シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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アリウス分校

 窓から飛び出した瞬間、気持ちの良い夜風が頬をくすぐる。音を立てないように着地し別館の玄関に向かう。アズサ自身が到着した時に確認していたがここには出入り口が二つしかない。使わない裏口は彼女自ら罠で封鎖していた。わざわざ夜にそこを通るような真似はしないだろう。予想通り玄関からアズサが姿を現す。その背中をハナコが心配そうに見つめていた。彼女にはアズサを止めることも追うこともできなかったらしい。今はハナコに構っている時間はない、立ち尽くす彼女にも気づかれないようにアズサを追う。アズサの色は暗闇でも目立つ輝くような純白だ。その上羽に付けた装飾も星のように瞬いている。見失う心配はない。

 

 対して私は正義実現委員会のカラスのような黒い制服を羽織り闇に溶け込み、悟られないように十分距離をとって追跡する。しばらく追うとアズサは廃墟に入っていった。外観は教会のようだが詳しいことはわからない。内部まで追跡を続けても良いがここは引くことにしよう。内部の構造がわからない以上、これ以上追うのは危険だ。その上どこから見られているかはわからない。建物の場所がわかっただけで十分だろう。なんでもそうだが捜査のコツは焦らないこと欲を出し過ぎないことである。場所と大まかな外観をメモしてからその場を後にした。

 

 別館に帰ると先生の部屋にはまだ明かりが灯っていた。窓から部屋に戻り、耳を澄ますとまだ先生とヒフミは部屋で何か作業をしているようだ。その正体は明日になればわかるだろう。そうして瞳を閉じ二人の作業音を耳を傾け、眠りにつく。こうして夜は過ぎていった。

 

 

 翌朝、いつもの淹れたてのコーヒー……ではなく紅茶を楽しむ。トリニティではあまりコーヒー豆が取り扱われておらず、合宿中は紅茶で妥協することにしたのだ。ただ、美味しいことは美味しいのだが、少々お値段が張るのが玉に瑕である。

 

 その後、夜更かしした先生を叩き起こし、身支度を整える。

 

 朝食を済ませて教室に集合すると、寝坊したのか寝癖の立っているヒフミが紙の束を持っていた。そしてヒフミが昨晩用意したという模擬試験が始まる。夜通し先生と作業していたものの正体はこれだったようだ。その場を先生に任せ、私は本校舎の図書館へと向かう。

 

 

「改めてアズサさんの身辺を洗い出します。徹底的にです」

 

 いつもの視聴覚室に入るなり私はそう宣言する。

 

「何か不審な点でも見つかりましたか?」

 

 スズミが聞いてくる。

 

「アズサさんが真夜中、人目を避けてこの廃墟に入っていくところを確認しました。彼女は確実に何かを隠しています」

 

「わかりました」

 

 とは言っても散々調べ尽くした後なので特に有益な情報は中々出て来ない。

 

「あれ?これトリニティの校章じゃありませんね」

 

 そんな中、レイサが何かに気づく。彼女が見ているのは正義実現委員会から譲ってもらったアズサの写真だ。その写真の制服についている校章がトリニティのものではないというのだ。

 

「自警団の制服に刺繍されている校章もアレンジが施されているので気にしていませんでしたが、確かに違いますね。前の学校の校章でしょうか?髑髏と……薔薇?珍しい組み合わせですね」

 

「この位置には本来はトリニティの校章が刺繍されています。彼女にとっても意味のあるものである可能性はあります」

 

 そう言いながらスズミは自警団のワッペン見せてくる。

 

「シミコさん見覚えはありませんか?」

 

「髑髏と薔薇の校章でしたら何処かで見たような気がします」

 

 そしてシミコは少し考えた後に項垂れる。

 

「すみません、少しお時間をいただけませんか?関連する資料を当たってみます」

 

「構いません。それとこの廃墟についても調べてください」

 

「わかりました」

 

 時計を確認すると随分と経っている。

 

「そろそろ模擬試験が終わる時間ですね。私はここで失礼させていただきます」

 

