補習授業部が始動した翌日、早速私は行動を開始した。まずはトリニティ自警団の灰色の制服を着込む。トリニティがマンモス校とは言ってもかつての名残から細かい派閥に分かれており、小さなコミュニティを形成しているため、部外者は簡単に露見してしまう。そのため身に付ける制服はトリニティ自警団のものにした。
校内での活動許可はすでに取ってある。第三者によるシャーレの管轄する補習授業部の実情調査、これによってゲヘナに対し補習授業部の透明性を示すためだと主張すれば承認された。ナギサもこの時期にトリニティに先生を拘束することによるゲヘナ側への心象は気にしているようだ。尤もヒナは先生を信用しているし、マコトも気にするような性格ではないが、言わなくてもよいことは世の中に数多く存在する。
先生に補習授業部は一旦任せ、ミネ団長の噂に関して確かめるために救護騎士団の教室に向かう。建物の入り口にはスズミが待機していた。彼女は私を見た瞬間に少し面食らったようだ。
「事情を知らない生徒に無駄な圧を与えないために、トリニティの制服を着て来ることは先生から聞いていましたが、自警団のものとは思いませんでした」
「おや?似合っていませんか?」
「あっいえ、似合っています」
「ありがとうございます。トリニティにしては珍しく派閥から独立し部員同士の繋がりが希薄な自警団ならば、見知らぬ人物が紛れ込んだとしても不審には思われにくいと考えたまでです」
「なるほど。確かに私も自警団のメンバーを全員把握はできていませんね」
そんな話をしながら教室に入るとそこではセリナとハナエが忙しそうに働いていた。
「こんにちは、セリナさん、ハナエさん」
「!?ス、スズミさん!それに不知火さんまでどうしてここに!」
ハナエは相当テンパっているようだ。目の前には包帯でミイラのようになった患者がいる。
「ごめんなさい、正義実現委員会と不良の大規模な戦闘が発生してその救護で今手が離せません」
セリナが事情を説明してくれる。
「いえ、時間には余裕を持たせていますから、落ち着いてからで構いません。……しかし、怪我人が見事に不良ばかりですね」
「この感じはツルギ委員長でしょうね。場合によっては怪我人がもっと増えるかもしれません」
私の疑問にスズミが答えてくれる。流石にそうなれば待つだけでは時間が無駄になる。
「スズミさんは応急処置はできますか?」
「簡単なものなら可能です」
「では、手伝いましょう」
その後、スズミの言った通り怪我人は増えたものの私たちも手を貸したことでそこまで時間は掛からなかった。
ハナエとスズミが患者の様子を見ている間、セリナと二人きりになる。
「ありがとうございました。ところで今日はどのような用事ですか」
「単刀直入に申し上げます。ミネ団長にお会いできますか?」
セリナの目が少し泳ぐ。
「ごめんなさい、ミネ団長は只今席を外しておりまして……」
「では、いつ帰ってくるのですか」
「詳しい日時は私達も把握していません……」
セリナの答えは用意されたものを並べるだけだ。ならば揺さぶりをかけることにする。
「失踪したのですね」
そう言った瞬間セリナの顔がくしゃりと歪む、彼女はそれを誤魔化すように俯くと
「言えません」
そう一言呟いた。もうひと押しだ。
「大丈夫です。今の私は先生の頼みでここにいます。先生もセリナさんが最近シャーレに出ぼt……、顔を見せてくれないので心配していましたよ」
先生の心配は本当のことだ。癪ではあるがこういう時はあの大人の人望に頼るのが一番早い。するとセリナは顔を伏せたまま話し始めた。
「……団長は……何も言わずに突然いなくなってしまいました。連絡もつきませんし無事かどうかもわかりません。私たち心配で不安で……シャーレで捜索はできませんか?」
顔を上げたセリナは泣いていた。無理もない。救護騎士団の武力はミネに依存している。政治的にもヨハネ分派の首長である彼女の失踪が明るみになれば救護騎士団の存続に関わる恐れもある。
