夏至が近いにも関わらず溶け残る雪が町を白く染め上げる中、レッドウィンターの生徒たちがイワン・クパーラの予定を楽しげに話し合っている。
そんな平和そのものな街を私は1人で歩き回り情報を集める。先生とチェリノは顔が割れていて目立つ上に、戦闘になった場合足手まといになるので図書館に待機してもらっている。おかげで今は身軽に行動できるわけだ。ちなみに227号特別クラスは事務局の監視、知識解放戦線は攻撃に備えて戦力の再編成を行なっている最中だ。
かれこれ小一時間は散策し、街行く人々の会話を聞いているが、クーデターはまだ公にはなっていないようだ。発生から数時間は経過しているにも関わらず、特に動きがないとはマリナの思考が読めない。しかし、私はレッドウィンターでの常識を私は知らない。後でチェリノたちに確認することにしよう。
そんなことを考えていると聞こえてはいけない声が耳に飛び込んできた。
「みんな粛清だ、粛清!今夏至祭の雰囲気を楽しんでいるやつらは全員、これから1ヶ月間グラウンドの草むしりの刑に処する!」
“今は会長じゃないから、罰は与えられないんじゃ……?”
「……そうだった」
声もさることながらこんな発言をする人物を私は今の所1人しか知らない。恐る恐るそちらを目を向けると怒り心頭のチェリノを前に困った顔をした先生と目が合う。次に瞬間先生はバツが悪そうに目を逸らす。
「先生少しお時間をいただけますか?」
“……はい”
トモエがチェリノを説得しようとする中、私は先生を2人から少し離れたところへ連れていき、
「何をしているのですか!危険ですから偵察が終わるまで図書館で待機してくださいと言ったではありませんか!」
そう小声で先生に問い詰める。
“ごめん、自分の目で街の様子を確かめたいって言っても聞かなくて……”
やはり、チェリノの我儘が理由だったようだ。先生が生徒の行動を止めることは稀だ。特にチェリノのような生徒は尚更だ。
「はあ、ここまで来てしまったのなら仕方ありません。事務局の動向はノドカさんたちが監視していますから、何か動きがあれば連絡が来ます。それにマリナさんは今だにクーデターを公にしていません。保安委員にさえ注意すれば、いきなり襲われることはないでしょう」
“わかった。ありがとう”
これで内緒話は終わりだ。
「それでチェリノ会長はどうして怒っているのですか?」
“それが普段通りに過ごす生徒が羨ましかったみたい”
「なるほど…」
見るとチェリノはトモエに見事に嗜められている。あれだけ見るとトモエがレッドウィンターを裏で操っているように見える。しかし、半日見ていて理解できたが彼女は誰かを立てるのは得意でも自分が人の上に立つような性格ではないのだろう。適材適所だ。
トモエの説得で、チェリノは普通の生徒と共に祭りを楽しむことにしたようだ。確かに上に立つものとして、俯瞰的な目線だけではなく、普通の生徒と同じ等身大の目線を持つ。当たり前の考え方だが、チェリノを見なければ私は仕事と根回しだけになって見落としていたかもしれない。彼女は本当に良い反面教師になる。
「ではまずあそこのケーキ屋に行くとしよう。急ぐぞ、カムラッド!」
そう言うや否や、チェリノは先生の手を引き2人揃ってはケーキ屋に吸い込まれていった。
「はあ、おいしい〜」
チェリノは付け髭にクリームが付くのも構わずに
「さあ、カムラッド。次はどこに遊びに……いや、視察に行こうか?」
こちらとしては保安委員に見つからないか気が気ではないが、チェリノはそんなことはお構いなしだ。
“あの大きな薪の山、何だろう?”
