朝日に輝く白亜の柱、額が想像もつかない調度品の数々、並の人間ではこの場にいるだけで雰囲気にあてられて冷静でいられなくなるような場所だ。それだけの格がこの場には存在する。
「お待ちしておりました。連邦生徒会防衛室長」
そう言って微笑む人物はティーカップを口元に運ぶその所作の一つ一つすら完成されている。彼女こそが現在のトリニティの最高権力者、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサだ。
「本日は突然の招待にも関わらず、お越しいただき感謝いたします」
「これはご丁寧にありがとうございます。しかし、この場には本来、部外者は招待されないのではないですか?ナギサ様」
「その認識に誤りはありません。しかしながら先生という前例ができた以上、二度目の手続きは容易になるものですよ」
「……なるほど」
そこでナギサの手元にある調度品に目を奪われる。
「チェスですか。随分と変わった遊び方をしているようですが?」
しかも私が持っているものと違い、見るからに高級品だ。
「はい、趣味でして……。一人で考え事をする時にはこうして過ごすことが多いのです。興味がおありですか?」
「はい、私も少々嗜むものですから」
「それでは1試合付き合ってもらえませんか」
「喜んでお相手させていただきます」
ナギサは私の答えを聞くと、今の盤面をメモした後に手際よく駒を並べ直す。すぐによく見慣れた形になった。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
お互いに挨拶をするとゲームが始まった。駒を指す音が部屋に響く中、交渉も進める。
「頼まれていた補習授業部の資料です。このような形でお渡しすることになってしまったことを、この場を借りて改めて謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」
「こちらこそ確認不足でした。お手数をおかけして申し訳ありません、ここで内容に目を通しても良いでしょうか?」
「その必要はないでしょう。あなたは補習授業部創設の本当の目的は予想できているのではないですか?」
「……否定はしません」
「あなたの役目は補習授業部の監査であったはずです。それにも関わらず本校の生徒と共に図書館にこもり何やらずっと調べ物をしていたそうですね。エデン条約の締結まで大人しくしてもらうこともこちらとしてはやぶさかではありませんよ」
「……それは遠慮したいですね」
ナギサも趣味にするだけあってなかなか手強い。チェスの盤面も少々難しい状態になり頭を悩ませる。
「冗談はさておき、ご説明いたしましょうか。ご存知の通り現在ティーパーティーはエデン条約の締結に向けて最終調整を行なっています。その最中これを妨害しようとする勢力がいるという情報を手に入れましたが、その特定までには至りませんでした」
「それで容疑者を一カ所に集めるために、補習授業部を作ったのですね」
「はい、まとめて捨てるためのゴミ箱のようなものです。先生の特権を利用させていただく形で特例として本来行うべき手続きを省略して生徒を退学させることができます」
「それぞれの容疑の根拠をお聞きしてもよろしいですか?」
「構いません。まずハナコさんは今でこそあのような立ち振る舞いですが、本来の彼女は誰よりもトリニティの政治に精通した人物です。だからこそ今何を考えているのか、得体が知れません」
「次にアズサさん、根本的に存在が怪しいです」
「コハルさんはハスミさんを統制するための存在です。ハスミさんはゲヘナのことを憎んでいると言う情報があります」
「人質であり生贄ということですか」
「その理解で構いません」
だが、ハスミはシャーレ奪還時にチナツとも共闘していたはずだ。少々ナギサの発言とは噛み合わないような気がする。
「確かに校内の治安維持組織が制御不能に陥る危険性があるのならば合理的な手段ではありますが、それでコハルさんが退学になるとはあまりにも不憫ではありませんか?」
「そんなことはわかっています。しかし、今は時間がないのです」
「失礼しました。ではヒフミさんは?」
「ヒフミさんは……ブラックマーケットに出入りを繰り返し、犯罪者集団のリーダーであるという情報があります」
「……」
予想通りファウストのことだ。動揺すれば負けだ。平静を装う。
