはありませんか?」

 

「さっきセリカに言われた」

 

「……そうですか。そもそも美味しそうとかわいいは似たような感情ですよ。食べたいほどかわいいと言うほどですからね。一応言っておきますが、水族館の魚は館の所有物ですから盗んで食べてはダメですよ」

 

「……わかった」

 

「今の間はなんですか!?」

 

 次は極地コーナーでペンギンの骨格標本を観察しているとノノミが話しかけてきた。

 

「不知火さんはホシノ先輩を海の生き物で例えると何に見えます?」

 

 それは私に振る話題だろうか?

 

「敢えて例えるならタコでしょうか?」

 

 特に何も考えずよく見る生き物を答える。

 

「それまた意外な生き物ですね」

 

「タコは変幻自在の面白い生き物ですよ。それに子煩悩で卵につきっきりで世話をしますからね。ホシノさんの後輩のために尽くすところが似ていると思いました」

 

 適当に選んだ理由を捏造するがノノミはそれで納得してくれた。

 

 その後イルカショーを見たが、私は1人のスタッフに気を取られてしまった。どう見てもジェネラルだったからだ。

 

 一旦先生達から離れ、電話をかける。

 

「どうした、私が今日非番なのは知っているだろう」

 

「ロボットで構成される特殊部隊の指揮官が基本非番なのは知っていますよ。ところで今何をしているのですか?」

 

「それはプライバシーの侵害だぞ」

 

「水族館で何をしているかと聞いているのです」

 

「…見ていたのか」

 

「ええ、イルカショー、お見事でしたよ」

 

「あれは暇つぶしだ」

 

「その割には随分と生き生きしていたようですが…」

 

「部下も上司もロボットばかりだと生き物に触れ合いたくなるものだ。ちゃんと許可は貰っている。それに表の顔は水族館の飼育員、しかし裏の顔は大企業お抱えの特殊部隊長……少しカッコよくないか」

 

 知り合いの意外な趣味が発覚した瞬間だった。

 

 

 最後にお土産ショップで買い物になった。

 

“不知火さんはお土産は何か欲しいものはない?私がお金は出すよ“

 

「物品の譲渡は賄賂になりますから、私は遠慮します」

 

“うーん、賄賂でもいいよ。砂漠で助けてもらったお礼もまだしてないし”

 

「生徒の模範であるべき先生がそれでどうするのですか。それに死にかけている人を助けるのは当然のことでしょう」

 

“バレなければ大丈夫だから……マグカップとかどう?毎朝コーヒー飲んでいるでしょ”

 

「香りが届いていましたか……」

 

“いつも楽しませてもらっているよ”

 

「わかりましたよ。この海亀のカップがいいです」

 

 先生は頷くと色違いのものも手に取りカゴにいれる。

 

「先生も同じものを買うのですか」

 

“うん、シャーレで使う時お揃いの方が統一感があっていいと思って”

 

「どうして、どちらもシャーレで使う前提なのですか!」

 

“だって今までずっと紙コップで味気なかったし、同じ形だと洗う時に楽だからこの際一気に買ってしまおうと”

 

「それは確かに合理的ですね」

 

 だが、この後に何を言うかはわかる。伊達に一緒にいないのだ。

 

“だからもしよかったら……”

 

「ご自分で淹れてください、面倒臭い」

 

“ごめん……”

 

 

 帰りの電車の中、対策委員会の皆は寝てしまった。

 

「皆さんお疲れのようですね」

 

“うん、思いっきり楽しめたようで良かった”

 

「私は何事もなくて安心しました。外出するたびに先生はトラブルに巻き込まれていますから」

 

“いつも問題が起こるわけじゃないよ……”

 

「わかっています」

 

“不知火さんも寝ていいんだよ。私が起きておくから“

 

「先生も疲れていないわけではないでしょう。寝過ごすオチが見えます」

 

“じゃあ、何か眠気覚ましに話をしよう。何かある?”

 

「そうですね……先生はアビドスに来て最初の夜を覚えていますか」

 

“もちろん、ホシノと喧嘩した日でしょ”

 

「それはそうですが、そちらではありませんよ」

 

“アビドスの廃校の話?”

 

「はい、キヴォトスにおいて廃校は珍しいことではありません。財政難、他校による吸収合併、逆に大規模化したことによる分裂など、理由は多岐にわたります」

 

“そうだね、私が来る前からたくさんの学校が生まれては消えていったって聞いた”

 

 そうだ、D.U.でも今まさに消えようとしている学校がある。

 

「私は今でもアビドスは廃校にするのが最善だと考えています。けれど……」

 

 アビドスを守りたいと泣いていた彼女を思い出す。

 

「至らないところはありますが、彼女達は本気でアビドスのために奔走していた。その努力を否定することが本当に彼女達の幸せに繋がるのかわからなくなってしまいました」

 

“それでいいんだよ、迷って間違って傷つけて、それを乗り越えてみんな大人になって行くんだ。私の役目はその手助けと取り返しのつかない間違いを止めることだよ”

 

「生徒の銀行強盗に協力した人物から出た言葉とは思えませんね」

 

“少し狡いけどあれは不知火さんなら許してくれるって半分確信していたから“

 

「その確信が間違っていたらどうなさるおつもりだったのですか?」

 

“責任は自分がとるつもりだったから、手が後ろに回っていただろうね。正直ドキドキしてた“

 

「ご自身の社会的地位を生徒のために捨てる覚悟をするとは殊勝な心がけですね」

 

“私は生徒のためならできることは何でもするよ“

 

「しかし、生徒の行動の責任を取るため職を追われるようなことがあれば、それこそ無責任ですよ」

 

“そうだね、それは困る。それにこのままだと私の過ちを正せる人が誰もいないんだ。頼まれてくれるかな、不知火さん?”

 

「当然です。私はそのために来ましたから」

 

“ありがとう、じゃあ私も模範になれるように頑張らないとね”

 

 そのあとアビドスへ着くまでの間、水族館の感想に話の花を咲かせた。




アニメの水族館のシーンでイルカショーのスタッフにジェネラルと同型のロボットがいます。本当です。
ロボットの特殊部隊、多分休みなしで働くか、ずっと暇しているかの二択でしょうね。
ちなみにタコの母親は卵の孵化を見届けるとその一生を終えます。自然界ではよく見る光景ですね。
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