シャーレの不知火さん   作:おかだんごむし

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間話 守月スズミの憂鬱

「困るなー、ナギちゃんに言われちゃうのは」

 

 耳元で歌うかのようにミカ様が囁く。その優しげな声に反して、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。しかし同時に万力のように締め付けてくる指の力に理性は逃げられないと諦めた。その日、守月スズミは初めて走馬灯というものを見た。とても短い走馬灯を……

 

 

 私には過去がない。思い出せる最も古い記憶は救護騎士団の天井だ。銃を抱え傷だらけで倒れていたところを救護されたと聞いた。何を聞かれてもわからないと答えることしか出来なかった。身元を確認できるものは、かろうじて服と呼べそうな布に刺繍された「守月スズミ」という名前だけだった。

 

 怪我が治った後は救護騎士団の紹介でシスターフッドの経営する孤児院で過ごした。そこで様々なことを学んだ。世界のこと、学校のこと、音楽のこと、そして銃に刻まれた言葉の意味も……

 

 この中でも特に音楽は私を変えてくれたと思う。からっぽの自分を満たす力を持ち、全てが灰色の雑音だった私の世界に彩りを与えてくれた。

 

 お世話になった人達に恩返しをするために勉強は必死にした。そしてシスターフッドと救護騎士団の計らいでトリニティ総合学園に入学を勧められた。もちろん高校に他の学校に行くという選択肢は無かったし、快諾したのを覚えている。

 

 学校生活は贅沢は出来なかったし、正義実現委員会に入部したはいいものの馴染めずすぐに辞めてしまったりと、決して順風満帆ではなかったが人並みの生活をしていたと思う。それに暗雲が立ち込め始めたのは連邦生徒会の機能不全が発生してからだった。この事件を転機に他の学園の生徒によるトリニティの生徒の資産を狙った暴力事件が頻発するようになったのだ。失踪の混乱により正義実現委員会は戦力の大半を防衛のためゲヘナとの境界に割かざるを得ず、不良の流入が止められなかったが故の惨事だった。だから私は皆を守るために銃を手に取った。

 

 初めは怖かった。しかし被害者が一番怖い思いをしているのだと自分を奮い立たせて戦った。不思議と苦戦はしなかったが、たびたび怪我をしてセリナのお世話になった。その度にお説教を聞かされたものだ。時には相手にも怪我をさせてしまう時があった。

 

 だから閃光弾を使うようになった。傷つけずに済むから……。

 

 相手の反省には私の好きな音楽を聞かせるようにした。それで私が変われたから……。

 

 

 こうした活動を続けたものの状況は一向に良くならなかった。良い変化?といったら私の活躍を見た腕自慢の生徒たちがトリニティ自警団を名乗り私の真似をしてパトロールを始めたことだ。そんな時にハスミに連邦生徒会に直談判をしに行かないか声をかけられた。義憤にかられていた私に断る理由はなかった。

 

 そこで先生に出会った。その大人は掴みどころのない不思議な人だった。今でも理解できたとは言い難い、しかし、客観的な事実として先生の指揮能力は普通では無かった。先生の指示通りに閃光弾を投げて、見えないところにいた敵が倒れた時の驚きは今でも鮮明に覚えている。

 

 その後も先生との交流は続いた。先生は無愛想な私にも親身にしてくれる優しい人だった。いつしか私の憧れになった。過去が追いついてきたのはそんな時だった。きっかけ転校生の白洲アズサが身につけている校章が目に入った時のことだ。その瞬間、強い既視感を感じると共に私の中で「興味を持つな」と警鐘が鳴った。しかし、何もかも手遅れだった。生まれ落ちた好奇心には勝つことはできなかったのだ。少し調べただけでアリウス分校にたどり着いた。そして銃に刻み込まれた文字がその校訓だと知った。

 

 文章の意味は教えてもらったが、その言葉が刻み込まれた物を身に付けている意味をその時初めて理解した。その資料ではアリウス分校はトリニティに対する反逆者だったと書いてあった。そして魔女として弾圧を受けていたことも……。

 

 どうして誰もその事を教えてくれなかったのか、どうして皆が私に優しくしてくれたのか、一気に理解できなくなった。混乱と恐怖が私を襲い、資料を元の場所に戻し逃げるようにその場を去ったのを覚えている。

 

 それでも……それでもあの天井より前の記憶を思い出すことは出来なかった。

 

 銃に刻まれた言葉を消して、アリウスに関わる資料、救護騎士団やシスターフッドも避けるようになった。何より先生と距離を置いた。憧れの人に自分の汚れている所を見られるのが嫌だったのだ。そして何事も起こらないように祈った。だがそんな願いも虚しく、転校生が来てからトリニティはさらにおかしくなっていった。

 

