高層階特有の強風に晒されながら私はカンナと一緒に飛ばされないように外壁に指を食い込ませビルを登る。
凹凸の少ない外壁だ。私が先行して壁に穴を開けながら下のカンナが手をかけやすいようにして進んで行く。
「ひやあああああぁぁっ!」
それにしても先ほどから突風が吹くたびに女性の悲鳴のような甲高い音が周囲に響き渡っている。おおかた、建物を風が吹き抜ける音なのだろうがここまでうるさいとは思わなかった。
「も、問題ないとは言いましたが……これはあまりにも……」
すると下からカンナの弱音が聞こえる。
「口答えせずに登りなさい」
彼女の気持ちもわかるが、ここで止まれば足止めをした警備職員の努力が報われない。
「……了解」
それをカンナも理解しているのか、無言でついて来る。彼女が私のペースについて来れる人材で良かった。これなら先回りできるだろう。
推定したランデブーポイントに到着し室外機の影に身を潜める。少しして扉が開く音がする。
「クリア!」
「了解、出入り口を封鎖」
ギリギリ間に合った。FOX小隊は周囲の安全を確認しながら、出入り口にバリケードを手際よく築いていく。
「本当にFOX小隊だったとは……」
カンナが小声で呟く。
「間違いなさそうですね。ここは私が交渉します」
「了解」
相手の正体と規模が完全に判明した以上隠れている意味はない。
「こんにちは、こんな所で奇遇ですね。FOX小隊の皆さん」
カンナを連れて挨拶と共に姿を現すとFOX小隊はこちらに油断なく銃を構える。
「……ヴァルキューレの駄犬とその飼い主がどうしてここに?」
黒髪の小隊長のユキノが構えを解く事なく聞いてくる。SRTがヴァルキューレを下に見ていることは知っていたがここまでとは……
「貴様ら!どこに襲撃を仕掛けたか分かって言っているのか!」
「言わせておきなさい。世間知らずの小狐に政治というものを教える良い機会です」
激昂し今にも襲いかかりそうなカンナを制止する。
「……わかりました」
納得の仕切れない表情で渋々とカンナが下がる。すると回転翼機の飛行音が近づいてきた。
「クロノスの報道ヘリのようです」
カンナが耳打ちしてくる。
「事件の発生から到着までが早すぎます、あれが回収用のヘリです。近づけさせないでください」
「……随分と立派な銃座が出てきたのですが」
「私の聞きたい返事はそれではありませんね」
「……了解」
カンナがヘリと銃撃戦を始める。拳銃一つでSRTのヘリと互角に渡り合っている彼女は私の背中を預けるに相応しい十分優秀な猟犬だ。決して駄犬などではない。
「……1人で私たちと戦うつもりなのか」
ユキノが私から目を逸らさずに聞いてくる。
「まさか、私はあなた方と交渉をしに来ただけです。戦いに来たわけではありません」
「ふざけたことを」
「ふざけているのはあなた方の方ですよ」
毅然とした態度で言い切る。
「あなた方には待機命令が出ていたはずです。そもそも連邦生徒会長の指示なしでの作戦行動は重大な規則違反にあたります」
「そんなことは承知の上だ。それに待機命令は連邦生徒会長のものではない、私たちがそれを遵守する必要はない。そして今回の襲撃した役員の不正は確認している。その証拠を手に入れた」
やはり、FOX小隊の目的はSRT閉鎖派の失脚とその褒賞による復権だ。そもそもSRT閉鎖派は脛に傷を持つものばかりだ。難しくはない、かつてのSRTならば……
「
ユキノの銃がわずかに揺れる。思うところはあるようだ。
「その証拠を渡してくださるのであれば私が手助けして差し上げられます」
「カイザーグループと癒着している防衛室を信用することはできない」
思わずため息が漏れそうになる。
「信用?つまらない事を言いますね、今は感情を捨てて単純な損得で考えなさい。このまま証拠を持ち帰ったところで、SRTは閉鎖どころかあなた方の学籍データすら抹消され閉校になり、それで終わりです。私に渡せば、閉鎖派と交渉し譲歩を引き出すことができます」
「取引に応じる気はない。私たちは私たちの信じる正義のために行動する」
「つまり独善というわけですね」
「……なんとでも言えばいい、お前に私たちSRTを止める権利はない」
「しかしですね、ユキノさん。防衛室としてはあなた方のようなテロリストを止める立場にいるのですから……」
「よくしゃべる ……」
ユキノがそう呟くと間髪入れずに引き金を絞った。眉間に二発、正確な射撃だ。
「っ!?」
直後、その顔が驚愕に染まる。
「なんのつもりですか、ユキノさん?」
私が何事もなかったかのように立っていたからだろう。平静を装って余裕のある態度を演じる。
「お前は本当に文官か!?」
正直普通に痛いし引っ叩いてやりたい。だが、今の銃撃でこの交渉は成功すると確信できた。一時の感情でふいにするものではない。
「おや、本気で私を傷つける気で撃ったのですか?
