先生と共に生徒の待つ教室に向かいながら考える。
“エデン条約で忙しいから私に任せたかったみたい”
隣を歩くこの大人はそのようなことを伝えられたらしいが、それは絶対に嘘だ。先生の影響力を考えれば、この時期にその程度のことで先生をトリニティに長期間滞在させるのはリスクが高すぎる。何の為にこんな嘘をつくのか。だが、考察するには情報が不足している。先生が渡された名簿に目を通し、その情報を頭に叩き込む。まずは補習授業部の正体を見極めなければ話にならない。
そう決意を固めると目的地の教室に着く、そこには少女が一人で佇んでいた。その少女は先生と気づくと情けなさそうな表情を見せる。対して先生は呆れ顔だ。
“やっぱり……!”
「あ、あはは……こんにちは、先生」
初めて見る顔だが先生とは知り合いのようだ。この大人の交流関係はとんでもない速度で広がるので珍しいことではない。しかし初対面のはずなのに、強烈な既視感を感じる。顔ではない、私の仕事は人の顔を覚えるようなものだ。一度見れば忘れない。
先生にヒフミが必死に言い訳を重ねる中、彼女を注意深く観察する。するとカバンに描かれたアホ面の鳥と目が合う。既視感の正体はこれだ。少しずつ記憶が覚醒していく。今は左遷先のリゾート地で順調に出世していると聞く大柄なオートマタ、彼と共に見たモニターに映った紙袋を被った少女、その手に持っていた特徴的なカバン。それと全くと同じものだ。だが、確信するには早い、こんなカバンはどこにでもある。それにゲリラ公演のために大切な試験を放り出すような少女にそんな大それた真似が出来るだろうか。………出来そうだ。
「ところでこちらの方は誰ですか」
ちょうどヒフミがこちらに話しかけてくる。カマをかけてみる事にしよう。
「私は連邦生徒会、防衛室長の不知火カヤと申します」
「ええ!!め、めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!あ、あうぅ、えっと私は……」
「……以後お見知りおきをファウスト」
その言葉が発した瞬間、先生とヒフミの肩が跳ねた。当たりだったようだ。
「……なるほど、あなたでしたか」
“カ、カカカヤ、どうしてそんなことをいうの!?”
「そ、そそそそうですよ。どうして覆面水着団のリーダーの名前を……」
「あなた方の動揺が何よりの証拠です。それに覆面水着団なんて一言も私は言っていませんよ」
「あっ」“あちゃ〜”
「安心してください、私はあなたを捕まえに来たわけではありません。……だから銃から手を離してください。その引き金を引けば流石に言い逃れできませんよ」
「あっ、ああ、ごめんなさい!」
そう言ってヒフミが腰だめに構えていた銃を置く。判断が良くも悪くも早いようだ。
「よ、良かったー」
そう言って大きく息を吐くファウスト……改め阿慈谷ヒフミ、彼女はナギサの頼みで補習授業部の部長を任され先生の補佐を務める事になったそうだ。補習授業部のメンバーはヒフミを含めて四名、まずはそのメンバーを集める事になった。早速ヒフミの案内でメンバーの一人が拘束されているという場所に向かう。
“ここは?”