先生が目を付けたのは「イワン・クパーラ」で使用されるという祭壇だった。チェリノによると「工務部」に依頼して巨大な人形を燃やすための「祭壇」だそうだ。しかし、
「好意的に見てもまだ骨組みですね」
“うん、まだ祭壇には見えないね”
「それは……確かにそうだな。祭壇と呼ぶには飾りが一つもついていないせいなのか……。お祭りまでもう時間も無いのに、どうしてまだあんな状態なんだ?サボっているのか?サボタージュなのか?」
チェリノは怒りを露わにするが、トモエ曰くあの場所にはそもそも「祭壇」設置場所ではないそうだ。とりあえず近づいて様子を見ることにする。
「あたしたちは、決して奴隷にはならない!!」
「わあああっー!!」
そこにはヘルメット姿の少女が仁王立ちをしてメガホンを片手に叫んでいた。
「え、あれ?なんだこの雰囲気は……?」
チェリノですら困惑している。
「これはサボタージュではなく…」
“ストライキとデモだ。首謀者はミノリだね。いつも通りだ”
「ええ!?」
私の驚きをよそにミノリの演説は続く、主張を聞くに「イワン・クパーラ」直前の連休中も一日二交代制で働かされていることが不満らしい。しかし、かなりの煽動力だ。工務部の生徒たちは恍惚とした表情で耳を傾けている。
「あたしたちに十分な休息時間と、追加の手当、そして、えっと……二つずつのプリンを支給しなければ!あたしたちはストライキとデモを続けていくことにする!」
その発言に歓声が上がる。
「待て待て待て!お前たち、誰の許可を得てこんなことをやっているんだ?事務局の許可なしに、勝手な集団行動は許されない!お前たちみんな粛清だ、粛清!」
チェリノが堪えきれずに飛び出してしまう。だがその行動はまさに飛んで火に入る夏の虫だ。
「……チェリノ会長?」
ミノリの声色が変わる。
「なぜこんなところにいるのか知らないが……ちょうど良い!」
「みんな!チェリノ会長を捕まえて、この薪の山に縛っておけ!」
予想通りあっという間にチェリノは工務部の部員に囲まれて拘束されてしまう。
「ま、待て!離せ!おいらを誰だと思っているのだ!」
しかし、チェリノの必死の抵抗も虚しくもみくちゃにされている。ミノリは邪悪な圧政者のシンボルとして中央通りに晒し上げるつもりのようだ。
「ま、待て!そんなに強引に縛ったら腕が折れイダダダダダダダダ!」
「か、カムラッド!トモエ!カヤ!助けてくれ!」
“まずい!あの子達はチェリノを本気で吊るすつもりだ!”
「そんなことさせません!」
その私の叫びと共にいつの間にか工務部の後ろを取っていたトモエがライフルを空中に発砲、それに気を取られたミノリの眉間に弾を当て昏倒させ、指揮系統が混乱した隙にチェリノを拘束する工務部の部員を殴り飛ばし確保。チェリノを抱え工務部の集団から距離を取り、先生と共に彼女を庇うように立ち、膠着状態になった。
「ほ、本当に、腕が折れるかと思った……」
「人間には215本もの骨があります、一本ぐらいなら大丈夫ですよ」
「それはお前なりに励ましているんだよな!?」
「さあ、どうでしょうか?」
チェリノを揶揄い振り回された溜飲を下げていると、トモエが駆け寄ってくる。
「チェリノ会長!大丈夫ですか?」
するとチェリノはようやく安心したのか人目も憚らずトモエに抱きついて泣き始めた。
「うう、ヘルメットがなければただじゃ済まなかった」
対してミノリは目を回しつつもそんなことを言いながら立ち上がる。
「会長を排除できる良いチャンスだったのに…邪魔をするな、先生!いくら先生とはいえ、あたしたちの革命の邪魔をするなら容赦はしない!」
