夢を見る。またあの夢だ。だが、今回はいつもと様子が違う。全く知らない部屋だ。周りを見渡すとどこか儚さを感じる達観した表情をした少女と目が合う。その少女もこちらに気付くと何かを伝えようとしたのか口を動かすが声が出ていない。聞き返そうした瞬間、轟音と共に小柄な体躯が爆炎に呑まれヘイローが掻き消える。その光景を目を瞑ることもできずに見せつけられる。
気付くと少女は私の足元に力無く横たわっていた。その少女を抱き起こすものの失われていく温もりに視界が滲む。
そこで目が覚めた。一拍遅れてセイアが何を言っていたのか理解する。
「……なぜあなたが謝るのですか」
思わず口から言葉が漏れた。「すまない」彼女の唇は確かにその言葉を紡いでいた。
「アウトーーーーーー!!!」
コハルの叫びが運動場に響き渡る。その原因はもちろんハナコだ。掃除のために汚れても良い服ということで皆が体操服を着て来る中、水着でやって来たのだ。のらりくらりと追求を躱すハナコに対してコハルは律儀に噛み付いている。もはや見慣れた光景だ。
ここは本校舎からしばらく歩いたところにある放置されていた別館、補習授業部の合宿のために用意された場所だ。別館といってもプール、シャワー室、体育館だけではなく地下に食堂まであるなど生活に必要な設備が一通り揃っている。何より寮の設備も残っていたためベッドもある。表向きは合宿ではあるものの問題児に対する牢獄としては相当良心的な施設だ。
「227号特別クラスを見たせいで感覚が狂っていましたが、これが普通なのでしょうね」
“そうかな?豪華すぎる気もする”
「確かにヴァルキューレの寮よりも設備が良いですね。流石はトリニティと言ったところですね」
“お金持ちってすごいねー”
「ミノリさんが見ればどんな反応をするのでしょうか」
“……それは想像したくない”
合宿の初日は生活環境を整えるための掃除から始まった。一週間過ごすのであれば当然だろう。長く使われていなかったせいか埃が溜まっている。そこで着替えて集合したところ先ほどの惨状というわけだ。結局ハナコは散々コハルを揶揄った後に体操服に着替えてきた。
「今の時間はなんだったのでしょうか?」
“知らない”
「待て待て待てっ!!」
その少し後コハルの叫びがプールに響き渡る。その原因はもちろんハナコだ。プール掃除のために濡れても良い服ということで皆が水着を着て来る中、制服でやって来たのだ。のらりくらりと追求を躱すハナコに対してコハルはまたしても律儀に噛み付いている。
「なんでしょう、このデジャブは……」
“あれがハナコなりの付き合い方なのかな……”
私も周りが掃除をする中、流石に見ているだけという訳にもいかず、誰も手を付けていないプール掃除を一人で進めていたところ、皆が手伝いに来て先ほどの状態になった訳だ。
ハナコは今回、水着を下に着ているそうだ。それならば大丈夫だろう。しかし、数の力は偉大だ。私だけでは終わりそうになかったプール掃除があっという間に終わった。すると先生がプールに水を入れ始める。
「今から水泳の授業でも始めるつもりですか?」
「いえ、遊びます。掃除を頑張ったご褒美ですよ。それに今日がこのプールを使う最後のチャンスになるかもしれないじゃないですか」
私の疑問にハナコが答えてくれる。
「これから一週間、頑張ってお勉強をするのですから、今のうちにここで楽しく遊んでおかないと!」
ハナコの言い分は尤もだ。彼女が一次試験で最低点を取っていなかったらもっと説得力はあっただろう……
しかしそれを指摘するのは野暮なので「好きにしてください」とだけ言ってその場を後にする。水が溜まり切るまでは時間がかかる。その間に別館を散策しながらセイアの殺害に関して思考を巡らせ整理していく。
セイアの部屋が爆破されたのが夜中の3時頃、第一発見者はミネで死亡の報告をしたのも彼女だ。セイアの遺体は爆発の余波に巻き込まれた影響で損傷が激しいものの本人だと確認できる状態だった。ティーパーティーの主要メンバーも遺体の確認はしたらしく、その時のことを話すだけでナギサは真っ青になっていた。
そこで一つ事件が起こる。ミネがセイアの遺体と共に失踪したのだ。シスターフッドが発見、確保したもののミネは錯乱状態にあり、現在は保護拘束されている。
結局セイアの遺体の確認とミネへの面会は断られてしまった。ナギサの口添えがあっても叶わなかったのだ。シスターフッドも恐らく黒幕を特定できていないのだろう。重要な
「シスターフッドから見れば私も容疑者の一人に過ぎません。人を疑っているのです。疑われて当然ですね」
そう言ってナギサは自嘲気味に笑っていた。確かに実行可能な勢力としてナギサは候補に上がるだろう。動機としてもセイアの立場を引き継いでホストになっているので怪しまれるには十分だ。
