草履の少し変わった足音を響かせながら、お祭りの活気に包まれた夜の学園をひた走り目的地に到着する。そこは祭りの喧騒から離れた寂れた廃墟だった。発信機の反応からすると先生はここにいるようだ。天狗のお面をしっかり被り潜入する。祭りの雰囲気に飲まれたのか普段より明らかに大胆な行動をしている。しかし、あれだけ勘違いされただけあって魑魅一座にも面白いぐらい怪しまれない。随分と紛らわしい物を売るお面屋だったようだ。
話し声のする一室を除くと、中には先生と魑魅一座……そして眼帯をつけた人物がいる。堂々と部屋に入り込むが先生すら気づかない。詳しい位置はすでにお祭り運営委員会と修行部に送信した。そのうち来るだろう。誘拐の現行犯でも良かったのだが、話の流れを聞く限り先生が自主的について行ったようなので。まだ様子見でもいいだろう。私は先生に危害が加えられないように見守るだけにする。しかし、イズナだろうか天井からわずかながら気配がする。
そのことを知ってか知らずか先生と眼帯の人物の会話は進む。眼帯の人物のはニャテ・マサムニェと名乗った。商店街の会長をしているようだ。
「私はコミックの悪役なんかとは違う。その手に気づかないとでも思うか?……悪いがその手段は封じさせてもらうよ」
そう言っては
「歳を取ると用心深くなるでな、これは没収することにしよう」
さも自分が老獪な人物だと言っているようだが目的地に到着するまでに端末を奪わないとは油断しすぎではないだろうか。魑魅一座を使った妨害行為の動機もお金のためと凡庸なものだった。自分はお祭り運営委員会よりも稼げると豪語しているが先ほどの詰めの甘さを見るに信用できない。
話題がイズナのことに変わる。天井の気配が反応した。だが、マサムニェは「
すると先生はイズナと行動を共にしたのは自分の意思でイズナは悪くないと言う。
本当にお人好しだ。
“忍者ごっこ……だっけ?”
「……ん?ああ、そうだ。存外その「ごっこ遊び」も役に立ったがな。
それで、その忍者ごっこがどうした?」
“一つ言わせてもらうけど忍者っていうのは……”
なんとなく先生の言いおうとしていることを察した。
“ロマンなんだよ!?”
やっぱり……。マサムニェ達は呆気にとられるが、先生はそれに構わず忍者のかっこよさを力説し始める。この状況でその行動は正気の沙汰ではない。イズナと私がいなかったらどうするつもりだったのか。するとマサムニェが声を上げて笑い始める。
「これは傑作だ!シャーレの先生というから、もう少しくらい話が通じるやつだと
思っていたんだがな!」
マサムニェの目の奥が怪しく光る。
「説得しようと思っていたが止めだ、何を言っているかわからないやつにこれ以上付き合う時間はない!」
そう宣言すると魑魅一座に先生の排除を命令する。それを受け魑魅一座が先生に襲い掛かろうとした刹那、天井の気配が膨れ上がった。先生に駆け寄った瞬間、天井が落ちる。その破片を蹴り飛ばし先生を守る。
振り返ると魑魅一座の一部は天井の下敷きになり混乱が生じている。そして瓦礫の中央には
イズナが立ち、マサムニェを睨みつけていた。
「キヴォトス最強を目指す忍び!真の主君の窮地を救うために、今ここに参りました!」
“イズナ!”
「イズナ!どうして天井から……!?」
囚われの身の主君を忍者が助ける、まるで映画のワンシーンのようだ。しかし、子どもが大人を助けているの絵面なので、配役が逆のような気もする。
「全部聞いていました。雇い主の話も……どんな時もイズナの夢を笑わない、先生の気持ちも」
「イズナはついに見つけました……」
「最初からずっとイズナの夢を応援してくれた、先生の隣でなら……イズナは、これから先もずっと、夢を見続けることができます!」
「ぐっ、裏切るのか、イズナ!?」
「先生……いえ、主殿!」
イズナは振り返り先生に満面の笑みを向ける。
“主殿って……私!?”
