シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

38 / 55
エデン条約編 1章
補習授業部


 夢を見る。私にはどうすることも出来ないまま誰かが傷つき死ぬ夢だ。あまり気分のいいものではない。その光景を私は様々な状況で見せつけられる。側で、離れて、画面越しに、そして死にゆく誰かの中から、何度も何度も何度も何度も。だけど最後はいつも同じだ。その虚な黄金の瞳がこちらを捉えると………

 

 そこで目が覚める。慣れたものだ、体中から噴き出る汗も、震えが止まらない体も。ゆっくり落ち着いて深呼吸する。こうして時間が経てばいつもの自分に戻る。

 

 息が整って来た所で時間を確認しようとするとアラームが鳴る。丁度良いタイミングだったようだ。体を起こしいつものルーティンを始める。ヤカンを火にかけ、顔を洗おうとした所で鏡越しに鬼のような形相になった自分と目が合う。こんな顔で先生に会えば何を言われるかわかったものではない。よく顔を揉み、こわばった筋肉をほぐす。

 

「最近は見なかったのに……」

 

 防衛室長になって、キヴォトスにおける()()()の名簿を渡された時から似たような夢はたびたび見ていた。しかし、彼女(連邦生徒会長)が失踪してからはその多忙さゆえに夢自体を見る機会が無くなっていた。先生が来たことで少しずつ日常が戻っているということだろうか。甲高い音を立てヤカンがお湯が出来たことを伝える。

 

 飲み慣れているはずのコーヒーも、(ユメ)を見た日はいっそう苦い。だが、今日という日はこんなことでは止まらないし止められない、変わらないキヴォトスの日常が始まる。

 

 

「トリニティからの招待?」

 

“うん、ティーパーティーのナギサから”

 

 レッドウィンターの二度目のクーデターをお土産のプリンを駆使して収拾し、疲労困憊でD.U.に帰ってきた翌日、先生が一枚の手紙を持ってきた。よりにもよってティーパーティー、トリニティ総合学園の生徒会からの招待状とは先生は厄介ごとに巻き込まれなければ死んでしまうようだ。

 

「ナギサ様といえば現在のトリニティ総合学園生徒会のホストですね。そのような方からの招待となると絶対に一筋縄では行かない案件ですよ」

 

“私もそう思う。というかナギサ様?ナギサ会長じゃないの?”

 

「ティーパーティーの歴史的、構造的な特徴を考慮すると、会長という呼び名は不適切です。まあ、実際に会えば私の言っている意味は理解できるでしょう」

 

“へえー不思議な感じだね”

 

「気持ちはわかります。しかしこの時期の招待となるとエデン条約絡みの可能性が高いですね」

 

“エデン条約って確か、失踪した連邦生徒会長が発案したゲヘナとトリニティの不可侵条約だよね”

 

「はい、草案から大きく変更がなければですが」

 

“……?”

 

「情けない話ですが、現在、エデン条約の準備を主導しているのは連邦生徒会ではなくティーパーティーと万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)です。そのため、条約の詳細に関しては私たちも把握できていないのが現状です」

 

“リンちゃんも?”

 

「リン行政官こそ通常業務に忙殺されてそのような余裕はありませんよ」

 

“……確かに”

 

「ちなみに招待状に私の名前はありますか?」

 

“私の名前だけだよ”

 

「そうでしょうね。ティーパーティーの場はトリニティの生徒ですら基本招待されません。私の記憶が正しければ、学園外の人物が招待されるのは先生が初ですよ」

 

“それは名誉なことで良いのかな?”

 

「どうでしょう?先生の影響力は日々大きくなっています。今では実質連邦生徒会の顔のような存在です。それを特別な場に招待する意味をティーパーティーが理解していないとは思えません」

 

 そして私のような連邦生徒会の役員を招待しないことは、それだけ連邦生徒会自体の影響力が弱まってしまったということでもある。

 

「エデン条約を目前に控えた今、ゲヘナへの牽制が目的かもしれません。先生が人目を避けて深夜にヒナさんとこっそり会っていることが原因の可能性もあります」

 

“……!?どうしてそれを!?”

 

「状況証拠だけですよ。先生がゲヘナに向かったのと同時に、ヒナさんが私の部下の監視を振り切った時間が存在しました。もしやと思いその日デスクで寝てしまった先生を仮眠室に運ぶ際に服を確認させていただきました。そこで長くて白い癖っ毛を確認しただけです」

 

 先生が私の前に正座する。

 

「反応を見るに図星ですね。しかし、彼女の性格的に仕事の話でしょう?」

 

“はい、秘密にしていてごめんなさい”

 

「ヒナさんがご自身の影響力を鑑みて密会という形にしたのだろうと考えたので大して気にしていませんよ。しかしそれをトリニティに知られていたとすると話が変わってきます。面倒なことになるかもしれません」

 

“ヒナに会えなくなるってこと?”

 

「いえ、バランスを取るためにトリニティとより一層連携を取る必要が生じるだけでしょう。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

“良かった”

 

「しかしながら、これらは結局推測に過ぎません。蓋を開けるまで何が出てくるかはわかりませんから気をつけてください」

 

“わかった。カヤも来る?”

 

「私は招待されていない以上、会談にはご一緒できませんが何があってもいいように可能な限り付き添います」

 

“会談は仕方ないよ。ついて来てくれるだけありがたい”

 

 そして、お互いの予定を調整している最中、トリニティ関連でふとある事を思い出す。

 

「……そういえばつい先日、先生が公衆の面前でハスミさんの胸を触ろうとしたとトリニティの部下から報告が来たのですが、まさかそんなことしていませんよね」

 

“女子高生の胸を触るのは犯罪だよ、確かにハスミの翼を触ろうとはしたけ……ど…………あっ”

 

 先生の声がわかりやすく途切れる。

 

「詳しい話はヴァルキューレで聞きましょうか?」

 

“誤解だから、私の言い方が悪かったけど誤解だから…”

 

「このっ近づかないでください!イオリさんの脚だけに飽き足らず!この変態!」

 

“誤解だって!”