「では、資料がまとまり次第お持ちします」

 

「ありがとうございます。スズミさん」

 

 

 別館に帰ると丁度ヒフミが勉強のモチベーションアップのため用意した報酬のモモフレンズの良さを力説しているところだった。

 

「……よ、よく見てください。じっくりみてると何だか可愛くー」

 

 ヒフミの様子を見るに反応は芳しくないようだ。

 

「……わ、私はいらない」

 

 少なくともコハルには受けなかったようだ。

 

「いわゆるキモカワで人気のキャラですね。不気味な印象も可愛らしいという印象もどちらも嘘ではありません。感性の違いでしかない」

 

「不知火さんはモモフレンズの良さがわかるのですか!?」

 

 助け舟を出そうとしただけなのだがヒフミは話の通じる人が来てくれたとキラキラした目で見てくる。しかしこの前のヒフミの身辺調査をした際に詳しくなってしまったなどと言えるはずがない。だからそんな目で見ないでほしい。

 

「お気に入りの子は誰ですか」

 

「………あえていうならビッグブラザーですかね」

 

 心象を悪くするぐらいなら無難な子を選ぼう。確かこのキャラはファンが多かったはずだ

 

「あら、仕事柄お堅い印象でしたが、庶民的なんですね」

 

「モモフレンズは一度見れば印象が強くて中々忘れませんよ」

 

 だからファウストの正体に気づけたとも言えるが、それは別の話だ。

 

「それよりもアズサさんが先ほどから静かなのですが……」

 

 というか静かどころか微動だにしていない。

 

「あ、アズサちゃん……?」

 

 アズサにヒフミが声をかける。

 

「……か」

 

「……か?」

 

「可愛い……!!!」

 

 アズサが見たこともない笑顔を見せ、全員がそれに驚愕する。

 

「か、可愛すぎる……!なんだこれは、この丸くてフワフワした生物は……!!」

 

 モモフレンズにアズサが凄まじい食いつきを見せる。皆が若干引く中、ヒフミが嬉々としてアズサにモモフレンズの解説をしている。

 

「すごい、すごい……!!これを貰えるのか?ま、まさか、選んでも良いのか?」

 

 アズサはいつもの軍人のような立ち振る舞いを忘れるような顔をしている。いつもの緊張した気配もなくなり表情も弛緩している。これが演技だとしたら大したものだ。

 

「はい!アズサちゃんが欲しいものを持っていってください!」

 

「……やむを得ない、全力を出すとしよう」

 

 そしてアズサはこちらの困惑を知ってか知らずか

 

「良いモチベーション管理だ、ヒフミ。約束しよう。必ずや任務を果たして、あの不思議でふわふわした動物を手にして見せる!」

 

 そう高らかに宣言した。

 

 

「うわあぁぁぁぁっ!?な、なんでっ!?」

 

 教室にコハルの悲鳴が響き渡る。またハナコが原因……ではない。勉強中にアズサの質問にコハルが答えようと参考書を取り出そうとしたところ、あまり教室には相応しくない本が飛び出したのである。つまりハナコの言うところの

 

「エッチな本ですねぇ」

 

と言うことだ。完全にコハルの自爆である。

 

 ハナコに詰め寄られコハルは泣き叫ぶばかりだ。なんとか落ち着かせて事情を聞くと元々は正義実現委員会の押収品だったようだ。彼女は先生と共に元の場所に返しに行くことになった。

 

 先生が不在の間、私が代わりに勉強を教えることになる。

 

「不知火さん、教えるのが上手いですね」

 

 するとヒフミからそんなことを言われる。

 

「そうでしょうか?先生の真似をしているだけですよ」

 

「先生の真似がそもそも難しいと思いますよ。連邦生徒会の皆さん優秀なんですね」

 

「室長ともなるとこのぐらいは皆できます。会長ともなるとこれ以上が求められますが」

 

「そこまで優秀ならなぜ機能不全に陥ったのですか」

 