「そして先生はトリニティから完全に独立した第三勢力です。裏切り者に対する牽制にもなります。その上で裏切り者の調査していただくつもりです。これが私が補習授業部を創設した経緯です。納得していただけたでしょうか?……チェックです」
そう言いながらナギサは私のキングを追い詰める。
「エデン条約は本来、連邦生徒会が主導するべき案件でした。それを学園間のみで交渉を進める形にしてしまったことはこちらの落ち度です。だからこそ、ここまで形にして下さったナギサ様のためにも動くつもりです」
「……それでは裏切り者を探すのを手伝ってくれるのですか?」
「ええ、協力しましょう。何より防衛室長としてもトリニティとゲヘナの緊張感が和らぐことには異論はありません」
「ありがとうございます」
安心したのかナギサはようやくカップに手を伸ばす。
「しかしナギサ様、あなたはいくつか私に伝え忘れていることがあるのではありませんか?」
「なんのことでしょうか?私がお伝えできることは全てお話ししたつもりですが……」
「そうですか……。では単刀直入に申し上げましょう。現在、セイア様はキヴォトスのどこにも存在していませんね」
次の瞬間ナギサがカップを取り落とす。だがそれが砕けることはなかった。地面に着く前に私が拾い上げたからだ。
「どうしてそのようなことを考えたのですか?」
割れずに返ってきたカップをみつめながらナギサが聞いてくる。
「意思を感じたからですよ。セイア様の入院、補習授業部の創設、そしてミネ団長の失踪。これらが二つ重なるだけなら偶然でも済むでしょう。しかし三つも重なれば人の意思を疑います。そうしたら後は確認のために証拠を地道に集めるだけです」
「まさか」
「ええ、私の使える権限と人員を全て使ってキヴォトス中の病院を探しましたよ。しかしおかしなことにセイア様は見つからない」
「いつの間にそんなことを……」
「私が何も考えずにトリニティの大図書館であれだけ目立つ真似をしていたと思っていたのですか」
「陽動ですか……」
「改めてお聞きしましょう。セイア様の身に何が起きたのですか?」
ナギサの瞳が震え顔を伏せる。だが、向き直った時には静かにこちらを見据えていた。
「これを聞けば引き返せませんよ」
その瞳に宿る光に嫌な予感を感じる。
「覚悟は出来ています」
だがそれに臆するようならこの仕事はできない。
その返事を聞いたナギサは深呼吸をした後に静かに話し始めた。
「セイアさんは……セイアさんはヘイローを砕かれました」
目の前が真っ暗になる。
「何者かに襲撃を受けたのです。襲撃者の正体は未だに掴めずにいます」
彼女の言葉から滲み出す悔しさと悲しさに暴れ出したい衝動に駆られる。それを最悪の事態ではあるものの想定内だと、そう必死に自分に言い聞かせて抑え込む。
「何が起こったのか詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
拳を握りなんとか平静を装い問いかける。
「お答えできる範囲であれば構いません」
「ではまず、事件の経緯を時系列順でお願いします」
「わかりました。セイアさんの部屋が爆破されたのは夜中の3時頃でした。護衛は気絶して全滅。そのため、遺体の第一発見者はミネ団長でした。セイアさんの死亡をティーパーティーに報告したのも彼女と聞いています。連絡の後、突如ミネ団長がセイアさんの遺体と共に失踪、程なくしてシスターフッドに発見、保護されました。発見時の彼女は錯乱状態だったそうです」
「正義感と責任感が強い方です。ですから……だからこそ、セイアさんが殺害された時、真っ先に
絞り出すような声でナギサは続ける。それに応じるかのようにチェスの手も精彩を欠いていく。
「ナギサ様ご自身で遺体の確認はされましたか?」
「もちろんです、かろうじてセイアさんとわかる状態でしたが、確かに彼女でした……」
その光景を思い出したのかナギサの顔は心配になる程青白くなっている。
「他に確認された方はいらっしゃいますか?」
「ティーパーティーとシスターフッドの上層部は確認しています」
「私も確認してもよろしいでしょうか?」
「伝えてはおきますが難しいと思います。私もあれ以来セイアさんとは会えていませんから」
「どうしてですか?」
「あの時は本人確認のために特例で見せてもらえただけです。シスターフッドから見れば私も容疑者の一人に過ぎません。人を疑っているのです。疑われて当然ですね」