「はいっ!今からイズナは、全てを真の主君たる主殿に捧げ、主殿のために戦います!……いざっ!」
そう言うや否やイズナはこちらを睨みつけ突っ込んで来る、あー……お面を被ったままだった……
「イズナさんちょっ、待っ!」
弾を避け、蹴りを捌き、クナイを白羽取りするとそれが爆発する。
強いとは思っていたがここまでとは……矢継ぎ早な攻撃に声をかける余裕すらない。
距離を詰めて制圧しようとしても変わり身の術で素早く仕切り直される。手札が多い上に、搦手もしっかり使ってくる相手の対処は困難だ。このままでは私の手元に可愛らしい狐のぬいぐるみが増えていくだけだ。
「お前、見ない顔だけどすげー強いな」
「いいぞ忍者を倒せ!」
その上なぜか魑魅一座から応援される始末……複雑な気分だ。
ラッシュを受け切るとイズナは肩で息をしていた。
「きょ、強敵ですが、イズナは主殿のために……」
流石に今のは全力だったようだ。しかしこれでまだ一年生なのだから底が見えない。
後2年でどこまで化けるか。だが、ようやく隙らしい隙ができた。
「こんばんは、イズナさん」
そう言いながらお面を少しずらす。
「あなたは朝の!?あの時に助けてくれたのに敵として立ちはだかるのですか!!」
“……待って、イズナ彼女は敵じゃない”
ようやく先生が気づいてくれる。このお面には認識阻害の能力でもあるのだろうか?
「いいえ、先生今は敵です」
私は先生のフォローをあえて否定した。
“!?”
「夢見がちな少女に現実を見せるのに良い機会です」
“……わかった。好きにして、ただ怪我はさせないでね”
「当然です」
先生は私のしたいことを理解したのか、一歩引く。
「イズナさん、あなたが越えるべきキヴォトス最強の完成系の一つ。それを体感させて差し上げます」
“イズナ、胸を借りるつもりで全力でぶつかって”
床に刺さったクナイを抜いて構える。これは時間稼ぎも兼ねている。名乗りは……
「通りすがりのお節介です。改めて全力でかかってきなさい」
これでいいのか?イズナは覚悟を決めたのか深呼吸すると
「百鬼夜行連合学園、一年、久田イズナ!いざ……参ります!」
その掛け声と共に再び戦闘が始まった。
「イズナ流忍法!四方八方もくもくの術!からの奇襲の術!」
イズナが煙幕を展開し視界を奪い死角から攻撃を仕掛けてくるのを、
「甘いですよ」
消しきれていない気配と視覚以外の五感を頼りに防ぎ、逆に手を取り投げ飛ばす。
「くっ!秘技!爆裂手裏剣!」
「それはもう見ました」
手裏剣の攻撃範囲からイズナとの距離を詰めることで逃れ、組みつこうとするが、
「イズナ流忍法!空蝉の術!」
またしても捕まえたのはぬいぐるみだった。手ぶらの魑魅一座に放り渡し、戦闘を続ける。必死に食らいついてくるイズナの攻撃を受け、いなし、何度も放り投げるが中々頑丈で倒れない。
結局、4、5分ほど戦い、全力のイズナが繰り出す全ての技を彼女のクナイ一つで受け切ったところでイズナが膝をついた。魑魅一座でぬいぐるみを持っていない者が存在しないほどの激戦を続けたのだ。
もう限界だ。
「これがあなたの越えるべき壁です。諦めたら楽になれますよ」
荒い息を吐くイズナを見下ろしながら語りかける。
「くはは、ここまで強い魑魅一座がいるとは思っていなかったよ。さあ、この状況でも儂を裏切って、先生の方に付くつもりか?今ならまだ、水に流してやらんでもないぞ!しっかり考えたらどうだ、この愚か者め!」
「忍者は……イズナは……!」
イズナは拳を握り締め、
「イズナの夢を信じてくれた人のために、主殿のために戦うだけです!それこそが、イズナが信じる忍びの道だから!」
気力を振り絞り立ち上がった。
「お見事です」
限界を超え倒れるイズナを支える。
“イズナっ!?”