「話してくださりありがとうございます。先生には伝えておきます。ただ、ここまで何も手がかりがない状況では相当無茶な頼みをしていることは理解していますか?」
連邦生徒会長を思い出す。彼女の失踪も突然だった。
「わかっています。それでも…よろしくお願いします」
だからだろうか、目の前でなく少女が他人には見えなくて、
「わかりました。防衛室としても最善を尽くします。困った時は遠慮なく頼ってください」
少しらしくないことを言ってしまった。
次に図書館に向かう。
「こんにちは、シミコさん」
「こんにちは、不知火さん。先生から話は聞いています。こちらへどうぞ」
シミコの案内で書庫の一角にある薄暗い部屋に案内される。
「ここは旧視聴覚室です。BDの普及で使われなくなった部屋ですが外に声も漏れませんので今から行う作業には向いていると思います」
「ありがとうございます」
その中に入ると新聞がうず高く積み上げられていた。
「これは……」
スズミがそれを見て絶句する。
「1ヶ月分のトリニティで発刊されたすべての新聞と、過去ー年分の主要新聞です」
「どうして新聞を?ニュースならスマホで調べればいいだけですよね」
「……新聞はネットニュースとは異なり、出版した組織、執筆した個人による偏見を読み解きやすいという特性があります。その偏見には政治的、思考的と様々ものがありますが、それを踏まえた上で新聞を読み解くことは情勢を読み解くことにつながります。つまるところ、新聞の特色さえ掴めば書いてあること以上の情報を読み取ることすら出来るというわけです」
「理解しました」
「加えて一度発行された新聞は全て燃やされない限り消えることがないという特性もありますね。それではそれぞれの担当を振り分けますので……」
「あのもう一人助っ人がきます」
「それは助かります……」
「それはどなたですか」と続けようとしたその瞬間、
「こんにちは!!トリニティのスーパースター!!!宇沢レイサ!!推!参!です!」
視聴覚室の防音機能を大音量の自己紹介が貫通してきた。
「図書館では……お静かにっ」
「ぐえっ!」
耳をつんざく大音源、レイサは鬼のような形相で飛び出して行ったシミコの一撃に沈む。
「見事な制圧術ですね」
「司書ですから当然です」
戻ってきたシミコは胸を張っている。世の中の司書はモミジ含めて私の想像以上に活動的なのかもしれない。
レイサはスズミに支えられ、おぼつかない足取りでやって来る。
「あなたがスズミさんの言っていた助っ人ですか?」
「は、はい、そうです」
見たところ自警団のようだ。
「では、あなたにはこの新聞の山を任せます」
「わ、わかりました」
そうして皆に担当の時期を振り分ける
「それでは補習授業部の4人とセイア様、ついでにファウストについての記事を探してください」
その日から放課後にスズミ達と共に新聞と睨み合いをする日々が始まった。補習授業部にも顔を出したが勉強は順調のようだった。レイサも最初の騒がしさが嘘のように真面目に探してくれる。第一印象には度肝を抜かれ心配になったがスズミが連れてきた生徒なだけあって手際は良い。問題はなさそうだ。
そして少しずつ事実が積み重なって行く。
「ゴシップですがファウストの記事を先ほど見つけました」
スズミが持ってきた記事は覆面水着団のリーダー、ファウストの特集だった。ファウストがトリニティの制服を着ていたこと、ブラックマーケットから出てきたトリニティの学生へのインタビューが載っている。
「あなた今、ブラックマーケットから出てきましたわね。最近話題のファウストについて存じませんか!!」
「あ、あはは。よ、よく分かりません。ごめんなさいー!!」
その後ブラックマーケットに逃げ込んだその生徒の追跡を取材班が試みたものの、あっさり振り切られたようだ。
「こちらにはヒフミさんの記事もありますね」
シミコの持ってきた雑誌にはヒフミがナギサの部屋に頻繁に出入りしていることがセンセーショナルに書かれている。この手の記事はどこに行っても一緒のようだ。