 

 先生説明中

 

「ハスミさんが触っても良いと言ったのですか?だから翼のことだろうと疑問に思わなかったと?本当に?」

 

“本当、本当”

 

 先生は必死に頷いている。

 

「だとしたらハスミさんは何を考えて先生に触らせようとしたのでしょうか?理解できません」

 

“……それは確かにそうだね”

 

 先生と共にハスミの思考について考察したもののその結論は出ることは無かった。

 

 

「暇ですね」

 

 トリニティ総合学園はキヴォトスでも屈指の歴史を誇る学校だ。その敷地には歴史的な価値のある建造物が数多く存在する。大聖堂などその最たるものの一つだろう。そのような長い歴史の中で様々な学園が派閥を越えて一つになったのがトリニティという学校だ。

 

 そんな由緒正しきトリニティの校門近くで先生が出てくるのを私は待っていた。

 

 今頃先生はナギサから話を聞いているところだろう。恐らく先生は何を頼まれても拒否はしない。どんな面倒ごとか気が気ではないが今は待つしかない。しかし、レッドウィンターと比べれば平和な学園だ。つい先ほど水着姿の変質者を正義実現委員会に引き渡してから銃声の一つも聞こえない。暇で暇で……

 

「いいことですね」

 

 仕方ないので石畳の数を数えながら時間を潰していると、白い長髪を靡かせ凛とした姿勢で歩く見覚えのある姿を視界に捉える。

 

「こんにちは、スズミさん奇遇ですね」

 

 彼女はトリニティ自警団の守月スズミだ。トリニティ自警団は不良生徒の流入による治安の悪化が止まらないトリニティにおいてその名の通り治安維持を自主的に行なっている組織である。そして彼女はハスミと並び、先生就任の初日にシャーレ奪還に参加した生徒の1人でもある。

 

「こんにちは、防衛室長」

 

 彼女は先生の家まで護衛をたびたび務めてくれるので面識のある生徒だ。

 

「どうして1人でここにいるのですか?」

 

「先生がティーパーティーに招待されましてその付き添いです。先生はナギサ様と紅茶でも楽しんでいるところではないでしょうか」

 

「!?このような時期にティーパーティーに招待されることになるとは先生も災難ですね」

 

「エデン条約ですか?」

 

「それもあるのですが、最近は学園全体の雰囲気が妙に張り詰めていると言いますかおかしくなっていまして……」

 

「それはあなたが学園の中心をパトロールしていることと無関係ではなさそうですね」

 

 彼女は普段、トリニティの治安維持組織、正義実現委員会の目の届かない学園の境界付近でパトロールをしていたはずだ。

 

「それが転校生が武器庫で大暴れしているそうなので、その制圧に正義実現委員会が出払っています。その隙に粗相を働く不良がいないか見回りをしていたのです」

 

 トリニティの平和は私が知らないだけで乱れていたようだ。

 

「ご苦労様です。しかしこの時期に転校生ですか」

 

「はい、それにホストのセイア様も入院されてしまって、それと同時に救護騎士団のミネ団長も姿を消しています。水面下で色々と動いているようですから注意してください」

 

「……よく知っていますね」

 

「自警団をしていると様々な噂話が入って来ますから」

 

 そう言ってスズミは誇らしそうに笑う。しかし本来なら彼女は自警団などせずに普通の学園生活を送れていたはずだ。

 

「私たち、連邦生徒会がもっとしっかりしていればあなたたちに手を煩わせずに済んだのですが申し訳ありません」

 

「構いませんよ、困ったときはお互い様ですから」

 

「お気遣い感謝します」

 

 すると端末が会談の終了を知らせる。

 

「……先生の会談は終わったようですね」

 

「では、私はパトロールに戻ることにします。また何かあったら遠慮なく聞いてください。私の知っている範囲なら答えられます」

 

「重ね重ねありがとうございます。頑張ってください」

 

「いえ、大したことではありません」

 

 スズミはそう言い残すと去っていった。それと入れ替わるように先生が建物から出てくる。安心した表情だ。その手には名簿があった。

 

 

「補習授業部ですか」

 

 結局先生が持ち帰ってきた仕事は自体は大したものでは無かった。

 

“うん、成績の悪い生徒たちに勉強を教えるんだって”

 

「先生が?大丈夫なのですか?」

 

“心配無用、こう見えても先生ができることは大抵できるから”

 

「本当ですか?例えばトリニティの古語の授業は相当難しいですよ」

 

“だ、大丈夫だと思う…”

 

「しかしエデン条約絡みの案件だと思い、身構えていたのですが杞憂だったようですね」

 

“関係ないことは無かったよ。エデン条約で忙しいから私に任せたかったみたい”

 

「……厄介者を押し付けられたのですね」

 

“そんなこと言わないの”

 

「すみません」

 

“じゃあまずは名簿の生徒に会いに行こう”

 

「わかりました。そういうことなら私も手伝えます」

 

 こうして疑念が悪意を呼び込み、悪意の前に信頼が倒れる。楽園(エデン)の証明が始まったことを私たちはまだ知らなかった。




 語られていないキャラは盛れますね。スズミも本編でもイベントでも影が薄いのでここでは頑張ってもらいます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。