その日の内から泊まり込みでのTSC2の開発が始まった。なんでも一週間という期間はゲーム作りにはかなり短い期間らしく、余裕はないそうだ。ただ、構想自体は前々から進めていたらしくTSCのノウハウを活用すれば間に合う計算だと聞いた。
私はアリスの観察も兼ねて先生と共に通うことにした。先生にはアリスの正体は特定できなかったと伝えておいた。嘘は言っていない。肝心の先生は“カヤが言うなら”とあっさり流してしまった。もう少し食い下がってくださいという言葉が喉から出かかったがなんとか飲み込んだ。
それとは別に私自身も見ているだけでは暇なので、ゲーム作りの手伝いをすることにした。とは言ってもシナリオもイラストも描けず、プログラムなんてもってのほかの私にできることは…
「頑張る皆さんにコーヒーをお持ちしました。目の覚めるブラックですよ」
部員の健康管理ぐらいだ。疲れの出てくる時間になったのでコーヒーを淹れたのだが、
「苦いです…」「アリス、毒状態になりました!!」「エナジードリンクの方がいいや」
「!?」
評価は散々だった。
「せ、先生!?このコーヒーはそんなに苦いですか?」
確かめるためにも先生に飲んでもらう。
“うーん。確かに苦味は控えめだけど、まだモモイたちには早いかな?”
そこまで苦味の強くない豆を使ったはずだし、自分でも味見して確認した。現にユズは無言で飲んでいる。……いや、ゲーム作りに集中して味わっていない気がする
「そんな…いえ、ここで諦めたらコーヒー好きの名が廃ります。少し待っていてください。コーヒーが苦いだけの飲み物ではないと教えてあげます」
コーヒーよりもエナジードリンクの方が良いなどあっていいはずがない。あれはカフェインも糖分も多すぎる。常用すれば健康に関わる。
「初めからきちんと甘みを付けるべきでしたね」
キッチンに入り、前提から見直す。子供っぽいと避けていたが、よく考えなくても私たちはまだ子供だ。背伸びを強要する必要はないだろう。砂糖とミルクを加え、その理想的なバランスを探る。しばらく試行錯誤した後…
「これでどうですか!渾身の出来です!」
改めて淹れたコーヒーを持っていく。だが、口にした3人とも無言だ。
「……だめでしたか?」
恐る恐る聞くと、
「ごめん、おいしくってびっくりしてた」
モモイのその言葉に安堵する。
「ふふ、流石は私、完璧です」
“その割にはキッチンに2時間近く引きこもってたけどね”
「黙ってください」
翌日、ゲーム開発部を訪れるとアリス以外の皆目にクマを作っていた。やはり徹夜をしていたらしい。ふらふらの状態で作業をしている。
「適度な休息は作業効率のためにも必要です。徹夜はスパートをかける最後の三日に残しておいた方が良いですよ」
「でも、私たちには時間がもうないですから……」
ミドリがそう言いながら作業を続けようとするが線が上手く引けずに何度も書き直している。モモイは文章が進んでいないし、ユズは明らかに作業スピードが落ちている。
「皆さん、見るからに作業効率が落ちていますからせめて仮眠を取ってください、寝なければ思考がまとまりませんよ。何日も徹夜をしても大丈夫なのはまだ若いからです。しかし、期限までこんな生活サイクルを続ければ最終日まで体が持ちませんよ」
そう言いながら部室に布団を広げる。
「ちょっと待ってよ!それズルじゃん!」
モモイが抗議の声を上げるがもう遅い。
「こうなる事を見越して先に用意していました。お風呂もためておきました。出たら温めた砂糖入りのミルクが用意されていることでしょう」
「わあぁぁぁぁっ!」
まず、叫びながらモモイが飛び出していき、無言でミドリがそれに続く。アリスはよくわかっていないようなので回復の時間だと伝えると2人を追って出ていった。
“恐ろしい罠だ”
「それに引っかかっていない人もいますけどね」
ユズだけが部屋に残って作業を続けている。
「蒸しタオルを用意しているのでそれで体を拭いて布団に入ってください。目に疲労が溜まっていますからホットアイマスクも使ってください」
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
ユズは蒸しタオルを受け取ると体を拭きながら聞いてくる。
「当然、私のためですよ。私がTSC2を遊びたいからです」
それを聞いたユズは少し笑うと
「ありがとうございます」
そう言ってアイマスクを着け、布団に入り15分ほど休むと見違えるように作業が進むようになった。
ちなみにアリスは一晩でゲーム開発の基本を習得して単純な作業の手伝いをしているらしい。恐ろしい学習能力だ。私もゲーム開発を横目で見ながら出先でできる仕事をする。
そして小腹の空いてくる時間になった。
「間食を用意しましたよ。サンドイッチです。一口大に切っておきましたので合間にどうぞ」
一つ一つ具を変えて楽しめるようにしてある自信作だ。コーヒーのような失敗は繰り返さない。
“不知火さんって料理できたんだ”
「なんかサプリとか飲んでいるイメージだった」
しかし、先生とモモイにけちょんけちょんに言われてしまう。
「そんなわけないでしょう。健全な食事と睡眠は健康な体のためには必須です。このぐらいはできて当然ですよ」
「それに日々の食事がサプリやインスタントばかりなのは先生の方ではないですか。もう少し食事に気を遣ったほうが良いですよ。いつ体を壊してもおかしくありません」
“耳が痛い”
「忙しいのは理解していますが、まともに食事をする機会が生徒に誘われた時ぐらいなのは大問題ですよ」
“……ごめんなさい”