そう言ってナギサは自嘲気味に笑う。
「何にせよ、セイアさんが死亡したという事実は確実に混乱を呼びます。表沙汰にはできないため、現在は政治的に中立なシスターフッドがセイアさんの遺体とミネ団長の保護と監視を行なっています」
「だから、救護騎士団には容疑の目が向いていなかったのですね」
「その通りです。ミネ団長を欠いた救護騎士団は脅威ではありません」
「シスターフッドは容疑には上がらなかったのですか?」
「もちろん疑いましたとも。シスターフッドはその不透明性ゆえに事件前からその動向を重点的に監視していました。それにも関わらず、不自然な点は見受けられませんでした。だからこそ、裏切り者がわからないのです」
「そして次の標的はご自身だと思われたのですね」
「……はい、だから必ず裏切り者は見つけなくてはなりません」
「このことを……セイア様の死を先生には伝えるつもりはあるのですか?」
「ありません。元々あなたにも先生にもそこまでのことを背負わせるつもりはありませんでした。ただし、補習授業部の目的については元々一次試験の結果が出てから私の口から直接先生にお伝えするつもりでした」
「そうですか……」
正直、全てを最初から素直に伝えればあの大人は喜んで力を貸してくれると思うが、今の彼女には先生が信用できる人間かどうか判断する時間が必要なのだろう。
「では、事件の資料と補習授業部の合宿を見学する許可をいただけないでしょうか?裏切り者の特定には必要です」
「もちろん構いませんよ」
「ありがとうございます。補習授業部の件はセイア様のことを伏せて私から先生にお伝えしておきます。それではまたお会いしましょう」
「ごきげんよう」
そう言って上品に会釈するナギサにもう一つ伝え忘れていることに気づく。
「……忘れていましたチェックメイトです」
「……え?……ああっ!」
盤面の惨状を認識して慌てるナギサを置いて建物から出ると、先生が待っていた。
「補習授業部の皆さんはどうしたのですか?」
“明日に備えて今日は早めに帰ってもらったよ”
「確かにテストの直前は休息は重要ですね」
“それでどうだった?”
先生にナギサとの会話をセイアのことは伏せて伝える。
「……というわけで補習授業部の目的についてはおおかた私の予想通りでした。ただ、先生の聞きたいこともあると思うので、私からの又聞きではなくナギサ様に直接聞いてください」
“わかった”
「しかしいくつか疑問が残ります。どうして期限を設定したのでしょうか?それも第三試験はエデン条約の直前です。悠長すぎます」
“うーん”
「そもそも補習授業部という方法は回りくどいです。事態が逼迫しているであれば最初からナギサ様の一存で即刻退学にできるようにするべきですが、そうしなかった。その一点で私はナギサ様を容疑者からはずせていないのですよ」
“……多分それはナギサの優しさだよ”
「どういうことですか?」
“ ナギサは全員を退学にはしたくはないんだよ。エデン条約の締結を前に疑心暗鬼になりながら信じたい気持ちも残っているんだ。私たちが無事に裏切り者を特定できれば補習授業部は無くなるはずだよ。……全部私の推測でしかないけどね”
「なるほど、しかしそれはナギサ様の甘さではないでしょうか」
“そういう見方もあるね”
「では、先生は裏切り者を探すのですか?」
“いや、それは私の役目じゃないよ”
「そうですね、確かに今の先生の立場は補習授業部の顧問でしかありません」
“何より私は生徒の味方だからね。疑うことなんてできないよ”
「先生らしいつまらない答えですね」
“ごめん”
「……まあ、それでも構いません。それが役目だとおっしゃるのであれば先生は信じることで皆さんを支えてください。私は疑うことで今回の事件を読み解きます」
“わかった。お互い頑張ろう”
「ええ、頑張りましょう。ただ明日のテストは恐らく合格できません。覚悟しておいてください」
“肝に銘じておきます”
結果として見事に補習授業部は合宿が決定し、ヒフミはそのショックで倒れ、そのあまりの点数に先生もナギサに直談判したものの点数の操作は行なっていなかったそうだ。補習授業部は純粋な実力で退学の危機に瀕していた。
ここのカヤと先生は補い合う関係なので信じて支える先生と疑って事件を紐解くカヤに役割分担することになります。次回もお楽しみに!