「「……よろしくお願いします」」
アリスと将棋盤を挟んでお互いに頭を下げる。今日はミレニアムプライスの発表日、ゲーム開発部の部室にてアリスと一局指していた。早指しなのもあり小気味の良いリズムで盤面の状況が変化する。こうして2人で将棋を指すようになったのは保健室で暇そうにしていたアリスにチェスと将棋を教えたのが始まりだ。最初は駒の動きすら知らなかったアリスだが、今では飛車角金抜きの私といい勝負ができるようになっている。
今回のG.Bibleを、そしてアリスをめぐる一連の騒動はC&Cが全て
それと、アリスはネルが見事にトラウマになったらしくメイド服を見るだけで逃げ出し、ネルの名前を聞けばユズのようにロッカーに籠るようになってしまった。それをわざわざ揶揄ったモモイはミドリから叱られ、私からは拳骨をもらい見事なたんこぶを作った。
肝心のアリスは私の目の前で盤面を凝視している。ロボットなだけあって詰みに気づくのがとても早い。しかし、何度か対局するうちに同時に人らしいミスをするのに気がつくこともできた。今も先ほどの悪手を挽回できないのか唸り始める。しかしこれは早指しだ、もう時間はない。
「……………参りました」
時間いっぱい粘った後にそう言ってアリスが頭を下げ、投了した。
「では、感想戦と行きますか」
「うわーん、初めはカヤの方が駒が少なかったのに逆転されてます!!」
「取った駒を自分の駒として利用できると言うのはチェスにはない将棋の独自のルールですからね。一度打ち倒した敵ならば、こちらの兵力として利用できるわけです」
「………つまり、昨日の敵は今日の友と言うことですね!」
アリスが無垢な笑みをこちらに向ける。正直その発想はなかった。
「随分と甘い解釈ですが、まあその理解で問題ありません」
ちなみに部屋の隅にはアリスに手本を見せると意気込んで私と対局した挙句、10分ほどで負かされた先生がミドリに慰められている。
「先生は指揮は上手いのにどうして将棋は下手なんですか?」
ミドリはミドリで先生にそんなこと聞いている。
“実戦とゲームは違うから……”
そう答えると先生はまた小さくなる。あれは立ち直るのにもう少しかかるだろう。飛車角金銀抜きでコテンパンにするのはやりすぎたかもしれない。ミドリは理解できてないようなので先生に代わって説明することにする。
「まずは実戦では「部下がどのような駒にあたるのか」から考えなくてはなりません。これには経験と時間そして才能が不可欠です。それに先生の戦い方はゲーム的な制限を課せられると途端に弱くなるので、そこも影響しているでしょうね。実戦向きの才覚なのですよ」
すると、そわそわしているモモイが目に入る。
「次はモモイさんも一局どうですか?」
「よーし、先生とアリスの仇を取ってあげるからね!本気で来て!」
待ってましたとばかりに意気込むモモイを5分程度で負かした所で、ミレニアムプライスの中継が始まった。この結果次第でゲーム開発部の進退が決まるのだ。皆で食い入るように見つめる。
司会のコトリがたびたび話を脱線させながらも進行する。彼女の所属するエンジニア部もゲーム開発部と同様にお咎めなしだった。そして今年のミレニアムプライスはセミナーが「成果」を求めるようになったため最多の応募数だそうだ。コトリの司会は続く。
「……そして!今キヴォトスのインターネット上でセンセーションを巻き起こしている、レトロ風ゲーム、テイルズ・サガ・クロニクル2などなど!今回出品された三桁の応募作品のうち、栄光の座を手にするのは、たったの7作品!」
TSC2という言葉を聞いてユズが緊張から喉を鳴らす。