「先生って私達よりも不健康な生活をしてるんだね。大人の特権ってやつ?」
モモイのその言葉に
“「そんなことはないよ・ありません”」
先生と私の言葉が重なった。
そんな様子で前半戦が終り、後半戦が始まる。
「皆さん着替えの服を用意しました。お風呂は溜まっています。ここから先は休むことはできません。あとは分かりますね」
「お風呂入ってきまーす」「私もお風呂いただきます」「アリスも回復してきます。ユズはどうしますか?」「今日は私も入る」
そう言ってゲーム開発部は最後の追い込みのために準備を始める。この頃になるとアリスは即戦力を超えた状態になっていた。しかし、観察を続けるほど兵器とは思えない行動を取っている。本当に知らなければ少し変わった生徒で済んでしまうだろう。本当はなんの変哲もないロボットであることが理想だが、果たしてどうなるか。
そして最後の追い込みの後半戦はあっという間に終わってしまい。ゲーム開発部は提出期限のギリギリまで作業を続けた。その結果……
「お姉ちゃん!まだ!?」
「ま、待って、急かさないで!あとこれだけ入力すれば終わりだから……!」
「あと2分だよ!?急かさずにはいられないって!」
とんでもなく追い詰められ、モモイとミドリの切羽詰まった声が部室に響くことになった。
「正確には96秒です、そう言っている間に93秒……」
アリスは秒刻みでカウントしている。
「わ、分かった分かった!もうできたから!」
モモイは提出用の書類を作成し、
「こっちは簡単なテストだけやって……うんっ。エラーは出てない、モモイ!」
ユズはゲームの最終チェックを終わらせる。
「オッケー!ファイルをアップロード、完了まで予想時間……15秒!アリス、あと何秒!?」
「残り19秒です……!」
「お、お願い……!」
ミドリの祈るような声が耳に入る。一つでもトラブルがあれば即終了だ。その気持ちは理解できる。
「転送完了……」
モモイが呟く。無事に願いは届いたようだ。画面にミレニアムプライスへの参加受付が完了しましたと表示される。
「間に合ったああぁぁあ!」
モモイが叫びながら大の字に倒れ、
「ギリギリ……心臓止まるかと思った……」
ユズが胸を抑えながらへたり込む。
「あとは……3日後の発表を待つだけ、だね」
逆にミドリは余裕そうな笑みを浮かべているが、足が震えている。
そんな中、モモイがTSC2のweb版を先にアップロードしようと言い始めた。部屋が驚きに包まれる。
「ど、どうして?」
ミドリの問いにモモイは答える。
「3日間も待てないよ!それに、審査員の評価よりも先に、ユーザーの反応を見たくない!?」
「確かに審査員の目に止まるための話題作りのためにも先にアップロードするのは有効ですね」
私もモモイの案に賛同する。
「うーん、でもちょっと怖いかも……低評価コメントも心配だし」
「何言ってるのさ!そもそも、ミレニアムプライスに出品するため
それでも及び腰のミドリをモモイは励ます。すると
「……うん、アップしよう」
この部室で最も臆病なはずのユズがそう言い始めた。
「作品っていうのは……見てくれる人、遊んでくれる人がいてこそ、完成されるものだと思うから。わたしは……わたしたちのゲームを、きちんと完成させたい」
「ユズちゃん……」
心配そうな表情をミドリがユズに向ける。
「大丈夫。もし前みたいに、低評価コメントのオンパレードになったとしても……。全力で頑張ったから。それに……みんなが一緒だがら、きっと受け止められる」
「わたしはもう、大丈夫」
ユズは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「それじゃあ今すぐアップロードー!」
モモイがすぐに行動に移す。
「ああっ!ま、待って!心の準備が……!」
ミドリが止めようとするも手遅れだ。
「転送完了!プレイして感想がもらえるまで少なくとも2、3時間はかかるだろうし、後はしばしの休憩ってことで!」
「はあ、そうだね」
するとアリスがコンピューターの電源をつけて、その前に座り込む。曰く、反応が来るのを待つようだ。他の部員もそれに倣い、部室を異様な雰囲気が包み込む。
投稿から数分で早速コメントが付く。部員が喰らいつくようにみるが、残念ながら批判コメントだった。アリスが発信者にビームを撃とうとするのを宥める。段々と中立と期待のコメントも増え始めた。いや、通知が止まらない。
「す、すごい!なんか私たちのゲーム、めちゃくちゃ期待されてない!?」
モモイが歓喜の声を上げるが、
「全体的になんか、「時限爆弾を楽しそうに解除しようとしてる」感じっていうか……」「怖いもの見たさ、みたいな……」
ミドリとユズは懐疑的なようだ。
「それで良いのですよ。悪名は無名に勝る。初動は上々、話題性も十分のようですね」
“後はどこまで跳ねるか……”
そんな心配をよそにダウンロード数は2000を突破した。有名なポータルサイトに記事が載ったようだ。衝動的にアップロードしたにしては動きが早い、ヴェリタスが動いたのだろうか。
「……ドキドキします」
アリスが期待に満ちた表情で呟き、
「うぅっ!期待と不安で、心臓が爆発しそう!」
モモイがそう言った途端、爆発音と共に部屋が震えた。
初めて作品を投稿したとき筆者も似たような気分になっていたと思います。あの期待と不安はなかなか味わえるものではありません。それとエナドリをソラのように常飲するのは内臓がやられるので本当に注意しましょう。年取った時に透析が必要になってしまいます。次回もお楽しみに。