しかし、考えなくてはならないのは動機ではなく実行可能な個人または勢力がなんなのかだ。トリニティは様々な派閥が統合された学校だ。派閥同士で常に相互監視しており、そのいずれにも悟られずにセイアを襲撃するのは現実的ではない。直接的な武力行使に出るぐらいなら反対派の派閥をまとめあげたほうが現実的かつ堅実だ。
仮にティーパーティーのメンバーが実行するなら私にとってのFOX小隊のようなマークされていない独立した戦力が必要になる。だが、正直それでもリスクとリターンが釣り合わない行為だ。
シスターフッドは尚更だ。怪しさの塊のようなあの組織ではあるが、それゆえに他の組織からの監視の目はティーパーティー以上に厳しい。また、独自の情報網と戦力を取り揃えることで独立性と公平性をこのトリニティで保っており、慣習として政治には不参加、不干渉の立場を取っているため動機にも乏しい。その特殊性は今回の事件に第三者としてセイアの遺体の管理を任されている事からも察することができる。皮肉にも組織の不透明感が無実の証明になっているのだ。
「……やはり情報が足りませんね」
独り言が漏れる。今回の事件が難しいのは物証の少なさだ。事件の資料にも目を通したが護衛の排除に使用された銃弾は市販品、爆発物の成分も特徴はなし、犯人のものと思われる痕跡は何一つ見つかっていない。その上、建物はセイアの死を隠蔽するために事件から程なくして建て替えられてしまっている。こうなれば新たな証拠の発見にも期待できない。
結果として証言しか集まらず誰が嘘をついて誰が真実を言っているかの見当がつかない。しかし、犯人の指紋や靴跡すら発見されず、防犯カメラにも写っていないのは偶然ではないだろう。少なくとも内部の人間が関わった計画的な犯罪なのは確かだ。だからこそ今回はこの一週間の期間を使って、 ナギサが絞った容疑者を見極めるのに使うことにしたのだ。これはナギサ自身の嫌疑を晴らすためにも重要なことだ。
ふと目を向けると本校舎が見える。図書館ではスズミ達も見落とした情報がないか調査を進めているはずだ。私は私の役目を果たすことにしよう。
プールに戻ると皆が水が溜まっていく様子を気の抜けた表情で眺めていた。溜まるのに時間がかかることを皆失念していたらしい。だが、幸い私が掃除を少し進めていたのもあって日没前に少しではあるが遊ぶことはできた。
夜になりライトに照らされるプールを眺めながら穏やかな時間が過ぎてゆく。
「プール楽しかったな」
アズサがそう呟いた。
「不知火さんが先に掃除してくれなかったら日が暮れていましたね。ありがとうございます」
ハナコからも感謝の言葉が耳をくすぐる。
「いえ、私が勝手にしたことですから感謝されるようなことではありませんよ」
それを避けようとするも、先生とハナコがそっくりな顔でニヤニヤしている。
「その笑顔をすぐさまやめないと後悔することになりますよ」
「まあ、防衛室長様は荒事にも精通しているのですね」
“それはツンデレだよ。不知火さん”
その言葉を聞きどうやって二人をプールに叩き落としてやろうか考えていると、
「……綺麗」
そう言って輝く水面を見つめるコハルに毒気を抜かれる。彼女は遊び疲れてしまったのか船を漕ぎ始めている。
「では、そろそろお部屋に戻って休むとしましょうか?」
ヒフミのその提案に異を唱えるものはいなかった。
その夜、自分に割り当てられた部屋でくつろいでいると皆のいる部屋から誰かが出た気配がする。続けて隣の先生の部屋がノックされるのが聞こえる。
“どうぞ、入って”
「あ、えと、失礼します……」
元々は学生寮なだけあって壁はそこまで厚くない、そのため話し声はよく聞こえる。来訪者はヒフミのようだ。話を聞く限り、彼女は裏切り者を探すという名目でここに送られてきたらしい。自分が疑われているとは思いもしないようだ。そんな彼女だからこそ誰かを疑うのは辛いと言う。その告白と懺悔を先生は親身になって聞いている。
すると別の気配が抜け出すのを感じる。この訓練された軍人特有の研ぎ澄まされたナイフのような気配はアズサのものだ。少し遅れてハナコの足音がアズサを追うように移動する。
「まったく……消灯時間を過ぎてから外出とは問題児ばかりですね」
この中に裏切り者がいるのなら誰かと連絡を取り合うのにうってつけの夜だ。体を起こし窓から飛び出すと音を立てないように着地する。
「ヒフミさんのことは任せましたよ。先生」
私は疑い、先生は支える。それぞれの役目を果たす。そのため夜はまだ始まったばかりだ。
何回考えても原作通りミネがセイアの遺体を回収して失踪していたら怪しすぎて、ナギサが容疑者として挙げていないことの違和感がすごいのでシスターフッドに頑張ってもらいました。