「目論見通り注目されているようですね。これは期待できますね」
安心させるためにも声をかける。すでに人事を尽くして天命を待つ段階だ。私たちには静かに祈りながら見守ることしかできない。一応リオにも結果をリークするように要求したのだが、関係者以外には教えられないの一点張りだった。そして7位から発表が始まる。そのトップバッターは……
「光学迷彩下着?」
エンジニア部の作成したという中々に度し難いものだった。
“深く考えない方が良さそう……”
そして、6位………3位、2位と次々発表されていく、それでもゲーム開発部の名前は出てこない。数が減るたびに部屋の緊張感が高まる。そして2位でもゲーム開発部の名前は呼ばれなかった。
「っていうことは……!」
そしてそのモモイの期待と恐怖の入り混じった声と共に部室の緊張が一気に高まる。
「最後に!今回のミレニアムプライスで、最高の栄誉を受賞した作品です!その1位は……」
もう他人の心臓の音が聞こえそうになるぐらい引き締まった空気だ。
「CMの後で!」
だが、最悪の肩透かしをくらってしまった。
「アリスっっ!!!」「充電完了、いつでも撃てます!」「気持ちは分かる!気持ちは分かるけれど、授賞式会場もこの画面も撃っちゃダメ……!」
荒ぶるモモイとアリスをミドリがなんとか宥める。
「もう、焦らさないでほしい……」
モモイの呟きに全てが詰まっている。
「全くです、こちらは他人事だというのに緊張させられているのですよ」
「何言ってるの?カヤはもう他人じゃないよ」
モモイが私の言葉に食いついてくる。
「そう言われて悪い気はしませんが、私はあくまで部外者ですから」
「そんなことないよ!廃墟にもついて来てくれて、アリスについても色々調べてくれて、それにゲーム作りを手伝ってくれたし、一緒に謝ってくれた。私たちは友達でしょ」
「そんなことは……」
「先生とカヤはパーティーメンバーです!」
アリスにもダメ押しされてしまった。
「分かってますよ。ただ、口に出すのが恥ずかしいだけです」
そんな会話をしているうちにCMが終わる。
「さあ!それでは発表します!待望の一位は……新素材開発部」
その名前が聞こえた瞬間、モモイが無言でディスプレイに向けて銃を乱射した。哀れなディスプレイには防弾処理が施されているはずもなく粉々に砕ける。
「うえぇぇん!今度こそ終わりだぁぁぁぁぁ!!」
モモイの泣き声がミレニアムの空に響いた。
部室の空気は重く暗い。この時点で廃部が決まってしまったのだから無理もない。ただ、TSCはシリーズとして確実に進歩した。それは否定することのできない事実だ。しかし、「成果」がなければ、皆はバラバラになってしまう。そんな中、
「わたし、寮に戻る」
この部室で最も他人を恐れる少女が覚悟を決め、宣言する。
「もうわたしのことを、クソゲー開発者って呼ぶ人はいないと思う。ううん、もし仮にいたとしても、大丈夫。今のわたしには……みんながいるから」
ユズはそう言って笑顔を見せた。するとユズはこちらを向く。
「だから、そんな顔をしなくても大丈夫です」
どうやら気持ちが顔に出てしまっていたらしい。
「自分で考えている以上にわたしはここが気に入っていたようですね……」
「ふふ、ありがとうございます」
「そして先生、先生がいてくれたから、私たちだけでは到底無理なものに手が届きましたし、何よりカヤさんやアリスちゃんに出会えました。感謝します」
ユズは深々と頭を下げる。
「そこで、アリスちゃんのことなんですけど……」
その言葉に先生はアリスに向き直り、
“アリス、シャーレに来る?”