FOX小隊が初めて怯む。
「暴力は相手を交渉の席に着かせるための手段の一つでしかありません」
「このような方法でSRTの復権など望めるものですか。危険因子として切り捨てられる格好の口実になるだけです。あなた方は自分たちだけではなく後輩やSRT全体を危機に陥れたと自覚するべきですよ」
「私たちはただ自分たちの学校を守りたいだけだ……」
ユキノのその言葉で対策委員会を思い出す。だが、
「そのために規則を破ってもいいと?」
彼女達はルールの中で戦っていた。
「あいつらは学校を閉鎖しようとした上犯罪者だ……」
「それでは私刑と何も変わりませんよ」
ホシノは理事に手を出すのを堪えていた。
「だったらどうすれば良かったんだ……」
とうとうユキノが銃を下ろす。彼女達は導いてくれる人がいなくなってしまったのだ。不安だっただろう。
「何もしなければ良かったのですよ。いつも通り食べて寝て訓練をして、次の責任者が決まるまで待てば良かった。それが閉鎖派に対する最大の抵抗でした。しかしながら、あなた方の短絡的な行動によりSRTの閉鎖は覆らない所までいくでしょう」
「……」
「貴方だってもう理解しているでしょう。SRT存続のために今は私に協力するしかないことは……」
「なら、約束してくれ、必ずSRTを再興すると……」
ユキノが不安そうな声でそう懇願する。
「ええ、お約束いたしましょう。その代わり私のもとで働いてもらいますよ」
「……わかった、FOX2」
「了解!」
ニコが証拠の書類を渡してくる。内容を確認し本物だと確信する。
「ふふ、これで私たちは共犯ですね。これからは私があなた方の行動の責任を取ります」
「では、最初の命令です。交渉が終了するまで潜伏してください」
「……了解」
FOX小隊は撤収の準備を手早く終える。
「公安局長、説得が終わりましたから戦闘を中止してください」
「わかりました」
カンナの注意が逸れた隙に、ヘリがワイヤーを伸ばしながらFOX小隊に接近し、電光石火で回収する。もはや曲芸のような練度だ。
「なっ!逃すか!」
「戦闘を中止せよと命令しましたよ」
事情のわかっていないカンナを止め、空に消えていくヘリを見送った。
「どうして逃走を許したのですか?」
「政治的判断です」
FOX小隊の残したバリケードを解体しながら、カンナの質問に答える。
「どういうことですか?」
「これは連邦生徒会長直属の部隊によるテロです。公になれば連邦生徒会とSRTの汚点になってしまいます。この場合、内密に処理した方がお互いにとって利益があります」
「………」
「それにこれ以上連邦生徒会が求心力を失えば、その影響はキヴォトス全域に広がります。もちろん現場のあなた達にもです。それは絶対に避けなくてはなりません」
「……一筋縄ではいきませんね」
カンナがなんとも言えない表情をしている。
「そもそも公安局はこのような組織犯罪を未然に防ぐのが仕事でしょう」
「……申し訳ありません」
「まあ、まだ特殊部隊の相手は荷が重いでしょうね。それにこの事件は我々連邦生徒会の責任でもあります」
私たちの判断がもっと早ければFOX小隊がここまでの凶行に及ぶことはなかっただろう。
「あなたは政治屋としては子犬も同然です。もう少し清濁合わせ飲めるようになるべきです。そうすれば、自分の正義を貫けるようになるでしょう」
「善処します」
「ただ、今日は助かりました。カンナさんはコーヒーを嗜むと聞きますし、お礼にコーヒーはいかがですか?好みの銘柄などがあれば遠慮なく言ってください」
「眠気覚ましに飲む程度ですので特に……」
「そうですか、残念です。まあ、美味しいコーヒーを淹れておきます」
「いえ、そんな……」
「遠慮しないでください」
「それでも……」
結局、FOX小隊の説得よりも遠慮するカンナにコーヒーを飲みにくる約束を取り付ける方が難しかった。
その後、SRTの閉鎖がリンの権限で決定しSRTの生徒はヴァルキューレに編入されることが決まった。ただし、私が関係各所と交渉したことにより、FOX小隊の襲撃は秘匿された。特にSRT閉鎖派は私が手に入れた証拠のこともあり、完全閉鎖には消極的になった。これにより学籍データは維持され、連邦生徒会長の復帰を条件にいつでもSRTが復活できるように取り計らうことができた。これがFOX小隊の起こした襲撃事件の顛末だった。
SRTから見たらあの状況はミッションインポッシブル3のようですね。FOX襲撃、SRT閉鎖、カヤと取引という順番のはずなのでこういうことも起こってたのかも……
ちなみにヨワヨワカヤならカンナに背負わせて登る予定でした。