対策委員会がホシノを救出した後、私と先生はD.U.へと戻り事件の後始末に追われていた。そんな中、先生が書類を前に手が止まった。これは相当嫌になったときだ。助けに入る。
「お困りのようですね……これは対策委員会の承認書類ですか」
“そう……この書類を承認すると対策委員会が正式な部活として認められるんだけど、事後承諾になるから発足の経緯から今までの活動記録をまとめなくちゃいけなくて……”
先生は机に突っ伏す。そこで私は先生に伝え忘れていたことを思い出した。
「事後報告になって申し訳ないのですが、アビドス廃校対策委員会はすでに生徒会相当の部活として承認済みです。その書類を作成する必要はありませんよ」
“!!?“
先生はあまりの衝撃に固まっている。
「アビドスの生徒会長の忘れ形見が見つかったのです。彼女は自身の卒業後に在校生がホシノさん1人になり生徒会選挙が行えなくなることを危惧して作成していたようです」
「その書類が申請から漏れているのを発見したので申請と承認をこちらで済ませておきました」
ただ、彼女も「1人だけじゃ生徒会選挙ができない!」程度の考えだったのか。申請書としては不備が多かった。それを修正し見落としたこちらの落ち度だとゴリ押したが、リン行政官を説得するのは理事の書類より骨が折れた。
“やったー”
先生が小躍りを始める。調子のいいことだ。
「正式に承認されたのはホシノさんがカイザーPMCに拘束された日ですね。本当にギリギリのタイミングでした」
“じゃあ、あの時は踏ん張りどころだったんだね…”
「はい、もし皆さんがあそこで負ければ、連邦生徒会はアビドス自治区をカイザーコーポレーションに明け渡すことしかできなかったでしょう」
“便利屋のみんなには感謝しないとね”
「そうですね」
対策委員会が折れそうになった時それを支えたのが便利屋だと聞いている。それにカイザーPMCの決戦にも結局参戦したようだし、その点は感謝するべきだろう。
「それはそれとして前回の作戦行動の被害とその保証、弾薬費などの経費等、まだ書類は多量に残っていますからね」
“ああああ”
先生が現実に戻り膝から崩れ落ちる。
「対策委員会のメンバーをシャーレに加入させた状態で令状も無しに、カイザーの敷地で強制捜査と戦闘を強行したのですよ。当然です。私も手伝いますから頑張りましょう」
そんな山のような書類に終わりが見えた日に、私はカイザーPMCの本社を訪れていた。部屋で待っているとジェネラルとその部下が元理事を引き摺るようにして連れてくる。ジェネラルたちは元理事を座らせ、その後ろに控える。
元理事は対策委員会から逃げ出したものの会社に戻ると軟禁され、今日まで本社からの指示待ちだったと聞いている。
「理事…いえ、元理事このような形で再会することになるとは残念です」
理事は返事をしない。もう自分がカイザーコーポレーションにとって無価値どころか負債になってしまったことを自覚しているのだろう。その背中はとても小さく見える。
「頼まれてあなたに書類を届けにまいりました」
理事は誘拐事件の犯人として指名手配されている。本来はここで解雇通知を受け私に身柄を引き渡される流れになるだろう。本来は……
「あなたはオクトパスバンクの営業部へ転属となります」
その言葉を聞き、元理事が顔を上げる。本気で困惑している。
「馬鹿な…私は仕事を完遂できなかったばかりか、カイザーコーポレーションの評判を地に落としたのだぞ。完全に見限られてもおかしくないのに、どうしてここまで処分が軽い?」
「もっともな疑問ですね。それはあなた自身の努力のおかげですよ」
いまだに混乱する理事に構わず続ける。
「確かに今回は失敗しましたが、貴方が優秀なビジネスマンであることに変わりはありません。人というものは何度でもやり直せます。貴方なら返り咲くのに時間はそう掛かりませんよ」
確かに元理事は罪を犯した。しかしこの事件の黒幕は黒服だ。それにヴァルキューレに引き渡すのはあまり意味がない上、私にとってもリスクが高すぎる。そこでこのような形になった。
「貴方の手腕はプレジデントも買っていましたよ。そうでなければ私の忠言など聞き流され、あなたは僻地の採掘所に送られていたでしょう。異動先はリゾート地のようです。激務の疲れを癒してください」
元理事が私の目を見る。
「何を考えている…」
その声には少し怯えが入っているように感じた。だから笑う、出来るだけ胡散臭そうに。
