私はあの日、少女たちに出会った
アビドスの一件の後始末を終えしばらく経った頃、なんの変哲もない事件を解決するシャーレの日常が戻ってきた。
そんなある日、先生がシッテムの箱から顔をあげる。あの顔は知っている厄介ごとが始まる前ぶれだ。
“カヤ、ミレニアムってどんな所?具体的には遭難しない?”
やはりおかしなことを聞いてきた。
「遭難は滅多なことではしないと思います。アビドスとは違って生徒も多いですから、適当に歩けば誰かには会えます」
“良かった。初めて行くところだから少し不安で…”
「あの行き倒れから学んでいたようで安心しました。存じているとは思いますが最近先生の家計簿を管理してくれているユウカさんはミレニアムの生徒ですよ。彼女に案内してもらえば安心だと思います」
実はこの大人、書類仕事が苦手すぎてとうとう生徒に家計簿の管理を任せ始めたのだ。それを知った時は先生とユウカの関係が理解不能になり数秒フリーズしたのを覚えている。
「ちなみにどんな相談が来たのですか?」
“廃部の危機なんだって”
「廃校の危機と比べれば些細な問題ですね。しかしそうなるとユウカさんに案内してもらうのは良くないかもしれません」
“どうして?”
「ユウカさんはミレニアムの生徒会、セミナーの一員ですよ。確か会計担当のはずです」
“そうか、廃部に関する権限を持っているのか”
「ユウカさんの立場からすると先生が介入してくることは出来れば避けたいかもしれません」
“確かに……こっそり行くか“
わかってはいたが、先生にいかないという選択肢はないらしい。
”カヤは来る?”
「ミレニアムでの廃部の危機でしたよね。そこまで大事にはならないでしょうし、今日は定例会議もあるので私は行きません」
“それならいいんだけどね”
「書類もありますから今日中に解決して夜には帰ってきてくださいよ」
“善処するよ。行ってきます、カヤ”
「頑張ってきてくださいよ。行ってらっしゃい、先生」
しかし、その夜先生が帰ってくることはなかった。
翌日、帰ってこない先生の様子を確認するためにミレニアムを訪れたのは昼過ぎになった。昨日の定例会議の直後に起こった事件の収拾に追われたためだ。
その上、先生に連絡をしても要領を得ない説明を繰り返すばかりだったので、何か碌でもないことが起こっている可能性が高い。
駅を出ると見渡す限りの摩天楼だ。例の件の顛末をエンジニア部に説明しに行くいい機会だが
今は後回しだ。
目的の校舎にたどり着くと中からユウカが小走りで出てきた。
「こんにちは、ユウカさん。変わらずご多忙なようで…」
「防衛室長、お迎えできず申し訳ありませんでした」
「いえ、出迎えは不要と伝えていたので問題はないです」
「恐れ入ります。しかし、その格好は?」
「服装に関しては一応お忍びで来ているので人目を引かないためですよ」
いつも通り私は悪目立ちしないようにミレニアムの制服を着ている。ネクタイは連邦生徒会のものだが…
例の元理事の部下はほとんどの地域の制服を網羅していた。こうして1人で他の学園を歩き回る機会がある限りお世話になるだろう。
「それで先生は今どのような状況ですか?」
「先生は今、ゲーム開発部に手を焼いています。ミレニアムでも屈指の問題児ですから。でも悪い子たちではないのでどうかよろしくお願いします」
そう言ってユウカは去っていった。厳しいことも言わないといけない立場だ。その心労は想像に難くない。
「ここですか」
部室に到着する。扉の向こうで何が起こっているかわからないが言い争うような声が聞こえる。慎重に部屋に入るタイミングを探る。部屋の中には4人、いや5人か1人は先生で間違いない。しかし奇妙な気配が一つある。気配を探っているうちに言い争いが収まったので扉をノックした。
「失礼します、先生。私です」
“ど、どうぞ”
部室に入ると、先生と3人の部員がいた。
「ああ、ユズちゃんがまたロッカーに」「あれ?どこかで会った気がするような…」
「パンパカパーン、乱入クエストが受注されました!」
それぞれが思い思いの反応を返してくる。
「私は連邦生徒会防衛室長の不知火カヤです。以後お見知り置きを」
身分証を見せながら自己紹介をすると…
「あなたが先生の話していた!?」「えっ?えっ!えっ!?」
