“ホシノを取り返す”
先生は戦闘から帰ってくるなり威勢よく言い放ったものの、すぐに手詰まりになった。セリカの時のようにセントラルネットワークを利用しても見つからなかったのだ。こうなるとゲマトリア側からの接触でもない限り手掛かりすら掴めない。
仕方ないので先生と2人で今回の戦闘の報告書を作る。出来ることでもしておかないと落ち着かないのだ。対策委員会は聞き込みのために出払っている。みんな似たような状態なのだろう。
そんな中、先生が困惑の声を上げる。
“何だこれ?”
「突然どうしたのですか?」
先生はその問いに答えず、趣味の悪い装飾の施された紙を取り出す。それには地図と住所が書かれていた。
「なんですか。これ……」
“書類に挟まってた。ここに1人で来いだって”
「……どう考えても罠でしょう」
“けれど、今はホシノの手がかりがこれしかない。罠でも行くよ”
やはりこの人は大馬鹿なのだろうか。だが、これは逆に利用できる。
「……それならこれを」
懐からこの時のために準備していたものを渡す。
“?”
「発信機のついたお守りです。先生が拉致されても位置を把握できます」
“有効な範囲は?“
「指定された建物までであればここからでも問題はありません」
“ありがとう。今回は使わせてもらうよ”
「そうしてください」
端末を起動し位置情報を問題なく取得できている旨を先生に伝える。
「しかし、どうするつもりですか、契約自体は正式なものですし、シャーレの権限では契約を無効化することはできませんよ。そもそも契約の内容がわかりません」
“いや、契約の無効化はできる“
「仮にそうだとしてもホシノさんの居場所がわかるとは限りません。まさかカイザーPMCの基地を虱潰しに襲撃するつもりではありませんよね」
“それはこっちを何とかしてから考えるよ”
「まあ、それもそうですね。それにしても交渉には随分と自信があるようですね」
“私は先生だからね。こういう時に弱気な姿は見せられないよ“
”じゃあ、行ってきます、カヤ“
「行ってらっしゃい、先生」
先生を見送ってから少しして
「さてと……」
そのまま尾行を開始する。あのお守りには先生には伝えていない機能がある。それは盗聴機能だ。これは距離がそれなり近くないと流石に機能しない。
私の予想ではこれはゲマトリアのことを知る千載一遇のチャンスなのだ。先生との関係もわかる可能性が高い。リスクを見合う価値はある。
先生が建物に入るのを確認してから盗聴を開始する。
“この階であっているはずなんだけど……”
先生の声が隣にいるかのように聞こえる。感度は良好だ。
「お待ちしておりました。先生」
何の前置きもなく知らない声が聞こえた。
「あなたとは一度こうして、顔を合わせてお話ししてみたかったのですよ」
先生とそいつの問答が始まった。
「さて先生の交渉術を聞かせてもらいましょうか……」
「大人のやるべきことですか……」
盗聴を終え、息をほっと吐く。
新しい情報があるとは思っていたが、想像以上だった。時間をかけて整理する必要がある。ただ、欲していた以上の結果が手に入ったと言っていいだろう。
ゲマトリアの黒服、それがホシノを狙った存在の名前だった。彼の言っていた通り先生並みに不可解な存在だ。だが、先生とは関係がないことがほぼ確定した。それにひとまず安心する。
しかしながら問題が一つ発生した。それは問答の終盤、ホシノの居場所を黒服が先生に素直に教えた後のことだった。
「ところで先生、懐のそれは盗聴器のようですが……肝心な生徒に信用されていないとは難儀なものですね。あなたを信じない、そんな他人の責任も取るのですか?」
盗聴が発覚したのだ。その可能性を考慮しなかったわけではないが、こんな形でバレるとは。ここで先生からの信用を失うのはかなり痛い。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
“もちろん、本当に信じる気がないのなら、私はすでにキヴォトスから追い出されている。そんな機会はいくらでもあった。これは彼女が私を信じてくれようとしている証拠だから、私は彼女を信じるよ”
あまりにも先生らしい、自分が信じてもらえると確信しきっている傲慢とも取れる答えだった。
「そうですか、精々頑張って生徒を助けるといいでしょう、微力ながら、幸運を祈ります」
黒服がそれをどう捉えたかのかは分からない。しかし、最後の言葉は本心のように感じた。
先生が建物から出てくる。
「盗聴の件、すみませんでした」
先生が怒ってないのはわかるが頭を下げる。誠意は見せなければ意味がない。
“いいよ。あいつに言った通りだから、ただ次からはこういう時は一緒に行こうね”
予想通りの答えが返ってくる。
「本当に先生はお人好しなのですね」
“そのお人好しは交渉を成功させたよ。ホシノの居場所もわかったし、契約も無効化できた”