「もちろん、悪いことを考えていますよ」
「私はあなたにしてほしいことがあるのです」
理事が喉を鳴らす。
「確かカイザー職業育成学校でしたね、それを実現していただきたい」
その私の宣言に理事はポカンとした表情?をした後、肩を振るわせ笑い始めた。
「それが目的か!その程度、貴様の卒業までには実現できるわ!」
「それなら任せましたよ」
「期待していろ!アビドスの仕事に比べれば楽勝だ!」
元理事改め営業職はいつもの調子に戻ったようだ。塞ぎ込んでいるのはらしくないからよかったが、あれではもう一度痛い目に合いそうだ。ジェネラルと共に連れて行かれる一介の営業職員を見送り、部屋を出る。
「お疲れ様だ、防衛室長」
「お疲れ様でした、ジェネラル」
「最後は元気になったからよかったが、やはり人事の仕事は見ているだけでもきついな。私には向かない」
「しかし晴れてカイザーPMCの最高権力者ですよ。出世したのですからもっと喜んでも良いのでは?」
「最高責任者の間違いだろう。私は責任を上に押し付けて現場で自由に仕事したいんだがな」
「プレジデントは現場に責任を負わせているようですが?」
「元理事は良い緩衝材だったんだがな」
「酷い大人ですね」
「言ってくれるな。失敗の責任なんて誰も取りたがらないものだ」
「生徒の行動の責任を取るのが自分の役目だなんて言っている大人もいますけどね」
「それは先生のことだろう。気をつけろ狂人の発想だぞ」
「分かってますよ、もはやあれは責任を奪う域に来ていますからね。先生は責任を取ることが権力を手に入れることと同義なことを理解しているのですかね」
「私は先生ではないから分からん」
そう言ってジェネラルは匙をなげる。
「そういえば、先の戦闘でビナーの陽動をしていただろう。あのとき部下を熱線から庇ってくれていたんだな、改めて感謝する」
ビナーの熱線から校舎を庇おうとした時のことか。確かに校舎で修復を行なっていた隊員を救った形になるのだろう。
「あなた方もキヴォトスの住民ですよ。ならば私が守るのは当然です」
「我々が悪事を働いてもか?」
「あなた方を裁くのは私ではなく法ですよ。悪事を理由に救わなければ法治社会の前提が崩れます」
「君は本当に真面目だな…」
ジェネラルと別れ、ビルから出ると外で待機していた部下が近づいてくる。
「どうでしたか!?」
「ダメでした。すでに解雇しており、行き先を知らないの一点張りで押し通されましたよ」
部下はガックリと項垂れる。
「元気を出してください。ホシノさんは帰ってきましたし、少なくともカイザーPMC理事はその立場を追われています。アビドス高校の借金は無くなりませんでしたが、状況はずっと良くなっています」
「逃がした魚が大きすぎて……」
「では、私とあなたの釣果を報告しましょうか。第三勢力のゲマトリアと接触に成功し、先生との繋がりがなかったことが判明しました。つまり、先生は生徒の味方と考えて良いということです」
先生への疑念と信用を天秤にかけるなら今でも警戒を解くことはできないが、少なくともゲマトリアを相手にするときは味方だ。それが分かっただけで今は十分だ。
「それと理事は重要参考人であり容疑者ではありますが捕まえたところで逃げ道はいくらでも用意しているでしょう。気負いすぎないことです」
「確かに黒服はもとよりゲマトリアすらその痕跡すら掴めていなかった状態からは前進しましたね」
「あなたの調査がなければここまで辿り着くことはできませんでした。誇って良いのですよ」
「ありがとうございます」
「……ところであなたはアビドスに帰ってしまうのですね?」
「はい」
「あなたの捜査能力は優秀です。公安局に戻すために私が一筆書くこともやぶさかではありませんよ」
「…心遣い感謝します。しかし、本官はやはりあの場所が好きです」
「それなら私の権限でアビドス高校への編入を手伝いをしましょうか?皆さんも喜ぶと思いますよ」
「いえ、本官はヴァルキューレ生活安全局員として貴方のもとで働きたいのです」
変な子だ。こんな大嘘つきの私の下で働きたいという。
「わかりました。健闘を祈ります」
「ありがとうございます」
部下を駅まで見送った後、シャーレに戻ると、書類を終わらせ燃え滓になった先生がいた。
「お疲れ様でした、先生」
そう言って先生にコーヒーを渡す。もちろん水族館で買ったマグカップだ。
“コーヒー?カヤが入れたの?”