「正義実現委員会の教室ですね」
“へーおしゃれなところだね”
「あ、あぅ……あんまり来たくはなかったのですが……」
能天気な先生に対してヒフミは居心地が悪そうだ。それもそのはず、ここを訪れる生徒は正義実現委員会でなければ、問題児ぐらいだ。
「えっと、失礼します……どなたかいらっしゃいますか?」
ヒフミは遠慮がちに声をかけ中に入ると、正義実現委員会の制服を若干着崩した小柄な少女が奥から出てくる。
「あっ、こ、こんにちは」
「……」
「え、えっと……」
「……何?」
「あ、あう……そ、その……」
ヒフミが話しかけるが全く上手くいかない。
「あうぅ……わ、私、何かしてしまったんでしょうか」
“ただちょっと、人見知りなんだと思うよ”
「はい、ヒフミさんに落ち度はありません」
「……だ、誰が人見知りよ!?」
先生と私に好き勝手に言われて漸く少女が意味のある言葉を発した。
「た、ただ単純に知らない相手だったから、警戒しているだけなんだけど!?」
「“そんなところ」”
「うっ」
先生と私の追撃に少女は呻き声を上げる。
ヒフミが要件を伝えようとするも少女は小型犬のように怯えている。ヒフミはヒフミでその虚勢に腰が引けてしまってしまい、勾留している生徒を引き渡してほしいと伝えるのに随分とかかる。すると奥から靴音が近づいてくる。
「こんにちは。もしかして、私のことをお探しでしたか?」
その声と共に水着姿の少女が姿を現した。
「“「!?」”」
その場にいた全員が信じられないものを見る目で彼女を凝視する。正義実現委員会の少女に至っては施錠していたはずの部屋の扉が開いていたと捕まっていた本人に伝えられ完全に固まってしまった。お気の毒に。
「あら。大人の方、ということは……先生、ですね。あらためまして、こんにちは。なるほど、もしかして補習授業部の?それと無防備な私にあんな乱暴なことをした連邦生徒会の方まで……」
「“「!?」”」
今度はその目がこちらを向いた。
「今朝彼女がこの格好で徘徊していたのを徒手格闘で制圧しただけですよ。誤解を招く言い方はやめてください」
「これは失礼いたしました」
ハナコは完璧な作法の礼を見せる、水着が全てを台無しにはしているが……
「ま、待って!!その格好で出歩かないでよ!?ちょっとぉ!!」
「……?何か問題でもありましたか、下江さん」
なんとかフリーズから回復した下江によって教室は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。まあ、その羽音の大半は下江だし、ハナコに翻弄されているだけだが……
それよりも下江という名前は先ほどの名簿に載っていたはずだ。彼女が下江コハルだろう。これから補習授業部行きとはますます気の毒になる。
そんなことを私が考えていることに気づくはずもなく、コハルは揶揄われながらもなんとかハナコを連行していった。しかし戻ってきたコハルは興奮状態になっており過激な言葉を繰り返すばかりでまともな会話が出来なくなっていた。
「い、今はちょっとハナコさんとお会いするのは難しそうなので……。一旦、次のメンバーに会いにいきましょうか……」
「それが良いでしょうね」
「えっと……。もう1人は……白洲アズサさん」
そうヒフミが口に出した瞬間、
「ただいま戻りました」
ハスミが帰って来た。その大きさを見て圧倒される。
「……なるほど、改めて見ても先生が触ろうとするのも納得の大きさですね。……もちろん翼の話ですよ」
“申し訳ありませんでした”
先生を小声でいびっているとハスミに続いてマシロも帰ってくる。そして彼女の口から衝撃の発言が飛び出した。
「任務完了です!現行犯で白洲アズサさんを確保しました!」
「はい……はいぃ!?」
ヒフミの驚愕をよそにガスマスクを装着した少女が連行されてきた。それに続いて続々と正義実現委員会の生徒が帰ってくる。皆一様に疲弊し、中には涙と鼻水で顔がずぶ濡れの生徒も混ざっている。
“「「……”」」
「……惜しかった。弾丸さえ足りていれば、もう少し道連れにできたのに」
平然ととんでもないことを言っている。
「もういい、好きにして。ただ、拷問に耐える訓練は受けているから、私の口を割るのはそう簡単じゃないよ」
「これはまた随分と個性的な生徒が来ましたね、先生」
ハスミ達の話を聞くにアズサがスズミの言っていた転校生のようだ。校内での暴力行為の容疑で追跡中に教材用催涙弾の弾薬倉庫を占拠され、挙句倉庫の催涙弾一トン近くを爆破の上、ブービートラップや
“涙が出てきた”
先生は彼女に染みついた催涙ガスに少し暴露してしまったのか涙目だ。しかしこれで話の出来る人物がやって来た。先生がハスミに事情を説明するとすぐに納得してくれる。
“あの二人、連れて行ってもいいかな?”