「少し気にはなっていたのですが、ナギサ様とヒフミさんの関係はなんなのですか?」
「私はナギサ様ではないので分かりませんが、ナギサ様の親友でしょうか?ヒフミさんは裏表のない性格で政治的にも独立した立場なので気楽で良いのでしょう」
「なるほど……」
私にとっての大将のような存在なのだろう。
別の日には
「アズサさんの記事は不自然なほどに見つかりませんね。彼女が転校してきたのはいつですか?」
「この時期のはずですが、どの新聞にも載っていませんね」
「これは大きな力で目立たないように処理された可能性がありますね。それも徹底的に……シミコさん、この時期の新聞を……」
「そうおっしゃると思ってゴシップ含め用意しましたよ」
「ありがとうございます」
結局アズサに関する記事は例のゴシップに少し乗っているだけだった。
「謎の転校生!!」との見出しだが、適当な推論が並んでいるだけで何もわからなかった。このゴシップですら大した取材が出来ていないとなると根深い問題のようだ。
「コハルさんの記事も見つかりませんね」
「小さい記事ですが一つありましたよ」
そこには「小さなヒーロー」という見出しで正義実現委員会のK.S.が持ち場を離れ猫を助けたことが乗っていた。インタビューを本人が緊張で上手く話せなかったため副委員長が代わりに答えた旨が書かれており、恐らく本人で間違いないだろう。
またある日には
「あっ、ハナコさんに関する記事を見つけました」
「レイサさんお手柄ですね」
「内容は……」
そこにはハナコがトリニティの試験を満点で入学し、それどころか全学年のテストを受けて満点を叩き出したことが小さく書かれていた。
「……このことはスズミさんは知っていましたか」
「いいえ、噂程度で将来有望な同級生がいると聞いたことはありましたがハナコさんのことだったとは」
「恐らく入学前から囲い込まれていたのでしょうね。結果に対して記事が小さすぎます」
「聡明さから政治的抗争に巻き込まれたんですね。気の毒です」
「その結果があの奇行だとすると相当追い詰められていますね」
私の言葉に全員が押し黙る。しかしこれで補習授業部の正体、それが大分絞れてきた。
そしてセイアについて一旦まとめることになる。
「セイア様、こうしてみるとかなりの頻度で体調を崩されていますね」
シミコの言う通り、為政者として心配になるほど休みが多い。
「そう考えると今回のセイア様の入院は異常ですね」
「ええ、今までも病弱で入院することは多いのは確かなようですが、必ずその前に前兆があります」
スズミもそれに同意してくれる。
「はい、季節の変わり目や長いスピーチの直後など、わかりやすいきっかけがあります」
「何よりトリニティ外部の病院だなんて初めてですよね」
レイサの純粋な疑問が視聴覚室にこだました。
あと少しでもう一つの調査も終了する。その結果待ちではあるが私は一つのそして最悪の確信に至ろうとしていた。
そんな日々を過ごしているといつの間にか合宿をかけた補習授業部の第一次試験の翌日に控えていた。いつも通り、先生と共にトリニティに入ると私だけ呼び止められる。
「ナギサ様がお呼びです」
先生が心配そうに振り返るが
「テスト直前の大事な時期なのでしょう。私は大丈夫ですから」
そう伝えると「わかった」と言って去っていった。
私は案内されるがままに扉をくぐると、広々としたテラスが広がっていた。そこには気品に溢れる姿でカップを片手に、一人の生徒がこちらを見つめている。初めて見る場所だがここがティーパーティーの場だと確信する。
「お待ちしておりました。連邦生徒会防衛室長」
そう言って桐藤ナギサは微笑んだ。答え合わせの時間だ。
トリニティのモデルの国を考えるとパパラッチ部がありそうな気がします。ゴシップ誌はそう言うことです。スズミに続いてシミコとレイサにも登場していただきました。今後もお楽しみに!