「はい、今回は特別ですよ。仕事には報酬が必要ですから」
先生は早速、一口飲む。
“おいしいね”
「そうでしょう、私が淹れるコーヒーは連邦生徒会長も好んで飲んでくれました。あの頃の防衛室は閑職同然でしたから、それくらいは手すきの者がするべきだと考えて。そうしたら『美味しい……』と本当に、心から喜んでもらえて」
“嬉しかったんだね”
「はい、ですから、私にとってコーヒーは特別なものなのですよ。けれど時折……ただ一人に責を負わす危うい組織運営に、私も協力していたのかと考えたりもします」
“だから、カヤがいなくても大丈夫な防衛室を作ったんだ”
「はい。ただ、防衛室は今まさに変化している最中です。私という個人に依存しない組織に。私はそのための種を蒔いたに過ぎません。それが花開くまで支えなくてはならない」
“カヤはすごいね。自分がいなくなった後のことを考えて行動するなんて”
「バカにしているのですか?私たちはいずれ卒業してキヴォトスを去ります。当然のことでしょう」
“うーん、立派だよ”
「大袈裟ですよ」
そんな話をしていたらコーヒーを飲み終わる。気持ちよさそうに伸びをする先生を観察していると、一つ気になっていたことを思い出した。
「そういえば忙しくて聴いていなかったのですが、ゲヘナとトリニティはどのように懐柔したのですか」
“トリニティはファウストの子がティーパーティーの1人と友達だったから、彼女の手助けでなんとかなった”
「ほう、縁は結んでおくものですね」
しかし、ブラックマーケットで銀行強盗犯をこなすような生徒とティーパーティーの1人が友達とはすごい縁だ。
“ゲヘナの方はえっと…誠意を見せたから?”
「なんですか?土下座でもしたのですか?」
“う、うん。そんな感じ、そしたらヒナは納得してくれて…”
「嘘ですね」
先生が思いっきり顔を逸らす。
「何をしたのですか!白状しなさい、さもなくばゲヘナのヴァルキューレに探らせることになりますよ!」
“わかったから…………足を……”
「足を?」
“イオリの足を舐めました”
空気が固まる。
“いや誤解してほしくないんだけど、イオリが委員長に合わせるためには足を舐めろって言ってきて”
「舐めたのですか?」
“ちゃんと靴と靴下も脱がせたから”
「舐めたのですね」
“はい”
「そこに直りなさい」
先生は無言で正座する。
“ごめんなさい”
見事な土下座だった。
「生徒相手に何しているんですか」
“足を舐めました”
「それは誠意を見せろという意味でしょう。文字通りに舐める人がいますか?いましたね、ここに。舐めるのは嫌だとか思わなかったのですか?」
“あの時はホシノを救う一心で嫌だとかは全く…”
「少しは躊躇してくださいよ。ゲヘナもゲヘナでどうして助太刀したのですか…」
“足を舐めたから?”
「黙ってください。私が何よりも腹が立つのはあなたが足を舐めたことではありません。それを誤魔化そうとしたことです。ゲヘナで逮捕されてない以上、許されたのは重々承知しています。なら何故誤魔化そうとしたのですか」
“カヤに言うのが恥ずかしかったからです”
「はあぁぁぁ!?」
“ごめんなさい!!”
先生を叱っているとそれを遮るようにシッテムの箱が着信を伝える。
アヤネからの手紙だ。それに先生と共に目を通す。内容はアビドスの近況と私たちへの感謝だった。それに毒気が抜かれてしまう。
「…一応、丸くは収まりましたね。借金は膨大なまま、砂に溢れ、人も減り続け、大して改善はしていませんが……」
“でも、みんな笑顔だ”
「……ええ、まあ、そうですね。貴方の言っていたことも、少しだけわかる様な気がします」
突然、固定電話が鳴り始める。このご時世に珍しいこともあるものだ。
“もしもし……はいシャーレの先生です……初めまして、どう言った要件かな?”
“百夜ノ春ノ…桜花祭?”
少し会話を続け、先生が受話器を置く。
「何やらお困りの生徒がいる様ですね。行きましょうか、先生?」
キヴォトスに生徒がいる限り、先生が休まる日は来ないだろう。ならば私は支えよう。秩序と安寧を取り戻す、私の野望の実現もまだ慌てるような時ではない。
“うん行こう、カヤ”
シッテムの箱に映る鮮やかな桃色のポスターをカップに描かれた海亀が静かに見つめていた。
これにて対策委員会編1章2章は完結です。最後の2話は予約投稿の使用に振り回されてしまいました。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。こんな筆者ですが今後もよろしくお願いします。