「はぁ!?ダメに決まってるでしょ!?絶対ダメ、凶悪犯なのよ!?」
「コハル……」
コハルが反射的に噛み付いてくるものの、すぐさまハスミに嗜められる。そこで先生とヒフミは目の前のコハルが補習授業部の生徒だと気付いたのか。何とも味のある顔を見せている。
「ふ、ふん!まあ、でも良いザマよ!こっちはこんな凶悪犯たちと一緒にいなくて済むし、そもそも補習授業部だなんて!恥ずかしい!」
そんなことを知る由もなくコハルは言いたい放題だ。みるみるうちに名簿を見たハスミを含む先生達の表情がおかしな事になっていく。見ているこちらが居た堪れなくなるほどだ。
「あははっ!良いんじゃない、悪党と変態の組み合わせ!そこに「バカ」の称号だなんて、私なら一緒にいるだけで羞恥心で死んじゃいそう!」
「……ふぅ、コハル……」
「あぅ……」
とうとうハスミが天を仰ぎ、ヒフミが言葉を詰まらせる。
“あと残りは”
「彼女で間違いないです」
「……?何のこと?」
この後に及んでコハルは状況を理解できていないようだ。それを見ながら気の毒そうにヒフミが切り出す。
「……その、非常に言いにくいのですが……。最後の一人は……下江コハルさん、です」
その瞬間、教室が静まり返る。
「………え、私っ!?」
コハルの叫びが静かな教室に響き渡った。これで全ての役者が揃った。
とは言っても初日にできることは限られている。補習授業部の為に用意された教室に四人を集め、お互いの自己紹介と補習授業部の目的を伝えるとその日は解散となった。
その帰り道、
「先生が彼女達に勉強を教えている間に私は補習授業部の生徒を含め、トリニティの現状について可能な限り調べます」
“わかった。私は彼女たちが試験に合格できるように頑張るよ”
私たちは今後の方針について話し合っていた。
“補習授業部の生徒の印象はどうだった?”
「……まずはヒフミさんですが、彼女は普通に大丈夫ではないでしょうか。ナギサ様から先生の補佐の為にあえて補習授業部に入部させられたようですから」
「次にハナコさんですが……彼女は一筋縄ではいかないと思います」
“……理由も聞いてもいい”
「もちろんです、いくつか理由はありますがその一つは靴を履いていたことですね」
“朝とはいえ、石畳は熱くなるからね”
「はい、彼女は人々の行き交う場所であれだけの奇行を行いながら、どこか冷静な部分が残っています」
水着で徘徊する時に火傷を気にして靴を履いているのは変質者としてはまともな方だ。
「もう一つの理由はハナコさんは補習授業部について知っていた」
“そうだね、ハスミですら名簿を見るまではコハルがメンバーだって知らなかったのに、私を見ただけであそこまで辿り着いていた”
「はい、先生が学園を訪れる理由なんで星の数ほどあるというのに絞り込んでいました。少なくとも地頭は良く、独自の情報網も持っていると考えて良いはずです」
“なるほどね、だからこそ難しいか……”
「後の二人はまだわかりません。第一印象ではアズサさんは問題児ではあるもののとても純粋でしたし、コハルさんはその……恐らくあまり頭が良くないです」
“概ね、その二人は私と同じ印象だね”
「そうですか」
“思った以上の厄介事みたいだね。ごめんね、いつも巻き込んで”
「いえ、もう慣れています。それに今回は私が自分から巻き込まれにいってますから気にしないでください」
“ありがとう”
「それにしても、強盗犯、テロリスト、変態に加えて万年赤点と、非常に個性的な生徒が集まりましたね。純粋に勉強を教えるという意味ではコハルさんが一番大変そうです」
“がんばります”
そこで静寂が訪れる。こうして二人でシャーレへの帰路に着くのも何度目だろうか。しばらく無言で歩いていたものの大切なことを確認していなかったことを思い出す。
「そういえば補習授業部の契約書類はどうしたのですか?先生」
“口約束で終わらせたよ”
その言葉のあまりの衝撃に思わず立ち止まる。
「………えっ」
何とか搾り出せた言葉はそれだけだった。
“あれっ?”
そこで先生は隣にいた私がいないのに気づき振り返る。そこで漸く我に帰る。
「それでは先生は何に合意してどのような組織を創設したのですか?」
“口約束で補習授業部の創設に合意して名簿を渡されただけで…す……”
先生も事の重大さに気付いたのかその声が尻すぼみに小さくなる。
「なんで一番大切なものを作成していないのですか!!ではいつ補習授業部の契約書類はシャーレに届くのですか!?」
“……わかりません”
「シャーレの超法規的な権限の使用を口約束で済ませないでください!特に今回は部活の創設ですよ!これでは向こうの都合で後からいくらでも内容を変更される危険性もありますよ!」
“ごめん〜”
「何より腹が立つのは、私なら許してくれると思っているその先生の態度ですよ!あの時はあえて言及しませんでしたがヒフミさんのような生徒を強盗に巻き込んだことは許してませんからね!」
“その件は本当に反省しております”
大人を叱る子供の声が夜の街に響き渡る。こうして様々な問題に直面しながらも補習授業部の1日目は無事に終わったのだった。
本編で何度確認してもあの場面では、先生は名簿しか渡されていないのですよね。おかげで一次試験終了後に先生が退学のことを知る羽目になったわけです。ここではどうなるでしょうか?次回もお楽しみに!