シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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G.Bible

 ネルと共に無名の守護者を退けて数日後、ヴェリタスからG.Bibleの解析が済んだとの知らせがあった日に、私はリオに呼び出されセミナーの執務室を訪れていた。

 

「初めまして私は超天才清楚系病弱美少女の明星ヒマリです」

 

 鈴のなるような声が部屋に響く。今日は昨日とは違いこの密会にもう1人参加者がいる。いや、新参者は私の方だが……

 

「初めまして、連邦生徒会防衛室長の不知火カヤです」

 

 ヒマリの謎の肩書きを全力で無視し返事をする。ヒマリは車椅子に座った一見病弱そうに見える白髪の美人だ。その第一印象に反して非常に活動的でお喋りな人物である。ヴァルキューレの情報通信局によるとキヴォトスにおいてソフトウェアの理解、構築に関しては彼女の右に出るものはいない天才だと聞いている。しかし、セミナーの支配に対するカウンターであるクラッカー集団、ヴェリタスの部長だ。つまるところ要注意人物の1人だ。

 

「それにしても、驚きましたよ。あのリオがこの会談に外部の人間を呼ぶなんて、目の当たりにした今も信じられません」

 

「私が信用に足る人物だと判断した。それだけよ」

 

「ほお……」

 

 ヒマリが値踏みをするように見てくるが、

 

「……まあ、あのリオが信用したのです。私が疑うわけにはいけませんね」

 

そう言って目線を外す。リオの信用は私が思っていた以上に重いものだったようだ。

 

 するとリオが頭を下げてくる。

 

「先日は戦闘に巻き込んでごめんなさい、改めて謝罪するわ」

 

 いまだに引きずっていたらしい、責任感が強いのだろう。

 

「いえ、気にしていませんよ。荒ごとには仕事柄慣れていますから」

 

 そう言って謝罪を受け入れ本題に入ろうとしたところ……

 

「リオはまた人に迷惑をかけたのですか?全く……」

 

 ヒマリの言葉がそれを遮る。

 

「だから今謝罪したわ、これで問題ないでしょう」

 

「そういうことではありません、リオ」

 

「どういうことなの?」

 

「いちいち説明しなければ分かりませんか?」

 

 まるで親や姉のようにヒマリがリオに説教を始める。気の置けない仲のようだ。ただ、ヒマリの皮肉混じりの正論をリオが字面通りに受け取るものだから長引いている。

 

「お二人が仲が良いのは分かりましたから、そろそろ本題の方をお願いしたいのですが……」

 

止めようと会話に割り込むと

 

「「仲良くないわ・ありません」」

 

2人の声が見事に被った。

 

「「………」」

 

同時にお互いをなんとも言えない顔で見つめ合う、この2人は普段からこうなのだろうか。

 

「見苦しい所を見せたわね」

 

「勝手に巻き込まないでください。見苦しいのはリオのことでしょう。私は…」

 

「そういう話では……」

 

 今度はリオがヒマリを嗜め始める。

 

「本題を!」

 

 2人きりの時にはどうやって会議をしていたのだろうか。

 

 

「まずは報告ですね。ゲーム開発部の回収したG.Bibleの解析が完了しました」

 

 ヒマリが成果の報告を始める。

 

「G.Bible自体に特筆する点はありませんでしたが、内部に<key>という名のG.Bibleとは無関係のフォルダが確認されました。これが不知火さんから報告のあったDivi:Sion Systemと名乗ったプログラムの正体だと推測されます」

 

 目の前のモニターにフォルダの中身が展開される。門外漢なので見ても何が何やらわからない。

 

「……驚いた。見たことのない機械語ね」

 

 だが、リオにもわからないことがわかったようだ。

 

「未知の言語ということですか?」

 

「ええ、信じられないような構成をしている」

 

「ヒマリさんは理解できるのですか?」

 

「いいえ、流石に全知の称号を持つ私でも初見の機械語の完全な解読は難しいです。ただし、ファイルに欠損が多いことはわかっています。あんなゲーム機に大容量の情報を入れようとしたせいでしょうね。不完全です」

 

「壊れてしまったという理解でいいのですか?」

 

「少し違いますね。ファイルの機能自体は維持できているのですが、明らかにデータが足りない状態です。例えるなら記憶喪失のようなものでしょうか。現状、脅威度は低いと考えています」