なんだろうこの生徒、初対面なはずなのに知っている気がする。
「待ってください!」
トモエが割って入る。そしてデモの目的を問ただし交渉をしようとするが苦戦を強いられる。それもそのはずミノリの理論では目的と手段が逆転しているからだ。結論ありきの人間に口八丁は通用しない。しかし、この無茶苦茶な感じ…
「もしかしてなのですが、先生。彼女が例の…」
“そうだよ、工務部3年生の安守ミノリ、趣味がデモとストライキ、それと工作の私の大切な生徒の1人だよ”
「ええ…、趣味が全部おかしくありませんか」
“ああ!工作は物作りの方の意味だよ”
「どちらにせよ。前半のものは普通に趣味にはなりませんよ」
だが、彼女に対する既視感。その正体は恐らく人材資源室長だ。
「権力者への非難は闘争の基本!闘争の末に、生徒会長という存在が無くなり、真の平等が結実するその日まで……あたしたちの闘争は止まらない!」
もはや権力者に噛み付くだけの狂犬のようだ。
「ぐっ、なんという乱暴な革命家だ…」
流石にチェリノに同情する。ミノリの目的は現状の是正ではなく真の平等だ。そのために不満点を洗い出しているに過ぎない。そのためどうやっても権力者と相入れることはない。
“でも、チェリノは今、生徒会長じゃないよ”
だから先生がその矛先を変える。ミノリは今の権力者がマリナだと知るや否や、チェリノが何を言おうが無視すると、
「よし、あたしたち労働者の権利と自由、そして…えっと…他にも色々と大事なことのため、事務局に突撃だっ!」
そう宣言する。扇動された工務部は事務局へと暴走した機関車のように突撃を始めてしまった。
「ま、待て!みんな待つのだ!トップはおいらなのだ!おいらを置いて先にいくな!」
それにチェリノも慌てて着いていく。ここに来て、人材資源室長がなぜ私の意見に賛同したのかを理解できた。彼女たちは根っからの
「知識解放戦線にも連絡しました、すぐに合流するとのことです」
“わかった。私たちも行こう!”
私たちが到着するとすでに戦端は開かれていた。知識解放戦線も合流し、数では保安委員を圧倒しているものの乱戦になり、やや戦況は不利なようだ。チェリノがそんな中で喚いているのが見える。
「これはどういう状況ですか?」
全体を俯瞰しているノドカに聞く。
「流石に指揮系統も何もない急ごしらえの寄せ集めですからね、逆に突撃されて戦列を崩されました。今は乱戦になっていますね」
次の瞬間戦線から悲鳴が上がる。工務部の即席バリケードがマリナ達の機銃掃射で粉々に破壊されている。
「工務部も真正面からは流石に不利だね。さて、腕の見せ所だよ、先生」
シグレがグレネードを装填しながら先生に声をかける。
“保安委員の大半はこちらの戦力で抑えられるけど、マリナはこっちの被害が大きくなる。不知火さん、頼める?”
「すでに乗りかかった船です。やりましょう!」
“総員前線を一時後退!シグレは追撃してくる保安委員の戦列に火を起こして!”
「わかった!」
先生の指示で乱戦をしていた生徒が一気に引く、それを追おうと勇足で突撃した保安委員達にシグレがボトルを投擲すると中の液体が振り撒かれ、そこにグレネード叩き込まれた瞬間一気に燃え上がった。
「うわっ!!」
保安委員といえど人だ。炎の前には怯み突撃が鈍る。
「……ってあれ?」
とは言え、下が雪なのでそれ以上燃え広がらずに消えてしまう。しかし、パニックが落ち着いて顔を上げた彼女達が見たのは先生の指示で戦列を整えた革命の戦士達だった。
“それじゃあ、改めて突撃!”