 まず気づいたのは救護騎士団の団長が姿を見せなくなったことだ。程なくして失踪の噂が立ち始めた。同じ時期にセイア様が入院したため関わりがあるのではともまことしやかに囁かれた。そして連邦生徒会長の失踪で凍結されていたエデン条約が再始動したことも公になった。トリニティは賛成派と反対派に割れたが、ホストのナギサ様が反対派筆頭のミカ様を説得することで対立は終息したように見えた。しかし不満の火種は燻り続けているのを肌で感じた。

 

「自警団のアイドル!!宇沢レイサ!!見参です!!」

 

 そんな中自警団に将来有望な後輩が入団した。少々暴走することはあるものの私が教えたことをすぐに吸収し実践できる優秀な後輩だった。私は彼女に自分の技術を教え込んで行った。トリニティを取り巻く嫌な空気から逃れるように……

 

 ひりつくような日々が続く中、とうとう転校生が大事件を起こした。そこを避けるようにいつものルートを外れて歩いていたところ彼女に声を掛けられた。

 

「こんにちは、スズミさん奇遇ですね」

 

「こんにちは、防衛室長」

 

 彼女、不知火カヤは連邦生徒会の役員でも見知った顔だ。先生のエスコートを私に任せてくれたのも彼女だ。しかし、柔和な雰囲気とは裏腹にヴァルキューレの元締めの防衛室長を勤めている人物だ。そんな重鎮がトリニティにいる。異常事態だった。

 

 理由を聞くと、ティーパーティーの招待を受けた先生の付き添いとのことだった。何かの陰謀に先生が巻き込まれている予感がした。

 

「このような時期にティーパーティーに招待されることになるとは先生も災難ですね」

 

「エデン条約ですか?」

 

「それもあるのですが、最近は学園全体の雰囲気が妙に張り詰めていると言いますかおかしくなっていまして……」

 

「それはあなたが学園の中心をパトロールしていることと無関係ではなさそうですね」

 

 逃げた事を見抜かれたようで、怯みそうになるがあらかじめ用意していた言い訳を並べる。

 

「それが転校生が武器庫で大暴れしているそうなので、その制圧に正義実現委員会が出払っています。その隙に粗相を働く不良がいないか見回りをしていたのです」

 

「ご苦労様です。しかしこの時期に転校生ですか」

 

「はい、それにホストのセイア様も入院されてしまって、それと同時に救護騎士団のミネ団長も姿を消しています。水面下で色々と動いているようですから注意してください」

 

「……よく知っていますね」

 

「自警団をしていると様々な噂話が入って来ますから」

 

 素直に感心されて少し嬉しくなる。

 

「私たち、連邦生徒会がもっとしっかりしていればあなたたちに手を煩わせずに済んだのですが申し訳ありません」

 

「構いませんよ、困ったときはお互い様ですから」

 

「お気遣い感謝します」

 

 するとカヤの端末が音を立てる。

 

「……先生の会談は終わったようですね」

 

 彼女は端末を取り出すこともなく、そう呟く。

 

「では、私はパトロールに戻ることにします。また何かあったら遠慮なく聞いてください。私の知っている範囲なら答えられます」

 

 先生は銃から文字が消えていることに気づくだろう。それを言及されるのが怖くて私は逃げた。

 

 しかしその日の中に先生から“ 不知火さんの手伝いをお願い”とモモトークが届いた。断ることは出来なかった。

 

 防衛室長、そしてシミコとレイサと共に補習授業部の調査が始まった。ヴァルキューレの元締めなだけあって堅実に捜査を進めていた。しばらくして彼女はアリウス分校にたどり着いた。正直逃げたかったがレイサも見ている。私は踏みとどまることにした。

 

 しかし、アリウスの資料を目の前にした時に想像していたような恐怖を覚えなかった。いや正確には、皆が私の恐怖(未知)を紐解いてくれていた。アリウス分校は単なる反逆者でも魔女でもない、歴史の被害者でもあったのだ。この時になって初めて知ろうとしなかったことこそが私の恐怖の根源だったと理解できた。

 

 翌朝、カヤに資料を届けにいった。

 

「おはようございます。防衛室長」

 

「朝早くからご苦労様です、スズミさん」

 

 もう恐怖は無かった。今は救護騎士団やシスターフッドの優しさの理由も理解できる。

 

 資料の説明を終えると彼女から指示が出る。

 

「一応先生とナギサ様にも報告してくれませんか?先生はプールにいるはずです。先客もいますからそちらの用事が終わってからにしてくださいね」

 

「わかりました」

 

 そこに向かうと先生とミカ様が話しているのが見えた。先生は普段見せない真剣な表情をしている。大切な話なのだろう聞こえないように少し離れたところで待ち、終わったのを見計らってから声をかける。

 

「わーお、びっくりした。あなた誰?」

 