 

「念の為、ゲーム機からは通信機器を物理的に取り払った上で返却しました」

 

「わかったわ、次にアリスの戦闘能力に関して報告よ」

 

 リオの報告が始める。模擬戦でもしたのだろうか。

 

「不知火さんも確認したそうだけど、アリスの攻撃能力の大半は光の剣に集中している。つまり、光の剣を無力化さえ出来れば、アリスも脅威ではないと考えるわ」

 

「方法はあるのですか?」

 

「本来あれは戦艦の主砲になる予定だったと聞いているわ、遠隔操作用の通信機能ぐらいはあるでしょう。そこに停止コードを送れば無力化できるはずよ」

 

「ならば、問題はなさそうですね」

 

「しかし、現状の情報だけではアリスがAL-1Sかの断定はできないわね」

 

「情報があったと考えられる肝心の<key>がこれでは難しいでしょうね。期待したのですが…」

 

「それを踏まえた上で今後の方針を決める必要があるわ。まずはアリスの処遇についてよ」

 

「デカグラマトンとの関係も不明なままですし、断定できる情報が出るまで破壊は中止ですね」

 

「私もそれで構わないわ」

 

「私もヒマリさんの意見に賛成です。現状では破壊どころか拘束する口実もありませんからね。ただし、万が一に備えて破壊の準備自体は進めるべきです」

 

「それは私の方で進めておく」

 

「私たちですよ、リオさん。関わった以上最後まで付き合いますよ」

 

「……」

 

「ちなみにアリスさんの正体については基本秘匿する方針でいいのですか?」

 

「ええ、まだ断定できるほど情報も集まっていない中、公表して間違っていたら大問題です。それに書面上とはいえミレニアムに入学した以上、生徒としてこの学校で平穏な生活をする権利があります」

 

「しかし、彼女は生徒ではないわ」

 

「リオさん、ここで問題なのは生徒かどうかよりも、セミナーとしての面子ですよ」

 

「リオと違ってあなたは話がわかってくれて助かりますね」

 

「私はあなたの話を理解しているはずだけど……」

 

「そういうところですよ」

 

 ヒマリに言いくるめられてリオが少し不貞腐れる。

 

「次に廃墟のデカグラマトンについてだけど、こちらは私の方で調査組織を立ち上げる予定よ。その時にはあなた達にも協力してもらうことになると思う」

 

「あなたの下につくのは癪ですが、まあアリスさんのためなら構いませんよ」

 

「ヒマリさん……」

 

 彼女はいちいちリオに噛み付かないと気が済まないのだろうか?

 

「これで全部かしら?他に意見は?」

 

 リオはそれを見事に無視し、会議を進行する。

 

「私から最後に一つ確認があります」

 

 実はずっと気になっていることを聞くことにする。

 

「何かしらカヤさん?」

 

「先生はどうしましょうか?」

 

「先生?シャーレの先生のこと?」

 

「はい、状況的に先生はアリスさんを連邦生徒会長に託されたと考えられます。彼女の正体に関する考察を共有すべきと考えますがどうでしょうか?」

 

「……反対ですね」

 

 意外にも反対意見を言い出したのはヒマリだった。

 

「現在のアリスに関する考察は妄想の域を出ていません。このような不確定情報でシャーレを振り回すわけにはいけませんし、正体が確定してからでも遅くはないでしょう」

 

「そうね、現状無名の守護者の足止めはAMASとC&Cで事足りているし、調査自体も手詰まりというわけでもない。それに秘密を守るためにも知っているものが少ない方が好都合よ」

 

「わかりました。先生には調査中とだけ伝えておきます」

 

 

会談を終えゲーム開発部を訪れると、そこには

 

「ふふっ、ふへへへへ、全部終わった!おしまいだぁ!!!」

 

そう言って笑うだけのモモイ、

 

「アリスちゃん、ごめん……今は何も話したくない気分なの……」

 

会話を拒むミドリに、

 

「怒り、破滅、腐食、絶望、虚脱……世界は今、破滅に向かって……」

 

もはや何を言っているかわからないユズと死屍累々であった。唯一ゲーム開発部の中でアリスだけが皆に話しかけ続けている。その光景をなんとも味のある表情で先生が眺めている。

 

「これは何事ですか、先生。……もしかしてG.Bibleのせいですか?」

 