「大丈夫です。疲れて意識を失っただけです」
「うっ…イズナがここで、倒れるわけ、には……。イズナは、主殿のことを、守らなきゃ……」
イズナが気絶したにも関わらずうわ言のように呟く。大した精神力だ。
「ふん、口だけは達者じゃないか!これで私の勝ちだな、先生!やれ、魑魅一座!」
マサムニェの命令で魑魅一座が対戦車ロケット砲を先生に向け放つが、
「何を言っているのですか。あなたたちの負けですよ」
それが届くことはなかった。突入してきたツバキの盾に防がれたのだ。
「お待たせ、みんな!あとは私たちに任せて!」「先生!大丈夫ですか!?」
「お頭!お待たせしマシタ!」
続けてお祭り運営委員会と残りの修行部のメンバーが突入する。
「魑魅一座が誘拐してきたあと、すぐに連絡手段はたったはず……!?なぜここが!?」
「先生たちのおかげです!」
シズコはマサムニェにスマホの画面を見せつける。そこには先生からのモモトークと私からの
メールが表示されている。ようやくマサムニェは自分の迂闊さに気付いたようだ。
「ぐっ、ここにくる前の段階で、すでに送っていいただと……!?ということは……先生、おぬし攫われたのではなく、全部最初から分かって……!」
先生は口笛を吹いて誤魔化す。
「やるではないか。儂が魑魅一座を束ねているという真実にたどり着くまで、さぞかし多くの困難があっただろう……お祭り運営委員会の委員長、河和シズコよ!」
「え?いや、別に」
シズコがマサムニェの発言をバッサリと否定する。
「私が場所を教えましたから」
そう言ってお面を完全に取り払う。
「なっ、貴様も裏切るのか」
「裏切るも何もそのお方は連邦生徒会防衛室長の不知火カヤさんその人デス!」
フィーナの威勢の良い声で紹介してくれる。
「ご紹介に預かりました不知火カヤです。ニャテ・マサムニェ、観念してください」
マサムニェはポカンとした後、肩を振るわせ怒りを露わにする。
「……ええいっ!馬鹿にして、防衛室長がこのような場所にいるわけなかろう!貴様もまとめて一網打尽にしてくれるわ!覚悟しろ!」
次の瞬間、どこに隠れていたのか魑魅一座がワラワラと出てくる。
「私が間に合わなかったらどうなさるおつもりだったのですか。先生」
“そんなことはないって信じてた”
「……馬鹿ですね」
だが、実際に間に合ったのだからそれ以上言うことがない。
「全力を尽くしたイズナさんへの礼儀です。少し暴れさせてもらいます」
“よしみんな!行くよ!”
こうなれば負ける道理がない。魑魅一座は蹴散らされ、ニャテ・マサムニェ改めニャン天丸は
成敗された。
一件落着したものの魑魅一座の一部が逃げ出したので修行部は残党狩り、お祭り運営委員会は最後の準備に向かった。先生はいつの間にかいなくなっていたイズナを探して別行動だ。まだ祭りは終わっていない。
人の流れに身を任せ、花火を見るため展望台に向かう。イズナが先生に夢を語った場所と聞いている。人気の場所なだけあって、人で溢れかえっていた。人の少ない穴場などは知らないのでここから見ることにする。
花火が始まり、色とりどりの花が空いっぱいに広がった。ホログラムなだけあって理想的な形な上、難しいと言われる青色も鮮やかに表現されている。それに風の影響も受けないのは利点だろう。ただ、音の迫力が物足りない。まあ、細かいことを気にしなければ、
「綺麗ですね……」
それで今は十分だ。視線を巡らすと魑魅一座も見惚れているのが目に入る。彼女たちもなんだかんだ祭りが好きなのだろう。先生とイズナも見つけた。2人で目を輝かせながら見入っている。
観察しているとイズナが花火を背にし、先生に何事かを話し始めた。一見告白のようだが、イズナが先生に跪いたところで違うと悟る。あれは忠誠を誓っているのだろう。普通なら事案だが、周りの人々も微笑ましい目で見ている。イズナの笑顔がなせる技だ。
1人の少女の夢と笑顔が守られた、今宵の事件の顛末はそれ以上でも以下でもない。
こうして百夜ノ春ノ桜花祭は無事にその幕を引いたのだった。
原作のこの話はマサムニェの悪あがきが少し長いですが時代劇ぽくて好きなんですよね。
次回からパヴァーヌ編一章に入ります。お楽しみに!