()()()()()()()()の守月スズミと申します、ミカ様」

 

「ふーん、じゃあ私はこれで」

 

“気をつけて、帰ってね”

 

「大丈夫だって!」

 

 ミカ様はそう言って去っていった。

 

「お邪魔でしたか?」

 

“もうすぐ解散だったし、気にしなくていいよ”

 

「わかりました。こちらが今まで調査の資料になります、先生」

 

“わざわざこんな遠くまでありがとう”

 

「どういたしまして」

 

 これで私の用事は済んだ。

 

「それでは失礼します」

 

“お疲れ様、門までだけど私がエスコートしようか”

 

「……喜んで」

 

 先生に手を引かれ門に着くとミカ様が物憂げな表情でそれに背中を預けているのが目に入る。しかし、こちらに気づくとそれが嘘のように晴れやかな顔になる。

 

「途中まで同じ道でしょ、一緒に帰ろうよ。先生もこれなら安心だよね」

 

“うん、よろしく頼むよ、スズミ”

 

「わかりました。ミカ様の安全はお守りします」

 

「よろしくね、スズミちゃん」

 

“じゃあまたね、二人とも”

 

 手を振る先生と別れ、しばらく無言で歩く。するとミカ様が話しかけてくる。

 

「確か、スズミちゃん達はあの子と一緒に補習授業部について調べているんだよね」

 

 あの子とはカヤのことだろう。

 

「はい、そうです」

 

「じゃああの資料は何?」

 

「……?」

 

 不思議なことを聞いてくる。私たちのことはティーパーティー内で共有されていないのだろうか?しかし、その違和感を私は無視してしまった。

 

「アズサさんに関する資料ですね。彼女がアリウス分校と関わりがある可能性があったのでその資料をまとめたのです」

 

「………ねえ、スズミちゃん、アリウスのことはナギちゃんには言うの?」

 

「はい、そのつもりですが……」

 

 そう言い終わる前に隣を歩いていたはずのミカ様の姿が掻き消え肩に凄まじい力がかかる。

 

「困るなー、ナギちゃんに言われちゃうのは」

 

 そう耳元で囁かれ、ようやくミカ様に背後を取られ肩を掴まれているのだと状況を把握した。

 

「ここで言わないって約束してくれない?」

 

 同時に今までの経験から彼女には絶対に勝てないと理解する…

 

「………」

 

恐怖と混乱で言葉が出ない。無駄な走馬灯が流れるがこの状況を打破する方法は見つからない。

 

「だんまりじゃ、わからないよ?約束してくれないなら……」

 

 その言葉と共に肩を掴む力が一層強くなる。だが、約束をしないのであればどうなるかはわからずじまいだった。何故なら、

 

「スズミさん!」

 

その叫び声と共に肩にかかる力がなくなる。気づくと手を取られカヤに庇われていた。

 

 私はその後震えながら二人のやりとりを見ることしか出来なかった。険悪な雰囲気になったものの先生が場を収めてくれたおかげでミカ様は引き下がってくれた。

 

 その姿が見えなくなった瞬間、緊張の糸が切れて膝をついてしまう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 カヤが体を支えてくれる。何が起こったのかを聞かれ、事情を説明すると、

 

「申し訳ありません」

 

自然とその言葉が漏れていた。 

 

「謝ることはありません、これは私の判断ミスです」

 

しかし、カヤはそう言いながら何かを考え込んでいる。

 

“ごめん、ミカも彼女なりにアズサを守ろうと必死なんだ”

 

 すると先生がミカ様の、アズサの状況を説明してくれた。ミカ様はアリウス分校との和解のためにアズサをナギサ様に秘密で入学させたらしい。

 

「だから、私に口止めしようとしてきたのですね」

 

 ようやくミカ様の行動に納得できた。

 

 それにしても先生とカヤは不思議な関係だ。よく二人でいる所が目撃されるがもっぱら口論をしていると聞く。目の前で繰り広げられる議論を見ても信じる先生と疑うカヤと正反対の考え方をしているように感じる。だがなぜか仲が悪いようには見えない。

 

 見ている間に足の震えが引き私も議論に参加する。

 

 そして方針が決まった。

 

「……スズミさん」

 

「はい」

 

「ナギサ様にミカ様とアリウス分校の関係は報告しないでください。今の状況では無駄な混乱を呼ぶだけです」

 

「わかりました」

 

 心配した二人は本校舎まで見送ってくれた。その間に私の中で一つの覚悟が生まれていた。私の過去と向き合う覚悟だ。

 

 向かうは大聖堂、シスターフッドに私の全てを話そうと心に決めた。




 筆者なりにスズミの過去を補填した形です。銃に刻まれたアリウス分校の校訓が消えたことから着想を得ました。この過去が今後どのように関わって行くのかはお楽しみに!
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