「耳に痛い話ですね。その答えは会長が優秀すぎたためですね」

 

「中央集権の宿命みたいなものですね。個人が強力な権限を持ついわゆる独裁という政治体系は独裁者が優秀であればあるほど、後任が困るという欠陥がありますからね」

 

 ハナコが会話に混ざってくる。

 

「そうですね。まさに連邦生徒会は後任を選ぶことすら出来なくなっています」

 

 だから変えなくてはならない。誰か(超人)がこのキヴォトスを。

 

 

 翌朝、先生はミカと会う約束があると言って早くに出て行った。私もスズミと待ち合わせる。意外と早く資料がまとまったらしい。

 

「おはようございます。防衛室長」

 

「朝早くからご苦労様です、スズミさん。この後先生の代わりに模擬試験の監督をしなくてはならないので手短にお願いします」

 

「承知しました。まず最初にアズサの付けていた校章はアリウス分校のものだと判明しました」

 

「アリウス分校?」

 

「詳しい説明はこちらの資料にあります。次に例の廃墟ですが、カタコンベ(地下墓地)の入り口の一つでした」

 

「きっかけがあれば意外とわかるものですね」

 

「はい、今までわからなかったことが不思議なぐらいです」

 

「一応先生とナギサ様にも報告してくれませんか?先生はプールにいるはずです。先客もいますからそちらの用事が終わってからにしてくださいね」

 

「わかりました」

 

 そう言ってスズミはプールに向かった。そして受け取った資料に皆が模擬試験を受ける間に目を通す。相当調べたのだろう。読むだけで相当時間がかかってしまった。そして浮かび上がってきたのは大昔の亡霊だった。アリウス分校、その昔トリニティの統一に反対したため迫害を受け歴史から姿を消した学校だ。

 

 その校訓はvanitas vanitatum et omnia vanitas、意味は「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ」と言うものだ。これはアズサもよく口にしている。シミコの調べでは謙虚に生きるための戒めの文らしい。

 

 しかし、仮にアズサがアリウスのスパイだとすると正義実現委員会との正面戦闘などという目立つ真似をするだろうか。それに合宿に素直に参加したせいで私にも尻尾を掴まれている。スパイとしては完全に失格だ。

 

 だが、ティーパーティーにマークされていない勢力としては十分だろう。問題はこの事実にナギサが気づいているかどうかだ。ここでナギサが気づいていない……いや()()()()()()()と言うのならそれは大問題だ。ティーパーティーの内部に裏切り者がいる可能性がある。

 

「厄介ですね」

 

 そこで一つの仮説が生まれる。ティーパーティーの内通者、そしてセイアの殺害が可能なまでの情報を提供することができる人物……それがナギサを除いて一人いる。彼女の立場ならナギサの調査に干渉しアズサの正体を隠すことも可能だ。

 

 必死に反証を探すが、不可能ではないという結論が出る。その事実に冷や汗が出る。パテル分派の首長にしてティーパーティーのメンバー聖園ミカ。彼女がトリニティの裏切り者の可能性がある。

 

 すると今先生は危険人物と丸腰で共にいることになる。だが、流石にこの場で手を出せば自分が犯人だと白状するようなものだから大丈夫だ、それに今はスズミも一緒にいるはずだ。

 

 ……スズミが一緒にいる?

 

 ……私が頼んだから?

 

 次の瞬間、模擬試験が終了を知らせるブザーが鳴る。

 

「それでは解答を配りますので、自己採点をお願いします」

 

 声が震えないように気をつけながら解答を配る。自己採点の結果で皆が一喜一憂しているが私はそれどころではない。そこで先生が姿を現した。

 

「先生、スズミさんは?」

 

“うん?ミカと一緒に帰ったよ”

 

 それを聞いた瞬間、私は教室から飛び出した。




頑張れカヤ、スズミはアリウスのことをナギサに伝えるという特大の地雷を抱えてミカと共にいるぞ、スズミが口を滑らせミカが思いつきで行動する前に追いつくのだ!次回もお楽しみに!
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