「全く……随分と無茶苦茶なことをしますね。退学届にまだサインしてないから手が出せる、なんて。あなたはシャーレの顧問ですよ。先生と生徒の解釈をここまで拡大するなんて……」
“これが大人のやり方だよ”
先生は胸を張って笑う。
「……悪い人ですね、ふふ」
釣られて笑みが溢れる。これで最大の懸念事項は片付いた。黒服の思い通りにはいかなかったということだ。そして理事の行動は先の敗北によって本人の暴走ということになっている。こうなってしまえば、とことん先生に付き合ってやろう。
翌日、私はある目的のために大将の屋台を訪れると、ちょうど金髪の双子の姉妹が「ごちそうさま」と言いながら飛び出してきたところだった。
「可愛らしいお客さんですね」
「おう、柴関ラーメン新装オープン第一号、二号のお客様だな。カヤちゃんは第三号だ。……今日は1人かい?」
「はい、対策委員会は先生と共にゲヘナとトリニティに交渉しに行っています。私は留守番です」
「今の時期にあの二校に行くとはなぁ」
「説明はしたのですが、言っても聞きませんでした」
エデン条約のこと、先生の政治的な立場のことを細々説明して忠告したのだが、先生の決意は揺るがなかった。
「先生らしいな。注文は?」
「柴関ラーメンをお願いします。それにしても立派な屋台ですね」
少し古びているが、よく手入れが行き届いている。
「もともと柴関ラーメンは屋台から始めたんだ。あの店はもともと畳む予定だったから少しずつ使えるように整備してたのさ。それを倉庫から引っ張り出してきたってことよ」
「しかし、ガスや道具一式も揃っています。随分と準備が良いのですね」
「大人ってのは何が起こってもいいように準備しているものさ」
大将が麺の水を切りながら答える。
「もしかして、あのお金は使っていないのですか?」
「もちろん、メモ一つもない、出どころも全くわからない大金を使うなんて危ねえだろ。それに経営者として、何より大人として他の人に失礼だ」
あまりにも真っ当な理由だった。
「それでさ……お見舞いの時は感動してうやむやになっちまったけど、あのお金は便利屋のだろう。違うかい?」
飲んでいた水を吹き出しそうになるのをすんででこらえる。
「なぜ私が知っていると思うのですか?」
「ああ、一番にお金が安全だと言ったのはカヤちゃんだったからさ。普段ならヴァルキューレに届けるべきとかいうだろ」
確かにあの発言は迂闊だったかもしれない。
「順序立てて説明するとな。お見舞いの後、店が突然吹き飛んだ翌日に大金を用意できるような客がいたか心当たりを考えたのさ。その1人が」
「私ですか」
大将は頷く。
「ただ、あの時セリカちゃんは人達と言った。だから違うと思ったんだ」
「もちろん、アビドス高校のみんなだとしたら本当に受け取れねえよ。ただ、ずっと借金と戦っているのは知っているから、あんな金額を用意できるとは考えにくくてな」
「それでどうやってあの額を工面したかはわからないけど便利屋のみんなだろうなと」
「あの日あの子達はラーメンを人数分頼んでいたんだ。何か仕事が成功したのかと思ったし、その直後にあれだろ。理由も十分かなって……よし、お待ちどうさん、柴関ラーメンだ」
美味しそうな湯気をたてるラーメンを置きながら大将は頭を下げてきた。
「カヤちゃんなら事情を知っているだろ、教えてくれよ」
そこまでわかっているのなら隠す方が不誠実だ。それに大将は真実を話しても周りに言いふらすことはないだろう。ラーメンをいただきながら銀行強盗のところは上手く誤魔化し説明をした。
「なるほど……覆面水着団が追跡を逃れるため置いてったお金をあの子ら拾ったのか、それで大金で入ったから豪遊しようとしてああなっちまったと……人生ままならねえな」
大将は遠い目をしている。
「しかし、お金を手に入れて一番最初にしてくれようとしたことが家のラーメンを食べることとは、なんだか複雑な気分だな」
「確かにそうですね。お金の方は希望通りに私が銀行に返しておきます」
「世話になるね。しかしそんなことをして大丈夫なのかい?」
「本来は正式な手続きが必要ですよ。しかし、今回はかなり特殊なケースですし、事情のわかっている私が直接処理した方が早いです」
「ありがとうな、こんなに気を遣ってくれて」
「いいえ、私も大将のラーメンが食べたいだけですよ。ごちそうさまでした」
「おう、俺の喉のつっかえが取れてスッキリしたよ」
「では、私の質問に答えてくださいますか?」
「もちろん、答えられることならいくらでも」
「大将は便利屋68を許しているのですか?」
柴関ラーメンに来た目的、それを果たそう。
大将は素直にあの大金を使うのか…使わないよなーと思って書いていたら、予想以上に膨らみました。実際あの状況なら犯人が置いていったと考えるのが普通でしょうね。