「防衛隊は決して仲間を見捨てません!」
大騒ぎになった。なんとか場が収まるのに少々時間を要した。
「首尾の方はどうなっています?」
落ち着いたところで先生に質問する。
“今部員数の問題をクリアしたところだよ”
「では、別の問題があるのですね」
“うん、今月末までに成果が必要になった”
「それも実質ミレニアムプライスでしかチャンスがありません」
ミドリが補足してくれる。
「なるほど……さて、先生。なにか隠し事をしていますよね?」
今まであえて無視していた質問をすると、先生どころかモモイとミドリの2人も目を逸らす。
“何も隠していないよ……”
「そうですか。ではアリスさんそこに置いてあるものはなんですか」
ずっと気になっていたのだ、部室に置いてある場違いなほどの大きな銃が。
「はい、これはアリスの専用装備!光の剣:スーパーノヴァです!」
「なるほど、武器ですか」
試しに持ってみる。凄まじい重さだ。あのゴリアテで丁度だろう。到底、人の扱う武器ではない。先生をじっと睨みつける。
“実は…”
とうとう先生は白状した。だが、判明したのは予想外の事実だった。
「連邦生徒会長が封鎖していた廃墟からロボットの少女を拾ってきたと言いましたか?」
“はい”
先生は仁王立ちする私の前に正座している。
「あまつさえ、部員の数を揃えるために学生証まで偽造したと……」
“間違いありません…”
もちろん、モモイとミドリも正座している。
「ねえ、ミドリ。ユウカ以上にバレちゃいけない人にバレてない?」
「お、終わりだ私達逮捕されちゃうんだ……」
2人は悲観に暮れているがこちらはそれどころではない。
「先生は彼女の正体に心当たりはありますか?」
“ないです”
「少しは調べました?」
“全く……”
私の中で何かが切れた。
「貴方は連邦"捜査"部なんですよ!?こんな怪しいところしかない状態で放置されてたガイノイドを連れて帰っておいてどうしてなんの調査もしないんですか!?!?して下さいよ"捜査"!」
私は一気にそう叫ぶと一旦深呼吸して心を落ち着ける。
“何か起こった時は私が責任を取るから……”
「なら責任を取るためにも最低限の義務は果たしてくださいよ」
“ごめん”
「ただ、先生に入室資格があったとなると会長から先生に託されたものと考えるのが自然でしょう」
“多分ね”
「それならば、先生がアリスの監視を主に行ってください、調査はこちらで進めてみます」
“心当たりがあるの?”
「ええ、少し思い当たる節があるので……ただ、期待はしないでくださいよ」
恐らく廃墟の情報統制と封印を行っていたのはSRT特殊学園のはずだ。あらゆる勢力から独立した連邦生徒会長の直属の私兵集団……。責任者不在のため閉鎖し、ヴァルキューレへの編入が予定されている学校だ。昨日の事件でその一部と個人的な関係を持つことに成功した。それが突破口になるかもしれない。
そしてヴェリタスの協力があったとはいえ、こうも簡単に天下のミレニアムが偽装学生を許すとは思えない。何か裏がある可能性もある。セミナーにも探りを入れなくてはならない。
すると不安そうなアリスに袖を引かれる。
「どうかしましたか」
「アリスは追放されるのですか?」
「そんなことはありません。大丈夫ですよ」
少なくとも今のアリスの状態は安定しているように見える。ここで無闇な刺激を与えるのは良くない。
「モモイさん、ミドリさん、本来ならあなた方とアリスさんには相応の処分が必要ですが、アリスさんに免じて今回に限り不問とします」
2人がその言葉を聞き、パッと目を輝かせる。
「じゃあ」
「はい、アリスさんをゲーム開発部の部員として迎え入れることを許しましょう」
2人は途端にアリスに抱きつくと喜びをあらわにする。
「たった1日でよくここまで状況を混沌とさせられますね……」
“私も何が来てもいいように身構えていたのにこの展開にはびっくりしたよ”
「驚いている暇があったら少しは調べてくださいよ」
“それは本当に申し訳ない……”
この大人は……ため息を一つして話題を変えることにする。
「それにしてもこの部室は見事にゲーム機ばかりですね」
ゲーム以外に置いてあるのはお菓子と部員達の銃ぐらいだ。
“不知火さんはゲームするの?”