“そうだよ、最後の頼みの綱が切られちゃったんだ“

 

そう言って先生はG.Bibleの内容を説明してくれた。

 

 

「……なるほど、肝心のG.Bibleの内容が『ゲームを愛しなさい』という技術的なものではなく基本的な心構えを説くものだったことに絶望しているのですね……」

 

 こちらでもG.Bibleは一波乱起こしたようだ。

 

“ゲーム作りの極意が手に入ると期待していたからね。その分反動もすごかったみたい”

 

 改めて見るとモモイはデイリークエストをこなす気すら失い、ミドリは真顔で少し怖い、ユズはロッカーに引きこもり震えている。誰がどう見ても重症だ。

 

「今のみんなの姿は……まるで正気がログアウトしたみたいです」

 

 アリスの言葉にモモイが叫ぶ。

 

「仕方ないじゃん、最後の手段だったのに!それが、あんな誰でも知っている文章が一つ入っているだけだなんて!釣りにも程がある!」

 

「知ってた!世界にはそんな、それ一つで全部が変わって上手く行くような、便利な方法なんか無いって!でも期待ぐらいしたっていいじゃん!うわあぁぁぁんっ!」

 

 そしてまた泣き始めてしまった。

 

「はあ……。ごめんね、アリスちゃん……私たちは……G.Bibleなしじゃ、良いゲームは作れない……」

 

 ミドリも諦め切っている。

 

「いいえ、否定します」

 

 ただ、当然アリスは諦めていない。理由は簡単だ。その主張には反証が存在するからだ。彼女達が当たり前すぎて見落としているそれは……

 

「アリスは「テイルズ・サガ・クロニクル」をやるたびに思います。あのゲームは、面白いです」

 

 そう、G.Bibleなしでも彼女達は面白いゲームを、少なくともこの場にいる2人は面白いと思えるゲームを世に送り出しているのだ。アリスは語る。あのゲームから感じる製作者の愛を、そんなたくさんの想いが込められた世界を旅することで胸が高鳴ること。新しい世界で旅をする夢を見るような感覚を一生懸命説明する。

 

「だから、待望のエンディングに近づくほどに、あんなに苦しんだのに、思ってしまうのです…。この夢が、覚めなければいいのに……と。アリスはそう思うのです」

 

 そう締めくくるとアリスは満面の笑みを見せる。この様子を見るとアリスが世界の敵だとは到底考えられない。少し幼いながらも友人を気遣う心優しい1人の生徒に見える。

 

「……作ろう」

 

 ユズの覚悟は決まったようだ。ダメだったら私も励まそうと思っていたのだが杞憂に終わった。彼女なりの決別なのだろう。かつての夢と辛い過去の話をし始める。

 

 初めて作ったTSCのプロトタイプが評価がとても低く、その心ないコメントが原因でゲーム開発部に引きこもってしまったこと。そこにモモイとミドリが面白かったと、一緒に作りたいと訪ねてきてくれたこと。結局一緒に作ったTSCは今年のクソゲーランキング一位を取ってしまったこと。その後にアリス、そして私がやってきて、夢が叶ったこと。

 

「あの時に、心の通じ合う大事な仲間たちと、一緒にゲームを作って、それを面白いって言ってもらう……ずっと1人で思い描いているだけだった、その夢が叶ったの」

 

「これ以上は、欲張りかもだけど。叶うなら、わたしはこの夢が……この先も終わらないでほしい」

 

「うん、よし!」

 

 その決意に満ちた眼差しにモモイも覚悟を決めたようだ。

 

「ねえ、今からミレニアムプライスまで、時間どれぐらい残ってる?」

 

「6日と4時間38分です」

 

 アリスが答える。

 

「それだけあれば、十分!さあ、ゲーム開発部一同!「テイルズ・サガ・クロニクル2」の開発、始めよう!!」

 

「「「うん!」」」

 

 この様子を見るにG.Bibleはしっかりとその効果を発揮したようだ。しかし一つだけ気になることがある。それは……

 

「……先生。もしかして、私たちがいなくても大丈夫だったのでは?」

 

“……そうかも”




パヴァーヌ編の特徴なのですけど、生徒、特にモモイの物語を引っ張る力が強すぎて先生がほとんど背景になっているんですよね。まあ、ある意味青春の物語のあるべき姿のような気もします。
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