シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

36 / 55
間話 革命のイワン・クパーラ 中編

 事務局から脱出は無事に成功し旧校舎へと向かう。しかしその道のりは険しいものだった。発見されないように普段は使用されない山道を使うことになったからだ。

 

「足が痛くて一歩も歩けないっ!」

 

 案の定チェリノが体力の限界に達し癇癪を起こし始めてしまった。

 

「はあ、私が背負いましょうか?」

 

「断る!おんぶしてもらうならカムラッドがいい!」

 

「このガキ……」と出かかった声を飲み込んで代わりに理由を聞く。

 

「私の何が不満なのですか。後学のためにお伺いしたいのですが」

 

「なんだ、そんなこともわからないのか?お前にはおいらの護衛という大事な役目があるからな!こっちの方が好都合……ひゃあ!」

 

 思った以上にちゃんとした理由だった。八つ当たりでチェリノを不意打ち気味に持ち上げる。そして待ってくれていた先生の背中に乗せ、持参していた紐で固定する。これで2人の負担は減るはずだ。

 

「まるで、おんぶ紐みたいで可愛……いえ、威厳で溢れています!」

 

 トモエの言葉にチェリノも満更ではなさそうだ。それどころかトモエは記念写真を撮り始めてしまう。挙句、返り咲きマリナの粛清が終わった後ずっとおんぶしてもらおうなどと大真面目に言い出す始末だ。全く危機感がない。これでいいのかレッドウィンター……

 

 結局、旧校舎に辿り着くまで二時間近く、そのうち半分をチェリノを背負って歩いた先生の膝は、生まれたての子鹿のようになっていた。

 

 

 旧校舎は廃墟のような建物だ。チェリノは「熊でも出そうだ」と言い滞在を渋るが、トモエもさるもの、あっという間にチェリノを言いくるめてやる気にさせる。

 

「よし、それではここをおいらたちの新たな拠点として、事務局を取り戻すとしよう!」

 

 当然そんなチェリノの宣言に抗議の声が上がる。

 

「誰ですか!勝手にそんなことを決めているのは!」

 

 そこには見知った顔がいた、ノドカとシグレだ。彼女たちは227号特別クラスの生徒だ。望遠鏡を担ぎ先生を遠距離から眺めている所を私に捕えられたノドカ。先生が遭難した時にいち早く見つけ山小屋に保護してくれたシグレの2人だ。

 

「お久しぶりですね、ノドカさん、シグレさん。お元気そうで何よりです」

 

「あぁぁ!!あなたは私を取り押さえた連邦生徒会の人!!」

 

「不知火さんだっけ、遭難した先生を助けたお礼をしてくれた時以来かな?」

 

 つかみは上々、後は滞在の許可を取り付けるだけだ。

 

「お前たちは誰だ?」

 

だが、チェリノがその正直すぎる一言を発端にノドカと口論を初めてしまう。口論のレベルはみるみるうちに下がり、最終的にはお互いにチビだと言い合う不毛なものに発展改め、退化していく。

 

“小学生の喧嘩だ……”

 

 これには流石の先生も苦笑いを見せる。トモエが2人を諌めるようとするも苦戦している。

 

「どっちがチビなのか決着をつけたいのであれば、ちょうど良い方法があるよ」

 

そんな中、シグレの一言で流れが変わった。

 

「昔から、真の大人はお酒をどれだけ飲んでも酔わない……って言われてるでしょう?」

 

 私の脳裏には酔っ払うカイザーグループの面々が浮かぶ。泣き始める理事、すぐに寝てしまうジェネラル、昔話を繰り返すだけになるプレジデント……彼らはシグレの言う理論では子供になってしまう。それはさておき、シグレの「特性カンポット」による「飲み比べ」でチェリノとノドカか白黒つけることになる。だが、流石に未成年の飲酒の可能性を見過ごすわけにはいかない。

 

「失礼します」

 

 シグレからカンポットを奪い取る。

 

「発酵していないかだけ確かめさせてもらいますよ」

 

「相変わらずお堅いね……もしかして飲みたいだけ?」

 

「笑えない冗談はよしてください」

 

 瓶の蓋を開け、まずは香り……は正常だ。そして味は……ひと匙すくい取ると口に含む。次の瞬間殺人的な甘さが口の中で弾けた。頭の痛くなるような甘さだ。

 

「ね、発酵してないでしょ」

 

 シグレが笑顔で苦しむ私の顔を覗き込む。絶対に彼女はこうなることとわかっていた。ここまでコーヒーが欲しくなったのは初めてだ。

 

「まあ、問題ないでしょう」

 

 口の中が砂糖の塊でジャリジャリする中、なんとか平静を保ち返事をする。アルコールがないのは確かだ。

 

「じゃあ、防衛室長のお墨付きも貰えた所で、よーい……スタート!」

 

 シグレの合図でチェリノとノドカの飲み比べが始まった。

 

 

 1時間後、私たちはレッドウィンター連邦学園の誇る図書館に向かっていた。飲み比べはチェリノが予想以上の根性を見せて勝利し、今はノドカとシグレも引き連れて移動している。目的は反撃のために知識解放戦線の部員を引き入れること……は表向きの目的で、本当は単にチェリノが旧校舎よりも良い環境で昼寝をしたいだけである。

 

 そんな理由で安全な潜伏先である旧校舎から移動を強いられたのだが、心配に反して図書館は事務局から遠く、保安委員でもおいそれと手出しできないのか、それともマリナがまだ追手が出せるほどの余裕がないのか、特に発見されることなく到着した。

 

 中に入ると確かに旧校舎よりもはるかに昼寝に向いた環境がそこには広がっている。ちなみにレッドウィンターの図書館には他の学校にはあまり見られないある特色がある。それは、