「将棋とチェスを少々嗜んでいますね」
「レトロゲームを超えた骨董品が出てきた」
モモイが驚きの声を上げる。
「失礼ですね。歴史と伝統のあるゲームと言ってください」
「トリニティみたいだね」
それは褒め言葉なのだろうか?
「そう言うあなた方はどのようなゲームを作っているのですか?」
「よくぞ聞いてくれました! 私たちゲーム開発部はレトロ風ゲームを作っているんだ」
モモイが胸を張りながら答える。
「どのような?」
その質問をした瞬間モモイとミドリが目を逸らす。
「ええとTSCってゲーム」
しどろもどろになりながらモモイが答える。その名は私が忘れたくても忘れられない名前だ。
「TSC?TSCとはあのTSCですか?あのロールプレイングゲームの!?」
思わず食い気味に聞いてしまう。
「ええと、防衛室長にも知ってもらえているとは光栄です…」
ミドリが気圧されながら答える。
「もちろんですとも私が初めてしたテレビゲームですよ」
“「「ええ”」」
“クリアしたの?“
「はい、あれはとても素晴らしい体験でした」
満面の笑みを浮かべ答える。本気で面白かったと直接ゲーム製作者に伝える機会があるとは外出するものである。
“「「「!?“」」」
だが、それに反して先生達は珍獣を見るような目を向けてくる。普通製作者は自分の作品を褒められたら喜ぶのではないだろうか?奇妙な反応だ。仕方ないので経緯を説明する。
「普段はテレビゲームはしないのですが、アオイ室長から勧められまして、部下との話題作りのためにも多少は知っておく必要があると思い…」
“ハマったんだ”
「その通りです。現実離れした世界観、一工夫いる程よい難易度、楽しい体験でした」
「一工夫?」「程よい?」
モモイとミドリの困惑が伝わる。何か間違っただろうか?
「ネットの評価は見なかったの?」
恐る恐るといった感じでモモイが聞いてくる。
「不思議なことを聞きますね。ネットでゲームの何がわかるのですか?」
“「「「……?“」」」
もはやこの奇妙な雰囲気について来れていないのはアリスだけだ。
「えっと、他の人の感想とか気になりませんでしたか?」
ミドリがそう聞いてくる
「それならアオイ室長とTSCの話題で話が弾みましたし特に…」
そこまで言った時、突然ロッカーが開き涙で顔をぐしょぐしょにした少女が出てくる。
「わ、私こんな幸せでいいのかな?作ったゲームを3人も楽しんでくれた人がいるってわかるなんて」
そう呟きながら手をついて泣き始める。
「ああ、ユズ!これで取り合えず涙拭いて!」
「ユズちゃんが幸せのキャパオーバーで大変なことに!」
「ユズが状態異常になっています。解呪魔法を!?」
またしても大騒ぎが始まる。
“彼女がゲーム開発部、部長のユズ”
「ええ…」
これが私とゲーム開発部の出会いだった。
総決算で不思議な付箋ゲームを作る彼女はゲームに対する感覚が独特な気がします。勝手に設置を盛って申し訳ない。ちなみに筆者はユズを嬉し泣きさせたかっただけです。次回もお楽しみに!