と問いかけた。アリスは少し考えた後、
「先生たちは信じられますから大丈夫です」
そう答えるが、
「でも……もうみんなとは……一緒に、いられないんですね」
瞳を潤ませながらアリスはそう呟く。本当に彼女の創造主は何を思って涙を流す機能をつけたのだろうか。それを見てミドリとモモイがなんとかアリスを引き止めようとする。私も何か声を掛けようとした時、近づいてくる足音に気づく。念の為、懐に手を入れた瞬間、
「モモイ!ミドリ!アリスちゃん!ユズ!」
そんな叫び声と共にノックもなしに部室の扉が開き、ユウカが飛び込んでくる。
突然の会計の来襲に半ばパニックになったモモイが泣きながら彼女に罵声を浴びせるも
「おめでとう!」
それに構わずユウカは満面の笑みでそう言った。部室に困惑が広がる。ユウカ以外の誰も状況を理解できていない。皮肉にしては悪趣味すぎるし、笑顔に悪意を感じない。
「え、何この反応?結果、見ていなかったの?」
「ちゃんと見ましたよ」
ミドリが7位以内に入らなかったこと、それが原因でモモイがディスプレイを破壊したことを説明すると、ユウカは呆れながらも、自分のスマホで今の放送を見せてくれる。そこには笑顔でゲーム開発部のTSC2が特別賞を受賞したことを高らかに宣言する審査員が映っていた。
「本当におめでとう!その、実は私もプレイしてみたの。決して手放しに面白かったとは言えないけど……良いゲームを遊んだ後の、あの独特な感覚が味わえた」
ユウカにしてはベタ褒めだ。するとマキまで現れ、TSC2の感想とネットでの反応を伝えてくれる。大絶賛だそうだ。アリスもそれを確認する。
ユウカ曰く廃部に対し「臨時の猶予」が付いたこと、私の知らない前言の撤回と謝罪、そして改めてTSC2の感想と事務手続きの案内をすると凄まじい勢いで去っていった。このためだけにセミナーの業務を投げ出して来たようだ。
ここに来てようやくゲーム開発部が現実に追いつく。部屋が歓喜に包まれた。唯一アリスだけが状況を飲み込めていない。モモイとミドリが事情を説明すると段々と理解できて来たようだ。
「えっと、つ、つまり、アリスはこれからも……みんなと一緒にいて、良いのですか……?」
今だに混乱しながらもアリスがそう聞くと
「うんっ」「これからも、よろしくね……!」
モモイとユズがそれぞれそう答え、モモイはアリスに抱きつき「これからも一緒だよ」と声をかける。アリスは安心したのか、目尻に涙を浮かべながら
「はい!これからも、よろしくお願いします」
そう締め括る。そんな光景を見ながら……
「良かった……」
私はボロボロと涙が溢れていた。たったの二週間程度の付き合いだったが彼女たちが死力を尽くしていたのを私は知っている。最後は寝る間も惜しんでTSC2の完成度を上げていたのをこの目で見ていた。モモイたちがこちらの様子に気づく。
「!?」「室長って泣くんだ」「カヤが一番喜んでいます!!」“子供が志望校に合格した親みたい…”
相変わらず好き勝手言ってくれる。
「それは喜びますよ。今までの皆さんの努力が報われたのですから」
そう言うと私はモモイたちに囲まれもみくちゃにされる。こんなことは柄ではないのだが、今は身を任せよう。正直、問題は山積みだし、先生には言えない秘密が増え続けている。けれど今は今だけはこの喜びに浸っても誰も文句は言わないだろう。
後日アリスの監視をリオに引き継ぐ際にミレニアムプライスの内容を確認すると一位を取った新素材開発部の作品はデカグラマトンのビナー、その外殻の素材を分析し、再現を目指した新素材だったそうだ。これは現状でもあらゆる機械的、化学的負荷に対し凄まじい耐性をほこり、加工も手順は複雑ながらも再現性は高く性能の割には経済的と「実用性」という観点では圧倒的だったようだ。
ただし、ビナーの素材の入手経緯が経緯なため、目立たなくさせるためにも話題性も十分あり、僅かに入賞に届かなかったTSC2に最後に特別賞を与えることで、注目をさらわせる算段だったそうだ。彼女らしい合理性にゲーム開発部は振り回され救われたようだ。そのことを伝えても本人は全く理解できていなかったところも含めて実に彼女らしかった。
ちなみにここの世界線ではTSC2はミレニアムプライス受賞後に、先生、アオイ、カヤ、リンのメンバーでプレイしました。