 

「えへへ、やっと手に入れました!ルリエル先生の新作「シャル×レイ」の同人誌……!トリニティの即売会だけでしか手に入らない限定本……」

 

同人誌、いわゆる薄い本と呼ばれるものを積極的に収集していることだ。そして感極まった表情でその同人誌を舐め回すように眺めている人物が知識解放戦線のモミジだ。

 

「今週末は出かけずに一日中図書館に引きこもって、のんびりこの作品を堪能しなくちゃ。えへへ」

 

“それは素敵な休日だね”

 

 先生が上機嫌のモミジに声をかけるとモミジはようやくこちらに気づき取り乱す。あまり他人に見られたくない姿だったようだ。

 

「うう……ところで急に、どうされたんですか?「知識解放戦線」に何かご用でも……」

 

 チェリノがモミジの質問に答えようとするも、モミジはチェリノが本を押収しにきたと勘違いして詰め寄る。チェリノが昼寝が目的だと説明するも納得するはずがない。しかし、そんなことはお構いなしにチェリノはトモエに寝床を整えるように指示を出し、あろうことか枕にするための本を探し始める。それにしてもトモエが脱出の時に大きさの割にかるそうな荷物を持ち出していたが、布団だったとは……そこまで用意周到なら最初から枕を用意したらいいのにと考えるが、もう突っ込むには疲れた。

 

「おお、「バスティーユの薔薇〜30周年限定エディション〜」これが良さそうだ!」

 

 よりにもよって限定品にチェリノは手を出す。

 

「ま、ま、待ってください!その本は絶対にダメです!」

 

当然、モミジは必死に止める。なんでも100冊しか流通しなかった希少な本らしい。

 

「いったいどうしてさっきから、この図書館にこだわるんですか!フカフカな寝具が必要なら、事務局でお休みになればいいじゃないですか!」

 

「それは無理な相談だ」

 

チェリノがマリナによるクーデターで失脚したことを説明する。するとモミジから聞き捨てならない発言が飛び出した。

 

「はい?チェリノ会長、また失脚されたんですか?」

 

“「……また?”」

 

先生と言葉が重なる。モミジとトモエによるとチェリノはクーデターにより頻繁に失脚させられているらしい。クーデター自体は今回のも入れて今月に入って3回目だそうだ。ちなみに今月はまだ1週間も経っていない……

 

“やっぱりキヴォトスではクーデターは日常茶飯事なのでは?”

 

「「レッドウィンターでは」です。勝手にここをキヴォトス全体の基準にしないでください」

 

 そんな先生と私の会話を尻目に、またチェリノが本を枕に寝ようとする。当然、モミジが取り返そうとし喧嘩になる。というか先ほどの喧嘩もそうだがモミジがチェリノに負けず劣らず小柄なせいで小学生が言い合いをしているようにしか見えない。今度は何で勝負するのだろうか。カルタなどだろうか?だが、そんな甘い予想に反して、

 

「そういうことなら……実力行使で奪わせてもらうとしようか!」

 

チェリノが撃鉄を引き、

 

「ふん、だ。そう仰っても、親衛隊もいない、今はただに逃亡者に過ぎないチェリノ会長なんてちっとも怖くありません」

 

モミジは砲を装填する。

 

「み、皆さん?暴力ではなくここは穏便に話し合いで…」

 

 そうここはキヴォトス、先ほどの飲み比べの方が例外なのだ

 

「さあ、知識解放戦線の皆さん。知識を得る自由と、私たちの蔵書を守ために戦いましょう!」

 

モミジの宣言と共に知識解放戦線が襲いかかってきた!

 

 

 戦闘は一瞬で終わった。交渉が決裂し戦闘になった時のために先生は予め図書館の外にノドカとシグレを待機させていたからだ。中の様子をノドカが確認し、シグレが図書館の近くで軽い小火(ボヤ)騒ぎを起こすことでモミジたちの気を引き、その隙に制圧して終了だ。ちなみに今回の戦闘は完全にチェリノから仕掛けている私は参加していない。

 

「うう、負けてしまいました」

 

 倒れ伏すモミジは気の毒だが、凄まじい恨み節を言っているのであまり同情する気にもなれない。するとチェリノがモミジに本を返す。戦闘で目が覚めてしまったらしい。

 

「それに、おいらにはよく分からないが、お前たちにとって大事な物のようだからな…気が変わった」

 

そして、知識解放戦線のために他の学園を支配し、その蔵書を公開するという凄まじい大言壮語を言っている。しかし、無茶な要求からの実力行使により相手の意思を挫き、そのタイミングで譲歩することにより判断力を鈍らせている。交渉としてはほぼ満点の行動だ。

 

「会長の命令に従います!いえ、従わせてくだい!チェリノ会長!」

 

 その結果、モミジは先ほどの反骨精神はどこへやらすっかり骨抜きになってしまっている。

 

「それでは、何から始めましょうか?事務局に行ってマリナ委員長を引っ張り出し、校舎の裏にある氷の湖に沈めますか?それとも、二度とクーデターを……だなんて気すらおきないように、一晩中くすぐりの刑にしますか?」

 

 それどころか、かなり過激なことを言い始めた。流石のチェリノもドン引きしている。しかし、こんなモミジが大人しい方になるとは、()()とはどんな人物なのだろうか。正直会いたくはない。しかし、そんな望みが叶うはずもなく私と()()の出会いはすぐそこまで迫っていたのだった。




未成年飲酒ダメゼッタイ!
10年ほど前は20%以上だった日本の高校生3年生の飲酒経験率は現在5%を切っているそうです。時代の流れを感じます。
次回とうとうこの時空でカヤと()()が出会います。お楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。