先ほどとは逆の状況だ。これなら前線は大丈夫だ。他の生徒に紛れ、私はマリナへ距離を詰める。こちらに気づいたマリナが他の保安委員達と共に機銃掃射をしてくるが、彼女達の突撃は単調だ。跳躍して躱し、その無防備な背中にありったけの弾丸をくらわせる。マリナの取り巻きはたまらず倒れる。しかし、
「ま、負けてなるものか!」
マリナは立ち上がる。
「威力が足りませんでしたか」
弾はもう無いので接近して掌底を顎に二、三発叩き込む。しかしそれでも倒れない。それどころか意にも介さず機銃を横なぎに振ってくる。それをギリギリで回避し距離を取る。
「いいのが入ったはずなのに……不死身ですか……」
もう必要以上に攻撃しているのにも関わらず倒れない。どうなっているのだ。
「私はレッドウィンター保安委員の長を務めているのだそう簡単に倒れるものか!」
これは困った。負けはしないがこれでは勝てない。
“不知火さん、これを使って!”
すると先生が何かをこちらに投げてくる。
「なるほど、助かります」
先生から受け取ったそれをマリナに向かって吹き付ける。次の瞬間
「!?………ああぁぁぁぁ!!!」
悲鳴とともにマリナが悶え苦しむ。
「対熊用の催涙スプレーです。すぐに水で洗うことをお勧めします」
「目が!目があ!!」
先生は渡してきたのは熊よけスプレー、キヴォトスの住民は銃弾は効かないものの、この手の類の効果は見ての通りだ。
こうしてトップが無力化されたことで、一日限りのクーデターは終結した。
「来た、見た、勝ったぁ!」
見事に返り咲いたチェリノは上機嫌だ。しかし、レッドウィンターでは彼女のように何度その立場を追われようともトップに縋り付こうとする貪欲さこそが重要なのかもしれない。
227号特別クラスと知識解放戦線はチェリノの復権が確定したことで解散した。工務部に関してはマリナを打ち倒した時点で満足して解散してしまった。本当に権力者に対する闘争が目的だったようだ。レッド・ウィンターの工務部には絶対に関わらない…そう心に決める。
マリナの謀反の原因はチェリノの石像を壊してしまったことで粛清されることを恐れての行動だったようだ。しかし、チェリノは今までのマリナの功績から石像のことは構わないという。これで万事解決……するわけはなかった。
「石像のことはどうでもいいが、クーデターを起こしたことについては許さない!」
上げて落とす、罰は与えるが納得のいく理由で、譲歩を見せることで本来の罰よりも軽いことを示す。やはりチェリノは為政者の才はあるようだ。
「さあ、それでは粛清のパレードを始めるとしよう!」
チェリノの宣言とマリナの悲鳴を尻目に私たちはレッドウィンターを後にした。
「たったの1日で政権の失脚、転覆そして復権が起こりましたよ。どうなっているんですかこの学校は……」
帰り道、雪を踏みしめながら率直な感想を先生に漏らす。
“これがレッドウィンターってことなんだろうね”
「信じがたいことですが、認めざるを得ませんね……」
だが、レッドウィンターに来て、私がキヴォトスの現状を知った気になっていることを理解することができた。これは大きな収穫だろう。
“得るものはあったみたいだね”
そんなことを考える私を見て先生は笑顔を見せる。先生はこういう時に見透かしたような言動を取るが、事実なので否定はしない。
「ええ、ありましたとも」
“聞かせてもらってもいい?”
素直に答えるのは癪なので、別の答えを用意する。
「レッドウィンターの生徒と交渉するとき、プリンは必須ということです」
“そう来たか”
「はい、今度は高級プリンを手土産に持っていきましょう」
“そうだね”
そんな私たちの会話はレッドウィンターの広大な森に吸い込まれるように消えていった。
その一週間後、迷惑をかけた謝意としてイワン・クパーラに特別に招待された私たちは人生二度目のクーデターに巻き込まれるのだが、それはまた別のお話……
想像以上に長くなってしまいました。申し訳ありません。チェリノは学級委員を決めるときに真っ先に手を挙げるタイプだと筆者は思っています。次回からエデン条約編に入ります。お楽しみに!